Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義   作:ヨツバ

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今回も日常編です。
ほのぼのというかぐだぐだと物語が進みます。


いつもいつも誤字報告をしてくださる皆さまに感謝しています。


孫呉の人たち5

152

 

 

今日は意外な光景が見れた。それは冥琳が祭に怒られている光景である。

これには一緒にいた李書文も「意外だ」と零すほどである。

 

「意外だね」

「うむ。これは珍しいものが見れたものだ」

 

その逆ならば見慣れた光景だが祭が冥琳に怒るなんて初めて見たのだ。

 

「まったく、この石頭め。何度同じことを言ったら分かるのだ!!」

「…申し訳ございません」

「良いか冥琳よ。人生の伴侶とは酒と戦だぞ。それを忘れて知のみを追求するような者に人はついていかんのだ!!」

「はあ…」

「幼いころから聞かせておるだろう。儂の言葉を忘れたのか!!」

「いいえ、そういうわけではございませんが」

「ならば、つべこべ言うでない。黙って儂に酒を飲ませぬか!!」

 

本当はこの場から立ち去るべきだが、つい彼女たちの様子を見守っていると話の内容に違和感を覚える。

冥琳が怒られている理由がよく分からないのだ。何か悪い事をした等という理由ではない感じがする。

何か失敗したとか、報告を忘れたとか、そういうものでもない。

これは気になってもう少し聞き耳を立てる。

 

「では何か、お主はこの儂に人生の伴侶を見殺しにせいと申すのか!!」

「何もそうは言っておりません。私はただ…」

「ええい、やかましいと言っておるのだ。お主は本当にしつこいの!!」

 

そろそろ止めた方がよいかもしれないと思って藤丸立香たちが彼女たちの前に出ていく。

傍から聞いていても祭が無茶な理屈を好き放題にぶちまけて冥琳を困らしているようにしか見えないのだ。

 

「どうしたの2人も廊下まで響いてきたけど」

「喧嘩か?」

 

さも今、通りかかった体で顔を出す藤丸立香と李書文。

 

「藤丸、それに書文殿」

「おお、藤丸に書文か。ちょうど良いところに現れた。この頭でっかちな小娘にお主らからもズバッと言ってやってくれい!!」

「何を?」

「何をだ?」

 

近づいて分かった事がある。祭から物凄く酒の匂いがするのだ。

これはどう見ても酔っぱらっている。何となく察することができる。

 

「さあ、いけ。やってやれ藤丸!!」

「だから何を?」

 

隣では冥琳が眉間にしわを寄せてため息をついていた。

 

「待て祭殿よ。一体何があったのだ。それを言ってくれないと儂らは何も分からぬぞ」

「師匠の言う通りだよ。何があったのさ。その理由によっては祭さんの味方になれるよ」

「ふ、ふぅむ…」

 

まず酔っ払いから話を聞くには自分が冷静になってから、ゆっくりと相手を落ち着かせる所から始まる。

 

「取り合えず揉めていた理由を簡潔に答えてほしい」

「うむ、つまり…」

「つまり?」

「儂が酒を飲んでいた。冥琳に見つかった。叱られた」

「なるほど、祭さんが悪いわけだ」

「待て、違う。ちと言い方が悪かった!!」

 

どこから聞いても祭が悪いようにしか聞こえない。いつもの事でまたサボって酒でも飲んでいたという事が予想できてしまう。

冥琳を見ると額を押さえて、また小さなため息を漏らしている。この反応だけでも今の言葉がこの状況を全て的確に表している。

 

「じゃあもう一度」

「うむ…まずはーー」

 

話を聞くと祭が台所に行ったところ、そこに酒が置いてあった。その酒はただの酒ではなく、上等な酒だったそうだ。

彼女はその上等な酒を見て、誰が置きっぱなしにしたのかと心配したのだ。そんな上等な酒なら盗まれてしまう可能性があるからだ。

そこで祭がその上等な酒を何を思ったのか保護したとのこと。

 

「そこで飲んじゃったのか」

「違う。相手の真意を確かめるために酒の味を確かめただけじゃ。そしたら思いのほか美味でなぁ」

「ついつい手が止まらなくて全部飲んじゃったわけね」

「うむ。分かってくれたか藤丸?」

「うん。内容は理解した」

「お主が悪いではないか」

 

李書文は呆れ顔だ。

 

「何でじゃ!!」

「……でも他にもあるよね。それならいつものことっぽいし。その上等の酒ってのが気になる」

「ほう、よく気付いたな藤丸。お前の言う通り祭殿は最も重要な点を話しておられぬ」

 

ギクリという擬音が祭から聞こえた気がした。

 

「その重要な事とは?」

「あ、あのだな藤丸…」

「正直に話してよ祭さん。そうじゃないと俺も庇えないよ。そもそも嘘ついても良い事ないよ。嘘ついたら焼かれることだってあるんだから」

「それは怖いな」

 

冥琳がポツリ。嘘付くと焼かれる可能性なんてカルデアではあるのだ。

 

「あ、あのな…実はその酒が………帝への献上品だったのだ」

「アウト」

 

藤丸立香は冥琳を見るとため息を吐いていた。なんとも困り果てた顔で頷いている。

それにしても帝と聞いて霊帝と献帝の事を思い出した。

 

「儂の味方をする気になったかの?」

「何故そう思うのだ」

 

李書文が言いたい事を言ってくれる。

 

「何故じゃ!?」

「それはこっちのセリフです」

 

やはり祭が全面的に悪かった。

 

「全部話したら庇ってくれるとゆうたのに…藤丸は嘘つきじゃ!!」

「理由によってはって言った」

「騙したのか…」

「騙したとは人聞きの悪い。そもそも聞けば聞くほど祭さんの悪事が鮮明になっていくんだけど…」

「悪事じゃと…お主はまでそんなことを言うのか。冥琳、お主からもなんとか言ってくれ!!」

「…私にどうしろと?」

 

本当にどうしろというのだろうか。

 

「どいつもこいつも、寄ってたかって儂を悪者にしおってからに。儂のことが、お主たちのような若造に分かってたまるものか。よいか、人生と酒と言うのはな…!!」

 

冥琳は肩をすくめると藤丸立香たちに目配せをしながら苦笑いをしてみせた。

この後は祭に『人生と酒』論を聞かされるはめになってしまったのである。

それに対して李書文は「時間の無駄だった」と呟くしかなかった。

 

「聞くに堪えない内容だったな」

「そう言わないでくれ書文殿。そして藤丸も巻き込んで悪かったな」

「いや、俺から入っていったから気にしてないよ」

 

ようやく祭からの無駄な説教から解放されたのだ。

相手はただの酔っぱらいなのでひたすら黙って頷くしかなかったが、それにしても長かった。

 

「それにしても献上品はどうするの?」

 

忘れていけないのが献上品だ。案外、ただでは済まないような事態である。

 

「そのことなら心配いらんさ。別の酒を用意すればいい」

 

また上質の酒を酒屋から調達すればよいだけなので、そこまで事態は深刻ではないようだ。

これには一安心というものである。

 

「まあ、その任は祭殿にやってもらうとしよう。無論、その分の酒代は祭殿の給金から引かせてもらおう」

 

ちゃんときっちりしている。

 

「それにしても祭さんっていつもああなの?」

「酒を飲もうが飲むまいが、祭殿がにぎやかなのはいつものことだ」

「大変だね…」

「お前も大概だと思うぞ。荊軻殿を見れば分かる」

「慣れてるから」

「それなら私もさ」

 

お互いに苦労人という親近感で軽く笑い合う。

 

「それにあれはあれで甘えてるのだ」

「あれでか?」

「ああ、書文殿」

 

祭がああいう事をするのは心を許した仲間のみらしい。そういう意味なら藤丸立香たちも仲間に認められているとのことだ。

 

「まあ、あれら全て意識せずにやっているのだがな」

「何となく分かる気がするよ」

「そうか。まあ、そういうことだ」

 

冥琳は本当に苦労人で努力家だ。

雪蓮に祭に穏と、問題児を山ほど抱えて為政に携わっているのだから。それでも彼女たちを蔑ろにしないで厳しくも、心の中では優しく思っている。

単に智謀の人間というだけでは孫呉の軍師は務まらない。彼女がこの国で果たしている役割は藤丸立香が思っている以上に大きいのだ。

 

「冥琳さんじゃないと務まらないか…」

「ま、そういうことだな」

 

本当に大変で重要な人物ということだ。

 

「……無理しないでね」

「何だいきなり?」

 

話を聞いていると彼女はみんなが休まる場所を頑張って作っているのだ。だが、その中に自分が含まれていない感じがする。

自分より仲間という考えが見える。それでは本末転倒だ。仲間のために働くのは良いことだが自分も見なくてはならない。

ベクトルは違うが頑張りすぎて過労死した王様がいるほどなのだ。

 

「無理はしてないさ」

「本当にだよ。これでも無理しすぎて過労死した王様を知ってるからね」

「そこまで無理しないさ」

「まあ、その王様蘇ったけど」

「それはおかしい」

 

クスリと笑う冥琳。そんなの冗談だと思っているが真実である。

 

「そっか……でも冥琳1人だけじゃないんだから、手を貸してほしい時は言ってね」

「藤丸…」

「力になるよ。それに俺だけじゃなくて、きっと他のみんなも力になってくれるさ」

 

まさかの言葉につい照れてしまった冥琳。まさか彼がそんな事を言うとは思わなかったのだ。

 

「ふふ。その時は頼むぞ」

「もちろん」

 

彼女は穏やかな表情で微笑んだ。その笑顔はとてもレアな表情かもしれない。

 

「…あいつは本気でそう思っている。彼に頼るのも案外良いものだぞ」

「何となく分かるよ書文殿」

 

 

152

 

 

今日はまたも珍しいものが見れた。

 

「黄蓋様~!!」

「黄蓋様だ!!」

「わーい黄蓋さま!!」

 

祭の周りにわらわらと子供たちが集まっている状況である。

子供たちに囲まれて身動きが取れなくなっている。彼女の顔は「どうしたものか」と困っている。

 

「黄蓋さま遊ぼうよ~」

「こ、こら。服を引っ張るな」

「黄蓋さま、お話して、お話~」

「黄蓋さまのお話が聞きた~い」

 

見ていて分かるが子供たちからもの凄い人気だ。祭も悪い気はしないが子供たち相手にどうすればよいか分からなくて困っているという感じなのである。

 

「こ、こら。誰じゃどさくさに紛れて胸を触ったのは!!」

「ねーねー黄蓋さまみたいにおっぱいが大きくなるにはどうすれば良いのー?」

「どうすればと言われてもな…儂の場合は勝手にこうなっただけじゃし」

 

子供たちは祭に次から次へと質問攻めをしている。彼女も困った顔をしているが律義に答えているのだ。

知らなかったことだが祭は子供たちからも人気があるようだ。孫呉の宿将ともなれば当然なのかもしれないが、祭と子供たちの取り合わせは少し意外なのだ。

 

「ん、どうしたマスター儂の顔を見て?」

 

それは李書文が実は子供好きだったというくらいの意外性である。

 

「む、藤丸に書文か。ちょうど良かった。助けてくれ」

「助ける要素なくない?」

「決まっておるだろう」

 

そう言った祭は子供たちを見る。

 

「黄蓋さま、お腹空いてない?」

「美味しいお店知ってるよー」

「じゃあ、ウチのお店で!!」

「いや、警邏をせねばならんのでな」

「けいらってー?」

「警邏とは……ええい、藤丸!!」

「はいはい」

 

仕方なく祭を助け出す。子供たちから慕われている状況から助けるというのも変な感じであるが仕方ない。

 

「はいはい、さ…黄蓋さんは仕事中だからまた今度ね」

「ほれ、子供たち。またにしろ」

「あ、李先生だー」

「李せんせーだ!!」

 

今度は李書文の周りに子供たちが集まる。

 

「師匠?」

「なあに。前に警邏の仕事に駆り出された時にな。何故先生呼びかは知らんが」

 

実は意外にも子供好きの李書文。普段からは考えられないかもしれないがこれでも生前の晩年期では子供たちに武術を教えていたのだ。

血の気のある彼でも子供たちの相手をする時くらいはいつもとは違った顔を見せてくれるのだ。

 

「むう…まさかあの獣のような男が」

 

祭も子供と戯れる彼の姿が珍しいのか意外と驚いていた。

 

「あんなふうに纏わりつかれては怖くて堪らんと言うのに書文殿は平気なのかのう」

「怖い?」

「そうじゃ。へたに身体を動かして見ろ。拳が当たってしまうかもしれぬし、蹴飛ばしてしまうかもしれぬ」

「え?」

「そうなったら怪我をさせてしまうではないか。泣き出した子供は手が付けられん。言葉は通じぬし、周りの奴らもつられて泣き出すし…」

 

祭がいつもとは予想外に弱気な発言をしている。だからこそ李書文が子供たちと平気そうにいるのに若干の羨ましさが出ている。

 

「普通にあやせばいいのに」

「それが出来るなら苦労せんわ」

「出来ないのか…子供苦手なの?」

「苦手ではない。ただ恐ろしいだけじゃ」

「そう言うけどさ、ちゃんと相手してたよ」

「当然だ。子は国の宝。蔑ろには出来ん」

 

ならどっちだよと言いたくなるが、彼女曰くそれでも怖いらしい。

本気では嫌がってはいないが、距離は置きたいようだ。彼女は子供たちがすぐに壊れやすい存在だと認識してしまっている。

しかし子供たちは祭の意思に関係無くとても懐いている。

それには理由があるらしく、前にここらで暴れていた者をのしたのを見た子供がいた。その子供は泣いており、泣き止まそうと必死になだめたそうだ。

その姿を見た子供たちが妙に懐いてきたということだ。

 

「儂はどちらかと言うと子供たちから恐れられる人間じゃと思うのだがのう」

 

そう言うが子供たちは祭の親しみやすい一面が好きになったのだ。だからこそとても懐いたのかもしれない。

どんな武人であろうとも、血の気が多くとも子供たちは純粋ゆえに人の好い部分を見つける。だからこそ祭や李書文に対して怖がらずに懐いているのだ。

 

「はは」

「む、何を笑っておる?」

「子供たちを持て余して戸惑っていた祭さんを見て。普段と違って可愛らしかったから」

「こら、からかうな藤丸」

「ごめんごめん」

 

本当に意外な姿を見れたものだ。普段とは違う祭の姿。

笑ったのもおかしいという意味ではなく、微笑ましいという意味に近い。

 

「そうなると祭さんに子供が出来たら大変じゃないかな」

「なに、まさかお主は儂も孕ませるつもりでいるのか?」

「ん?」

「やれやれ。儂のような年増にまで手を出そうとは物好きな。ウチの小娘共だけでは食い足らんということか?」

「何でそういう話になるの!?」

 

そういうつもりで話したつもりはない。どこもそのような話に脱線するタイミングは無かったはずである。

 

「しかし、そうじゃな。自分の娘でもできれば多少は扱い方も分かるかもしれんな……どうしゃ藤丸。本当に子作りしてみるか?」

「だから何でその話!?」

「何を驚いておる、この地で子を成すことはお主の義務であろう」

「ぐぐぐ…その義務は放棄したいです」

「何じゃ。儂のような年増は抱けんという事か?」

「いやいやいや、そんな事は思ってないよ。祭さんは凄く魅力的だよ」

 

彼女はみんなから憧れるほどの強さと、女性らしい美しさを持っている。

男性が彼女を見れば魅力的と思うはずだ。

 

「お、おう…面と向かってそんな事を言われるとちとこそばゆいな。じゃが何故だめなのじゃ?」

 

駄目か否かと言われても、こればかりは心の問題だ。

藤丸立香だって男だ。祭のような魅力ある女性とそういう行為が出来ると言われれば嫌だとは思わない。それは女性英霊にも思った事もある。

だが、それを大っぴらげに開放した後に彼が責任を取れるかどうかと言われてそこまでの度量があるかと言われれば分からない。

 

「心の問題です!!」

「何じゃと?」

「じゃあ俺ヘタレだから今日はここまで!!」

「あ、こら藤丸。それ自分で言って恥ずかしくないのか!!」

「まだヘタレですから。でもいずれ漢は見せます!!」

 

その場から逃げるように消えた藤丸立香であった。

 

「逃げおったか。まったく久しぶりにそういう気分になりそうじゃったのに」

 

藤丸立香はまだまだ未熟者だが悪い男ではない。

 

「ふっ、小僧めが…こんな年増に魅力的と嬉しい事を言ってくれおってからに」

 

炎蓮が藤丸立香に命じたお役目は置いておいたとしても少しずつ彼女たちと信頼は得ているのは間違いないようである。

 

「マスターめ、儂を置いて行ったな」

 

李書文は子供たちと戯れた後に急いで追いかけたのであった。

 

 

153

 

 

最近は意外なものや珍しいものを見る機会が多い。今日もそうで今回は明命である。

 

「はぅわ~もふもふです~」

「ミャア」

 

明命が猫と戯れていた。しかも彼女の表情はとても癒されていると見て分かる。

 

「にへへ~」

「ミャアー」

 

とても幸せそうである。動物好きの人は好きな動物を戯れるとよく彼女のように穏やかで幸せそうな顔をするのだ。

 

「はぅわ~」

 

もの凄く猫をモフモフしている。猫の方はと言うと嫌がっていないのか、成されるがままである。

意外というのが、あの真面目な明命があそこまで骨抜き姿になっているのだ。

 

「明命さん」

「はわっ、立香さん!?」

 

普通に近づいたのだが彼女は藤丸立香の接近に気が付かなかったくらい猫との戯れに夢中のようだ。

 

「猫好きなんだね」

「いや、いえ、そ、その…あうあう。これは違くて」

「いや、違うも何もどう見ても猫好きでしょ」

 

武則天がここにいれば絶対に近づかないだろうと思ってしまう。

 

「へ、変でしょうか?」

「変なわけないよ。猫が好きなのは良いことだよ」

「立香さんもですか?」

「もちろんだよ。猫って可愛いよね。実はうちにも猫がいて可愛いんだ」

 

ウチの猫とはフォウの事である。フォウは猫ではないが。

 

「立香さん!!」

「はい?」

「同志!!」

 

器用に片手で猫を抱きながらの明命にいきなりヒシっと抱き着かれた。今ここに藤丸立香は明命に猫好き同志と認定された。

 

「同志って…」

 

いきなり抱き着かれてびっくりだが落ち着いて深呼吸。

 

「ミャア」

「わっ、すいません!?」

 

猫の一声で彼女は我に返り、慌てて離れた。

 

「いや、別に構わないよ」

 

ドキドキするが女性に抱き着かれる、抱えられるのには慣れてきている。

マシュなどに抱えられる事はあったし、清姫や静謐のハサンに源頼光たちにはいつも抱き着かれているのだ。慣れてしまってよいものか分からないが。

 

「その猫は明命さんが飼ってる猫なの?」

「いえ、この子は一度餌をあげたらそれ目的でここに来るようになってしまったようで…」

「なるほど。でも懐いているね」

「とんでもないのです。この子はきっと生きる為にいろんな人に良い顔をしているはずなのです!!」

「お、おう…」

 

意外にもシビアな考えをしていた。

 

「その言い方だとちょっと性格が悪そうに見てしまうんだけど」

「違います。気高く、澄ましていると思いきや、必要とあらばいくらでも可愛い素振りを見せて人間を手玉に取る。それこそがお猫様なのです!!」

「お猫様」

「はい。お猫様です!!」

 

お猫様。明命は猫好きだと思っていたが結構ガチな方の猫好きであった。

これは語らせたら長くなりそうだと分かってしまう。

 

「だけど分かる」

「分かりますか!!」

「うん。ウチの猫もそういう時があるからね。フォウくんって言うんだけど」

「フォウ様ですか!!」

「フォウ様」

 

ここにはいないフォウを様付け。

もし、ここにフォウがいたら「フォフォーウ(苦しゅうないぞ)」とか言いそうである。

 

「フォウはとても可愛いんだ。それに頭も良いんだよ」

「なんと!!」

「それに明命の言った通り気高くもあり、可愛い素振りを見せたと思えば危険な爪と牙も見せる時もある。まさに可愛さと強さを兼ね備えているよ。猫ってそういう所あるよね」

「立香さん!!」

 

ガシリと肩を掴まれる。

 

「なに?」

「やっぱり立香さんは同志です!!」

 

完全に同志認定された。

 

「今度一緒に語りましょう!!」

 

真剣な顔で猫について語り合う約束をする。

今日は真面目な明命の意外で可愛い姿を見れたのであった。

 

 

154

 

 

今日も今日とて意外なものが見れた。今回は粋怜である。彼女に関して言えばある意味意外すぎた。

 

「えっと…ここが粋怜の部屋かな」

 

藤丸立香は雷火が探していた西門の補修工事の人員表を粋怜から受け取るお使いをしているのだ。藤丸立香が粋怜の部屋に行って取りに行くと言ったら雷火と冥琳から「え、行くの?」という顔をされたのがよく分からない。更に途中で会った小蓮からも「え?」という顔された。

その理由に関して言えば、彼女の部屋を見た瞬間にすぐさま理解するはめになる。

 

「粋怜いるー?」

 

コンコンとノックするが返事が無い。

粋怜は今日は非番ということで出かけている可能性がある。もしくは寝ていて気付いていないかだ。

 

「いないのか。補修工事の人員表が今すぐにも必要だって雷火さんが言ってるんだけどー!!」

 

大声で叫びながらノックをするが部屋からの返事は無い。本当に出かけていればどうしようもなくなってしまう。

本当にどうしようかと思ってノックをしていたら扉が勝手に少し開いたのだ。

不用心だなと思いながらも、今の状況としては助かる。一言断って、遠慮がちに扉を開けて中を覗いた。

すると部屋の光景を見て藤丸立香はピシリと身体を固めてしまったのだ。

 

「……部屋間違えたかな」

 

粋怜の部屋に入ったと思ったが、そこはただのゴミ屋敷であった。

部屋中は物という物で埋め尽くされていたのだ。文字通りどこにも足の踏み場が無い。

部屋のいたるところに酒の壺や食べかけの乾物に衣服、下着、化粧品に本。それに膨大な量の書類の山。

奥の方なんてベットが書類と衣服で山積みになっており、寝るのはもちろん、座るのも無理な状況である。

 

「こ、これは…」

 

カルデアでバレンタインイベント後のマイルームより酷い状況である。

まさに片づけられない人の最終段階の部屋というものだ。

 

「すぴー…すぴー…」

「…やっぱ粋怜の部屋だったか」

 

本当に部屋でも間違えたかと思っていたが、ここは粋怜の部屋で間違いないというのが分かった。

なんせ物に埋もれた部屋でわずかに空いた床のスペースで大の字に寝そべっている粋怜の姿を見かけたからである。

 

(って、なんて恰好で寝てるんだ!?)

 

彼女はキャミソールのような下着とショーツだけの姿で寝ていたのだ。しかも大の字にお腹は丸出しで股もおっぴろげている。そんなといろいろと見せそうであるならば健全な男子である藤丸立香にとって目の毒なのだか眼福なのだか混乱しそうである。

カルデアで露出の激しい英霊とずっといるとはいえ、女性のこういう無防備の恰好はある意味別で藤丸立香は顔を赤くしてしまうし、モヤモヤしてしまうのはしょうがないことだ。勝手に視線をずらすが部屋に来た目的が粋怜なわけで視線も戻ってしまうというどうしようもない状況。

 

(本当になんて恰好で…)

 

粋怜のクールで親しみやすいカッコイイお姉さんのイメージが崩れ去った瞬間でもあった。

 

「うぅぅん…ぷひゅー」

 

こんな意外すぎる光景は建業に来て初めてかもしれない。藤丸立香が勝手に思っていたイメージと違過ぎるので本当に意外で驚いたのだ。

 

「す、粋怜…おーい」

 

目のやり場に困りつつ粋怜を起こす。

 

「ん…んんー。誰だっけ?」

「……起きた?」

「あら、可愛い男の子ね。ふわぁ…お姉さんに何か用かしら?」

 

寝ぼけていて、藤丸立香の事がよくわかっていないようだ。

 

「藤丸立香です。おはようございます」

「ええ、立香くんなの。おはよう……本物?」

「本物です。燕青じゃないですよ」

 

彼女はすくっと寝ぼけながら立ち上がる。

 

「ふわぁぁぁぁぁ…何で立香くんが何で私の部屋にいるの?」

「ちゃんと一言断って入ったけど…雷火さんに頼まれた用事で来たんだ。補修工事の人員表を回収しに来たんだよ」

「な~んだ残念…夜這いにきてくれたのかと思ったのに」

「…なんて事を言うんだドキドキするだろ。てかもう昼だよ」

「じゃあ昼這い……あれ、昼這いって言うんだっけ?」

「知らんがな」

 

それよりも聞きたのがこのゴミ屋敷の状況である部屋だ。

 

「散らかりすぎじゃないか」

「そうかしら。それに別にいいじゃないの。ほら、寝る場所はちゃんとあるし」

「ちゃんと?」

 

粋怜がさっきまで寝ていたのは床である。確かに寝れなくはないが、この部屋で寝る場所にはベットがあるのでそれを使うべきである。

 

(物で埋もれてベットで寝れないんだけどね…)

「ふわぁ…はぁぁ。昨日は飲みすぎちゃったから頭がガンガンする…。うー…気持ち悪い」

 

目の前にいる女性が本当に粋怜なのか疑うレベルだ。

どんな人にも様々な裏表があるのは変なことではない。だがこの散らかりまくった部屋と、だらしない寝起き姿は普段の彼女の印象からあまりにもかけ離れているのだ。

 

「はぁぁ~~~立香くんが無理矢理起こすから頭が割れそうに痛いじゃない…」

「それは二日酔いのせいです」

 

藤丸立香のせいではない。

 

「とにかく西門の補修工事の人員表が必要なんだ。すぐに見つかる?」

「ああ、あれね」

 

粋怜はおもむろにベッドの書類の山に手を伸ばす。

意外にも探し回る事はなく、すぐに書類を見つけ出した。

 

「はい」

 

どこに何があるかは把握しているようだ。

 

「それじゃ、お姉さんもうちょっと寝るから」

 

書類を渡したら彼女は気絶したように、また床の上で大の字で寝てしまう。

 

「…失礼しました」

 

藤丸立香は静かに粋怜の部屋から出て、雷火の元へと戻った。

 

「ただいま」

 

雷火の元に戻ると穏たちが「どうだった?」という感じに口を開いた。

 

「一応、起きてたよ」

「部屋に入ったのか?」

「入りました」

「お、応…」

 

そう言い返すと祭は「入っちゃったか」という顔をした。

 

「呆れたじゃろう?」

「呆れたと言うより予想外すぎです」

「あれほど完璧にお役目をこなされているお方が、まさかあのような部屋に住んでいるとは思わんか」

「うん、思わなかったよ冥琳さん。だから前に粋怜の部屋がどこか言わなかったんだね」

 

以前、荊軻と粋怜で食事をした後に酔って燕青を呼んで帰った日の事である。

 

「まあ、何も口止めをされていたわけではないのだがな」

「これで良い。立香に見られれば、あ奴も少しは懲りたじゃろう」

 

雷火はそう言うが、あの部屋で粋怜からの態度から変わらない気がする。

 

「懲りてない気がする」

「ですよね~」

「まったく粋怜はどうしようもない女じゃな」

 

穏も祭も肯定した。

 

「あ、これ人員表です」

「どれ……ふむ、完璧じゃな」

 

仕事は完璧に出来ているようだ。なのに何故、部屋の片づけが出来ないのかが分からない。

まさかこんな形で粋怜の意外な姿を見るとは思いもしなかったのだ。

 

(意外過ぎだよ)

 

今日の仕事が終わって、夕方頃にまた藤丸立香は気になって粋怜の部屋を訪れていた。

 

「ぐぅ……すぴぃ」

「……まだ寝てた」

 

こうなると彼女は一日中寝ていたことになる。

非番なのだから構わないのだが勿体ないような、贅沢な休みの使い方のような。

 

「んん……誰。あれ、立香くん?」

「はい。立香です。もう夕方ですよ」

「ふわあ。そうなの?」

 

もう一度、あくびをしてから粋怜はようやくスッキリした表情になる。

 

「それにしても散らかりすぎですよ」

「あはっ、とうとうバレちゃったわね。お姉さん昔っから片づけが大の苦手なのよね~」

 

苦手というレベルなのか疑問に思う。

もしここにエミヤが居ればすぐさま説教と片づけに入るはずだ。

 

「ま、でもお役目さえちゃんとやっていれば普段の生活なんてどーだっていいのよ」

「まあ、人の生活なんてそれぞれだけど…普通は片づけた方がいいと思う」

 

人様の生き方なんて千差万別だ。それでも一般論的に部屋を片付けるのは当たり前のことだ。

片付いた部屋と散らかった部屋のどちらが良いかなんて言うまでもない。

 

「んんん~~~~」

「……」

 

粋怜が急に大きく背伸びをした。

ブラジャーをつけていないのでいろいろと透けて見えそうである。

 

「んん、どこ見てるの?」

「何でもないです」

 

視線をずらした。

 

「ふーん」

 

今度は胡坐を掻いて座った。そうなるとショーツ一枚の股間が目に飛び込んできたのだ。

何度も言うがカルデアでの露出の激しい女性英霊と接しているから少しは慣れているが状況にもよるのだ。やっぱり女性の際どい所を見ると健全な男子にはヤバイもの。

男の性とは悲しいのかやっぱり見てしまうものは見てしまう。

 

「も~立香くん」

「なに?」

「なに、じゃないでしょ。さっきからお姉さんのおっぱいやお股ばかり見ちゃって。めっ、でしょ?」

「そんな恰好で言うことですか………すいません、そしてありがとうございます」

「ふふっ、素直ね。見られて減るもんじゃないしね。好きなだけお姉さんの下着姿に悶々して」

「いや、服は着て」

 

服は着てほしいものだ。

 

「ね~、それよりも立香くんお水~。喉カラカラなの」

 

粋怜が指を差した寝台の横のテーブルには瓢箪があった。

 

「あれね。てか粋怜の方が近いじゃん」

「取って~」

「はいはい」

 

瓢箪を手に取って粋怜へと渡す。

 

「身体がまだねちゃってて、腕が上げられないから飲ませて~」

「はあ、まったく」

 

瓢箪の栓を抜いて知れんの口元へと運んで水を飲ませるのであった。

こういう事は実際のところ初めてではない。酔っぱらないの英霊相手には何度か絡まれて似たようなことはしていたのだ。

特に酔ったフランシス・ドレイクや荊軻たちのお世話はお手の物である。とっても大変であるが。

 

「ん。んっく、んく、んはぁ…御馳走様。立香くんの、とっても美味しかったよ」

「言い方!!」

 

こういうからかい方も困るものだ。

 

「はあ、まったく。それにしてもやっぱり部屋は片づけた方がいいよ」

「そっかな?」

「そうです。単純に暮らしていくのが不便でしょ」

「まあ、ちょっとね」

 

これでちょっと言える彼女が凄い。

 

「だったら片づけよう。俺も手伝うよ」

「えっ、本当に!?」

「うん。それくらいならいくらでも手伝うよ」

 

部屋の片づけの手伝いは嫌ではない。

時たまに英霊の部屋を片付けることだっていくらかあるのだ。

 

「わ~い、ありがと~。顔は良いし、賢いし、たまに見せる勇敢さもあるし、優しいし……あれ、立香くんって男として結構良いんじゃないかしら。お姉さんと結婚する?」

「何言ってるんですか」

 

恐らくノウム・カルデアにいるマスターに好意を抱いている英霊は何かを感じとったとかそうでなかったとか。

その後、彼女の部屋の片づけは夜までかかってしまったのであった。

 

 

155

 

 

今日も今日とて今日の意外な日があった。恐らく一番大変で意外な日である。

その意外な人物とはまさかの穏である。

その意外性の片鱗は前にも感じ取った事がある。それは冥琳に頼まれてある書物を穏と一緒に蔵まで取りに行った時だ。

何故か穏は一緒に蔵に入らず外で待っていたのだ。一緒に探してくれれば早いはずなのにも関わらずだ。

その時は蔵で本を探しながら外にいる穏と会話していたら、徐々に彼女の様子が変になっているのに気が付いた。

何故か息遣いがおかしかったし、その後は書物を見つけて確認のために穏に見せたらどっかから出したか分からない声を出して驚かされたものである。

そして書物を見せないで欲しいと分からない事を言われたのだ。本が嫌いと言うわけではない。寧ろ大好きだというのに見せないでくれというのが本当に分からなかったのだ。

藤丸立香は彼女の変容を理解できないままで、穏の謎の言い訳はエスカレートして最終的には目隠してと訳の分からない事を言う始末になったのだ。

その理由に関しては冥琳は知っているようだが何故か教えてくれなかった。彼女曰く「そのうち分かる」との事。

そして、「そのうち分かる」という日がついに来てしまった。

 

「勉強会楽しみですね~。今日と言う日をどれほど待ったことか」

 

今日は穏が先生となって兵法の勉強会をする事になったのだ。冥琳から前に蔵から探してほしいという書物とは孫子の兵法書。

それを使って勉強しろと言われたのだ。勉強したくとも藤丸立香1人だけではどうしようもできないため、穏が先生として立候補してくれたのだ。

何故かその時の冥琳は「大丈夫だろうか」という顔をしていたのだが。

 

「それにしても孫子ほどの素敵な本とともに寝起きして、平静を保てていられたとは…恐るべきは立香さんです」

 

彼女が言っていることがよく分からなかった。

 

「くっふぅ~胸が高鳴ります~!!」

「これから勉強するんだよね?」

「じゅるっ」

「じゅる!?」

 

頬を染めており今、涎を垂らしかけていた。

 

「は、はぁっ、はん…まだですかぁ。立香さんのお部屋、どちらでしたっけ?」

「もうすぐだよ……なんか息遣いおかしくない?」

 

何かおかしい穏に対して一抹の不安があるが自分の部屋に戻って勉強会を始めるのであった。

 

「やはああぁぁ~~~ん」

「なにその声」

 

勉強会が始まり、穏が本のページを開いたら変な声を出した。

 

「では、私は先生なので教本である孫子は手に取っちゃいますよ~。めくっちゃいますからねえ」

「どうぞ」

 

ついに始まる穏による兵法の勉強。

 

「は、はあ…ん、それでは~~~よいしょっと…ふぅ、ん」

「先生近いです」

 

いきなりツッコミを入れてしまった。

 

「遠かったら声が聞こえないでしょう~」

 

遠かったら聞こえないのは確かにそうだが、そこまで離れていないはずだ。そもそも遠いからと言って膝の上に座る意味が分からない。

膝の上に乗せるのはメルトリリスや子供英霊たちくらいだと思っていたがまさか穏が乗ってくるとは思いもしなかった。

 

「では。ごくっ、開いちゃいますよぉ。見ちゃうんですからねえ」

「先生、近いです。耳に吐息が当たってます」

 

穏はそのまま無視して藤丸立香の耳元でごくりと喉を鳴らした。

 

「はぁぁ~」

 

ページをめくらないでふくよかな胸に掌を当てて、深く息をついた。

 

「めくらないんですか?」

「その前にこの兵法書についてご説明させてくださいね~」

「あ、はい」

「呉孫子兵法は八十二篇からなります。その八十二篇は大まかに分けると、総説、戦術原論、各論の2つの計4つで構成されていて――」

 

兵法書についての説明が始まる。始まるのだが何故か穏が藤丸立香の胸で指をくるくる遊ばせてきた。

はっきり言って集中できない。更に彼女はわざとやっているのか耳元に吐息をかけたり、唇でちょんちょん触れてくるのだ。

それに説明の言い方はどこか色っぽい。これは人に勉強を教える言い方ではない。

 

(勉強会だよな?)

 

冷静を保っているが実際のところめちゃくちゃドキドキしている。

これは誘惑する女教師的なAVですかと心の中で叫んだ。

 

(いや、本当に何だこれ!?)

「ちゃんと聞いてますかぁ?」

「聞いてます」

 

本当は聞いているどころではない。

 

「では読み進めてみますね~」

 

ページを一枚捲る。

 

「はっ、あ…ん、はあぁ。素晴らしいですぅ~」

「……」

「ふーーっ、ふーーっ、ふーーっ」

「大丈夫なのこれ!?」

 

もはやツッコまずにはいられない。

彼女の眼球の動きが物凄く、ページをめくる指もどんどん加速している。

 

「先生っ、先生!?」

 

物凄い速読で兵法書を読んでいく穏。血走った目が忙しく上下して文字を追っている。

たまに止まったかと思えば唇からは恍惚めいた息遣い。

 

「はあぁぁ~っ、あおう…ん、は、はあぁっ、あ、あ」

「あれ、聞いてる先生、先生ー!?」

 

こんな状況が軽く二時間経過。

一冊読み終わったら穏が大きく息をついた。彼女の鬼気迫る読みっぷりは凄かったとしか言えない。

 

「はぅん、どうにかなってしまいますぅ~」

「どうにかなってましたよ」

「はい…手遅れかもしれません。はあ、身体がぁぁ」

「先生?」

「ちろ」

「なっ!?」

 

今、耳を舐められた。流石に舐められるのは驚いてしまう。

 

「勉強は!?」

「勉強~?」

 

とろんとした目で耳をなめた下を唇の隙間から覗かせた。

 

「何を知りたいの~?」

「兵法書についてです」

「もっと知りたいことがあるんじゃないですか~?」

 

既に密着しているが、もっと身体を預けるように密着してくる。

 

「本当にどうしたの先生ー!?」

 

最初から気が付いていたが、本当に穏の様子がおかしい。

 

「はあ…立香さぁん」

 

今この瞬間、藤丸立香の膝の上には穏ではなくてある意味危険生物がいる。二重の意味で食われそうだと理解してしまった。

男だったらドンと構えるのが普通かもしれないが、今の彼女は色んな意味でマズイと判断してしまったのだ。

 

「先生ー!?」

 

もう「先生ー!?」しか言ってない気がする。

ここから藤丸立香と穏の攻防戦が始まった。

 

「うふふ~」

 

とろんとした目で穏が行動を移す前に藤丸立香が動く。

 

「こうなったらこうだ!!」

「きゃっ、立香さんったら大胆です~」

 

藤丸立香はそのまま抱き抱えてベッドに直行。そのまま穏をベッドに寝かす。

 

「で、こう」

 

次は呉孫子兵法八十二篇を一冊一冊ずつ穏の周りにドミノ倒しのように並べていく。

 

「え、立香さぁん?」

「先生の周りに呉孫子兵法八十二篇が並んでますよ」

「ふえぇ?」

「どうどう」

 

まるで穏を呉孫子兵法八十二篇で囲んで行動に制限をかけたようになる。こんなんでどうにかなるなんて馬鹿みたいな考えだが、実際に穏の動きを封じたのだから馬鹿には出来ない。

 

「あぁ…あぁぁ。私の周りに呉孫子兵法八十二篇がぁ~」

 

こんなんで穏の動きが止まるのだから、今やっている事が正しいのかどうか分からなくなる。

 

「てか、弱めのガンド」

「きゃん!?」

 

バタリと倒れる穏。

 

「最初からこうすれば良かったじゃん」

 

自分でも先ほどまでの状況で混乱していたようで訳の分からない行動をしていたようだ。

弱めのガンドだからそのうち目を覚ますはずである。だがまずは彼女のこの変容について冥琳に聞かねばならない。

急いで部屋から出て冥琳の居る部屋に直行する。

 

「冥琳さん。穏さんについて説明を」

「何の説明だ」

「穏さんと勉強してたら彼女が変容しました」

「ああ、アレのことか」

 

最初から知っていたとシレっとした顔で言い放つ。

彼女は穏の変容に知っておきながら藤丸立香を勉強会のために前に兵法書を取りに行かせたのだ。

 

「何ですかアレ!?」

 

本当に穏の変容は意外を通り越して怖いくらいであったのだ。

 

「抱いたのか?」

「気絶させました」

「ほう、気絶させるほどか。凄いな」

「そういう意味じゃなくて」

 

魔術的に気絶させたのだ。

彼女にはとんでもない勘違いされた。もしくは分かってて言ったのかもしれない。

 

「詳しく説明を求む」

「…まあ、大体察していると思うがアレは穏の特有の性癖だ」

 

冥琳の説明を聞くと穏には読書で新たな知識を会得すると性的に興奮する性癖持ちということ。

世界には様々な人間がいるのだから変わった性癖を持つ人間がいてもおかしくはない。

 

「穏の変わった性癖にも苦労させられてな…止めるには昏倒させるしかない」

「昏倒って…」

「そうでもしないと止められん。もしくは性的に鎮めるしかなくてな…」

 

ため息を吐いた冥琳。それほどまでにあの状態の穏には苦労させられたということだ。

 

「だが穏も自分の性癖については理解しているからな。あれでも自粛はしている」

「え…」

「いや、本当に自粛してるんだぞ。流石に書物を読んでそこらで発情されても困るからな」

 

確かに書物を読んでそこらで発情されたらたまったものではない。

だが軍師として穏に書物を読ませないなんて事は冥琳として考えられない。そんな才能を伸ばさせない事は許容できない。

 

(だからこそお前と一緒にさせたのだがな)

 

穏の持つ性癖で発情されたとしても、その時にそこらの男と行為を致させるわけにはいかない。そこで考えたのが丁度、お役目を与えられた藤丸立香なのだ。

彼が穏にとって異性の中で一番親しみがあり、お役目があるのでもし発情されてもどうにかなる算段があったのだ。

 

(まあ、今回のことで抱く事にならずとも近い行為はすると思ったが気絶させるとは思わなかったな)

「もうある意味怖くて穏さんと勉強会できないんですけど」

「いや、してもらわないと困る。お前にも穏にとってもな」

 

藤丸立香と穏の勉強会は良い傾向になる。もし上手くいけば藤丸立香は兵法書の知識が身に付くし、穏も貴重な書物を読めば知識の量も増えて軍師としての腕も伸びる。さらに発情したとしてもお役目を持った藤丸立香相手ならば行為を致しても問題なく、身籠もれば天の血を孫呉に入れるお役目も達成されるのだ。

だからこそ穏と藤丸立香の勉強会は寧ろどんどん開催してもらった方が良いと冥琳は考えている。

 

「孫呉のためだ」

「そう言えば首を縦に振ると思ってんすか」

 

諭すように肩をポンと手を置かれても困るものだ。

 

「ところでその穏はどうした?」

「八十二篇の兵法書に囲まれて気絶してます」

「どこでだ?」

「俺の部屋」

「そうかそうか。なら部屋に戻れば問題ないな。きっと穏は待ってるぞ」

「今日は師匠の部屋に泊まります」

 

本当に今回は一番大変で意外でとんでもない一日であった。




読んでくれてありがとうございました。
次回は…2時間後予定。

今回は孫呉のメンバーの意外な一面を見れたという日常回でした。

その中で一番、立香が驚いたのが穏です。流石にいろいろヤバかったでしょう。
もしかしたら溶岩水泳部とでもいろいろヤバイ事があったかもしれませんが(きっとあったと思います)。
やはり鎮めるには北郷一刀の力が必要か・・・まあ、一刀も大変な目にあってましたがね。

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