今年は東方以外の趣味ではDBDにどはまりした1年となりました。執筆時間を削った大半の原因ですはい。
今後も誘惑に負けながら執筆していきます。来年もよろしくお願いします。
人間が昼行性の生き物だとすれば、妖怪は総じて夜行性の特色を持っている。
今より遙か昔、地球を照らす光が太陽と月のみだった時代。夜という時間帯は人々に得体のしれない恐怖、不安を抱かせた。
目に見えない場所から聞こえてくる正体不明の音や鳴き声。時には一夜にして忽然と姿を消した者もいれば、昨日までピンピンしていた店の主人が翌朝、往来の通りにて血まみれで事切れていた事件もあった。
事実は、メタ視点から読み解くなら簡単に分かる。
それは、斜向かいの屋敷が玄関前に立て掛けていた板が倒れただけのことである。
それは、隠れて借金をしていた者がとうとう回らなくなりこっそりと夜逃げしただけである。
それは、商売の成り行きで店の主人を逆恨みした人物が、夜中一人になった主人を手にかけたことが真相である。
上記の事柄が白日の下で起きたならば、すぐに解決したであろう事例はいずれも真相ごと闇の中に葬られるという終わりを見せた。
誰がやったのか、どうして起こったのか分からない出来事。人々が導き出した解答は、人ならざるもの・・・・・・神や妖の仕業だと推測した。
仮に、人々の感情が妖怪を生み出したとするならば、暗闇の中で暗躍する妖怪が夜行性
であることは別段おかしなことではないだろう。
ただしそれは下級妖怪、つまりは非人間形態の妖怪のみという注釈が付くが。
それは、巨大な屋敷だった。成人男性の背丈を遙かに超える立派な門構えが、敷地の内と外を明確に遮断している。門を潜った者の目に飛び込んでくるのは、砂利が敷き詰められた正面の庭に見上げるほど大きな大木である。それらの木は、時期が来れば色とりどりに華やかさを見せしめ、訪れた人々を虜にするであろう。
それらの奥に見えるのは、一軒の和風な屋敷である。その規模を説明する際に一軒という言葉はいささか不適切かもしれないが、その大きな屋敷は荘厳さと共に見たものの心を落ち着ける不思議な雰囲気があった。
建物の側面に回ると、そこには趣を感じさせる廻遊式庭園が広がっている。小さな池や天然石、植栽が屋敷外周通路の脇に広がる庭を鮮やかに飾っている。地や石に生えている苔は緑の美しさと静かな生命力を提供し、若干不規則な間隔で埋められている飛び石が格式張った風景に一石を投じるアクセントとなっている。
裏庭には日本庭園の定番、ししおどしが置かれている。漢字では『鹿威し』と書かれるこの道具、本来は農業などに被害を与える鳥獣を威嚇し、追い払うために制作されたものである。竹筒に水が入り、一定間隔で水の重みから筒が傾いて石を叩くのだが、この音が風流を感じさせると気に入られ、広まった歴史がある。
そのような過去を持つししおどしが、この屋敷に定期的にで音色を響かせている。そしてその音を聴きながら、追い払われるどころか満喫している妖獣が存在した。
「~~~♪」
その人、いや、人型の妖は小さな背丈をいっぱいに伸ばして畳の上に寝転がっていた。もし人間としてみるなら、その容姿から10代前半と判断する者が多いだろう。そんな彼女の頭には、茶色のショートヘアーを押し分けるように立派な猫耳が生えている。 赤と白の二色を基調とした長袖のワンピースを纏い、服の隙間からは耳と同じ黒色の二股に分かれた尻尾が生えていた。
少女を照らす太陽は、秋ということもあり日向ぼっこに適する程度の熱量を地上に授けている。その恩恵を全身で継受するかのように、妖獣は仰向けのまま目を閉じている。その可愛らしい顔からは警戒心というものが抜けきっているのが一目で分かる。
そんな彼女の周りには両手で数えきれないほどの猫が同じように寝転がっており、思い思いの体勢で温光をその身で受けている。時々聞こえるししおどしの音に気にする様子を微塵も見せない。遙か昔、ししおどしを発明した人物も草葉の陰で号泣しているかもしれない。
彼女・・・・・・橙という名を持つ妖怪は、この地域で生まれて育ったわけではない。化け猫だった時代にとある人物と出会って力を授かり、以来は屋敷を拠点にして生活を始めた。元々一体の地域で一番強い妖力を持っており化け猫、普通の猫達のリーダーだったためか彼女に付いて移住するものが多く、屋敷一帯が猫屋敷となった。そのためか毎日のようにひっかき傷が生成され、貼られている障子に見事な穴が空くのだが、誰かが手を加えた訳ではないのに翌日には綺麗さっぱり直っている。
摩訶不思議な現象、しかし少女は特に気にしたことがない。『この程度のこと、幻想郷ではよくあること』なので、気にする必要すらないからだ。自分の不利益になるようなことなら対処も考えるが、役に立つオカルトであれば進んで解決する必要もない。
移住前はボロ小屋+痩せた土地での生活をしていたのだ。天と地、月とスッポンほどの差がある現在の建物を満喫する気こそあれ、立ち去るという感情が出てくるはずもなく、現在進行形で猫の楽園を築いていた。
特に用事のない日はこのように一日中だらけており、本日の彼女もその予定でいたのだが、生憎その計画は崩された。
頭から生えていた猫耳がぴくぴくと動いた。閉じられていた目を開けて上体を起こし、前方・・・正門の方向を見つめた。門が開く音がしたのだ。
「・・・・・・?」
はて、と少女は首を傾げた。特殊な結界が張られているこの建物に入ってこれるものは自分を含めて数名しかいない。頻繁に繰る人物、もとい九尾の妖獣が一人いるが、前回の訪問時に「しばらくは来ることができない」と涙ながらに嘆いていたので彼女ではないはずだ。
他の猫を起こさないように起き上がり、正面の門に向かうため障子を開け・・・・・・驚愕した。
目の前に、見知った人物が立っていたからだ。
「久しぶりね、橙。いい子にしてたかしら?」
「え?・・・・・・うえええええ!?どうして突然、あ、いやお久しぶりですっ!」
お茶を用意しないと、と慌てる橙を微笑みながら制して優雅に腰を下ろした。
「いいわよそんなに畏まらなくて。私と橙の仲じゃない♪」
白い扇子で口を隠しながら笑みを見せる。口調は明るく穏やかだが、その眼には強者特有の、無形の力が垣間見えた。彼女に威圧する気はないとは分かっているが、時折無意識のうちに漏れるそのオーラを橙は苦手としていた。
自分より一回り以上大きな背丈。金色に輝く長髪をもつ女性は笑みを崩さない。立場上今までそれなりに多くの時間を共に過ごしているが、そのほとんどの記憶においてその女性は笑みを浮かべていた。
相手を安心させる笑み、ではない。怒りに通じる笑み、でもない。こちらを見透かされているような、何も分からせてくれない笑み。身内といっていい関係ながら、橙が彼女に心を預けきれない原因は、妖怪としての格の違い以外にも存在していた。
「それで・・・・・・紫様。『マヨヒガ』に何かご用事でしょうか?」
「あらあら、いいじゃない。用事がなくても来たって♪・・・・・・まあ今回はちょっとしたことがあるから来たのだけどね」
橙の問いに彼女、紫と呼ばれた人物はすっと目を細めた。
「とある二人に伝えたいことがあるのよ」