魂の在り処   作:金魚鉢の金魚

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 本作品は、「小説家になろう」投稿作品「シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~」の二次創作となります。

 作者である硬梨菜様には、いつも楽しい時間をいただいていることに何よりの感謝を。
 そして、カテゴリー認定おめでとうございます。

【注意事項】
 読んでいるだけでテンションが上がっていく作者様のような筆力はありません。
 また、独自設定は勿論、設定の見落とし、解釈誤り等が多分に含まれている恐れがあります。
 それでも良いという奇特な方は、しばしお付き合い下さい。

 幕末汚染度:中の下
 これは、特に意味も無く行われたある挑戦の話。


弓と流れ星

 こちらへと疾走する影に身構える。

 地を這うような姿勢。左右にステップを刻みながら、間合いを侵略するその動きは、まるで蛇のようだ。

 牙たる脇差しを矮躯で隠し、影が速度を増した。

 

「――――っ!!」

 

 脛を狙って繰り出された一閃を、後方に跳んで回避する。

 直後、刃が軌跡を跳ね上げた。

 鈍く輝く切っ先が、心臓を狙って突き込まれる。

 距離が近すぎる。こちらは刀を振れない。

 

「っなん、とぉ!!」

 

 咄嗟に盾にした刀の柄が、刺突を受け止めたのはマグレだった。

 だが、マグレでも何でも生きている。ならば反撃だ。

 必殺の一撃を受け止められ、瞠目する敵手を睨み。

 

 ――直後、横に吹き飛んだのに目を丸くした。

 

「いや。緩急の付け方が絶妙だね。良い感じに感覚を狂わせてくる」

 

 朱槍の柄を引き戻して笑うのは、緋色の女だった。

 文字通り横やりを入れた彼女は、くるりと朱槍を回す。

 壁に叩き付けられ朦朧としている敵手へと、ひたりと穂先を向ける姿は、飄々として捉えどころがない。

 その背後には、胸を貫かれ絶命した大男の姿があった。

 

「ぐ……か、呵呵、これはイカンか」

 

 敵手――矮躯の老人が苦笑交じりに頭を振る。

 彼は、こちらと女の間で視線を行き来させた後、倒れている相棒を見て息をついた。

 

「質には流してもらえるかの?」

「脇差しは使わないからいいよ。何なら預かっておくが?」

「そこまでは言わんよ」

 

 残念。やって来たところを再天誅しようと思ったのだが。

 そんな自分の考えを見透かしたのか、女がこちらを見てニヤついた。

 それを無視して、刀を構える。

 このまま会話を続けて回復されても面倒だ。

 

「それじゃ」

「うむ」

 

 足元がおぼつかない老人が、それでも脇差しを構える。

 その姿を睨み、油断なく小さく息を吸って。

 強く踏み込んだ。

 

「天っちゅア――!?」

 

 すこん、と頭に衝撃を受けて転倒する。

 倒れる瞬間、眉間に矢文が刺さった老人を見て――

 

(くっそ!!)

 

 己に起こった事態を理解して、シノギは呪詛交じりの罵声を上げた。

 己の後頭部に生えているだろう矢に、天誅と書かれた文が結ばれていることを、彼は知っている。

 とても良く知っていた。

 

「また、“あいつ(くいっ)”か!?」

 

 いつか絶対殺す。

 暗転する世界の中、震える指を上に向けて、シノギは絶命した。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 金魚鉢に棲まう鮫、その第六位――摩天郎。

 またの名を、“あいつ(くいっ)”という。

 上を指さすゼスチャーまで含めての二つ名を有する男は、幕末では非常に珍しい弓使いだ。

 

 近接戦闘ではそれほどでもない彼だが、高所に陣取った後の戦闘能力は、やはりランカーに相応しいデタラメの一言だった。

 変幻自在、正確無比。

 しかも、思考の隙間に差し込むように放たれる矢は、警戒していても防ぐことが叶わない。

 数を揃えて挑んでも、大抵は近づくことさえ出来ずにリスポーンだ。

 というか、正面から突撃しているのに、どうして後頭部に矢を受けるのか。

 最終的に、花火で足場ごと吹き飛ばすという対応策が確立されたが、それはつまり、正攻法では倒せないということだ。

 

「いや。本当に見事な腕だよね」

「何か、最近“あいつ(くいっ)”に殺られる回数が増えてる気がする」

 

 鹿追は、どうやら上手く切り抜けたらしい。

 彼女が回収してくれた“刑死兆”をありがたく受け取って、シノギはため息まじりに首を振った。

 合流した茶店での一服は、ひどく苦い。

 

「多分、行動範囲と時間が被っているんだろうね。河岸を変えるかい?」

「……いや」

 

 鹿追の言葉に、シノギは首を横に振った。

 高所に陣取った後、“あいつ(くいっ)”はしばらく動かない。

 ならばと、彼は据わった目を鹿追に向ける。

 

「そろそろ一回くらいは、お返事をするべきだと思うんだ」

「今、何通くらい貰ってるんだい?」

「……三〇くらい、かな」

「熱烈だね。ラブラブじゃないか」

 

 鹿追が笑う。シノギは、刀と一緒に渡された矢文を握りつぶした。

 グシャグシャになった文は、フィニッシュアローとでも言うべきトドメの一矢に結びつけられているものだ。

 文面は“天誅”の一言。稀に“m9(^Д^)”などの顔文字。

 遠距離攻撃なので、天誅のかけ声を掛けられない。

 そのための代替手段ということらしい。死ねばいいのに。

 

「お返しを届けるにしても、方法をどうするんだい? やはり花火?」

「それしかないと思う。……というか、今回はどこから撃たれたんだ?」

 

 不意打ちで射貫かれたので、“あいつ(くいっ)”の拠点をまだ見ていない。

 今更ながら問えば、相棒は火の見櫓の上だと答えた。

 その手にした団子の串で、遠くに見える櫓を指し示す。

 

「根元を吹っ飛ばすのはそう難しくない。勝ち筋はハッキリしてるね」

「周囲が結構開けてるから、身を隠しての接近は無理か」

 

 一方で、“あいつ(くいっ)”も近くの建物の屋根に飛び移るといった退避が出来ない。

 勝負は、接近できるか否かに尽きるだろう。

 

「遠くから花火を櫓の根元に投げたら、楽に吹っ飛ばせないか?」

「う~ん。届く前に撃ち落とされそうだね」

「だよなぁ」

 

 むむっと唸るシノギに、鹿追がピッと指を立てた。

 

「ここは正攻法で、盾を取りに行こうか」

「盾?」

 

 首を傾げたシノギに、彼女は笑ってうなずいた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 Q:幕末における盾と言えば?

 A:その辺を歩いてる誰か

 

 鹿追の問いに、何を当たり前の事をと告げた答えを思い出し、シノギはため息をつく。

 まさかとは思うが――

 

「俺、最近、思考が畜生よりになってないか?」

 

 いや、まだ大丈夫。

 そう首を横に振りながら、シノギは側方へと跳び退いた。

 その傍らを、腰だめに刃を構えた志士が「天誅!」の声とともに通り過ぎる。

 

「もう少し隠せよ天誅」

「ぐぺ」

 

 バタバタと足音を立ててのバックアタック。

 それを間抜けと首級にして、シノギはため息をついた。

 中々、手頃な仲間()が見つからない。

 と、視界の端で影が動いた。

 

「ちっ!!」

 

 咄嗟に薙いだ“刑死兆”が、投じられた短刀を打ち落とす。

 間髪入れず、死角に向かってシノギは刀を振るった。

 甲高い音が響き渡る。打刀に脇差しが噛み合って、火花を散らした。

 

「しつこい!」

「呵呵」

 

 古平、本日二度目の襲撃である。

 鍔迫り合いを維持しつつ、老爺が歯を剥き出して笑う。

 力ではこちらの方が強い。

 そのまま押し込もうとしたシノギは、ふと影が差したことに気がついて、後方へと飛び退いた。

 

「天ッ誅ゥウウウ―――!!」

 

 一瞬遅れて、眼前に男が降ってくる。

 見覚えのある横顔だ。

 

「イトウ!?」

 

 “刑死兆”を取りに行った時のリーダーに、シノギは声を上げた。

 力量はあれどお人好しの印象が強かった彼は、シノギの手元を見て笑う。

 ギラついた眼光がこちら射貫いた。

 

「よしよし。ちゃんと“刑死兆”を持っているね?」

「目が怖っ!?」

 

 ゆらりと打刀を構えるイトウ、その影に隠れるように身を低くする古平。

 二人を前に、シノギは舌打ちをした。

 

(二対一はキツいな)

 

 戦えば負けるだろう。

 何とか避けたいが、幕末の住人相手に話術など無意味だ。

 とはいえ、知り合いかつ相応のメリットを提示出来るなら、低確率ながら一時しのぎは可能だ。多分。

 構える二人に、シノギは手のひらを向ける。

 

「まあ待て。儲け話があるんだが、乗るつもりはないか?」

「……内容は?」

 

 イトウがわずかに殺気を緩めた。相変わらず人が好い(チョロい)

 古平が動く前に、早口で続きを告げる。

 

「ランカー狩り、やってみる気はないか?」

「……詳しく聞こうかの」

 

 どうやら、興味を引けたらしい。

 臨戦態勢のまま、動きを止めた二人を前にシノギはニヤリと笑った。

 

 ――盾二枚ゲット。

 

 

 

 

 風呂にも使えそうな大釜の中で、うどんが泳いでいる。

 茹で上がった麺が、そのまま桶の中に投じられ、カウンター席に並ぶこちらへと突き出された。

 それを受け取りながら、イトウが「なるほど」とうなずいた。

 

「火の見櫓に“あいつ(くいっ)”が」

「確かに、狙い目と言えば狙い目かの」

 

 早速と、釜揚げうどんを啜るイトウの隣で、古平が顎に手をやった。

 説明を終えたシノギへと流し目をくれて、彼は小さく笑う。

 

「ま、先ほど眉間を撃ち抜かれた恨みもあるし、乗せられてやろうか」

「ん。俺も参加するよ」

「助かる」

 

 二人に頭を垂れた後、シノギはふと首を傾げた。

 今更だが、いるはずのもう一人の姿がない。

 

「そういえば、鬼若はどうしたんだ?」

 

 まだ、十一時だ。

 相棒の名を口にするシノギに、古平はうどんをつゆに浸けながら答えた。

 

「もう十一時じゃからな。先ほど落ちた(ログアウトした)よ」

「…………そうか」

 

 何とも言えない表情を浮かべ、シノギも箸を手に取った。

 しばらくの間、無言でうどんを啜り――

 

「今、感覚の違いに戸惑ったか?」

「戸惑ってない」

 

 十一時は、そろそろ寝る時間である。

 そりゃそうだと爽やかに笑い、「とは言え」とシノギは続けた。

 

「残念だな。いてくれるとかなり心強かったんだが」

「今、生け贄的な意味で言ったじゃろ」

「言ってない」

 

 仲間は大事だ。

 “一人は皆のために、皆は一人のために”である。

 変なことを言わないでくれと笑うシノギの隣で、イトウが箸を置いた。

 もう食べきったらしい。

 

「あまり準備に時間を掛けては、“あいつ(くいっ)”が火の見櫓からいなくなる。これから、どうするんだい?」

「うん。さっきも言ったけど、作戦は多分、正攻法になる。花火を確保して、後は盾を用意して突撃するって感じ」

 

 だから、準備にさほどの時間は掛けない。

 待ち合わせの時間まで、残り三〇分を切っている。追加の人員確保も難しいため、シノギの準備はあと少しでおしまいだ。

 

「あと少し?」

「ん。花火と“最強の盾”の確保」

「一つも終わってないじゃないか!?」

「いやいや。一つはもう終わるし」

 

 言って、シノギは店の奥でぐらぐら煮える大釜に目をやった。

 その傍らには、大きな蓋がある。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 “あいつ(くいっ)”が陣取る火の見櫓は、十字路の中心に建っていた。

 十字路に至る通りの道幅は、二〇メートル超と中々に広い。

 道の両側に軒を連ねる町屋は、いずれも平屋造りで背が低いため、見通しは大変良い。絶好の狙撃場所だ。

 

 それゆえだろう。通りからは人の気配が絶えていた。

 それどころか、裏手に広がる長屋町も閑散としている。

 といっても、時折、天誅のかけ声が聞こえるので、人がいないワケではないようだ。

 

「さすがに、この辺りは無人か」

 

 ガラリと、火の見櫓を右目に町屋の戸を開ける。

 誰もいない屋内を見て、シノギはポツリと呟いた。

 

 ――この中を通れば、ある程度は安全かもしれない。

 

 そんな温い考えに、シノギは首を横に振った。

 相手はランカーだ。建物から飛び出した瞬間に射貫かれるだろう。

 いや、そもそも――

 

(“あいつ(くいっ)”も馬鹿じゃないから、当然、対策は持ってる)

 

 シノギのインベントリを占有する花火は、こちらだけの武器ではない。

 建物ごと吹っ飛ばされれば、為す術なくリスポーンだ。

 手にしていた長い縄を放って、シノギは戸を閉めた。

 

「さて――」

 

 しばらくして、鹿追が二名の助っ人を伴って合流した。

 シノギと鹿追を含め、これで六名。

 

「決して多くはないな」

「時間的な問題があったからね」

「まあ、確かに。これだけ人がいなくなってると」

 

 “あいつ(くいっ)”が、いつ河岸を変えてもおかしくない。

 時間がないという鹿追の言葉に、全員が同意した。

 

「改めて、作戦についてだけれど――」

 

 残念ながら、人数的に班を分けての陽動作戦などは難しい。

 改めて告げられた鹿追の提案により、正面の大通りを全員で爆走する脳筋案となった。

 

「一人三秒くらい耐えれば、誰かがたどり着ける」

「万歳アタックかぁ」

 

 火の見櫓まで、およそ百メートル。

 回避行動を取りながらでも、あっという間に勝負が決まるだろう。

 遠い目をする助っ人(肉の盾)の傍らで、別の一人が鹿追へと目を向けた。

 

「そっちが得た戦利品は、後で分配で間違いないんだよな?」

「もちろん。分配の日時と場所は説明したとおり。全滅した場合や大した戦利品を得られなかった場合は、別に用意した報酬を支払うよ」

 

 そこで嘘を吐くほど間抜けではないと、鹿追が答える。

 

「呵呵、そこを信用出来ないなら、帰るしかないからのう」

「ま、今更だね。信用しているよ」

 

 古平の言葉に、イトウがうなずく。

 残る仲間達(射的の的)も、そこを疑うつもりはないようだった。

 もっとも、チラチラと他の者たちを見るその眼は、明らかに仲間に向けるものではない。

 

(最後の一人になれば、戦利品総取りだもんな)

 

 戦利品を分配すると約束したのは、鹿追とシノギの二人だけだ。

 他の者達はそんな約束はしていない。ゆえに戦利品を差し出す必要は無い。

 仮に求められたとしても、最後の一人となって、「戦利品は爆発で失われた」とでも言えば、それを否定することはできない。

 また、後ほど集まったところを上手くやれば(鏖殺すれば)、別に用意されたという報酬を含め、かなりの収入となるだろう。

 

(こちらとしても、分配した後に回収するつもりだしな)

 

 お互い様だと、シノギは内心で笑った。

 ギラついた眼光を隠そうともせず、牙を剥くような笑みを向け合った後、六名は肩を並べる。

 “釜の蓋”を持つ者二名。

 花火は、全員が十数発をインベントリに格納している。

 

「位置について――」

 

 鹿追の声に、一斉に身構える。

 先頭を駆けるのか、先行者を盾に走るのか。

 それとも、盛大に足を引っ張ってやるのか。

 各々の方針を見定めるように、互いの呼吸をうかがう。

 

「よーい、ドン!!」

 

 鹿追が手を打ち鳴らすと同時、五名は一斉に飛び出した。

 

 

 

 

 一斉に飛び出した一団。

 頭ひとつ抜けたのは、古平だった。

 

「はやっ!?」

 

 あっという間に距離を開き始めた先行者の背に、シノギは思わず声をもらす。

 狙撃を避けるため、不規則にステップを刻みながら、しかし全く躊躇なく疾走する。

 そこに、“あいつ(くいっ)”が矢の雨を浴びせ掛けて来た。

 

「なんの!」

 

 古平が気炎を吐く。

 ヘッドショットを狙った一矢を、首を振って躱す。

 さらに加速。側面から襲ってきた二の矢を、その背後に置き去りとした。

 弧を描く矢が明後日の方向に飛んでいく。

 

「おお!」

 

 後方を追う者達から歓声が上がった。

 こちらにも飛んできた矢を“釜の蓋”で受け止めながら、シノギは独走する背中を見つめる。

 と、古平が跳躍した。

 一瞬遅れて、その足元に火矢が突き立った。

 

(ん? 火矢?)

 

 怪訝に思った瞬間、前方から古平の姿が消えた。

 閃光と轟音。

 土塊と焔星を撒き散らして吹き上がる爆炎。花火だ。

 

「地雷!?」

 

 先ほどの火矢が、埋められていたものを起爆したのだろう。

 事態を察して、仲間の一人がぎょっとした様子で足を止めた。

 

「足を止めるな!」

 

 警告の声を上げた時には、その仲間は仰向けに倒れ始めていた。

 頭から矢が生えている。シノギは思わず舌打ちをした。

 

「くっ!!」

 

 背後で、誰かが花火を投げた。

 爆音とともに咲いた華が、追い撃ちに放たれた矢の群れを吹き散らす。

 その衝撃波は上空に乱流を生じ、束の間ではあるが狙撃を――

 

「あっ!?」

 

 シノギの斜め前を走っていた男がつんのめった。

 堪らず放り出した“釜の蓋”が、転倒した男の前方に落ちる。

 男の膝は、矢に撃ち抜かれていた。

 

「ひっ!?」

 

 慄然とする男のこめかみに、矢文が突き刺さったのは次の瞬間のことだった。

 結んだ文が翼となって、矢の軌跡を制御しているらしい。

 その異様な軌跡を見て気が付いた事実に、シノギはゾッと背筋を震わせる。

 

「後ろだ!」

 

 背後からの警告。

 咄嗟に横へと跳びながら、“釜の蓋”を後ろに向ける。

 手元に衝撃が伝わる。舌打ちをしたシノギは、一瞬前まで己がいた空間を、四矢が並んで貫く様を見た。

 自分が防いだ矢を含めて、五矢がこちらを狙っていたらしい。

 

(うへぇ)

 

 顔を引き攣らせるシノギを、後方にいたイトウが追い抜いていく。

 どうやら、先ほどの警告は彼がしてくれたらしい。

 

「もうすぐだ!」

 

 励ます声にうなずいて、シノギもその後を追う。

 火の見櫓まであと少し。

 そう奮い立つ彼らを嘲笑うかのように、空から花火が投げ込まれる。

 ぎょっと目を見開く二人の頭上で、火矢がそれを撃ち抜いた。

 至近で爆裂した花火が、色とりどりの星を撒き散らす。

 

「――――っ!!」

 

 反射的に“釜の蓋”を掲げたシノギの前で、イトウの体が傾いた。

 緑の流星を頭に受けて、断末魔すらないままに果てたのだ。

 ダメ押しとばかりに矢が降り注ぐ。

 

「くっそ!!」

 

 最後の一人となって、シノギは走る。

 頭上に“釜の蓋”を持ち上げて、脇目も振らずに全力疾走。

 雨のように矢が蓋を叩く中、ヒョウという風音が聞こえた気がした。

 

(だああああ!!)

 

 釜の蓋を持ったまま、地面にダイブする。

 無様に顔で地面を削りながら、頭上を撃ち抜いた矢が櫓に突き立つ音を聞いた。

 そして。

 

「届いた!」

 

 地を滑る勢いそのままに、火の見櫓の根元に頭突きする。

 衝撃に目を回しかけながら、シノギはインベントリを操作した。

 ありったけの花火を辺りにばら撒く。

 

「よし。後は、導火線に火を――」

 

 直後、遙か後方で爆音が上がった。

 

 

 

 

 振り返ったシノギは、スタート地点付近に立つ鹿追と、彼女の右側にあった町屋が吹き飛ぶ様を目にした。

 どうやら、あらかじめ連なる建物全てに大量の火薬を置いていたらしい。

 

「建物の中を通る案を採らなかったのは、これが理由か」

 

 連なる町屋が順を追って爆砕する。道半ばで果てた戦友達の骸を吹っ飛ばして連鎖する炎は、派手な導火線のように見えた。

 

(行き着く先は、当然ここ)

 

 火薬は、十字路の角地にある建物にも仕掛けられているはずだ。とはいえ、そこから櫓を吹き飛ばすほどの威力はあるまい。

 しかし、火の付いた木片などはシノギのいる場所まで届くだろう。

 そうなれば、今ばら撒いた花火に引火する。予定どおり櫓は吹き飛ぶハズだ。

 離脱前のシノギごと、色鮮やかな華が咲く。

 

「まあ、そうだよな」

 

 吹き飛んだ建物の破片を避けるためだろう。

 爆炎の上がった建物の向かい側へと移動して、こちらに手を振る鹿追に、シノギは笑顔を向けた。

 彼女の行動に疑問はない。誰だってそうする。

 自分だってそうする。

 だって、生き残りは己だけで十分だ。天がそう言っている。

 

「――――」

 

 笑顔の鹿追が、その左手側から吹き出した炎に飲まれて消えた。

 長い縄を導火線とする花火が生んだ爆発は、彼女が仕掛けたもののように連鎖することはない。

 しかし、通りの真ん中あたりまで届く大輪の華となった。それを見届けて、シノギは迫り来る破滅へと目を戻す。

 もう猶予はない。

 

「さて――」

 

 やるだけやってみよう。

 破壊不能オブジェクト(絶対の盾)“釜の蓋”を持ったまま、シノギは櫓へと向き直った。

 数歩分の助走を以て跳躍、櫓の柱を蹴ってさらに上に。

 三角跳びの要領で高さを稼ぐ。

 無論、この程度で破滅から逃れられるとは思っていない。

 

「ほっ」

 

 シノギは、空中で己が足下へと“釜の蓋”を差し入れる。

 直後、角地にあった建物が吹き飛んで、炎が周囲に降り注ぐ。

 花火の一つが誘爆した。

 閃光に轟音。

 咄嗟に閉じた瞼の裏が赤く染まる。音の濁流に呑み込まれた。

 飽和する感覚の中、“釜の蓋”を踏み締める感触だけを寄る辺とし、シノギは鮫のような笑みを浮かべた。

 

「―――は」

 

 二度は出来ない。

 極まった集中が、シノギの世界をスローに変えた。

 “釜の蓋”を突き上げる力を足裏で捉え、重心を調整し、荒れ狂う波を乗りこなす。

 飛び散る色とりどりの焔星とともに、シノギは空を飛ぶ。

 

「は、ハハハハハハ――――ッ!!」

 

 カッと目を見開いて、耳鳴りを吹き飛ばす勢いで高笑い。

 気がつけば、火の見櫓が下方にあった。

 驚きの表情でこちらを見る“あいつ(もはやゼスチャー不要)”をシノギは睥睨する。

 さあ、天誅の時間だ。

 

「――――っ!!」

 

 “釜の蓋”を蹴って跳ぶ。

 視線の先で、摩天郎が弓弦を引き絞った。

 ヒョウと放たれた矢を、左手を盾に受け止める。無論、その程度で勢いは減じない。

 

流星(メテオ)天誅――!!」

「ヌケボびゃッ!?」

 

 櫓に飛び込むと同時、シノギは“刑死兆”を一閃した。

 “あいつ(くいっ)”の首がくいっと飛んで。

 直後、下半分を砕かれた櫓が、焔と破片を撒き散らしながら倒壊した。

 

 

 そして、誰もいなくなった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「いやー、参ったね」

 

 笑いながらみたらし団子を口にする隣で、シノギは無言のままお茶を啜った。

 いつもの茶屋で飲む一服は、とてもとても苦かった。

 

 “あいつ(くいっ)”を無事に倒した……ような気がするシノギ達だが、残念ながら戦利品は得られなかった。

 何しろ敵も味方も皆殺しである。

 勝者不在の戦場跡にばら撒かれた各種装備にアイテムは、リスポーンした者達が戻った時には、綺麗さっぱり失われていた。

 

「まあ、仕方ないよね」

 

 様子を窺っていた誰かによって、持ち去られた(ハイエナされた)らしい。

 当たり前と言えば当たり前な結果に、シノギは据わった目を天へと向けた。

 戦利品が得られなかったため、代わりの報酬を助っ人達に渡したことを考えれば、大赤字も良いところだ。

 

(まあ、報酬は取り戻したから良いとして)

 

 シノギはため息をつく。

 取り戻せなかったものを思い、恨めしげに呟いた。

 

「俺の“刑死兆”」

「あっはっはっは」

 

 おのれと呪詛を吐くシノギの隣で、鹿追が楽しそうに笑い声を上げた。

 今日も幕末は平常運転だ。

 




 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
 カテゴリー認定を見て何か書きたくなったので、さらに蛇足を重ねてしまいましたが、多少なりとも楽しんで頂けたなら幸いです。

 恐ろしく無謀なことをされた硬梨菜様に乾杯。(24会場…)
 やったぜ!



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