キリングミュータント   作:糸冬いずく

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一月、そして戦争

  1

 

 一月八日、朝のホームにカルマはいなかった。一人で山を登って、静かな教室に入る。玄関口の担任の明るい挨拶だけが、異様に浮いていた。

 ごく普通に出欠をとって、ごく普通にホームルームが終わった。先生が下着泥棒を疑われたときのことが思い出される。もっとも、針のむしろではない。ただ教師らしい顔をして、その顔のまま、彼は教員室へ戻った。

 そこで渚君が椅子を引いた。

「少し話したいことがあるんだ」

 全員を裏山に集めて言うことには、――先生を助けたい。

 たいていクラスメートに招集をかける人間は決まっていて、たとえば学級委員の二人がそうだった。他にも色々いるけれど、渚君がそうすることはめったにない。というより、今回が初めてではないか。だからそのことを、素直に珍しく思った。それと同時に、驚くより納得した。なるほど渚君らしい。

 口々に賛同の意が表明された。一方、反対意見も出た。筆頭が中村さんに、寺坂君たちに、そしてカルマ。次第に事態は混迷を極めて、言い争い、つかみかかり、殴りかかり、喧嘩にまで発展したのを、当の怪物が仲裁に入った。

「二色に分けたペイント弾と、インクをしこんだ対先生ナイフ、チーム分けの旗と腕章を用意しました」

 殺すべきかどうかでチームに分かれて、サバイバルゲームで決着をつけようというのである。もちろん、勝った側の意見がクラスの総意ということになる。生徒から異論は出なかった。隣で奥田さんが、首を縦に振った。

 真っ先に意見を表明したのは、クラスを代表する狙撃手の二人だった。彼らがそろって赤を選ぶと、逆に青を茅野さんが選んだ。続いて科学者二人も青、しかしものづくり組三人は赤。機動力特化の一人も赤を選ぶと、今度は神崎さんが青を選んだ。しかし同じく読書家の狭間さんは赤。イェラビッチの一番弟子が青、磯貝君たちも青、一方イトナ君が赤。人工知能の転校生は性能不足を理由に中立をとった。さて、機動力特化のもう一人が赤、もちろんカルマも赤で、渚君は青。およそ半々といったところか。私は迷わず赤を選んだ。これで人数が赤に傾いた。

 いや、そんな理由ではないけれど。

「意外だった」

 ものづくり組の一人、迷彩のうまい美術家がこぼした。

「どうして?」

 聞き返されても、迷彩を施す手は止まらない。

「何でだろうな。何となくなんだろうけど、青だと思ってた。『生かすべきじゃない』って言葉も強かったし、驚いてる」

「へえ。まあ、私も生徒の一人として、先生には尊厳を保ったまま死んでほしいからね」

 先生の教唆はまだ続いている。決して口にしなかったけれど、生き長らえる道などないに等しい。仮に方法があったとしても。彼はただでさえ破壊生物で、それでなくても死神だったのだ。誰がどうして生かす道など選ぶだろう。

「あ、そういうとこ、カルマに似てるな」

「はァ? やめてよ。鳥肌立つじゃん」

 ハハハと美術家は笑った。迷彩がしあがると、彼は次へいって、私は中村さんに呼ばれた。

「カルマが呼んでる」

 

「渚君探してくんない?」

「オーケー」

 狙撃手二人の背中を見送って、私は二つ返事で承諾した。当然、赤チームの指揮を執るのはカルマというわけだ。青チームは磯貝君だろうが。――先にいた二人とはファーストショットについて話していた。漏れ聞いただけだが、妥当な狙いだと思う。

「で、敵も殺してほしいんだけど」

「偵察の本命は三村君ってこと?」

「へー、それくらいは期待していいってことね」

「知るか。そういうのは中村さんとよろしくやって」

「――あんたら、何の話してんの?」

 横に中村さんがいた。彼女は不思議そうにカルマを見る。

 カルマは横の中村さんを見もせずに、こちらへナイフを向けた。危険行為である。しかし彼が気に留めることはない。

「ほら、勝手に巻き込むなよな」

「うるせえ。まだ話があるんだろ」

 確かに私たちのいさかいには無関係なので、つっかかるのはやめておく。

「わかってんなら進めさせてよ。一応、制限時間があるんだから。――戦闘力としてはどれくらいまで数えていい?」

 嫌だな赤羽君、長いこと一緒に暗殺してきたじゃない。そんな文句を、口にはしなかった。私とて打ち合わせが長引くのは本意でないのだ。

 それに、彼はいたって真剣だった。横の中村さんも、狙撃手の二人も、迷彩の美術家も。私も、殺してしまいたい気持ちにうそはない。

「どれくらい欲しいの」

「俺が二人もいたら大分、戦力が傾かない?」

 そうだろうな。単純な戦闘力をいえば、カルマにかなう者はいないだろう。しかし、そこまでを期待されているとも思わない。落とし所は、

「奇襲コミで磯貝君とか」

「ほんと、やなやつだよね。いーよ、期待してなかった」

「知ってた。相打ちもできなかったらごめんね」

「思ってもないことを、よく言うよ」

 これで話は終わりらしい。カルマは両手を挙げた。早くも降参のポーズだ。いや、もちろん、ポーズをとっただけだろう。目は冷めているし、表情はいつもどおり。横で中村さんが、不審がって私を見る。

 ごめんね、という言葉に若干の本心がないでもないけれど。

「まあね」

 私は自分の命が惜しいのだ。

 策を積み上げるのは二人に任せて、私は適当な所に行こう。恐らく超長距離狙撃が真っ先に狙われるから、カルマはそちらへ向かうはず。何もファーストショットすらできない、などということはあるまい。だから、私はせいぜい磯貝君たちと当たらないように動いておこうか。

 

  2

 

 伝えたとおりに戦闘力を調整するなら、特に警戒すべきは二人。基準の磯貝君と、その友人の前原陽斗だ。磯貝君は言わずもがな、前原君も近接戦闘が得意で二刀流、ただし指揮能力はなし。指令では交戦より渚君が優先とあるから、次の指示までこの二人は避けて通るべきだろう。

 開戦直後、互いに駒を三つ失った。それから、こちらの指揮はやはりカルマが執って、おおむね予想どおりの指示を出していく。その間にも渚君を探してはみたけれど、行方はわからない。偵察を一人出したようだが、彼でも見つけられるかどうか。

 幾らか指示が出て、戦況が動いた。早速、偵察の報告により、敵を二人殺したのだ。うち一人は、近接戦を得意とする杉野君だった。こちらも一人が殺されたけれど、戦力差はかなり開いたといえる。そして更にもう一人。おっと、これは戦場が近い。

 近接戦の主力の一人は、次に茅野さんと交戦した。殺した敵の近くにいたらしい。茅野さんは意外な奮闘を見せたが、殺せたのでよしとする。二人がかりだったとはいえ。しかしそれから、味方の彼女は、もう一人の近接戦主力と合流して、――先走りやがった。

 指揮官が最初に二人に下した指示は、一撃離脱。彼らの売りは機動力で、クラス内では最速といっていい。逃げてしまえば、追いつくことはほとんど不可能。さしもの磯貝君も手を焼くだろう。あとは、この繰り返しで当分殺せるはずなのだ。

 彼らは何かを見つけたようだった。追いつけず、もちろん見つけることもできず、そして通信をもらえるわけでもなく。できることといったら、結果を報告するくらいか。それとも偵察役の方が早いだろうか。

 ちょうどその時、通信が入った。

「先に前原がいる」

 私は足を止めた。指揮官は続ける。

「原さんを殺して速水さんに合流して。あいつらはトラップで死んだ」

「渚君は」

「――もういい」

「了解」

 通信が切れた。木の陰に身を隠してスコープをのぞくと、確かに敵が二人見えた。気付かれてはいない。後方もクリア。前原君は前線に出るだろう。カルマの用意した防衛線は二つ。うち私が合流する予定の弾幕は、旗の周囲を完全にカバーしている。青チームが勝ちたいなら、まずはこちらの砲台を殺さなければならない。もちろん磯貝君はそう考えてくれる。渚君はともかくとして。

 カルマの策には続きがある。渚君が出てくるとしたら、そこなのだろう。結局どこにいるかはわからないままだが、この先も私が発見することはあるまい。あるいは、そのとき殺されるかだ。

 読みどおり、前原君が場を離れた。すかさずトリガーに指を掛ける。念のために一呼吸を置いてみた。状態は変わらず良好。前原君は戻ってこない。私は今度こそ撃った。磯貝君は射撃三位で、そのうえこうした局面で外す人間ではない。――ペイント弾は胴体に当たった。

 迎撃地点に到着する頃、偵察役が殺された。残るは赤七名と青五名。こちらは一つめの防衛線に四人、二つめに三人、そして旗にカルマが。私は二つめでイトナ君と、主砲を守る形で配置に着いた。一方、敵は守備を捨てたらしかった。渚君を残して四人全員が制圧に来ている。

 とすると、

「行くぞ‼」

 ――磯貝君の合図だ。同時に、四つの影が茂みから飛び出してくる。同時に弾丸の雨を降らす。まず奥田さんが死んだ。直後に磯貝君。僅かに誰にも当たらず、逆に主砲が落ちた。直前に狙って撃ったのが一人を殺し、ここで私は前原君とにらみ合った。

 彼はちょうど得意の二刀流でイトナ君を殺していた。そのまま飛びかかってくる。距離が近いので、銃を投げつけてナイフを抜く。

「うおっ⁉」

 さすがに、よけられた。地面に落ちる。もちろん敵の足元だ。とはいえ、マガジンは空にしておいた。それに彼なら武器は変えないだろう。

 模範的に踏み込んでやると、やはり彼はナイフを離さなかった。腕と腕がぶつかる。片腕だった。しかし、彼には二本めがある。私にはない。だから体をひねって、こっちもよけてやる。その勢いで片足を振り上げて、

「危なかった」

 ナイフが飛んだ。敵だけが左肩からよろめく。即座に飛びかかれば、あっけなく倒れ込んで、そうしてナイフを振り下ろしたところで、同じ武器にぶつかった。

 ぴちゃりと、冷たいものがほおに触れた。確かめずともわかる。青のインクだ。同じように、眼下の死体にも赤のインクが飛んでいる。インクの飛沫がかかったのだ。

 前原君がナイフを下ろした。

「帰り、飯でも食わねえ?」

「ははは、お断りします」

 私は立ち上がって、手を差し出した。――青色は腕にも走っていた。

 

 相打ちの間に、寺坂君たちも死んでいた。渚君に殺されたという。なんでも、彼は審判の烏間先生の陰に隠れていたのだとか。道理で見つからないわけである。審判は敵でも味方でもないから、なるほど盲点だった。

 今はまた渚君が姿をくらましたので、カルマがどう出るか、という局面らしい。教師と死体の観客は、固唾を飲んで見守っていた。

 カルマと渚君。二人には仲の良かった時期がある。三年生になってからはもちろん、二年生の時にも。かつて私が、A組へ上がるクラスメートと親しくしていたように。きっかけなど知る由もないが、一年半ばからのことだ。冬になる頃には一緒の姿を見ることもなくなっていたので、およそ一年ほど関係が続いたのではないか。E組に落ちてからは、また友達をやっているようだけれど。

 先に動いたのは赤色だった。

「渚君‼ 銃捨てて出てこいよ‼ こいつで決めようぜ‼」

 うわあ、そういうとこだよ、おまえ。

 カルマは旗への最短ルートを歩いた。堂々と。右手にナイフだけを持って、まるで無防備だ。渚君はきっとスコープをのぞいていただろう。

「馬鹿、撃っちまえ渚‼」

 杉野君が叫んだ。当然そうすれば勝てるからだ。だが、もう渚君の選択肢に、それはなかった。この戦場の、どこにでもある茂みから、彼も姿を現した。武器は二本のナイフだけ。

 戦争は最後、殴り合いのつかみ合いで、幕を閉じるらしい。一対一の近接戦で決着がつくと見て、一団はぐっとフィールドに近付いた。先生も止めなかった。

「どっちが勝つと思う?」

 前を走る磯貝君が尋ねた。対して前原君はほとんど間をおかず、カルマの名を挙げる。しかし決め兼ねたように、もう一人の名前も出した。

「渚の意外性なら、やれるかもしれねーぞ」

 意外性などという言葉を使われるのが、いかにも渚君らしい。

「――わ、私はカルマ君にも勝ってほしいです‼」

 これは隣の奥田さん。前の二人が、ぎょっとして振り返った。意外な大声に驚いて、というより、

「おまえ、俺らと一緒で殺さない派だろうが」

「個人的には負けてほしくないんです。積み重ねてきた覚悟と努力を知っているから」

 すると、二人は押し黙った。戦場なら士気問題だが、奥田さんらしいといえば、これまたそれらしい。そうしたところが、カルマにも私にも、好ましく映ったのだ。

 ギャラリーが立ち位置を確保する頃、ほとんど対立は失われていた。一方、戦う二人は押し寄せる死体を歯牙にもかけない。ただ敵だけを見据えて、ナイフを振った。

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