クイラ王国って真面目に考えたらヤバイと思うんだ。
ロシアとかOPECに総スカン喰らいそう。
日本陸軍の憂鬱
ㅤクワ・トイネ公国が日独と国交を結んだ日から1ヶ月程度経った。
ㅤ日本やドイツから流れ込んでくる人・物・文化。特に『工業製品』や『インフラ』と言われる物は着々と公国の生活水準を押し上げていた。
ㅤ公都クワ・トイネでは日独の支援の元低層ビル(日独基準)が起工されるなどかなり順調な滑り出しである。
しかし、それ以上にハイペースに発展している国がこの国の南にあった。
その名も、クイラ王国。
ㅤクワ・トイネ公国の仲介の元日独と国交を結んだこの国は不毛の地が広がる貧しい国家だった。しかし、日独はそこに溢れる燃える水やら燃える石をみると目の色を変えその水やら石を輸入させろとクイラ王国に迫った。
ㅤクイラ側は何故日独がそこまでこのよくわからん物に固執するのか理解できなかったがその辺のゴミを輸出して
ㅤこうしてクイラ王国は円・ライヒスマルクの大量入手と国内インフラの整備に成功。大規模な軍拡を推し進める事となる。
ㅤこうして異世界の二国は異界の大国の様々な革命的物品に驚きながらもその利益を受け取っていた。
しかし、衝撃を受けた国家は何も彼らだけでは無いのである。
大日本帝国 帝都東京
ㅤ一面に広がる家屋と煙を吹き上げて力強く走る汽車。
かつての世界においては白人以外で唯一の列強として、アジア最強の国家として君臨した列強、大日本帝国。
ㅤ異界に転移して一時は混乱したものの今では社畜は会社に篭り休日にはモガやモボが銀座を闊歩するいつもの風景を取り戻していた。
ㅤそんな活気溢れる帝都東京に聳え立つ荘厳な建物。
『陸軍省』と呼ばれる何やら物騒な名前のこの建物の会議室にて何人かの男たちが会していた。
「・・・。」
「・・・・・・。」
ㅤ皆集まってはいるものの一向に誰も口を開かない。
ㅤ気まずく、重い空気が流れる。それからも一言も言葉を発しないままただただ時間だけが流れていった。
彼らがこんなにも意気消沈している理由を知る為に少し時を遡る。
二週間ほど前
千葉県千葉市 陸軍戦車学校
ㅤ帝都東京から少しだけ離れた場所に位置する陸軍戦車学校。
第一次世界大戦において精強たるドイツ帝国陸軍と幾重にも張り巡らされ死体の山を築いた塹壕を突破しドイツに恐れられた鋼鉄の馬。『戦車』。
ㅤその戦車を操る戦車兵を養成するこの学校の練習場にて日本戦車には到底見えない巨大戦車が一軸鎮座していた。
「こいつぁ・・・本当にバケモンじゃのぉ・・・。」
1人の陸軍士官が整備を受けている目の前の戦車を見て畏怖と感嘆の篭った言葉を吐く。
そう、その戦車は『Ⅵ号戦車Ⅰ型』、又は『TigerⅠ』と呼ばれるドイツの誇る最強の重戦車である。
Tiger重戦車。それはあまり戦車に興味がなかったり詳しくなかったりする人でも名前だけは知っていることが多いであろう超人気戦車である。
Ⅰ型は100㎜の堅牢な前面装甲と圧倒的な火力を持つ88㎜砲を有し、その
ㅤそんなTigerⅠはこの数日前に日本陸軍によって研究資料として輸入されここで試験を受けていた。
しかし、その結果は日本にとって正に惨敗であった。
「まさか、新型の47㎜砲でも零距離で抜けるか抜けないか程度とはなぁ・・・。」
同じく整備される眼前の
ㅤその記録用紙には多くの陸軍火砲・装甲車両の名前が書かれており、名前の横の欄には多くが『貫通不可』と書かれていた。
こうして日本陸軍はチハに代表される既存戦車や新開発のチヘが対独を前提とした場合一気に役立たずになってしまったことを察した。
だが、陸軍の憂鬱はまだ終わらない。
陸軍航空技術研究所
「むむむぅ・・・。」
ㅤ丸眼鏡をかけた士官が真剣な表情で悩む。
その奇妙な唸り声を聴きながら周りに座っている男たちもそれぞれ思い思いのポーズをとりつつ何やら必死に考え込んでいるようだ。
彼らの前に置かれた机の上にはいくつもの資料が置かれている。
ㅤその資料の中にはなにやらよくわからないグラフや文字だらけの書類が多く、全体の9割ほどはそのような書類のようだ。しかし中には何かを写した白黒写真も混じっている。
その写真に映されているのは、一機の航空機。
だが、この写真の航空機は実に奇妙な形をしている。
ㅤプロペラを持たず、両翼下に設けられた増槽の大型版のような物。だがその特大増槽は後方から火を吹いている。
そう。これは世界で初めて実戦に投入されたジェット戦闘機、Me262を写した写真である。
ㅤ少し前。今後も仲良くしようということで合致した日独は両国の親善を目的として日本使節団がドイツを訪問する催しを開催した。その際にヒトラーによりたっぷり自慢されたのがこの高速戦闘機である。
この写真はその自慢の後に披露された実演飛行の時に撮られた。
ㅤこの写真・映像はすぐさま日本国内にも持ち込まれ日本の航空関係者は度肝を抜かれた。
何よりも驚いたのはこのジェット戦闘機の最高速度である。
ㅤこの戦闘機の速度はあくまで憶測でしか無いが優に800㎞を超える。中にはもしかすると900㎞に迫るかもしれないのでは、という意見も出ている,。
無論、空戦は速度だけでは無いにしろ速度が速いと色々と有利であるのも事実。
ㅤ訪独後ドイツで撮影されたテレビ映像や写真、記憶などを参考に色々と調べたり検証してみた所上昇性・機動性・加速性に難がありそうであるという結果が出た。
ㅤだが仮に最高速で突っ込んでこられた場合既存の陸軍航空機では撃墜どころか追いつくことですら困難という結果もだされている。
・・・という旨を報告したところお偉いさんから『何を使ってもいいからとにかくなんとかしろ』と命令されてしまった。
ㅤその為に冒頭のようにウンウンと唸りながら対抗策を練っていたのである。
・・・それでも決して海軍に頭を下げないように言うのは流石日本とも言えるが。
「・・・追いつけないのにどうにかしろったってねぇ・・・。」
「そうだよなぁ・・・。」
だが、この無茶振りが功を奏し後に彼らはレーダーを使った早期警戒網の構築等を思いつく。
これらは時間がかかるものの実用化され後世では日本レーダー界の父と呼ばれたりもするがそれはまた別のお話。
私はIS-3とT-55が好きです(半ギレ)
そう言えばですがPPSh-41ってあだ名がバラライカって言うんですね。
・・・ヤラn・・・なんでも無いです。
ㅤ次回は海軍編、ロウリア戦後にドイツ編を予定しております(即ち未定)
ㅤ後、この小説は行き当たりばったりのフィーリングで書いておりますので急に終わるかもしれません。
一応先に警告しておきます。