魂の在り処   作:金魚鉢の金魚

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本作品は、「小説家になろう」投稿作品「シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~」の二次創作となります。

作者である硬梨菜様には、いつも楽しい時間をいただいていることに何よりの感謝を。

【注意事項】
 読んでいるだけでテンションが上がっていく作者様のような筆力はありません。
 また、独自設定は勿論、設定の見落とし、解釈誤り等が多分に含まれている恐れがあります。
 それでも良いという奇特な方は、しばしお付き合いください。


幕末汚染度:低

似たような汚染度の仲間達と遊ぶ話。


サクラダセブン

 藩邸から城門まで六百メートル足らず。

 徒歩でも一〇分に満たない僅かな道程を、大名駕籠と、それを取り巻く二〇名程の供侍がゆっくりと進んでいく。

 駕籠に乗っているであろう人物の役職を考えれば、随分と護衛が少ない。それは、供侍の力量に対する信頼の表れか。それとも、ただの平和呆けか。

 

「……護衛の数は、二〇名。良し、情報どおりだ」

 

 その行列を陰から覗う人影が七つ。

 そのうちの一人。頭目らしき男が、満足げに頷いて背後へと向き直った。六人の同志の顔を見回し、彼は口を開く。

 

「―――各々方、討ち入りでござる」

「四十七人には、随分と足りんのう」

「ふふ。忠臣蔵ですか」

 

 その言葉に、小柄な老爺がニヤリと笑った。傍らにいた大柄の男も外見に似合わぬ繊細な笑い声を漏らす。

 二人の反応に、頭目は、少し照れたように頬を掻いて口調を戻した。

 

「大丈夫。ここにいる皆は、一人あたり七人分くらいは戦える。お釣りがくるさ」

「一騎当七って、また微妙な」

「でも、実際は相当やばいでござるよ。七対一なら、普通は袋叩きでござる」

「あー、確かに。いや、花火があれば、集まって来た所を……」

「それ、ただの自爆でござるよ」

「馬鹿なことを言ってないで、そろそろ動かないと」

 

 頭目の言葉に、火縄銃を担いだ男が微妙そうな表情を浮かべ、赤髪のござる侍がそうでもないと手を振った。そして、脱線しかけた流れを女侍が引き戻す。

 頭目が、コホンと咳払いを一つ。

 

「それじゃ、皆、始めよう」

 

 「応」とその場の全員が頷いた。頷きながら、シノギは思った。

 

(あれ? 俺、空気になってない?)

 

 何にせよ。彼ら七人は、各々の得物を手に動き始める。

 さあ、天誅の時間だ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 人気のない夜道を、シノギは一人歩いていた。

 目的は特にない。ただの散歩である。

 

「街の作り込みは、ほんと出来が良いよな」

 

 今宵は新月。まともな光源がないにもかかわらず、視界が十分に確保されているのは、ゲーム的な都合によるものか。

 薄暗いというよりは、仄明るい夜の闇。

 その闇の中、浮かび上がる純和風の街並みを、シノギは楽しそうに散策する。

 散策しながら、そっと腰に差した刀へと手を伸ばす。

 先ほどから、足音が一つ増えていた。

 

「―――ッ」

「これさえ、なければなっ」

 

 無言の襲撃。背後から振り下ろされた白刃を、振り返りざまに体を捌いてかわす。

 そのまま、抜き打ちに辻斬りの首を刎ね飛ばした。

 

「無言で斬りかかってくるからな……」

 

 兆候を見逃すと、アッサリと殺されるだろう。

 もはや耳に馴染んで久しい「天誅」の掛け声もなく、無言で凶刃を振りかざす通り魔達。

 NPC扮する正統派の辻斬りに、シノギは小さくため息をもらす。

 

(いつ襲われるか分からないから、ほんと気が休まらない)

 

 だからといって、「天誅」の掛け声と共に―――

 

「天ッ誅ゥウウ!!」

 

 ―――屋根の上から降って来られても困るのだが。

 シノギは、ウンザリとした面持ちで、上空からの襲撃者を迎え討つ。

 空中で白刃を振りかぶる襲撃者。その足をシノギの右手が摑まえた。

 単独での上空奇襲式天誅は、察知されればただの的である。

 

「てい」

「っ?! ぬわああーーー!?」

 

 空中で足を引っ張られた襲撃者に為す術などない。

 見事に体勢を崩し、後頭部から着地する。ごしゃ、と何やら硬く重い、それでいて生っぽい音が闇夜に響く。

 悶絶するように頭を抱える辻斬りに、シノギは刀を突き付けて尋ねた。

 

「辞世の句とか詠む?」

「……その力、少し私に、貸してくれ。今度時間を、頂ければと」

「ええと、俺ももう落ちるから。昼過ぎ頃に、……そこの蕎麦屋でも良いか?」

「恩に着る。後、出来ればアイテムは質ぐぺ」

 

 ぐっさりと頭に刃を突きたてて、シノギは深くため息をついた。

 無言で襲い掛かってくるNPCを相手にした時より、ずっと気疲れしている。そんな事実に気が付いて、シノギは、そっと天を仰いだ。

 

 そこに、月はなかった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 真正面から真っすぐに斬光が叩きつけられる。

 

「天ッ誅ァアアアア!!」

「―――っ」

 

 叫び声と共に振り下ろされた白刃を横に打ち払い、シノギは、相手の側方へと踏み込んだ。

 返す刀で一閃。すれ違いざまに、敵対者の首を刎ね飛ばす。

 足は止めない。崩れ落ちる敵対者を尻目にその場を離れながら、周囲へと目を配る。

 完全な乱戦であった。

 

(……うへぇ)

 

 同じ目的で集った三〇名近い数のプレイヤーが、お互いを蹴落とそうと盛大に殺り合っている。

 そんな光景に顔をしかめながら、シノギは刀を握り直す。

 

「うらああああああ!!」

「マタドール天誅」

 

 横合いから突っ込んできた新手の突進をひらりと躱し、背後へと回り込む。

 間髪入れずにその背に刃を叩き込んだ。が、浅い。

 

「うははははははは―――っ!」

「本当に猛牛みたいだな」

 

 あるいは、イノシシと言うべきか。

 足を止めずに駆け抜けていったせいで、十分な傷を与えられなかった新手が転進する。

 何が楽しいのか、けたたましい笑い声と共に再び突っ込んで来る。その姿に、シノギは舌打ちをしながら刀を構えた。

 

(これ、まだ予選なんだよな……)

 

 若干、辟易としながら、シノギは楽しそうな牛男を迎え討った

 

 

 少しだけつゆにつけた蕎麦を手繰る。

 生姜の風味を感じながら、シノギはつるりと麺を喉奥に流し込む。

 

(ネギとか刻み海苔とかの薬味もないし、すごく地味だけど……)

 

 隠し味に入っている味噌のおかげか、生姜が強すぎるということもなく、シンプルながら中々に味わい深い……ような気がする。

 

「それで、どうかな?」

「―――」

 

 掛けられた声に、脳内での食レポを終えて、シノギは小さく息をついた。

 蕎麦から、向かいに座っている男へと視線を移す。

 

「うん。当たりだと思う。何か妙に美味い」

「ああ、うん。この蕎麦屋、結構評判良いんだよ。時代小説好きなんかが、よく来るらしい」

「へ~」

 

 男の言葉に、「何で時代小説?」と内心首を傾げながらシノギは目を細める。

 昨夜、上空奇襲式天誅を仕掛けてきた男は、イトウと名乗った。

 その彼から聞かされた話を吟味しつつ、シノギは蕎麦へと箸を伸ばす。

 

(……七人でパーティー組んで、幕臣を襲撃する、ね)

 

 イトウの提案は、MMORPGの類であればごく普通のお誘いだった。パーティーを組んで、手強いモンスターに挑む。ただ、それだけ。

 だが、このゲームは『辻斬り・狂想曲:オンライン』―――通称、幕末である。協力プレイのお誘いとか、考えるまでもなく罠である。

 ただ、単独で倒せない相手のドロップアイテムを狙うのなら、徒党を組むしかないのも事実。で、あるならば、疑問点は一つだけ。

 

「何で七人?」

「ああ。それは―――」

 

 このゲームは、七人パーティー制である……などという事はない。

 故に、敢えて七人と人数を決める理由が分からないと、シノギは問いを口にする。

 手練れ四、五人で挑んでも良いだろうし、逆にもっと大勢で挑んだ方が楽じゃないのかとの疑問を受けて、イトウは頷いた。

 

「護衛の数が、襲撃者の人数で変動する仕組みになっていてね」

「……難易度的には、七人が一番楽になる?」

「戦力比としては、襲撃者七人以下に対して護衛二〇、十八人に対して六〇だから、こちらの人数が増える分には大差はないんだけどね」

 

 戦力比は、約一対三を維持。

 ただし、十九人以上になると、レートが十倍に跳ね上がるらしい。

 つまり、運営側は七人以上十八人以下で挑む事を適正としているということか。

 そんなシノギの理解を肯定し、イトウは言葉を続ける。

 

「で、参加人数があまり多いと、ドロップアイテムを手に入れる確率が減る」

「その理屈は分かる。けど、リスポーンするなら周回するという手も……」

「リスポーンは一週間後だから、固定でもないのに何周もするのは無理がある。

 それに、一部の幕臣は、戦闘エリア内に自分を倒した経験のあるプレイヤーがいると、超強化されるようになっているんだよ」

 

 どれくらい強くなるかというと、最低でも時代劇で処刑用BGM演奏中の主人公くらいだとか。

 つまり、適正人数の上限である十八人で挑んでも、容赦なく皆殺しである。

 

「ランカー連中……デュラハンあたりは、強化後NPCをタイマンで倒してるらしいけどね」

「そっかー」

 

 話に聞く上位陣の頭のおかしさに、シノギは遠い目で頷いた。

 ちなみに「倒した経験のあるプレイヤー」判定は、護衛が戦闘状態に入ってから幕臣が死亡するまでの間、戦闘エリア内に一瞬でもいたこと、らしい。

 このため、幕臣に止めを刺す直前に残りの面子が戦闘エリアから離脱する、といった方策は採れない。

 つまり―――

 

(倒せるのは、実質一回だけ。それでドロップアイテムを入手出来なければ、骨折り損)

 

 やっぱりクソゲーじゃないかな。

 そんなことを考えながら、シノギは小さく笑った。

 食事を終え、勘定を済ませる。

 

「それで」

 

 暖簾を潜りながら、背後のイトウへと肩越しに視線を向けて、シノギは口を開いた。

 

「―――他の五人は、もう見つかっているのか?」

「武士は食わねど高天誅ッ!!」

 

 店先で出待ちしていた誰かに串刺しにされた。

 やっぱりクソゲーだと思う。

 

 

 恥ずかしい死にざままで思い出し、シノギは顔をしかめる。

 リスポーン後、再び店に到着するまで待っていてくれたイトウの懐は深い。

 

(しかも、アイテム取り戻してくれていたとか、神だな)

 

 そんな神、イトウが集めた残る五人は、中々に個性派揃いであった。

 シノギは「よく集めたものだ」と、他の五人の様子を見て唸る。

 

「くっそ、何だこのクソジジイ。はや―――ッ!?」

「呵呵、温い温い」

 

 身を低くし、影の様に疾走。突然飛び上がり、すれ違いざまに敵対者の首筋をはね斬る。

 脇差一振りで縦横無尽に動き回る小柄な老爺。

 古平と名乗った彼は、シノギ達七人の中で最も高い技量を有していると言えるだろう。ただし、その傍らで太刀を振るう大男が弱点になっているようだったが。

 

「天ッ誅ゥウウウ―――!!」

「危ないっ!」

「あ、ご、ごめん。ありがとう」

「なんの、なんの。それより、次に備えよう」

「うん!」

 

 大男を斬り伏せんと気勢を上げた敵を、横合いから走り込んだ古平が斬り伏せる。礼を言う大男―――鬼若に、古平は呵々と笑って応じる。

 二人、背中合わせに刃を構え立つ。

 鬼若の外見に見合わぬ細い声と古平の若々しい声。そして、二人の仲睦まじい様子から、その関係性が何となく透けて見える。

 

「くっそ。他ゲーでやれよ」

「リア充爆発しろ!」

 

 何やら察して苛立ったのか、さらに複数名が気炎を吐いて突貫する。

 が、そんな彼らを嘲笑うかのように、銃声が響き渡った。

 

「―――」

「うわ!?」

 

 頭を撃ち抜かれた男が、隣の男を巻き込んで転倒する。

 慌てて立ち上がろうとする男の頭を、赤髪の侍が叩き割った。

 

「ぐっじょぶ、でござるよ」

「こっち見んな! 場所がバレるだろうが! つか、周り見ろ!!」

 

 刀を鞘に納め、ぐっと親指を立てる赤髪に、少し離れた木の上で男が火縄銃を取り換えながら顔をしかめる。

 ひたすら銃撃に特化した変わり種の彼は、接近されると非常に脆い。能天気なござる侍に舌打ちをして発砲。罵声と共に放たれた銃弾が、赤髪を掠めるように奔った。

 

「おろ?」

「おろ? じゃねえよ阿呆!」

 

 倒れる敵の姿に目を丸くする赤髪へと、さらに別方向から刃が迫る。間に合わないと、狙撃手―――吟醸は舌打ちをした。

 

「おろろ!?」

「はンっ、このまま―――」

 

 初撃を躱しながら、赤髪が慌てて刀の柄へと手を掛ける。

 戦闘中に納刀した馬鹿者を笑って、敵対者は刀を振り上げた。追撃を放とうとして、ぎょっと目を見張る。

 ―――赤髪が、いつの間にか刀を抜いていた。

 

「あ?」

「天誅、でござるよ」

 

 いつ斬られたのか。右のわき腹から左の肩へと走る斬痕に、呆然としたまま崩れ落ちる敵対者。その様を見下ろしながら、抜刀債を名乗る少年は得意げに笑った。

 ちなみに名前は誤字ったらしい。

 

「……笑ってないで、次に備えなさい!」

 

 相変わらず周囲の状況を省みない抜刀債に対して、小言を口にしながら女侍がフォローに入る。正統派の剣閃が、迫っていた新手を斬り伏せんと迸る。

 だが、対する敵手も手練れであったようで、その刃を難なく弾く。

 

「甘い甘い」

「そう」

 

 ニヤリと笑う男。その笑みを冷たく見据えながら女侍―――アオエは、再び踏み込んだ。

 右手一本で叩きつけるように刀を振るうが、やはり当然のように受けられる。

 軽い手応えだと、男が笑みを深める。

 直後、乾いた炸裂音が響き渡った。

 

「な、あ!?」

「残念ね」

 

 硝煙を上げる銃口。いつの間にかアオエの左手に握られていた六連発銃に、男はうめき声を漏らす。即死はしていないが、衝撃に動きが止まる。

 そこに残る弾丸を全て叩き込まれ、男はその剣腕を発揮する間もなく地に沈んだ。

 

「いいんちょ格好いいでござる」

「誰が委員長よ!! それより、ぼさっとしてないで早く動く!!」

 

 委員長呼びに嫌な想い出でもあるのか、アオエは憤慨したように息を漏らした。

 もっとも、追い立てるように抜刀債を叱るその様は―――

 

「……どう見ても、委員長キャラだよな」

 

 火縄銃を構えながら、木の上で吟醸がぼそりと呟いた。

 

 予選―――幕臣に挑む権利を掛けた乱戦。その中で未だに倒れた者がいないのは、イトウの率いる一党のみだ。もはや、戦いの趨勢は決していると言えるだろう。

 程なくして、イトウとその仲間を除き、立っている者はいなくなった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 目的のかち合った三パーティー―――二十一名。

 その全てを排除して、シノギ達は木陰から大名行列を覗う。

 藩邸から城門までわずかに六百メートル足らず。徒歩でも一〇分と掛からない僅かな道程を、二〇名の供侍を伴って大名駕籠が進みゆく。

 

「各々方、討ち入りでござる」

 

 イトウの言葉にニヤリと笑う古平と、その傍らで微笑んで頷く鬼若。一騎当七かと微妙そうな顔をする吟醸に、微妙どころか結構ヤバイと手を振る抜刀債。

 そろそろ動かないと、と委員長―――アオエが窘めて、イトウがその言葉に頷いた。

 

「それじゃ、始めよう」

「応」

 

 イトウの号令の後、七名は動き出した。

 

 

 桜田門外の変。

 幕末の世を盛大に揺るがした一大暗殺事件は、この『辻斬り・狂想曲:オンライン』において、毎週発生する恒例行事である。

 大老という最高位の幕臣を城外で天誅することができる、というのは中々にオイシイ。

 手に入る「刑死兆」の性能もそれほど悪くないとなれば、それを狙う者達は後を絶たず、毎週のように彼の大老は首を落とされる。

 で、あれば、当然ながら攻略手順も確立されているワケであり。

 

「んじゃあ、一番槍いただき、と」

 

 手筈通りに、まず吟醸が大名駕籠へと銃撃を叩き込む。

 響き渡る銃声に、一行が動きを止めた。駕籠を担いでいた陸尺が慌てて逃げだしていく。

 同時に、供侍達が一斉に抜刀した。

 彼らは、銃撃の方向を速やかに見定めて、吟醸へと殺意の籠った視線を向ける。

 

「さて、行くか」

 

 同時、シノギも陰から飛び出した。

 最初に銃撃を駕籠に叩き込むと、護衛の大半が狙撃者を狙って動く。

 その動きを牽制役が遅らせ、狙撃役が引き撃ちに徹して数を減らしていく。さらに残る面子が後方や側面から敵の数を間引いてやれば、それなりに有利に戦えるハズだ。

 そういう手筈だったのだが―――

 

「お、多いでござるよ!?」

 

 反撃に動いた供侍の数が多い。想定ならば護衛の半数、一〇名程度と見込んでいたその数は、一七名にも上っていた。

 大名駕籠の周りに三名だけ残し、残る全てが一斉に突撃してくる様に、牽制役である抜刀債が悲鳴を上げた。

 

「ひえええ、でござる」

「ちっ、話が違うじゃねぇか!?」

 

 抜刀債が必死に剣を振るうも、数に圧されて後退する。吟醸もその後方で毒づきながら銃撃を叩き込むが、流石に多勢に無勢だ。

 抜刀債を抜いて吟醸の所に向かう者も出始め―――

 

「あ!」

 

 誰かが声を上げた。

 直後、見覚えのある色とりどりの爆発が、護衛達をまとめて吹き飛ばした。

 

(……今、花火を投げ込んだのは)

 

 見上げた先に、抜刀債と吟醸の姿もある。

 天高く舞う二人が叫ぶのは、悲鳴と罵声のどちらだろう。

 唖然とした面持ちで視線を動かせば、イトウとアオエの姿が目に入る。

 目を丸くしているイトウを他所に、アオエが残る護衛へと斬りかかっていく。

 誰の仕業かは、一目瞭然だった。

 

「……まあ、いいか」

 

 シノギは少し悩んで、気にしないことにした。

 早々に退場した二人には悪いが、敵は一網打尽で万々歳だ。散り様も派手だったので問題ないだろう。

 

「それに、気にしてる余裕もなさそうだし」

 

 外道めと言わんばかりにこちらを睨む侍に、シノギは目を細める。

 二刀を構えるその出で立ちは、夜半の辻斬りNPCとは格が違う。集中しなければ、瞬殺されるだろう。

 

「―――っ!!」

 

 鋭い呼気と共に侍が踏み込んできた。風を裂く刃の音に、背筋がわずかに粟立つ。

 一太刀目は弾くことに成功する。間髪入れずに放たれた二太刀目は、後方に跳んでやり過ごす。

 着地と同時、今度は前方へと向かって飛び込んだ。追撃に踏み込んできた侍に強引に鍔迫り合いを押し付ける。

 交差された二刀とシノギの打刀が噛み合って、軋むような音を立てた。

 

「―――」

「……ぐ、ぅ」

 

 完全に力負けしている。歯を食いしばりながら踏ん張るが、徐々に押し込まれていく。

 

(もう、少し!)

 

 小さな影が侍の背後に迫るのを視界の端に捉え、数秒を持ち堪える。

 脇差が侍の背後で閃いて、シノギに掛かる圧力が唐突に消え去った。

 「天誅」と、老爺が呟いた声が耳に届く。

 

「―――っ」

 

 「卑怯者」とでも言いたかったのだろうか。

 目を見開いた侍が口の端を何度か震わせて、しかし言葉にならずに沈黙する。相当な手練れであったハズの侍は、背後から心臓を一突きにされて地に臥した。

 

「助かったよ」

「こちらも、動きを止めてくれてやりやすかった。少々、思う所もあるがのう」

 

 剣客的に、と苦笑いを浮かべる古平に、シノギは肩を竦めて応えた。

 

「天がやれっていったから仕方ない」

「ま、まあ、そうじゃな」

 

 

 守る者のいなくなった大名駕籠。

 中に気配はあるものの、特に動く様子はない。シノギは、首を傾げた。

 

「これから、どうするんだ?」

「史実では、駕籠の外側から滅多刺しにしたそうですが……」

「うわぁ」

「まあ、反撃を受けずに一方的に仕掛けるなら、それしかあるまい」

 

 鬼若の言葉に、シノギは容赦ないなと声を上げた。

 古平が苦笑しながら鬼若へと目を向ける。困った表情を浮かべる鬼若へと、分かっているとばかりに頷いて、老爺はイトウへと視線を移した。

 

「で、実際どうするんじゃ?」

「こうします」

 

 答えたのはアオエだった。

 その手に持った六連発銃が、立て続けに銃声を響かせる。

 銃撃。リロード。銃撃。リロード。銃撃。リロード。銃撃。リロード。

 無表情で二四発もの銃弾を大名駕籠に叩き込み、彼女は頷いた。

 

「これで」

「いや。残念だけど―――」

 

 イトウが首を振る。全員に退がるよう指示をしながら、自身も後退する。

 直後、シノギは全身が総毛立つような感覚に襲われた。

 駕籠の中の気配が膨れ上がる。その圧に押されるように、駕籠が内側から弾け飛ぶ。

 

「これからが本番だ」

 

 告げるイトウの言葉に嘘はない。

 飛び散る駕籠の破片の向こう側。壮年の侍が静かに座して、こちらを見ている。

 

 ―――幕臣最高位。大老。

 

 鞘に納められた「刑死兆」を手に、炯々とその瞳を燃え立たせている。

 

「来るが良い。狼藉者どもめ」

 

 厳かな声が告げる。

 その声の重さに、半ば気圧されながらシノギは舌打ちをした。

 

(ここで怖気づいてどうする!!)

 

 勢いづけるように強く踏み込んで、一息に間合いを詰める。

 大老は座したまま動かない。

 打刀の間合いに入る。直後、空を斬り裂く音が聞こえた気がした。

 

「―――だ、ぁっ!!」

 

 間に合ったのは、完全に偶然だろう。

 反射的に立てた刃が斬撃を受け止める。抜き打ちに叩き込まれた刃を、シノギは信じられない思いで見据えた。

 

「嘘だろ、おい」

 

 大老は座したままだ。

 手振りだけで放たれた斬撃。その速度と重さに戦慄する。

 大老の腕がブレた。勘任せで斬撃を逸らし、舌打ちをしながら一旦距離をとる。

 追撃はなかった。

 

「いや。追撃できないのか?」

 

 座したまま動かない大老。その腰に、ダメージエフェクトを見つけてシノギは目を細めた。

 その疑問を肯定するように、イトウの声が上がった。

 

「大老は、最初の狙撃で必ず腰を負傷して動けなくなる。

 距離を取れば、とりあえず追撃は避けられるハズだ」

 

(そういうことは、先に言えよ!!)

 

 内心で毒づきながら、シノギは刀を構えなおす。

 とはいえ、近づかなければ、こちらも攻撃のしようがない。

 

 アオエが再び銃撃を放つのを見ながら、シノギは考える。

 易々と斬り払われる銃弾を見て、考える。

 

(飛び道具はまず効かない)

 

 花火ならいけるかも知れないが、ドロップアイテムごと吹っ飛ばしかねない。

 ならば、近づくしかないわけで。

 

「……俺が受ける」

「すまない。任せる」

 

 イトウへと声を投げれば、彼はしっかりと頷いて駆け出した。

 同時に古平も動き始めたのを視界に捉えつつ、シノギは一気に間合いを詰める。

 三方向から狼藉者が大老へと迫る。最も早く接敵するのはシノギである。

 

「―――っ!!」

 

 大老の眼光を腹に力を入れて受け止める。

 刹那、空気が揺れた。今度は勘任せではない。シノギは、確信をもって刀を振るう。

 エフェクトが弾け飛び、甲高い鋼の音が響き渡った。

 弾かれることなく、大老の斬撃を受け止めて、シノギは牙を剥くように笑う。

 

「いつか、全力のアンタを独力で倒したいな」

「―――痴れ者め」

 

 大老が、一瞬、笑ったように見えたのは、ただの錯覚だろう。

 シノギが見つめる先で、イトウと古平の刃が振るわれた。

 

 

「終わった」

「いやはや。強かったの」

 

 生き残った五人が、大老の死体を取り囲む。

 全員の視線は、斃れた幕臣が持つ一振りへと注がれている。

 じり、と誰かが足を動かした。各々が、他の面子の位置をそれとなく確認する。

 

「……で、刑死兆は誰が持つ?」

 

 これまで、誰もが考え、しかし口にすることのなかった禁句。

 徒党を崩壊させるその一言を、発起人の責任としてイトウが口にした。

 

「まあ、分かっていたことだけど、ここは―――」

「―――ッ」

 

 最初に動いたのはアオエだった。

 イトウの言葉を待たず、一挙動で拳銃を抜き放ち、照準。発砲。

 こめかみを撃ち抜かれ、イトウの頭が横にブレる。彼が崩れ落ちるより早く、アオエは後方へと飛び退いた。次の標的へと銃を向け――――

 一瞬で間合いを詰めた古平に、ヒョウと首筋をはね切られて即死した。

 

(おま、口火を切って、瞬殺されるなよ!!)

 

 人数が減るのが早すぎる。しかも、残った面子が悪すぎた。

 シノギは、鬼若へと刀を向けて、クソッタレと内心で悪態をつく。

 鬼若と古平はコンビだ。この瞬間、二対一が確定した。

 斃れたアオエの傍らで、古平が勝者の笑みを浮かべた。呵々と笑う。

 

「欲をかくと全て失うぞ。取り巻きの得物で我慢しておけ」

「いや。二人とも武器は打刀以外だろ。ここは打刀使う人に譲るべきでは?」

「呵々。それはそれ、これはこれじゃな」

「ごめんなさい。退いてください」

 

 古平の言葉に押されるように、鬼若が太刀を振り被る。

 牽制のつもりだったのか。殺意の無い、どこか気の抜けた不用意な横薙ぎ。

 その迂闊さを、シノギは笑った。

 

(正直、向いてないと思う)

 

 千載一遇の勝機。大振りの斬撃を潜るようにスライディング。

 大男の反応は鈍い。その足元を滑り抜け、地面を蹴り込んで立ち上がった。

 背後を取った。間髪入れず、体ごとぶつかるように刃を捩じ込む。

 

「ぴゃぁッ!?」

「あ」

「――――っ!? おまっ、何てところに!?」

 

 痛みはなくとも触覚はある。

 心に致命傷。尻を抑えて崩れ落ちた鬼若の惨状に、古平の爺ロールも崩壊する。

 とりあえず、引き抜いた刃で首を刎ね、シノギは居直った。

 さっきのは、体格差から生じた偶然である。つまり。

 

「天がやれっていった!!」

「ふ、っざけるなぁああああああ――――ッ!!」

 

 古平が激高した。真っすぐに距離を詰めてくる。

 単調な動きで突き込まれた脇差を打ち落とし、手首の返しで切っ先を跳ね上げる。

 踏み込んで、古平の胸を貫いた。

 

「―――天誅」

 

 シノギの呟きは、虚しく辺りに響いた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 何とか勝ち取った「刑死兆」を携え、独り、帰り道を歩む。

 ひどく疲れたな、と重い足取りで進む道は、しかし途中で行き止まりだった。

 

「おかえり。どうだったかい?」

 

 刃片手にそう笑みを浮かべて問うてくるのは、見覚えのある顔。

 先ほど、そう……予選の時に斬り伏せた一人だ。

 

「ああ。そりゃそうか……」

 

 ずらりと並ぶ二〇名を超すプレイヤーども。その目が一様に「刑死兆」へと向けられているのを感じ、シノギは笑った。

 

 彼らは敗者で、シノギは勝者だ。だが―――

 

 まさか、その立場は不動のものだと?

 一回敗北しただけで幕末の住人が大人しく諦めるとでも?

 

 甘い大甘だと、誰かが嘲笑う。

 

 最終的に「刑死兆」を手に入れれば良いというのなら、わざわざ幕臣を斬らずとも良い。

 最後に残った一人。疲弊しきって戻ってくるその者を囲んで斬れば、己にも入手の機会は巡ってくる。

 

「ハ―――」

 

 そんな事にも気が付けなかった己を嗤い、シノギは「刑死兆」を抜き放つ。

 見せつけるように掲げれば、集まった狂人達が爛と目を輝かせた。

 

 限定アイテムでも何でもない、一週間に一回は入手機会があるドロップアイテムだ。

 それでも、シノギにとっては己の手で掴み取った華である。故に、おとなしく渡すつもりはないと、高らかに宣った。

 

「これが刑死兆だ。欲しけりゃ力づくで奪って見せろ!!」

「天ッ誅ァアアアアア―――――!!」

 

 ここに敗者復活決勝戦が始まった。

 

 

 結論から言えば、シノギは袋叩きにされた。

 

 真正面から斬り掛かってきた相手を叩き切り、背後からの凶刃を肉盾でやり過ごし、全方位からの攻撃は地面を無様に転がって躱し―――、そのついでに数名の足を斬り払って戦力を奪う。

 奮戦と呼んでよいだろう。

 それでも、気が付けば足を斬り飛ばされて、地面に跪いていた。

 周囲には、にっこりと得物を構える幕末の住人達。

 

「大したものだと思うよ。一〇人以上やられるとは思わなかった」

「……その顔、覚えたからな」

「おお。怖い怖い」

 

 男が肩を竦めて笑う。幕末万歳、天誅万歳、と言わんばかりの朗らかな表情は、悪意の塊であるのに、なぜか陰湿さの欠片もない。

 その顔を睨みながら、シノギは膝立ちで刀を構える。せめて、後一人くらいは叩き斬る。

 そんな決意を胸に、「刑死兆」の柄を強く握りしめた。

 

「―――」

 

 ザっと、後ろで足音がした。直後、どさりと誰かが倒れる音がする。

 笑っていた男の表情が固まった。

 その視線は、シノギの後方へと向けられている。

 

「馬鹿な。何でここに。いや、そうじゃない」

「―――」

「そっちから歩いて来たってことは、さっきまで城にいたってことだろう!?」

 

 男が首を振りながら、後ずさる。

 亡霊でも見たかのように、震える声で、男はシノギの後方を指さした。

 

「何で城から出て来たのに、首が繋がってぎゃば!?」

 

 不用意なことを口にした男の首が宙を舞った。

 一瞬でシノギの背後から男の元へと移動したソレは、周囲を見回して一つ頷いた。

 気軽な調子で、鏖殺を宣言する。

 

 ソレの名前は、海蘊藻屑。

 

 デュラハンとも呼ばれる金魚鉢に棲まう鮫である。

 

 

 首筋に刃が触れる。

 辞世の句を詠むならどうぞと告げられて、シノギは辺りを見回した。

 生きている者の姿はない。わずか数分で無人となった光景に、まるで嵐のようだと苦笑する。

 実際、ランカーと呼ばれる連中は天災の類だろう。

 

 花火が降ることもあれば、皆の首が空を舞うこともある。

 

 理不尽極まりない猛威に、シノギはどうしようもないと諦観を覚え、同時に僅かばかりの憧憬を胸に抱く。

 

「……辞世の句の前にひとつだけ。

 貴方は、強化後で、立って動ける大老を天誅したことはありますか?」

 

 答えは肯定だった。

 シノギは小さく笑って礼を言った。続けるように決意を口にする。

 

「いつの日か、この手に掴む、朝日影」

「―――――、―――――」

 

 振り下ろされた刃が、「天誅」と静かに死を告げた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 暖かい蕎麦湯を飲み干して、シノギは、ほぅっと息を吐いた。

 向かいでは、鹿追が冷酒を片手に笑っている。

 

「中々に波乱に満ちた経験だったようだね」

「やっぱりクソゲーだろ」

 

 恨めし気なシノギの言葉を、軽く笑って流しつつ鹿追は視線を逸らす。

 その目が見つめるのは、傍らに立て掛けられている打刀だ。

 これまでのシノギの佩刀と比べると、随分としっかりとした拵えの一振りである。

 

「質に流してくれたのかい?」

「……ああ。イチトで流してくれた」

 

 流れるタイミングまで教えてくれたため、こうして取り戻すことが出来たのだ。

 武士の情けだろうか。わりと破格の対応に、シノギは腑に落ちないと首を傾げる。

 そんな彼の様子に、鹿追はクスリと笑って頷いた。

 

「ま。終わり良ければ総べて良し。良かったじゃないか」

「そうだな。でも――――」

 

 いつの日か。

 お情けじゃなくて、自力でこの手に掴んでみせる。

 口には出さずに、シノギは新しい愛刀を手に取った。

 

 

 とりあえずは、鬼若さんに謝りに行こう。あれは、自分でも流石にないと思う。

 




 一話のみだったはずが、何となく思いついたネタがあったので、蛇足と思いつつ続きを書いてみました。
 多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。

 幕末のNPC関係をはじめ、このSSの設定は、九割方がねつ造なので、名前を借りているだけの別物になっていそうな気がすると、恐々としている今日この頃。


新人:幕臣狩って、アイテム手に入れようぜ。
   一つしか手に入らない? 別に争わなくても周回すればいいじゃん。
   リスポーン期間が長い? これを機に半固定PT組もうぜ。

運営:一回でも倒したら、二回目から幕臣は超高難度化するので割に合わなくなるよ。
   欲しかったら、頑張って一回目で手に入れてね。

患者:アイテム入手失敗したから、幕臣天誅したプレイヤーを家路天誅するよ!
   プレイヤーは、いきなり超強化したりしないからね。

運営:にっこり


 NPCドロップをネタに共食いをさせるなら、幕末運営はどうするだろうと考えた結果、私の頭ではこの程度しか思いつきませんでした。
 本当の運営は、もっと悪辣な仕組みを用意しているものと確信しています。
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