秘封倶楽部(仮)   作:青い隕石

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何気なくランキングを見ていたらこの小説がランクインしていて心臓が止まりかけました。

このような小説に目を留めて、評価していただきありがとうございます。亀更新ですが、蓮子とメリーの物語をこれからも書き続けていきます。




夢分析

 「いいかしら?そもそも人間という生物が行動する際、少なくとも9割は無意識の領域だと言われているの。人は歩く時、ずっと歩いていることを意識してはいないわ。意識の外で足を動かしている場合が多いの。一節によると表層意識の割合は数パーセントで、残り全てが無意識、潜在意識に分類されているという場合もあるわね。その無意識の分野に着目したフロイト氏が唱えるには、夢というのは人の持つ無意識下での欲望、望みが形として表れたものであって・・・」

 

 ぐてーん、と机に突っ伏す私。寝不足気味の身体にコーヒーをぶち込むことで強制的に覚醒状態を保っているのだが、そのなけなしの努力を無に帰さんとする子守唄が聞こえてくる。

 

 さながら講師のように、すらすらと言葉を紡ぐメリー。伊達眼鏡と指示棒が似合いそうなその姿から繰り出される、聞くものを夢の世界へと導く延々とした講義。自業自得とは言え、睡眠時間をロクに取れていなかった私にとってはかなりキツイものがある。

 

 私よりも高く、それでいて全く耳障りに感じない調和の取れた声。普段であればいつまでも聞いていたいと思うのだが、今ばかりは深い微睡みへと誘う悪魔の囁きとしか感じられない。

 

 時刻は昼。土曜ということもありゴルフ大会にでかけた父と、親戚の方と食事にでかけた母は未だ帰ってこない。現在、宇佐身家には居間の中央にあるテーブルで相対するグロッキーな私と、淡々と説明を続けるメリーの二人だけが残っていた。

 

 さて、何故私がこのような仕打ちに遭っているかと言えば、これまた半分ほど自業自得だったりする。

 

 発端は、目が覚めると同時に内容を忘れてしまった夢についてメリーに話してしまったことである。朝食というにはやや遅い食事を摂った後、ふと口から漏れてしまったのだ。

 

 「そう言えば、明晰夢のようなものを見たのよね。起きたら内容の大半を忘れてしまったんだけど」

 

 という台詞を言った途端、メリーの目がキラリと光るのが見えた。あ、マズイと思ったときには全てが手遅れだった。

 

 精神学を専攻しており、夢に関する体験、関心には一日の長がある彼女が止まる道理はない。自分の考察を見せびらかしたい研究者のように、夢というものに関する説明を始めたのが30分前。それからほぼノンストップで喋り続けられているのだから堪らない。

 

 寝不足で頭が働いていないことを差し引いても迂闊なことをしてしまったと感じる。現に、メリーの講義は一向に終わる気配がない。滅入っている私の姿は見えているはずなのだが、全く気にする素振りを見せずに持論、というか薀蓄を語り続けている。

 

 沈没寸前の脳で聞いていた部分の話をまとめると、

 

 『太古の昔から、夢というものは神や悪魔と言った、超自然的存在からのお告げであると謳われてきた』

 『夢の世界とは無意識が意識に混入してくる』

 『夢とは時に、その者が普段から持っている抑圧された願望が現れる場合がある』

 『明晰夢というものは、遺伝子にプログラムされた意識のフォトグラフ』

 

 というものになる。うん、さっぱり分かんない。

 

 同じ大学、同じサークルに在籍する私達だが、専攻分野は大きくかけ離れている。

 

 私は超統一物理学という分野を専門として学んでいる。これは21世紀当時、学者を悩ませていた『電磁気力』『弱い力』『強い力』『重力』それぞれの理論を一つにまとめ、統一させたものである。

 

 そう、21世紀では上記の4つの力が素粒子の間で働いていると言われていた。素粒子、つまりはこの世を構成する最小の物質。この謎を解明すれば世の中全てを解き明かせると学者たちは躍起になった。

 

 この世の根源たる力がたった4つから表せる、と一般人は考えるだろうが専門家の意見ではそうはならない。かなり強引ではあるが、彼らから見れば人類の歴史が4つあると言われているようなものだ。どれか一つが正しいのかも知れないし、それぞれの理論を組み合わせたものが真実なのかも知れない。

 

 21世紀終わり頃、彗星の如く現れた赤髪の女性物理学者がこの理論をまとめ上げることになるのだが、それまでは学会は荒れに荒れていたという。

 

 とまあ、いわるゆ絶対的な理論の元構築されたものが私の学問であるわけだが、メリーはその対極にある。

 

 相対性精神学。人の精神、感情という曖昧で、相対的な面から物事を見つめる分野。今までサークル活動の合間に何度か教科書、参考書を見せてもらったのだが全く理解できなかった。

 

 そんな彼女がキラキラした眼で、専門的な知識を織り交ぜつつ暗号を口にし続けるのだ。聞き続けられる人がいたら出会ってみたい。

 

 いい加減眠気の限界も近いので、メリーには悪いけど話を一旦切る方向に持っていくことにする。

 

 「メリーさ、色々な考察を言っているけど、結局の所どれが一番可能性が高いのかな?」

 

 残り少ないコーヒーを口にしつつ尋ねると、メリーはキョトンとした顔をした後思案顔になった。あれだけ語っておいて考えてなかったんかい。

 

 「そうね・・・明晰夢の考察は心の願望説、パラレルワールド説等様々なものが存在するわ。ただ、私が推しているのは『魂の記憶説』ね」

 

 「魂の記憶?」

 

 「ええ。さっきも言ったけど、遺伝子に組み込まれたDNAとしての記憶ね。前世以前の記憶が夢という形でフラッシュバックするという可能性が挙げられるわ。これが夢だと認識できるのは、遥か過去に実際に自分が体験しているからよ」

 

 「DNAねぇ・・・」

 

 話を聞きながら小さくため息を吐く。正直、生物学的な知識に関してはさっぱりだ。

 

 「蓮子、見たっていう明晰夢に関して少しでもいいから思い出せることはないかしら?」

 

 首をかしげながらの言葉を聞き、もう一度顔に手を当て目をつぶる。糖分とカフェインをいれたおかげか、起きた当時よりは夢の中の描写が少し鮮明になった。それでも殆どはもやの中なのだが。

 

 断片的な風景、わずかに残っている記憶をかき集めて、継ぎ接ぎのストーリーを完成させる。

 

 「うーん・・・・・・ずっと暗い闇の中にいた気がするわ。長い間そこにいて、気づいたときには急に景色が変わって。目を上げたら二人かな?二人が飛びながら戦っていたようないなかったような・・・」

 

 「前世は魔法使いだったのかしらね?」

 

 呆れた眼で見つめてくるメリー。だって夢なんだからしょうがないではないか私は悪くない。

 

 しかし、件の話を聞いた後では気になることも事実である。およそ非現実的な光景であるあの夢が、万が一過去に経験したものであったとしたら。

 

 自分が見た夢は三人称視点だったのだが、もしかすれば二人のうちどちらかが私の前世だとでも言うのか。

 

 馬鹿だな、と感じた。いくら眠いとは言え、そんなことを真面目に考える自分がである。もちろんいい意味でだ。ありえないことに対し、はいそうですかと打ち切るなど私ではない。

 

 結局、それ以上は思い出せなかったため夢の話は打ち切りとなったのだが、また記憶を引き出せれば考察してみようと心に決めた。 

 

 

 

 ・・・・・・よし、とりあえずは寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忙しく動き回っていても、のんびりと過ごしていても、時間というものは平等に過ぎていく。

 

 どれだけめんどくさいことが待ち構えていようとも、等しく未来へ向かって進む時間は止まることがない。

 

 とどのつまり、来てしまったのだ。彼岸の日が。

 

 両親は既に外出している。二人共、帰ってくるのは夜になるとのことだ。眩しい朝日を浴びながら、私達はお寺への道のりをゆっくりと歩いていた。花や線香、お供え物などをまとめたかばんを持って、一歩一歩踏みしめていく。

 

 あの後さり気なく母親に交渉をしかけたが、結果はご覧のとおりである。泣きたい。

 

 お寺まで交通機関を使えれば楽なのだが、電車もバスも、綺麗に通らない位置にあるのだ。使ったとしても対して時間が変わらない上にお金だけは掛かるという踏んだり蹴ったり仕様となれば、己が脚を使うしか無い。

 

 さすがに客人立場であるメリーに物を持たせるわけにも行かないため荷物を全て抱えて出発したのだが、早くも限界が訪れたため空の水桶だけは持ってもらっている。貧弱な私の腕に乾杯。

 

 来たときとは違う道をきょろきょろしながら歩くメリー。転ぶから危ないと言いかけたが、留まった。未知の風景を観察しているのであれば、止めることは忍びない。

 

 私としてはこんな住宅街のどこが面白いのか、という思いもあるが住人ならそんなものだろう。どんな観光名所だろうと、その土地に住む者にとっては見慣れた、見飽きた風景なのだから。

 

 

 

 目指すは宇佐見家先祖代々の墓。

 

 これから起きる出来事など、今の私は露知らず、メリーと共に黙々と歩き続けた。





【速報】夢想封印初出の作品『ラクガキキングダム』において、ZUNさんはマスターアップ後の作品にこっそりとハクレイのミコのデータを組み込んだそう。想像以上にすごいことしてるよあの幻想郷最高神。


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