Masked Rider BAGX-AID   作:ドラーグEX

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第5話 無垢なるmorning!

 櫻井エミは夢を見ていた。

 どこともわからない暗闇。世界がまるごと消えて無くなったような、完全な漆黒の中でひとり、空を見上げている。

 

 その視線の先には、光があった。

 まるで空を塞ぐ栓のような月が、優しいというよりも冷たいと思えてしまう淡い光を放っている。

 

 月の(まる)い縁から、オレンジ色の細やかな輝きが溢れ出した。

 輝きは無数の星となって、まるで雨のようにエミへ向かって落ちてくる。

 

 神秘的な光景に息を飲んだその時。

 ぐい、と足が何かに引かれた。

 視線を下げて見たそれは、手だった。

 痛々しいまでに白い皮膚から骨を浮かび上がらせた手が、エミの足首を掴んでいる。

 

 エミが立っていたのは、人で埋め尽くされた地面だった。

 顔のない人々の誰もが、苦悶の声を上げ、助けを求めるように手足を動かしている。

 

 異様な光景に恐怖が胸を満たし、声になり損ねた息が漏れる。

 逃げ出したいのに、掴まれた足は動かない。

 自分もこうなってしまうのかと絶望に駆られた時、頭上で何かが光った。

 

 冷たいと感じた月から、同質の光を持った光が手を形作り、エミに伸びていた。

 正体がなにかはわからなかったが、その手を掴もうとエミも手を伸ばす。

 光の手と触れ合った瞬間、エミの意識は浮かび上がった。

 

 ◆

 

「……ん」

 

 朝。

 目を開けたエミは、昨夜の出来事を思い出した。

 変身し、戦った。

 

 傍にいたはずのぬくもり——ショウの姿がないことでその意識を覚醒させた。

 

 まさか、寝てる間にどこかへ行ってしまったのでは。

 

 そう考えた瞬間、背中に冷たい電流が走り、エミはベッドから飛び出した。

 

 いつもならどうという距離ではないはずのリビングが、とても遠くに感じる。

 飛びつくようにドアノブに手をかけ、ドアを開けて一も二もなく叫んだ。

 

「ショウちゃん!」

 

 エミの視線の先には、銀色の綺麗な髪の少女がいる。

 振り返ったショウは、パンをもきゅもきゅと食べていた。

 

「よ、よかったぁ〜……」

 

 崩れ落ちそうになった身体をドアにもたれさせ、どっと息を吐くエミ。

 口元に食べかすをつけたまま、エミを星の宿る瞳で見つめるショウは、「なに?」と言わんばかりに小首を傾げた。

 

「おはようエミちゃん。どうしたの? 朝からそんなに慌てて」

 

 居住スペースのキッチンから出てきたレイコが、トーストとコーヒーの載ったプレートを運びながらエミに声をかける。

 

「いや、ショウちゃんがいなくなってたから、びっくりしちゃって……。おはよう、レイコさん」

 

「そういうこと。エミちゃんが起きてくる少し前に起きたのよ。お腹空いちゃったんですって。食べ盛りなのかしら」

 

「レイコのパン、美味しい」

 

 咀嚼していたパンを飲み込んだショウは、どういう原理なのか頭頂部のアホ毛をピコピコと揺らしながら、レイコ手作りのパンを絶賛する。

 レイコは、ケーキ作りとは別に趣味で作っていたパンを褒められ、(お店にも出してみようかしら)と笑みをたたえながら思案した。

 

「エミちゃんも朝ごはん食べてね?」

 

「ああ、そうだったそうだった」

 

 テーブルについたエミは、自分の前に出されたパンと目玉焼きを前に手を合わせ、コーヒーを口に含んだ。

 

 食べ始めると、ショウがエミを見つめ、自分の食事を続けながら言葉を紡いだ。

 

「昨日の続きだけど」

 

「へ?」

 

「あなたは、仮面ライダーになった」

 

「仮面ライダー……って、なに?」

 

「……力を持つ戦士。神さまへ至り得る資格を与えられた、選ばれし者」

 

「………………」

 

「あなたはデ・バグスターと戦いながら、神さまへの道を歩くことになる」

 

「そうだ。その神さまって、なんなの?」

 

「詳しくはわからない。ただ、この世界を統べる、究極の存在。としか」

 

「ふーん……。デ・バグスターっていうのは、昨日の怪人でいいんだよね?」

 

 頷いたショウは、自分用に用意されたホットミルクを飲んだ。

 

「あの男が、デ・バグスターを作り出す。それ以上は彼のことはなにもわからない」

 

「福戸先生……」

 

 見たことのなかった教師の一面を思い出し、エミは表情を曇らせる。

 

「顔を上げて。あなたは勝つことができた。だから、大丈夫」

 

 頬にそっと手を添えられ、ショウの瞳に嘘のないことを理解する。

 

「二人とも、なんの話?」

 

 突き合わせた二人の顔を見つめていたレイコに振り向き、さっと顔を離した。

 

「え、あ、げ、ゲーム! ゲームの話だよ! 昨日、ショウちゃんと盛り上がって!」

 

「まあ、一緒に遊んだの? それもゲームで。エミちゃん、ゲーム苦手じゃなかった?」

 

「し、ショウちゃんが教えてくれて、あははは……」

 

「仲がいいみたいでなによりだわ。でも、早く食べて準備しないと学校に遅れちゃうわよ?」

 

 壁に掛けられた時計は、エミがいつも家を出る時間の二十分前を指していた。

 

「あ、ヤバい! 本当に遅れる!」

 

 パンをコーヒーで流し込み、エミはテーブルを離れる。

 

「……がっこう? レイコ、がっこうって、なに?」

 

 話を振られたレイコは、きょとんと目を丸くした。

 

「学校知らないの?」

 

「うん。行くというからには、なにかしらの施設?」

 

「難しい言葉を知ってるのね。そうね……お友達と会って、お勉強するところ、かしら」

 

「友達……勉強……。私には、必要ないはず」

 

「え?」

 

「ごちそうさま」

 

 ホットミルクを飲み終えたショウは、椅子から降りるとエミの後を追いかけた。

 

 ◆

 

「うう〜、学校に行ったら、福戸先生に会うよなぁ。今日も世界史あるし……」

 

 朝の身支度を終えたエミは、パジャマから制服に着替えながら憂鬱な気分になっていた。

 

「ミライとヤコに話したら守ってくれるかな! ……ダメだ。多分信じてくれない。ああ、どうしよう〜!」

 

「独り言、大きい」

 

「あ、ショウちゃん。どうしたの?」

 

「もしもの時のために、一つ、伝えておく」

 

「な、なに?」

 

「ガシャットは忘れずに持って行って。戦闘になる可能性もあるから」

 

「戦闘……? まさか、福戸先生やデ・バグスターと?」

 

 エミの問いかけに、ショウはこくんと頷く。

 

「でも、ゲーマドライバーは? カバンに入れたら教科書とかお弁当が入らないよ?」

 

「問題ない。あなたが変身した時点で、使用者としてあなたは登録された。ドライバーは今、別の位相空間に収納されてる」

 

「つ、つまり?」

 

「手を広げて、イメージして。そうしたら出てくるから」

 

「……こう?」

 

 半信半疑で、緑色の装置を頭に思い描く。次の瞬間、ゲーマドライバーが現れ、手の上に乗った。

 

「おお。出てきた」

 

「消えるよう念じれば、消える」

 

 言われた通りにすると、ゲーマドライバーは忽然と消えた。

 

「これなら、いつでもどこでも変身できる。でも、ガシャットは別。そのカバンの中に、入れておいて」

 

「うん。わかった」

 

 ショウの指示通り、エミはカバンに変身に使用したガシャットと、昨日の戦いの後に手に入れた『クミタテアーバン』のガシャットをカバンに詰めた。

 

「エミちゃーん。本当に遅れちゃうわよー?」

 

 階段の下から呼ぶ声に叫びかえして、エミはカバンを肩に提げた。

 玄関で靴を履いたエミは、見送ってくれるレイコの隣に立つショウに笑いかけた。

 

「ショウちゃん、いい子にしててね?」

 

「うん」

 

「レイコさん、ショウちゃんのことお願いします」

 

「ええ。任せておいて」

 

「いってきまーす!」

 

「いってらっしゃい」

 

「……しゃい」

 

 手を振ったショウは、扉の向こうに消えていくエミの無事を心から願っていた。

 

 ◆

 

「ふあ〜あ。昨日の今日だと流石に疲れてるなぁ」

 

 手で隠しながらあくびをする。いつもより早く寝たはずだが、エミはまだ眠り足りなかった。

 

「学校着いたらひと眠りしておくか……」

 

「エミ、おはよっ!」

 

「おっはよー」

 

 背中を軽く叩かれて振り返ると、大切な友人二人がいた。

 

「ああ、ミライ、ヤコ。おはよう」

 

 いつものメンツになって、学校へ向かう。

 

「どうしたの? えらく眠そうじゃん」

 

「夜遅くまで起きてたの?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど。昨日二人と別れたあと、大変でさ」

 

「なに、お店の経営ヤバいの?」

 

「今日にでも行こうか? 売り上げに貢献するわよ?」

 

「ありがと。でも大丈夫。軽く馬車馬の如く働いただけだから」

 

 エミの発言を聞き、二人の背後にビシャーン!と雷鳴が轟く。

 

「あの包容力ハンパないレイコさんが、娘同然のエミを馬車馬の如く……!?」

 

「やっぱりお店、ヤバいんじゃ……!?」

 

「え? えっ?」

 

「私、あそこのガトーショコラ好きだったのに……」

 

「カモミールティー、最後に飲んでおこうかしら……」

 

「潰れる前提の話しないで! なんでもないったらなんでもないの!」

 

「「冗談だよ。冗談」」

 

「もー!」

 

 登校中のなんてことのないやり取り。

 それがとても心地よく、尊いものに思えて、なんだか泣きそうになってしまう。

 

「ま、まあ、寝不足なのは確かなんだけどね」

 

 目を擦るふりをして、溢れかけた涙を拭った。

 そう。これがエミの守りたいもの。誰にも奪わせないと決めたものなのだ。

 

「はーい、そこのあなたたち! 道に広がって歩かないで!」

 

 三人は前から聞こえてきた声に足を止める。

 そこにいたのはボブカットに髪を切りそろえたメガネの、エミたちと同じ制服姿の少女。

 

「おー、レヌイ。おはよー」

 

 清都大学付属高校の生徒会長、レヌイだ。

 三人とは別のクラスだが、レヌイが生徒会長になる前の一年生時は四人でよくつるんでいた。

 

「何してんの? こんな朝っぱらから」

 

「通学路の警備よ。警備」

 

 彼女も、バグスターだ。

 

「まあ、それは大変ね」

 

「他人事だと思って。というかヤコ。あんたには昨日話したわよね」

 

「でも、なんで急に? 昨日までそんなことしてなかったよね?」

 

「不審者が出没するって話は前々から上がってたのよ。で、今日から生徒会と先生たちで見回りすることになったの」

 

「不審者……」

 

「だってのにね、今日の担当だったはずの福戸先生が急に学校を休んじゃったのよ!」

 

 その名前を聞いて、エミはどきりとなった。

 

「福戸、先生が?」

 

「おかげでこの地区は私ひとりでやるハメになったわ。まったく。会ったら文句言わないと」

 

 腰に手を当てて怒るレヌイだったが、すぐに怒るのをやめて肩をすくめた。

 

「でも実際に被害にあった生徒はいないのよね。あくまで予防ってところかしら。さ、こっちはいいから早く学校行きなさい。私はもう少しここ見てなきゃいかないから」

 

「うん。じゃあね」

 

「がんばんなさいよー」

 

「気をつけてね」

 

 三人はレヌイと別れ、先に見える校舎へと歩き出した。

 

「福戸先生休みかぁ。こりゃ世界史は自習になるかな」

 

 ミライが頭の後ろで手を組みつぶやく。

 

「昨日エミが寝てたから、拗ねちゃったんじゃない?」

 

「………………」

 

「エミ?」

 

「んっ? え、あ、ああうん! そうかもね!」

 

「そうかもねって、あなた……」

 

「ほ、ほら! 早く行こう! 予鈴鳴っちゃうよ!」

 

 走り出したエミ。努めて明るく言ってみたが、表情はそれとは真逆のものになっている。

 昨日の今日で福戸が学校を休んだことに、胸騒ぎが止まらなかった。

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