気がついたら東方ロストワードをやっていたんです!このゲームが面白いのがいけないんです。俺は悪くねえ!(某親善大使風)
幻想郷の東端、博麗神社。
幻想郷と外の世界を隔てる博麗大結界の境目に位置する建物であり、代々博麗の巫女が仕えている。
時刻は夜。日中であれば暇を持て余した妖怪や妖精、申し訳程度に人間の参拝客が訪れることもあるその場所は、静寂に包まれている。
外の世界にある照明などない土地。本来であれば神社から遠くにある人里を一望できるのだが、この暗さでは人間には捉えることが出来ないだろう。人間には。
神社の屋根に一つの影があった。月明かりに照らされた金髪は暗闇の中で絢爛に輝き、身に纏う白と紫の道士服は彼女がもつ曖昧さを助長させている。太陽はとっくに落ちているにも関わらず差している傘をくるくると回しながら、静かに空を見上げている。
レンガで作成されたアーチ状の屋根に腰を下ろしてから、彼女はずっとその体勢のままだった。顔の向き、目線を変えることはあれど、その先にはずっと天から降り注ぐ輝きがあった。
彼女は、表情を変えなかった。普段は何を考えているのか分からない笑みを浮かべ、あらゆる者から『胡散臭い』『信頼はともかく信用できない』と揶揄される幻想郷の賢者たる面影が感じられない。地位も、妖力もまとわない状態で、一界の妖怪としてそこに存在していた。
ふと、彼女のすぐ近くに空間の裂け目ができる。情緒的な風景に似合わない、薄暗い空間が脇に生まれたにもかかわらず、平然としていた。直後、その空間に右手を差し込み、すぐに引き抜く。10秒にも満たない出来事。引き抜いた手には瓢箪と小さな盃が握られていた。
傘を置いて蓋を開け、静かに酒を注ぐ。いずれもかなり年季の入った品であり若く見える女性が持つには不釣り合いなはずなのだか、不思議とサマになっていた。
注ぎ終えた瓢箪の蓋を締め、落ちないように立て掛ける。酒は透き通った清酒ではない。夜でも分かる程度には白く濁った濁酒、いわゆるとぶろくと呼ばれるものだ。見た目に反してほんのり甘く、口当たりの良さが特徴のお酒である。
スッ・・・と盃を持つ手を空へ伸ばす。星へ、月へ、乾杯を行うような仕草を見せ、その状態で静止する。
風が吹き、鮮やかに輝く金色の髪が大きく揺れてもその手は微動だにしなかった。彼女は月を見ていた。はるか遠くにある、欠け一つない満月をじっと見つめて目を細めていた。
憂いを帯びたような、何かを懐かしむような、悲しみに満ちたような・・・・・・っどれにも当てはまりそうでどれとも違いそうな、そんな表情だった。
5分ほどそうしていただろうか。ふぅ、と息を吐き手を降ろして盃を口に運ぶ。あまり量は注がれていないとぶろくをゆっくり味わうように、舌で転がす。
そのまま喉を通り過ぎた所で、彼女は僅かに目を見開く。
「あら、おいしいわね。酒呑童子が勧めるだけのことはあるわ」
容姿より幾分落ち着いた女性の声が漏れる。知人の名を口にし、もう一度瓢箪を手に持ちとぶろくを注ぐ。先程より気持ち多めに注ぎ、再び口をつける。今度はクイッと早く飲み干し、一息ついた。
静かな夜。風と共に流れてくるのはコオロギの鳴き声くらいである。
「ふふ、深夜に野外での月見酒、中々いいものがあるわ。宴会で騒ぎながら飲むのも吝かではないけれど、静かに自分のペースで飲むのもまた趣があるわね。・・・・・・ねえ、そうは思わないかしら、四季映姫?」
笑いながら振り向く彼女。その先にはいつからいたのか、表情を歪めた一人の女性が立っていた。
「・・・お久しぶりです、八雲紫」
博麗神社の屋根に腰掛け、ゆったりと酒を嗜む幻想郷の賢者、その者の笑顔を見て自分のしかめっ面が3割増しで渋くなる。眉間の皺に至っては過去最高の本数を更新しているかもしれない。
いつも通りの心が読み取れないニコニコとした笑みを向けられるが、今回ばかりは面倒くささよりも怒りの方が込み上げてくる。
「久しぶりね、閻魔さん。あらやだ、しかめっ面は似合いませんこと。折角の美人が台無しですわ」
「そうですね、あなたがつい最近まで冬眠してなければ私もこんな顔になってませんがね!今何月だと思っているのでしょうか!」
華やかな彼女の声とは対称的に、私の声はそれこそ自身の職場から這い出てきたような怨嗟の篭もったものとなった。
八雲紫は冬になると長期の睡眠、つまり冬眠に入る。結界の維持に幻想郷のパワーバランス管理等々、多忙な仕事で疲弊した体を休めるために毎年数カ月間の休養を行うのだ。それに関しては私がとやかくいう立場にはない。
しかしだ、7月まで行う冬眠はついぞ聞いたことがない。
3月、外の世界から帰還した私は八雲紫の式神である九尾の狐のもとを訪れた。主が起きたら私に連絡してほしいと頼み時を待ったのだが・・・・・・3月いっぱい、4月、5月となっても賢者は起きなかった。
最初は異変かと思ったが、博麗の巫女が動かない所を見るにそうではない。巫女の勘に引っかからないということは、ただ単純に目を覚まさないだけということとなる。
すぐにお伝えします、と笑顔で快諾をしてくれた九尾が日に日に焦り、やつれていくのを見て八雲紫に対するふつふつとした怒りが募っていったのは仕方のないことであると思ってほしい。昨日、安堵しきった表情で主の起床を伝えに来た彼女を見たときに、今度一杯奢ろうと決めたのは内緒である。
そして自身の仕事を片付け、居場所を聞いてやってきてみたら件の人物が一人心地で酒を煽っていたのだ。怒る。私でなくともこれは怒る。
「あら?藍はもう私がいなくとも結界管理を任せられるほどに成長しておりますわ」
「そういう問題ではありません!藍さんからお聞きしたのですが昨年末、3月上旬には目覚めると言って冬眠されたと。何ちゃっかり4ヶ月ちょっとオーバーしているのです!?冬眠の長さに関しては置いておきますが、部下との極めて重要な約束を破ったことについて問いただしているのです私は!」
「まあまあ、私の身にいつ、何があるのか分かりませんからね。藍にとっても良い訓練になったことでしょう」
「当事者がそれを言いますか!?」
「しー・・・あまり大声を出すと霊蘭(れいら)が起きてしまいますわ」
「むっ・・・」
感情のままに説教を飛ばしていたが、紫の一言で我に返る。
冷静になってみれば、ここは博麗神社の境内だ。騒いでしまっては就寝中であろう巫女に迷惑がかかる可能性が十分にある。仮にも閻魔という役職についている自分が、不用意に他人に迷惑をかけるような事があってはならない。
口に手を当て、声を抑える。その様子を見ていた紫がクスクスと笑いながらスキマに手を入れてもう一つ盃を取り出したが、もう片方の手で制して止めさせた。オフとはいえ、人の説教に来た自分が酒を口にしてはいけない。何より、心情的に藍より先に飲むことは憚られる。
あら残念、と全く残念でなさそうな口調で紫は再びスキマにしまう。そのまま自身の盃に酒を注ぎ、おいしそうに飲む。今すぐにそのお酒を藍に渡してほしい。
・・・・・・こんな話をしにきたのではない。彼女への説教を続けたいところだが、まずは約束を果たさなければならない。あれから四ヶ月、随分と時間がかかってしまったがだからこそこれ以上遅らせるわけには行かない。
無意識の内に、胸元に締まった浄瑠璃の鏡に手を添える。
「八雲紫、あなたにお願いがあります」
「宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンの二人に会ってほしいという事ですか?」
実は外の世界で、と続けようとした言葉は彼女の一言によって遮られた。いや、違う。予想外の言葉を聞いて、自身の声が詰まったのだ。
紫は相も変わらず微笑んでいる。しかし今、その笑顔が心なしか底無し沼に引きずり込まれるような不気味さを隠しているように見えた。
屋根の上にも関わらず、左足が一歩後ずさる。
待て、私は今日この日まで頼まれた約束を誰にも話さなかった。外の世界に赴いたことは小町や庭渡も知っている。しかし、そこでの出来事はずっと心のなかに留めていた。九尾に言伝を頼んだ時も、その詳細までは発言していない。
何故、彼女は私の質問内容を知っていた?
スッと紫が立つ。手にしていた盃と瓢箪は、いつの間にかスキマの中に消えていた。
「あなたも・・・視ていたのですか?いえ、しかしあなたはその時冬眠中のはず・・・」
「視ていたのではありません。『知っていた』のです」
自身より頭一つほど高い位置から声が届く。無地の扇子を広げ、口元を隠しながらわずかに仰ぐような素振りを見せる。
「四季映姫。あなたは自身の力と浄瑠璃の鏡で『視た』のでしょう。あの二人の行く末を。これから起こりうることを」
そこで彼女は言葉を切った。目を伏せ、私から視線をそらす。
口こそ見えなかったが、月に照らされたその表情には陰りが差していた。その事実に驚く。いつも彼女は笑っていた。日常でも、宴会でも、異変解決時でも、その全てにおいて八雲紫という存在は微笑みと共に合った。無表情、思案顔ならたまに見るが、負の感情を表にはっきりと出す事自体が珍しい。
それこそ1世紀ほど前の・・・・・・天界関連の異変時以来だろうか。天人くずれが目論んだ暴挙に対し、私は初めて彼女の怒りを目にした。
それは幻想郷と共に有り続けた者だからこそ身に纏える憤怒。幻想郷を誰よりも愛し続けていたからこそ発せられた激情。先の戦闘で博麗の巫女に打ち勝った天人くずれといえど、その想いの前には無力だった。
幻想郷最強の妖怪。鬼、天狗、吸血鬼を始め数多の妖怪が暮らす最後の楽園における、妖の頂点。神に匹敵するとも言われる力を十全に開放した彼女の姿は心底恐ろしく、そして神々しかった。
幻想郷の危機だからこそ見ることが出来た、八雲紫の感情。逆を言えば、よほどのことがない限りは心を見せない。
常時外さない偽りの仮面。だからこそ、僅かとはいえそこに綻びが生まれたことが驚愕だ。二人の話では昨年末、八雲紫も彼女らと顔を合わせている。時間にして1時間にも満たない程度の接触らしいが、そこで何かがあったのか?100年ものポーカーフェイスを崩す何かが。
宇佐見菫子の子孫。紫も菫子とは認識があったはずだ。彼女関連なのか。
それとも・・・・・・
(・・・似ている、と言われればそうかもしれません)
じっと彼女の顔を見つめる。二人の内の金髪の少女、マエリベリー・ハーン。・・・私が視た行く末のトリガーを引く者。
考えて、首を振る。詮索は後でもできる。今は、その前にすることがある。
「・・・・・・何故知っているのか、これ以上問うことはしません。知っているなら話が早いですからね。・・・・・・改めて、紫。二人の願いを、いえ、それだけでわありません。私から二人へのさらなる干渉許可もお願いします」
「あら、四季映姫。外の世界への過度な干渉はいけないのでは?」
「同情があるのかもしれません・・・それに、もう時間がない。あの結末の日まで」
「・・・・・・」
沈黙が降りる。扇子に隠れた口元がどの様になっているのかが見えない。しかし、私の言葉を聞いてくれているのは確かだ。
自身が視た運命の結末まで、もう時がない。私基準で見ても、人間基準で見ても残された時間は多くないのだ。
私は閻魔、楽園に席を置く閻王だ。どのような存在であれ、命を終えたものを裁く役割がありそれに誇りを持っている。でも、一人のヒトとして、人生を全うしてほしい、最後は笑って生涯を終えてほしいという気持ちがある。
二人に干渉した結果、どんな変化が起きるのかはまだ視えない。しかし、確実に訪れてしまう未来を変えることだけはできる。確定された悲劇を避けることだけはできる。
二人が紫と出会って会話すれば、そして私がさらに関わることができれば・・・
しかし、そんな想いは打ち消される。
「・・・四季映姫、あなたの干渉案に私は反対です」
「・・・ッ」
予想はしていた答えが八雲紫から発せられる。
過度な干渉は避ける。幻想郷の賢者として当然の判断だ。以前の邂逅は、彼女が必要だと感じたから二人に会った。理由があった。
逆に言えば、その理由がなければ紫を動かすことは難しい。だが、それでも・・・
言葉を続けようとした私の口は、紫のさらなる発言によって止められた。
「四季映姫、あなたは一つ勘違いをしています」
「勘違い・・・ですか?」
「ええ。あなたは二人の『結末』と言いました。私にはあの出来事こそが二人の『始まり』になるのだと思っております」
思っている、という言葉には力が籠もっていた。それこそ、確信していると言うような口調だった。
そして、その言葉の内容が信じられなかった。
「始まり・・・・・・馬鹿なことを言わないでください。二人の未来はそこで途切れています。それより先を見ることが出来ません。なのに何故・・・」
「作品がハッピーエンドたる所以は、主人公やヒロインが幸福な状態で物語が終わるからです。バッドエンドもまたしかり。もしかすれば結ばれた二人がその後、不幸になるのかもしれません。別れた二人がその後、新しい幸せを見つけるのかもしれません。」
「・・・あなたには、あの出来事の先が視えているのですか?しかし、もう一度言わせていただきます。私の瞳には、『宇佐見蓮子』、『マエリベリー・ハーン』、両者の未来が途切れているのです」
「それはそうですわ。だって・・・・・・」
扇子を閉じた彼女は、微笑みながら星空を・・・そこに浮かぶ月を見つめた。
「あなた、『私』の未来に関しては見ることが出来ませんでしたよね?」
今回で大空魔術編は終了です。
この先夏辺りまでリアルが立て込んでいるため、申し訳有りませんが今まで以上に投稿が不規則になるかもしれません。