1
学園祭がある。例年、十一月中旬の土日二日間に開催される、
クラスごとに飲食店かイベントをやることになっていて、E組はどんぐりつけ麺を中心に、山の幸を出す飲食店を選んだ。参加できるというだけで、例によって待遇が悪いことに変わりはないのだが。立地が最悪なのだ。
「おい、店、外だってよ」
「だよね、オーケー。配置は」
「磯貝がやってる」
「ありがとね、寺坂君」
「おー」
「人力車の話、聞いた?」
「人力車だァ?」
「まだか。来てくれるお客さんを、中腹まで送るの。一応まだ決定じゃないんだけど。――引く人が要るからね」
「で? それが俺と――」
「吉田君には声をかけたって、赤羽君が」
「クソカルマ! 直接言えよ!」
「どう?」
登り慣れている、登るしかない生徒ならともかく、ただの客が、なだらかとはいえそれだけの坂を登ろうと思うだろうか。それも舗装のされていない山道だ。
ということで、形式的に尋ねただけで、人力車は決定事項だった。人員も。見るからに体格が良く、そこに体力も伴っているのが、現状寺坂君と後二人。うち一人がメインシェフとして引き抜かれた以上、ぎりぎりの人選だった。
「良いぜ、休憩できるんならな」
寺坂君は理解した――いや諦めたようだ。赤羽カルマの名前を出しておいたのは正解だったか。
「もちろん。基本は二人にお願いすることになるけど、スペアは用意するよ。――次は吉田君とイトナ君の所に行って。グラウンドにいるはずだから。人力車の件で確認することがあるんだって」
寺坂君は最後にもう一度悪態をついた。外へ向かうのを見送って、私はモニタを見る。幾つか操作すると、タスクが一つ消えて、二つ増えた。画面の端で通知が一件、薫製について。
ちょうど良く渚君が来た。
「薫製のこと?」
「うん。みんなの確認が取れたから、倉庫でやるよ。道具も用意できたんだ」
通知されたメッセージを確認してみると、彼の他に、茅野さんと杉野君の名前が挙がっている。
「メンバーもそれで大丈夫だよ。薫製なんて誰が考えたの」
「茅野だったかな」
また、誰かが来た。そんな体で顔を上げると、今度は赤羽カルマが見下ろしていた。
「忙しそうだね、マネージャー」
などと、まるで他人事だ。事実、こうなっては他人事だが。彼は推薦してくれただけなのだ。
「そっちもね、おつかれさま」
「どーも。――
初めにマネージャーなどに私を推薦してくれた彼は、防犯回りのブレーンとして器用された。ないに越したことはないが、決してそうと言い切れないことを、E組の生徒は経験から学びに学んでしまっている。もっとも、マッハ二十の担任が目を光らせる中で、異物混入などを試みることは至難の業だろう。担任とされている烏間先生とて、あの時自称・死神を倒してしまった猛者なのだし。
「律から聞いてる。材料班でローテ組むんだよね」
「それ。麓のやつらも制服ってことになったから。エプロンは着けないけど」
「確認しとく」
「――うまくやれてるみたいで、なにより」
「自分が推薦したくせに」
「向いてると思ったからね」
彼は背後に立って、同じディスプレイをのぞきこんだ。実際、目に狂いはなかったわけだ。私はコンピュータにも情報処理にも強い方であったのだから。情報分析といえばの不破さんは、イトナ君の偵察ヘリや他数名と敵情視察に回った。
まあ、私の働きなど、そもそもの人工知能に比べればかすむものだ。全ての情報はあれに集約されて、私はほとんど整然とした情報を眺めていれば良かった。
「ありがたいけど、そういうのは律にも言ってよね」
看板メニューのスープは豚骨醤油になりそうだ。検証の最中だが、メインシェフと担任の判断が一致している。採れる材料と、そこからサイドメニューも固まってきた。
人力車は自転車タクシーに。客引きも広報も、ひとまずこのまま進めていいだろう。食器は家庭科の授業で使うものを流用できる。机を合わせてテーブルにして、そこに花を飾るのも良し。
学園祭まで、後五日。
2
大きな問題もなく五日が過ぎた。――わけがない。色々なことがあった。
「やっぱりウエイター陣には執事服・メイド服を着せたい」
「オプションとかどうかな。ツーショット千円とか」
「先生も、もっとちゃんと、お店の様子を見たいです」
「先生も、今までに
前半は即否決。後半は烏間先生に相談の後、条件付きで許可。オブジェに徹すること。一日め午後、昼食時を外してまとめて呼ぶこと。など。意図せず苦労の一端を垣間見た。
そして当日、
「やー、おつかれ」
「まだ始まってもないんだけど」
「まあまあ」
もはや驚くことでもないが、一緒に電車に乗り、一緒に電車を降りた。赤羽カルマと。
彼のふざけた言葉の真意は、わからないでもない。マネージャーという役職を、私は今朝いっぱいで離れるのだ。準備期間だけのしごとなので、以後ほとんど不要なのである。仮に要件が生えたとして、それらは全て人工知能が片付けてしまうだろう。
というか、厄介事の半分は、この男が引っ提げてきたのではなかったか。
「勝てると思う?」
「勝ちたいね」
「うわ出た、模範解答」
「――何それ」
「そういうのじゃないって、わかってるくせに」
彼は足を速めた。何となしに合わせられる程度ではあったが。僅か間をおいて、ため息。
「期末までは言ってやるけど。俺は客観的な意見を聞きたいわけ」
「私、真面目に答えたつもりだよ」
はっきり言うと、勝てないと思う。仮に客が来たとしても。可能性があるとしたら、そのうえで、両三年A組がよほどへたを打ってくれた場合くらいのものだ。
高校まで無差別に売り上げを競うなかでも、中学三年A組の優勝は揺るぎない。浅野君がいるからだ。同じ学校で同級生を三年もやっていれば、わかることもある。諦めているのではないだろうか。浅野君にはエースばかりでもない有象無象を優勝へ導いた前例がある。
昨日パンフレットが配布された。偵察ヘリにもなかなか手の内を明かさなかったA組だが、例年どおり彼はイベントを選択したようだ。今年は生徒同士のグループが出しものをするらしい。要約すると――飲み食い無料、芸能人のライブもあるよ!
「そんなこと聞かないでほしいな、士気問題だよ」
「なるほどね」
おまえには答えてやるけれど。
「他の人には言わないでね」
山道を登って、クラスメートとすれ違って、校舎に着いたとき、青空には三日月が浮かんでいた。
始まってみれば、A組は凶悪に売り上げを伸ばした。偵察ヘリの映像を見たなら、誰もその勝利を疑うまい。一方こちらは、立地の割に客入りは良い。――とにかく場所の影響がひどかった。
準備期間の専属業務から解放されて、私は調理班に入った。技量の問われる作業にはそれぞれ専門の料理人がついたので、おもには食器を出すのと洗うのと、盛り付けがしごとだ。
昼食時になると、調理場はにわかに忙しくなった。招待客が入ったのだ。時々、招待したらしい班員が出ていった。それでも暇があったので外を見てみると、そのときはわかばパークの園長が子供を引き連れていた。渚君が応対していたので、彼が呼んだのだろう。
窓から視線を外して、洗いものに戻る。食器を出す。途中、何度か盛り付けに呼ばれた。
そんな風に暇を持て余していた。
「カルマのやつが呼んでる」
同じく調理場にいた磯貝君が、十四時前に私を呼んだ。いや、赤羽カルマが呼んだらしい。何があったのかと、素直に出口へ行くと、
「家族が来てる」
と言う。
私の家族だろう。彼の家族が来たからといって、私が呼ばれる道理はない。
十四時前。まだ
「教えてくれてありがとう。お母さん? それともお父さん?」
「どっちも、じゃないの。二人だった」
「そっか。先生のお客さんが来る前でよかった」
「麓で注文したみたいだから、あれじゃない? みんなには伝えとくから、持ってけば」
そんなことまで。
「何から何まで、ありがとう」
手際が良すぎるのは気持ち悪かったけれど。彼は表情を変えずに手を振った。
「良いって。テストで決着つけるんだから」
――彼の言うとおり、ちょうど用意された料理が両親の注文だった。私は持っていくだけでよかった。
私に遺伝子の半分ずつを提供しようとした二人組が、外で待っていた。彼らは娘に気づくと、人の良い声で口々に呼ぶ。笑みを浮かべて近づくと、二人してそれ以上の笑みを浮かべてみせた。
「がんばってるね」
「ありがとう。つけ麺おいしいから、冷めないうちに食べちゃって」
「あなたはもう食べたの」
「うん、同じのを。デザートもね。モンブランとゼリーを頼んでくれたんだよね。今作ってるとこだから、食べ終わったら私が持ってくるよ」
父親が麺をスープに漬けた。母親が麺を口に運んだ。ズルズルと音を立ててさもうまそうに胃に収めるのを、向かいに座って私はじっと眺めた。
店はガヤガヤと活気づいている。知らない制服に、知らない大人に、知らない子供に。大体がつけ麺とデザートを注文して、時々サイドメニューが付いたり、あるいはデザートだけだったりする。
学園全体としてはイベントと飲食店の数にほとんど差はないが、どちらかというとイベントが少数。多数派のうち半分ほどはデザート主体。そしてまた半分ほどが、実は食事の提供が主ではない。
「うまいね」
どちらかが言った。
「料理上手が二人いるんだ。一人はラーメン屋を目指しててね」
「あなたは」
「私は皿洗いだってば」
「ホームページもポスターも、メニューもよくできてる。それに、まつたけ! 本当に山に生えてるの?」
「びっくりしちゃうよね」
どんぐりから、まつたけまで。本当に生えている。客引き担当に、二人にぴたりの文句で口説かれただろうから、今更詳しくは言うまい。
「ずっと心配してたけど、ちゃんと良い雰囲気のクラスだね」
どちらもほほ笑んだ。間もなく丼を空にして、入れ替わりのデザートに手をつけると、また笑顔だ。それだけで良かった。この様子なら、私は三月までこのクラスにいられる。
ついにデザートまで食べてしまって、両親は山を下りた。後片付けがてら、十数分ぶりに職場へ戻る。と、来客を教えてくれたクラスメートが、バッグに何かを片付けていた。声をかけたわけでもないのに気付かれて、それを見せびらかす。メイド服だ。あえて思い出すほどのことでもないが、ついでのコスプレ喫茶を熱心に訴えた一人も彼だったか。
「着る?」
「着ないよ。何で持ってきてるの」
「万が一のためにね」
どんな万が一だ。よく見れば、他にセーラー服、サンタ服。本当に、どんな――。ウエイター役のうち女子は頭にヘッドドレスを着けていても、後は男子と共にただ制服の上からのエプロンである。きちんと否決されたので、コスプレ喫茶ではないのだ。このクラスは。
「ねえ、渚君にはどれが似合うと思う」
「あー、なるほどね」
後で話を聞いたところ、沖縄で起きたトラブルの最中のごく小さなトラブルがここにきて思い出されるような、これまた小さなトラブルが彼には発生したらしい。
3
二日め、日曜にもかかわらず、朝の電車が混んでいた。だが、予想を突き合わせるようなまねはしない。私たちは答えを知っている。
誰も彼もが椚ヶ丘駅で降りた。浅野君の商売が恐ろしくうまくいったのだ。否。彼らの目的地は本校舎を過ぎて先、旧校舎。――昨日の渚君の小さなトラブルが、思わぬ益をもたらしたのだった。コスプレ撮影会で金をとることはかなわなかったけれど。
「まさか、女装した自分に一目ぼれした男が、超有名グルメブロガーだなんてね」
山道を上りながらでこそ、こんなことを赤羽カルマは口にするが、ホームでわざわざ話したときには、
「コスプレ撮影会までやれば良かった!」
とかなんとか、いたく惜しんでいた。
「あっちも、まさか
「だろうね。もう寺坂たち要らないね」
言い方は悪いが、そのとおりだ。ついに開店待ちの客とすれ違った。まだ中腹にもたどり着いていないのに。これなら人力車もとい自転車タクシーは不要である。注文も上で取ったほうが良さそうだ。客引きは置いておくとして、ガードマンを一人つける。
「シフトCかな」
もう偵察に当てる人員も惜しい。
「マネージャーが言うなら、そうなんじゃない」
「いや最終的には律が計算するんだけどね」
まあ、上に着いたら、すぐさまCのシフトを言い渡された。
TV番組のライブ中継が入った。クラス委員二人と料理人二人がインタビューされて、担任として烏間先生が挨拶をした。もちろん看板メニューも映って。
それからというもの、客足はますます伸びた。開店前から五百メートルもあった行列が、正午には一キロだ。大盛況である。
そして十四時を迎える頃、大きな問題もなく麺の在庫が切れた。先生は打ち止めを言い渡す。
「これ以上採ると、山の生態系を崩しかねない」
そう授業に持ち込まれて、反論は出なかった。
人工知能が休みなく計算して、少しずつメニューが減った。やがて完売。E組は一足先に店じまいと相成った。
A組には勝てなかった。もちろん高校の方にも負けた。だが中途閉店にしては良い結果を出せたのではないか。
「マジで勝てなかったね」
「でも三位だよ」
と、心から思う。