魂の在り処   作:金魚鉢の金魚

1 / 3
本作品は、「小説家になろう」投稿作品「シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~」の二次創作となります。

作者である硬梨菜様には、いつも楽しい時間をいただいていることに何よりの感謝を。

【注意事項】
 読んでいるだけでテンションが上がっていく作者様のような筆力はありません。
 また、独自設定は勿論、設定の見落とし、解釈誤り等が多分に含まれている恐れがあります。
 それでも良いという奇特な方は、しばしお付き合い下さい。

 幕末汚染度:低
 これは、一人の青年が金魚鉢の中に魂の在り処を見つける話。



魂の在り処

 抜けるような青空。正しく天晴れな天気。

 気持ちの良い風を感じて、シノギは一つ頷いた。

 

「悪くないじゃないか」

 

 時代劇でよく見た風景。江戸を模して造られたという街並みに、シノギは楽し気に目を細める。

 浪人風の自分の衣装は、継ぎ当てだらけで少々みすぼらしいが、最初はこんなものだろう。

 ワクワクとした心に押されて、一歩踏み出して―――

 

「チュー―――」

 

 直後、視界が暗転した。 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 知らない天井を見つめる。

 所々に穴が開いていて、差し込む日差しが少しばかり目に痛い。

 むくりと身を起こして周囲を見回せば、壁にも幾つもの穴が開いていた。

 打ち捨てられたボロ小屋。自分が転がっていたのは、そんな場所らしい。

 

「え? は?」

 

 呆然とした面持ちでシノギは首を捻る。頭の中は疑問符だらけだった。

 いきなり視界が真っ暗になって、次の瞬間には別の場所にいた。意味が分からない。

 とはいえ、ここで呆けていても仕方がない。狐につままれたような気分のまま、傍らに転がっていた打刀を手に立ち上がる。

 

 ボロボロの木戸を開くと、その先に立っていた男と目が合った。

 大上段に刀を構え、彼はにっこりと笑う。

 

「ようこそ」

「え? あ、ど、どうも―――」

 

 朗らかな声に、混乱したまま愛想笑いを返す。

 そして、シノギは両断された。

 

「天誅」

 

 視界が暗転する寸前。そんな言葉が聞こえた気がした。

 

 

 知っている天井を見つめる。ボロ小屋の天井。

 差し込む日差しに目を細めながら、シノギはようやく理解していた。

 つまり。

 

(つまり、俺は殺されたらしい。おそらく、これで二回目)

 

 死んで、ここで目覚めた。要はそういうことなのだろう。

 寝転んだまま首を動かせば、ボロボロの木戸が目に入る。

 その向こう側を睨みつけながら、シノギは身を起こした。傍らの打刀を手に取る。

 

「…………」

 

 抜いた刀を右手に、左手を木戸へと伸ばしながら、ゆっくりと深呼吸。 

 胸中で、カウント。

 

(十、九、八、七―――……)

 

 ゼロと同時に戸を開け放つ。思い切って飛び出しながら、シノギは刀を横薙ぎに振るった。

 ヒュッと音を立てて、刃が虚しく空を切る。

 

(いないか!)

 

 流石に二度続けて正面で待機している、ということはないらしい。

 舌打ちしながら、素早く左右へと視線を巡らせる。チリっと、うなじのあたりが疼く。

 直後―――

 

「天っちゅうううう――――ッ!」

 

 上空から襲い掛かってきた刃に、シノギは頭を叩き割られた。

 

 

 知っている天井。

 むくりと、シノギは身を起こした。

 

「…………」

 

 無言のまま、傍らの打刀を手に、木戸を蹴り開ける。

 直後、一斉に飛びかかってきた複数の人影に滅多刺しにされた。

 

 

 知っている天井。外に出る。死ぬ。知っている天井。外に出る。死ぬ。知っている天井。外に出る―――……

 

 もはや見飽きた天井。シノギは身を起こした。

 ここに来てから、既に一時間超。だが、未だに外に出て一分を超えた試しがない。

 刀は手に取らない。そのまま、据わった眼差しで木製の戸を睨む。

 

『和風もののフルダイブVRゲーム? それなら―――』

 

 脳裏に浮かぶのは、別のゲームで知り合った友人の言葉。

 『鹿追』という名前で遊んでいるから、始めたら合流しようと言っていたヤツは、今どこにいるのか。

 

『結構ニッチだから、プレイ人数は少ないけど、作り込みはしっかりしているし、プレイヤー間でギスッたりしていないし、和気藹々と楽しめるからオススメ』

 

 あの大嘘吐きは絶対殺す。

 固く誓いながら、シノギは刀を掴んで立ち上がった。

 

『辻斬・狂想曲:オンライン』

 通称、幕末。

 

 鹿追から薦められたVRゲームの名前である。

 何やら物騒な名前だなと思ったが、ネット上の評判は上々だった。

 公開されているスクリーンショットに写るプレイヤーは、本当に楽しそうに笑っていて、ギスギス感もなかった。皆、それはそれは楽しそうに、斬ったり斬られたりしていた。

 

(いや。「笑顔で斬り合っている」という所で、何かおかしいと感じるべきだった気がする)

 

 鹿追は殺す。だが、よく考えると、自分の目も節穴だったのだろう。

 始めたゲームは、とんだクソゲーだった。

 延々と続くリスキル地獄。死亡回数は、もうじき三桁。しかも、話を聞きつけたのか、時間と共に初心者狩りどもの数が増えている。そろそろ心が折れそう。

 とはいえ、このまま止めるのは、流石に情けない。

 故に、瞳の奥に暗い熾火を点して、シノギは朽ちかけた木戸を開け放った。

 

「天誅ぅううああああ!!!」

「うるさい!! 死ねぇええ!!」

 

 壊れたような笑顔の男に、怨念を込めた刃を叩きつけて、シノギは吠えた。

 十数秒後、袋叩きにされて、ボロ小屋に送り返された。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 シノギは、走っていた。

 

「ウェルカム天誅ァアアア!!」

「―――お構いなくっ!!」

 

 振り下ろされた刃を弾き、しかし追撃はしない。その必要がない。

 攻撃を捌かれ、体が泳いだ男の胸から刃が生える。あからさまに隙を見せた男を、誰かが背後から刺したのだ。

 ゲフっと声を漏らす男の脇を駆け抜ける。下手人と一瞬目が合った。昏い瞳。きっと自分も似たような眼をしているのだろう。

 

 走る。

 

「天誅ぅううう!!」

 

 上空から降ってくる声に、進路変更。同時に、頭から飛び込むように体を投げ出す。そのまま、転がる勢いを利用して立ち上がる。

 

 走る。

 

 背後に落下した誰かは、追いかけては来なかった。別の誰かに天誅されたのだろう。

 あるいは、別の誰かを天誅しているのか。

 

 走る。

 

 ボロ小屋のあった裏通りから、少し大きな通りへと差し掛かる。

 チリチリとしたうなじの疼き。それが僅かに強まった気がした。嫌な予感を覚えて急停止。即座に後退。

 

「運命の出会い天誅!!」

 

 どら焼きを咥えた女が、建物の角から飛び出してきた。

 朱塗りの大槍が目前を貫く。矛に返しが付いている。刺し貫かれたら、逃げられなくなるだろう。

 ぐりんと、女の顔がこちらを向いた。一瞬でどら焼きが咀嚼され口の中に消えていく。

 女が笑った。素敵な笑顔だ。

 シノギも笑った。いや、単に顔が引きつっただけだ。

 

(やばい)

 

 陰のない、楽しさだけが一杯に詰まった良い笑顔。こういう連中はヤバイ。

 これまでの経験から―――二時間程度の乏しいものではあるが―――、シノギは何となく、対峙する相手の脅威度が分かるようになっていた。

 

 昏い、澱んだ目をした連中は、それほどでもない。無論、自分にとっては格上なのだが、それでも逃げに徹すれば、逃げ切れる。囲まれれば死ぬが。

 だが、満面の笑みを浮かべていたり、澄んだ目をしている連中は駄目だ。

 ステータスも武器の性能も、プレイヤースキルも段違いで、ゲーム開始直後の自分が対応できる相手ではない。何より、相対するには同等の狂気が必要だ。

 

(誰か、誰か……)

 

 押し付ける先を探して視線を動かす。だが、近くにプレイヤーがいない。

 追手連中の気配は、なぜか唐突に消えていた。役立たず共めと、シノギは毒づいた。

 

「あはっ」

 

 鮮やかな緋色の和服。小柄に見合わぬ大身槍。

 くるりと槍を回して、彼女は艶やかに微笑んだ。

 ばちこーん、とウィンクを一つ。次瞬、その姿がブレた。

 

「~~~~~ッ!!」

 

 咄嗟に傾けた頭の横を朱槍が貫く。

 キュボッという空気が抉り抜かれた音に背筋が粟立った。止まるなと、シノギは萎えそうな脚を叱咤して踏み込んだ。

 

(槍が引き戻される前に―――!)

 

 避けられるとは思っていなかったのか、槍女が目を丸くしている。

 槍が引き戻されるまでの一刹那。加速した世界の中で、シノギは、格上の相手を驚かせたことに、知らず笑みを浮かべる。

 一歩で刀の間合いに入る。反撃など考えない。どうせ防がれる。

 二歩。加速しながら、槍女の隣へ。

 そして、三歩目。彼女の背後へと抜けて、大通りへと至る。

 

(抜けた!)

 

 五歩。六歩。大通りを歩くNPC達の中へと紛れ込めば、追撃の手も止まるだろう。

 そんな風に甘いことを考えて。

 

「つれないね」

 

 耳元で囁かれた甘い声に、背筋が凍った。

 誰の声かなど、考えるまでもない。

 

「いけず天誅」

「ぐべ!?」

 

 シノギは、ボロ小屋送りになった。

 記録更新。五分くらい生存。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 餡の詰まった饅頭を一口。

 

「鹿追、ね」

 

 濃いめに淹れられた緑茶を口に含む。餡の甘さがお茶に溶ける。餡の甘さとお茶の香りが融合して口の中にハーモニーを広げる。

 

「知られてない名前だね。少なくともランカーの類ではないわ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 大通りの茶屋。

 隣でみたらし団子を食べる女。その傍らには朱塗りの大槍。

 お茶を飲みながら、シノギは首を傾げた。

 

(なんで俺、自分を殺した相手とお茶してるんだろうか)

 

 しかも、相手のおごりで。

 にっこりと笑う彼女から視線を外し、シノギは湯呑みを置いた。

 

「どうして、助けてくれたんですか?」

「うん? 君とお茶をしたかったからだよ」

 

 何度目になるのか分からないリスポーンを経て、ボロ小屋を出たシノギを待っていたのは、相変わらずの天誅の嵐……ではなかった。

 直前にNPCごと己を壁に縫い付けて、ボロ小屋送りにした女。彼女が一人、笑顔で小屋の前に立っていた時は、思わず回れ右をしてログアウトすることを考えた。

 そんな彼女から「お茶をしよう」と連れてこられたのが、今いる茶屋である。

 その間、チュートリアル天誅などと叫んで斬りかかってくる連中の姿はなく、故に、シノギの生存時間は過去最長記録を更新し続けている。

 

(何やったんだろうな。この人)

 

 死んで蘇って、あのボロ小屋を出るまでの時間は、一分あったかどうか。

 そのわずかな時間で、大通りからボロ小屋前まで移動し、かつあの場に集まっていた連中を排除した。

 まさか、力ずくではないだろうが、方法がさっぱり分からない。

 

「このまま、人を探すにせよ、君はその前にやるべきことがあると思う」

「やるべきこと?」

 

 首を傾げるシノギに女が頷いた。お茶で口を湿らせて、続きを口にする。

 

「『幕府軍』と『維新軍』、そのどちらかに所属すること。

 リスポーン地点を宿舎に変えれば、リスキル狙いは減るから、今よりは大分マシになる」

「……リスキル狙いが、減る?」

「宿舎に入ってきた敵対勢力のプレイヤーは、もれなく袋叩きに合うから」

 

 だから、宿舎から出るまでは、リスキル狙いが自勢力のプレイヤーだけになる。単純に考えても半減だと、そう続けられた言葉に、シノギは半眼になった。

 何で同じ勢力のプレイヤーからリスキルされるのか。

 そういうものだと、女は笑った。そういうものなのかと、シノギはため息をついた。

 

「イベントアイテムのイチト質屋流しで一時解散の承諾を取り付けたけれど、今頃は連中もチュートリアル通りに再集合しているハズ。

 このまま、リスポーン場所を変えずに天誅されたら、また、さっきまでのリスキル地獄が始まるよ」

「イチト質屋流し?」

 

 聞きなれない単語に首を傾げると、アイテムを質屋に流すことで、他者の手に渡るようにすることらしい。

 つまり、彼女はシノギとお茶をするために、交渉に値するようなアイテムを失ったということになる。

 

「……何でそこまで」

「ふふ。誘ったのは私だし、大したアイテムじゃないから気にしないで。それで―――」

 

 どちらの勢力に所属するのかと、彼女は続けた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 『辻斬・狂想曲:オンライン』における基本的な世界観は、幕末期の日本準拠となっている。

 プレイヤーの多くは、『幕府軍』か『維新軍』に所属して、己が得物を頼りに動乱の時代を駆け抜けていくのだ。

 どちらの勢力に所属するか、についての判断基準で大きなものは、やはりプレイヤーの好みだろう。新選組ファンなら『幕府軍』だろうし、維新志士好きなら『維新軍』といったように。

 

 特段の思い入れがないならば、勢力別に得られるボーナスの内容だろうか。

 『幕府軍』に所属したプレイヤーは、基本となる刀剣系スキルにボーナスが付き、『維新軍』に所属したプレイヤーは鉄砲を武器として使用可能になる。

 

(ボーナス内容で選ぶにしても、結局は好みか)

 

 斬り合いが好きか、銃も使いたいか。やはり好みなのだろうと、シノギは思う。

 無事に『幕府軍』に登録を済ませ、宿舎の外へと足を向ける。

 何はともあれ、ようやく一息ついた。

 外で待っている女―――朱塗りの大槍を目印に歩を進めながら、本格的に鹿追を探す算段を考える。

 

「新人さん、ご歓迎天誅ゥウウウ!!」

 

 上から降ってきた誰かに、両断された。

 槍女が、肩を震わせて顔を背けたのが見えた気がした。

 

 

 

 

 本日の天気予報。晴れのち天誅。ところにより花火が降るでしょう。

 

 

 

 

 

「天ッッちぐばぁあ!?」

「大甘ね」

 

 屋根から飛び降りてきた刺客を、中空で朱色の槍が串刺しにする。

 そのまま、穂先の死体を槌頭に見立てて、側方から突っ込んで来る男へと叩きつけた。

 鈍い音が響く。女が笑って、大槍を旋回させた。死体が刺さったままの大槍が、周りの雑魚共をなぎ倒す。

 

「あはははは。肉槌天誅!!」

「ぎゃば!?」

 

 穂先に返しが付いているために、突き刺さった死体が中々抜けない。

 それを良しとして、楽しそうに肉の大槌を振り回す姿に、シノギは「うわぁ」とドン引きしながら刀を振った。

 こちらの方が弱そうだと、正しく見極めた襲撃者。その刃を弾いて逸らす。

 

「ちっ」

 

 手に感じる痺れに顔をしかめながら、シノギは襲撃者に肩口からぶつかっていく。

 ひらりとかわされて、背後を取られる。襲撃者の刃が閃いた。

 

「マタドール天誅!」

「なんのぉおお!」

 

 突撃の勢いのまま、前方に倒れ込む。横薙ぎに走った銀の光跡が空を斬る。

 斬撃エフェクトが描く三日月を見上げながら、土の上を倒れたまま滑る。

 一太刀目はかわせた。だが、次は無理だ。

 襲撃者が追撃の太刀を振り上げる。刃が陽光を受けてきらめいた。

 こちらは、まだ立ち上がることすら出来ていない。だが、シノギは笑う。

 

「辞世の句を詠んでもるぁ嗚呼ああ!?」

「ほーむらん!!」

 

 いつの間に接近してきたのか。槍女が生み出した暴風が唸りを上げる。横殴りに肉槌をぶち込まれた襲撃者が、シノギの視界から吹き飛んだ。

 その衝撃でやっと外れたらしい、誰かの死体もすっ飛んでいく。

 

「……やれやれ」

 

 壁にぶち当たって目を回している襲撃者へと、嬉々として飛び掛かっていく女の姿に身震いしながら、シノギは体を起こす。

 見回せば、死屍累々。しかし、思ったよりも数が少ない。

 

(手強いと見て諦めた?)

 

 あるいは、別の手を打つため、仕切り直しに退いたか。

 何にせよ、デコイとしてのお役は果たせたらしい。ブンブンと手を振るご満悦な女に手を振り返し、シノギは天を見上げた。

 

「……俺、何やってるんだろう」

 

 残念ながら、天の応えはない。

 

 もっとも、『真っ当に遊べている現状』に不満など口にすればバチが当たるだろう。

 本来なら、自分は狩られるだけの存在だ。ヒエラルキー的には最下層に位置すると言って良い。ゲーム開始から二時間ちょっとの、先達に斬られるための新品の的。

 それが、デコイ役とはいえ、どういうワケか狩る側に立っている。

 

 当たり前だが、自分が新人の中で群を抜いて強い、などとシノギは思わない。

 その原因―――朱塗りの鮮やかな大槍を見つめる。

 彼女と離れた瞬間、自分はあるべき立ち位置に戻るだろう。

 

(まさか、善意なワケないよな)

 

 なぜ、彼女が自分と一緒にいるのかが分からない。

 初遭遇時に問答無用でぶっ殺された以上、彼女が他のプレイヤーと比べて善良である、なんてことはないハズだ。

 かといって、気に入られているとも思わない。何しろ、自分は彼女から名前すら教えてもらっていないのだ。

 今の『真っ当に遊べている異常事態』に、どこか薄ら寒いものを感じて、シノギは女の笑顔から目を逸らした。

 

「新人君。大丈夫かい?」

「ええ。おかげ様で」

「それなら良かった。さて、そろそろ気をつけないと危ないかな」

「危ない?」

「うん。でも、説明は後だね」

 

 いつでもどこでも天誅と刃閃くこの世界で、あえて注意を促す理由。

 そんなもの一つしかあるまい。

 女が笑みを浮かべながら槍を握り直す。そこに警戒の色を見て、シノギは彼女の視線の先を追う。

 男が一人。立っていた。

 

 

 つい先ほどまで乱戦が繰り広げられていた長屋地帯の一角。

 今は、打って変わって静寂が支配していた。

 

 人影は三つ。

 黒漆の太刀を肩に担いだ編み笠の男。

 対峙する朱塗りの大槍を構えた女。

 そして、初期刀を手にしたボロい衣装の男。

 

(場違い!!)

 

 ちょっと恥ずかしい。シノギは、ばら撒かれた持ち主不在の刀剣を物欲しそうに見やる。

 自分が倒したワケではないので、アレを漁るのは少し恰好悪い。だがしかし……

 

「リア充滅ぶべし」

「壁ならそこにあるよ」

 

 問答する槍女と笠男の向こう側―――建物の角から現れた農民らしきNPCが、剣呑な空気を感じてか、そそくさと戻っていく。

 鍬を担いだその姿を見て、自分たちがいる場所が長屋地帯であることに思い至る。

 

(住民大迷惑!!)

 

 直後、空気が動いた。

 仕掛けたのは槍女。鋭い呼気と共に朱槍を振り下ろす。

 

「温い!!」

 

 編み笠の死角。弧を描いて頭上から襲い掛かった穂先を、男は難なく弾く。

 次瞬、一足で槍女を太刀の間合いに捉える。豪風が渦巻いた。

 

「おっと」

 

 横薙ぎに振るわれた太刀を、女は宙へと舞ってやり過ごす。

 そのまま、虚空で槍を手繰り、独楽の様にクルクルと回る。その勢いを乗せて、穂先、石突きと続けざまに反撃を撃ち放つ。

 だが、その全てを男は太刀で払い除け―――

 

「っらぁ!!」

「おおっ!?」

 

 蹴りをぶち込まれた女が吹き飛んだ。

 

(これは、俺、死んだな)

 

 思いながら、吹き飛ぶ女と入れ違いにシノギが前へと飛び出す。

 女が体勢を立て直す数秒を稼げれば御の字だろう。そう思いながら打刀を振るう。

 弾かれた。

 編み笠の男が吠える。

 

「女に守られてんじゃねぇよ!!」

「開始二時間ちょっとの新人に無茶言うな!!」

 

 振り下ろされた太刀を、体を横に振ってかわす。

 続く横薙ぎを、咄嗟にしゃがみ込んで頭上に流す。

 

(やばい速い。見えるけど追いつけない!!)

 

 隙の多い大振りであるハズなのに、先読みしてもギリギリでかわすのが精一杯。

 シノギは声にならない悲鳴を上げながら、立ち上がる勢いを推進力に換える。太刀を振り抜いた男へと、大きく踏み込み込んでの突き。

 だが、すでに男の姿はない。

 

「はあ!?」

 

 太刀を振り抜いた勢いを殺さずに、左足を軸に旋回したらしい。

「無理じゃない!? それ転倒しない!?」というシノギの内心を他所に、男は華麗に新人の突撃をかわした。

 

「マタドール天誅!」

 

 背後から声が聞こえる。突きを放った直後、踏み込んだ足に重心が乗っている。

 一瞬の硬直がある。かわせない。否、とシノギは胸中で叫んだ。

 

(こなくそぉおおお―――ッ!!)

 

 踏み込んだ足に体を引き付ける。同時に地面を蹴って、さらに前方へ。

 つんのめりながら、数歩分の距離を稼ぐ。

 

(追撃がなかった?)

 

 振り返れば、生きている理由は明白だった。

 笠男が大きく距離を取っている。代わりに槍女がシノギの背後に立っていた。

 どうやら復帰してきたらしい。

 

「助かったよ。ありがとう」

「いや。こちらこそ」

 

 肩を並べる。一瞬視線を交わして笑い合う。

 直後、何故か笠男がイラついたように飛び込んできた。

 

「リア充爆発天誅ゥウウウウ!!」

 

 雷の如き速度を以て、男の太刀が振り下ろされる。

 凄まじい気勢の乗った、しかし、妙に雑なその一撃を、シノギと槍女は左右に分かれてかわす。間髪入れず、二人は同時に反撃した。

 渾身の一撃の直後。これ以上ないタイミングで、打刀が男の胴を横に薙ぐ。

 だが、威力が足りていない。致命傷にはならず、男が切り返しの刃を振るおうと―――

 

「―――二人の共同天誅」

 

 朱塗りの槍が編み笠を貫いていた。

 

 

 崩れ落ちる男の姿に、シノギの口からため息がこぼれる。クルリと槍を回す女と目が合って、お互いの健闘を称えて笑い合う。

 

「お疲れさ」

 

 何か飛んできた。ボールのようなそれは、倒れた男の笠に当たり、閃光を放つ。

 轟音。衝撃。世界が回った。

 

「な、ななな!?」

 

 混乱する頭を動かせば、自分が宙を舞っているのに気が付いて、さらに混乱する。

 建物の破片らしきものと一緒に、青い空へと吸い込まれていく。

 

「な、何これーーーー!?」

「あっはっはっは。やられた!!」

 

 悲鳴を上げるシノギに、笑い声が応える。視線を向ければ、すぐ近くに女の姿があった。

「リア充爆発した」と楽し気に笑う彼女に、シノギは口を開きかけ、止めた。

 その笑顔を見て、どうでも良くなったのだ。何かがストンと胸に落ちる。こういうのを、腑に落ちたというのだろうか。

 

 彼女の笑みに昏いものはない。一杯の楽しさを詰め込んだ笑顔。

 それは、仲の良い友達と遊ぶ子供のような―――

 

 空へと視線を移す。抜けるような青空が、視界一杯に広がっている。

 

(ああ。いい天気だな)

 

 シノギは、槍女と同じように笑った。そして、地面へと落下した。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 二人で並んで、お茶を飲む。

 

「最後のアレは、紅蓮寧土の仕業だろうね」

「紅蓮寧土」

「ランカーの一人だよ。花火を鍬で飛ばしてくる変わり種」

 

 幕末弾道物理学の権威なのだそうだ。幕末弾道物理学って何だ。

 要は、自分たちは、投げ込まれた花火に吹き飛ばされたということらしい。

 爆発そのもので即死しなかったのは、運が良かったのか威力が低かったのか。

 

「根城に近いから注意しておかないと、とは思っていたんだけれどね。

 笠の男が強かったから、綺麗に忘れちゃってたよ」

「絶妙なタイミングだったな。あれ」

「完璧な余韻天誅だったね」

 

 強敵を倒して意識が弛緩した一瞬。もはや芸術の域だろうと、女は笑う。

 近接武器ならともかく、遠距離からの投擲でアレは神業だとシノギも頷いた。

 

「このゲームのランカーって、皆、あんな変態なのか?」

「うーん。概ねそうだね。でも頂点は、さらに別次元」

 

 そっかー、とシノギは笑って湯呑を置いた。一息ついて、空を見上げる。

 そろそろ日が暮れる。

 綺麗な夕焼けに目を細めて、大福に手を伸ばした。

 

「ところで、鹿追さんや」

「何かなシノギ君」

 

 シノギは、もぐもぐと大福を咀嚼する。ごくりと呑み込んで、軽く手を合わせた。

 ごちそうさま。

 

 立て掛けていた刀に手を伸ばす。

 隣で女が、朱槍を手に取る気配を感じながら、勘定を置いて立ち上がる。

 シノギは「うん」と一つ頷いて笑った。

 

「楽しいゲームを紹介してくれてありがとう天誅」

「いやいや気に入ってくれて良かったよ天誅」

 

 打刀と朱槍が交錯する。誰かが漁夫の利を狙って仕掛けてくる。

 間髪入れずに二人で迎え討ち、いえーいとハイタッチ代わりに再び刃を交わす。

 

 ―――天が笑った気がした。

 

 

 

 

 

 これは、一人の青年が金魚鉢の中に魂の在り処を見つけた話。

 

 今はまだ、金魚どころかその糞にすぎない彼。

 鮫になる日が来るかは、まだ分からない。

 

 




 お付き合いいただき、ありがとうございました。
 多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。

 原作たるシャングリラ・フロンティアは、読んでるだけでテンション上がるし、設定は綿密かつ大量だしと、物凄くお薦めです。
 絶対損はしないと思うので、是非一読するが良いと思います。



 なお、笠男の死因は、うらやま死。
 誰も信じられなくなる「エリートぼっち養成ゲーム」で、無自覚イチャイチャとか見せられたら、そりゃキレて、動きがおかしくなるよね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。