秘封新作ってマ?
シルバーウィークあたりで奈良観光確定しました。
次話投稿は九月あたり予定。
「……で。あんな感動的な話し合いがあったのに、活動早々遅刻かましてきたことについて、何か申し上げることはありますか、宇佐見さん?」
噴水前のベンチ。そこに腰掛けていたメリーは、私の姿を認めるや立ち上がり、開口一番にそう言い放った。
待ち合わせに遅刻したとき、人はどのような顔をして現れるべきなのだろうか。
平謝りを選ぶ者もいれば、悪びれずに笑ってみせる者もいる。私の場合、この二つを状況に応じて使い分けているつもりでいた。相手が誰であるか、遅刻の幅がどれくらいであるか、そして事前に連絡を入れられたかどうか。三つの要素を掛け合わせ、最適解を導き出す。我ながら合理的な思考であると自負している。
もっとも、その計算式が正しく機能した試しは多くない。何故なら我が相棒は、そのどれもが通用しない類の人間だからである。
声は柔らかい。口元も綺麗な弧を描いている。傍から見れば、待ち合わせた友人を迎える微笑ましい光景に映るだろう。
ただし、その双眸だけが一切笑っていない。
知り合って早数年。この表情が示すものについては、嫌というほど理解している。理解した上で回避できないのだから、学習能力については何も言うまい。
前回と違い、今回目覚ましは確かに鳴ったのだ。しかし寝ぼけた私がアラームを無意識に止め、再び夢の中に旅立っただけなのだ。……自業自得以外の言葉が見つからない。
人間の身体というものは、睡眠時において意思とは無関係な行動を取る場合がある。寝返り、歯ぎしり、寝言。それらと同列に、目覚まし時計の停止という行為を分類することはできないだろうか。うん多分無理。
星の見えない時間帯における私の時間感覚は、悲しいことに世間一般の平均を大きく下回る。この事実を以前メリーに打ち明けたところ、それはもう清々しいほどの呆れ顔を頂戴した。異能を持つ意味とは何なのか、私自身も時々分からなくなる。
「ご、ごめんメリー。あの、えっと……ご、5分の遅刻だし……」
我ながら情けない声が出た。両手を胸の前で合わせ、彼女を見上げる。醜い言い訳に対して、メリーは表情を一切変えなかった。
「あのね、蓮子。待たされる側にとっては、5分も100年も数億年でも変わらないのよ」
「うぐっ」
呆れた感情込み込みの言葉が静かに落ちてくる。
反論の糸口すら見つからないまま、私は肩をすくめる。バツの悪さから視線が下がり、自分の靴の先を見つめる羽目になった。噴水の水音が、やけに大きく耳に響く。
思考を振り払うように顔を上げると、メリーはまだ私を見ていた。
「反省した? それとも、ここから私を納得させられる挽回術でもあるのかしら?」
「……へ?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
してます、深く。そう答えて頭を下げれば、この話は終わるはずだった。実際、5分という数字に意味が無いと言われてしまった以上、私の手札はとっくに尽きている。バツの悪さから落ちていた視線を、恐る恐る持ち上げた。
腕を組んだまま、メリーが小首をかしげる。声色は先ほどまでと何一つ変わらない。ただ、目の奥に混ざっているものが少しだけ違っていた。
振られている。明確に、こちらへ。
……ここで大人しく縮こまっているのは、宇佐見蓮子の名が廃るというものだろう。それなら言って見せようではないか。この場を乗り切る起死回生の一手を。
瞬時に駆け巡る頭。言い訳の時にこそフル回転する私の脳内は、昨晩観た映画にアクセスされた。登場した悪役の台詞、あれこそが鶴の一声ではないか?
私は一つ咳払いをして、居住まいを正した。そのまま胸を張り、片手を優雅に広げてみせる。
「メリー。……主役は、遅れて登場するものでしてよ」
静かに、厳かに宣言した。物語の終盤、絶体絶命の主人公の前へ悠然と現れたその姿は、私の心に深く刻まれた。是非とも使ってみたいと思っていたのだ。
……思っていたのだが。
メリーの眉が片方だけ、ほんの僅かに上がった。それきり、彼女は何も言わなかった。
組んだ腕を解くこともなく、表情を動かすこともなく、ただ私を見ている。称賛でも呆れでもない。今この場に提出された物体が一体何であるのかを、ゼロから検分しているような目つきだった。
噴水の水音が、やけに大きく聞こえた。
優雅に広げたはずの右手が、行き場を失って宙に取り残されている。下ろすべきだと分かっているのに、下ろした瞬間に敗北が確定する気がして動かせない。
……おかしい。映画では、この台詞の直後に劇伴が流れていたはずなのだ。
「その、あの。昨日、映画を観てね。それに出てきた悪役が」
沈黙に耐えかねて口を開いたものの、解説を始めた時点で悪役の威厳など完全に消滅している。浮いたままだった手をそっと下ろし、意味もなく髪を耳にかけた。頬が熱い。
メリーは私の説明を最後まで聞いた。聞いた上で、一言の感想も述べなかった。やがて、肺の中身を全て入れ替えるかのような深いため息を吐いた。
「……蓮子。その台詞、遅刻のたびに使いなさい」
「え?も、もしかして許してくれr」
「一回につきストロベリータワーパフェが一つ増える計算で」
「ごめんなさいもう二度としません」
こうして私の必殺台詞は、披露から僅か十数秒でお蔵入りが決定した。世の中は世知辛い。
駅前の店で飲み物を購入し、一息つく。
支払いは当然のように私である。遅刻の罰よ、と言われてしまえば反論の余地は無い。メリーは実に堂々とした態度でカウンターの前に立ち、私の後ろで財布を出す素振りすら見せなかった。
もっとも、彼女が選んだのは一番安いホットティーであった。紙コップを両手で包むようにして、彼女は歩き出す。
その横顔を見ながら思う。話し合いをした数週間前のあの日から、メリーは変わった。いや、正確を期すならば戻ったと言うべきだろうか。
数ヶ月にわたって私たちの間に居座り続けていた薄い膜のようなものが、綺麗さっぱり消えている。結界の話題を出しても顔を曇らせないし、私が一歩踏み込んでも静かに後退するような真似をしない。会話のテンポが元に戻ったと言えば伝わるだろうか。
春から夏にかけて、私たちの間には常に半拍の遅れがあった。彼女が言葉を選んでいたからである。今はそれが無い。
「それで、今日はどこへ行くのかしら。ここまで行き先も言わないなんて、随分ともったいぶるじゃない」
「ふふ」
メリーのその笑い方に、私は少しだけ背筋を伸ばした。
久しぶりとなった秘封倶楽部活動。その行先の提案を持ちかけてきたのは、意外な事に彼女からだった。
私の知る限り、彼女がこの笑い方をするときは決まっている。とんでもないものを見つけてきたときだ。あの日、課題にクオリアを選んできたときと寸分違わぬ表情である。
その美貌を纏わせたまま、静かに口を紡ぐ。
「天鳥船神社」
告げられた名前に、私は目を瞬かせた。