何とかまとまりましたので投稿。次話投稿は8月中旬あたりになりそうです。紅魔郷リメイク発売されたら原稿に手がつかなくなるので、9月10日が秋季例大祭新刊のタイムリミットになりそう。
復帰してからは執筆のためにこちらの長編を読み直してますが、修正・変更したい所がちらほらあります。今後の話と矛盾しそうな展開や、絶対回収出来ない伏線などなど。記憶も曖昧な部分が多いです。
かなり話が進んでいるので、今までの話に関しては修正せずにいきたいと思います。
今回の投稿話もそうですが、過去の話と矛盾を起こさないよう執筆していきます。
話が逸れますが、5年間こちらの執筆を止めていた間に、自分の中の秘封倶楽部の二人のイメージが結構変化しました。
リハビリのため数年前に書いた作品ですが、二人とも破滅を目の前にしても前を見据え、目を輝かせている・・・・・・そんなイメージになりました。
『世界の終わりを、貴女と』
https://syosetu.org/novel/294895/1.html
メンタルクソ強な蓮メリもいい・・・。
「……一つだけ、約束しましょう」
そう口にした自分の声は、思っていたよりも静かだった。
もっと力を込めるつもりだった。何かを恐れているメリーを安心させるために、普段のように胸を張り、根拠もなく大丈夫だと言い切ってみせるつもりだった。けれど、向かいに座る彼女の顔を見ていると、そんな軽々しい言葉を口にする気にはなれなかった。
メリーは何も答えない。僅かに潤んだ紫色の瞳を見開き、じっとこちらを見つめている。その表情には、驚きも、戸惑いも、それからほんの少しの怯えも浮かんでいた。
理由を分かっているつもり、なんて言ったけれど全て知っているわけではない。
あの日、天体観測へ出かけた夜。メリーが起こしたものを、私もこの目で見た。
彼女が手を伸ばした瞬間、何もない空間へ走った一筋の亀裂。世界そのものが裂け、向こう側に別の場所が覗いているかのような光景。
驚かなかったと言えば嘘になる。胸が躍らなかったと言えば、もっと大きな嘘になる。
偶然にしてはあまりにもなタイミング。彼女がその目に宿している異能を考えれば、導き出される答えはおのずと限られてくる。きっと、顔にも出ていたのだろう。
……けれど、隣に立っていたメリーは違った。
彼女は裂け目ではなく、自分の手を、そして私を見ていた。
それから何日が過ぎても、メリーの様子は元には戻らなかった。
結界や都市伝説の話題を出すと、自然にその話題を終わらせようとする。
大学では普通に会話をしてくれるし、一緒に食事へ行くこともあるのに、私が一歩踏み込もうとすれば、見えない壁を作るように静かに距離を取ってしまう。
私から離れようとするたび、その顔があまりにも苦しそうだった。離れたくないのに、離れなければならないと自分へ言い聞かせている。そんな顔だった。
……何も言わず、一人で勝手に悩んで、一人で勝手に秘封倶楽部を止めようとしている。
自分自身のためではない。他ならぬ、私のために。
私は待つことしか出来なかった。
待つことは得意ではない。約束の時間に遅れることは多いけれど、誰かを待つのは苦手だ……我ながら酷い性格である。気になるものがあれば確かめに行きたいし、分からないことがあればすぐ答えを探したい。考えるより先に足が動く。メリーには何度も呆れられてきた。
仮に無理に手を引けば、彼女はきっとついてきてくれるだろう。私が笑って「行こう」と言えば、困った顔をしながらも最後には頷いてくれる。
それが分かっていたからこそ、出来なかった。メリーの優しさにつけ込んで、自分の望みだけを押し通すようなことはしたくなかった。
数ヶ月待って、教授からアドバイスを貰って、ようやく今日この部屋へ彼女を呼んだ。
もう一度二人で向かい合いたかった。秘封倶楽部の二人として、彼女の言葉を聞きたかった。
そしてメリーは、ようやく口を開いてくれた。
『怖いものはあるのか?』
あまりにも遠回りな質問だったけれど、何を尋ねようとしているのかはすぐに分かった。
あの日発生した裂け目。メリーの力。それによって、いつか起こるかもしれない何かを。
けれど、それでも答えは変わらなかった。私は境界が怖いわけではない。裂け目の向こうへ広がる未知を恐れているわけでもない。
代わりと言ってはなんだけど、高い所は怖いし注射も嫌い。遅刻した時のメリーは、下手な怪談よりよほど恐ろしい。
……けれど本当に怖いのは、その未知に手を伸ばした結果、隣からメリーがいなくなることだ。
もう隣で笑わない。呆れた顔で注意してくれない。危険な場所へ飛び込もうとする私の腕を掴み、仕方なさそうについてきてくれない。その未来を想像しただけで、胸の奥に冷たい穴が空く。
私はきっと、その未来に耐えられない。
(……ああ)
そこまで考えて、自然と笑みが漏れる。快適な室温だと言うのに、握った手のひらには汗が滲んでいた。
いつからだろう。秘封倶楽部という名前が、活動そのものではなく、私たち二人を指す言葉になったのは。『どこへ行くか』よりも、『誰と行くか』が大切になったのは。新しい謎を見つけた時、真っ先にメリーの顔が浮かぶようになったのは。
珍しい資料を見つければ彼女に見せたくなる。綺麗な星空を見れば、隣で見上げてほしくなる。
私が前へ進み、メリーがその背中を追いかけている……ずっと、そう思っていた。けれど本当は、違ったのかもしれない。
私がどれだけ無鉄砲に走っても迷わずにいられたのは、振り返れば必ずメリーがいたからだ。彼女が後ろにいてくれると信じていたから、私はどこまでも進めた。
メリーがいなければ、私はただの宇佐見蓮子だ。
少しだけ変わった目を持つ、一人の人間に過ぎない。
それでは秘封倶楽部にはなれない。私一人では駄目なのだ。二人で歩き、二人で迷い、二人で未知を見つける。その全てを含めて、ようやく秘封倶楽部になる。
メリーはまだ何も言わない。
私の言葉を聞いて、じっとこちらを見つめている。
人の心なんて、星や月のように見上げただけで正確な答えが分かるものではない。どれほど近くにいたとしても、言葉にされなければ届かないものだってある。
それでも構わなかった。今すぐ全部を話してくれなくてもいい。メリーが一人で抱えているものを、無理に奪い取るつもりもない。
ただ一つだけ、伝えておかなければならないことがある。
彼女がどんな理由で離れようとしているとしても、それを受け入れるつもりはない。
メリーが私を守るために身を引こうとしているのなら、なおさらだった。
それは一つの優しさなのだろう。でも、少なくとも、私が望む優しさではなかった。
私は静かに立ち上がった。机を挟んだ僅かな距離。それすら遠く感じたから。
メリーの隣へ回り込み、その前で足を止める。彼女は私を見上げたまま、僅かに肩を震わせていた。
静かに手を伸ばす。触れる寸前で、一瞬だけ迷った。けれど、ここで躊躇するくらいなら、初めから秘封倶楽部など名乗っていない。
私はメリーの手を取った。
……冷たい。いつからこうして一人で震えていたのか。私の知らない所でどれほど長い間、最悪の未来を想像していたのか。
握った指先へ、少しだけ力を込める。
「メリー」
呼びかけると、紫色の瞳が微かに揺れた。濡れた瞳は真っ直ぐ私を映している。それでもメリーは何も言わない。僅かに開かれた唇は震えるばかりで、声を形にすることが出来ずにいた。
なら、私が言葉にすればいい。
境界の向こうへ落ちてしまうかもしれない、見知らぬ場所へ連れ去られるかもしれない、……命の危機があるのかもしれない。
未来のことなんて、誰にも分からない。それでも、決めることは出来る。どんな未来が訪れたとしても、その時、自分がどうするのかを。それだけは、今この瞬間に決められる。
これは慰めでも、その場限りの励ましでもない。これから先、何があっても守り続ける『約束』だ。
私はメリーの瞳から目を逸らさなかった。握った手へもう一度力を込め、胸の奥にある想いを、一つの言葉へ込めた。
「約束する。秘封倶楽部は二人で一つ。私たちを繋ぐ糸は、絶対に切れない。たとえ離れ離れになっても、どれだけ遠くへ行ってしまっても……必ず貴女を見つけ出すわ」
静かな部屋の中へ、私の声が響いた。言葉が途切れてからも、メリーは身動き一つしなかった。
数秒だったのか、それより長かったのか。やがて、見開かれた紫色の瞳から一筋の涙が零れていく。白い頬をゆっくりと伝い、顎の先から小さく落ちた。
頬を伝う涙を拭う代わりに、私は握る手に力を込める。たとえメリー自身が、その糸を切ろうとしたとしても。私を守るために、一人で遠くへ行こうとしたとしても。
そんな勝手は許さない。
星が見えなくても、月が隠れていても、例え異能を失い時間も場所も分からなくなったとしても、私は探す。世界の果てまで。境界の向こうまで。どれだけ長い時間が掛かったとしても、一度見失ったくらいで諦めるものか。
私たちは二人で一つなのだから。
やがて、メリーの顔が大きく歪んだ。
堪えていたものが一度に溢れ出したように、幾筋もの涙が頬を伝っていく。何かを言おうとして唇を動かしているけれど、声にはならない。
もしかしたらこの数か月間、私が待っていたのと同じように、メリーも待っていたのかもしれない。
自分を引き留める言葉を。
離れてもいいなどと許す言葉ではなく、絶対に離さないと告げる、どうしようもなく身勝手な言葉を。
私は空いている方の手を伸ばし、メリーの肩を引き寄せた。
抵抗はなかった。彼女の身体は力を失ったようにこちらへ傾き、その額が私の胸元へ触れる。直後、服を掴む指先へ強い力が込められた。
「……ずるいわ」
「知ってる」
聞こえてきた、掠れた声。彼女に届くよう、はっきりと返事をする。
日は既に傾き始め、遠くの空が淡い朱色に染まっていた。
これから先のことだけは分からない。来月どころか、明日のことさえも。
それでも今、私の胸にはメリーがいる。それだけで十分。どこへ行こうと、何が起ころうと、二人なら秘封倶楽部でいられる。
もしも離れ離れになったなら、その時は、私が見つける。
……どれほどの距離が離れようと、どれほどの刻を隔てようと、必ず貴女を見つけ出す。
少し駆け足気味になりました