マヨイガにある一室で彼女・・・紫様は寛いでいた。
普段は結界の管理はもちろん、人里や妖怪の山などで異変が無いかの監視など多忙な日々を送っている。一日に10時間以上睡眠時間を取ってはいるが、それ以外で休息する姿を見たことはあまり無いため、今のようにゆったりとしている光景は久しぶりに見た。
寛いでるといっても座布団の上に座る姿一つをとっても様になっている。正座している背筋は真っ直ぐに伸びており、お茶を飲む行為にも気品さがある。未だに猫背が直らない自分とはえらい違いだ。
ただ、表情は穏やかだが先ほどからちらちらと障子を気にしている。障子には穴が空いているなどの不良は見受けられないため、恐らくはその向こう側、はっきり言えばだんだんと近づいてくる足音にである。
紫様が来てからすぐに感じた、二つの気配。開いた門からマヨイガの敷地内に侵入した者達は、ゆっくりとした速度で歩いているようでやっと建物に上がるみたいだ。
自分には人間はもちろん、一般的な妖怪よりも遥かに発達していると自負する聴力がある。その耳は、離れている二人の声も断片的ながら聞こえるほどだ。
耳をすまして聞いた二人の会話からは、この場所を侵略に来た、という敵意は感じない。
聞こえてくるその足取りは覚束ないようにも感じるため、純粋に迷い込んできたのだろう。そもそも紫様が普段来ないこの場所に来た目的が、件の人達である可能性が極めて高い。二人組みに話があると言っていたし、そもそも許可が無ければ結界内に入ってこれない。
「橙、お代わりをお願い出来るかしら?」
「はいっ、ただ今!」
急いで『ぽっと』という機械から急須にお湯を居れ、気持ち軽く廻すように動かしてから茶碗に注ぐ。紫様にお出しするものなので本当は1回ごとに茶葉を取り替えたいところだが、「そんなことしたらもったいないじゃない」と言われてしまってはそうはいかない。
未だにお茶請けにも手をつけていない所から、二人組(恐らくは外界の人間)が来るまで待っているつもりなのだろう。
しかし・・・この方は外の世界の人と何を話しに来たのだろう、と感じた。自分はともかく、彼女であれば境界を越えて直接乗り込むことなど造作も無いはずだ。境界を張ったのは紫様だし。
そもそも、人間相手に何を話すつもりなのか?紫様は基本的に過度な干渉はしない。異変が起こったときは表舞台に立つことはあるのだが、それ以外の平時はどこかにある屋敷でひっそりと幻想郷の監視をしている。それ以外では博麗神社、香霖堂、白玉楼に行くくらいか。行動全般を見てはいないので確信は持てないが、よほどのことが無い限りは、先に挙げた場所以外に赴いた所を見たことがない。
もちろん、半ば私の住居となったマヨヒガも例外ではない。前に来たのはいつだったか?少なくともここ10~20年の話ではないはずだ。
用事がある場合は私が紫様の住居に呼ばれることが多く、この屋敷は気楽な場所となっている。そのためか来客用の道具はあまり揃っておらず、つい先ほど準備が終わるという体たらくだった。叱られるかも、と思ったが上司の上司はただ微笑むだけで特に何も言ってこない。
・・・やっぱり怖いなあ、と思う。あの日、拾っていただいた恩はこの先も決して忘れない。紫様のために死ねるか?と聞かれれば、即座に首を縦に振るだろう。
それでも、心の奥底では恐れている。目の前の存在を。決して本心を見せてくれない妖怪のことを。
「橙」
びくっ、と背中が震えた。慌てて目を向けるが、主は先ほどと変わらぬ雰囲気を纏わせたまま、座っているだけだった。
考えを見透かされたのか?目を合わせるが、いつも通りそこからは何も読み取れない。紫様が何を考えているのか、どんな感情を抱いているのか、少しも分からない。化け猫として生を受け、気配や相手の感情には人一倍、いや妖怪一倍敏感に察することが出来る自分ですら本質に触れることが出来ない。
一体この方は何を『視て』いるのだろうか?
自分よりも遥かに長い時間、紫様に仕えている上司に聞いたことがある。私はダメでも、彼女なら少しは分かるのではないか。期待と僅かばかりの好奇心を込めて、以前マヨヒガに訪れて来た時に問いかけてみた。
ほとんど分からない。
それが彼女、八雲藍様が発した言葉だった。羊羹を口にしながら苦笑いを浮かべる姿を見て、思わずマジマジと見返してしまった。誰よりも付き合いが長い藍様でも分からないのか。驚いている私が可笑しかったのか、藍様はひとしきり笑ってから言葉を続けた。
「橙。確かに私は紫様に仕えた時間は長いが、一番ではない。」
「え、藍様よりも昔から使役されている人がいたんですか!?」
「いや、そういう意味ではない。私よりも長い時間、紫様と知り合っていた者がいるんだ・・・あ、言っておくが幽々子様もその一人だぞ」
事も無げに話しながらお茶を啜る藍様だったが、最後の発言にまた驚愕した。そういう意味ではない、との言葉を聞いた時点で白玉楼の主が頭に浮かび、実際に彼女も幽々子様について触れた。
だが、一人だけだと思っていた私にとって、何人も藍様以上に長い付き合いを持つ知人がいたという情報は初耳だ。まあ、考えてみれば妖怪の賢者と呼ばれるほどの実績、経歴を持っているのだから数千年以上前からの知人がいてもなんらおかしくはない。それにしては見かけたことが無いが・・・。
「おっと、話がそれたな。ともかく、私でも紫様のことはほとんど分からないんだ。分かっているのは、あの人は幻想郷を心から愛していること。そして私が命を懸けて仕えるに足る主ということだけだ」
ふふ、と笑う藍様の表情には一切の影が無かった。ああ、この方は心から主に信頼を寄せているんだなと、自然に感じてしまう。
羨ましいな、と思う。分からないからこそ信じきれない自分と、分からないことを承知の上で信じきれる藍様。それでいて盲目的な信仰ではないことが、その真っ直ぐな目から読み取れた。
目を合わせられず、俯く様に視線を下に向けるとスカートの裾を握る手が震えているのが見えた。自分でも気づかない内に手に力を込めすぎていた。ぱっと手を離すと、握っていた部分が皺になっていた。
そんな私の状態を察したのか、藍様は気にすることは無いというように頭を撫でてくれた。優しいその感触に目を細めながら、強張っていた体から力が抜けていくのを感じる。
「そう思い悩むな、橙。私も信じきれない時期があった。時間をかけてあの方と行動を共に生活し、共に戦い、ようやく少しだけ理解できたんだ。橙はまだまだ触れ合った時間が少ないだけさ」
「そう・・・ですかね・・・?」
「ああ。この私が、自信を持って断言しよう。なあに、我々妖怪に時間は有り余っているのだから、少しずつ歩んでいけばいい」
焦る必要など無いさ、と言ってくれた藍様。あの日以来初めてとなる紫様との対話はあまり上手くは進んでいなかった。
善は急げとこちらから紫様の屋敷に伺えれば一番良かったのだが、スキマ経由でしか行けない場所に対して私の足と勘を頼りに向かおうなど自殺行為に等しい。
その為、今回の訪問は紫様を知ることが出来る絶好の機会だったわけだが、どうも迂闊に聞けない状況である。
紫様の目的は私との会話ではなく、間もなくこの部屋に来るであろう訪問者2人との対話だ。今から自身の希望を優先させて時間を頂くことなど従者失格である。決して紫様が怖くて話し出せなかったとかではない。決して紫様が怖くて話し出せなかったとかではない。
襖を開ける音を挟みながら、どんどんと足音が近づいてくる。『その時』までもう少し・・・そんなタイミングだからか、反応が遅れた。
「橙、最近不自由は無いかしら?」
「・・・・・・へ?あっ、はい!」
外の気配に気を取られすぎていたため、紫様の問いかけに対し即座に返答できなかった。慌てて出した声は変に上ずってしまい、それを聞いた紫様はくすっと笑った。うう、恥ずかしい。
「え、えっと・・・ここは危険も少ない場所ですし、毎日穏やかに過ごせます。ずっと笑っていられるほど、素晴らしい所です」
「そう、なら心配なさそうね」
「はい!紫様、藍様と一緒にここで毎日過ごしたいくらいです!」
「ふふっ・・・それも楽しそうね。橙、その笑顔を忘れずにね?」
近づいてきた足音が止まる。2人は、この部屋の外に立っているようだ。襖の取っ手に手がかかる音が聞こえた瞬間、紫様は笑顔のまま私に言った。
「私はもう、笑い方を忘れてしまいましたから・・・」
音を立てて襖が開かれ・・・そこにいた人物の片方を見て、私は目を見開いた。
「・・・・・・え?・・・紫・・・様?」
東方人気投票、来年以降も続くということで一安心しました。本当に良かった・・・。今回は人妖部門での投票キャラの感想でも。
紅美鈴(一押し)
今回も門番の仕事を全うしてました。キャラは増えるのに門の位置は変わらないという不思議。
カナ・アナベラル
順位微増。もう二桁順位は厳しいかもしれませんが、カナちゃんへの愛はこの先も変わりません。
水橋パルスィ
実は明るい嫉妬心。順位ではすっかり妬まれる側に。もっと上がってもいいのよ?
蓬莱山輝夜
美しい・・・。まさに大和撫子。
リリーホワイト
順位上昇!やっぱり2桁順位は嬉しい。
宇佐見蓮子
すっかり門番チャレンジキャラに。いつかもう一度門を突破して欲しい。
マエリベリー・ハーン
実は最後まで天子、ばんきっき、影狼、夢子、村紗と迷いました。投票枠足りぬ・・・。