待ちに待った冒険当日深夜。大学での講義終了後に私の家に集合し、仮眠と夕食(夜食?
)を摂ってからいざ、真夜中の世界に足を踏み出した。
家を出るときはテンションMAXで飛び出したのだけれど、しばらくして興奮に体が慣れてきたのか、だんだんと夜の気温を肌で感じられるようになってきた。うん、寒い。誰よこんな薄着で大丈夫だと思った馬鹿は。頭がイカれているんじゃないかしら?
家にあるジャケットを取りにいくには少々離れすぎたため、今回はこのまま強行することに決めた。風邪を引いてしまったら・・・・・・まあその時はその時だ。命に関わらないのであれば迷わず前進がモットーである。
体を温めるために腕を回したりしながら歩いている最中に先ほどのメリーの言葉が聞こえたわけだ。
後ろを歩く当のメリーはジャケットに薄いマフラーという万全の装備できている。なんだろう、ズルイ。ダメ元でマフラーを借りようかと迷ったけど、「寒いのならこうして歩きましょう♪」と言ってべったりくっついてきそうなので、止めておいた。
最近、指数関数的な速度でスキンシップが激しくなってる気がするし、これ以上進むと本当に後戻り出来なくなる予感がある。それだけは何としてでも阻止しなければならない。主に私の将来のために。
「メリーって、オカルトに興味ある割には割りと現実主義よね」
「あら、そうかしら?」
「そうよ。さっきみたいなこと言うし、計画をしっかり立ててから行動する方だし、今みたいに装備は完璧だし」
「蓮子、最後の現実主義全く関係ないからね。あなたが無計画すぎるだけよ」
失敬な、思い立ったが吉日を実行しているだけだ。・・・という言葉は、ひときわ強く吹いた寒風によって遮られた。
おかしい、いつもはこんなに寒くなかったはず、と思いスマホで現在の気象情報を検索した。低気圧接近により、昨日より5度近く気温が低くなっていた。ろくに確認しなかった奴誰だよ私だよ。
震える体に心の中で喝をいれ、坂道をひたすら歩く。ここを超えれば目的地はもうすぐである。この程度でへこたれるわけには行かない。今年の夏に京都市内で決行した地獄のオカルトスポット巡り10番勝負(日帰り)に比べればこの程度、屁でもない。
「蓮子、今日の探索予定は?」
「一つだけよ。草木も眠る丑三つ時・・・午前二時半にメリーの目で見て欲しいの。結界がどんな反応を示すのかをね」
後ろから聞こえてくるメリーの声に、振り返らず返答する。
目的の場所まではあと10分足らず。空一面に広がる星空が、現在の時刻がちょうど午前2時であることを知らせてくれた。
私とメリーはあらゆる点で対照的(?)である。日本人と外国人、黒髪と金髪、短髪と長髪。ずぼらとしっかり者。ノーマルとレズ。私は何かしらの基準を礎にした学問である物理学を専攻しているのに対し、彼女は人の心という基準が曖昧な学問、相対性精神学を専攻している。
あ、ちなみにとある一部分も対照的だとか思った奴ぶん殴るから覚悟しといてね。
・・・・・・まあ、こんな感じの私たちだがオカルト好き以外にも一つ共通点がある。『目』に異能を宿していることだ。
私は夜空に浮かぶ月と星を見ることで、現在の場所と時間を把握することが出来る。メリーは人でありながら結界の裂け目、綻びを見る事が出来るのだ。
何故見えるのか、理由は分からない。生まれつき備わっていたこの異能のおかげか、人と違うものが見えるということを理解するまで時間がかかった。異常なのが他人ではなく自分だと分かったときは、言葉ではうまく表せないショックを受けた。
私以外にも同じような異常者がいるかもしれない。そんな希望を胸に中学、高校を過ごしたが見つからない。いつしか私の目はさして特別なものではないと考えるようになった。例を挙げるなら、絶対音感のようなものだろうか。人類全員が持っているわけではないが、
さして騒ぎ立てるようなものでもない。そんな考えだ。
だからこそ、大学でメリーと出会えたときの嬉しさは今でも覚えている。見えるものは違えど、やっと会えたこっち側の人物。メリーが私のことをどう思ったかは分からないが、勝手ながらあの時は本当に救われた気がした。
まあ、今考えれば見えるものまでも対照的な気がするが・・・・・・。私は時間と場所を把握できる目、つまりは『今いる事象を絶対的に把握』できる。対する彼女は結界の裂け目が見える目、つまりは『今いる事象が曖昧なことを把握』できる。
結界の先は平行世界か違う宇宙かはたまた他の何かか。場所も違えば当然時間軸も違う。その入り口が見える目だなんてまさに私とは真逆の目だ。
ちなみに現在の秘封倶楽部活動は結界暴きに比較的重点を置いているためメリーの能力は必須になる。今回のように情報収集で結界の綻びを見つけた場合は彼女と共にその場所に赴かなければ、私は結界を把握できない。
どうせ異能を宿すならメリーのものが欲しかったなあ、と思ってしまう。オカルトマニアであれば垂涎の、それこそ買えるのであれば大金を積んででも買いたいであろうその能力。ただ、メリー自身は「どうせなら蓮子の異能が欲しかった」って言っているのだから何とも難しい。
彼女も人に見えないものが見えるせいで今まで結構な苦労をしてきただろうし、そんな言葉が漏れたのかなと考えている。
ちなみに、メリーは自分の目のことはほとんど誰にも言っていない。悪意を持ったオカルトマニアはもちろん、下手をすれば政府にも目をつけられかねない能力であることを踏まえれば妥当な判断といえよう。
そんな中で何故私には教えてくれたのか?と以前聞いたことがあるが、
「今後のために、お互いの秘密は包み隠さず話しておいたほうがいいでしょ?」
との言葉が返ってきた。よくよく考えればメリーにとっても私は初めて会えた異能仲間だろうし、初めて秘密を共有できる人物だったのかもしれない。その気持ちが、先ほどの言葉となって出たのだろう。
今後・・・これからの活動においてもメリーの能力は無くてはならないものになる。もちろん、能力抜きにしてもメリーによって私は救われた。高校時代までのような、一人きりでの秘封倶楽部活動。結界暴きに限らず様々なことをしたが、その過程で得られた驚き、喜びを共有できる仲間がいない。気楽であることを差し引いて余りある孤独感。もうあの頃に戻るのはこりごりだ。
依存、なのかもしれない。少なくとも今は、メリーのいない生活は考えられない。大学卒業すれば離れ離れになるだろう。恐らく、二人の秘封倶楽部活動はそこで終わる。
それでも、今だけは、あなたと共に駆け抜けたい。メリーと一緒に世界の秘密を暴きたい。心のそこから、そう願う。
「・・・・・・見えたわ、メリー」
前方に視線を固定したまま、静かに呟く。さあ、活動を、冒険を始めよう。
一歩一歩進むごとに違和感を感じる。
空気が重い。真夜中、お寺に訪れることに対する恐れ、ではない。肌が刺されるような、得体の知れない感覚である。石畳による舗装を受けた境内を二人で静かに進む。隠れた桜の名所らしいこの寺だが、11月現在はその趣を見せない。
いいようの無い不安が体を包み込む。もしかしたら、これから取り返しのつかないことが起こるのではないかという恐怖を感じた。
「メリー」
「ええ・・・・・・当たりよ、蓮子。結界の裂け目が見えているわ。今まで見てきた中で最大の裂け目が」
ごくりと唾を飲み込む。
境界の乱れは事象の乱れ。近くにいるだけでその余波を受ける恐れがある。裂け目が大きければなおさらだ。その乱れの原因が、目の前にある。
メリーと手を繋ぎ、空を見て息を呑んだ。記憶を呼び起こすまでも無い、彼女の言うとおり、過去に発見したどの裂け目よりも巨大な綻びがそこにあった。全色の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたかのような、不気味な色をしたそれを見ると無意識のうちに後ずさりそうになる。
事象がずれているのだ、万が一裂け目の影響が急激に広まりでもしたら二人とも無事でいられるかどうか分からない。
道中に感じた楽観的な気持ちは鳴りを潜めた。私たちが行っている結界暴きがいかに危険と隣りあわせであるか・・・それを再認識した。
「蓮子、今何時?」
不意に、メリーに呼ばれた。後ずさりそうになる気持ちを抱えながら彼女を見ると、冷や汗が流れているのが見えた。良く見ると、暗いながらも顔がいつもより青白くなっているのが分かる。
それでも、彼女の目は結界を捉えていた。
「ここまで来て、帰るわけには行かないわ。それに、」
「こんなに興奮するのは初めて、だからね」
心に秘めた彼女の言葉を引き継いだ。どうやら図星だったらしく、目を見開き、こちらを見てくる。
「蓮子、私が言うのもあれだけど、怖くないの?」
「怖いわ。・・・・・・丑三つ時まで後1分。結界がどんな動きを見せるのか、私たちはどんな影響を受けるのか。今この瞬間走って境内から外に出れば何事も無く朝を迎えられるでしょうね」
--------それでも、これから起こる『何か』を体験したい。
「絶対に何かが起こる。それを見過ごせるほど私は、私たちは普通じゃないから、ね。危険を冒してでも、それを追い求めたい。この気持ちに、嘘はつけないわ」
恐怖がある。不安もある。それ以上に感じる、期待、興奮がある。秘封倶楽部の一員として、オカルトを追い求める一人として、どうしても抑えられない気持ちがある。その気持ちが、私の足をその場に繋ぎとめた。
私の言葉を聞いたメリーは静かに笑い、共に前を見た。やっぱり彼女も同類だ。
さあ、鬼が出るか、蛇が出るか。星空を見た。残り10秒。
「・・・・・・5、4、3、2、1・・・!」
カウントダウンが0になった瞬間、
桜が舞った。
思わず空を見上げた。時刻も場所も分からない。頭上で輝く太陽が穏やかな暖かさを私たちに届けていた。
桜が舞った。
境内一面、視界いっぱいに咲き誇る桜の木が、私の、私たちの目を奪った。その桜は、今まで見て来たどんな桜よりも美しく感じた。
桜が舞い散った。
幻想的な光景。ここはどこか、そんな当たり前の疑問さえ忘れかけるほど見惚れる光景。もっと目に焼き付けようと、初めて後ろを振り返った。
大きな桜の下に女性が横たわっていた。
桃色の髪をした彼女の胸には、短刀が刺さっていた。
彼女は、血に染まりながら、微笑んだまま、事切れていた。
瞬きした瞬間、私の意識は真夜中の境内に戻されていた。
星空は、現在の時刻が午前2時35分であることを知らせてくれた。
前日譚回終了。
以前とある掲示板にて
『涼宮ハルヒも宇佐見蓮子も、世の中の不思議を追及している。
ハルヒは変人の皮をかぶった常識人、蓮子は常識人の皮を被った変人』
という評が書かれてあり、なるほどと思いました。
ちなみに当小説の蓮子は変人の皮を被った変態です。