キリングミュータント   作:糸冬いずく

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八月、そして夏祭り

  1

 

 ぺたりと窓がたたかれたとき、一日をそこで終えるつもりでいた。快適な環境だった。夏休みの終わりの日のことだ。

 ガラリと開いた窓から、柔らかい黄色が顔を出した。先生だ。この風変わりな家庭訪問は、休暇中にも何度かあったが、

「夏祭りに行きませんか」

 今日は少し用件が異なるようだ。

「椚ヶ丘神社で、今晩七時からです。今日思い至ってみんなに声をかけて回ってるんですが、断る人が多くて――」

 彼はハンカチで鼻をかんでみせた。わざとらしい。そして結果も当然といえる。この昼間に今晩の予定だなんて、急すぎる。だが、彼の悲しみように、冗談の影はなかった。一人も集まらなければ、死んでしまいそうだ。そうなってしまえば、地球のためにはなるだろうか。

 とまで考えておいて、

「みんなと夏祭りですか、良いですね」

 この私はそうした考えを持たないのだ。この私は理由もなく断らない。私はただ一日を自室で終えるつもりでいたのだ。

 突然のことなのに、友達と祭りへ行くのだと話せば、親は浴衣を出してくれた。白地に紫色の柄が入っている。下駄と合わせると歩きにくいことこのうえないが、これもまた断る理由がない。

 指定の集合場所へ行くと、似たり寄ったりの人混みに、E組はすぐ見つかった。時間ちょうどに先生が現れたときには、突然の呼びかけにしては、それなりの数になっていたように思う。

 それから、私は数名の女子と行動することになった。男女で別れたわけではないけれど。

「たこ焼き食べたいね」

「そうだね。あそこに、あるみたい」

 こうした具合だ。

 屋台の品は割高で、また祭りということでひどいにぎわいだが、この独特の空間を食べ歩くのは嫌いではない。おいしい物をおいしく食べる。そのどこに不幸があろうか。

 とはいえ、その平凡な幸福も、とある所でとある背中を見つけると、砂が風に吹かれるように失われた。かえって、あちらは当たりもしないような糸くじを握って、小脇には箱を抱えている。いたく満足げに。よりにもよって、一緒に歩いていたクラスメートが声をかけたので、私たちはぴたりと目を合わせることになった。

 無視などできない。それどころか、彼はこちらへ向かってくる。互いに気づいてしまった以上、この私が反応しないのは不自然だ。呼びかけた相手とだけ話しておけばいいのに、

「いやー、当たるもんだね」

 などと私を見た。

「おめでとう」

 答えながら奥田さんの姿を探しかけて、――今日、彼女はここにはいない。そう、いないのだ。いないのに赤羽カルマは話しかけてきた。やはり、あれは下世話な勘繰りでしかなかった。

 しかし、もう用済みだろうと背を向けることは、許されない。

「五千で当てたんだけど、やってみる? ま、ゲーム機は俺のなんだけど」

「やらないよ」

 集合したときには目も合わなかったことが、まるでうそみたいだ。それどころか記憶によれば、私に対する最後の言葉は「むかつく」のに連続だったわけだが。いったい、どういう神経の持ち主だろう。いや、考える時間が無駄か。

 元より、させたかったわけではないのだろう。彼はそれ以上を言わなかった。かわりに、私の買物袋を見た。

「どこで買ったの」

「たこ焼きなら、あそこの――」

「連れてってよ」

「えっ」

 お断りします、と口が動くことはなかった。「でも」と続けて、形式的に後ろを向く。今、私には同行者がいるのだから、彼女たちにこそ断りを入れなければならない。脳はそう判断したらしかった。案内したくない本心は、この私とは無関係なのだ。

 うかがった先で一人が言った。

「私たちのことは気にしないで」

 同調するように、残りがうなずいた。一般的な女子中学生であるところの私は、それなら、と正面に向き直った。

「たこ焼きの屋台だったっけ」

「そうそう、よろしくね」

 

 難しい道はなかった。むしろ易しかった。わざわざ案内するまでもなく、口頭説明で事足りる。特に赤羽カルマが相手なら。だが実際は、その易しい短い道のりを、並んで歩いた。

 新しい同行者が手荷物を増やして戻ってくるのを見ても、礼を言われたって、優越感はわかなかった。

「焼きそば買ってないよね」

「買ってないけど」

 答えて、隣の屋台を見る。最初に来たときも、こうして焼きそばを買う話をした。まだ一時間もたたないが、あのときは買わなかった。

 対して、今度のクラスメートは、

「俺買ってくるから、待ってて」

 それで終わりもしなかった。二分と待たずに戻ってくると、次は反対側のお面を見たいと言う。断れず着いていけば、更にその隣でくじを引き、ジュースを買い、かき氷を吟味して、――なぜかいけ好かないクラスメートと屋台を回る羽目になっていた。

 隣のクラスメートは、かき氷を片手に、その価格を笑った。ぼったくりだと言いたいらしい。それでも、たこ焼きも焼きそばも、ジュースも買った。射的もやった。そこではE組きってのスナイパーの顔が「出禁」の文字と共にでかでかと張り出されていることを笑ったのだったか。

 どうして、こうなったのだろう。初めはたこ焼き屋を教えるだけだったはずだ。理由がわからない。理由がない。彼は知り合いとすれ違っても、それが渚君であっても、彼らと合流しやしなかった。でも、私とは歩いた。

 ついには神社を一周した。最後の屋台はフライドポテト。四百円。

「一番高いのと安いの買って、半分にしようよ」

「それってポテトのこと?」

 私たちは同じところを見ていた。

「うん。それで最後にしようぜ」

「いいけど、何かあるの」

「えっ、花火見ないの?」

 えっ、花火まで一緒に見るのかよ。――顔に出てしまったかもしれない。ということは、そのくらいはこの私も考えるということだ。無理もない。彼との行動も、そもそも祭り自体が突然だったのだ。何もなければ、私は今も部屋で本を読んでいて、そうでなくとも女子の隣で花火を見たのだろう。

「よく見える所、知ってるよ」

 決して、この男の隣ではない。

 

  2

 

 百円のポテトを持って、河原沿いをしばらく歩いた。いや、かなり歩かされた。隣の六百円がようやく腰を下ろしたので、私は間に袋を置いた。

 周囲に人は少なかったが、確かに花火はよく見えた。折良く上がった一発めが、鮮やかに夜を照らす。大きな音が響く。私はたこ焼きを一つ口に運んだ。

 赤、黄、緑、青、紫。何色ともつかずヒュルヒュルと上っては、色をつけて花開いた。夏らしい夜空だ。地球最期の、――と、突き刺そうとして、器が重さをなくしたことを思い出す。片付けて、次はフランクフルトをつかんだ。同じ容器に一本残ったが、それは同行者の分だ。彼はというと、今は焼きそばを食べている。

 また花火が上がった。

「その浴衣、似合ってないよ」

 赤色の、ありきたりな一つ。大きな音がした。そんなところで彼が言った。花火に紛らすようで、少しもできていない。否、そのつもりだったのだろう。そうだ、と、それは確信に近かった。そうであったなら、一切合切の説明がつくのだ。ひどい嫌がらせだった。

 そんなことのために、こんな所まで歩かせるなんて。信じがたいけれど、こんなことのために。人生最後の夏休み、人生最後の夏祭り、それらの終わりを、私は付き合わされたのだ。

「せっかくなのに、嫌なこと言うよね」

「白、好きなんだ」

 やつは返事など、まるで聞かなかったように続けた。

「好きだよ」

 私は律儀に返した。そう推測されるほど、身の回りに白色を置いているからだ。肯定した方が自然だった。

 花火を見ていた顔を横に向けた。隣の男がどんな顔をしているのか、ふと気になって。今日も、そもそも五月から、彼の思考も目的も何もわからずにいる。私たちの関係性はすっかり変わってしまった。私は、彼が嫌がらせどころか関心も持たないような、つまらないクラスメートでいたはずなのに。この実力主義の学校で、勉強ばかりして、A組に行くような友人を選んで、ありきたりに過ごしていたはずなのに。

 不意に向けたはずの視線は、向かいの二つと重なった。やはり意図はわからなかった。奇麗な花火が上がっているのに、彼はじっと見ていたのだ。

「あんたには黒が似合ってる」

 空がまぶしく光って、爆音が鳴った。たちまち男の顔に陰ができる。表情が見えたのは一瞬だ。そして、言葉の意味をかみしめ、どくりと不規則な心音を聞いた。

「縁がなくて考えたこともなかった」

 私こそ表情が外に出るわけもないのに、無性に水を飲みたくなった。ちょうど、水っぽくなったかき氷を持っている。

「一つアドバイスってことで」

「参考にするよ」

 一言、それからストローでかき氷を飲んだ。甘い味が口に広がった。もう涼しさを覚えるほどにも冷たくない。だからだろうか、まだ飲み足りない。だがジュースを取り出す前に、赤羽カルマがつぶやいた。そして、そらすように正面を見る。

「そういうところが、むかつくんだよね」

「この間から嫌なこと言うよね」

「どうも、知ってたでしょ。ずっと同じクラスなんだから」

 つい、の返事に、彼は傷ついた素振りも見せず返した。また嫌な言い方だった。この私なら傷ついてしまうような。だから控えめに肯定した。少しためらってみて。

 それがまた、気に入らなかったらしい。なぜか。

「ほんと、そういうとこだよ。嫌なやつ」

 まるで傷つけたがっているのに。

「俺ははっきり言ってやるけど。おまえみたいに嫌なやつ、他に知らないね」

 そんなことを言う。私は、いったいどんな顔をすればいいのだろう。笑ってみようか、泣いてみようか、それとも、――沖縄旅行でのトラブルを思い返せば、最低の評価だった。具体例を挙げられる。つまり私は鷹岡明より醜悪な人間だと言われているのだ。

 何から何まで無駄だったのだ。私は無様にもがいていたのだ。ただ平和な世界で平穏を望んだだけで。あるいは先生に地球を破壊させたかっただけで。

 その過不足ない()()のブラックリストに、いつものように一人を追加して、それでは終わらなかったのだ。

 どうして、とどれだけ気にしても、しかしミュータントパワーを使う気は起きなかった。なにも死ぬわけではないのだから。これは妥協だろうか。いや保身だ。ミュータントパワーはミュータントの証。「ミュータント(はんぎゃくしゃ)のしわざ」は弁解の常套句だったではないか。

「なに笑ってんの」

「だって、あんまりひどいこと言うんだもん。私にも赤羽くんが嫌な人間に見えてくる」

「ずっと思ってたの間違いだろ」

 よくご存じのようで。とは、答えてやらない。けれど、続きは決まっていたらしい。

「もう決めたんだ。三月までに、おまえのことも殺してやるよ」

 花火が再び上がった。空に赤色がきらきらと輝いている。

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