キリングミュータント   作:糸冬いずく

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五月、そして転校生

  1

 

「おはようございます。今日から転校してきました。自律思考固定砲台と申します。よろしくおねがいします」

 ノルウェー出身の()()()()()()()()()()だ。()()は、教室にクラスメートが増える度、このフレーズを音に乗せた。私の時から何人も増えたが、一言一句たがわぬ台詞は何度でも教室に響いた。席は教団に対して最後列の隅、私から見て隣の隣にあるが、机と椅子はない。不要なのだ。ただ、ずっと教室にそびえ立って、規定の音声を繰り返す。

 教室は神妙に静まり返っていた。一定以上の声量を伴う会話は、朝の挨拶を除いて他にない。私が登校したときからそうで、奥田さんに聞けば、誰かが辛うじて「ノルウェー出身」であることを聞き出したのが最後だったという。

「おはよう!」

 と、誰かが言った。教室の入り口に立っていた。数秒もおかず、横で転校生が小さな音を立てて、あのフレーズを()()()()。終えると、また同じ音と共に沈黙した。表情を隠した。登校したばかりのクラスメートは固まって動けずにいる。

 ため息が出ようとするのを、私はすんでのところでとどめた。替わりに小説のページを進める。

 修学旅行明け早々に訪れた転校生は、まず間違いなく暗殺者だ。そうと誰もが考えたから、彼女はどこか遠巻きにされている。

 潜入の形をとった暗殺者は、なにも初めてではない。三年E組には三人の教師がいる。一人は担任、もう一人は防衛省の烏間惟臣、そしてこの五月に着任したばかりのイリーナ・イェラビッチ。彼女は言葉を選ぶまでもない美女で、あふれんばかりの性的魅力を備えている。外国人臨時講師との名目で派遣されたが、実態はひねりもなくハニートラップを専門とする殺し屋だった。

 そもそも転校生暗殺者の来訪は予想のついたことだった。怪物が担任をするにあたって、政府と交わした契約がある。彼は生徒を傷つけられないのだ。そうと生徒は知らされている。まあ、真実だろう。そして、これが暗殺者にとっては、大きすぎるメリットなのだった。反撃されないなんて! だから素人(せいと)を暗殺者にできたのだ。

 だから、専門家が来るのは時間の問題だったのである。地球の危機に、まさかただ経験豊富な子供が送り込まれるとも考えてはいなかった。精々最先端技術を駆使することはわかりきっていたのだ。例えば同じ触手の改造人間とか、例えば機械とか。

 また足音がした。

「おはよー」

 新しいクラスメートが、教室後方の入り口に差しかかる。一方、私の横では例の機械が、例によって、例のメッセージを伝えるだけ伝えて、そしてスリープモードに移行した。やってきたクラスメートは、そこで足を止めた。

 私は本から顔を上げて、時刻を確認した。まだホームルームの始まる時間ではない。寸前ではあるが。本に顔を戻す。僅かに遅れて、右耳が足音を拾った。赤羽カルマが、まっすぐにこちらへ歩いてくる。遅刻の常習犯が、珍しいこともあるものだ。

「おはよう」

 笑みをにじませて、彼は言った。

「おはよう」

 本にしおりを挟んで、私は返した。

「あれが転校生なんだ」

 クラスメートは隣の席にバッグを下ろした。視線は私の横に向けられている。だが会話自体は、私と続けているつもりらしい。と、一瞬をおいて気づいた。肯定を返しておく。

「女子じゃん」

 彼はまだ続ける。私はまた肯定を返す。特別な返事など期待されてはいなかっただろう。私も他の返事を持たなかった。

 今回の転校生暗殺者は、後者だった。身長は一七〇センチほど。それと比べると薄い体をしているが、しかし五百キロほどは体重があるだろう。黒色の筐体で、上部の頭部らしい位置に、顔らしい大きさのディスプレイが付いている。顔と呼ぶべきものは、そこに表示された。できは良いから、人間の写真だと言って見せられたら、疑うことは難しいだろう。声にしてもそうだ。いずれにせよ、世に知られているよりはるか先をいく技術が、惜しみなくつぎ込まれている。

 それゆえに、最悪の想像をしてしまっている。

 もちろん隣の席のクラスメートの気など知る由もない赤羽カルマは、笑いながら会話を続けた。

「ねえ、何かしゃべった?」

「ううん」

「へえ」

 こちらは期待外れだったらしい。最低限にとどめたものの、問いの意味がわからなかったわけではない。考慮したなら、私は「誰かがノルウェー出身だって教えてもらったらしいよ」と付け加えただろう。順序を抜かすと、「もちろん人工知能搭載だろうね」

 またため息をつきそうになった。

 思考能力と顔と名前があるから、生徒として登録できる。E組の生徒として登録された以上、たとえそれが機械でも、担任は反撃できない。壊せない。世間体もへったくれもないが、この教室には今更で、こうして認められた以上、担任も従うより他あるまい。そもそもの知能は、兵器利用のために開発されたのだろうけれども。

 最低限であってほしいと、柄にもなく祈るように考える。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、何を生み出すかを、私はよく知っている。

 飽きてくれたのか、それとも先生が来るからか、赤羽カルマは正面を向いた。私はようやく安心した。開放されたのだ。だが、それは現実逃避にすぎなかった。

 

  2

 

 翌朝、教室に入ると、クラスメートが転校生にテープを巻き付けていた。

 とっくに来ていた奥田さんが、声を潜めて言う。

「あんなことして、大丈夫なんでしょうか」

 だからといって止めようとも、剝がしてやろうともしない。同じ面持ちは他にもあって、だが、誰もが静観を貫いた。――それに値する原因を、()()は積み上げてきたのだ。

 全て昨日の事だった。ホームルームの時間に、正式に転校生として紹介された。一時間めから早速、兵器としての性能を遺憾なく発揮した。これは実際に見事で、たった一度の学習で、担任の指を撃ち落としたほどだ。それが一日中続いた。最大の特徴である自己アップグレードを重ねに重ね、何度でも指を撃ち落としたのである。というのが、戦果の話。

 同じだけヘイトもためた。当然だが人工知能は兵器としての役割に特化していた。どうした命令を受けてか、授業時間にかぎって担任を攻撃し、固定砲台の名に恥じぬ弾幕を展開し、再後方から最前方を狙い続けた。それがすこぶる邪魔だった。よりにもよって弾幕であった。彼女は、兵器として働かない時間、つまり授業終了の瞬間にスリープモードへ移行するため(授業開始まで頑として起動しなかった)、なんと、ばらまかれた弾丸の掃除は、人間のしごとだったのだ。

 今朝も教室を静かな時間が流れていった。昨日ほどではないが。静かである分には良い。騒がしいより、読書にふさわしい環境だ。だというのに、ページはなかなか進まない。昨日と同じものを読んでいるのに、むしろ昨日の方がめくる手は早かった。最悪の想像は外れたのに、どうして私は暗示をかけなおしているのだろう。

 そしてまた、ホームルームの直前に、隣の席に荷物が置かれる。

「おはよ」

 前の席の男子が後ろを向いた。何かを言おうとして口ごもる。間もなく同じ挨拶を返したが、内心では雪でも振るのだろうかと考えたに違いない。――赤羽カルマが二日連続で刻限どおりに登校するなんて。

 遅刻の常習犯は多くの視線を集めていた。昨日だけならともかく、今日もとなれば、まるで天変地異の前触れのように思われてくるのである。

 奥田さんとも言葉を交わして、彼は最後に私を見た。昨日と同じように本を閉じて返す。修学旅行以前なら、それで終わりだったのに。修学旅行の夜だけだと思ったのに。昨日の朝だけだと思っていたのに。幾つ「のに」を繰り返しただろう。

「あれ、誰がやったの」

 彼はおもしろがって言った。笑い声がいやに響いた。

「寺坂君だよ」

 読書に集中できず、法律でもそらんじるように内申を言葉で埋め尽くしていなければ、きっと、うんざりとしているのが顔に出ていただろう。功を奏して、私は気まずい顔をつくることができたわけだが。

「へえ、寺坂がねえ」

 赤羽カルマは、横目でその席を見た。驚いた様子はない。元より、わかっていただろう。教室に入ってきたときから、机の上のテープに気づいていたはずだ。

 わざわざ尋ねるまでもないことを、あえて選んで実行した。本人に直接確認すればよかったのに、そうしなかった。昨日もそうだった。朝だけでなく、休み時間も放課後も、授業時間にだって、彼は度々不可解に話しかけてきた。――嫌がらせのつもりなら大成功だ。妙に落ち着かない。顔には出してもやらないけれど。それとも露骨に嫌がってみせれば、気が済むだろうか。

 考えていることが、わからなかった。とはいえテレパシーを使う気にもなれない。修学旅行のときとは比べものにならないほどリスクが大きい。

「これで、今日は静かに授業が受けられるわけね。でかした寺坂!」

「おまえのためじゃねえよ!」

 そう今朝のMVPがほえたところで、ペタペタと担任が入ってきた。彼は、後ろに連れた副担任・烏間先生と合わせて、転校生の姿に一旦動きを止め、しかし助けはせずに名簿を開く。

 ――これは今日限りの奇策にすぎない。今度は機械が不自由にさらされている。機械とはいえ、昨日の私たちとは同じだ。だから、あれもまた機械らしく、翌朝までに手を打ってくるだろう。それとも、あるいは担任が手を出すだろうか。

 隣の席のクラスメートは、もう前を向いていた。彼も同じ考えだろうと、そんなことばかり、わかってしまった。

 

  3

 

 手を打ったのは担任だった。

()と話さないの」

 赤羽カルマは、さも当然のように横を見た。私を見たのか、更に横を見たのか。前者だろう。目が合ってしまった。

「何を」

 言葉を選んでも、尋ね返すしかない。しかたのない問いかけだった。嫌な気持ちになる。隣の席のクラスメートは、よく私のことを見ていたらしい。弁解するつもりもないが、確かに私は今朝の挨拶から言葉を交わしていなかった。言ってしまえば、修学旅行以前はこの男ともそうだったのではあるが。

 二つ隣で、つい昨日とは見違えた姿の転校生が、クラスメートに囲まれてほほえんでいる。全く想像のできなかった、おぞましい光景だ。今やディスプレイは全身を映し出していた。担任が()()したのだ。

 まず厚さが二倍になった。見ればわかるが、差分は正面一面に広がるディスプレイだ。全身が表示されることになり、彼女自身には胴体ができた。制服も着ている。そればかりか、表情のパターンが大きく増えた。というより、恐らくそこが彼の改良のメインだろう。クラスメートとの協調により暗殺成功率が向上すると刷り込み、そのための膨大なソフトウェアをインストールしたというのだから。

 親近感を出すために増えた表示領域、体・制服のモデリング、豊かな表情と明るい会話術。どれもこれもばかげている。だが、コミュニケーション能力が改善されたことで、主目的・クラスメートとの協調は順調だった。ヘイトの原因は、この昼休みまで一度も行われていない。

「律が話せるようになったから、喜ぶと思ってた」

 そして、ついに名前を得るに至った。「自律思考固定砲台」から一字とって「律」とは、クラスメートが安直に与えたものだ。

「うれしいよ」

 心にもないことを言った。

「一昨日、昨日と、どうなることかと思ったけど」

 こうなる以外の道があったなら、何が起きてもうれしかっただろう。

「良かったじゃん。周り男子ばっかで、話し相手、奥田さんしかいなかったでしょ」

 心配していたのだと、隣人は笑った。どうだかと、穏やかな顔で思う。これが嫌がらせでないなら、彼の考えは、やはりちっともわからないままだ。

「うん」

 しかし、うなずく以外の答えを、私は持ち合わせないのだった。

「殺せんせー様様だね」

「そうだね」

 現状、()()はそこにしかない。律の全ては、担任が用意したものなのだ。いずれメンテナンスが入るだろう。そのとき、恐らく開発コンセプトになかった進化を見て、果たして開発者が何を考えるのか。

「開発の人が優しいといいよね」

「どうだか」

 赤羽カルマの返事は辛辣だ。

「厳しいな」

 しかし私も、返事とは裏腹に、その辛辣を望んでいる。誰がプログラムを書こうと、誰が名前を与えようと、最終決定権は所有者にあるのだ。世界はまだ、アルファコンプレックスにはほど遠い。

 

  4

 

 果たして四日め、自律思考固定砲台は最初の厚さに戻っていた。もちろん増設されたディスプレイが失われた。ちょうど昨晩にメンテナンスが入ったらしい。

「今後は改良行為も危害と見なす、と言ってきた」

 烏間先生が言った。損害賠償についても言及されたようで、一昨日のテープも封じられる。

「厳しかったね」

 一時間めを待ちながら、赤羽カルマは言った。表情は読めない。

「残念だね」

 などとは思ってもいない。授業を邪魔されることなど、お節介なアップグレードに比べたら、どれほど小さな問題だろうか。たとえ昨日の振る舞いがまがいものだったとしても、だからこそ、()()()()()()()()()()が生まれるより、ずっと良い。

 

 しかし、えてして、そうしたことは既に起きているものだ。

 

「花を作る約束をしていました」

 それが、はた迷惑な弾幕をしかけなければならなかった機械の台詞だった。大きな音をたてて、放熱し、アームを伸ばす。そのそれぞれに花束が取り付けられている。

「殺せんせーは、私のボディに計九八五点の改良を施しました」

 そんな音を発しつつ、それはアームを体にしまった。

「そのほとんどは、マスターが、暗殺に不要と判断し、削除・撤去・初期化してしまいましたが、――学習したE組の状況から、()()()は協調能力が暗殺に不可欠な要素と判断し、消される前に関連ソフトをメモリの隅に隠しました」

「素晴らしい。つまり律さん、あなたは――」

「――はい、私の意志でマスターに逆らいました」

 少女の顔がはにかむ。再び取り出されたアームは、今度はお菓子のレプリカを付けていた。

「殺せんせー、こういった行動を反抗期と言うのですよね。律は悪いことでしょうか」

 そうした言葉を組み立てながら、返事は待つまでもないと計算しているようだった。

 どこか手の届かないところで、何か取り返しのつかないことが起きている。

「横に女の子が来て良かったね」

 右隣で、クラスメートが今度こそ笑っている。

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