秘封倶楽部(仮)   作:青い隕石

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土地の伝記

 「20時03分・・・・・・ホームクロスプレーでギリギリセーフっていった所かしら?」

 

 後ろから穏やかな声が聞こえる。

 

 待って、とりあえず言い分けさせて欲しい。まず、山間部だということがあり平野よりも日没時刻が早いだろうとは予想していたのだ。しっかりとそこまでは考えていたのだ。京都と東北という地域による日没差まで考えが及ばなかっただけなのだ。

 

 結局、最寄り駅に着いたときには既に太陽が沈みかけている時間帯となった。

 

 それでも駅から宿までは徒歩30分ほどでつく。地図を見ながら歩けば大丈夫だと高をくくっていたが、その肝心の道標に記載されていない道が数多くあり、知らない道を知らずに通っていくうちに現在地も分からなくなるというダブルパンチ。一か八か、冴え渡る私の勘で選んだ道のりは、見事に旅館と正反対の方向へメリーを導くファインプレーとなった。

 高校時代、『地図も読めない女』という称号を欲しいままにしてきた私の力は今も健在のようである。

 

 月を見て場所を特定しようにも、夕方付近から急速に広まってきた雲が空一面を覆いつくしてしまった。こうなってしまっては私はただの一般人である。日中スマホを弄り過ぎたため、○ーグル先生に聞くだけのバッテリー残量などありもしない。

 

 何が、「今回もしっかりついてきてね、メリー」だ。自信満々に言った数時間前の自分を張り倒してやりたい。

 

 結局、女子大生二人で夜の田舎町を彷徨う所業は優に2時間を費やした現地探索と相成ってしまったのである。1時間過ぎたあたりで、後ろを歩くお方から受ける圧力がやばい事となっていた。1時間半後には視線が実体となって私の背中に突き刺さってきた。

 

 現在はどうかって?何も圧力を感じなくなった。後ろを振り返ると、笑顔のメリーとバッチリ目が合った。

  

 今日が私の命日となるのかもしれない。割とマジで。

 

 慌てて前を向き、旅館の玄関を潜る。ぴったりと寄り添うようにメリーも入ってきた。あかんこれ逃げられないやつだ。せめて遺書を書く時間はもらえないだろうか?

 

 今日この日を生き延びるため必死に頭を巡らせていると、廊下の奥から一人の女性が歩いてきた。

 

 「あらあらようこそこんな所まで。えーと、宇佐見様だったかしら?」

 

 「は、はい。本日は予定時刻より遅れてしまい申し訳ありませんでした」

 

 「いいのよそんな細かいこと!ささ、冷えたでしょ?早く部屋に案内するからね。・・・・・・あなたー!宇佐見さんが到着したわよー!」

 

 屈託のない笑みを浮かべた女性は、恐らくこの宿の女将だろう。失礼ながら見た目から50を過ぎていると思われるが、歳のことなど忘れさせてくれるような明るさに思わずこちらもほっこりしてしまう。

 玄関を上がったところで、私たち二人の荷物を女将さんが一人で担ぎ上げた。さすがにそこまでしていただくのは悪いと思ったが、

 

 「いいのいいの!長旅で疲れてるでしょ、素直におばさんに頼りなさい!ね!」

 

 と押し切られてしまった。ニコニコしながら軽い動作で荷物を運ぶ動作を見て、静かに小さく頭を下げた。

 女将の後を追いながら目を巡らす。京都はもちろん、東京ですら重要文化財やら何やらで保護されている建物くらいでしかお目にかかれない木造建築。一歩一歩歩くたびに微かにギシッ、ギシッと床が音を立てる。奥に見える部屋と廊下を分ける仕切り・・・あれは障子、というものだろうか?

 

 スマホで調べただけでは絶対に味わえない実感。3連休を利用した2泊3日の観光兼サークル活動を計画するに当たって、最後の最後まで迷った宿屋選びだったが、安易なビジネスホテルにしなかった判断は間違っていなかったと感じた。

 

 

 

 

 遅めの夕食と入浴を済ませた頃には時計の時刻は10時を回っていた。浴衣を着て充電中のスマホをいじりながら、前もって大学で印刷しておいたサークル活動の資料を机に広げ、ちら見する。半分以上は観光用であることを気にしてはいけない。

 テレビでは明日の天気予報を放映している。午前中は引き続き曇りだが、午後からはずっと快晴とのことだ。

 ありがたい、と思った。デジタル時計を信用していないわけではないが、時間を確かめるには自分の目以上に頼るものはない。星を常時確認できるのは非常に大きい。

 

 「蓮子~明日はどこ行く~?」

 

 耳元で声が聞こえた。

 

 彼女、マエリベリー・ハーンは同じ浴衣に着替えた私の背中に回って、ぎゅーっと抱きついている。

 

 「とりあえず、2時間散歩に付き合わされたことについてはこれで許してあげる」

 

 自分の肩にあごを乗せながら頬ずりしてくるメリーから仄かにシャンプーの匂いが漂ってくる。

 半分くらい真面目に死を覚悟していた私にとって、それだけの罰で済んだのは僥倖である。メリーより先にお風呂から上がってこっそりと書き溜めた遺書の出番はまだ先のようだ。

 

 あと、先に言っておく。私はノーマルだ。今まで好きになった異性はいないがれっきとした女だ。

 

 「れーんこ♪」

 

 とか言いながらさらに体重を乗っけて抱きついてくるメリーに対しておかしな感情を持ったりはしていない。メリーが格別に美人でかつ親しき仲のためか、このような体勢でも不快感はまったく感じないだけだ。恋愛感情とかそんなものはない。断じて。

 

 え、メリーはどうかって?

 

 以前こんな感じでスキンシップをとられた時に質問してみたの。「ちょっと、これじゃあまるで恋人同士じゃない」って。そしたらメリーは真顔で

 

 「大丈夫よ蓮子。今の日本は同性愛にも寛容だから」

 

 ・・・・・・私はノーマルだ。事あるごとにメリーに言っているし、今この場でも断言する。とりあえず必要以上に引っ付くのはやめて欲しい。背中に大きな二つの感触を感じるたび、言いようのない敗北感に陥る羽目になる。

 

 こほん、と一つ息を吐き、資料の一つを手に取る。

 

 「『デンデラ野』。岩手県遠野郷に存在すると言われている。姥捨て山という別名もある」

 

 私の声を聞き、メリーも顔をずらし、目線を資料に向ける。そこに載っている山こそが今回、京都からはるばる岩手まで足を運んだ最大の理由である。

 

 「デンデラ野の歴史は飢饉と共にあり・・・。地質的にも豊かとは言えない土地柄、昔は自分たちの食料を確保することすら至難の業だった。不作の年ともなれば、里の人間総出で食料を探しに行かなければいけないほどに」

 

 「一家全員食べていけるだけの食料はない。しかし働き手となるとなる成人、里の未来を担う子供を死なせるわけには行かない。だからこそ、悲しい風習が生まれたのね。」

 

 私の言葉を引き継いだメリー。資料を見つめる表情は先ほどと打って変わって憂うようなものとなっていた。遠征すると決めてからの1週間、私たちは可能な限り調査した。

 

 この山に関する歴史、風習、伝記、噂・・・・・・その悲しい記録を。

 

 「齢60を超えた老人・・・・・・彼らは息子に背負われ、デンデラ野まで運ばれた。里に戻ることは許されず、極限状態の中で老人同士、協力して余生を過ごしたのね。山で摂れるわずかな食料を頼りに・・・・・・」

 

 ふぅ、とメリーが息を吐いた。もの悲しげな表情を見せている。飢饉の多い土地で生きていくための、苦渋の決断だったのだろう。良いか、悪いかの問題ではない。そうしなければ、子孫を残せない。自らの種を存続させるという、全ての生物のDNAに刻まれた本能に従っただけ・・・・・・ただそれだけのことだ。

 

 「寿命を迎えた老人については家族に連絡が入って、息子たちの手で埋葬されていたらしいけどね。・・・メリー、風習については一旦置いておきましょう」

 

 慰めるように言葉を紡いだ後、彼女の顔を見ようとして、超至近距離でバッチリ目が合ってしまい、慌てて資料に目を戻した。いつもくっついてくるために耐性はできたが、今みたいな不意の事故にはまだ慣れていない。

 

 大丈夫、顔を赤くなっていないはずだ、私はノーマルだ。とかなんとか言い聞かせていると、嬉しそうな表情になったメリーがさらになだれかかってきた。これ、帰るまでに私の純情守られたままなのかな・・・・・・と不安になったのは秘密だ。

 

 これ以上変な雰囲気になる前に空気を変えようと、口を開いた。

 

 「メリー、デンデラ野に」

 

 「蓮子~明日のデートどこから行く~?」

 

 「おいちょっと待て」

 

 さっき見せた儚げな雰囲気どうした、と突っ込みたくなるような変貌である。女心と秋の空とかそんなレベルじゃない。というか、デートって何だ、デートって。デンデラ野以外はただ2人で観光するだけであり、間違っても恋人同士が行うようなあんなことやこんなことはしない。

 

 「ふふ、冗談よ蓮子。私としては本気で捉えてもらってもいいけど」

 

 

 「遠慮しときます。メリー、あまり夜更かしすると明日に影響するから、早いうちにまとめるわよ」

 

 「は~い・・・・・・『噂』について、ね」

 

 メリーはくすくす笑いながらも噂という単語に力を込めた。その表情は、あの出来事を思い出しているようにも見えた。

 

 

 

 「今まで暮らしていた村に、子供達の元に、帰りたくても帰れない”老人たち”

男が死ねば鈴の音(金属音)、女が死ねば泣き声が、デンデラ野から風にのって聞えてくる・・・・・・現在は心霊スポットとしても有名なデンデラ野そして・・・」

 

 「この世とあの世の境界。それががあると言われている」

 

 静かに資料を捲る。デンデラ野についてまとめられていた資料だが、最後のページには違う土地の情報が載っていた。

 

 

 

 『蓮台野』

 

 

 京都にある上品蓮台寺という名前の寺を指す言葉であり。

 

 

 

 1週間前、私たち秘封倶楽部が、この世とあの世の境界を垣間見た場所だった。

 


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