apex legendsは神ゲー。古事記にもそう書いてある。
コポコポ、とお茶が注がれる音がする。
丁寧な手つきでその行為を行っているのは、見た目が10歳ほどの少女だ。特徴的な帽子を被り、赤と白の2色を基本とした服を身にまとっているその姿からは、普通なら明るく活発な子、という印象を受けるだろう。・・・頭に生える猫耳と特徴的な大きな尻尾に目をつぶれば、の話だが。
細かい動作にも対応しているかのように、つぶさに揺れる耳と尾。機械工学方面は専門外ながら、その動きは一目で人工物ではないと察することが出来る。
「粗茶ですが」
少女が静かにお茶とお茶請けを差し出してくる。小さくピコピコと動く耳を懸命に意識外に押しやりつつ、礼を言った。
隣にいるメリーにも同じように差し出される。メリーはすぐに礼を返したが、その目線は猫耳の少女を捕らえていなかった。正座のまま、真っ直ぐ前に視線が固定されている。普通の日本人より遥かに礼儀正しい彼女にしては珍しい礼の欠き方だが、今回ばかりは仕方の無いことだと感じる。
自分も視線を前方に戻す。私たちが腰を降ろす机の向かい側には、一人の女性が座っていた。
ごくりと唾を飲み込む。少し前に人の気配を感じ、思い切って入った部屋にいたのは、少女と女性の二人。本来なら外見的な特徴がある少女に目が行くところだが、
心臓が止まりそうになった。
「『初めまして』、と言いましょうか。私は八雲紫というものです」
「う、宇佐見蓮子です」
「マエリベリー、・・・ハーンです」
お互いに座った状態で目を合わせる。八雲紫、と名乗った女性は静かに微笑みながらこちらを見ていた。
輝きを放つ金色の髪は腰の辺りまで流れており、その眩しさと同じ光を放つ目が私たちを見据えている。
目が、離せなくなる。女性から感じる圧倒的なオーラのせい、ではない。そんなものより、もっと重要な要因があった。
(・・・・・・メリー・・・なの?)
心の中で、呟く。第三者が見れば、何を馬鹿なことをと思うだろう。目の前の人物は八雲紫という名前であり、メリーは今この瞬間も私の隣に座っている。
それに彼女とメリーの違いをあげろ、と言われたなら即座に答えられる。まず、見た目が若干違う。着ている服を対象外にしても、20歳を迎えてないメリーと20代中~後半ほどと伺える女性なのだ。雰囲気はもちろん、顔立ちも異なるし背丈も誤差の範囲には収まらない差があるだろう。そっくりさんとして2人を紹介するには迷うレベルくらいの相違点がある。
だが、それでもだ。初めて彼女・・・八雲さんを見た瞬間に思ってしまったのだ。
八雲紫さんとマエリベリー・ハーンは『ほぼ同じ存在』だと。
他の者なら何も感じなかっただろう。精々が他人の空似で流すくらいだ。だけど、私は違った。私だから違った。短い期間ながらもメリーの異能を受け入れ、共に活動をしてきた私だから、本能で悟ってしまった。
「さて、久しぶりの客人ということでもてなしたいのは山々ですが、時間は無限でないことも事実です。あなたたちの疑問に出来る限りお答えしていきましょう。」
開かれた扇子を口にあて、八雲さんは目を細くした。動作の一つ一つに感じられる気品に思わず呆けそうになる。女子力が長期家出中の自分と比べて軽く絶望しそうになったが、今はそれ所ではないと頭の中を整理する。
よくよく考えれば、私たちがしていることは不法侵入そのものなのだ。結界を越えたことで気持ちが大きくなっていたのは事実だが、八雲さんがその気になれば私たち二人を警察に突き出すことだって出来たはずだ。明らかに人間とは思えない少女を見る限り、私たちの住む日本と一緒とは思えないが、私の目の情報が確かであればパラレルワールドという可能性もある。
人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実である。遥か昔、光は粒子なのか波なのか?という議論が飛躍し、学者たちが大真面目にパラレルワールドの存在を考え始めた。一般の人々からは鼻で笑われたのだが、現代に生きる私たちからすれば、当時の一般の人々を鼻で笑うだろう・・・また話が逸れた。
「ふふふ・・・なにも不法侵入を咎めようだなんて思ってませんわ」
聞こえてきた言葉に反射的に反応し、その声を発した主、八雲さんに意識を向けた。考えが読まれていたとしか思えないタイミングでの声かけだったため、ほんのわずかだが体が跳ねた。
そうだ、改めて思えば八雲さんは猫少女の(恐らく)主人であるお方だ。人ならざる能力を持っていたとしてもなんら不思議ではない。
「えっと、その・・・」
「す、すみませんでした・・・」
「もう、家主の私が許可を出したのです。謝罪なんて必要ありませんわ。この話はここで終わりです」
扇子を置いた八雲さんがパンッと両手を叩いて、にっこりと微笑んだ。言葉通り、私たちの行動については何も言わないのだろう。笑みを向けられ、罪悪感に駆られた私は、間を取るために湯呑に口をつけた。・・・おいしい。
「さて、まとめて言うことになりますがこの場所はデンデラ野の向こう側でも上品蓮台寺の結界の先でもありません。人間が命名するには、マヨヒガと呼ばれる場所になります。」
ダンっ!と強い音が響いた。持っていた湯呑を机に強く振り降ろしてしまったためだ。真っ直ぐに降りたため容器自体は割れなかったが、中身が衝撃で少し飛び出し、自分の手にかかった。
火傷するほどの温度を持ったお茶だったが、今の私にはそんなことどうでもよかった。
今、彼女はなんと言った?
「・・・あなたが原因だったんですね。」
「半分は正解、と言っておきましょう。マエリベリー・ハーンさん」
「こんな短期間で同じ人物が2度も境界の裂け目を発見だなんて、偶然どころか奇跡を重ね掛けしてもありえないことでしたからね。人為的なものだとすればまだ納得が出来ます。」
メリーが八雲さんを睨み付ける。だが、その圧力を向けられた当の本人は何事も無かったかのようにお茶に口をつけた。
いや待て。本人が適当に流しているため軽視しそうになるが、もしメリーの言葉が的を得ていたとするなら・・・八雲さんは境界を操ることができるのか?
有り得ない。そんな力、それこそ神でもなければ使えない。世界の事象に干渉できる力なんて、一個人が持っていい能力ではない。
「あなたは・・・一体何者なのですか?」
なんとか搾り出した声は小さく、震えていた。そんなものでも八雲さんはしっかりと聞き取ったしく、こちらに視線を戻した。その表情は相変わらず笑顔だったが、初めて、どこか悲しそうに見えた。
「私は八雲紫。ただのしがない妖怪です」
八雲さんの話によれば、ここは幻想郷という場所で間違いなく日本の一部であるとのことだ。ただし、歩き回ればたどり着く場所ではないみたいで、特別な入り口を経由するか八雲さん以上の力を持っていなければ入れないと言われた。
今回は前者で、彼女が結界を調整し、私たち二人を招き入れたとのことだ。規格外な、と感じた。
境界を操る力。メリーの持つ、境界を把握する力の上位互換といえる能力をメリーとほぼ同じ存在(だと思う)である彼女が持っていることが偶然だとは思えない。
横目でメリーを見やる。最初、部屋に入ったときは私以上に驚き、時間が止まったかのように動かなくなったのだが、現在は少しだけ落ち着いたのか、八雲さんの話を目を合わせながら聞いている。
摩訶不思議な現象の連続で逆に冷静になった部分もあるのかもしれない。ここら辺は普段の活動でメンタルを培ってきた賜物といえる。一々驚いていてはオカルト探索などやっていけない。
ただ、完全に平常心というわけではないようで、膝の上においてある両手はぎゅっと力強く握られており、小刻みに震えていた。表情こそ動揺を悟られないように勤めて無表情を保とうとしている。緊張しているときのメリーが無意識の内に取ろうとする行動だ。
対する自分はというと、メリーよりはマシといったところか。ドッペルゲンガーとの邂逅を果たしていない分、親友よりはまだ落ち着いた態度を取れている。
八雲さんが最初に放った爆弾発言から2~30分ほど経った。現在は私たちが投げかけた疑問を八雲さんが解答していく形で時間が進んでいく。先に答えたくれた幻想郷という場所についても、それ以外のことについても何でも答えてくれた。幻想郷について語るときの八雲さんは、一段と笑顔になっているのを見て、ああ、この人は幻想郷が本当に好きなんだなと思った。
それ以外のときでも笑顔を崩さなかった彼女が、2回ほど瞳に哀しさを漂わせた時があった。
1回目は冒険の発端となった、上本蓮台寺での詳細を聞いたときだ。初めに八雲さんが触れていたので、桜の下で事切れていた女性について知っていることはないかを質問したのだが、饒舌に語っていた彼女の口が一瞬止まった。一泊置いて会話を再開したのだが、無くなった女性のことについては不自然なほど触れなかった。
2回目は、メリーの質問だった。
「私も、八雲さんみたいに境界を操れるようになるのでしょうか?」
メリーの目からは真剣な気持ちで質問しているのが読み取れた。これは私も気になっていたことだ。メリーの現在の能力は境界の裂け目を見ることは出来るが、作ることは出来ない。結界が不完全な場所を探し当てられれば境界を越えられるのだが、探索という非常に大きな手間がかかる。
もし、自分で境界を操ることができれば、動かずとも私たちの冒険をすることが出来るのだ。こんなに、こんなに欲しい力はそうそうない。
メリーも、私も八雲さんを見つめた。2人分の真剣な気持ちを感じ取ったのか、彼女は真顔になり・・・そして哀しく微笑んだ。
「悲しい『断言』をします。ハーンさんは境界を操作できるようにはなれません」
言葉を発し、一瞬・・・・・・一瞬だけ私、宇佐見蓮子の方を向いた。その目は悲しみより深いナニカに満ちており、それ以上質問することを躊躇った。
事実だけを伝えられたメリーだったが、彼女も八雲さんのただならぬ雰囲気を感じ取ったらしい。それ以上同じ質問をすることを止め、違う質問を問いかけていった。
八雲さんは博識であり、こちらの質問に丁寧に、時にはユーモアも添えて返してくれたため、私たちも質問に夢中になりあっという間に時間が過ぎていった。
最初感じていた固さもある程度取れた頃にそれは起きた。
「では、私から一つ問いかけを行ってもよろしいでしょうか?」
ピン、と空気が張り詰める音が聞こえた。八雲さんが何気なく、本人にとっては本当に何気なく発した言葉だったのだろう。
だけど私、正確には私たちには言いようの無いプレッシャーを伴った問いかけに感じた。 猫耳の少女も例外ではなかったらしく、時間の経過と共に緩んでいた雰囲気を捨て去り、ピンと背筋を伸ばしていた。
八雲さんを見る。崩そうとしない微笑みを浮かべていた。それを見て、私は変な感想を抱いてしまった。
・・・何故この人は無表情なのだろうと。
彼女は、ゆっくりとした口調で、私たちに質問をした。
「あなたたちは、あなたたちが想う『幻想』を見つけることができますか?」