「幻想というものは、得てして科学に塗りつぶされるものである」
朗らかな口調で私は持論を展開する。昼というには遅く、夕方というにはまだ早い時間帯。私たち含め十数人を乗せた列車はゆっくりと目的の場所に向かって歩みを進めていく。窓から流れる景色には、昨今では希少品となった天然物の米を栽培している田園風景が見られる。
京都はもちろん、遷都し廃れたとされる東京でもお目にかかれない光景である。今時、このような場所が残っていること自体、私自身も半信半疑だった。京都とその周辺にいるだけでは分からないことがある・・・それを学ぶことが出来ただけでも今回の遠征は糧になったといえよう。
先ほどの私の発言に反応したのか、窓の外側をただじっと見ていた彼女がこちらを向く。
「何、蓮子。またお得意の薀蓄でも始める気?」
特徴的な帽子から流れるように伸びるブロンド色。陶器を思わせる白い肌とは対照的な、見たものを深海に誘うような深い、深い蒼色。男なら間違いなく十人中十人が振り向くであろう容姿に加え、私よりアルファベット2文字くらいは大きそうな胸囲、もとい脅威の戦闘力をその身体に保有している。
同じ女として嫉妬を覚えずにはいられない彼女、マエリベリー・ハーンことメリーはその端正な顔を若干歪ませ、私の言葉に反応した。言葉の端に若干の棘がついている気がするが、思い過ごしだろう。
隣のスペースに置いていた帽子を持ち、指でクルクルと廻しながら私は先ほどの言葉を繋げた。
「人は古来より、自らの理解の外にあるものにすら理由をつけようとしてきたわ。身近なものはもちろん、人の手には負えない強大な力・・・・・・雷や地震はそのいい例でしょうね。それと我が相棒のメリーさんや、将来プランクと称される予定の私が考えた考察を薀蓄の一言で済ませるのはどうかと思うのだけれど?」
「あら、自称プランクトンの頭脳が何かしら宇佐見さん?」
くすくすと笑いをこらえる仕草をしながら彼女はからかってきた。誰の頭がミジンコレベルだこの野郎。メリーはああ言っているが、私の成績は学科内でも上から数えたほうが早いのだ。毎回順位一桁とかふざけたことをやっているメリーがおかしいのであって、決して私の頭が小さい訳ではないことを明記しておく。
「・・・・・・こほん。自分の力ではどうしようもない災厄に対して、大昔の人類はそれを『神の力である』とか考えてたらしいわ」
「明らかに人では起こせない超常現象。明らかに人の理解できない範疇にあるもの。それでも人は意味を求めたってわけね」
「ご名答。意味のわからない恐怖より、意味のわかる恐怖のほうがまだマシよ。貴族の時代、鵺と呼ばれる妖怪が大げさといえるほど恐れられたのは最後まで正体がわからなかったから。地震とは神の怒りによる大地の脈動、雷は天から落ちる神の怒声」
ふぅ、と息を吐いて飲みかけのペットボトルに口をつける。11月中旬、山間部ではこの時期に稲刈りを行うという。もうすぐ見られなくなる黄金色に染まる一面の景色。その奥にポツリと立っている小さな鳥居を視界に捉えた。
「神の感情がこのような不幸をもたらすなら、神を祭り挙げて怒りを買わないようにしよう。そうやって人々は空想の存在のために無数の神社を創設し続けたわ」
あほらしい、とは思わない。災害は、疫病は、容易く人の命を奪う。真面目に、必死に生きていてもある日その身に突然降りかかるかもしれない災厄。
今も昔も変わらない生への執念。生き物としての本能。命を落とさないために、それこそあらゆる手段を試したのだろう。鳥居を構え日本各地に数多の社を築いたのも、その執念が生んだ結果なのかもしれない。
「まあ、今の時代を生きる私から見ればやるせなさは感じるけどね。」
はぁ、とため息をつく。人々が恐れた現象は、他ならぬ人の手にとって解明された。空想の果てに生まれた幻想も、科学技術という最も信頼できる存在の前では塵芥同然となってしまったのだ。
かつては全世界あらゆる場所で信仰されていたと呼ばれる宗教も、百年ほど前から徐々に規模が縮小していると聞く。それもまた、時代の流れかもしれない。
列車は進む。停車した駅で1~2人ほどの乗客を入れ替えながら、目的地に向かって進んでいく。早朝、日が昇る前に京都を発ったのにもかかわらず、未だ目的地は見えない。東北に来るまではあっという間だったのに、そこから先はずっと時代遅れの列車を乗り継ぐ羽目になった。
仮にこのアンティークを明日から京都の快速と取り替えた場合、さぞ面白い風景が見られるだろうと考えた。働くビジネスマン全員が会社に揃うのが先か、太陽が空の真上に到達するのが先か、予想してみるのも面白い。
窓枠から空を見上げる。未だ太陽が輝く時間帯だ。私の目が時間と場所を把握できるようになるまでには目的地最寄の駅に着けるだろうか、少しだけ不安になる。始めてくる場所だ、真っ暗闇で今日止まる宿を見つけられませんでした、となってしまっては笑えない。
「蓮子」
「何?」
ふと、メリーに名前を呼ばれた。視線を向けると、何かを期待しているような顔をしていた。
「科学で解明された世の中なら、何故今回の冒険を計画したのかしら?」
こちらを試すような、いや、こちらの返答を分かっていてあえて質問したような口調。そこまで期待されているのなら、私も望み通りの答えを返そう。
胸に手を当て、視線を真っ直ぐ合わせて私は言った。
「現の世界に残る夢をこの手で見つけるためよ!」
幻想が淘汰された。科学が世界を支配した。それは紛れも無い事実だ。
それがどうした。淘汰されたからといって完全に無くなったのか。科学のみで本当に世界の全てを余すことなく説明できるのか。神様なんていない?いったい誰がそう決めたのだ。
科学世紀に成り代わったこの時代だからこそ、夢を、幻想を追い求める。追い求め、この手で掴んでみせる。
私、宇佐見蓮子と彼女、マエリベリー・ハーンの2人が・・・・・・『秘封倶楽部』が現の夢を見つけてみせる。
「だから、今回もしっかりついて来てね、メリー」
力強い私の言葉に、メリーは静かに、楽しそうに微笑んだ。