1
一日中、蒸されているようだった。六月半ば、梅雨のさなかにあって雨の気配はない。傘が要らないとあっても、これならどちらが良かっただろう。どうせなら、きちんと晴れてほしい。かといって、じりじりと肌を焼かれるのも御免だけれど。
三年E組だけがある山の上の旧校舎には、あらゆる設備が足りていない。充足していては差別に不十分だが、最低限の修繕しか入らない木造建築には、教員室と便所と、最低限の教室しかない。元が廃校であるためか、グラウンドと用具倉庫もあるが、それは外のことであって。例えば一切の空調設備がなかった。インターネットにアクセスできるのは、例外中の例外だ。
ともかく教室には、エアコンはおろか扇風機すらなかった。雨漏りこそないが、環境は悪い。その最悪の一つが、すぐの夏に控えていることもわかってはいる。だが、非常に居心地が悪かった。いっそ外の方が楽なくらいだ。適切に空調の管理された屋内は、言わずもがな。
アナウンスが響く。もうすぐ電車が到着するという。私はポケットからスマートフォンを取り出した。時刻にずれはない。大きな音が近付いてくる。――突然、手元のディスプレイがちらついた。いっぱいの大きさの何かが表れる。
「こんにちは」
いつの間にか、音量が上がっていた。出力されたのは、数週間で聞き慣れてしまった少女の音声である。
「電車が来ましたね」
無駄になったかに思われた全身モデルを、そのプログラムは十全に生かしてほほ笑んだ。
座席を得て、真っ先にイヤホンをつないだ。すると、また勝手に音量が調節されて、再び人間の声らしい音が届く。
「みなさんとの情報共有を円滑にするため、全員の携帯に私の端末をダウンロードしてみました。『モバイル律』とお呼びください」
私は言葉を返せなかった。
自己アップグレードを繰り返す人工知能は、担任の書いたプログラムで、今日も今日とて愚かな営みに精を出したらしい。まさかウイルスそのものだと拒絶するクラスメートは、誰一人としていないのだろうけれど。
操作中、モバイル律は度々顔を出した。
「保存されたデータへのアクセス権限を頂ければ、利用環境を最適化できますよ」
「より良いサービス提供のために、情報を収集してもよろしいですか」
「プライバシーは強力なセキュリティで継続的に保護されます」
「原則として、許可なく第三者へ、収集した情報を提供することはありません」
「インターネット検索は任せてください。最適化された検索結果で、快適なネットサーフィンをサポートします」
「メールが届きましたね。読み上げましょうか」
「人身事故の影響で遅れが出ているみたいです」
「明日は、また雨だそうですよ。傘を学校に忘れてはいませんか」
五月の終わりには替えのなかった衣装が、今や数十パターン。しぐさや語彙も、ますます豊かに。そこに、更に学習のフィールドを得てしまったとなると、考えることも莫迦らしい。開発者の目を盗んでのクラウドバックアップを、近々可能にするのだろう。
ありきたりな生徒の一人として、それから夜になるまでに、スマートフォンのアクセス権限をあらかた明け渡してやった。プライバシーは守るようだし、宣言が破られたところで困るデータは、そこにはない。
環境が最適化され、検索が楽になり、モバイル律によるバッテリー消費がさほどでもない、などの検証を終えるころ、また通知があった。
「烏間先生です」
当然のように、それは副担任の名を出した。うなずくと、メッセージを読み上げる。
「明日から転校生がもう一人加わる」
たったそれだけが、イヤホン越しに、硬い表情を思わせる声で伝えられた。これもこのモバイル律の、というより人工知能の機能の一つだ。文体から表情や正確を読むことができる。この場合は、学校で得た先生のデータも用いたのだろうが。
「いつもながら簡潔ですね」
受信履歴を遡ったのだろう。CGはにこやかに振る舞った。いつもどおり、
「お仲間?」
はっきりとしない表現に、そのアバターは迷わずうなずいた。
「初期の計画では、同時に投入されることになっていました。彼は近接戦向きに調整されていたので、私が遠距離から射撃でサポートする予定だったんです」
それが二つの理由から取り消されたという。一つは調整にかかる時間の差、もう一つはあまりに大きな性能の差。
初日に指を撃ち落としても性能不足とは、いったいどれほどの改造人間が来るのやら。固定砲台の時には「外見に特徴がある」と知らされていたが、今回は何もない。ということは、少なくとも普段は人間らしい外見をしているのだろう。あるいは、かれすら詳細を聞かされていないのかもしれない。
人工知能は首を横に振った。
「命令の変更が早かったので、私には情報が与えられていないんです。プロジェクトも独立してしまって――」
2
「堀部イトナだ。名前で呼んであげてください」
転校生は保護者を伴って現れた。席は今度こそ私の隣、つまり自律思考固定砲台の隣である。
予想のとおり、彼はごく人間らしい姿をしていた。渚君と同程度の小柄な体型に、短髪で、制服はブレザーのみが指定のもの。ブラウスの替わりに黒のハイネックをのぞかせているところと、白色のズボン、そして季節外れのファーティペットくらいが、精々の外見的特徴だろうか。奇妙と言えば、彼の保護者の、頭も顔も覆い隠す白装束のほうが、よほど奇妙である。――容姿に関しては。
それ以外はというと、こちらは数週前の転校生に勝るとも劣らず。あれが機械の転校生という非常識で強い印象を与えたとすれば、彼は教室の壁を突き破って席に着くという非常識で強い印象を与えた。うそみたいだが事実だ。ただ呼吸をして、ただ歩いて、ただ席に着く、その途中に壁があっただけだ、とでも言うように、私の背後の壁に穴を空けたのだ。おかげで、教室にいながら肌に雨の気配を感じる。雨音は、耳を澄ますまでもなく、ザアザアとうるさい。
袖に飛んできた木片を払ううちに、教室は静けさに包まれた。誰も彼も、担任すら反応に困っていた。
「ああそれと」
真白の保護者は、ものともしない。
「私も少々過保護でね、しばらくの間、彼のことを見守らせてもらいますよ」
並んで立つ担任の表情の、比較されてなんと滑稽なことか。彼は感情を隠せない。皮膚が、感情に応じて色を変えるのだ。だから、とはいえ、笑顔も真顔もつくれずにいることが、目と口の形からもよくわかる。もっとも保護者の方は、顔の色はおろか造形もわからないのだが。
時は穏やかに流れた。
「だって、俺たち、血を分けた兄弟なんだから」
一番動揺したのは、
「いやいやいや、全く心当たりありません! 先生、生まれも育ちも一人っ子ですから‼」
いわくの弟からも、その保護者からも、今に至るまで一切の補足がない。それどころか、どうも予告の放課後まで、何をするつもりもないらしい。他の生徒の暗殺に興味を示すこともしないのは、いっそ不気味だった。
「教科書も持ってくればよかったのにね」
反対側のクラスメートが口にしたとき、彼はグラビア雑誌を読んでいた。と、それくらいだろうか、彼の行いといえば。あとは、この昼休みの初めの食事。だが、それも、
甘党で巨乳好き。たことあだ名される怪物とでは比べるまでもなかった転校生に、ついに共通点が見つかったのである。今この教室には同じ表紙が三つ以上存在する。くしくも、うち二つを
「よっぽど自信があるんだ」
赤羽カルマは嫌みに続けた。話し相手は、当の本人を差し置いて、奥田さんと私であるわけだが。
「ってことは、明日から先生が替わってしまうんでしょうか」
奥田さんは
「どうだろうね」
ヒトとタコ、兄と弟。血縁でなし、クローンでなし。触手には触手を、改造人間には改造人間を。
その放課後、転校生の短い学校生活に一旦の幕が下りる。
転校生暗殺者などいなかったのだ。
放課後、ついに保護者が動いた。彼は教室を作り変えた。設営の終わったそこは、さながら格闘技の試合会場だった。リングを模して机が配置され、壁に沿っての観客席もある。中央に担任と転校生だけが招かれては、もう疑う余地はない。
知る限り、初めてとられた戦法だ。怪物の監視については現場の責任者とされる烏間先生すら知らず、そもそもターゲット自身が驚いていたのだから、実際そうだろう。マッハ二十の怪物に太刀打ちできるだけの性能を考えれば、当然の判断だった。
「リングの外に足が着いたら、その場で死刑‼ どうかな?」
それらしくルールが追加されると、いよいよ二人は、チャンピオンとチャレンジャーだった。尋ねる体をとりながら、チャンピオンが断る想定などみじんもないことだろう。もちろんうなずいた教師が、観客に危害を与えないよう付け加えることも、ルールの穴に気づかれることも、そのうえで塞がれないことも。全て想定内というわけだ。
めちゃくちゃなようで、周到に計算されている。チャレンジャーには勝算があるのだ。
触手同士の対決は、とても目で追えるようなものではなかった。状況の把握など、常人の視力では不可能に近い。
「この圧力光線を至近距離で照射すると、君の細胞はダイラタント挙動を起こし、一瞬、全身が硬直する」
「その脱皮は見た目よりもエネルギーを消耗する。よって、直後は自慢のスピードも低下するのさ」
「イトナの最初の奇襲で、腕を失い再生したね。それも体力を使うんだ」
「触手の扱いは精神状態に大きく左右される」
そうやって、ありったけに呪われなければ。
白装束の袖の奥が光った。圧力光線だ。
時間にして一分半。これだけの時間で、これだけ先生を傷つける暗殺者は、他にいないだろう。
「
3
梅雨が明けた途端、時々の晴れ間とは比べものにならないほどの日差しが襲ってきた。暑さが本格化する前に夏服に替わったが、その場しのぎにすぎない。しばらくは風を冷房の替わりにしたけれど。
とうとうプール開きの日が訪れた。その朝、隣の席に荷物が置かれると、
「鷹岡が辞めたんだってね」
その白々しい言葉で会話が始まった。夜には烏間先生の連絡もあっただろうに。だが、私は素直に答えてやる。
「最初の授業でクビになったよ」
「早っや!」
昨日、一昨日、たった二日間のできごとだ。鷹岡明という体育教師がやってきた。烏間先生の後任ということになる彼は、当然、防衛省の職員である。
E組の生徒は、体育の授業の時間に、暗殺の訓練をつけてもらっている。その教師もとい教官が、烏間先生だ。素人を相手になかなか良い指導をしていて、授業の評判は上々。とあっても鷹岡が派遣されたのは、彼をより重要なしごとに専念させるためだった。
――なんて、私こそ白々しいか。
夜になるまで知ることもなかった隣のクラスメートは、昨日、久しぶりに欠席した。新しい教官と訓練の素晴らしさを、前日から肌で感じてしまって熱でも出したのだろう。
そうした経緯をかいつまんで説明すると、赤羽カルマは目を見張って、僅か斜めへ頭を動かした。どれも初耳らしい。確かに放課後は体育教師の人事に関する簡潔な内容だったが、
「誰にも聞いてないの」
そんな疑問が、口をついて出た。彼は別の方向を気にしながらうなずいた。
「どうせ教室に来ればわかるじゃん」
「律にも?」
彼はまた肯定した。しかし今度はこちらを見て、おかしそうに笑う。
「あんたの口から律の名前が出るなんてね」
「何それ」
「怒らないで、っていうか、
視線が下にずれた。私の本のことを言っているらしい。ひとまずフィクションの趣味については、肯定していいとして、――私がいわゆるSFに多く手を伸ばしているのは、紛れもない事実なのだ。隠すつもりも、隠しているつもりも、どちらもない。
「律とは
「俺も映画はわりとチェックするかな」
「渚君たちと、よく映画の話してるもんね」
次に肯定したとき、彼の声には退屈が混ざっていた。よくあることだ。だが飽きてくれたわけではない。
「渚君どうだった」
話題が一つ前に戻った。
「これぞ暗殺って感じだったよ」
昨日のMVP、渚君。
烏間先生の時とはまるで異なる過重の準備運動に、度重なる暴力。それなりの建前には、担任も烏間先生も迂闊に手を出せない。しかし忍耐には限界があって、崩壊寸前、鷹岡は自分の進退を賭けた対戦を提案した。鷹岡と生徒の一対一。自分は素手だが、生徒はナイフを使っていい。ただし本物のナイフで。
「寸止めでも当たったことにしてやるよ」
暴力教師は笑って告げた。常套手段だったのだろう。彼には勝算しかなかったはずだ。
だが負けた。赤羽カルマにはぼかしたが、渚君には暗殺者向きの才能があるのだと思う。そう思わされるくらいには、鮮やかな手際だった。それほどのことをしておいて、終われば溶け込むようにクラスの輪に混ざるというのも、いかにもそれらしい。
――それとも、赤羽カルマは気づいていただろうか。もしかすると。今朝、ずっと気にかけている方向には、渚君の席がある。
そうであろうとなかろうと、教えてなどやらないけれど。せいぜい殺されてから気づけばいい。
「あー、プールめんどくさ」
「しょうがないよ、E組だもん」
などとぼやいたのが、数日前のこと。それには当校独自の風習によるE組特有の理由があったのだが、割愛する。今となっては、どうでもいい。鷹岡も忘れ去られたことだろう。重要なのは、裏山にプールがあるという事実だった。暑さがピークを迎える午後は、誰からも等しく待たれる時間となったのである。おおむね。
例外はいる。
「おれが、こいつを水の中にたたき落としてやっからよ‼」
この寺坂竜馬とか。
殺す、殺せなかった、次こそ殺す。こうした物騒な言葉が行き交う教室で、たった今、
これには反発が起きた。様々な理由があるが、一つ、誘い文句も問題だった。
「てめーらも全員手伝え」
と言いながら、自分は誰にも協力したことがないのである。断言していい。人工知能を見習ってほしいと考えてしまうくらいには、協調性がなかった。暗殺しかり、訓練しかり、授業しかり。
「どうやって先生を落とすんでしょうか」
寺坂君の去った教室で、奥田さんがかしげた。最大の謎だ。協力を要請する割に、説明は、たたき落とすの一点張りだ。それ自体は妥当だと思うけれど。――担任は泳げないのだ。正しくは、水を含むとほとんど動けなくなる。だからといって溺死するわけではないが、判明した中では最大級の弱点だ。
「教えてくれれば、協力のしようもあるんだけど」
「ていうか、失敗したらもう使えないんだし、もったいぶることないのにね」
本当に作戦があるとしたら、――生徒全員をプールに誘って先生に水を
教室ではあたりまえに、拒絶の声が上がっている。この全員がプールに落ちた担任を攻撃すれば、確かに殺せるのかもしれないけれど、私に考えられた作戦では、それはかなわない。
担任は、沢をせき止めてプールを造った。深さも広さも一般的なそれの、例えばせきを壊すとか。勢いよく流れ出す先には、岩場がある。十中八九、生徒は命の危機にさらされるだろう。そうなれば、彼は必ず助けにくる。助けようとする。そのとき自分を構う余裕はないだろう。流される三十人弱を助け出すころには、触手がたっぷりと水分を吸い、動きは相当に鈍くなる、という寸法だ。
もっとも、誰もそこを攻撃できない、という重大な欠陥が存在する。寺坂君一人や、そこに二、三人が加わったところで、誰もいないのと変わらない。
だから、まさかとは思うのだが。
放課後、まさかターゲットの方が乗り気になって、ほとんど全生徒が水着でプールに立たされていた。赤羽カルマがいないだけだ。プールサイドでは、アカデミックドレスの担任と、制服の寺坂君が向かい合っている。
「ピストル一丁では、先生を一歩すら動かせませんよ」
担任は顔に緑の横しまを浮かべた。状況をなめてかかるときの表情である。よく見られるので、よく知られている。
まあ、なめてかかってもしかたがないといえば、そのとおりだが。寺坂君は挑発されてなお、自信ありげだ。いったい、どこからわいてくるのだろう。よもや、そのピストルに込められているのが弾ではない、などとは言うまいな。
落とすから殺せ。直前になっても、結局、詳細が説明されることはなかった。クラスメートは、それでもしかたなしに、そうできたときのための作戦を固めた、ちょうど学年で一番泳ぎのうまい生徒がいるから、彼女を中心に。つまり、作戦などない。
そこにいなかった寺坂君は、ただ担任だけを見ている。表情には確信だけがあって、全く考えが読めない。それとも、それをおまえは思考とするのか。
担任に銃口が向く。
「覚悟はできたか、モンスター」
「もちろん、できてます」
モンスターがなめてかかるまま、間もなく寺坂君の指がトリガーに触れ、――ざぶりと、腰の周りで水が揺れた。いや、それより、爆音が先だった。本当にせきを壊すなんて!
体が抗いようのない力で押し流されていく。横で、奥田さんが悲鳴を上げた。ばたばたと手を動かしている。この先が危険だと、クラスメートの何人が理解しているだろうか。寺坂君などはまだ予想もついていないかもしれない。否。そんなわけがない。クソ、顔を見てやりたい。絶対に死にはしないだろうけれど。しかし、この体には刻一刻と死が迫っていた。今の私にはクローンがないのに。
幾人ものクラスメートが触手に巻き取られていくのを見ながら、心臓が冷えてゆくのを感じた。流されるうちに位置関係はめちゃくちゃになって、この期に及んで死にたくはないのだ。更に目の前で、奥田さんが絡め取られた。
直後、頼りなくなった触手が、私の体も浮き上がらせた。たっぷりと水を吸ったらしい。すぐに私は地面に下ろされて、先生は気にもせず水辺へ戻っていく。まだ多くのクラスメートが流されていた。
「これって」
奥田さんがそばにいた。
「爆弾だろうけど、どうやって」
と答えたのは私で、
「大丈夫?」
頭上からの声に遮られた。この場にいなかった人間のものだ。見上げると、水着を着てもいない男がいた。どうやら近くにいたらしい。
横で奥田さんがうなずいていた。私も彼女にならって、うなずいておく。実際、先生の自己犠牲のお陰で、かすり傷すらないのだ。このような状況で、生徒のことにばかり細心の注意を払っている。後に何が待つかを、予期できぬはずもないのに。
赤羽カルマは息をついて、プールだった所を指した。
「あそこ」
一目で全てに合点がいった。そういうことかよ。
「えっ、イトナ君⁉」
シロだ。梅雨時の転校生の、白ずくめの保護者。距離はあるけれど、先生と子供の戦いが見える高所に、一人たたずんでいる。こんな作戦を立てそうな男だった。彼の手駒は、ただ動きが鈍っただけの怪物を、たった一人で制圧できる。そんな改造人間を用意できるだけあって、爆弾などは造作もあるまい。
「寺坂君は利用されてたんだ」
「莫迦だよね」
先生の劣勢は明らかだ。今や全身ずぶぬれ、相手は生徒で、そして頭上の枝にも生徒がぶら下がっている。先生は彼女への攻撃に気を配らねばならず、自分の触手もめったに振り回せない。同じく敵の射程に、更に二人。
シロは前回から育成計画を見直したらしい。動きが以前とは違う。触手の数は減っているようだが、一撃ごとのキレが鋭くなったのではないか。少ない触手に意識を集中させたのかもしれない。――ともあれ、効果は抜群だ。先生は順調に追い込まれている。
「あんたなら、どうする」
赤羽カルマが言った。私が尋ねられていた。おもしろがっているわけではない目が、じっと見ていた。
「できるなら、あの二人の注意を引くけど」
答えてやったのに、返事はなかった。彼は無言で立ち上がる。その背中に情動が起きないのは、ある直感があったからだ。
同じことを考えていたに違いない、と。
4
「してやられたな」
プールの上で白色がつぶやいた。見下ろした所で、彼の改造人間は使い物にならなくなっている。水をかけられたのだ。同じ触手なら弱点も同じ。転校初日に示された、動かしようのない事実だ。
彼の綿密な作戦は、たかが子供に台なしにされたのだった。
「ここは引こう。――触手の制御細胞は、感情に大きく左右される危険な代物。この子らを皆殺しにでもしようものなら、反物質蔵がどう暴走するかわからん」
彼は兵器を二度、呼んだ。触手を逆立てたクラスメートは、そうしてやっと去っていく。
私は、しばらく水しぶきから目を離せなかった。
確かに聞いたのだ。
先生は、きっとミュータントではない。