Masked Rider BAGX-AID 作:ドラーグEX
櫻井エミは夢を見ていた。
どこともわからない暗闇。世界がまるごと消えて無くなったような、完全な漆黒の中でひとり、空を見上げている。
その視線の先には、光があった。
まるで空を塞ぐ栓のような月が、優しいというよりも冷たいと思えてしまう淡い光を放っている。
月の
輝きは無数の星となって、まるで雨のようにエミへ向かって落ちてくる。
神秘的な光景に息を飲んだその時。
ぐい、と足が何かに引かれた。
視線を下げて見たそれは、手だった。
痛々しいまでに白い皮膚から骨を浮かび上がらせた手が、エミの足首を掴んでいる。
エミが立っていたのは、人で埋め尽くされた地面だった。
顔のない人々の誰もが、苦悶の声を上げ、助けを求めるように手足を動かしている。
異様な光景に恐怖が胸を満たし、声になり損ねた息が漏れる。
逃げ出したいのに、掴まれた足は動かない。
自分もこうなってしまうのかと絶望に駆られた時、頭上で何かが光った。
冷たいと感じた月から、同質の光を持った光が手を形作り、エミに伸びていた。
正体がなにかはわからなかったが、その手を掴もうとエミも手を伸ばす。
光の手と触れ合った瞬間、エミの意識は浮かび上がった。
◆
「……ん」
朝。
目を開けたエミは、昨夜の出来事を思い出した。
変身し、戦った。
傍にいたはずのぬくもり——ショウの姿がないことでその意識を覚醒させた。
まさか、寝てる間にどこかへ行ってしまったのでは。
そう考えた瞬間、背中に冷たい電流が走り、エミはベッドから飛び出した。
いつもならどうという距離ではないはずのリビングが、とても遠くに感じる。
飛びつくようにドアノブに手をかけ、ドアを開けて一も二もなく叫んだ。
「ショウちゃん!」
エミの視線の先には、銀色の綺麗な髪の少女がいる。
振り返ったショウは、パンをもきゅもきゅと食べていた。
「よ、よかったぁ〜……」
崩れ落ちそうになった身体をドアにもたれさせ、どっと息を吐くエミ。
口元に食べかすをつけたまま、エミを星の宿る瞳で見つめるショウは、「なに?」と言わんばかりに小首を傾げた。
「おはようエミちゃん。どうしたの? 朝からそんなに慌てて」
居住スペースのキッチンから出てきたレイコが、トーストとコーヒーの載ったプレートを運びながらエミに声をかける。
「いや、ショウちゃんがいなくなってたから、びっくりしちゃって……。おはよう、レイコさん」
「そういうこと。エミちゃんが起きてくる少し前に起きたのよ。お腹空いちゃったんですって。食べ盛りなのかしら」
「レイコのパン、美味しい」
咀嚼していたパンを飲み込んだショウは、どういう原理なのか頭頂部のアホ毛をピコピコと揺らしながら、レイコ手作りのパンを絶賛する。
レイコは、ケーキ作りとは別に趣味で作っていたパンを褒められ、(お店にも出してみようかしら)と笑みをたたえながら思案した。
「エミちゃんも朝ごはん食べてね?」
「ああ、そうだったそうだった」
テーブルについたエミは、自分の前に出されたパンと目玉焼きを前に手を合わせ、コーヒーを口に含んだ。
食べ始めると、ショウがエミを見つめ、自分の食事を続けながら言葉を紡いだ。
「昨日の続きだけど」
「へ?」
「あなたは、仮面ライダーになった」
「仮面ライダー……って、なに?」
「……力を持つ戦士。神さまへ至り得る資格を与えられた、選ばれし者」
「………………」
「あなたはデ・バグスターと戦いながら、神さまへの道を歩くことになる」
「そうだ。その神さまって、なんなの?」
「詳しくはわからない。ただ、この世界を統べる、究極の存在。としか」
「ふーん……。デ・バグスターっていうのは、昨日の怪人でいいんだよね?」
頷いたショウは、自分用に用意されたホットミルクを飲んだ。
「あの男が、デ・バグスターを作り出す。それ以上は彼のことはなにもわからない」
「福戸先生……」
見たことのなかった教師の一面を思い出し、エミは表情を曇らせる。
「顔を上げて。あなたは勝つことができた。だから、大丈夫」
頬にそっと手を添えられ、ショウの瞳に嘘のないことを理解する。
「二人とも、なんの話?」
突き合わせた二人の顔を見つめていたレイコに振り向き、さっと顔を離した。
「え、あ、げ、ゲーム! ゲームの話だよ! 昨日、ショウちゃんと盛り上がって!」
「まあ、一緒に遊んだの? それもゲームで。エミちゃん、ゲーム苦手じゃなかった?」
「し、ショウちゃんが教えてくれて、あははは……」
「仲がいいみたいでなによりだわ。でも、早く食べて準備しないと学校に遅れちゃうわよ?」
壁に掛けられた時計は、エミがいつも家を出る時間の二十分前を指していた。
「あ、ヤバい! 本当に遅れる!」
パンをコーヒーで流し込み、エミはテーブルを離れる。
「……がっこう? レイコ、がっこうって、なに?」
話を振られたレイコは、きょとんと目を丸くした。
「学校知らないの?」
「うん。行くというからには、なにかしらの施設?」
「難しい言葉を知ってるのね。そうね……お友達と会って、お勉強するところ、かしら」
「友達……勉強……。私には、必要ないはず」
「え?」
「ごちそうさま」
ホットミルクを飲み終えたショウは、椅子から降りるとエミの後を追いかけた。
◆
「うう〜、学校に行ったら、福戸先生に会うよなぁ。今日も世界史あるし……」
朝の身支度を終えたエミは、パジャマから制服に着替えながら憂鬱な気分になっていた。
「ミライとヤコに話したら守ってくれるかな! ……ダメだ。多分信じてくれない。ああ、どうしよう〜!」
「独り言、大きい」
「あ、ショウちゃん。どうしたの?」
「もしもの時のために、一つ、伝えておく」
「な、なに?」
「ガシャットは忘れずに持って行って。戦闘になる可能性もあるから」
「戦闘……? まさか、福戸先生やデ・バグスターと?」
エミの問いかけに、ショウはこくんと頷く。
「でも、ゲーマドライバーは? カバンに入れたら教科書とかお弁当が入らないよ?」
「問題ない。あなたが変身した時点で、使用者としてあなたは登録された。ドライバーは今、別の位相空間に収納されてる」
「つ、つまり?」
「手を広げて、イメージして。そうしたら出てくるから」
「……こう?」
半信半疑で、緑色の装置を頭に思い描く。次の瞬間、ゲーマドライバーが現れ、手の上に乗った。
「おお。出てきた」
「消えるよう念じれば、消える」
言われた通りにすると、ゲーマドライバーは忽然と消えた。
「これなら、いつでもどこでも変身できる。でも、ガシャットは別。そのカバンの中に、入れておいて」
「うん。わかった」
ショウの指示通り、エミはカバンに変身に使用したガシャットと、昨日の戦いの後に手に入れた『クミタテアーバン』のガシャットをカバンに詰めた。
「エミちゃーん。本当に遅れちゃうわよー?」
階段の下から呼ぶ声に叫びかえして、エミはカバンを肩に提げた。
玄関で靴を履いたエミは、見送ってくれるレイコの隣に立つショウに笑いかけた。
「ショウちゃん、いい子にしててね?」
「うん」
「レイコさん、ショウちゃんのことお願いします」
「ええ。任せておいて」
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
「……しゃい」
手を振ったショウは、扉の向こうに消えていくエミの無事を心から願っていた。
◆
「ふあ〜あ。昨日の今日だと流石に疲れてるなぁ」
手で隠しながらあくびをする。いつもより早く寝たはずだが、エミはまだ眠り足りなかった。
「学校着いたらひと眠りしておくか……」
「エミ、おはよっ!」
「おっはよー」
背中を軽く叩かれて振り返ると、大切な友人二人がいた。
「ああ、ミライ、ヤコ。おはよう」
いつものメンツになって、学校へ向かう。
「どうしたの? えらく眠そうじゃん」
「夜遅くまで起きてたの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。昨日二人と別れたあと、大変でさ」
「なに、お店の経営ヤバいの?」
「今日にでも行こうか? 売り上げに貢献するわよ?」
「ありがと。でも大丈夫。軽く馬車馬の如く働いただけだから」
エミの発言を聞き、二人の背後にビシャーン!と雷鳴が轟く。
「あの包容力ハンパないレイコさんが、娘同然のエミを馬車馬の如く……!?」
「やっぱりお店、ヤバいんじゃ……!?」
「え? えっ?」
「私、あそこのガトーショコラ好きだったのに……」
「カモミールティー、最後に飲んでおこうかしら……」
「潰れる前提の話しないで! なんでもないったらなんでもないの!」
「「冗談だよ。冗談」」
「もー!」
登校中のなんてことのないやり取り。
それがとても心地よく、尊いものに思えて、なんだか泣きそうになってしまう。
「ま、まあ、寝不足なのは確かなんだけどね」
目を擦るふりをして、溢れかけた涙を拭った。
そう。これがエミの守りたいもの。誰にも奪わせないと決めたものなのだ。
「はーい、そこのあなたたち! 道に広がって歩かないで!」
三人は前から聞こえてきた声に足を止める。
そこにいたのはボブカットに髪を切りそろえたメガネの、エミたちと同じ制服姿の少女。
「おー、レヌイ。おはよー」
清都大学付属高校の生徒会長、レヌイだ。
三人とは別のクラスだが、レヌイが生徒会長になる前の一年生時は四人でよくつるんでいた。
「何してんの? こんな朝っぱらから」
「通学路の警備よ。警備」
彼女も、バグスターだ。
「まあ、それは大変ね」
「他人事だと思って。というかヤコ。あんたには昨日話したわよね」
「でも、なんで急に? 昨日までそんなことしてなかったよね?」
「不審者が出没するって話は前々から上がってたのよ。で、今日から生徒会と先生たちで見回りすることになったの」
「不審者……」
「だってのにね、今日の担当だったはずの福戸先生が急に学校を休んじゃったのよ!」
その名前を聞いて、エミはどきりとなった。
「福戸、先生が?」
「おかげでこの地区は私ひとりでやるハメになったわ。まったく。会ったら文句言わないと」
腰に手を当てて怒るレヌイだったが、すぐに怒るのをやめて肩をすくめた。
「でも実際に被害にあった生徒はいないのよね。あくまで予防ってところかしら。さ、こっちはいいから早く学校行きなさい。私はもう少しここ見てなきゃいかないから」
「うん。じゃあね」
「がんばんなさいよー」
「気をつけてね」
三人はレヌイと別れ、先に見える校舎へと歩き出した。
「福戸先生休みかぁ。こりゃ世界史は自習になるかな」
ミライが頭の後ろで手を組みつぶやく。
「昨日エミが寝てたから、拗ねちゃったんじゃない?」
「………………」
「エミ?」
「んっ? え、あ、ああうん! そうかもね!」
「そうかもねって、あなた……」
「ほ、ほら! 早く行こう! 予鈴鳴っちゃうよ!」
走り出したエミ。努めて明るく言ってみたが、表情はそれとは真逆のものになっている。
昨日の今日で福戸が学校を休んだことに、胸騒ぎが止まらなかった。