Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義 作:ヨツバ
FGOでは風雲イリヤ城で頑張って鬼周回中です。
そして鬼周回が終わればついに奏章が始まりますね。
どのような物語か気になります。
そしてこっちの物語は新たな章に入ります。
呉での物語で、ついに八傑衆の生き残りが動き出します。
『最後の八傑衆』編の始まりです。
905
呉では、魏との防衛戦の後。
雪蓮の葬儀は本人がお祭り好きだったこともあり、国を挙げて派手に華やかに行われた。
蓮華はその場で改めて民の前で家督の相続を宣言し、弔問に訪れた豪族たちには己の決意表明をした。また豪族たちもその場で忠誠の誓紙を蓮華に差し出したのだ。
少なくとも見かけは上は炎蓮の時のように混乱はなく、つつがない進行が出来たという。
そして葬儀こそ派手なものだったが雪蓮の亡骸は街の喧騒からは遠く離れた場所へと丁寧に埋葬された。炎蓮の慰霊碑が建つ、あの長江の畔だ。
その後、魏からの使者が訪れた。訪れた理由は謝罪である。
使者は荀彧と夏侯淵の2人であり、重臣を使者として遣わした曹操の謝罪は本物だ。
曹操の本意でなかったとはいえ、雪蓮の暗殺を止められなかったのは事実だ。それが于吉という暗躍であったとしてもだ。
蓮華たちは曹操の本意ではなく、暴走した部下のせいと言われても納得はできない。雪蓮も曹操の本意ではないと言っていたとしても蓮華たちは納得できないものだ。
許されないと分かっていても曹操は謝罪をしなくてはならないと望んだのだ。
結果的に、謝罪は受け取ってもらったが呉と魏が和睦には繋がらない。次に相まみえる時はまた殺し合いである。
呉も魏も今は立て直しの時だ。それが終わった時が大陸の覇権争いが始まる。
「そんな中に呉へと訪れたオレらなわけで…」
藤丸立香たちは呉へと再度、訪れていた。理由としては雪蓮たちに呉の様子を見てきてほしいと頼まれたからである。そして貂蝉からも今の孫呉は危なっかしいという事もあっての事だ。
貂蝉の予想では魏よりも今の呉の方が于吉に狙われやすいからだ。以前に起きた魏と呉の戦はお互いに良くない結果に終わってしまった。
魏も呉も立て直しに力を入れているが、どちらに大きな隙があると言われれば呉である。
何せ呉は王である雪蓮を失った。王を失った国と生き残った国のどちらが崩しやすいかなんて分かり切った事である。
「街の様子はそこまで悲観的ではありませんね」
「そうだねユウユウ。街の様子はいつも通りと言うか普通だ」
自国の王が亡くなった。それでも悲観してばかりでは生きてはいけない。
生きる為に変わらずに生活しなければならないという事だ。そして今の呉に王が不在のままではなく、新たな王が即位している。
新たな呉王である孫権もとい蓮華。
「蓮華が呉王か」
三国志の歴史通りというか彼女が王になるのは決まっていた。
「はぁ…これから蓮華さんたちに会ってどんな顔すればいいんだか」
呉では炎蓮と雪蓮は亡くなった事になっている。しかし真実は生存しており、2人揃って蜀で厄介になっている。そして蜀まで連れて行ったのが藤丸立香たちなのだ。
「うっかり言わないように気を付けないとな」
「言ったら絶対に面倒な事になりますからね」
「武則天の拷問よりきっと酷い目に合わされそうだ」
「いえ、不夜奶奶の拷問を超える拷問はありませんので安心してください。私がオシオキで喰らってますからね」
身を持って体験している人の言葉は深い。しかし呉での拷問を受けた事がないので比較は出来ない。
「ここが呉ですか。蜀に負けないくらいの活気さですね」
「いや、蜀よりも規模が大きいよ姉さん」
「ふむふむ。ここが呉…いや建業か。ここで孫たちのライブを行えば一気に数え役満☆姉妹の名は呉で広まるのう」
「ここが呉。ふむ、この世界の孫権たちがどれほどか気になりますね」
「□□□(ここを攻めるか陳宮)?」
「お前たちあまり離れるなよ」
今回のカルデア一行のメンバー。
楊貴妃、徴姉妹、張角、陳宮、呂布奉先、李書文(槍)。
いつもなら荊軻や燕青がいるのだが今回はほぼ新規メンバーである。ちなみに赤兎馬は絶対に面倒事が起きるのでお留守番である。
「…やっぱり荊軻たちが今回同行しなかったのは蓮華さんたちと再会した時の面倒事だよね」
「だろうな」
李書文(槍)が短く返答する。
藤丸立香たちが面倒というよりも、どんな顔して蓮華たちに会えば良いか分からないという複雑な気持ちだ。
何せ今の呉は雪蓮が亡くなったという事で持ちきりだ。彼女の葬儀が終わり、蓮華が正式に呉王となったが雪蓮の死は大きい傷を蓮華たちに残したのだ。しかし藤丸立香たちは雪蓮が実は生存している事を知っている。
「こっちは生存を知っている。蓮華さんたちは雪蓮が死んだとして心を整理しようとしている。なんだかなぁ」
「雪蓮と…更に炎蓮まで生存を知らすなと言う始末だからな」
「あと、再会したら責められるかも」
「それはマスターは悪くないとユウユウは思いますけど」
「それでもだよ」
本当は雪蓮が生存しているが孫呉では亡くなった事になっている。死因は毒による暗殺だ。
その場に藤丸立香たちは居なかった。彼らは中立と言っているが蓮華たちからしてみれば呉の所属。そんな彼らが魏との戦いにもいなかったのだ。
雪蓮が苦しんでいたというのにその場に居なかった。もし藤丸立香たちが居たら雪蓮は助かっていたかもしれない。何かの変化があったかもしれない。
『もし、たら、れば』であるにせよ、どうしていざという時に居なかったのかと言われるのかもしれない。
「何でいなかった…もしもいたら。その気持ちは分かるんだ」
「マスター…」
藤丸立香は中立で動いているが気持ち的には孫呉の所属に心が傾いているのが自分自身で分かっている。
魏と呉のどちらを味方すると言われれば恐らく呉を選ぶかもしれない。
「大切な人が苦しんでいる時に、亡くなった時に、その場にいなかったというのは辛いものだよ」
『その人が居ればもしかしたら助かったかも』というのが後から分かれば、不可抗力があってもその人は理不尽に責められる時はあるものだ。
「それが人の我儘というものかもしれない」
「それは自分勝手というものですよマスター」
「厳しいね陳宮は」
「もしもなんてものはいくらでもある事です。生きていれば必ずあるんですよ」
人生とは『もしも』に振り回されている。
「あーーーーッ!?」
「うわっ、びっくりした!?」
急に大きな声が響いた。その声の主とは包であった。
「今頃戻って来たんですか!!」
(今頃…か)
「てか、知らない面々ばかりなんですけど?」
包は一言余計だったり、はっきりと言うタイプだ。意識して言ったかどうか分からないがトゲがあった。
やはり予想していた事を言われるのかもしれないとスンと気持ちが入る。
「雪蓮の話を聞いたんだ。だから戻って来た」
「遅いですよ」
「ごめん」
「謝らなくてもいいですけど……でも、お師匠様が何を言うか分かりませんよ?」
包も藤丸立香が戻ってきたらどういう扱いを受けるか予想していたようだ。
906
「馬鹿者がっ!!」
大きな雷が落ちた程の怒声が響いた。その声の主は雷火である。
「今更戻ってきおって、それでも孫呉の一員か!!」
「………」
藤丸立香は黙って彼女の怒りを受けていた。
予想していた通り、彼らがその場にいなかった事に対して怒られている。
理不尽であるが雷火の気持ちは分からなくはない。藤丸立香だって救えたかもしれない大切な命がいたとして不可抗力があったとしてもその場に救える人物がいなかったら、間に合わなかったら責めたかもしれないのだ。
「お主がいたら雪蓮様は…雪蓮様は!!」
「雷火先生その辺で…」
「粋怜は黙っておれ」
粋怜が怒りの雷火を宥めようとするが止まらない。この場に孫呉の者たちは雷火と粋怜だけでなく蓮華に穏、包、祭もいる。
蓮華は玉座で藤丸立香を静かに見下ろしている。その他の面々も何も言わずに雷火の怒りをぶつけている藤丸立香を見ている。しかし祭たちの彼を見る目に怒りは無い。
本当は雷火も祭たちも藤丸立香が悪いとは思っていない。藤丸立香にも役目がある事は知っており、当時その場にいなかったのも不可抗力に過ぎなかった。
それでも『どうして』や『たられば』という気持ちがあるのだ。
(むむむ…マスターが理不尽に責められてる。こうなったらメラっと)
(駄目ですよ楊貴妃さん。マスター自身が受けると言ったんですから私たちは黙って見守るだけです)
(でもでも徴側さん!!)
(この後は私たちがマスターを慰めましょう)
(はっ、そうですね。ところでどっちの意味で?)
(何を言ってるんですか楊貴妃さん?)
雷火の怒りはまだ静まらない。彼女も本当は彼が悪くないと分かっているが責める事を止められない。
もはや感情の問題だ。もしも雷火が責めていなかったら祭や別の者が彼を責めていたかもしれない。
「ふー…はあ」
言いたい事を爆発させ終わった雷火は深呼吸をする。
「……………すまん」
言いたい事を全て言い終わった雷火はポツリと小さく謝罪した。
「蓮華様。申し訳ございませぬが席を外させていただきたいのじゃがよろしいか?」
「あ、ああ。許可する」
「では、失礼する」
雷火はそのまま静かに謁見部屋から出ていった。
「わあー…久しぶりお師匠様があれだけ怒ったのを見ましたよ。しかも理不尽な怒り」
「ごめんね立香くん。雷火先生も本当は立香くんが悪いとは思ってないのよ」
「いいんだ粋怜。雷火さんの気持ちは分かるから」
理不尽な怒りを受けるのは本当に理不尽だ。しかしソコに意味があるのならば人によるかもしれないが我慢できるし、納得ができる。
「遅いかもしれないけどおかえり」
「ただいま…で良いのかな」
粋怜たちにとって藤丸立香たちは孫呉の一員だからこそ、戻ってきたら「おかえり」なのだ。
「それにしても新たな面々がいますね~」
「穏の言う通りじゃな。それにしても…李書文よ若返ったな」
「何の事だ」
祭の発言の意味だが以前に孫呉に訪れたのが李書文(殺)であり、今回が李書文(槍)であるからだ。
「男の呂布さんと李書文さんは知ってますけど~…その他は?」
「じゃあ自己紹介だね」
「楊貴妃です。ユウユウと呼んでくださいね!!」
自己紹介の開始。
陳宮の名前が出た時に穏が「そう言えば蜀にそういう軍師がいたような~」なんて事を呟いた。
孫呉にとって新たなカルデアのメンバーの自己紹介は問題なく終了するのであった。
「立香」
「蓮華さん?」
「全員の部屋は用意しておく。長旅で疲れているなら休んでも構わない」
「ありがとう蓮華さん」
「では、私はやることがあるから後は好きにしてくれていい」
蓮華は玉座より立ち上がって静かに出ていった。
「蓮華さん何か…」
素っ気ないというものではない。何処か気を張り詰め過ぎているというか余裕が感じられないといった感じであった。
907
蓮華たちと再会し、ひと悶着終えた後、藤丸立香たちは自由時間を過ごしていた。
まず彼はまだ再会していない孫呉の者に会おうと城を歩き回る。話を聞くに梨晏や思春たちは任務に出ており、建業にはいないとの事。
謁見部屋で再会していないのは冥琳や亞莎たちだ。彼女たちは丁度、手が離せなかったので謁見室には来れなかったのだ。
「穏の話だと亞莎はまだ仕事中だから後で会いに行くとして、冥琳はもう仕事が終わったって言ってたな」
「そのめい…んん、周瑜さんは何処にいるんですね~」
「儂の術で何処にいるか占ってみせようか?」
藤丸立香と一緒に冥琳を探してくれるのは楊貴妃と張角。2人は彼女にとっても初対面であるから自己紹介も兼ねる。
「じゃあ張角に占ってもらおうかな」
「任せよ。まずは鍋を用意して…ピーマンとキャベツの千切り。みりんを少々。イオン粒子ビームの出力を上げて…そして塩コショウ。最後に粒子加速装置フルパワー!!」
「張角さ、それ占いなの?」
色々と間違っているのは確かだ。
「むむ、すぐ近くにおるぞい」
「それで分かったのなら凄いよ。それ絶対、太平要術じゃないのに」
近くにいると聞いて藤丸立香は周囲を見渡すと確かに冥琳が近くにいた。彼女も気付いたようで近づいて来てくれる。
「何かよく分からない言の葉が聞こえてきたんだが…」
「冥琳」
「おお、立香か。久しぶりだな。それに後ろにいるのは新しく合流したカルデアの仲間だったな」
謁見室には来れなかった冥琳であるが、既に藤丸立香たちが建業に訪れた事と新たなカルデアの仲間がいるという事は部下により知らされていた。
だからこそいきなり「誰だ?」とはならなかった。
「ユウユウは楊貴妃です」
「張角じゃ。よろしくのう」
「ああ、よろしくたのむ。本当に立香は色々な仲間がいるのだな」
孫呉にも個性的な人間はいるが藤丸立香たちカルデアの方がより個性的な面々がいると思う冥琳。
「特に楊貴妃殿は綺麗だな。立香はいつでも女性を侍らすのが好きだな」
「おぉい」
「ふふ、冗談だ」
冗談で言っても藤丸立香の隣には綺麗な女性がいるというのはあながち間違っていない。何ならイケメンやナイスミドルなオジさんだっているくらいだ。
「……雷火殿にこってりと怒られたそうだな」
「うん。冥琳はオレに言いたい事はある?」
「私は……ないさ。雷火殿が全部言っただろうしな。それに何か言ったら楊貴妃殿に何か言われそうだ」
藤丸立香の横に立っている楊貴妃がジィっと冥琳を見ていた。
「だってマスターは悪くないのに」
「そうだな。楊貴妃殿の言う通りだ。立香は悪くない…でもこれは感情の問題だ」
クツクツと彼女は苦笑いをした。
「雷火殿も分かっているさ。恐らく後で謝りに来ると思う」
「その時はちゃんと会うよ」
「そうしてほしい」
実際に今日の夜に雷火が会いに来るのだが、それはまた別の話である。
(それにしても…)
「どうした?」
「いや、なんか…痩せた?」
痩せる必要がない身体であったのによりほっそりしている。更に目元にはクマができていた。
炎蓮に続いて雪蓮までが命を落とし、冥琳の仕事が急増したのである。文字通り呉の柱石として昼も夜も休みなく働いていたのが原因だ。
「おや、嬉しい事を。痩せて綺麗になったと、そう言いたいのか?」
「…違うよ」
「おや、そうか。残念だ」
仕事のし過ぎて痩せるのは身体を壊す手前だ。ダイエットと仕事のし過ぎで痩せるというのは全く異なる。
「心配してるんだ。そもそもそれ以上にどこをどう痩せたいって言うつもり?」
「いやいやこれが脱いだらすごくてだな」
「そんな服着といて今更なにを言ってるんだか」
「はははっ。それもそうか」
むき出しのお腹を撫でる冥琳は本当にこれまでよりも、ほっそりしたように見える。
「ご飯ちゃんと食べてる? ちゃんと寝てる? 無理はしない方がいいよ」
過労死なんて言葉があるくらいだ。実際に賢王ギルガメッシュが過労死した事を見たことがあるため、冗談なんて言えない。
尤もクエストの鬼周回や高難易度クエストで酷使して過労死サーヴァントなんて言葉が出来てしまった事に対してマスターは謝るしかない。それでもガッツリとクエストに連れ回しているのだが。
「立香」
「なに?」
「ついてこい。行きたいところがある」
そう言って今度は楊貴妃と張角に目を向ける。
「すまないが立香を借りて良いだろうか。出来れば2人で行きたいのだ」
「え、それは」
「構わん。マスターを連れて行くといい」
楊貴妃は反対しようとしたが張角がそれを遮り、許可を出す。
「マスターよついて行くといい。何かあれば令呪でも何でも使って呼んどくれ」
「分かった」
そう言って藤丸立香と冥琳はその場を後にした。
「むー…何で行かしたんですか」
「なぁに。今の彼女には何も出来んさ」
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藤丸立香は黙って彼女の後をついて行く。2人は無言のまま城の外へと向かい、森を奥へと進むとさらさらと水の流れが聞こえきた。
到着する頃には陽がそろそろ山々に隠れようかという頃合いで川の水面も木々の緑も全て夕焼け色に染まっていた。そしてそこに孫伯符の墓があった。
(墓参り…か)
雪蓮の墓は炎蓮の慰霊碑のすぐ傍に寄りそうように建てられていた。
「なんて顔をしているんだ。久しぶりの再会なのに雪蓮に笑われるぞ」
「どんな顔してた?」
「何とも言えない顔だな」
「そう…」
何とも言えない顔と言われて元に戻そうと努力する。正直に言ってしまえば雪蓮と炎蓮の墓を見て、物凄く申し訳ない気持ちになる。
本当の事を話せないからこそ心の中で冥琳に謝るしかなかった。
「雪蓮…」
ぽつりと呟く彼女の腕の中には来る途中に森で摘み取った花が束ねられている。それは可愛らしい薄紅色で雪蓮の髪色のようだった。
「その花」
「ああ、これは雪蓮の好きだった花だ」
「そうなんだ。知らなかったよ」
絆を深めてもその人の全てを知った事にはならない。藤丸立香が雪蓮の知らない事を冥琳は知っていただけだ。
「花など持って来るつもりはなかったのだがな」
「それは…どうして?」
「形に意味はないから…だが、これは手に取らずにはいられなかった」
愛おしそうに目を細めた冥琳の横顔に豊かな黒髪が流れる。その漆黒は明るかった雪蓮の髪色とは対照的だった。
「…遅くなって、すまなかったな」
墓石の前にそっと花束を置く。その瞬間、応える様にふわりと風が通り過ぎた。
黒髪の上を薄紅の花びらが舞う。
「…ふふ」
それはまるで雪蓮が冥琳にじゃれているようにも見えるかもしれない。
「………久しぶりだな。雪蓮」
二つ並んだ墓石。その形は墓石というよりは碑石に近かった。
加工された自然石の表面に孫策の名が彫り込まれていて、冥琳はその上をそっと指先でなぞる。
「元気…だったか。なあ、雪蓮。これほど長く会わぬのはお前と子供の頃出会って以来、初めてのことではないだろうか。私たちはいつだって…どんな時でも互いの傍にあった」
彼女は昔を思い出しながら語っていく。藤丸立香の知らない冥琳と雪蓮の過去。
その過去話を聞くと彼は心が痛くなる。申し訳ないと思う度に背中に汗がタラリと伝う。
「ふふ、私は何を言っているのかな。お前は…お前はもうこの世にいないと言うのに」
(この世にいます)
彼女は墓石から指を離すと少し俯いて自嘲気味に呟いた。
「おかしいか? だがいくら嘆いたところで、その事実が変わることはない。それを分かっているから私は私の出来ることに全力を尽くす」
一度目を閉じ、下唇を嚙みしめる冥琳。そして一瞬の沈黙の後、開いた瞳には今までとは違う強い光が宿っていた。
「お前が残した言葉通り、蓮華様が王として立たれた。まだまだ未熟な所も多々あるが、お前のあとに続こうと並々ならぬ努力をしておられる」
(蓮華さん…王になって変わったというか雰囲気が固くなった気がするかな。固くなったというか余裕が無さそうというか)
「………見ているこちらが痛々しいほどだ。『小覇王』の壁は頂上が見えぬほど高いらしい」
顔をあげた冥琳の瞳が強く墓石を見据える。
「雪蓮よ。あの方を支え、お前の残した呉を導くのが私の使命。それで良いのだよな?」
冥琳にとって雪蓮を失った事はとても大きい。雪蓮も言っていたように己の半身を無くしたようなものである。
生きる存在意義を見失うくらいかもしれない。しかし冥琳は自暴自棄にならず、これから成すべき役目を果たす宣言を自分自身に向けて誓っているのかもしれない。
「それこそがお前と出会い、共に生きて来た…私にか出来ぬことだと思っている。その事を誇りに思う。私だけに託された事。私だけが理解る事。私だけが…………」
言葉が詰まる冥琳。
「…だけど、だけど雪蓮。お前のいない世界はどこか霞んでいて、一面に靄がかかったようだよ」
これまで聞いた事のないような声色であり、これから泣き出すんじゃないかと思ってしまうほどだった。
またも心が申し訳ない気持ちで締め付けられる。本当の事を言いたいが雪蓮と炎蓮には止められているからいえない。
(雪蓮。戻ったら説教するからね)
「…すまない」
つい差し出しかけた手を慌てて引っ込める藤丸立香。彼女は、それには気付かなかった様子で再び雪蓮の墓石に語り掛けていた。
「なあ、雪蓮。そちら側の住み心地はどうだ?」
(蜀もなかなか快適って言ってたよ)
「美味い酒はあるか?」
(つい最近、奇奇神酒を取られたよ)
「お前は我儘だから周りのものが苦労しているだろう。あまり無茶を言って、困らせては駄目だぞ」
(そう言えば酒飲み仲間になった星と酒蔵に侵入して怒られてたな)
「それに…炎蓮様とは仲良くしているか?」
(仲良く自由にしてるよ)
「ふふ…無理、か。お前は昔から炎蓮様の前に出ると意地を張り、口答えして喧嘩ばかりしていたものな」
(確かに口喧嘩は何処にいても変わらないな)
冥琳がここまで悲しんでいるのに当の本人は蜀の成都である程度は自由気ままにしている。きっといずれ雪蓮は炎蓮共々罰が当たる。
「幼い頃は傍から見ていて、それが不思議で仕方なかったのだぞ。お二人とも同じ理想を抱いておられるのに、どうして言い合うのだろう。炎蓮様は私にはお優しいのに、どうして雪蓮にはわざと厳しくあたられるのだろう…とな」
家族仲は良いのによく頻繁に口喧嘩はしているのだ。お互いに素直になれないがゆえだ。
「あなた方はとてもよく似ておられる。だから喧嘩になるのだ。お二方にとっては喧嘩こそが意思疎通の手段なのだと気付いたのは、しばらくしてからだったな」
喧嘩する事でコミュニケーションが取れる。少し歪だがそれもまた1つの交流であり、愛情表現なのかもしれない。
「雪蓮、炎蓮様。仲良く喧嘩されるのは一向に構いません。ですが…どうか、あなた方の遺された大切なご息女を…妹君をしっかりと見守ってくださいませ」
(呉には戻らないけど2人は片時も呉を想わなかった事は無いよ。いつだって気にしてたよ冥琳)
だからこそ藤丸立香に頼んで様子を見て来るようにお願いしたのだ。くだらない理由で戻らなくても孫呉を想う気持ちは強くなる一方である。
「そして…その合間で結構ですので、大器を支え、押し上げる…私の役目も見ていて頂けると、嬉しく思います。何とぞ、お頼み申し上げる」
炎蓮の祠に深々と頭を下げる。つられたように藤丸立香も同じようにお辞儀をしてしまう。しばらく経って顔を上げた時には、冥琳はもう一度、雪蓮の墓石の方へと微笑みかけていた。
「なあ、雪蓮。こちらの世界とお前のいる世界。きっと、時の流れは同じではないのだろうな。こちらで永い時が過ぎていても、もしかしたらそちらでは一瞬のことかもしれない。それなら、どんなに良いだろうと思う」
グサグサっと藤丸立香の心に罪悪感が突き刺さる。本当に自分は何をしているのかと殴りたい気持ちになる。
「だけど、もしそれが逆だとしたなら。私はお前を待たせる間、寂しい思いをさせる事になるな」
彼女の瞳に覚悟の意志が宿る。
「待っていてくれ。お前が悠久の時間を過ごしている間。私は私の役目を果たす。お前の望みを叶えるため、蓮華様を覇者の階へと導き、押し上げてみせる」
覇者への階へとは大陸の統一。雪蓮と目指した到達地点。
「そして、役目が終われば…私はお前の元へ行く。約束する。だから…その時にはどうか、笑顔で迎えて欲しい。頼んだぞ雪蓮」
彼女の言葉を黙って耳を傾ける藤丸立香。そして口を開く。
「冥琳」
「…………ん?」
「その…お前の元へ行くってさ」
気になった言葉があった。まるで役目を果たしたら死んでしまうような言い方だった。
「ふふ、勘繰り過ぎだ立香。役目を果たしたら自暴自棄になって自殺なんてしない」
燃え尽き症候群になり、最悪な結果にならない事を願うばかりだ。尤も雪蓮の生存を知らせれば何もかも解決するのだが。
何なら見た事も無い冥琳の怒りが見れるかもしれない。
「…なあ立香は死をどう思う?」
「死は怖いものだよ」
「そうか。私は死について他人事だと思う」
死は他人事。何となくだが、その言葉の意味は分かる気がした。
「死に遭遇したのが赤の他人であろうと、肉親であろうと、大切な者であろうと…愛する者であろうと自分自身に起こる死以外は全て他人事でしかないのだ」
「それはある意味、平等とも言うね」
「そうだな」
どんな関係の人間の死であっても同じに思う。特別や優位も無い。
「なんだかディノスの感覚と似た考えだね」
「でのす?」
似たような考えであっても冥琳はディノスではない。本当に死は他人事と思っているとは思えない。
「ねえ冥琳…雪蓮の死も他人事なのか?」
口を閉じる冥琳だがすぐに開いた。
「………悲しみならある。ただし君主が死んだというおごそかなものとしてな。それだけだ。それだけなんだ」
「それで良いのか?」
「嘆き悲しみ、涙すれば今ある現実が変わるとでも言うのか?」
悲しんだところで、怒ったところで過ぎた事は戻らない。しかし冥琳はディノスでなく人間なのだ。特別という優劣を自覚しているはずだ。
「違うだろう? お前も私も…大切に想う者が死んだ。雪蓮が死んだ事は事実であり、変えられないのだ。辛いだろうが残された私たちは乗り越えなければならない」
「乗り越えるか。確かにそうだね」
「だろう? 生きている我らしか出来ぬことがあるのだ。それは死んだ友の遺志を継ぐ事だ」
遺志を継いでいく事。それは藤丸立香も分かる。
何故なら彼の旅路は様々な人から想いを託され、継いで来たのだ。それはまるで呪いのように。
「…雪蓮の遺志」
「そうだ。偉大なる孫伯符が残したものを我らは受け継がなければならない。でなければ本当に雪蓮が『消えて』しまう」
ひらひらと風に舞う薄紅の花びらたち。彼女は腕を伸ばして、一片を手のひらに受け止め、そっと握りしめる。
「現世に生き、肉体を持つ私たちが彼女の成しえなかった事を実現させる。そうすれば雪蓮は『死』を超える」
「死を超える為に残すモノがある」
「そうだ。私たちが今、生きてる時の流れ。歴史。そこに名を残すことによって雪蓮は永久に生き続ける」
ディノスたちが言っていた『大きなもの』。冥琳が言う『歴史』。
「大切なのは人の生き死にではない。大切なのは如何に名を残すか。生きた証を残すのか。それだけを考え、皆生き、皆死んでいくのだ」
「……それに至る為に『了』を目指すって事だね。いつかは誰だって終わりがやってくる。その時までたくさんの成すべき事をする。歓びでも悲しみでも成功でも挫折でも、まだ見てない事なら何でも」
大切な医者の言葉を思い出す。その言葉を聞いた冥琳は頷いた。
「ああ。皆がそう思い、そう願い、生きている………それに、雪蓮ばかりではない。私もいつか死ぬ」
生命にとって、寿命がある者にとって、それは誰でも平等に訪れる事実であり、悲しむ事ではない。藤丸立香だっていずれは死を迎えるのだ。
「厭うべきは、その生が無に帰すことだ。生きた証を何も残さず、時の流れに淘汰され、ただ消えていく。それ以上に悲しい事があるだろうか」
何も残せず、何も進化が起きない。それはきっと悲しいし、詰まらない事だ。
「死してなお、生きるとは『大きなもの』を、歴史を残すという事」
「ああ…そうだ」
藤丸立香にとっての明確な生きるという意味の答えはまだ得ていない。しかしゴールへ向けて答えを導き出すと決めている。
「私は成すべき事は決まった。だから…見ていてくれ雪蓮」
そう、ぽつりと呟くと冥琳は墓石に背を向けて歩きだした。
(…………雪蓮。戻ったら必ず説教だからね。そして何が何でも冥琳の前に引き摺って行く)
今回の冥琳との墓参り。やはり物凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだ。真実を知る者と知らない者の心の中はこうも違うのだから。
読んでくださってありがとうございました。
次回の更新は2週間以内をまた目指します。
最後の八傑衆編。
今回は恐らく駆け足で進んでいくかもです。
905~906
「たられば」の話。
もしも貴方がその場にいたら未来は変わっていたかもしれない。
人間ってどんな選択をとっても後から「もしも」と後悔する生き物。
雷火が立香を責めてましたが本当に悪いとは思ってません。
本文に書きましたが感情の問題です。
どうしていなかったのか……本当に「たられば」
そして蓮華の心がどうなっているか…これは原作をプレイしている読者様なら既に知っているかもしれません。
907~908
張角の占いの台詞…何のネタか分かる人には分かります。
中の人ネタ。FGOでアドリブは無理だとしても何かネタをやるのかちょっとだけ期待してます。
冥琳との墓参りの話は原作での幕間のです。
本来であればとてもシリアスな話なんですけど…こっちの物語では雪蓮は生存しており、立香はその事を知っているでのシリアスっぽいけどシリアスじゃない。
はっきり言ってこの場の立香は悪いです。本人も自覚してます。
いずれ立香は真実がバレた時に折檻されます。もちろん雪蓮と炎蓮も逃げられません。