アールズの開拓者   作:クー.

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再会

 

 小娘を追う事、早数十分。

 足跡を追跡していく内に街を発見したので俺は意気揚々と突入した。

 

「いや街と言うよりも……」

 

 首を曲げて右左、目に入るのは木造の家の他には木と草、そして飛び交う蝶々。

 

「田舎か」

 

 うん、アーランド寄りではなく、この穏やかさはアランヤ村に近いモノを感じる。

 ほら、耳を澄ませると鳥たちのさえずりが……。

 

「はっ!?」

 

 いやいや、和んでる場合じゃない。

 すぐに俺は足元を確認するが、人通りの多い道なのかどれが誰の足跡かもうわけがわからない。

 しかし、ココであきらめては名探偵の名折れ。

 俺は目線を縦横無尽に走らせ、脳をフル回転させ、そして答えを導き出す――。

 

「よし! 俺の推理(勘)ではコッチだ!」

 

 そのように周りに主張する事で、決して考えなしに行動しているのではいとアピールしつつも適当に村の奥へと進んだ。

 ……大変な事に気付いた、ツッコミ役がいないじゃないか。

 その事実に愕然としながらも進んで行くと、石造りの目立った建物が増えていき、アーランドの職人通りに近い様相を醸し出してきた。

 

「むむっ」

 

 咄嗟に俺は石壁に身を隠した。

 そこから見えるは、建物に挟まれた路地の石畳を進んで行くうに娘とメイドちゃん、そしてツリ目のお兄さん。

 クックック、この名探偵アカネの名推理にかかれば貴様らを見つけ出す事くらい朝飯前だのクラッカーよ。

 

「げへへ、まずは泳がせてから家を突き止めてやるでやんすよ」

 

 妙に雑魚臭い喋り方になってしまった。

 しかし、有言実行。お嬢さん方のお家を見つけ出してやろう。

 

 俺は尾行を開始した。

 そして石畳が途切れ、土の道につながった辺りで、遮蔽物を気にシフトしたあたりで俺は疑問に思った。

 

 家を見つけ出して何すればいいのかな……と。

 

「お、親を脅迫して慰謝料を請求?」

 

 すげえ、俺ってば外道物語の主人公みたいだ。

 

「クッ、探偵イコール尾行と言うエキセントリックな考えが裏目に出たか……」

 

 それにしても、このあたり全然家とかないんだけど、あの小娘は――。

 

「――――っ!? ん!?」

 

 木から顔を出して、坂の上の方を見てみると、そこには大きなお城が。

 アーランドでも見慣れたもんだが、問題はこの辺りにはアレしかないと言う事だ。

 

「つ、つまり……」

 

 うに娘=お姫様、メイド=メイド、お兄さん=偉い人。

 こういう事か!

 

「な、成る程……姫、姫か……」

 

 思わずげんなりとした口調になってしまう。

 俺としてはデコピンの一発で許してやろうとか思っていたが、相手が姫となると。

 

『痛いっ!? お父様、こいつ処刑して!』

 

「ざ、斬首――打首獄門に処して…………市中引きずりまわし!?」

 

 思わずごくりと喉が鳴ってしまった。

 どうしよう、帰ろうかな?

 

 そうこうしている内に彼女らは白の中へ入り、俺は城門の前まで来てしまった。

 そうだ! 門番さん、僕を止めてください!

 

「おいあんた誰だ? ここらじゃ見ない顔だな、ココに何の用だ?」

 

 声をかけてきたのは、どことなくさっきのお兄さんと似た雰囲気を持った門番と思われる少年。手に鉄製の手甲を付けているところを見ると、以前の俺と同じ格闘タイプと思われる。

 

「おいおい、俺の事を知らないのかい?」

 

 止めてほしい、でも回ってしまう、俺の舌――アカネ、心の俳句。

 

「いや、知らないから聞いてるんだが……」

 

 どことなく困惑した様子で、そう言ってくる門番君。

 押したら入れそうな気がする……よし、ここまで来たら城まで潜り込んでやろう、そうしよう。

 

「オッホン!」

 

 咳払いを一つ、姿勢をただし恭しく一礼をする。

 

「私、アーランド共和国ギルドのギルドマスター、クーデリアさんの秘書のアカネと申します」

 

 どこかでクーデリアさんの怒声が聞こえた気がした。

 そりゃこんなジャージの秘書なんていらないですよね。でも可愛い嘘なんです、許して下さい。

 

「こちらの政務官の方に直接、お伝えしたい事があり馳せ参じた次第です」

 

 『直接』のところを無駄に強めて言ってみる。特に意味はないが相手がどう受け取るかは分かりません。

 

「あ、兄貴にですか。分かりました。ど、どうぞお通りください」

 

 軽く一礼をすると、横にどいてくれた。

 俺はまるで一切の虚飾を感じさせないように、堂々と城門をくぐった。

 横目でちらりと彼を見る、よくよく見ると幸の薄そうな顔つきだ。

 

 少年よ、世界の嘘や暴力に負けず強く生きろ。

 あとごめん、後で君はその兄貴に怒られると思う。

 

「……ミッションコンプリート」

 

 ぼそりと小さく言葉を発し、俺は城へと潜入した。

 

「さて……と」

 

 赤い絨毯などは特に引かれていない、松明が壁に並んだ冷たい石造りの廊下を歩いていく。

 歩いて上って歩いて歩いた。

 すれ違うメイドさんには軽くウィンクをしてやり過した。

 皆、照れてしまったのか目をそむけてしまった。照れ屋さんが多い事だぜ。

 

「むっ、大きめの扉発見」

 

 周りに人がいない事を確認して、俺は一切の迷いも躊躇もなく扉に耳を張り付けた。

 

「とにかく、錬金術士だけは絶対にダメだ。わかったね?」

 

 いきなり存在を否定された。わかりたくありません。

 すると、次に聞き覚えのある娘っ子の声が。

 

「……もういい! お父様のおたんこなす!」

「お、おたんこなす!? コラ、メルル! 待ちなさい!」

 

 あ、やばい。そう思って俺は耳を離して一歩足を引いた。

 

 それが間違いだった。

 

「――――っ!?」

 

 勢いよく、弾かれるように開いた大きな扉が、俺の顔全体に、蠅叩きのように、正面から、ブツカッタ。

 悲鳴も出なかった。

 さらにはコメディーのようにそのまま扉に張り付いて、後頭部が石壁に衝突した。

 

 まさしくダブルショック。

 

 その場でうずくまり、遠ざかる足音の方向を見ると、うに娘の後ろ姿が……。

 

「い、一度ならず……二度までも……! いや、痛みで言えば三度まで……!」

 

 ゆ、許さん。こんな屈辱を! この俺が!

 もう怒った。姫と言えど許さん、逃がさないぜお転婆ガール!

 

 

 でも、痛いからもうちょっと休ませて。

 あ、ちょっと涙出てきた……。

 

 

 

 

 

 

 痛みが引いてから城を出て、門番君の事も無視して俺は街へと躍り出た。

 道行く人にお姫様の事を尋ねると、町外れの小屋に行っているだろうとのこと。

 そして今、俺はついに姫様を追い詰めたと確信した。

 

「ここがあの女のハウスね……古いか」

 

 黄緑色の屋根を持った石造りの家、煙突あり、井戸あり、水車あり。錬金術士的にみると使いやすそうな施設だが……。

 

「こんな家に住んでる人間はおおよそまともな奴じゃないな……」

 

 右を向くとそこには魔の植物、うにの木が。

 俺から見たら手榴弾が木に生っているのとまるで変わらない。

 

「まあいい、では! 邪魔するぜえ!」

 

 正面を向き直り、俺は大きく扉を開いた。

 ノックはしない、それがアカネと言う男だ。

 

「わっ!?」

 

 驚いて声を上げたのはうに娘、よしいたぜと補足したその横には……。

 

「……トトリちゃん?」

「……アカネさん?」

 

 大きく目を見開いて、口をぽかんと開けているのは見間違いようもなくトトリちゃんだった。

 ただ以前と違う青を基調とした服によってか、前よりも少し大人びて見える。

 相変わらず可愛さメーターが振りきれるほどの可愛さだ。

 

 頭が真っ白になっている俺に向かってトトリちゃん少し首を傾げて口を開いた。

 

「アカネさん……ですよね?」

「いいえ、アカネの弟です」

 

 胸を張ってそう言いきると、トトリちゃんは真っすぐ俺を見て微笑んだ。

 

「それじゃあ、やっぱりアカネさんですね」

「その笑顔……まさしくトトリちゃん」

 

 俺とトトリちゃんは互いに歩み寄って、手を握り合った。

 なんという運命的出会い、これもトラベルゲートの導きか……。

 

「おかえりなさい、アカネさん」

「うむ、ただいま帰った」

 

 互いに笑いあって、手を離すと。うに娘が話しかけてきた。

 

「あの、トトリ先生。この黒い人誰ですか?」

「あ、うん。この人はアカネさんって言って、わたしの弟弟子……かな? 冒険者では先輩なんだけどね」

「へえ! トトリ先生の弟弟子さんですか!」

 

 そう言うとうに娘はトトリちゃんもびっくりなくらいの良い笑顔を浮かべて、俺に向き直った。

 

「初めまして! わたしメルルって言います! こっちは親友のケイナ!」

「よろしくお願い致します」

 

 そう言って恭しく一礼するメイドのケイナちゃん。

 おしとやか度が明らかにメイドの方が上なのはどうなんでしょうか。

 

 ふむ、憎き相手ではあるが、トトリちゃんの知り合いの様だから挨拶はしっかりしてやろう。

 

「うむ、よろしく、メリルちゃんにケイナちゃん」

「え? あの、アカネさん。メルルです。メルルリンス・アールズ」

 

 …………よし、からかっても大丈夫なタイプの姫だ。

 

「メリルシャンプー・アールズ?」

「と、トトリ先生、なんなんですかこの人~!」

 

 戸惑ったような、怒ったような様子でメルル姫はトトリちゃんに助けを求めた。

 

「あはは……アカネさんはこういう人だからしょうがないかな」

 

 トトリちゃん、こういうってどういうですか?

 声に出しはしないが、心の中で俺は落ち込んだ。

 

「アカネさん、あんまりいじめちゃダメですよ?」

「ういうい」

 

 そう言って、俺は再度メルル姫の事を見た。

 

「それではよろしくお願いします。メルル姫様」

「あ、姫はいらないですよ?」

「いや、リアル姫様を姫って呼ぶ機会なんてあんまりないから、姫で」

 

 姫様はアゴに手を当てて、微妙に納得できてない表情ながらも了承してくれた。

 

「しっかし……」

「…………?」

 

 視線をメイドのケイナちゃんに向けると、可愛らしく小首を傾げられた。

 ネコミミの生える薬を持っていないのが悔やまれる、幻のネコミミメイドさんが爆誕するチャンスだというのに。

 

 まあそれはそれとして。

 

「姫様がトトリちゃんを先生って呼ぶのは、どういう訳で?」

「はい! トトリ先生は、私の錬金術の先生なんです!」

「マジで!?」

「マジです!」

 

 姫様はノリよく大きくうなずいた。

 成る程、トトリちゃんもそういうお年頃だったか……。

 

「ううっ、出会ったときに釜を爆発させていたあのトトリちゃんが――!」

「あ、アカネさん! 変な事言わないでください!」

 

 弟子の前で過去の失敗を暴かれたせいか、少し頬を赤くして怒ったように制止の声をかけられた。

 

「わあ、やっぱりトトリ先生にもそういう時があったんだ!」

「う、うん」

 

 照れた様に笑ってお茶を濁すトトリちゃん。

 ああ、いいねえこの空気。このまったりのんびりした感じ……。

 

「あれ? そういえばメルルちゃん、何かお話があったんじゃないの?」

「あ、そうだった」

 

 口に手を当てて、はっとするメルル姫。

 折角だからと俺も話に参加し、トトリちゃんとメルルちゃんの座るソファの前にケイナちゃんと二人で立ちながら、姫様の話を聞いた。

 

「ふむ、なるほどなあ」

 

 姫様の話は要約すると、父親が錬金術なんかで遊んでないで国を発展させると言う王族の責務をしっかりと果たしなさい、ということでお怒りらしい。

 でも錬金術を捨てきれないし、アールズの外の世界を見たいからなんとかしたい、と。

 

 そこでトトリちゃんは一つ案を出した。

 

「そうだなあ、錬金術が国の発展に役立つってことを証明すればいいんじゃない?」

 

 ……国の発展。

 

「なるほど、流石トトリ先生。でも具体的にはどうすればいいんですか?」

「うーん、なんだろう……アカネさん、何かありますか?」

「…………」

 

 国の発展、つまりは発展途上国、これは、なんというべきか、そう。

 

「金の匂いがするぜ……」

「はい?」

「ん?」

 

 気づけば皆が俺の顔を見ていた。なんだい照れるな。

 

「うん、アカネさんは時々変だから、あんまり気にしないであげてね」

「は、はい」

「わかりました?」

 

 トトリちゃんの非常なお言葉に、メルル姫とケイナちゃんはそろって頷いてしまった。

 貧乏や、全部貧乏が悪いんや、アカネは悪くない。

 

「あ、そうです。この国の事を一番知っているのはルーフェスさんですし、あの方に相談してみてはいかがですか?」

 

 そこでケイナちゃんが、たぶん良い感じと思われる提案をした。

 それに対するメルル姫の反応と言えば。

 

「うう、ルーフェスかあ……相談なんてしたら反対にお説教されちゃいそう」

 

 ああ、俺もクーデリアさんに相談に行くと気づいた時にはお説教されてる事がある。

 

「……ケイナちゃん、そのルーフェスさんって偉い人?」

「はい、ルーフェスさんはアールズ王国の国政を一手に担っている方ですから」

「なるほど」

 

 つまり、この国で色々するなら挨拶に行った方が良いかもしれないな。

 これでも一応錬金術士さんですし、俺。

 

「それじゃあ、明日にでも挨拶に行くかな、トトリちゃんついてきてくれる?」

「はい、それじゃあその時にメルルちゃんの事も話してみるね」

「あ、ありがとうございます! トトリ先生!」

 

 安心したのだろう、大きな声がアトリエに響き渡った。

 あとはこの笑顔がどう転ぶかは、明日次第か……。

 

 ん? 明日?

 

「あ……トトリちゃん」

「はい?」

 

 俺は目線を横にずらして、小さく口を開いた。

 

「今日の宿代貸してください……」

 

 その日は、気まずい雰囲気を残したまま俺はアトリエを去ってしまった。

 貧乏や、全部貧乏が悪いんや。

 

 


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