Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義 作:ヨツバ
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戦勝祝いの席。
黄巾党討伐と太平道の壊滅に対してのものだ。暗く、酷い戦いであっても勝った者は先に進まねばならない。
ならば勝った者たちはいつまでも気持ちを暗くしてはいけない。勝った者ならば勝った者としての気持ちを持つべきだ。
「そら宴だ!!」
宴は気分を晴れやかにしてくれる。いい気分になればまた明日も頑張れる気がする。だからこそ人間は『楽しむ』という気持ちを大事にするのだ。
「おおー…凄いご馳走だ」
「歌って食って踊れだなぁ。なあ李書文」
「いや、食うのは構わんが…歌って踊れは儂は出来んぞ」
「うむ。これは酒が進むというものだな」
燕青たちも宴会モードに突入だ。李書文はそうでもないが燕青と荊軻は楽しむ気がマンマンである。
もうこれからの予想が付くが考えない事にする藤丸立香。どうせ後で止める側になるのだから。
皆はそれぞれに宴を楽しむ。悩みを語ったり、戦の活躍を自慢したりしながら料理を口に運んで酒を飲んで盛り上がる。
「おらあ立香!!」
「ぐえ!?」
急に首根っこを掴まされて引き寄せられる。引き寄せられる先は炎蓮である。
「食ってるか、飲んでるか!!」
「食ってます!!」
「酒は!!」
「飲めません!!」
「飲め!!」
「アルハラ勘弁です!!」
「あるはらって何だ!!」
「今の炎蓮さんのことです!!」
この炎蓮と藤丸立香の言い合いというか掛け合いの流れは最初に会った頃から続いている。
この2人の言い合いはちょっとした孫呉での日常となりつつある。だから雪蓮や粋怜たちも笑いながら彼らの掛け合いを見ているのだ。
「母様も本当に立香を気に入ってるわよね。ねえ冥琳」
「ああ。それに彼も少しはこの孫呉に馴染めてきているしな」
藤丸立香は孫呉で馴染んでいた。まさかのまさかで『天の御遣い』というアドバンテージがあって特別視はされていたが、彼の人柄もあってか馴染むのは早かったのだ。
荊軻たちも藤丸立香のように万人に受けが良いというわけではないが馴染んでいるし、一部の孫呉の人間からは気に入られている。
「荊軻、燕青。飲み比べだ!!」
「いいとも」
「いいよぉ」
ガブガブと酒を飲兵衛の如く飲んでいく。
炎蓮に荊軻と燕青は宴会時になると気が合い過ぎる。このまま飲んでいると間違いなく荊軻は傍若無人として出来上がってしまう。
そんな荊軻でも炎蓮は気にせずに宴を続けて酒をカブカブと飲む。
「まだまだ次だ!!」
「ああ、まだまだいけるぞ」
「よっしゃ。俺が注いでやる」
「酒をもっと持ってこい。蔵の酒を全部だ!!」
宴が始まって数分だと言うのに炎蓮の周囲だけ騒ぎの質が違う。酒気が凄い。
「あそこには近づかないでおこう…」
炎蓮のところに近づいたら意識を持っていかれそうだと判断。
片手に料理を皿に乗せて周囲を見る。宴会なのだから無礼講で好きに楽しんでいる皆だ。
粋怜は祭と戦の戦果を自慢し合い、雪蓮は冥琳に説教されながら料理に舌鼓。炎蓮は荊軻たちと酒をガブ飲み。穏と雷火は李書文と静かに食事をしている。
「あそこは珍しい組み合わせだな」
珍しい組み合わせとは李書文と雷火に穏たちだ。なかなか接点の無い人たちだから珍しいというのが本音である。
だが李書文としてはこういう宴が性に合わないので静かな所でチビチビと食事をしている方がマシというのかもしれない。
「てか雷火先生って機嫌悪いの?」
「悪くはない…」
取り合えず安全地帯の組み合わせに近づく。
そんな安全地帯の雷火の顔が険しい。
「生まれつきだそうですよ~」
「ふん…ぐぅっ!?」
急に雷火の顔が歪む。
「どうしたの!?」
「な、何でもないわ」
「なんでもないわけないじゃないか」
ものすごく痛そうな顔をしていたのだ。何でもないわけがない。
「どっか怪我したの雷火先生。ならすぐにでも医者に…」
「怪我ではない…ぎっくり腰じゃ」
「どっちにしろ医者に診てもらった方がよくない?」
ぎっくり腰も怪我の一種である。
「ぎっくり腰~?」
「馬に乗る時にやってしもうたようじゃ。まあ、それほど大したことでも…うっ!?」
大したことのあるぎっくり腰のようである。
「大丈夫?」
「やかましい。わしに構うな」
「もうお歳なんだから無理をなさっては駄目ですよ~」
「誰が歳じゃ…ぎぅ!?」
「ほら~」
「やかましい、やかましい。とにかく、今のわしに構うな」
ぎっくり腰が恥ずかしいのか。それとも痛いのを我慢しているから静かにしているのか分からない。
「心配なんだけど」
「いいからあっちに行っておれ」
つーんとしている雷火であった。
「師匠は治せない?」
「……年取った儂なら治せたやもな」
「その場に年取った師匠がいたら死闘になるでしょ」
宴はまだまだ続く。
「おい、肉がもう無いぞ!!」
肉料理が無くなったのか炎蓮が大声で騒ぎ始める。肉料理はメインの料理なのだから誰だって我先と箸を伸ばすから無くなるのが早いはずである。
「あら本当ね」
「厨房に行ってもっと肉料理を運んでくるよう告げて参れ!!」
祭は近くにいた兵士に声を掛けるが兵士から帰ってきたのは在庫が無いという言葉であった。
もう材料が無いのなら肉料理は作れない。それはもうどうしようもないことだ。
「なんだと!?」
炎蓮の大声に兵士は条件反射で謝るが雪蓮が「気にしないで」と言う。
兵士のせいではない。食えば無くなるのだから当たり前だ。在庫も元々少なかったわけではないのだから。
「母様が馬鹿みたいに食べまくったからでしょ。ウチの兵にあたらないでよ」
「あたっておらんわ!!」
ただ声が大きいだけである。
「ふん、肉を食わんで何の戦勝祝いか!!」
「されど、無いものは仕方ございますまい。諦めて魚を食されよ。ただでさえ、炎蓮様は血の気は多すぎるのじゃ」
雷火の言葉に冥琳は苦笑い。
肉ではなく魚を食べようと勧めてくる皆だが彼女の胃は肉を欲しているのだ。
「今は魚よりも肉だ。しょうがねえ、行ってくる!!」
「ええぇ…どこに行かれるのですか~?」
「肉の調達だ!!」
「もー、やめてよ母様。夜なんだからお店はとっくにしまってるわよ」
雪蓮が止めるのも聞かずに炎蓮はさっさと肉を調達するために宴の席から離れていく。
そこまで肉が食べたいのか、彼女の行動力はフルアクセルである。ズンズンと足を歩かせて何処かへ進む。
藤丸立香を連れて。
「何で俺まで!?」
「ついでだ。手伝え!!」
「母様を頼んだわよ立香ー」
「見捨てられた!?」
荊軻と燕青は飲んで歌ってで粋怜たちといる。李書文は静かに黙々と食事をしている。
3人とも目を合わせない。荊軻たちは酔っているから気付かないかもしれないが李書文は面倒事に関わるのを控えているようだ。
そのまま首根っこを引っ張られて連れて行かれるのであった。
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目に広がるは木々に、聞こえてくるは獣の鳴き声。
「調達って現地調達か…」
藤丸立香は炎蓮は山の中にいた。
「こんな夜更けに店を開かせるわけなかろう。何を言っているんだ立香は」
「たぶん雪蓮さんたちは炎蓮さんが夜更けに店へと買いに行ったと思ってますよ」
「そんな非常識なことはせん。馬鹿かあいつらは?」
心外だと言うばかりの顔をしているが、そう思われるのは彼女の行動も原因の1つだ。
「さて、大物を捕まえるぞ立香」
「大物を捕まえるって…何を捕まえるんですか?」
「猪なんていいかもな」
「猪」
魔猪を思い出す。
「ん、猪に何か思入れでもあるのか?」
「でっかい猪を皆で退治した事があるのを思い出しました」
「ほお。どれくらいのデカさだ?」
「そこの大岩の倍の倍の倍くらい」
「デカいな。さぞ仕留めがいがあるではないか」
仕留めがいがあるかどうかは置いておいて、呪獣胆石を手に入れるのに狩ってはいた。
油断するとすぐに痛い目に合うが。
「なら、それくらいの獲物を見つけるぞ」
「ええー…」
そこらの獣程度なら炎蓮でもいくらでも倒せるだろう。しかし魔猪くらいの大きさはたった2人だけじゃ心もとない。
「では行くぞ!!」
夜の森は危険だ。山奥に行けば行くほど危険である。
松明を片手に森の中に進む2人。炎蓮は怖くないのかズンズン進む。
「なあ立香よ」
「はい?」
「雪蓮たちと解決してきた太平道での出来事だが、後ろには于吉の影があると言っていたな」
「はい」
「于吉とはどんな奴だ。容姿や性格も含めてな」
「容姿は見た事があるから分かるけど…性格に関してはまだ把握してないよ。接触したのも数回程度だからね。于吉を知る仲間は今離れてるからな」
「お前の主観で構わん」
「そう。なら彼はこの世界を…大陸を混乱させるのに並々ならぬ執念を感じたよ。でもなんていうか、並々ならぬ執念は感じるんだけど何処か自分の目的じゃない感じもするんだよね」
彼の言葉だと矛盾を感じるが確かに于吉は外史を消滅させようと動いているのだ。
于吉の行動は本物。だが彼自身が願っている目的ではないように感じたというのが藤丸立香の主観である。
「ふむ…于吉の目的は大陸の混乱だが自分の願いのようには感じなかったということか」
「うん」
「そりゃあ、あれだ。本来の目的を望む奴がいるってやつだ。于吉はそいつの望みを叶えるために動いてんだろ」
于吉は外史の消滅を望む者のために行動しているのだ。正確に言うと彼は外史の消滅を目的に行動しているのではなくて、外史の消滅を望む者の目的を達成させるために行動しているのだ。
「それだと于吉には仲間がいるな」
そういえば、と藤丸立香は貂蝉たちが『左慈』と言う誰かの名前を口にしていた。その左慈という人物に出会ったことがないからどんな人物か分からない。
于吉は外史を消滅させるのが第一ではなく、左慈の目的が叶えさせるというのが第一なのだ。
「それだけでだいたい于吉の奴がどんな奴か分かったぞ」
「え、分かったの?」
「ああ。于吉は典型的なまでに好きな人のために何でも奉仕する人間だろう。その何でもってのがタカが外れてるってやつだ。そういう奴ほど面倒だな」
好きな人のために動く。その行動に周囲がどうなろうとも関係ない。
「そういう奴には気を付けておけ。何をするか分からんというよりかは心酔している奴のためなら何でもしてくるからな」
厄介な者はこの世にごまんといる。その中の1つとして心酔する者たちというのは、その心酔している誰かのためなら何でもやってみせるという点が厄介なのだ。
于吉は炎蓮の観点からだとその部類に入ると予想。この場に貂蝉や卑弥呼がいたならば同意しただろう。
「ま、気を付けるのはオレらもだがな」
太平道での出来事により于吉がこの揚州付近にいることは分かった。ならばいずれは相対する可能性はあるならば藤丸立香たちだけでなく、炎蓮たちも他人事ではないのだ。
「しっ、静かにしろ立香」
「見つけましたか?」
「ああ。見ろ、中々の大物だろう?」
指を差す方を見ると自分たちよりも倍はあるかというくらいの大きさの猪がいる。大型の魔猪よりかは小さい。
普通のサイズの魔猪はある大きさの猪である。
「大物ですね」
「だろう。何か策はあるか?」
「額に目掛けて剣を投げて一突きで仕留めてください」
「それ策じゃねえだろ」
「狩りというのは一撃で仕留めるものです」
「まあ、確かに」
剣をスラリと抜いて、持ち方を槍投げのように持ち帰る。照準を合わせて感覚を研ぎ澄ませる。
炎蓮の狙いは猪の額のみ。目を見開いた瞬間に剣を豪速球の如く投擲した。そのまま剣は見事に猪の額に命中し、猪を一撃で仕留めたのであった。
「うし!!」
「おお、見事」
グチャリと剣を抜いて刃に着いた血を振り払う。
「じゃあ、これを持っていくぞ」
「人手が必要だね」
「あんだって?」
「いや、これ2人じゃ持ちきれないからさ。人を呼ばないと」
一瞬、令呪で燕青たちを呼ぼうと考える。
「こんなもん持てるだろ。あらよっと!!」
炎蓮は仕留めた猪をいっきに担ぐ。
「おお!!」
普通ならば持ち上げるのは無理なのだが彼女は軽々と持ち上げた。あんな細腕でよく持ち上げられたものだと不思議である。
彼女も恋と同じようにこの外史では特別に強い部類なのかもしれない。
「立香も持ってみるか。ほれ」
「待った待った。俺じゃ無理だから!?」
「ったくだらしねえな。もっと鍛えろ」
鍛えているが流石に大きな猪を担ぎ上げる事はできない。恐らくはまだ。火事場の馬鹿力を発揮すればできるかもしれない。
(クリスマスの時にナーサリーとジャックとジャンヌ・オルタ・リリィの3人を担いで走ったから頑張れば大丈夫かな?)
クリスマスの時の事を思い出す。時折、自分は火事場の馬鹿力を出している気がしなくもない。
「おら、帰るか!!」
宴の席に大きな猪の担いで戻ってきた炎蓮を見て驚く臣下たちを容易に予想できるのであった。
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「こんにちは黄祖殿」
「……誰だ?」
音も無く後ろに現れた胡散臭い男を見て警戒した声を放つ黄祖。いきなり知らない男が背後に現れれば誰だって警戒する。
しかもその男は黄祖にとって何1つ知らない存在である。
「私の名前は于吉と言います。道士です」
「…その道士が何の用だ」
手を剣の柄に置く。すぐにでも斬れるように態勢を無意識に整える。
「フフフ…そう警戒しないでください」
「無理な話だな」
無理な話。それは于吉自身も分かっているのにこやかに作り笑顔をした。
「まずは私が何故ここに来たか説明しましょうか。率直に言います。私と手を組みませんか?」
「貴様と手を組むだと?」
「ええ。どうしても倒したい人たちがいましてねえ。それに貴女にも悪い話ではないことは確かですよ」
「……貴様なぞ信用できないが私に利があると言うのなら話だけ聞こうではないか」
「はい、話だけを聞いて私と手を組むかどうか考えてください」
于吉の話はこうだ。
于吉にはどうしても倒したい相手がおり、それが孫呉にいる孫策である。
何故倒したいかの理由は話さないが復讐ということだ。とても簡単で単純な個人的な恨みの問題。復讐というのならば黄祖にとって于吉の過去なぞ興味も無い。
「孫策を殺したいがために私に力添えが欲しいと…くだらなさすぎる。なら私ではなく違う所に行け。孫呉を、孫策を恨む奴ならば他にもいるだろう。何故私なのだ」
「それは貴女がいずれ孫呉と戦うと占いが出たからですよ」
「占いだと?」
占いで黄祖がいずれ孫呉と戦う未来を見たと言う于吉。彼は道士なのだから占いが出来てもおかしくはない。
「占いで私が孫呉と戦うと?」
「はい」
占いをしなくとも孫呉とはこれから先、戦がある可能性はある。彼が言うのは占いではなくてただの予想の可能性だってあるはずだ。
「予想ではありませんよ。占いで貴女と手を組み、戦えば確実に孫呉を滅ぼせますのでね」
「ふん。貴様の占いでは私が勝つと?」
「はい。私と手を組んだ場合ですがね」
「………」
所詮は占いである。于吉の言う言葉を全て信じられない。
「貴女はいずれ孫呉と戦います。ならば戦力は必要でしょう?」
「貴様が1人加わったところで何も変わらなぬではないか」
「私が貴女に提供する戦力はコレです」
于吉がパチンと指を鳴らすと大量の兵馬妖が出現する。
「この力を貴女に提供します」
「…これは」
「どんな相手にも恐怖せず突撃する兵隊ですよ。これはまだたったの一部にすぎません」
兵馬妖はまだ数万と存在する。確かにこれが本当に使えるのならば黄祖としてもこの力は欲しい。
「私の復讐に手を貸してくれるのならば、この力を提供します。好きなようにしても構いません」
兵馬妖を提供してくれる条件は于吉と手を組み、孫呉を滅ぼす事。孫呉と戦うのいずれあると思っている。
ならばこの条件は黄祖にとって好条件すぎるものだ。
「…この力があるなら貴様だけでも足りるのではないか?」
「数があっても優秀な将がいなければただの烏合の衆ですよ」
「ふん」
本当に腹が見えない胡散臭い男だと黄祖は思う。
「もう一度聞こう。何故私なのだ。貴様の胡散臭い占いで私が戦うと言うが…」
「黄祖殿は錦帆賊の甘寧に熱中のようで。他にも劉耀の配下の太史慈にもお気に入りのようですね」
「…っ」
「甘寧も太史慈も孫呉に降ります。甘寧は孫権に、太史慈は孫策に忠誠を誓いますよ」
「そんなもの…」
「私の占いを信じるか信じないかは黄祖殿次第です」
パチンと指を鳴らすと兵馬妖は消える。
「ですが貴女は必ず孫呉と戦いますよ」
于吉は胡散臭いが何故か言っている言葉に嘘偽りなく言っている。そういう風に言う詐欺師かもしれないが。
彼のいう事は信じられない。だが彼は黄祖にしか知らないことも知っていた。胡散臭いが道士と言うことだけはあるかもしれない。
「すぐに答えを聞くつもりはありません。また伺います。その時に良いお返事が聞ければ幸いです」
そう言うと于吉は消えた。まるで最初からその場所に居なかったようにだ。
「…于吉か」
于吉は黄祖に甘い汁と苦い汁と少しだけ与えた。それは黄祖にとって本来ならばあり得ない選択肢を与えるために。
そんな黄祖が選択肢に悩み始めさせた于吉は誰知らぬところで静かに口を広く。
「これで黄祖は私の手を取るでしょう。次に会いに行くのは…甘寧が孫権に降った後が一番有効ですね」
この地での策は順調に水面下で浸透している。ここでの策を成功させるにはどうしても黄祖の力が必要なのだ。
そのためにはまだ生きていてもらわねばならない。彼女には大事な大事な役割があるのだから。
「ここでは兵馬妖ではない他の力が欲しいですからね」
于吉が欲しいのは貂蝉や英霊にも負けない力。数の力は兵馬妖である。次は質の力だ。
質の力をこの地で手に入れる。もしくは作って見せる。
「それまで準備に徹しますか」
太平妖術の書を開く。
「それにしても私が孫策に恨みがあるなんて…そのまま三国志演技を参考にしてしまいましたね」
太平妖術の書は不気味に光る。
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現在の揚州にて。
孫尚香たちと程普たちはカルデアの者たちと一緒に別々にある町に向かって、ついに合流した。
「あ、粋怜!!」
「小蓮様!!」
孫尚香は全力で程普に向かって抱き付く。まるで突撃するかの如くだが、程普は疲れた体であろうとも受け止めた。
「よくぞご無事で…」
「粋怜も無事で良かった…」
陸遜も周泰も加わって再会に思いを馳せる。死んでいたかもしれない大切な仲間が無事だったのだ。呉の兵士たちは彼女たちを見て涙する。守るべき姫と共に戦ってくれる将が無事なのは仕えている兵士にとって心より安堵するというものだ。
「良かった…孫尚香様が無事で良かった」
孫尚香たちが感動の再会をしている他所に諸葛孔明たちは何故、互いに呉の者たちと一緒になったかを説明をしていた。
「なるほど。どちらも黄祖軍に追われていたところに出会したのか」
「で、藤太の方は兵馬妖とも出会し、戦ったのだな。ぬぬぬ、やはり間違いなく于吉は黄祖に肩入れしておるな」
彼女たちの話を聞く限りではやはり黄祖が妖馬兵を率いている。ならばその裏には確実に于吉がいる。
「ここで彼女たちに出会えたのは好都合だ。このまま一緒に行動しよう」
孫呉の関係者といることで黄祖に近づく。黄祖に近づけば于吉にも近づくということだ。
「それにこっちは孫尚香と仲間になると話をしている」
「うむ。もう仲間だ。これなら程普殿たちにも話しやすかろう。では、孔明よ。あの感動の再会の中に入ってこい。これからの話をするためにな」
「そういうのをぶち壊すのお前らだろうが」
貂蝉と卑弥呼を見る。
「どういう意味よ」
「どういう事だ」
「そういうことだ」
そういうことである。
「孫尚香に…程普殿と言ったかな」
「そうよ」
「どうやら何かの縁によって私らは貴女たちと出会えたようだ。これからの事について話し合いたいのだが良いかね?」
「そうそう。粋怜たちにこの人たちの話さないと。てゆーか、そっちの人たちも知りたいし。てか、孔明の仲間なの?」
「それについて話す」
諸葛孔明は感動の再開をしている彼女たちの前に来て声をかける。邪魔できない雰囲気であるが話を進めるためには感動の再開を中断させた。
これからどうするか大切な話だ。今の段階だと諸葛孔明と孫尚香は仲間になることが決まったのだ。それは貂蝉や程普たちは知らない。
お互いのことを話さないといけないのだ。
「場所を変えましょうか」
場所を変えての話し合い。諸葛孔明たちと孫尚香たちのお互いについての話だ。
「まず私たちだが…太平妖術の書という物を探している団体だ」
「太平妖術…」
「何か知ってそうだな」
太平妖術の書と聞いて程普と陸遜が何か知ってそうな反応を示す。
「ええ。前に邪教組織『太平道』の大賢良師が持っていた書物よ。見たのは燃えた残骸だったけどね」
「燃えた?」
「ええ。太平道での戦いで燃えたのよ」
太平妖術の書が燃えた。それを聞いて貂蝉と卑弥呼の方を見る。
「その太平妖術の書ってのは1冊だけ?」
「そうよ」
「ならまだね」
燃えたのなら于吉の戦力を減らしたかと思ったがそう簡単ではない。太平妖術の書にはある秘密があるのだ。
「太平妖術の書は1冊だけじゃないわ。百巻以上もあるのよん」
「やはりか」
諸葛孔明は大体は予想していた。
太平妖術の書とは『太平清領道』という百余巻もある書物ではないかと。
この外史では正史とは違う。だから太平妖術の書とは『太平清領道』は似て非なる物ていうこともある可能性もある。
「もし百余巻もあるなら一冊燃やしたところで意味は無いか」
「ええ」
百余巻もあるならばやはり于吉自体をどうにかしないといけない事になる。
「なるほどな」
「ねえ、その太平妖術の書って何よ?」
孫尚香が真っ当な質問をする。分からない者からしてみれれば置いてけぼりである。
「まんま、妖術書よ…とっても危険なね。さらに危険な道士が使えばもっと危険よん」
この外史の世界の者からしてみれば分からないが于吉は危険だ。世界を消滅させようなんて考えを持つ存在なのだから。
そこらの暴君や復讐者なんかより恐ろしい。この外史で一番の危険人物である。
「実は私たちはねん…華佗ちゃんって言う医者で太平妖術の書を追う良いオノコの手伝いをしてるのよん。華佗ちゃんは太平妖術の書の封印をすると言う役目を持ってるからね」
「華佗。聞いた事があるような無いような…それに役目。もしかして華佗って人も天の御遣いだったりするの?」
「いえ、違うわよん。華佗ちゃんは医者とは違う顔があって道教の教団『五斗米道』に所属する1人よ。教団から使命を受けたのよん」
太平妖術の書は危険な妖術書。道教組織が探し出して封印しようとするのは当然な事だ。
「天の御遣いは大陸の混乱を鎮めるために降り立つ。その混乱の原因が于吉…太平妖術の書。だから華佗って人も天の御遣いかと思ったんだけどね」
「まあ、確かに考え方としてはそう思うわよねん。でも華佗ちゃんは違うわ。私たちは天の御遣いとは無関係よ」
本当は関係がメチャクチャあるのだがここでは伏せておく。
貂蝉たちは本来の天の御遣いに関して知っているがこの外史ではまだ接触していない。藤丸立香が2人目の天の御遣いになっているようだが諸葛孔明たちはどのように藤丸立香が天の御遣いになったのか知らない。
ここで関係者だと言っても上手く説明が出来ないのだ。だからこそまだ伏せている。
「天の御遣いとは関係無いか。貴方たちは于吉と太平妖術の書を追っているのね」
「ああ。そして于吉は黄祖と繋がっているのが分かった」
「なら敵は一緒よねってことで私が、仲間に引きいれたのよ」
孫尚香がエヘンと控えめな胸を張る。今の孫呉には少しでも仲間が必要なのだ。
「于吉と黄祖が繋がっているのならどちらとも戦う事になる」
兵馬妖を操る黄祖。その後ろにいる于吉。
孫呉は黄祖を。諸葛孔明たちは于吉を。確かに孫尚香が彼らを仲間に引き入れたのは間違いではない。
諸葛孔明たちにとっても孫呉の者たちと接触できたのも幸先が良い。ここでの目的は于吉によって歪められた呉の歴史を修正しなければならない。
「お互いの敵は同じ場所にいるってことですね~」
「そうなるな。儂らとしてもお主らが仲間になってくれるのは助かる。儂らが如何に強き漢女だったとしても相手の戦力が大きいからな」
「その通りだ。私たちだけでは戦力が足りないからな。そこに貴女方が仲間に引きいれてくれたのは此方としても助かる」
「小蓮様が貴方たちを仲間に引きいれた。なら少しは信用はできるのかしらね」
「少しと言わずドンっと信頼してくれてもいいのよん」
「まあ、こんな奴らだしね」
孫尚香が仲間に引きいれたと言っても程普たちにとっては完全には信用されない。それは当たり前の心情だ。
それでもまだそこらの奴らよりかはマシだというものだ。
「力を貸してくれるわよね。お互いのために」
ニコリと小悪魔的な笑顔だ。
「勿論だ」
「私たちの敵は黄祖と于吉。確かにお互いの敵は同じね」
手を組まないなんてことは無いのだ。
「これからについては考えておるのか?」
俵藤太がこれからの方針について聞く。
目的は決まっているがそこまでに向かう順路はどうするかを決めねばならない。
「まずすることが決まっているのは無事な仲間と合流することよ。もうここで明命に粋怜、穏たちと合流できた」
まだほかにも呉の仲間たちはいる。その者たちとも合流しなければならないのだ。
「無事だったらか」
「無事よ…絶対にね」
孫尚香の目は強い光を放っている。まだ大切な仲間は死んでいないという現れの目である。
「その目、いいわよん。そうでなくっちゃね。どんな状況でも絶望しちゃいけないわん。希望がある限りね」
ニコリと笑う貂蝉。相手は強大で未知数の相手。だが諦めてはいけない。
「…姉様たちが無事なら建業に戻っている可能性があるわ。建業には雷火がいる。戻っている可能性はある」
「なら向かうべき場所は決まったな。そして急がないといけない」
まずは散り散りになった仲間を集める。その為に向かうべきは場所は揚州の建業だ。
建業という場所こそ孫呉の本拠地だ。そこにまだ仲間と重鎮の1人がいるのである。無事であるのなら合流するべきである。
「そうね。急がないといけないわ」
今、建業にまともな戦力は残っていない。そんなガラ空き状態の場所を黄祖が狙わないわけがないのだ。
その事に気付いて無事な孫呉の仲間たちも向かっている可能性もある。
「なら明日出発するぞ」
「な、孔明ったら何言ってんのよ。今すぐにでも行かないといけないじゃない!?」
「焦る気持ちは分かるわ孫尚香ちゃん。でもね…それは難しいわよん」
貂蝉がクネりながら程普と陸遜を見る。
「私たちもすぐに出発したいのは同じです。でも…兵たちは厳しいですよ~」
「ええ。私もすぐにでも向かいたいわ。でも兵士たちにこれ以上は無理させられない。せめて今日は休ませないと」
程普たちが率いる兵士たちは限界だ。これから建業に向かうにも休息が必要である。
そもそも程普や孫尚香たちだって休息を取らねばならないほど疲労しているのだ。
「今は休むべきだ。明日に向かうぞ」
「小蓮様」
「うう…そうね。大丈夫よ明命」
焦る気持ちは本当に分かる。だが今は休息である。
「今日は休息だ。明日、建業に出発だ」
読んでくれてありがとうございました。
次回は2週間後に更新予定です。
今回は太平道を倒したその後の話。于吉の暗躍。現在に残った孔明たちの話でした。
その3本の話でした。
次回はついに孫権の登場です。そして現在サイドの話の2本ですね。
ついに立香たちはあの孫権と出会います。