秘封倶楽部(仮)   作:青い隕石

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 今回は結構早く書き上がりました。


それは、突然の

 

 地面の傾きを確認した後に三脚台を展開させ、しっかりと固定する。光学レンズの取り付け、動作確認、微調整・・・・・・何度も何度も繰り返し、頭で考えなくても手が勝手に動いてくれる、体が覚えた動作。

 

 その動作を、メリーが興味深げに見ている。バラバラだった部品が一つの形に組み上がっていく過程を見て、小さな感嘆の声を挟みながら私の一挙一動を目に収めている。

 

 ミス一つなく進んでいるというのに、何となく恥ずかしい。いや、こそばゆいといったほうが良いだろうか。今までは一人で行う楽しみだったため、誰かに見られながら準備を行った記憶がない。個人だけで完結する趣味であり、第三者の介入を必要とせずに行える。注目を受けながらの組み立ては、いつもより時間がかかってしまった。

 

 二人で星空を見上げたことはある。しかしそれは秘封倶楽部活動という主目的の副産物として生まれた事象であり、腰を据えて行ったことは一度もない。メリーを自分の趣味に巻き込みたくなかったし、私にしては珍しく、自分のペースで行いたいものだったからだ。

 

 「メリーは望遠鏡自体、見るの初めてかしら?」

 

 「そうね・・・実物を間近で見たのは今日が初めてね。ちなみにだけど、この一式でどれくらいするのかしら」

 

 「これはそんなに高くないわ。全部合わせて4万円くらいね」

 

 「あ、結構ガチ目なのね蓮子」

 

 驚いたようなメリーの声が聞こえたが、天体望遠鏡は性能を求めると文字通り天井知らずとなる。4万円台はまだまだ手を出しやすい部類だ。買おうと思えば1万円あればお釣り付きで手に入るが、目に見えて性能が違ってくる。半年やそこらで買い換える物ではないため、可能ならば最初に奮発したほうが良い。

 

 ネジを緩め、締めの繰り返し。鏡筒を設置し接眼レンズをはめ込めばあとはもう目前だ。ファインダーを鏡筒に取り付け、ネジで固定すれば完成である。最初の頃はここで重心バランスがひどいことになっておりもう一仕事あったのだが、もう慣れたものだ。手をはなしてもグラつかずに静止したままである。

 

 経緯台式の望遠鏡は、鏡筒を上下左右に動かすことが出来る。最後の確認として動作確認をしたが、異常なし。微動ハンドルともども、ひっかかり・違和感を感じずに動かすことが出来た。

 

 バスを降り、30分ほど経過しただろうか。人工光が届かないこの場所で、いよいよ星たちの輝きが最高潮に達しようとしている。

 

 そういえば二週間続けての天体観測はいつぶりだろうか。記憶をたどるが、中々たどり着けない。もしかすると、高校以来かもしれない。

 

 大学に入ってからはメリーとの冒険が本当に楽しくて楽しくて。一人で無気力に過ごしていた時間が、そっくりそのまま倶楽部活動と相成った。時間を見つけては打ち合わせ、冒険・・・。それに加え講義、レポートも歩幅を揃えて大量に来襲してくる。

 

 巡り巡る日常の中では、どうしても自分だけの趣味に割ける時間は少なくなってしまう。優先順位を考えれば当然と言えるが、結果として上京する前ほどは没頭できなくなった。些細な悩み事を空に託す時間があれば、メリーと一緒に秘密を暴きたい。そんな感情が当たり前になっていった。

 

 彼女と会うときは、勉学、レポート、オカルト・・・何かしらの理由があることが大半だった。私としてもそちらが有意義なのだが、偶には今日みたいな日があってもいいかもしれない。

 

 (・・・よし、これでOK)

 

 微調整を終えて、頬を伝う汗を拭う。いつもより少し時間がかかってしまったが、無事に天体望遠鏡が完成した。私の動作を見て、メリーも近寄ってくる。

 

 「お疲れ様、蓮子。意外と早く組み立てが終わるのね。ケース内の部品を見たときは、30分以上はかかると覚悟してたわ」 

 

 「ははは、まあ最初は苦戦してたけどね。何度もやってれば自然と身につくわよ」

 

 至近距離から天体望遠鏡をしげしげと見つめるメリー。構成部品に興味が湧いたみたいで、私に一度断りを入れてから軽い力で鏡筒を動かし始めた。

 

 メリーなら無茶な動かし方はしないし、まだまだバスの最終時刻までの時間はたっぷりある。彼女が満足するまで貸してあげてもいいだろう。

 

 空を見上げる。今宵広がるは夏の星空。一般的に天体観測は空気が済んでいる冬にするのがおすすめであり、オリオン座をはじめとする星座やシリウス、アンドロメダ星雲、スバルなどの有名な星々を観る事ができる。だからといって夏は敬遠したほうが良いかと言われればそうではなく、有名な星座はもちろんのこと、冬ほど気候に意識を割かなくても良い利点がある。

 

 気候なんて、と思う人もいるだろうが、冬の夜風は馬鹿にできない。京都自体が盆地に囲まれた土地にあるため、「京の底冷え」との言葉が生まれるくらいには体感温度が低い。気温自体は氷点下を切ることは稀なのだが、足元から耐え難い冷気が延々と纏わり付いてくるのだ。

 

 星空を見て心を落ち着けるつもりが、違うことに気を取られて楽しめませんでしたでは何をしに来たのかわからない。去年冬、東京と同じ感覚で繰り出して地獄を見る羽目になったことは肌身に染み付いている。

 

 もちろん夏でも体調管理は必須だが、気温の下がる夜に行うこともあり支障は出にくい。ペットボトルのお茶が一本あれば十分に間に合うレベルである。私は夏のほうが好きかもしれない。

 

 望遠鏡から離れ、緻密な作業で疲れた身体をうんと伸ばす。能力も望遠鏡も使用しない、生まれ持つ瞳で空を見上げる。何者も介さない状態で見る星は、明るく遠い。あんなにも小さく見えるのに、地球、太陽よりはるかに大きな星が無数に浮かんでいる。

 

 そこにあることは分かっている。はっきりとその存在を視認できる。なのに、人類の英知を結集しても見届けることが精一杯の、無数の輝き。亡くなった人を星に見立てる文化があるが、いつでも見られるようにという想いから生まれたものだろうか。それとも、二度と手の届かない場所へ行ってしまった悲しみを謳ったのだろうか。

 

 どの方角を見ても、果てしなく遠い光が目に飛び込む。そんな中、一つだけ明らかに異なる存在を見つける。

 

 『月』。地球の最も有名な衛星であり、最も近い星。天体観測の時も、メリーとの冒険の時も、ずっとずっと見てきた輝き。

 

 いつ見ても心を惹かれる不思議な存在。ああ、本当に・・・

 

 「・・・月が綺麗ね」

 

 「そうね蓮子末永く結婚しましょう」

 

 「いやそういう意味じゃなくてね!?」

 

 小さく呟いたはずなのに、瞬きした直後にメリーが目の前にいた。ちょっと待ってあなた一瞬前まで天体望遠鏡に夢中だったよね?絶対聞こえない位置にいたよね?軽くホラーなんだけど。こんな時間にビビらせないでよトイレ行けなくなるじゃない。

 

 というかメリーさん真顔やめて。本当にそっちの意味じゃないから。ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  簡単な操作説明と注意事項を説明して、まずはメリーに自由に見てもらうことにした。オススメの星座を実践付きで説明する方法も考えたが、受動的になってしまうと思い取りやめた。始まる前からあれだこれだ説明してもやる気が削がれるだけである。最初は思いのままに自分なりのやり方で楽しんでほしい。

 

 自分が口を挟むのは後からでも遅くない。幸い、本日も私達の他に人はおらず、実質貸切状態だ。キャンプに訪れている人はまばらに見かけたが、キャンプサイトとは距離が離れているため気にしなくてもいい。

 

 「わぁ・・・・・・」

 

 自然と発せられた感嘆の声。天体観測が始まって30分。メリーは何度目かも分からなくなった呟きを口にする。何の飾り物もない、それでいて熱がこもった声。彼女は今、間違いなく空に心を奪われている。

 

 毎日顔を上げれば見ることのできる光景、それを少し注意深く見つめるだけの行為。それなのに、こんなにも心を揺さぶられるのはどうしてなのか。

 

 「すごいわ蓮子!月の表面がはっきり見える!あれがクレーターなのかしら?意識してみれば、確かにうさぎっぽく見えるわね」

 

 無邪気な声を上げ、望遠鏡のレンズから目を離さないメリー。ずっと欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように、片時もレンズから目を離さないでいる。今のセリフから、どうやら月をみているようだ。

 

 自分も月に目を向ける。今は地平線に消えた太陽の光を受けて白色に光る衛星。太陽にも劣らない伝記、伝説が創られてきた妖艶な姿は、雲に遮られることなくはっきりと認識できる。満月ではないのが些か惜しいが、こればっかりはどうしようもない。

 

 魅力を伝えるための計画を練っては来たが、それら全ては良い意味で無駄になりそうだ。今のメリーの姿を見て、微笑ましくなる。

 

 自分にも、こんな時期があったのだろう。中古の天体望遠鏡を買って、星座の知識すら禄にない状態でも楽しんでいた時期が。不思議なものだと思う。星の知識、望遠鏡の操作技術、その他諸々は今の方が比べ物にならないほど身についているのに、何も知らない昔の方がワクワクが大きかった気がする。

 

 月に向かって右手を伸ばす。今の私には届かない存在と知ってなお、掴み取る動作をする。閉じた掌には、何も入っていない。

 

 ああ、また考えてしまう。こんなにも宇宙は広いのに、人類は未だ衛星一つしか踏破出来ていない。一時期移住計画で話題になった火星も、未だに機械での探索、調査に留まっている。

 一体人類は、どれだけの時を費やせば宇宙を『知る』ことができるのだろう。宇宙の年齢を考えれば、人間が築いた知識など塵芥にも等しい、矮小なものだろう。それでも、知ってしまったからには考えてしまう。

 

 ・・・私が生きている間には、絶対にたどり着けないことも含めて。あと100年で解明など、毎日のように科学革命でも起こらなければ無理な話だ。そもそも遠い未来、宇宙の果てを知らないまま人類が滅亡する可能性の方が圧倒的に高い。

 

 (・・・不老不死になれればなぁ)

 

 辿り着けるかもしれないのに、と頭によぎって、苦笑いとともに流す。それはそれで、勝るとも劣らない難問だ。

 

 生きてもいなければ死んでもいない状態。そんなものに簡単になることが出来れば苦労などしない。

 

 「蓮子、『夏の大三角形』でどの星座のことかしら?」

 

 「ああ、それはね・・・」

 

 月を堪能したのか、メリーが新たな星を求めて質問してきた。天体観測は今日が初めて、というメリーだが夏の大三角形に関しては知っているみたいだ。なら話は早い。

 

 一度断りを入れて望遠鏡を借りる。接眼レンズの倍率もついでに変えようと思ったが、急に見え方が変わると違和感が生まれてしまうためこのままにしておく。

 

 元々見せたいと思っていたため、スムーズにレンズの中に捉えることが出来た。ピントを微調整して、ピンぼけを解消する。

 

 

『はくちょう座α星 デネブ』

『わし座α星 アルタイル』

『こと座α星 ベガ』

 

 

 それぞれ3つの星座の星一つずつを結ぶことで完成するアルテリズムだ。夏に天体観測を行う場合、一番の目玉といっていいものである。なにせ・・・

 

 「これのベガとアルタイルが七夕の伝説、織姫と彦星なのよね」

 

 「・・・よく知ってるわねメリー」

 

 「えへへ、ちょっとだけ予習をね」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべるメリー。その左手にはスマホが握られていた。

 

 もうっ、一から解説出来ると思ったのに。

 

 私が頬を軽く膨らましたのを見て、彼女は笑いながら謝罪する。

 

 「ごめんごめん、ここから先は蓮子の解説付きで観たいなあ。よろしくね」

 

 ウインク付きでのお願いをしてもらった。正直な話、ネットに書いてあること以上の説明が出来るかどうかは不安ではあるが。あくまで趣味の範囲で楽しむエンジョイ勢だし私。

 

 とはいえ、今日はメリーに名一杯楽しんでもらうミッションがある。自分の知識を総動員して任務に当たろう。

 

 調整が終わったので、再びメリーに望遠鏡を覗かせる。今、彼女の視界の中心には大きな三角形が浮かび上がっているはずだ。彼女の観察の邪魔にならない程度に、解説を始める。

 

 

 『離れ離れにされた夫婦、織姫と彦星が1日だけ会うことを許された物語』

 

 

 元々は勤勉、勤労だった二人が結婚したことで怠慢になってしまい、見かねた天帝が天の川を隔てて東西に引き離してしまう。それによって二人は悲しみ、働かなくなってしまった。見かねた天帝は真面目に働くなら一年に一度だけ会うことを許可した、という内容である。

 

 その日こそが7月7日の七夕。日本では、笹にお願い事を書いた短冊を飾る文化が生まれ、現在も続いている。

 

 ・・・本日の日付は七夕をとっくに過ぎてはいるが。いや、実際に天の川を見る時期としてオススメなのは8月なわけで。風情さえ気にしなければ、今の方が見やすいことは確かである。

 

 「でも不思議ね。なぜ昔の人は二人の間を川というもので遮ったのかしら?すぐに渡っていけそうなイメージが有るのに」

 

 「うーん・・・・・・勝手な想像だけど、昔は今よりもっと重い意味があったのかもしれないわね」

 

 「と、いうと?」

 

 「ほら、メリー。三途の川って彼岸と此岸の間にあるじゃない。決して触れ合うとこの出来ない対極の存在。川ってその2つを明確に割く意味合いがあったのかもね」

 

 あー、と接眼レンズから目を離したメリーが声を上げる。私の説明である程度納得できたのか、スッキリとした顔で空を見る。急に肉眼での観察に移行したことで距離感が狂ったのか、目を細めて空を見ていた。

 

 天の川全体を見るように、目線を上下に動かしている。

 

 あの星の川が本当にあらゆる事象を隔てているのなら、一年に一度会えるのはむしろ幸運である。

 

 「明確に割く、か。こちら側とあちら側を覆う、境界のようなものなのかもね」

 

 一人、独白したメリーが何気なく天の川に手を伸ばした。2つの星を割く存在を、覆い隠すように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、空間が割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・・・・え?」

 

 声を出したのはどちらだったか。どちらともだったか。突然の出来事に変な声を上げることしか出来なかった。

 

 見間違えるはずがない。あれは、

 

 「あ、待って!」

 

 叫んだときにはもう遅く、空に開かれた裂け目はあっという間に閉じてしまった。何度か瞬きした後は、先程までと変わらぬ星の輝きが空を支配している。

 

 でも、私ははっきりと見た。あれは、境界だ。結界の裂け目だ。今まで何度も見てきたのだから見間違えるはずがない。

 

 見つけた。新しい冒険への道を!

 

 嬉しくなった私はたまらず相棒に声をかけた。

 

 「メリー見た!?今の裂け目・・・」

 

 振り向きながら声を掛けて、メリーを視界に収める。

 

 

 

 

 メリーは自身の手を見ていた。顔面蒼白になりながら、目を見開いたまま。





 秘封倶楽部小説、第一部の終わりが見えてきました。
 

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