風が吹く。
心地よい春の風が、咲き誇った花の香りを運んでくる。緑と赤、そして灰色に埋まる地上は、時間の流れが極端に遅く感じられる。
生憎の曇り空だが、こんな場所にはお天道様よりもどんより顔をした天候がお似合いかもしれない。もとより今私がいる場所は、頭の中に『常識』というメモリが欠片でもあるなら近寄ろうとも思わない土地なのだ。日差しだなんて眩しいものはもったいない。
ゆったりと仰向けに寝そべり、鼻歌を奏でながら目を閉じる。暗闇に染まる瞼の裏側に、様々な情景が映し出される。今まで生きてきた中で、忘れずに覚えていた記憶が次々に映し出され、消えていく。どうも碌でもないものばかりだったが、ずぼらに私らしいといえば私らしいのかもしれない。
寝そべったまま背伸びをする。いつも通り一眠りでもしようと考えて寝転がった訳だが、どうも肝心の眠気が訪れない。普段なら1分やそこらで夢の世界へ旅立つことが出来るのだが、現在の天気とは裏腹に自分の脳内は快晴マシマシのようだ。
これは困った、と心の中で愚痴る。すぐに寝るつもりだったためほぼ手ぶらであり、暇を潰せるような物を一つも持ってきていない。こんな事なら酒でももって来るべきだったか、と思ったが後の祭り、後悔先に立たず、だ。
仕方なしに目を開き、再び灰色の視界を享受する。さてどうしようか。結構な頻度でこの地を訪れる香霖堂とこの旦那の影は見当たらない。1人の時間が好きな自分だが、必要以上に干渉してこない、それでいて話の合う店主のことは割かし気に入っている。
昼寝しているときは無理に起こしてこず、起きているときは暇つぶしの相手になってくれる、ありがたい知り合いだが今日は店に引きこもっているようだ。
それならば、と反動を付けて立ち上がる。立った拍子に咲いていた花を潰してしまったが、気にせずに歩いていく。
5分ほど歩くと、古びたボロ小屋が視界に入った。4畳あるかどうかという狭さに加え、
雨や隙間風をありのまま受け入れる建築設計は、これを建てた人物の性格をうかがい知ることが出来る。
台風が来れば間違いなく大空へ舞い上がるであろうこの小屋は、実を言うと3代目と聞いている。先祖らは自然界の力によりご臨終されたとのことだが、私は依然見たそのボロ小屋とやらを船に乗せ、彼岸まで運んだ記憶が無い。ということは、今も風に乗ってどこともいえぬ天彼方を旅している可能性もある。
かの命連上人は生前、立派な蔵を飛ばしたと聞いている。それならば、それより小ささと年季が売りの建物が飛んではいけない理由などない。次の休みには未だ空を飛んでいる(かもしれない)小屋を求めて、久々の現世観光と洒落込むのもまた一興だ。
・・・・・・と、下らないことを考えながら3代目の小屋の戸をノックする。もちろん、慎重に、だ。強く叩いて崩れてしまったら、この建物の住人のことだ、いい笑顔で修繕費を請求してくるだろう。どうしようもない災害はまだしも、自分の不注意による失態はなるべく減らしたいものである。
ただ、今回に限っては、私の気遣いも意味の無いものになった。
返事が返ってこない。いつもなら一泊遅れて聞こえるめんどくさそうな声が、未だに私の耳に入ってこない。
戸に少しだけ力をこめると、何の抵抗もなく開いた。お邪魔しますよ~、と心の中で呟きながら中を覗くと、やはりというべきか、住人不在だった。『ダウジング』という棒を両手に持ちながらの宝探しを続ける妖怪ネズミの影も見当たらない。
あの店主ほどではないにしても、たまにこの土地に訪れているはずだが、今日は運悪くネズミも、件の店主もここに用は無かったようだ。
ため息をついて、扉を閉める。さあ本格的にやることが無くなった。せっかく足を伸ばして来たのだから、何もせずに帰るのは勿体無いというものだ。
だが、眠気も訪れず、酒も無い。煙草があればまだ良かったがこの辛いご時世、勤務先も火の車状態で私の日々の頑張りが中々給料という形で反映されないのだ。酒はともかく、完全に嗜好品の域に入る煙草はおいそれと手を出せるものではない。
「はぁ・・・せめてもう少し給金が高ければ煙草も気軽に買えるんだけどねぇ」
「給料が上がったとして、結局使い道はそれですか小町」
「当然じゃないですか四季様・・・・・・」
・・・・・・ん?
いつもの癖で返事を返し、数泊遅れて我に帰る。後ろから耳に届いた、かなり聞き慣れているあまり聞きたくない声。ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには予想通りの人物が立っていた。
自分より頭一つ以上低い身長。緑髪の上には、青色と金色の2色をベースとした冠が飾られている。青と黒で上下に分けられた姿には緩んだ箇所が一つも無い。いつも仕事場で手に持っている棒が見当たらないことから、どうやら現在はオフのようだ。仕事中とプライベートの姿にほとんど差が無い上司の、数少ない見分け方である。
とまあ、そんなことはどうでもいい。重要なのは今、私の少ない自由時間に彼女と出会ってしまったことだ。
「偶然ですがちょうど良かったですね。仕事中では時間的に言えなかったことも多いので。少し話に付き合っていただけませんか、小町?」
質問系ではあるが、有無を言わせぬ厳かな口調とどこまでも真っ直ぐな瞳。それは、私の時間が彼女の説教によって綺麗さっぱりつぶれる事を意味していた。
ぽつ、と顔に水滴が当たる。上空を見上げると、先ほどよりも少しだけ色が濃くなった雲が一体を覆っていた。
「昏くして 雨降りかかる 曼珠沙華 ・・・・・・てねぇ・・・」
暇の潰し方を考える必要は無くなったみたいだ。悪い意味で、だが。
無縁塚、という土地がある。
幻想郷に住む人間にとって、危険度の高い場所の一つとして恐れられている、魔法の森。そこを通り抜けて再思の道のさらに先まで進んだ所にある、小さな共同墓地である。
あらゆる縁を失い、最後まで死に場所を求めて彷徨った人間がたどり着く場所・・・などと言われているが、正直幻想郷の者はここに来るまでに妖怪の餌食となることがほとんどのため、(嫌な言い方になるが)富士の樹海といった自殺の名所というわけではない。
それでも放っておけばこの場所は人の遺体で溢れる事となる。理由は簡単。その者は幻想郷の住人ではないからだ。
外の世界で孤独となり、世間から忘れられ自ら命を絶った人間。その骸が幻想入りを経て、この土地に降り立つ。
元々境界が薄かったこともあり、外の世界からの訪問物は無縁塚に集中して落ちてくる。結果、どんどんと死体が増えていき、一時期は山のように積み上がっていたという。妖怪がたまに漁りにはきたが、それ以上の勢いで山は増えていった。
人間側(というには少し怪しいが)が初めてこの異常事態に気づいたのはそんな時だった。魔法の森で商業を営んでいる店主が新たな商品探索地として無縁塚を選び、訪れたことで現状を理解したのだ。
その店主は店に戻るなりすぐに知人である博麗の巫女と妖怪の賢者の2人にことの次第を説明。幻想郷の管理者でもあった賢者は、今回の事態に今まで気づけなかったことを謝罪し、彼女の責任の下、死体は丁重に埋葬された。
その後賢者は境界の修復に取り掛かったが、短期間での改善は難しく、最低でも100年単位はかかってしまうというとの結論が出た。
結果、定期的に賢者と店主の二人が無縁塚の巡回をし、死体を見つけた場合は埋葬をする取り決めをした。店主としても、巡回中に見つけた品物は自分のものにしていいという条件を貰った為、無縁塚までの遠出に不満は無かったという。
危険な場所である魔法の森の、さらに奥。
今も時折降って来る人間の死体と、それを狙う妖怪。
未だに修復中である、境界の歪み。
とてもではないが人間がピクニックがてら足を運べる場所ではない。また、妖怪から見ても件の漁り以外には目ぼしい目的を持てる場所ではなく、人気の無い土地である。
よって、こんな場所に来るのはよほどの物好きか単なる馬鹿だけだ。
と、言いたいところだが実は1人、定期的にどころか頻繁にこの地を踏むものがいる。
名を、『四季映姫・ヤマザナドゥ』という。
「ふむ・・・今回も特に異常は無いみたいですね」
目を細めながら辺りを見渡す四季様を見て、私は軽くため息をついた。
普段の勤務態度に対する説教が終わってから、彼女のルーティーンとなっている無縁塚の見回りに付き合わされている現状である。私がもう確認したから、と言ったものの彼女は自分の目で見ないと信じることが出来ない性格ゆえ今の状況となった。
私の貴重な休日を潰す悪魔の所業である、と訴えようにも日ごろの行いを盾にされてはぐうの音も出ない。前よりはサボりの頻度が減ったのに(当社比)、揚げ足取りを止めないとは卑劣である。口に出しては言えないが。
四季様は人の行いを正すことに生きがいを感じているらしく、今日みたいな休日を使っては幻想郷に赴き、人妖神問わず説教を行う。相手のことを想って、ということは分かるが、いきなり現れて日々の生活をダメだししてくるのだからたまらない。彼女の評価がどうなっているのかは、名誉のためにあまり触れないでおく。・・・まあ、善人である、ということは皆が口を揃えて言っている。
そんな彼女が無縁塚での死体の山にまつわる事件を聞き、放っておくはずが無い。すぐに妖怪の賢者に直談判し(この時の賢者は若干引いていたという)、幻想郷に赴く際には無縁塚を通るようにして巡回の一角を担うことに相成った。
・・・それから何十年以上に渡って、必ず無縁塚を通るのだから恐ろしい。地味に私の職場ともろ被りしているため止めて欲しいのが本音である。船をだらしなく漕いで欠伸をしながら正面に向き直ったら冷たく笑う四季様のご尊顔とご対面である。しょっちゅうあるのでほんと勘弁して欲しい。死神がショック死なぞ末代までの恥である。
「本当に勘弁してくださいね。私も首にしたくはありませんので」
ジトっとにらんでくる四季様の圧が怖い。
「いや、私のためを思ってということは分かっているんですけどねぇ。中々癖というか個性というものは直せないものでして」
「あなたがここを首になったら、ほかに雇ってくれる所などないですからね。」
「そんなに酷くはありませんよ!?それにもしもの時は未来の夫の元に永久就職しますって。安月給で鍛え上げられた節約術と抜群の家事スキルを兼ね備えた優良物件っぷりを見せ付けて射止めて見せますって!」
「無理ですよ中身が欠陥住宅ではないですか」
「四季様今日はやけにキツく言いますね!?」
四季様も結婚していない癖に、という言葉は寸での所で呑みこんだ。場違いな八つ当たりであることは目に見えているし、今後の休暇を減らされたらたまらない。あ、そもそもこの人生きがいと結婚してたわ。
頭の後ろで両腕を組みながら、ぶらぶらと歩いていく。私も四季様もオフのためか、だらけた態度に関しては何も言ってこなかった。その分、仕事中の怠慢に関しては耳にタコが出来るほど言われるが。
無縁塚周辺を回り、最初にいた位置に戻ってきた。紅色に咲く、彼岸花。いくつもある灰色の石、墓石にはこの地に眠る人間の名前が刻まれている。身に着けているものから名前が判明すれば一番良いのだが、それすら無い無縁の者も少なくない。
だが、埋葬されるだけマシな方だ、とも思っている。妖怪の牙にかかった人間は、何も残すものが無いのだから。
元々無縁塚に彼岸花は咲いていなかった。自然がありのまま存在する、何の変哲も無い場所だったのだ。その景色が紅く染まり始めたのは、人が埋葬されるようになってからだ。
埋められた人の無念が形なって現れたのか。自分はここにいるんだ、ここにいたんだ、という主張か。
そんな考えが出来ればいいのだが、生憎私はリアリストだ。人が埋まったことで土の成分に少しだけ影響を与え、彼岸花が咲いた可能性が高い。
やるせない、とは思う。ただそれだけだ。
「小町」
欠伸しながら歩いていたら、急に呼び止められた。声の主、四季様を見ると、彼女の視線は私の目を捉えていなかった。地面、正確に言えば私の足付近を見ていた。
下に目を向けると、私の右足が彼岸花を踏んでいた。
それを見てから視線を上げると、今度はしっかりと目が合った。
「・・・四季様はこういうことを気にするタイプですか?」
「そうですね。今のあなたの行いに思わず声をかけてしまう程度には」
その目には非難の色は無かった。こちらの意見をしっかりと聞こうとする・・・そんな色をしていた。
まずは相手の話を聞いてから説教をする、それが彼女のスタイルであることを理解している私は、それなら少し語ってみるかと考えた。
「そうですねぇ・・・少し前に同僚にも言われたことがあるんですよ。あまり仲良くないやつですがね。『花を踏むな。この一輪にも命が宿っているんだぞ』ってね」
「ふむ」
「私は思わず笑ってしまいましたよ。何が可笑しいんだ、って問い詰めてくる同僚はずっと、雑草を踏み潰していたんです。その事を指摘したら、それ以上何も言ってきませんでした」
今でも、言葉に詰まったあいつの顔が鮮明に浮かぶ。
「人の死に深いかかわりを持つ死神のことを殺し屋だと非難する人間にも会いましたね。その人間は、平気で近づいてきた蚊を叩いて殺していましたよ」
嫌悪の目を向けてきた人間の顔がすぐに頭の中のスケッチに描かれた。
「結局、自分で勝手に線引きをしているだけなんですよ、私も含めてね。どこまでは殺して良いか、どこからは殺してはダメなのか、その基準をね。それを自分で持つ分には構いませんが、人に押し付けるべきではないんじゃないですかね?」
「しかしそれでは殺人をしてもいい、という考えを抱く者が野放しになる危険があります。それはどうしますか、小町?」
こちらを見上げる四季様の顔は、こちらを試すような目をしていた。恐らく彼女の中では今の質問の答えが出ているのだろう。なら、答えあわせといこうじゃないか。
「簡単な話です。そのために法があるんですよ。法を守りつつ、自分の中で線引きをして生きていく。自身の線引きを優先して法を破るものを罪人とする。それなら別に良いんじゃないですかね」
「なるほど、小町の考えは理解できました。責め立てたことを謝罪します」
いや責め立てられてなんていないんですけどね、と思いながら頭を下げてこようとした四季様を止める。
本当に真っ直ぐな人だ、と感じる。自身の言葉と行動に絶対の自信を持ち、何者にも染まらない。こんな人だからこそ、閻魔大王に任命されているのだと納得できる。あとは小さじ1杯の優しさでもあれば言うことないのだが。
「いえ、いいですよ。でも四季様も大変ですよね。自らが法になって罪を裁かないといけないんですから」
「何言ってるんですか小町?」
話を弾ませようと先ほどの話題を取り入れて振ってみたが、なぜか投げたボールが相手で止まってしまった。四季様を見ると、真っ直ぐな体勢のまま声を発していた。
「人は法にはなれませんよ。私は、私の中で決めた基準に従って、魂を、罪を裁いているだけです」
「・・・えーと、それなら四季様は結構な罪人になっちゃう気がしますね。ハハ・・・」
「当たり前ですよ」
先ほどの話を取り入れるどころか埋まっていた不発弾ごと掘り返されたような発言に、詰まってしまった。
笑って会話を誤魔化そうとしたが、当の四季様自らがその爆弾を事も無げに踏み抜いた。
いつも通りの、真っ直ぐな姿で。何の疑問も抱いていない、自身の発言に絶対的な自信を持って。彼女は言い切った。
「地獄における最大の罪人は、この私ですから」
彼女は、四季様は少しもブレない体勢で、静かに目を閉じた。