Masked Rider BAGX-AID 作:ドラーグEX
「……ふぅ」
「落ち着いた?」
隣に座るエミが話しかけると、ケーキセットを平らげた少女はコクンと頷いた。
「ごちそうさまでした。でも……私、お金持ってなくて……」
「ああ、いいのいいの。私が出すから」
「ありがとう、ございます」
今度は深々と頭を下げた少女に(礼儀正しい子だなぁ)という印象を覚えつつ、エミは少女の銀色の瞳を見つめた。
「あなた、お名前は?」
「……ショウ。輝くって書いて、
「ショウちゃんか。良い名前だね。あなたにぴったり」
「エミちゃん、大丈夫そう?」
客足にひと段落がついたので、レイコもエミたちがいるテーブルやってくる。
「うん。この子、ショウちゃんっていうんだって」
「へえ、そうなの」
身体を屈めたレイコがショウに顔を近づける。
「こんにちは、ショウちゃん。私はレイコ。このお店の店長をしてるの」
「店長……。じゃあ、このケーキも?」
「そうだよ。レイコさんの作るケーキはとっても美味しいんだから!」
「うん、とっても美味しかった」
レイコの代わりに答えるエミがまるで自分のことのように誇らしげに言い、ショウも目を輝かせて何度も頷く。
レイコはその光景にただ柔和な笑みを浮かべ、続けてショウに問いかけた。
「それでショウちゃんはどうしてお店の前にいたのかしら?」
「………………」
瞬間、ショウの表情が曇る。
「私、追われてるの……」
「追われてる? 誰に?」
「すごく恐ろしいもの。だから、逃げてきた」
ソファにのせていたスーツケースに置いた手を握って俯くショウ。
「けど、行くところもなくて……」
エミにはその姿が雨に濡れる捨て犬のように見えて、どうしても放っておけなかった。
「ねえ、レイコさん」
レイコに視線を向けると、エミの考えていることを察したレイコは数秒の思案の後で肩を竦めた。
「仕方ないわね。少しの間くらいなら、うちにいて良いわよ」
「ありがとうレイコさん!」
「いいの? 見ず知らずの私に……」
「いいのいいの! レイコさん、ショウちゃんに家の中を案内してくるね!」
「はいはい。けどお店のお手伝いがあるから、呼んだら戻ってきてね」
「はーい! ショウちゃん、行こ行こ!」
「あ、ちょ、ちょっと……」
エミはショウの背中を押し、生活スペースへと連れ出した。
◆
「ここが私の部屋!」
エミに手を引かれて家の中を案内されたショウは、最後にエミの部屋に通された。
白い壁紙の部屋には、本棚とベッドと机、部屋の中央の丸絨毯に置かれた脚の短いテーブルが、整然と配置されている。
「綺麗にしてるんだー! ミライとヤコもよく来るし……あ、ミライとヤコっていうのは私の友達でね!」
聞かれてもいないのにベラベラと喋りまくるエミ。エミの声を聞き流しながら部屋の観察をしていたショウは、枕元に置かれたぬいぐるみに視線が釘付けになった。
「マイティ……」
一頭身の丸いボディに手足が生えた愛らしいキャラクターのぬいぐるみ。
ショウが手に取ると、柔らかい質感を持ってその輪郭が歪んだ。
「あ、ショウちゃんも知ってる? マイティくん! 可愛いよねー!」
「ゲーム、好きなの?」
ショウの問いかけに、エミは曖昧な表情を作ってから苦笑した
「好きだけど、得意じゃないかな。どっちかっていうとキャラクターが好きなの。だからクレーンゲームで取れたそのマイティくんも大切にしてるんだ」
「……そう」
小さく笑ったショウ。エミはショウが持ち歩くスーツケースに興味を抱いた。
「ねえねえ、そういえばそれ、中に何が入ってるの?」
「……とても大切なもの」
「へえ〜! 開けてもいい?」
エミが手を伸ばすと、ショウは細い腕でスーツケースを守るように抱きしめた。
「今は、ダメ。来るべき時が来たら見せてあげる」
「来るべき時……?」
「エミちゃーん! 戻ってこれるー?」
首をかしげるエミは、開けっ放しだったドアの向こうから聞こえたレイコの声に、小動物のように反応した。
「あ、レイコさんが呼んでる。じゃあショウちゃんはここで待ってて! あ、そうだ!」
机の引き出しからエミが取り出したのは、携帯ゲーム機。
「よかったらこれ、貸してあげる。すぐに戻ってくるから、終わったら一緒に夕飯食べよ!」
そう言って部屋から出ていったエミを見送り一人になったショウは、絨毯の上に座り、手渡されたゲームを起動する。
「来たるべき時……。あなたには来る……?」
ショウは、ゲーム機の液晶に映るマイティアクションXのスタート画面の『NEW GAME』にカーソルを合わせ、ボタンを押した。
◆
「ありがとうございましたー!」
店に残っていた最後の客を溌剌な声で送り出し、エミはテーブルの上の皿やティーカップを片付ける。
「エミちゃん、お疲れ様。今日はもうお終いにしましょうか」
厨房から出てきたレイコが、そのままレジを開けて売り上げの確認作業に入る。
「これから晩ごはん作るけど、ショウちゃん、苦手なものとかあるかしら?」
「あ、じゃあ私聞いてくるよ!」
店から居住スペースに移動しようと、エミが店の入り口の前を通りがかった時、ベルの軽やかな音がなった。
それは、入り口が開いたことを意味する。
「いらっしゃいま……」
ほとんど条件反射で声を出したエミは、最後まで言えなかった。
「え、福戸先生?」
スーツ姿の青年は、昼間に居眠りするエミを小突いた世界史教師だった。
「ああ、そういえばこの店はお前の家だったな」
夕方の橙色に染まった陽光を背に受け、淡々とした口調で言う。
福戸の様子が、昼間とはどこか違う。だがその違いを明確に指摘できないエミは、ただ福戸の顔を見たまま止まっていた。
「エミちゃん? そちらの方、お知り合い?」
レジ越しに聞こえたレイコの声にハッとなったエミは、すぐに笑顔を作った。
「う、うん。私の学校の先生!」
「世界史を担当しています。福戸です」
「あら、そうだったの。いつもお世話になってます」
レイコがうやうやしく頭を下げ、福戸も小さく会釈する。
「で、先生どうしたの? お茶しにきた感じ?」
「いや、ケーキを買いに来た。外の看板ではまだ営業中だったのだが……もう終わりか?」
「あ、う、ううん! ギリギリ大丈夫! ねっ? レイコさん」
「そうね。先生、どうぞこちらへ」
「すみません」
レジに歩き出す福戸。
すると、居住スペースと店をつなぐ廊下から銀色の少女が顔を出した。
「あ、ショウちゃん。どうしたの?」
「片付け、手伝おうと思って……」
直後、ショウの身体が固まる。
「あ……」
「もー、そんなに気を使わなくても良いのに! ゆっくりしてて大丈夫だよ?」
近づいてくるエミの声は、聞こえていない。
ショウの視線は、レジでケーキの入った紙箱を受け取る福戸に向けられていた。
「あ……ぁ……!」
「ショウちゃん? どうかした?」
「っ!」
弾かれるように踵を返したショウは、階段を駆け上っていく。
「あ、ちょ、ショウちゃん!?」
追いかけたエミは、自分の部屋に入っていく銀色の髪を見た。
「どうしたの? ショウちゃん……って、ええ!?」
部屋に足を踏み入れたエミは、窓を開け放ってその縁に片足をかけているショウの姿に目を見張った。
「な、何してるのっ?」
「ごめんなさい。私、やっぱりここにはいられない」
謝るショウの手は、スーツケースとつながるグリップを握っている。
「いられないって、どうして?」
エミの問いかけに答えようとはせず、ショウは両足を縁に乗せた。
「どうか、私のことは忘れて」
その一言の直後、ショウが窓から飛び降りる。
「ショウちゃん!」
窓辺に駆け寄ったエミはショウが落ちたはずの地上を見下ろす。
「うそ……」
だが、あの煌めく銀色の少女の姿は、もうどこにもなかった。