Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義 作:ヨツバ
次回からは本編に戻っていくと思います。
396
秦良玉と蘭陵王にとって陳留は最初に訪れた街になるのかもしれない。
謎の転移により2人はこの外史という異世界に飛ばされた。その時に拠点としていた町が陳留である。
路銀稼ぎとしてある飲食店で働いていたというのが意外である。
「お久しぶりです店長殿」
「お久しぶりです」
短期間だけとはいえ、働いていた店だ。せっかく陳留に戻って来たというのだから挨拶は当然だ。
挨拶を済ませて丁度、昼時なので店長が「飯でも食べていけ」と言われたので食べる事にした。
「店に貢献しろって事か」
「はは。良いではないですかマスター」
「確かにね」
昼時の飲食店に入ったのだ。食事をしていかなければ失礼というもの。
「わーいご飯だ。兄ちゃんありがとー!!」
「こら、季衣。誰も奢るなんて言っていないでしょ」
更にこのメンバーには許緒と典韋も加わっている。
曹操軍の中でもチビッ子その1とその2だ。チビッ子なんて言うときっと怒るから彼女たちの前では言ってはならない。
「ここの料理美味しいからどの料理もおすすめだよ」
「じゃあ、チャーハン」
次々と料理を頼んでいく。その次々というのが許緒がどんどん頼んだ料理である。
その小さな身体で何処にその量が入るのか不思議である。まるで鈴々のようだ。
鈴々もあの小さな身体で超が3つ付くくらいの大盛ラーメンを食べた事を見た事がある。胃の大きさとラーメンの量を比べてもどうやって入るのか不思議で人体の神秘を感じたくらいだ。
「許緒ちゃんはよく食べるのね。アルトリアに負けないくらいだ」
「あるとりあ?」
「仲間の1人だよ。彼女もたくさん食べるんだ」
アルトリア・ペンドラゴンはたくさんいて、全員が全員たくさん食べるのだ。
アルトリア・ペンドラゴンがたくさんいるという時点で言葉がおかしい気がしなくもないが、事実である。
「ですが、美味しく食べてくれる姿は料理を作った者からしてみれば嬉しいはずですよ」
「わたしも蘭陵王さんの言う通りだと思います。季衣に料理を振舞う事がたくさんあるけど、やっぱり美味しく食べてもらうと作った甲斐があります」
エミヤやブーディカも似たような事を言っていた事を思い出す。
「おや、典韋殿は料理も作れるのですね」
「はい。よ、よければ今度ご馳走しましょうか?」
典韋が照れながら蘭陵王に提案するのであった。
「流琉の料理はすっごく美味しいんだよ。食べなきゃ損!!」
「そうなのですね。では、今度ご相伴にさずかりましょう」
「は、はい!!」
典韋の料理の腕は高い。曹操の料理の味見役を担っている程だからだ。
実は曹操の料理の腕は超一流で味見役を任されるという事は、料理に対してそれほどの大任ということだ。
大任を任されたという事は彼女の腕を証明している事になる。
「それにしても蘭陵王さんってご飯を食べる時も仮面を付けっぱなしなんですね」
「ええ。外す時は外しますが、基本は付けっぱなしなので特に違和感は無いのです」
蘭陵王の仮面。普段は気にしないが基本はいつも装着したままだ。
いつも装着したままだが絶対に素顔を隠しているわけではない。カルデアではたまに外している事もあるからだ。
「蘭陵王さんの素顔見た事ない…ねえ見せてよ!!」
「こら、季衣!?」
「えー…流琉だって本当は見てみたいくせにー」
「う…それは」
不躾かもしれないと思った発言に典韋は許緒を注意するが、やはり蘭陵王の素顔は見てみたいようだ。
隠されたモノを見たいというのは人間の性だ。パンドラが箱を開けてしまったかのように。
最も蘭陵王の仮面はパンドラの箱ではまったく無いが。
「良いかな蘭陵王さん?」
「特に隠しているわけではありませんが、そう言われると何だか恥ずかしいですね」
「藤丸の兄ちゃんと秦良玉の姉ちゃんは見た事あるの?」
「ありますね」
「何度もある」
カルデアにいれば蘭陵王の素顔なんていくらでも見ている。彼の言った通り、絶対に隠しているわけではないのだ。
蘭陵王が仮面を装着しているのはその美貌で兵が動揺することを防ぐため。中には他者による不躾な視線が嫌だからというのもあるが。
基本的には絶対に隠していたというわけではない。やはり一番の理由は自分の美貌で状況が悪くなるなら、という事で仮面を装着して隠しているのだ。
「どんな顔なの!!」
「絶世の美男」
「そんなに!?」
「マスター…その、恥ずかしいのですが」
「事実じゃん」
宝具に昇華されるほどなのだから嘘ではない。
「絶世の美男…見てみたいなあ」
そこまで言われるとやはり気になるものだ。典韋も素顔を見てみたいと思っている。
「ここまで可愛い子たちが見たがっているのですから見せてあげてはどうですか?」
「秦良玉殿…」
「彼女たちは貴方の嫌がる不躾な視線ではないでしょう」
「まあ、そうですが」
確かに彼女たちからは不躾な視線は感じない。そもそも絶対に隠しているわけでも無いのだ。
「…まあ、良いでしょう」
「え、本当。やったー!!」
「良いんですか蘭陵王さん!?」
「ええ。絶対に隠しているというわけではありませんから」
蘭陵王は自分の仮面に手を伸ばす。
「今が月の出ている夜でなくて良かった」
「それは月が応援してビーム出すから?」
「内緒です」
そこはやはり不明のままである。
仮面を外した蘭陵王。素顔が露わになると光り輝く。
「「眩しっ!?」」
「最初は眩しいから我慢して」
何故か仮面を外すと光り輝く。絶世の美男の顔は輝くものである。
「何で眩しいの…って絶世の美男!?」
「は、はわ…素敵です。蘭陵王さん…」
許緒は蘭陵王の素顔に驚き、典韋は魅了されたかのように呆けてしまっている。
「彼女たちには刺激が強すぎたか…特に典韋ちゃんには」
流石はスキル『魔性の貌(EX)』を持つ者だ。
「あれ、流琉。大丈夫?」
「典韋殿…典韋殿!?」
推しのアイドルに至近距離まで近づかれたファンのようになってしまったかもしれない。
「店内が物凄く明るいです」
秦良玉は冷静に焼売をパクリ。
この後、店長が「何事だ!?」と言って出てくるのは当然の結果かもしれない。
397
陳留で過ごしていると久しい顔に出会う。
「またも久しぶりだな陳登殿」
「藤太さん。久しぶり。実は華琳さまの報告があってね」
彼女は屯田制度や農業を任されている。その報告をするために陳留に訪れているのだ。
徐州では農地改革のために豫洲との昔からの付き合いということで再開していた。
変わらず元気そうで俵藤太は微笑む。
「あれからもう大丈夫か?」
「うん。それにもしもの時のために華佗さんからの薬は常備しているんだ」
「うむ。なら良かった」
陳登は寄生虫にあたってしまった。その時は華佗のおかげで助かったのである。
「それともう1つ。陳珪とはどうだ?」
「母さんと……うん、まあまあ」
「まあまあか」
陳登と陳珪は親子だ。
誰もが思う一般家庭のような親子とはちょっと違う。仲が悪いというわけではないがちょっと複雑なのである。
寄生虫の件で自分の母親がこんなにも心配してくれた。こんなにも思っていたという事実を知ってからは多少は親子関係も暖かくなったのである。
だからといってすぐに仲の良い親子になれるかと言われれば、そうはならない。
元々お互いを嫌っているわけではない。ただ性格、自分の信念、目指す先が違っただけで勘違いを起こしているだけだ。
お互いに腹を割って話せば解決したかもしれないが、それが出来ればどんなに簡単であったか。
「他人の家庭にとやかく言うのはどうかと思うかもしれんが…やはり良好な親子が良いぞ」
「……うん。分かってるよ」
「ははは。余計な言葉だったな」
ちょっと渋い顔をした陳登に俵藤太は謝る。他人の家庭に対してズケズケと割り込んでいくのは失礼だ。
「いや、謝らなくていいよ。藤太さんの言い分は一般的に考えて当たり前だからね」
陳登自身も心のどこかでは母親と仲良くなりたいとは思っている。しかし、今までの事を考えるといきなり近づくのも、甘えるのも出来るはずはない。
「親子の絆とは簡単そうで難しいものだ。無理にいきなり近づく必要はない。陳登には陳登の歩調で母親に近づけばいい」
ポンポンと優しく陳登の頭をさする。
「ちょっ…」
いきなりだったせいで恥ずかしがる陳登。
「おお、すまんすまん」
「もう…藤太さんは」
「そうだ。今度ご飯でも誘えばいい。恐らく陳珪と一緒にご飯は食べていないだろう?」
「そ、そうだけど」
豫洲、徐州にいる陳登と陳留に陳珪。なかなか一緒に食卓を囲う事は少ない。
「暇があれば誘ってみるといい」
「……」
「どうした?」
余計なお世話だったかと思うが、陳登が考えているのはどうやら違う。
「…どうやって誘えばいいのかな?」
「普通に誘えばいいではないか」
「その普通が分からないよ藤太さん」
「……そ、そうか」
普通に「ご飯を一緒に食べよう」と言えば良いのだが、陳登はそれが言えないようだ。
複雑な関係というのは、普通が普通に出来ないものだ。ご飯を一緒に食べようと誘う事もできないのである。
「いきなり2人きりが難しいというのなら拙者やマスター…立香と交えてはどうだ?」
「それならいいかも」
「なら早速、誘いに行くか。今回は拙者から提案しよう」
「お願い藤太さん。次は…頑張る」
「その意気だ陳登よ」
俵藤太と陳登が食事をしようと提案を考えた頃、藤丸立香と陳珪はタイミングよく一緒にいた。
「荷物持ちますよ」
「あら、ありがとう。優しいのね立香さん」
大量の書類の入った箱を抱えた陳珪に声を掛けたのは城の廊下での事。
荷物を持つとずっしりとした重みのある箱の中を覗けば紙の資料だけでなく、竹簡や木簡もこれでもかと詰め込められている。
「なら、私は…」
陳珪はクスリとほほ笑むと藤丸立香の腕に、するりと腕を絡めてきた。
「あの、陳珪さん?」
「私だけ手ぶらというのもなんだしね。このくらいの役得はあっても悪くないでしょ」
またもクスリと微笑むと腕に柔らかい感触をぎゅっと押し付けてくる。
普段の彼女からはどこまでが本気でどこまでがからかっているのか分からない。
「それに荷物にだって壊れ物は入ってないし、少しくらい落としても平気よ」
「そういう問題じゃないと思うけど…からかわないでください」
「あら、私は本気よ」
頬を染めた顔をされても困るものだ。勘違いを起こしてしまう。
「ふふ。離して欲しかったら、早く持っていってちょうだいな」
慌てる藤丸立香の反応が楽しいのかもしれない。彼女は絡めた腕に力を込めると、そのまま耳元に唇を寄せて。
「さ、こっちよ」
まるで誘うように呟くのであった。
殺生院キアラやカーマで耐性を持っていなければイチコロだったかもしれない。
「ここよ。資料は机の脇に置いておいて」
「この辺りで良いですか?」
「ええ。ありがとう。助かったわ」
陳珪の腕組から解放されたのは結局部屋に着いた後だ。
椅子から手が届くところに箱を置いて、一息つく。
「少し集中したくて客間を1つ空けてもらったんだけど…持ち込む資料が多くてね。助かったわ」
荀彧たちがいると集中が難しいようだ。それは作戦部屋ではよく荀彧とぶつかっているからだ。それを中間で見ているのが郭嘉という形。
荀彧からは元々、打算で曹操の味方になったような輩と思われている。打算通りに進んでいるうちはともかく、より分の良い側を見つかればすぐに寝返るとも思われているのだ。
そう思われてしまうのはやはり彼女の性格や、根の回し方が原因だ。だからといって陳珪が悪いというわけではない。
荀彧にとって曹操のためにあらゆる不安要素に敏感なのである。
「荀彧さんも言う事言うなぁ」
「実際に私があと十五若ければそうしたかもしれないわね」
「するんだ」
「かも…よ」
褒められたものではないが、裏切り、寝返りがあってもおかしくない時代である。
「私が歳を重ね過ぎたって事。この歳になるとね。理想と現実の違いというものがそうしても見えてしまうものなの」
若い頃は自分の情熱に対して馬鹿正直であった。しかし歳と取るにつれて現実が嫌というほど分かってしまうのだ。
「大樹の陰に寄り添うなら、どちらに利があるか。そしてその大樹をどう生かすか…そればかり考えてしまうのよ」
そういう意味では荀彧の情熱も論戦で覗かせる牙の鋭さは陳珪からしてみれば眩しいらしい。
「桂花さんは華琳さまの事になると、目が曇ってしまうのが困り所ね。あれさえなければよい軍師になると思うのだけれど」
「確かにあの曹操さんへの忠誠というか想いは凄い」
カルデアにも荀彧に負けないくらいの忠誠や情熱を持った英霊がいるので珍しくも無い。
「あれも良い方向に動く事がある時はあるのよ」
適材適所というやつだ。
「大樹か。陳珪さんから見て曹操さんはどうなんですか?」
「え?」
「曹操さんはきっとこの大陸で1番太くて大きい大樹だと思います。陳珪さんはさっき若ければ寝返るかもしれないなんて言ったけど…何処かに寝返るような大樹はあるんですか?」
三国志を知っているならば劉備、孫権という大樹が出てくる。しかし陳珪は三国志の物語を知らない。そもそも三国志に出てくる登場人物その人である。
未来の事なんてわかるはずもない。
「あら、言わせて華琳さまや桂花さんに密告でもする気?」
「そんな事しません」
まっすぐに彼女の目を見る。
「……みたいね。そもそも立香さんならそんな事するはずないか」
そもそも密告したところで何も利益も無い。もしかしたら何かしら褒美が貰える可能性があるが、それでも微々たるものかもしれない。
ならば藤丸立香が密告する意味なんて無いのである。
「オレなら他に大樹があるとすれば劉備さんか孫権さんだと思ってる」
こればかりは三国志の知識によるものだ。
「私と同じね。でもちょっとだけ違う」
「ちょっと?」
「ええ。私も劉備は大樹…いえ、まだ若木かしらね。でも大きく育つと思うわ」
だからこそ陳珪は劉備に対して思うところがある。そして荀彧とよくぶつかるのだ。
「でも孫権は大樹だと思っていない。だって袁術に伐採されるかもしれないもの」
確かに今の孫呉は袁術によって支配されている。陳珪だけでなく、他の人も孫呉がこれから大樹になるとは思わない。
「今はね。ていうか孫策じゃなくて孫権なのね」
「まあ、それは」
三国志の知識なのでつい孫権の名前が出てしまう。
「あと…他にいるとしたら候補として貴方もそうだったのよ」
「オレ!?」
まさか自分が候補として選ばれていたとは予想外だ。失礼かもしれないが陳珪の観察眼を疑ってしまう。
「なんかその目…私が節穴じゃないかと思っているような目ね」
「ソンナコトナイデスヨ」
「だってそう思うわよ。貴方の周りには様々な人間がいるじゃない」
各分野の天才。名のある武人や英雄。大国を収めた王。
そんな人物たちから主と言われ、とても信頼されている藤丸立香。普通ならば彼は只者ではないかもしれないと思うのは当たり前かもしれない。
彼は自分の事を普通だと言っているが、それは最初の頃だ。人理修復を達成し、亜種特異点も攻略し、異聞帯を周る旅をしている。
過酷の旅をしたのだ。精神的にも肉体的にも成長しているのは当然だ。
彼は英雄のような武力や偉人の天才のような閃きは持っていない。藤丸立香の良さ、強さ、凄さは心にある。
心の強さと言うべきかもしれない。
悪人だろうが善人だろうが英霊たちと心を交わす。誰もが逃げ出したい過酷な旅を続けている。何度も挫けても、諦めたいと思っても最後には覚悟を決めて前へ前へと進む。
これが藤丸立香の良さ、強さ、凄さである。
「立香さんは華琳さまのような王ではないのは分かるわ。貴方はどちらかというと…その隣にいる腹心の立場に近いかしら」
心を許せる相手、真っ先に相談できるような相手、隣にいて安心するような相手。それが藤丸立香ではないかと。
陳珪の言っている言葉はあながち間違ってはいない。
王様系サーヴァントはよく藤丸立香を心の許せる臣下として接している。
この外史に一緒にいる武則天は「共同統治者にならぬか」と言ってくれた。
織田信長は「一心同体」と言ってくれた。ラーマは「マスターの言葉であれば信じられるし、命を賭ける」と言ってくれる。
イヴァン雷帝は「我が杖」と言ってくれた。アルトリア・ペンドラゴン(ランサー)は「私の槍は、貴方へ捧げられています。共に、世界を救いましょう」と言ってくれた。
始皇帝は「今や朕の一番の家臣」と言ってくれた。ギルガメッシュは「貴様との戦いならば、少しばかり本気になってやってもいい」と言ってくれた。
オジマンディアスは否定はしたが「余のかつての兄弟たる…」と言ってくれた。それはそこまで信頼してくれたという事。
よくよく思い出してみればこうも多くの王から認められているのだ。これで自分は「普通」といつまでも言っていられなくなる。
何故ならそれでは王たちの言葉に対して失礼だからだ。
「はっきり言うと貴方みたいな人は欲しい。大樹をいつまでも支える存在としてね」
陳珪は藤丸立香に近づく。
「陳珪さん?」
「これでも色々と調べてみたわ。貴方は様々な所に居たみたいね」
最初は董卓の陣営に。次は孫策の陣営に。その次は劉備の陣営に。そして今は曹操の陣営だ。
何処か1つの陣営に絞れと言いたくなるほどのものだ。
最も、様々な陣営を転々としていたのは色々と理由があったのであるが。
「貴方たちに何かしら目的があるのは知っているわ。でも私としては華琳さまの陣営に入ってもらいたいわ」
どんどんと近づいてくる陳珪。そして密着しそうになったのでつい足を退いてしまった。
退いてしまったのがいけなかったのか、ベッドに足があたって仰向けに倒れた。
「うわっ!?」
「後ろはちゃんと見た方がいいわよ」
「すいません…って何で覆いかぶさるんですか!?」
「懐かしいわね。豫洲ではよく覆いかぶさったじゃない」
「なんか誤解されそうな言い方!!」
確かに豫洲の沛国では陳珪がワザと転んで押し倒した事が何回かあった。
それははっきり言うと色仕掛け。色仕掛けで藤丸立香から色々と情報を聞き出そうとしたのである。その時それ以上は何も無かった。
「立香さんが私たちの陣営に入ってくれるととても助かるわ。きっとここの大樹はより大きく太くなる」
陳珪の予想では藤丸立香はこの曹操の陣営で良い流れを作ってくれると思っている。それはまるで別の外史でより良い流れを作った北郷一刀のように。
「もしもこちらの陣営に入ってくれるなら私が何でもしてあげるわよ」
蠱惑的な誘いだ。鼓動が速くなってしまう。
こういう女性は自分の魅力の使い方をよく分かっている。だからこそ男は堕ちてしまうのかもしれない。
「あの時は邪魔されちゃったけど…今回は邪魔されないわよ?」
陳珪は本気で藤丸立香を狙いに来ている。彼がこの陳留で日常を過ごしている中で曹操たちと接触はしている。
彼の評判を聞けばどれも悪くない。寧ろ、彼のおかげで楽しく過ごせたというのがあったりするのだ。
女装事件であったり、仕事を手伝ってくれたり、面白い話をしてくれたりと色々あった。中には「それはどうだろう?」なんてものもあるが割愛である。
あの荀彧や曹洪ですら藤丸立香を少しは認めているのだ。男嫌いである2人がだ。
(理由はアレだけど……私も見てみたかったわね)
きっと藤丸立香は今の曹操軍を良い方向に流れを変えるのではないかと思うのだ。更に彼が曹操の陣営に入ってくれれば俵藤太や秦良玉たちも仲間になってくれる。
大樹を支えるには欲しい人材ばかりである。陳珪が藤丸立香を狙うのは十分な理由だ。
「ええっと…あの。まずはその…一旦、落ち着きましょう!!」
「落ち着いているわよ。もしかして私みたいなオバサンは嫌かしら?」
「嫌じゃないです。それに陳珪さんはとても綺麗ですよ」
こんな状況でもそういう台詞は言える。
「お世辞でも嬉しいわ。なら良いじゃない」
「おおっと…選択肢を間違えた!!」
今の状況で女性を褒めるのは悪手である。後先考えず本能に任せたいが無理である。
「……陳珪さん。」
「なにかしら?」
「オレは…オレたちは曹操さんたちの所には所属出来ない。目的があるんだ。その目的はきっと曹操さんの所では叶わない」
劉備の陣営でも孫策の陣営でも叶わない。この外史という異世界では叶わない。
藤丸立香たちの目的を叶えるには自分たちの世界でなければならない。
「……そっか」
彼の目から本気を感じ取れた。心の何処かで無理かもしれないと思っていたが、本当にそうであった。
「やっぱ駄目だったわね。貴方がいてくれたら良かったのに……残念ね」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいわ。それよりも…どうする?」
まだ藤丸立香の上に陳珪が覆いかぶさった状態である。
「まずはどいてください」
「このまま続きはしないの? 私は立香さんならいいと思ってるわ」
「しません」
陳珪からは甘い香りに柔らかい感触が伝わってくる。このままだと色々と藤丸立香の男の子が反応してしまう。
「ちょっと傷付くわ。私って魅力が無いのかしら」
「陳珪さんはとても魅力的です」
「なら、何で?」
「後が色々と怖いから」
カルデアにこの事が伝わったら怖いものだ。清姫とか。
「内緒にしておけば大丈夫よ」
「こっちには嘘を見抜く子がいるので」
「あら。その人に会ってみたいわね」
完璧に嘘を見抜く人材は欲しいものだ。
「取り合えずーー」
どうにか場を治める事を考えようとしたらノックが聞こえた。そして扉が開かれる。
「母さんちょっといい……って何してるの」
「マスターお邪魔だったか?」
陳登と俵藤太が部屋に入って来たのである。
「あらあら。また邪魔されちゃったわね」
「母さん…立香さんにあまり迷惑かけないでよね」
「嬉雨に注意されたらしょうがないわね」
もはやぐだぐだの雰囲気。陳珪もこれ以上は無理だと判断して藤丸立香から退くのであった。
「これは何でもないから」
「立香さん。あれで何でもないは通用しないと思うよ」
正論だ。しかし何も起きていないのも事実である。
「で、どうしたの嬉雨。しかも俵さんも一緒だなんて」
「いや、もういいって言うか…」
一緒にご飯を食べようと誘うおうと思ったがタイミングを逃したので言えない。
「これから飯を一緒にどうかと思ってな」
「この状況でよく言えるね藤太さん…」
代わりに俵藤太が言ってくれた。
「食べに行こう!!」
取り合えず先ほどの空気を壊すために藤丸立香は俵藤太の提案に全力で乗っかるのであった。
「うふふ。続きはまた今度ね立香さん」
その続きが本当にあるかは分からない。恐らくないかもしれない。
398
陳留に滞在してから時が経った。曹操たちとの交流は楽しくもあり、大変な目もあったものである。
楽しくはあったが永遠に滞在はしていられない。彼らの旅は終わっていないのだから。
洛陽の時や建業、徐州の時と同じである。
「次は何処に向かうつもりだマスター?」
「荊州か揚州に行く」
藤丸立香と諸葛孔明は次の目的地について話し合っていた。
「揚州は…まあ、そろそろ顔を出さないと後が怖いと言うことか」
「そうなんだよね」
反董卓連合で孫策に「ちゃんと戻る」と約束したのだ。これで約束を反故してしまったら次に再会した時が怖いのである。
そもそも反董卓連合では強制的に連れて行かれそうになったのだ。それは反対してまで桃香たちに付いて行ったのだから。
「荊州の方は何故だ?」
「実は荊州の方に仲間がいるかもしれないんだ」
「ほう…誰だ?」
「たぶん楊貴妃」
張三姉妹から可能性の噂を聞いたのだ。もしかしたらいないかもしれないが、可能性があるのならば足を運ぶべきだ。
荊州に笛や琵琶を扱う人がいる。妖術師みたいで、炎の精霊らしきものを操る。そして可愛い。
この情報だけでも楊貴妃の可能性は少しはあるのだ。
「可能性はあるな。それにしても一旦、徐州に戻ると思ったんだがな」
「それはオレも考えたけどね」
徐州には他の州とは違う思い入れがある。やはり自分と同じような存在がいるからだ。
その気持ちは同じく北郷一刀も思っているはずだ。良い友人になれると。
「今頃、北郷は何やっているんだろうな」
おそらく北郷一刀なら今頃、桃香か鈴々と愛し合ってる。大人の階段を登ったはずである。
まさかそんな状況になっているとは思いもよらない。愛し合う事は悪いことではないので誰も責める事もできないが。
「なんていうか…男子学生みたいに馬鹿やってみたい。そんな日常を過ごしてみたいよ」
399
涼州にて。
「よお。ジイサン」
「む、馬超か。馬騰殿の具合はどうだ?」
「ああ。あんたの按摩のおかげでだいぶ楽になったって言っていたよ」
「そうか。だが儂は医者ではないからな。儂ができるのは馬騰殿の痛みを和らげるくらいだ」
「いや、それでも助かったよ」
目の前にいる女性は馬超。三国志に登場する武将だ。
いずれは劉備の仲間になり、五虎大将にまで上り詰める。
(いずれは劉備の元に。すなわちこの涼州は…いや、それは歴史の流れによって決まるもの。儂がとやかく言ってはならぬ)
この世界は自分の知っている三国志とは何処か違う。どのような未来へと繋がっていくかは分からない。
「本当は五斗米道の華佗って医者がいればよかったんだがな」
「今どこにいるか分からぬのか?」
華佗は劉備のところにいるのだが運悪く、情報が伝わっていないのである。
「残念ながら。それに今は華佗を探している暇も無いんだよ。最近は五胡の動きも活発になってきたしな。てか、活発というか怪しげな動きになったというか…」
五胡に対して何か引っかかりを感じる馬超。今まで戦ってきた五胡が変化を起こしたようだが、何が変化したかまでは分からない。
「あ、おじいちゃーん!!」
「おじいちゃーん。今度、たんぽぽに按摩してー!!」
「姉さん。こんな所にいたんですね」
廊下の方から元気そうに3人の女性が歩いてくる。
馬岱に馬休、馬鉄。彼女たちは馬超の妹にあたる人物たちである。
(この世界に来て、まさか三国志の武将たちがほぼ女性とは驚いたものだ。まあ…今思えば此方の世界も人の事は言えんが)
三国志の武将たちがほぼ女性と聞いた時は慣れがあっても驚くものだ。しかし、この外史にいればいずれ気にしなくなる。
「この先どうなるか」
読んでくれてありがとうございました。
次回は2週間後以内に更新予定です。
今回にて陳留の日常編は終了。
次回から孫呉独立編……だと思います。
(実はちょっと別の物語も挟もうか悩み中)
396
蘭陵王の素顔を見た。
まあ、これがメインです。
397
第1章でもあった立香と陳珪話の続き。
今更だけど藤丸立香が一般人は最初の頃だけかな。第二部まで旅をしていれば人として成長しているのは当たり前。普通でもう通せない気がする。
FGOでは王たちがあれだけ立香を認めていたのでおそらく曹操もいずれは認めるかもしれませんね。曹操が北郷一刀を認めたように。
そして色仕掛けイベントを書いてみたけど…なかなか難しいものです。
398
次は揚州(孫呉独立編)か荊州(楊貴妃合流)か。
もしくは別の話か…迷いに迷い中。(未だに)
そして原作が分かる人は蜀ルートだと今の時系列は一刀が桃香と鈴々を愛しあってるくらいです。
立香「北郷いつのまに!?」
一刀「まあ、うん」
399
按摩の達人は涼州にいました。