目が覚めたらあべこべってた   作:紺南

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第7話

葵先輩はトイレに駆け込んだらしい。個室に籠城を決め込んで返事すらしないとのこと。

皮肉先輩が止めを刺した後も、可愛い可愛いって追撃食らわせた人が妙に生き生きと報告してきた。爛々と輝く目をパチパチさせて、「天の岩戸作戦いっちゃう?」とルンルン身体を弾ませながら誘ってくる。ボインボインと胸まで揺れていた。

「いいですねえ」とその気持ちには心の底から同意しつつ、でも女子トイレに入ってどんちゃん騒ぎはさすがに出来ねえなと現実的になって考えた。俺は男だ。

 

「でも俺は女子トイレに入れませんよ」

 

「えー。誰も見てないしいいよー。校内ほとんど残ってないよ? なんならあの辺通行止めするからさ。二人で葵ちゃん誘い出そうよ。絶対楽しいって」

 

非情に魅力的なお誘いだ。懸念していた障害は粉砕されている。今ならほとんどノーリスクで女子トイレに入れるのか。あの聖域に、男が、入れるのか。

どんなことをして誘い出すのかは議論の余地がある。けれど葵先輩を誘い出すと言う一言だけで逸る気持ちが止められない。

 

想像してみる。

誰も居ない女子トイレの中。一番奥の個室に先輩が籠城している。

何をしているのかは知らないが、多分顔は真っ赤だろう。圧し掛かられた時の顔を思い浮かべる。

俺はトイレの外観をつぶさに眺め、意を決して足を踏み入れる。洗面台が二つ。大きめの鏡に俺の姿が映っている。左右には個室が並んでいて、一番奥の扉だけが閉まっている。

あそこに先輩が……。

 

心臓の音を聞きながら、ゆっくりと汗ばんだ手を伸ばす。

手がドアノブに触れるか触れないかと言う所で、なぜか扉は独りでに開き始めた。

ギイッと鈍い音を立てる扉は、まるで誘っているようだった。期待と緊張でつばを飲み込む。

扉が開ききったその先には――――。

 

「――――ねえ~行こうよ~」

 

「はっ……!?」

 

妄想を終わらせたのは、現実からの誘いだった。

ただ想像していただけなのに、今までにないぐらい心臓は早鐘を打っている。

 

それもそのはずだ。今回はちょっと材料が揃い過ぎていた。

女子トイレという聖域。男が足を踏み入れる背徳感。待っているのは葵先輩。トイレに逃げ場はなし――――。

 

――――あ、これダメだ。

 

興奮する。想像するだけですっごい興奮する。これはだめだ。絶対ダメだ。行ったらたぶん俺の中の何かが変わる。

その先に何があるとか想像すらできない。ただ間違いないのは、行くのはよした方がいいと言うことだ。

 

「いかねっす」

 

「いこうよ~」

 

「いかねっす」

 

「いこうよ~」

 

「ぜったいいかねっす」

 

ルンルン先輩はしつこい。

その先に何があるのか、この人は分かっているのだろうか。俺には分からない。

 

「でもさ~絶対楽しいと思うよ」

 

「そっすね」

 

んなことは分かってる。

でも行くのは危険だって魂が叫んでるんだ。

ポイントオブノーリターンなんだ。行っちゃったら後戻りできえねえんだよぉ!

 

「葵ちゃんの可愛いとこ見たくない?」

 

「見たい」

 

「今行ったらめっちゃ可愛いと思うよ」

 

「どうして?」

 

「だって女子トイレだよ? 来るわけないって思ってるよ。めっちゃ油断してるよ。そこに君が行くんだよ? 君がっ」

 

悪魔が囁いてくる。可愛い顔して囁いてくる。

一理も二理もあることを囁いてくる。

 

「葵ちゃんの、無茶苦茶可愛いとこ、見たくない?」

 

「むっちゃ見たい」

 

「じゃあ、行くっきゃないっしょ?」

 

歯を食いしばって耐えた。

悪魔の囁きを、これ以上……!!

 

一向に頷かない俺に焦れて、ルンルン先輩は俺の背後に回った。

座る俺の頭を後ろから抱え込む。がくがくと前後に揺らされた。「行こうよ~」と声がする。

 

後頭部を包む柔らかい感触。

籠城する葵先輩とか視界が揺れて気持ち悪いとか。それどころじゃなかった。

一つ、気づかされた。気付きたくなかった。……こいつノーブラだ。

 

「行くっきゃないよね? ね? ね?」

 

「行きまっす」

 

それ以外を言っていたら俺は多分死んでたと思う。

今この感触から逃げるには、この先のノーリターンを受け入れるしかない。

だからしょうがないんだと自分に言い聞かせる。

 

「やたっ。けってーい!」

 

「わーい!」と諸手を挙げて喜ぶ先輩。

対して俺はそわそわしていた。口でいくら拒否しようが、本心では望んでたんだから。

これから来るであろう未知の快楽を想像して気分は落ち着かない。まるで脱童貞に向かう童貞のような気分だった。

 

「じゃ、いこいこ」と先輩は浮き浮き急かしてくる。

完全に悪魔に魅了された俺は腰を上げかけた。その時だった。

 

「こらっ」

 

その一言と共に、ゴチンとルンルン先輩の後頭部にチョップが置かれた。

強い口調と凛とした雰囲気を間近に感じ、自然と背筋が伸びる。目が覚める思いだった。

 

「いた~いっ!!」

 

「後輩を悪の道に誘わないの」

 

「んや~早織~!」

 

会長はいつも俺の目を覚まさせてくれる。

指針となって俺の進むべき道を示してくれる。女神みたいに。

俺の心は浄化された。一生ついて行きたい、この人に。

 

「女子トイレに男子が入るのも、男子トイレに女子が入るのも、ダメ」

 

「う~。お堅いこと言って~。自分だってちゃっかり校則破る癖に~」

 

「それとこれとは話が別よ」

 

胸を反らす会長の堂々たる振舞の前に、ルンルンは睨むばかりで何も言えなくなる。

 

「葵は放っておきましょう。今行っても逆効果でしょうし。いじめ過ぎたわね……。先に会議を始めましょう」

 

会長の言うことは絶対だ。というか俺たち以外は全員そのつもりでスタンバっていた。

俺たちが話している間、会長は資料の準備をしていたらしい。

 

俺も待機列に続く。

ルンルンだけが「えー」と不満そうに唇を尖らせている。「裏切り者っ」って目で見られた。

悪魔はお呼びじゃねえんだよデビルンルン。

 

「なにか?」

 

いつまでも駄々をこねてそうなルンルンだったが、会長がにっこり笑うだけで席に着いた。

その顔は青ざめているような気がする。悪魔を恐れさせるとか、会長さすがっす。

 

「今日の議題は昨日に引き続き痴女被害について。時間も押してしまったことだし、残りの時間は有意義に使いましょう」

 

葵先輩をいじるのは有意義ではない、と言う意見には物申したかったが、いい加減生徒会の役割を全うしなければいけない。

葵先輩をいじっているだけで一日終わるとかはさすがにない。

配られる資料に目を通しながら、頭の中のスイッチを切り替える。

さ、仕事しよう。

 

 

 

 




Q.ルンルン先輩って誰?
A.第6話より
「こんちはー。……あれ、葵ちゃんどうしたの?」

「いつものあれです」 

「あれかぁ」←こいつ



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