秘封倶楽部(仮)   作:青い隕石

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久侘歌ちゃんが可愛すぎて生きるのが辛いです。



19路に乗せた夢

 パチン、と小さい、それでいて良く通る音が部屋に響く。

 

 二階建ての建物の一室で座る二人の少女。一時間以上前から正座を崩さないのは私、宇佐見蓮子だ。もう一方、女の子座りをしながら静かに俯いているのは、私の相棒であるマエリベリー・ハーンである。

 

 全開の窓から流れてくるそよ風が、私たちを優しく撫でる。空調が効いた部屋においても、その五感への刺激は私に涼しさを届けてくれる気がする。外とは打って変わって快適な空間なのだが、私の顔には何故か汗が張り付いていた。

 

 勝手見知ったといえる、部屋の中。今いる場所は、自分が高校時代まで過ごした実家の一人部屋だ。必要なものは大学進学と共に全て京都に持って行ってしまったため、非常に殺風景なものとなっている。子供の頃に買ってもらったぬいぐるみや、昔好きだったアーティストの電子ポスターといったものくらいしかない。

 

 そしてもう一つ、東京においていったものが、向かい合う私たちの間にある。

 

 榧、と呼ばれる木で作られた正方形の形をした物体。4本の足で支えられているその上面には、かつて栄えた都の道のように縦横に走る黒い線がある。本格的なものであれば日本刀に漆を浸して線を刻むらしいが、こちらは生憎量産品である。榧と言っても新榧(大まかに分ければ松竹梅の竹にあたる)であり、黒い線も機械の力を借りたものだ。この竹ランクでも数万円近くはしたのだが、松ランクを買おうとすれば数百万~数千万は掛かるため手が出ないというのが現状である。

 

 榧に描かれた黒い線。その線が十字に交わる部分に黒と白の石が置かれている。多数に置かれたそれは複雑怪奇な模様を描き、19路の迷宮を彩る。

 

 

 

『囲碁』

 

 その歴史は古く、2000年以上前に中国の地で生まれた。その時は今のようなルールではなく、天文学・占星術を極めるための道具として生まれたと言われている。碁盤を広大な宇宙に、石を無数に散らばる星に見立ててこの世の理を追い求めようとしたのだろう。

 

 7世紀頃に日本に伝わったのだが、その時には現在のような対決、対戦としての基盤が完成していたという。すぐに貴族の間で人気となり、かの紫式部や清少納言もたしなむほどには広まったとされている。

 

 暫くは高貴な競技だった囲碁が、一般人の手に渡ったのは戦国時代頃の話となる。より広域な地を囲った方が勝者となるのが囲碁のルールだが、その性質が領地争いに明け暮れる戦国武将、武士の間で流行したのだ。戦国武将が、碁の強い庶民を招いて対局をするという光景は珍しいものではなかったという。

 

 普遍的となった囲碁は江戸時代になっても普及し続け、徳川幕府も手厚い保護を推し進めたことにより、今日に至るまで競技として存在し続けている。

 

 もちろん、文化断裂の危機は幾度となくあったと言われている。一番大きなものでは、100年ほど前にあった『AIショック』だろう。

 

当時、囲碁界最強と謳われていた韓国のプロ棋士がいた。囲碁大国四天王と言われている日本、中国、韓国、台湾の頂点に立つ人物であり、彼に勝つ方法はミスを祈ること、なんて言葉も生まれたほどだった。

 

 そんな彼の元に舞い込んだ依頼が、人工知能との5番勝負だった。当時既にチェス、将棋のプロがAIの前に屈していたとはいえ、9路盤の二つと違い、囲碁は19路盤でルールも複雑である。当然ながら囲碁AIの普及も遅れており、下馬評ではプロ棋士の5戦全勝が大半を占める結果となった。

 

 だからこそ誰も予想していなかった。プロ棋士1勝、AI4勝という惨敗に終わるなどとは。

 

 AIの碁は、プロの誰もが納得する、好手の連発というものではなかった。この時は悪手、禁忌とされていた手を平然と打ち、それでいて圧勝するという悪夢のようなものだったのだ。

 現代の常識に照らし合わせれば、間違いなく自分が優勢、有利な形なのに冷静に計算をしてみれば何故か自分が悪い状況という、得体のしれない恐怖が最強のプロ棋士を、リアルタイムで観戦、検討していたトッププロ集団を襲った。

 

 1000年以上の月日をかけて築き上げてきた一手一手の評価や善悪を、たった5局で粉々に打ち砕かれた衝撃は、当事者でない私ですら身震いするものに感じた。

 

 自分たちが培ってきたものは何だったのか。自分たちから子孫へ、次の世代へと伝え、受け継いできたものは全て間違いだったのか。人が創造したモノが、人が創造したモノによって奪われるのか。

 

 先の2つの競技が既に敗北していたことで、囲碁に関しては人間が機械に勝る最後の砦という期待、役割があった。それゆえ、絶望はより深いものとなった。

 

 AIショックから競技人口は目に見えて減り、最盛期の3分の1にまで落ち込んだ。ここで囲碁業界も尋常ならざる事態だと把握し、腰を上げる。趣味、娯楽としての側面や、社会問題であった認知症の予防としてアピールをすることで、最悪の事態を避けようと奮闘した。

 

 努力の甲斐あってか、将棋、チェスと並び今日まで消えることなく一つのボードゲームとしての地位を確立しており、プロになればその職業で飯を食っていける体系も無くならないまま存続している。

 

 ただ人間の頭脳では頂点を目指せなくなっただけ。その事実が浸透しているだけだ。甘い遅延性の毒が数十年かけて囲碁界を蝕み、昔は誰もが持っていたはずの憧れを、人の夢を奪っただけなのだ。

 

 

 

 

 そんな囲碁の歴史を知って、私が関心を持たない理由はない。誰にも言えなかった私の目と関連性がありそうな起源と、夢を忘れてしまった囲碁界の現状。元々は父親が結構な高段者(アマだが)であることもあり、すぐに始められる環境も整っていた。

 

 手に持つ黒石という星を、碁盤という宇宙に刻む。最初の内はルールも理解できずにいたが、訳が分からなくても楽しかった。

 ルールを覚えていくに従い、一つ一つの手が意味を持つものに変化していく。それはまるで、一見無秩序に広がっているように見える無数の星が、他の星の引力によって存在している奇跡をみるようで。

 

 高校一年生で始め、現在は初段が見えてきたくらいの棋力を持つまでになった。不幸(?)なことに碁盤を見つめても私の能力は発動しなかったが、それでも小さな舞台に広大な宇宙を、無限の可能性を今でも夢見ている。

 

 3年間飽きることなく続けてきたし、恐らく今後も、それこそ死ぬまで続けていくことになるだろう。確かに人では頂点に届かないかもしれないが、それでも楽しいのだ。可能性を閉ざされたからいって諦めるほど素直な性格ではない。

 

 もちろん、それは対局でも同じだ。逆転の余地なし、相手が大ポカをしない限りひっくり返らない状況、という場合なら私も投了するが、自分の力でひっくり返せる可能性がある限りは止めない。

 

 諦めるだけなら誰でもできる。わずかな希望があるのであれば、私は決してリタイアをしない。

 

 そう、例えば・・・

 

 

 

 現状の盤面をどう打開できるか、である。

 

 いや待ってメリーさん何でそんなに強いの?一年前まで囲碁のいの字も知らなかったよね。去年の5月あたりに私が勧めて覚えるまでド素人だったわよね。

 

 いくら問いかけても、メリーには届かない。石が織りなす模様をじっと見つめて、静かに情勢を見極めていた。

 

 読み切ったのか、静かに人差し指と中指で石を挟み、盤に打ち下ろす。パチン、と甲高い音が部屋に響く。

 

 たらりと汗が流れる。勝勢を意識した、言ってしまえば『勝ちました』宣言というべき手堅い手だ。密かに狙っていた石の薄みを補強され、文字通り逆転の芽を摘み取りに来ている。

 

 おかしい。確かに上達するのが早いとは思っていたけど、年末の際はまだ私の敵ではなかったはずだ。私の棋力が落ちたのかとも思ったが、息抜きに行うネット対戦ではむしろ好成績を収めている。

 

 じぃー、と穴が空くくらい盤面を見つめる。ぽた、ぽたと滴り落ちる汗を無視して見つめ続けるも打開策が何も浮かんでこない。進化した私の目で見つめても、場所や時間はもちろん奇跡の一手が表示されない不具合が発生している。月と星を詠む能力はどうした、肝心な時に発動しないとかポンコツ極まりないではないか。

 

 くすっ、という声が聞こえた。顔を上げると、メリーが盤を見ていた視線をゆっくりとこちらに合わせた。そして、静かに微笑んだ。

 

 あれは、勝ちを確信している顔だ。

 

 いらっときた。絶対に逆転してやる。

 

心に宿った思いを胸に、私は決死の勝負手を仕掛けるべく、再び目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「彼岸参り?」

 

 夕食に出てきた筑前煮に箸を向かわせながら、聞こえてきた言葉をオウム返しのように繰り返す。

 

 テーブルに座るのは私、メリー、そして父親母親の4人だ。私とメリーが隣通しで、真向かいに父、斜向かいに母親がいる。質問は、その母親から発せられた。

 

 え、対局はどうなったかって?ははは、蓮子ちゃん日本語よくワカラナイ。

 

 「そ、今まで何かと理由付けて逃げてたでしょ。お母さん、今年ちょっと都合が悪いからあなたが行ってきてちょうだいね」

 

 にっこりとほほ笑む母親が悪魔の笑みにしか見えない。彼岸の作法もへったくれも分からない私に何頼もうとしているのか。

 

 「いや待ってお母さん、こんな猛暑真っ只中の状況でか弱い娘を放り出すの?」

 

 「あなたがか弱いんだったら世の中全員が虚弱体質よ。それにまだ春だし早朝行けば全然問題ないわ」

 

 「えー・・・・・・でも作法とか曖昧で」

 

 「スマホで調べれば問題ないでしょ?」

 

 取りつく島もないとはこのことか。さっと父親に視線を向ける。

 

 速攻で逸らされた。一家の大黒柱なため仕方ないが、彼岸については毎年母親に任せていたせいか、強く出れないことがありありと見て取れた。

 

 スマン、という感情を目で送ってきた。いや感情だけでなく言葉で送ってきて。できることなら母親にぶつけてお父さん。

 

 私の必死の願いむなしく、父親は私から目を逸らした。希望なんてなかった。

 

 「すみません」

 

 諦めかけたその瞬間、澄んだ声が部屋一面に響いた。

 

 隣から聞こえてきた声、持ち主はメリーだった。正面に座る自分の母親を真っ直ぐに見つめている。

 

 あれ、もしかして私の援護をしてくれる気なのかな?淡い期待を込めてメリーを見やる。

 

 「よろしければ私も蓮子と一緒にお彼岸参りに行ってもいいでしょうか?」

 

 悪魔を超えた邪神がいた。

 

 「大歓迎よ!でも大丈夫かしら、蓮子についていくの結構大変よ?」

 

 「ご心配なく。いつも蓮子に振り回されていますので体力には自信があります」

 

 「あらあらうちの娘がごめんなさいね。でも、それならお願いしようかしら♪それにしてもほんとに嬉しいわ!こんなに綺麗な子が蓮子の親友になってくれるなんて。それとこの筑前煮本当においしいわ!うちの娘とは大違いよ!」

 

 「本当ですか、ありがとうございます!」

 

 にこにこと笑いながら会話に花を咲かせる2人。ちょっと待って何で私の悪口で盛り上がっているのこいつら。そしてメリー猫被りしすぎじゃないかしら。ていうかこの筑前煮メリー作ったの?めちゃくちゃおいしんだけど。私の女子力木端微塵なんだけど。

 

 私と父親そっちのけで会話を続ける2人。その合間、メリーは小さな、小さな声で呟いた。

 

 

 

 「・・・ふふ、蓮子のご先祖様にもしっかりご挨拶しないとね♪」

 

 

 

 微笑みながら言葉を吐くメリーを見て、言いようのない不安を覚えた。

 

 ・・・あれ、もしかしてこの状況、外堀埋められている?

 

 




プロ棋士とAIの話はほぼ実話です。

一介の囲碁好きとして、非常にショックな出来事でありましたし、プロ棋士が1勝をもぎ取ったときは人間の可能性を感じました。

AIショックから早数年。2010年頃、絶対に打ってはいけないと囲碁の参考書にこぞって書かれていた手が、今では賞金数千万のかかるタイトル戦でも当たり前のように見かけます。

現在囲碁AIはさらに強くなっています。人工知能が発達しきった時、19路にどんな軌跡が描かれるのか。見守りたいと思います。
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