十字架が光る
その黒人男性の胸元には銀色の十字架が光る
「主は貴方を許します」
とある協会を模したイベント会場で白い修道服を着た黒人男性は目の前で倒れている男に語る
「主は全てを許します」
倒れている男は蠢く、折れた腕、切られた脚、打ち抜かれた頬と満身創痍の身体を無理矢理にでも動かしている
「貴方の罪は無くなります」
黒人の男性はカツカツと靴の音を響かせながら倒れている男に近づく
「されど」
更に近づく、目の前まで来てしゃがみ倒れた男の耳元で囁く
「貴方はここで死ぬ」
倒れた男は更に蠢く、客観的に見てその傷だけで助かる見込みが無いのか分かる、それは自分でも理解しているだろう。だからと言って死ぬと宣言されて何もしないで訳にも行かなかった
男は思う。こんな奴に殺されたくないと
「主の元に行きなさい」
黒人男性は修道服の袖から砂のような物を男に振りかけると男は激しくのたうち回った、身体中の傷が無理矢理こじ開けられていく、折れた腕は更に折れ、切れた脚は裂け、打ち抜かれた頬が腫れ上がる
修道服の黒人は笑顔で苦しむ男を見つめていた
「面白い余興じゃのマスター」
黒人男性の背後から声だけ聞こえる
振り向かず、笑顔絶やさず、死にゆく男を見ながら答えた
「彼は自分の罪で死ぬのです。見てください彼はこうして自らの罪を刻み込む形で救われるのです。」
「《罪》のう」
「ええ、自らの汚れを引き受け戻す事で罪を清算し天へ帰る事が出来るのです」
グチャ、ゲチャと倒れた男は人の形を崩していく、おおよそ人間の形が無くなった肉の塊に変化していく
しかしそれでも男は生きている
「そして、これからゆっくりと天に召されて行くのです。」
人の形を無くした肉塊だがおかしい部分があった、一切血が流れて来ないのだ。
どんなに傷口が開いても、そこから血が溢れ出る事が無かった、折れて切れて腫れてそれでも血は流れ出て来ない
物理的に血管が切れている筈なのに血が出てこない、それどころか血管は問題なく血を全身に送っていた
通常ではあり得ない、有り得るはずの無い状況
肉塊になった男には痛みだけが残る、折れた部分の、裂けた部分の、腫れた部分の痛みだけが伝わり続ける、全身から痛みや外傷から普通ならショック死は避けられない筈だが男はいつまでも痛みに苦しむ
「死にたくても死ねない《呪い》かの」
「流石[アーチャー]良くお分かりで」
「何とも酷いの」
「それが彼の罪ですから」
「成る程、人間は皆罪深いものなぁ」
「彼は罪を償い、天に召されて行けるのです、大変喜ばしい事ですね」
「喜ばしいかの?だが汝の顔は喜んでいるのでは無く楽しでいる顔だのう」
修道服の男は更に口角を上げまるで口が裂けたかの様なおぞましい笑顔を見せた
「ええ、楽しいですとも神の名の下に愚かなる者を裁く、こんなに愉快痛快な事が有りますか?はぁ〜堪りませんよ。見てください、彼は苦しみ悶えながらも簡単には死ねない、私の《呪術》が彼を生かして苦しみを罰として昇華させるのですから」
「その人間にどんな罪があったのかの」
「さぁ、それは分かりません、彼とは偶然出会ったもので」
「そうだの、街を歩いて目があっただけの人間にしか見えなかったからの」
「まぁ、彼が何処の誰でもどんな人生を送ってきたのかは全然興味がございません。ですが《この世に生きる人間に罪がない者などいない》から構わないのですよ」
「そうかそうか、それは良かったの。それでお前のような奴を許す『主』とやらどんな奴なのかの?」
「さぁ?会った事がないので分かりませんね、でもまあ良い方だと思いますよ」
アーチャーはその返答を聞いて激しく笑った
「愉快、愉快じゃの」
「はぁ、それは良かったですね?では次に行きましょうか、果たしてサーヴァントにはどんな罪があるのか、そのマスターどんな罪があるのか、気になりますよねぇ」
「よかろう、裁けるだけ裁けば良い、我も力を貸してやろう」
「ありがとうございます。アーチャー」
哀れな肉塊を残して修道服を着る黒人の男性ミゲウ=サントスの