キリングミュータント   作:糸冬いずく

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十一月、又は進路相談

  1

 

 月をまたいでも、朝の駅には赤羽カルマがいた。毎朝彼は参考書を読んでいるのを、私に気づくとバッグにしまう。今日も変わらない。電車が来るまでに時間がないのも、いつものことだ。

 挨拶だけすると、すぐにアナウンスが響く。そのとおり、続けて轟音がやってきて、電車がとまる。特に会話もなく乗り込むと、私たちはどちらからともなくつり革をつかんだ。扉が閉まる。

 発車してからも、やはり無言だ。彼は今度はスマートフォンを操作していて、私は本を読んでいる。ようやく発声したのは、降車駅を次に控えたときだった。

「次」

 ほとんど同時に顔を見合わせて、本をしまう。バッグを閉じて、窓の外に流れる景色を何となしに見る。近づくにつれ、工事現場が目につくようになった。次の三月を連想せずにはいられない。

「ねえ、もうすぐテストじゃん」

 駅が見えて来た頃、彼がこぼした。話し相手は私しかいない。うなずくと、ちょうど電車が止まった。

「勝負しようよ」

 それはテストの点を競うということか。尋ねることは、すぐにはできなかった。扉が開いたからだ。外の喧騒と降車する足音とが混ざり合って、音が奪われる。

 尋ねることができたとき、私たちは改札を抜けていた。

「テストで勝負っつったら、そうでしょ」

 赤羽カルマは小馬鹿にした笑みを浮かべている。そんなことは、わかっているのだ。だが、

「そんなの勝負にならないよ――」

 前回の結果だって。と、続けることはできなかった。目が合った。口元とは裏腹に、そちらはちっとも笑っていない。作り笑いが深まる。

「そんなこと、ないってば。一学期中間は七十点でも、期末は九十、前回もあんなことがあったのに九十五点じゃん。次は百点っしょ」

「平均点の話?」

 だとしたら、どんな理屈だろう。彼は肯定した。

「悪い話ばっかじゃないと思うけど。前の期末覚えてるでしょ。A組とやったやつ、あれやろうよ。今回は個人だから、単純に点数を競って」

「総合点の高い方が、低かった方に一回分の命令権を得るって?」

「どう、やる気出ない? 俺は出る。――どっちにしたって、トップは取るんだけど」

 続いた言葉が嫌みだが、なぜか、とにかく勝負をしたいようだ。各教科平均五点以上勝っている相手に対して。そしてどうも、命令したいことがある、と。

 ろくなことがなさそうだ。

 理性は、そう言っていた。

「なるほど早めが良いわけね」

「そ。今は無理でも、こっから一箇月がんばれば、おまえも満点トップ取れるかも」

「それで、赤羽君も同じだけ勉強して、引き離しにかかるのかあ」

 今度は彼は返さなかった。

 私は唾を飲んだ。

「命令はどんなものでもいいの」

「あの時と一緒だから一つだけど」

「要求は一つだけ、どんな内容も可」

()()()()とかは、殺せんせーがいるから無理だと思うけど」

「そんなことしないよ」

 要は私が満点を取ればいいのだ。

「わかってるじゃん」

 クラスメートは、にたりと笑った。

 

  2

 

 今朝、次の期末テストにまつわる賭けをした。が、テストより学園祭より、――手元の紙切れに目を落とす。氏名と、学校の名前と、職業を二つまで書く欄がある。志望校と、将来の夢というやつだ。後者に関して、まさか先生がそうした曖昧を放置してくれるとも思ってはいないけれど。

 ペンは志望校までで止まっている。クラスを見渡しても、全員がすんなりと埋めた様子はない。そうした中、隣の席のクラスメートは左右どちらも、わりにさらりと書き上げたようだった。

 ――まだ余裕があるとはいえ、はっきりとした将来の展望はない。そもそも来年の十一月が来ない虞すらあるのだが。

 クラスメートが順番に、担任との二者面談のために教員室へ呼び出されている。右のクラスメートは適当に済ますと言って教室を出て、本当に速やかに戻ってきた。それからまた数人が教室を出て、私は空欄を抱えたまま教員室の戸をたたく。

「さあ、座ってください」

「はい、先生」

「書けましたか」

「志望校は」

「――ほう、椚ヶ丘ですか」

 先生は用紙を触手で持った。

「どうして」

「ここを受験したのは、元々は父が勧めてくれたからなんです。特別強化クラスなんてものがあっても、まあ落ちないかなって。いざ入学したら、暴力沙汰に巻き込まれちゃったんですけど。――ショックを受けたみたいで。

 当時の状況が状況だから、元の担任が復帰を受け入れてくれるとも思えないですし、本校舎に戻りたいとも思ってはいないんですけどね」

「それもまた、一つの親孝行の形ですね」

 いつか誰かがつぶらだと表現した瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。それだけではないですね、と言っているようだった。そうだった。あるいは、全てが出まかせだった。言うべきか言わないべきか、僅かに迷っていたことまでも。

 けれど。

「先生は『死神』という殺し屋をご存じですね」

 そんな聞き方をしてしまった。

「覚えていますよ」

 当然のように先生はそう答えた。先生は、その殺し屋に殺されかけた張本人ですからね。そんな体で。

「そうじゃない人のことは?」

「先日のことではないんですか」

「違います」

「そうですか」

「――突然ごめんなさい」

 頭を下げるしかなかった。先生がいつもと同じ表情であるのを、見ないようにした。どんな表情であるのかも見えないけれど、彼は許した。

「良いんですよ」

「もう尋ねないことにします。あなたの暗殺が終わったときのことを考えました」

 先生は黙っていた。

「そしたら、もっとショックを受けると思ったんです。だから、せめて私が望んでここにいたことを証明しようと思って」

 この私はそういう人間なのだ。ありきたりに、しごく当然のこととして、親孝行の道を選ぶ。

「なるほど。良い考えです。ですが、それなら。あなたの学力なら、難関校を目指す選択肢もあることも考えてみてくださいね」

「それは――ものすごくがんばらないといけないですね。ありがとうございます」

「いいえ」

 

「志望校から考えるのも良いですが、職業は――」

 先生は用紙を私へ見せるように置いた。指がわりの触手は、二つの空欄を指している。

「まだ考えられなくて。やりたくないことはあるんですけど」

 政治家に芸能人、医者は、絶対に選択肢に数えたくない。ミュータントがやるにはリスクが大きすぎるのだ。

 理由はぼかして業種だけ伝えると、彼はうなずくように頭を動かした。

「目立つことが苦手ですか」

「実は」

「苦手科目がない一方、英語が得意ですね。それに、よく本を読んでいます。管理社会に興味があるんですか」

「確かによく読みますね」

「AIが登場するものが多いんですねえ」

「そんなところまで見てたなんて、さすがです」

「マッハ二十の教師として当然のことをしたまでですよ」

 先生は胸を張るが、決して褒めたつもりはない。とはいえ、彼が国内の中学三年生用参考書・問題集の類いを全て読んでものにしていたとしても、驚きはすまい。マッハ二十の教師なのだから。

「例えばAIとか、そういう興味を将来にまで広げて考えてみるのは、いかがですか」

「開発、とかですか」

「ええ。もちろん、それには――何をするにもスキルが必要ですが。最近、烏間先生から護身術を学んでいるのだとか」

「この間、あの死神に襲われてから、何人かで頼みに行ったんです」

「身に着けた技術が多いほど、選択肢が広がりますからね。あなたの中に幾つもスキルがあることを、先生は知っていますよ」

「そんな――」

「――特に想定する力がある。先日の事件でも、進学先についても、最悪の事態を想定できたからこその選択です。降伏したそうですね」

「買いかぶりですよ。あんなの、かないっこないですもん。全員が目の前で倒されていけば、さすがに」

「それも立派な才能です。――今後、何度かに分けて、今日のように相談に乗ります。また進学についても、将来のことについても、考えてみてくださいね」

「はい」

 

「そして良かったら、暗殺にも来てくださいね」

 

 気づけば、手がスカートにしわを刻んでいた。いつからだろう。そこが、じわりと湿っている。

「毎日殺されかけて、まだ足りないんですか」

「ええ。私はあなた個人からの暗殺も楽しみにしているんです」

 相変わらず先生は笑顔だ。つぶらな瞳も、大きな口も、大抵は笑顔を形作っている。緑がしま模様を描くのでも、桃色に染まるのでもない。かといって真顔の真っ白でもなく。いつもどおりの黄色の()()()()()

「先生には一度やった方法が使えないから。勝算のある計画を、まだ練っている最中なんです」

「おや。それは楽しみですね。でも将来の良い展望を考えるのも、中々良いものですよ」

 その言葉が最後だった。頭を下げて教員室を出る。扉をつかむ手は、いつの間にか乾いていた。突然変異体、実験台、隔離施設、管理社会、コンピュータ。アルファコンプレックス。

 教室の入り口で、うつむきがちな渚君とすれ違った。

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