秘封倶楽部(仮)   作:青い隕石

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冬コミで出た秘封アレンジ曲を聴きながら執筆。
今年も秘封を想い続ける一年になりそうです。



そして二人は迷い込む

 

 空を見上げる。月と星が、果てしない黒色を彩るように輝いているのが見えた。雲の存在が皆無な真夜中の空は、私の能力を申し分なく発揮できる時間帯である。

 

 だからこそ、自分の目が信じられない。今まで絶対の信頼を置いてきた、私の特異性。月と星が今の時間と場所を知らせてくれるその力を始めて少し疑った。自分で自分を信じられなくなるなどお終いなのだが、それでも今回に関しては全肯定出来ないことを許してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠征2日目日中は近場にある遠野物語の伝承地巡り+軽い観光に費やした。科学世紀だからこそ密かなオカルトブームは続いているためか、そこそこ名の知られたオカルトスポットならば、その手の観光客をターゲットにした店などがある。

 

 その視点から見れば遠野物語は1軍レギュラー安泰と言っていい。町の規模を鑑みると有名な伝承地ごとに休憩所を謳った売店があるのは異常であるが、何とか採算が取れていると笑いながら売店の青年は言っていた。

 昨日は見ることのなかった田舎町人間の逞しさ(抜け目のなさ?)に懐かしさを覚えつつ、物語の一端に触れながら穏やかに過ごした。この手の売店には必ずあるソフトクリームや観光地特有のグッズも少しだけ購入した。前者はともかく後者は帰ってから「何で買ったんだろう」と後悔することになりそうだが、それもまた旅の思い出だ。

 

 夕方前には宿に帰り、入浴と少し早めの夕食を済ませた。昨日宿に着いた時間帯には夢の中におり、日付が変わる頃にセットしておいたアラームで起床し、こっそりと2人で旅館を抜け出した。料金は前払い制だったし、部屋には「朝までには戻ります」というメモを書き残しているため変なトラブルにはならないだろう。・・・ならないよね?

 

 前回の冒険と同じように、真夜中の誰もいない時間帯を2人で駆け抜ける。この旅の本命となる、デンデラ野。抑えきれない気持ちが私たちの足を速くし、歩幅を大きくする。出発当初はゆっくりだった歩みが段々と早歩きに、目的地に近づく頃には駆け足になっていた。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・蓮子、急ぎすぎよ」

 

 デンデラ野に着いた時には後ろの相方が息を切らしながら膝を笑わせていた。メリーより唯一上回っていると断言できる体力の多さにモノを言わせた強行軍は、彼女には少しきつかったみたいだ。

 息が整った後、謝罪の意味を込めて持ってきた水筒を渡した。飲みかけで申し訳ないけど、と断った瞬間メリーはすぐに水筒を奪うように抱え、すぐに飲み干した。そこまで喉が渇くまで無理させてしまったのは反省点である。

 

 一呼吸置いて、辺りを見渡した。持参してきた懐中電灯が無ければ、月の光だけしか頼るものが無い平野。電灯一つすらない暗闇の中から得体の知れない何かが出てくるのではないか?と考えると、不意に興奮してしまう。

 

 「さて、メリーさんや。今回、万が一『あの場所』につながった場合、どう行動するかは覚えているわね」

 

 「ええ。まずは倒れていた女の人が居るかどうか。次に周りに何があるのか。大まかにはこの2つね」

 

 メリーは淀むことなく私の質問に答えた。遠征の計画を立てたときから毎日のように確認し合った事項なので、当然といえば当然だが。

 

 率直に言えば、前回と同じような体験を出来る可能性は低いと思っている。そもそも何故異界に意識が繋がったのかすら未だに分からないのだ(結界の綻びが原因ということだけはハッキリしているが)。もし容易に異界へいけるのなら、あの日の翌日、翌々日も行けていたはずだ。

 さらには場所も時間も前回と違う。もし、同じように結界の綻びが生まれたとしても、同じ場所に繋がっている保障はどこにもない。

 

 分の悪い賭けではあるが今更だ。オカルトを追い求める以上、確実なものなんてないし、あってはいけない。確実なものなんて科学だけで十分だ。

 

それでも、計画を立てておくことは必須である。奇跡的に同じ場所に繋がったのに右往左往するばかりで何も得られませんでしたとなるなんて笑えない。

 まずすることは、あの女性がいるかどうかの確認である。大きな桜の下で横たわっていた女性。医学を齧っていない私が悟ってしまうほどに、彼女からは生の気配が感じられなかった。

 

 いや、違う。そもそもあの場所に生というものが存在しなかった。

 

 今だから分かる。雲一つ無いあの空には鳥が羽ばたいてなかった。暖かい陽気を運ぶはずの風は、ただただ冷たかった。咲いて散る桜は、どこまでも儚かった。

 

 今だから分かる。その全ての原因はあの女性だ。根拠も何も無い直感だが、あの女性があの場で一番生を拒絶していた。あの人が『死』を発していた。一目見た彼女はどこまでも美しく、そしてそれ以上に・・・・・・

 

 ・・・・・・いや、今これ以上彼女の考察はよそう。あれから1週間程度経っている現状、同じ状況であるはずが無い。彼女の存在を確認したら、次は周辺の状況確認だ。

 

 前回、幻想に招かれた時間はどれくらいだったろうか?はっきりとは覚えては居ないが、

10分20分ということはない。下手をすれば1分足らずだったかもしれない。

 そんなわずかな時間の間、私はただ呆然としていて場所や時間帯の特定すら忘れていた。確かに境界の向こう側は昼だったが、昼でもうっすら月が見えることがあるのにである。メリーは笑って許してくれたが(許すも何も怒ってもいないようだったが)、同じ失敗は繰り返さない。

 

 メリーがいなければ、私は境界を視ることすら出来ない。彼女と志を共にする者としてせめて、最低限の仕事はしたい。

 

 それに「蓮子!!」

 

 思考を遮る様に、メリーが叫んだ。同時に、右手を力強く握られる。

 

 メリーを見た。メリーはどこまでも暗い空を見ていた。

 違う。視ていた。手を繋いだことで私にも視えた。

 

 真夜中の空に浮かぶ、不気味な色。前回と同じような、得体の知れない形状。間違いない。『入り口』だ。

 

 知らず知らずの内に、右手に力を込めた。2週連続での大当たりである。確率で考えれば、奇跡と言っていい、出来すぎといえる結果だ。

 

 「メリー、来たときからあんな感じだった?」

 

 「・・・いいえ、まさに今、この瞬間結界が綻ぶのが見えたわ。結界の穴を見つけるのはともかく、開く瞬間を見たのは今回が初めてよ。そもそも綻びがうまれてからこんな短時間でここまで裂けるなんて有り得ないわ」

 

 「・・・へぇ」

 

 じっと空を見上げた。メリーの経験から来た言葉を読み取るなら、一つの仮説に辿り着く。

 

 招かれている。

 

 時間を確認する。日本時刻で午前2時29分36秒。この場所についてからそれなりに考え込んでいたみたいだ。

 

 いいだろう。これでも人付き合いはいい方だ。神秘的な招待を受けたのならば断る道理が無い。

 

 「メリー、いくわよ!」

 

 「ええ、蓮子!」

 

 改めて手を強く握りなおし、二人で空を、結界の裂け目を見つめた。

 

 裂け目は今なおどんどんと広がっていく。どんどん、どんどん広がっていき、

 

 

 

 私たちを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ白な視界。光あふれる情景が徐々に収まり、形となっていく。

 

 それが形となって、私たちの目に映りこんでくる。その形を全て認識する前に、素早く空を見上げた。

 

 「・・・へぇ」

 

 同じ言葉が口から漏れた。私の能力は、問題なく発動した。前回は昼に飛ばされたが、今見上げている上空にはどこまでも星空が広がっていた。

 三日月と星々を見つめて、極めて正確な場所と時間を知ることができる。

 

 時間は午前0時17分12秒。場所は長野県北安曇郡白馬村。

 

 年号は見事に今の時代。つまり現代だ。私たちの居る場所は、間違いなく科学世紀の日本国内だ。

 

 だったら、これは一体なんだ。

 目線を戻す。空を見上げる前に、微かに見えた景色は完全な形となって私の目に入ってきた。山奥にある平地だろうか。周りの森林が風に乗って妖しく揺れ動く。

 

 その木々が全く無い空間があった。山の中に隠れるように、1件の大きな屋敷が建っていたのだ。屋敷を覆う門構えは開いており、奥に見える和風の屋敷は敷地外のここからみても実感できるほどに大きい。

 

 科学世紀の今、このような屋敷があるかと聞かれれば無いとはいえないと答えられる。私も日本を全部余すことなく見回ったわけではないので自信は無いが、このような大きな屋敷の一つや二つ、まだ残っているだろう。

 

 私の疑念はそこではない。

 目を凝らして、屋敷を見る。空いている左手を無意識に胸に持っていく。

 

 重い。苦しい。屋敷を見ているだけで、気味の悪い感情が心から、体の奥から競りあがってくる。今居る場所から拒絶されているような感覚が消えない。

 

 こんな気持ちになる場所が、果たして本当に日本なのか?私たちの住む土地がこのようなものだとは思いたくなかった。

 

 「前に来た場所とは違うみたい・・・神秘さや儚さの欠片も無いわ」

 

 「そうね。ここが日本だなんて信じたくないわ」

 

 「え、本当に?」

 

 少しだけメリーは目を見開いた。彼女も、ここが日本だとは思っていなかったようだ。特殊な目で確認した私でも未だに信じ切れていないのだから無理もない。

 

 再び、屋敷に目を向ける。飛ばされた先にこのような建物があるなど、どう考えても誘われているとしか思えない。急に裂けた結界といい、どう考えても出来すぎの結果だ。誰かが結界を破り、私たち二人を呼び込んだのか。それともただの偶然か。

 

 前者であれば、この屋敷に住む人物が私たちを呼び込んだ、という推理が出来そうだ。結界を破くだけの力がある人なんて聞いたこと無いが、『可能性は0ではない』。どんなふざけたことだろうと、証明されない限りは真理、真相に繋がるかもしれないのだ。私たち人間が想像出来ることは、全て現実で起こり得ることだ。 

 

 結界に影響を与えるほどの人物が本当に屋敷に居たとすれば、下手すれば自分たちの身も危ないがそれこそ今更だ。ここまで来て引き下がるわけが無い。それに、こちらに入れる時間は有限だ。

 

 鬼が出るか、蛇が出るか。私は気持ち悪さを飲み込んで一歩一歩確かめるように、屋敷に近づいていった。


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