秘封倶楽部(仮)   作:青い隕石

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今回はちょっと重めかも・・・


天体観測

 

 晴れの日が好きだ。嵩張る傘を持たなくていいし、お気に入りの服を濡らす心配もない。足取りが軽やかになって、行動範囲も広がる。何より夜に、頭上一面に広がる星空を見ることが出来る。

 

 数え切れないほどの光。地球上に存在する砂粒の数より遥かに多いと言われている星々の輝きが、気の遠くなるような年月を辿って、私の目に届く。人類が文明を築いたのは約数千年前。その期間が須臾に感じられるほどの旅を、光は踏みしめて来た。

 

 見渡す限りの星。この光は、幾千億年前の輝きなのだろうか。その輝きを発した恒星は、今も存在しているのだろうか。

 月はまだ、頂に達していない。望遠鏡から覗き込んだその姿は、普段見るより大きく、どこか妖艶な姿に感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局の所、私はメリーの課題をパク、もとい参考するという選択肢は取らなかった。彼女がダイナマイト級のキワモノを持ってきたという理由が大半だが、私自身の感情も原因がある。

 

 ライブラリーセンターを出た後、来てくれたお礼(と遅刻の謝罪)を込めてメリーと一緒に近くのお店に入る。そこは学生をターゲットにしているこじんまりとした喫茶店だ。料金は少々高めだが、珈琲の味・店内の雰囲気が非常に私達好みのため頻繁に利用している。

 

 自分がやらかすたびにメリーにはストロベリー・タワーパフェをご馳走している。正直、これで許してくれるメリーが仏様に見えてきた。そしてそんなカロリーの山を食しても一向に膨れないお腹は一体何なのだろうか。全女子が血涙を流すこと確定である。

 

 ちなみに今年に入ってから二人で喫茶店を訪れた回数は優に10回を超える。1ヶ月に2回のペースで訪れている計算だ。・・・・・・いや違うの、偶には活動の打ち合わせとかで普通に訪れることのあるの。というかそっちのほうが多いわよ。多分。

 

 注文したモンブランをつまみながら、他愛のない会話を交わした。秘封倶楽部のこと、大学のこと、美味しいスイーツのこと・・・私達にとっての日常が話題の中心となる。

 

 課題が終わったらまた大掛かりな活動をしたいな、というメリーの言葉に私もうなずく。近畿地方で1~2日のサークル活動は頻繁にしているが、本腰を入れた長期となれば昨年のデンデラ野以来ご無沙汰となっている。四季さんの件は、帰省が目的だったし・・・。

 

 昨日ニュースになってた、民間向けの月面ツアーの話は結構盛り上がった。太古から太陽とともに信仰の対象ともなった月。アポロ計画を経て人類と月の距離は精神的に近くなり、この度とある会社が一般人向けの月旅行計画を打ち出したのである。

 

 ・・・・・・まあ、一学生に手が出るようなお値段ではなかった訳だが。大人数での旅行にすることで一人あたりの価格は抑えられるらしいが、それでも一番安いプランですら私の預金残高より二桁多い。田舎であれば土地代込みで立派な一軒家が建てられるレベルだ。

 

 いくら興味があるといえど、元手がなければどうしようもない。

 

 「将来お金が溜まったら、二人で行きましょう♪」

 

 楽しそうに思いを馳せるメリーに、そうね、と相槌を打つ。メリーの目は非常にキラキラしていて、ツアーの内容について一つ一つ挙げながらこれをやってみたい、これは出来ればこうなってほしいとマシンガントークを展開する。

 

 普段は大抵のことのおいて私がどんどんと引っ張るケースが多いけど、たまに子供のような表情を見せてくれる事がある。私以外の誰にも見せたことがない、無邪気で探究心に満ち溢れた顔。それを見るたび、ああ、メリーも私と同類なんだと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 暗くなる前にお茶会はお開きとなり、家に帰ったが・・・・・・なんだか気持ちが落ち着かなかった。メリーとの会話の中に、引っかかるナニカが心の隅に居着いている。

 

 喫茶店でケーキを食べたし、夕食はいつもより軽めにしようと調理に取り掛かろうとして・・・その手を止めた。どうしても、モヤモヤが無視できなかった。

 

 お湯を溜め始めたお風呂の栓を抜き、先程付けたばかりの部屋の電気を消す。

 

 そして、両手で大きなケースを持ち、再び家の玄関を開けた。

 

 勝手知ったる大学までの道のり、とは反対の方向に足を向ける。今回は荷物も持っているため、いつもよりスローペースだ。

 

 途中でバスの移動をはさみ、かれこれ40分ほどで目的地に着く。『京都オートキャンプ場』という看板の脇を通り、敷地内に足を踏み入れた。

 

 受付を手短に済ませ、芝生の上を進む。何度も利用しているので、もう慣れたものだ。なだらかな丘に面しているキャンプ場、その一番標高が高い場所でケースを降ろし、一息つく。自然に囲まれた場所とはいえ夏真っ盛り、いくら薄手の服でも汗が滲んでしまうことは避けられない。先程買ったお茶で喉を潤し、短い休憩をとってから準備に取り掛かった。

 

 ケースの鍵を外す。去年購入した時と比べれば所々に傷が目立ち、塗装も若干剥がれている部分があった。あまり丁寧に扱っていなかったからなあと反省するが、次の出番の際にはすっかり忘れているのだから、人間の頭というものは不思議である。

 

 蓋を開け、バラバラになっている複数の部品を組み立てる。三脚をしっかりと固定し、光学レンズを取り付けて動作を確認する。最初は説明書を読みながら四苦八苦していた頃もあったが、今では数分あれば余裕で完成する。

 

 時間が経ち、星空の中で月が輝く時間帯となった。その空に向かって私は組み立てた・・・・・・望遠鏡のレンズを向けた。

 

 

 

 気持ちが落ち着かない時、私は星空を見上げる事が多い。今の時間と場所を確定させる私の目には、星が数多の導き手に感じることがある。

 

 中学校の入学祝いで望遠鏡を買ってもらってから現在まで、天体観測が趣味となっている。昨年買い換えたこの望遠鏡共々、長い時間を共に過ごし、夜空を一緒に観た。

 

 今いるキャンプ場は京都府内でも人工の光が届きにくい立地をしており、知る人ぞ知る天体観測の穴場となっている。一泊しなければ料金も非常に安く、深夜になっても交通の便があるためお財布的にも安全的にも優しい。

 

 休日という事で人がいるかと思ったが、本日は珍しく人影がいなかった。多い時は10人ほどいる時もあるため、少し拍子抜けである。何度も会って顔見知りになった人もいるのでどんな話をしようか思いを巡らせていたが、無駄になったようだ。

 

 焦点距離を微調整しながら、接眼レンズを覗く。黒い背景の中央に浮かぶ、丸い景色。能力の使用を一旦止め、純粋な星空をその目に映す。

 

 明日まで続く晴れ模様。澄んだ空気は天体観測にうってつけだ。夜の空を色褪せた存在にする人工の光も、遮る雲もない。ありのままの姿を、私に見せてくれている。

 

 太古の人々は、無数の星を結んで自らの理解できる事象に当てはめた。人、動物、神、物・・・・・・数多くの星座が神話と融合し、壮大な物語ともなった。

 

 太陽の光が届かない夜の帳。月は、星は、その闇を照らした。人々は夜を恐れながらも星に思いを巡らせ、様々な形を見出した。ロマンチックで、幻想的で、広大な景色。何度観ても決して飽きることなく、私を照らしてくれる存在に心を奪われる。レンズ越しに果てしなく広がる世界を観るたび、それに比べれば私の持つ悩みなどひどくちっぽけな物だと再認識させられる。

 

 

 「・・・・・・とはいっても、悩みが消えることはないんだけどね」

 

 

 天体観測を初めて30分くらいが経過しただろうか。小さな声で呟き、レンズから目を離す。

 

 そのまま後ろに身体を投げた。パフン、と芝生のクッションに受け止められ、仰向けの状態で寝転ぶ体勢になった。

 

 望遠鏡を介さない、肉眼で見る夜空。広くなった視界を埋め尽くす数多の輝きを、そのまま亭受する。

 

 普段ならこの段階で悩みが消えているのだが、今日はどうやら面倒くさいシロモノのようだ。とはいえ、天体観測の過程で正体不明のナニカについては判明した。

 

 「・・・・・・将来、か」

 

 モヤモヤした思いを言葉にする。口に出せば軽減されると思ったが、どうやらうまくは行かなかった。

 

 ライブラリーセンターでの、喫茶店での会話が蘇る。

 

 私は、自身の目が特別であることを知った後もそれ以上の行動は起こさず、他人には隠しながらも何となくで過ごしてきた。秘封倶楽部の活動が始めってからは活躍の機会が増えたが、逆に言えばそれ以外の変化はない。いやまあ、進化したのは結構な変化か。

 

 しかし、メリーは違った。自身の、私の目について解明できないかということを真剣に考えていた。哲学の分野に突入しかけているとはいえ、畑違いと言っていいクオリアに挑戦しようとしたことからも、その本気度が伺える。

 

 自分を見つめ、先を見据えるメリー。その姿を見て、不意に自分の『今後』についても考えてしまった。

 

 先程言っておいてあれだが、私は特別な目を持っている。しかし、それ以外は至って普通の人間だ。酉京都大学の学生であることは一つの誇りだけど、自分より頭のいい人は大学内ですらたくさんいる。世界に目を向ければ、私の頭脳などそこら辺に埋もれるレベルだろう。

 

 専攻学部、学科から就職したい企業の絞り込み、調査も行っている。でも、そこに強い意思はない。絶対にこの企業に入りたいとという思いもない。将来働かなければならないから、との義務からくるものだ。正直な所、大学で学んでいる内容の中で、大学院に行ってまで極めたいと感じるものもない。

 

 世間から見れば、ただの一般大学生。そんな私でも、メリーと一緒のサークル活動中は『特別』を感じることができる。現の世界に残る夢を、幻想を追い求め掴み取りたい。その気持だけは、紛れもない本心だ。どこまでだって、メリーと一緒に行ってみたい。私達は、二人で一つの秘封倶楽部なのだから。

 

 

 

 ・・・・・・でも、学年が上がって忙しくなったら?就職したら?お互い家庭を持ったら?

 

 研究に明け暮れて二人の時間が取れなくなる。就職先がお互い違う県、もしかすれば違う国となり容易に会えなくなる。人生のパートナーと出会い、今抱いている探究心が徐々に薄れていく・・・・・・全てが十分にありえる未来だ。

 

 怖い。この気持ちが、今の私の大部分を占める感情が無くなっていくのが怖い。ああ、そんなこともあったわね、と思い出話の一つになってしまうのが怖い。

 

 将来、どんな私になってしまうのかが怖い。

 

 「あー・・・もう」

 

 勢いをつけて起き上がる。背中についた草を軽く払い、再び望遠鏡を覗き込んだ。

 

 一段と深くなった夜空に、一筋の流れ星が見えた。その光は真っ直ぐな軌跡を残し、数秒後に消滅した。

 

 流れ星が消える前にお願いをすれば願いが叶う。有名な言い伝えだが、その時の私はお願いどころか、言い伝えそのものすら頭に浮かばなかった。

 




東方人気投票が6月に開催決定!

また地獄の候補絞り込みが始まるのか・・・・・・


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