Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義   作:ヨツバ

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こんにちは。
今回から恋姫革命『孫呉』でも見どころの1つである『豫章攻め~黄祖との戦い』に入ります。原作に沿って進みますので案外、立香たちの出番はあんま無いんですよねえ。

では、始まります。


勢力拡大に向けて

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炎蓮は重臣を集めて定評を開いていた。今回の議題は今後、孫呉が如何に版図を広げていくかについてである。

 

「思春よ。まずは貴様の口から各地の情勢を聞きたい」

 

黄巾の乱も終息し、揚州には平穏が戻った。それから建業付近も地盤が固まったのだ。ならばついに建業の外へと戦を仕掛ける時がきたのである。

これから孫呉は本格的に勢力を拡大させていくつもりなのだ。

 

「はい。周辺で有力な諸侯と言えば、揚州刺史である豫章の劉耀殿。次に江夏の黄祖殿、南陽の袁術殿でしょう」

 

黄祖という名前が出て藤丸立香は燕青たちと目を合わせる。

 

「ふむ、劉耀殿か。あの方は黄巾の乱に背を向けて豫章へ逃れましたが依然として刺史の地位があり、その勢力は侮れませんな」

「黄祖はどうだ?」

「黄祖殿は油断のならぬお方です。智謀に長け、戦も強い。特に江夏水軍の力は侮れないものがあります」

「思春が言うならよっぽどね」

 

黄祖ならば一度会った事がある。後から燕青に教えてもらって分かったのだが蓮華と思春の家に行った時に暗闇越しで接触したのだ。

会話なんてしていないが存在感は不気味なものを感じたのだ。

 

「ハッ…それに江夏太守ではありますが、荊州刺史の劉表殿に心から仕えてはおらぬ様子」

「刺史を蔑ろにするとは。獅子身中の虫というやつかの」

「何処かの誰かさんと一緒ね」

「ハッハッ!!」

 

雪蓮の軽口に炎蓮も軽く笑う。

 

「けど、袁術もそうよね。南陽の太守だけど何度も劉表と戦をしているし。黄祖も劉表とはモメているの?」

「いえ、さようなことはございません。形としては劉表殿の配下に収まっております」

「黄祖を攻めれば、劉表も動くということか」

「それは出来ませんよ~。荊州全部と戦をするにはまだまだ準備不足です~」

 

流石に今の孫呉の戦力では荊州全土と戦うなんてことはできない。もし戦になったらすぐに敗北してしまう。

 

「でも本当に動くかしら。劉表様は優れた統治者だけど、戦には甚だ弱腰なお方だと聞いているわ」

 

劉表の噂としては統治者としては優れているが戦は弱腰。これは揚州に広まっているのだ。

誰が広めた分からないが、そう広まってしまったということは何かしら真実があるということだ。

 

「ならば黄祖さえ叩けば勢いに乗って荊州を獲ってしまえるのではないか?」

「でも荊州には袁術さんもいますよ~?」

「あんなの敵じゃないわよ」

「雪蓮あまり袁術を侮るな。確かに袁術本人は有能な将とは言えんが、名門・袁氏には数多くの支援者がいる」

 

袁家という名門というステータスは伊達ではない。

袁術のことは知らないが三国志演技に出てくる武将の名前だ。一癖も二癖もある人物なのだろうと思う藤丸立香。

 

「ふむ、それに肥沃な南陽の地に加えて、今は汝南群を拠点に豫州でも勢力を広げておる。容易に相手ではなかろう」

「そもそも袁術殿とは同盟に近い関係ですし。ともに荊州を攻める手もありますね」

「まっ。あ奴なら乗ってきそうじゃな」

「えええ~…」

 

袁術と手を組むのが嫌なのか雪蓮は嫌そうな声をあげた。

藤丸立香たちは知らぬことだが、どうやら豫洲の黄巾討伐で良くない事があったらしい。そのせいで結果的に炎蓮は大怪我を負ったようだ。

 

「思春、北の曹操はどうか?」

「曹操ですか。苑州、徐州の全域、豫洲の大半を支配しておりますが今はそこまで警戒を要する相手ではないかと」

「それはなんで?」

 

曹操という三国志演技でも有名な名前だ。つい反応して口を開いてしまった。

それに洛陽でも接触した事があるからより気になってしまうのだ。

 

「曹操じゃろくな水軍を持っていない。例え、揚州へ攻め入ろうともこの私がいる限り、無事に長江を渡ることは出来ん」

 

なるほどっと手をポンとする。

 

「まあ、それも今の内だろう。いつまでも放っておいてよい相手ではないな」

 

まさにその通りだ。曹操は短期間で3つの州を征服し、黄巾討伐でもかなりの活躍をした人物である。

洛陽で出会った彼女は覇気が物凄い人物であった。炎蓮にも匹敵するほどの傑物である。

 

「しかし今は戦うべき相手ではないでしょう。曹操は河北の袁紹、それに袁術とも対峙しております。思春が申した如く水軍の戦力は低く、さしあたって孫呉の脅威とはなり得ません」

「なら、攻めるべきは黄祖か、刺史の劉耀か。袁術という選択も無いわけではないが」

「劉耀殿の配下には、太史慈という非凡な将がおりますな」

 

太史慈という名前が出て、今度は雪蓮が反応した。

 

「太史慈か。立香を拾いに行った時、雪蓮と一騎打ちした将であったな」

(そうなんだ)

 

まさか過去の来た時に雪蓮と太史慈がそんな戦いをしていたとは知らなかったと呟くカルデア勢。

 

「かなりの達人だったわ」

 

実はその時に戦った太史慈の強さに雪蓮は一目惚れをしたらしいとの事。

雪蓮の互角の強さというのならばそれは相当な強さである。彼女の強さを近くで見ていたからこそ分かるのだ。

 

「ククッ、つまり雪蓮はその太史慈が欲しいのか。武将一人を取るための戦ってのも面白ぇな」

「別にそういうわけじゃないけれど」

 

武将1人を手にれるために戦をする。炎蓮は本気で面白いと思っている。

 

「第一に劉耀殿を退けて、この揚州を統一するのは戦略的には最善の道筋でしょうね」

「じゃが、大義名分は如何する。仮にも劉耀様は揚州刺史であられるぞ?」

 

雷火が渋い表情で言う。彼女は秩序や伝統を重んじる人であるから、思う所はあるのだ。

もし、劉耀を攻めれば事実上は刺史に対する反乱だ。もしかしたら反対なのかもしれない。

 

「たわけが、炎蓮様が兵を上げて叛乱などということはあり得ん」

「でも反対なんでしょ。頭が固いって言うか、雷火は考えが古すぎるわよ。刺史なんてどうせ名ばかりだし…」

「いつ反対申した。わしは劉耀様の御一族、悉く首を刎ねてしまえば良いと思っておるわ」

「ええ!?」

「雷火も案外言うな。なぁ主?」

「だね」

 

燕青はヒソリと耳打ちしてきて、その言葉に同意した。彼女も意外と過激な事を言うのであった。

 

「あの方の統治が至らぬゆえに、揚州の民が辛苦に喘いでおるのじゃ。それをおいてお救いできるのは炎蓮様の他におらん。ただ、刺史を攻めるからには大義名分が必要じゃ。万が一にも炎蓮様に逆賊の汚名は着せられん」

「雷火先生。劉耀様はまともに黄巾と戦わず、豫章へお逃げになったのですよ。自ら刺史のお役目を放棄なさったに等しいのではないのですか?」

「ふむ…」

「揚州の平穏のためにも無力な刺史を追い出すことは天道に適っていると思うわ」

「はい。劉耀殿を退けた後、我が君が刺史を拝命できるように今から内々にことを進めれば良いでしょう」

「それも慎重に進めねばならんがの」

 

急にため息を吐く炎蓮。

 

「都の連中が欲しいのはカネよ。オレが劉耀よりも貢物の量を増やせばヤツらも文句はあるまいて」

 

分かりやすい理由である。

 

「穏よ、貴様は明日にも都へ経て。何進や宦官どもに根回しをしておくのだ」

「かしこまりました~。献上品はいかがしましょう?」

「貴様に任せる。蔵から適当に持っていけ」

「はい。お任せを~」

 

大変かもしれないが中央と駆け引きするのも大事なことだ。

ただ攻め込んで相手を倒して領地を奪えばよいものではない。

 

「では、炎蓮様。劉耀殿をお攻めになりますか?」

「いや、まだ決めておらん。いつか劉耀は潰す気だが…黄祖、袁術についてはどうか?」

 

まず候補として劉耀を狙う事が決まった。狙うとしたら一番の候補になる。

 

「ハッ…思春よ。黄祖殿は以前から、錦帆賊を手に入れようとお前を口説いていたな?」

「ああ…」

 

言いにくそうに思春が応える。

 

「そうだったのね?」

「はい、強く誘われておりました」

「もしかしてあの日、決戦の前…私たちが訪ねた時、お前には先客があったそうだな?」

「ハッ、あのお方が黄祖殿です」

「そうか…」

 

蓮華も藤丸立香と同じ事を思っている。暗闇越しであったにも関わらず不気味な存在感を感じるほどの人物。

 

「じゃあ、その思春さんが孫呉に加わったことで黄祖は孫家に逆恨みしているかもね」

「無いとは言い切れんな」

「しかし左様な憂慮だけで、黄祖殿とことを構えるわけにもいくまい」

「黄祖の水軍はかなり手強いんでしょう。今は私たちにも思春の水軍があるけれど…まだその編成も完了しているわけじゃないし」

「はい。仮に黄祖殿へ戦を仕掛けるとしても今少し、ご猶予をいただきたいのが本音です」

「もしも劉表が出てきたら、それこそ大戦になるしね。同じ荊州を攻めるなら、袁術が一番じゃない?」

 

ここでまた袁術の名前が出てくる。雪蓮はよほど袁術を攻めたいと気持ちが伝わってくる。

正直何でそこまで袁術を潰したいのかが分からない。炎蓮はそこまで袁術を潰すほど思っていないが雪蓮はどうしても潰したいと思っているのだ。

 

「雪蓮、私怨で言っているのではないだろうな?」

 

流石に冥琳も雪蓮の私怨がありそうな発言に注意をした。

 

「違うわよ。袁術は信用できない。あれを放っておいたらいつか後悔することになるわ」

「応、儂も同意見じゃ。あ奴となら、心ゆくまで戦うことができるぞ」

 

祭も雪蓮の意見に賛成のようだ。どれだけ袁術を攻めたいのかと心の中でツッコんでしまう。

 

「袁術殿の南陽を攻めるには豫章の汝南、荊州江夏のいずれかを経由する必要があるわね…」

「曹操は汝南にちょっかい出されて困ってるんでしょ。曹操と共闘して、汝南の袁術軍を叩き、そのまま南陽に攻め込んだらいいんじゃない?」

「南陽を取れば、荊州にもしっかりと足場が出来るの。まあ、曹操と分け合うことになりそうじゃが」

 

曹操との共闘。今の段階で炎蓮の軍勢と曹操の軍勢の強さは分からないが組めば確かに袁術軍を倒せると勝手に思ってしまう。

 

「藤丸はどう思う?」

 

ここで冥琳は藤丸立香に質問を促した。特にこの定評で発言する機会は無いと思っていたが、聞かれてしまえば何か答えないといけないと思ってしまう。

 

「そうだな…今、頭の中でここらの地図を思ってみて何処を攻めたとして、勝ち取ったとして考えたけど…劉耀のところかな?」

「ほう?」

「実は袁術の南陽って荊州や曹操への抑えになっていると思うんだよね。袁術って劉表にも戦を仕掛けているということは劉表にとって目の上のたんこぶみたいなものだ。さらに曹操のところにもちょっかいを出しているからね」

 

雪蓮にとっては早く潰しておきたい存在のようだが、その袁術が案外、他の諸侯を抑えている役割があるのだ。建業の位置的に袁術がいるおかげで曹操も劉表も此方側を狙う事は難しくなっているのだ。

袁術と孫呉の関係は今は悪くない。ならその袁術を今、曹操と倒してもより大きな得をするのは曹操だけになる。更には荊州に味方が無くなるのだ。

 

「あいつなんかいなくていいわよ。南陽を取れば私たち自身が荊州に足場を作れるんだから」

「でも、外の味方は大事だろぉ。袁術が南陽に居てくれた方が曹操も劉表も鬱陶しいと思うんだぜ」

 

燕青も同じく意見を出してくれた。

 

「ふむ、藤丸と燕青の申したい事は分かるぞ」

「私も賛成ですね~。袁術さんの行動は読めないところがありますし~。南陽に居座ってもらって、これからも周辺の諸侯を攪乱していただくのがよろしいかと存じます」

 

冥琳も穏も2人の言いたい事が分かってくれた。それを代弁してくれて説明を皆にする。

 

「ふん、どうかしらね」

「やはりお前は袁術を嫌い過ぎだ。祭殿も同じですぞ」

「嫌いたくもなるわい」

 

ここまで雪蓮と祭が嫌うとは袁術は本当に何をしたのか気になるものだ。

 

「ふわぁ……おい、話はまとまったのか。どうなんだ、袁術を攻めるのか?」

「いえ、袁術殿とは今後も良き関係を築いて参りましょう」

「おう、オレも最初からそのつもりだ」

「何よそれ」

「ふふっ、立香くんもいつの間にか。ずいぶんと賢くなったわねー」

「勉強しましたから」

「ですよね~うふふ」

 

穏がニッコリと見てくる。彼女との勉強会はいろいろと大変である。

炎蓮が袁術との関係を大事にしてきたのはこの基本戦略が根底にあったからなのだ。

とにかく話し合った結果、攻めるべき相手が絞られた。

 

「よし、劉耀を攻める!!」

 

皆の意見を聞いて炎蓮もやはり劉耀を選んだ。

 

「あれは天子の系譜に連なる者だが、そのような血統、この乱世ではもはや何の意味も持たん。ヤツには揚州を治める力も無い。ならば、オレが刺史の役目を代わってやらねばなるまいて」

「そうね、まずは揚州の統一。荊州や北に目を向けるのはその後にしましょう」

「おう。雷火は我が遣いとして、ただちに荊州へ発て」

「承知いたしました。後顧の憂いを断つためにも劉表様と不戦の盟約を結ぶのでありますな?」

 

雷火はすぐにでも炎蓮の意を察した。流石は長く仕えた仲だ。

 

「そうだ。劉表は戦を好まん、話に乗るであろう」

「それではただちに」

 

雷火は早々と謁見の間から退出した。

 

「荊州との和議が成り次第、豫章へ兵を向ける。ククッ、雪蓮…嬉しいか?」

「え?」

「お前は太史慈に気があンだろ。欲しけりゃ力づくで引っこ抜くことだな」

「ええ、ふふふふ。私は一度、欲しいと思ったものはどうしても手に入れない気が済まない質だからね」

「ハッハッハ、太史慈もエライ奴に惚れられたモンだな」

 

全く持ってそうだと心の中で思ってしまう。

 

「陣触れは改めて申し渡す。それまで各々、戦支度を余念なく整えておけ。では、これまでといたす」

 

その後は何故か昼寝すると言って、何故か、藤丸立香たちを引き連れていくのであった。

 

 

162

 

 

定評の後。

 

「思春」

「何か?」

 

冥琳が思春を呼び止める。

彼女は気になる事があるのだ。とても心に引っかかる何かが。

 

「ああ…繰り返しになるが、黄祖はお前に執心だった。それはまこと今となって、孫家を恨む程にか?」

 

それは黄祖についてだ。何故か分からないが彼女に対して何か気になるのだ。

前にも思春から黄祖は油断ならぬ者だと聞いている。そしてそれは今も変わらない。

 

「いや、正直わからん。黄祖殿は腹の見えんお方だ」

「では改めて聞く。なぜ、黄祖はそこまでお前を欲した。錦帆賊の力を純粋に欲していたからか?」

「雪蓮姉様も太史慈という将にご執心のようだけれど…それと同じなのかしら?」

 

言いにくそうに思春は口を開く。

 

「………まあ、雪蓮様と黄祖殿には似たところがおありのようです。しかし、雪蓮様は限りなく陽の気をお持ちの方。そういった点で黄祖殿は雪蓮様とは正反対にございます」

「よく分からんな。黄祖がお前に執着した。その理由を尋ねているのだ」

 

またも言いにくそうな顔をする思春。

 

「どうした思春?」

「…よもや」

「確かにあの方は錦帆賊の力を欲していただろう。だが、その…」

「黄祖はお前を好いているのか?」

「え!?」

 

蓮華が意外そうな声をあげた。

 

「い、いや、それは分からん。わからんが…しかし、そういった気配を感じたことはあった」

 

思春には珍しく冷静さを少し欠けたように慌てた。まさか自分がそういう対象として見られたか事がなかったので、そのような気持ちを向けられるの自体が慣れていないのだ。

 

「なるほど」

「黄祖はそういう趣味なの?」

「不思議なことではないでしょう。畏れながら、姉上とて同じです」

「そっ…!?」

 

黄祖と雪蓮が同じと聞いて思春は予想外に狼狽える。

 

「冥琳!!」

「いや……以前、お手合わせした時に、実は雪蓮様からも、そのような気を感じていた」

「ああ、雪蓮は強く賢く、美しい娘に目がないのでな?」

「それは自慢しているの?」

「はっはっ」

 

ジト目で見るが彼女は気にせずに軽く笑う。

 

「え、つまり冥琳殿は雪蓮様と?」

「お前を見つめる雪蓮の目には少々、嫉妬を覚えたな」

「っ…」

 

本当に珍しく思春のクールさが欠けていた。

 

「ちょっと駄目よ。思春は駄目!!」

「蓮華様…」

「ふふっ、私に言われても困ります。英雄、色を好むと言いますからね」

 

英雄、色を好む。この言葉はよく聞く言葉だ。この時代ならばまさに体現している者もおるのだ。

 

「もう…姉様は気が多すぎるのよ。思春、あまり姉様に近づいては駄目よ?」

「はあ…」

「それよりも黄祖の話でしょう?」

「ええ、そうでした。まあ、そうした因縁もある相手ですから、いずれは戦うことになるでしょう」

「もともと孫呉との関係は良くないものね。袁術に加勢して、何度か戦をしたこともあるし」

「まあ、正面からぶつかったことはありませんが敵としては未知数ですな」

 

黄祖は思春に対しては恋をしている並みの執念があるかもしれないと分かった。冥琳はその事を胸の奥に閉まっておく。

しかし、その事が実は大きな事件に繋がるとは流石の冥琳も予想できなかったのだ。

人を想うこととは時に予想外の行動をすることがある。

恋や愛は人間だけでなく神さえ狂わせる事があるのだから。

 

 

163

 

 

「ふー…風が心地よいぞ」

 

晴天に心地の良い風。何とも昼寝日和というのに相応しい日だ。

これなら誰もが一瞬で昼寝をしてしまう。タマモキャットならば丸くなって藤丸立香の膝の上で寝そうだ。

 

「こんなところで昼寝してっとあの先生に怒られちまうぞ」

 

燕青がそう言うが炎蓮は気にしない。

 

「婆ならとっくに城を出ただろう」

「まだおりますぞ」

 

実はまだ出立していなかった雷火。急に声を掛けられたのでちょっとだけ驚いた藤丸立香。

 

「なんだ、まだ出ていなかったのか」

「これより立つところです。炎蓮様、粋怜から聞きましたぞ。また定評を途中で抜けられたとか」

「雪蓮がいるからな。たまにはオレにゆっくりさせろ」

「たまには…普段から面倒な事は全て我らに押し付けている気がしますがな」

 

「言うなぁ」と心の中で思う。いつも思うことだが炎蓮にガンガン口答えできるのは雷火くらいだ。

 

「立香」

「はい?」

「先ほどはよう申した。お主の意見はなかなかに的を射ておったぞ」

「ありがとうございます」

 

定評では思った事を言っただけだ。それに思った意見は冥琳や穏も考えたことであるからそこまで大きな役割になったわけでもないのだ。

 

「おう。立香も言うようになったな」

 

炎蓮がワシワシと頭を撫でてくる。それでも褒めてくれるのは少し照れ臭いものだ。

 

「…雪蓮は武勇に秀で、民の心も知っていおる。将としては申し分無い。だが君主としてはいかにも短慮よ」

 

雪蓮は非情な振る舞いを見せる時があるが根っこの部分は甘い。己の感情を他人にさらし過ぎるところがあるのだ。

彼女は本当に真っすぐな性格をしているのだ。

 

(逆だと蓮華なんだがな…だがあいつは雪蓮以上に甘い部分があり、経験が無さすぎる)

 

武将としては雪蓮は申し分ないが君主としては少し足らない部分がある。逆に蓮華は武将としては今一つ足りてない部分はあるが君主としての器は雪蓮よりも上だと判断しているのだ。

 

「それではいかんのだ。君主というヤツはオレのように性格がねじ曲がっておらんとな」

「ねじ曲がっているがどうかは知らないけど…確かに君主や王様たちって一癖も二癖もある人たちかも」

「あれはまだまだ若い。立香よ貴様が支えるのだ」

「え、俺が?」

 

まさかの言葉に疑問符を思い浮かべる。

まるで藤丸立香が孫呉で生きていく事が前提のように言われたのだ。彼としてはいずれ去る事が決まっているので、炎蓮からそう言われたのはピンと来なかったのである。

 

「ふむ。そのためにお主は日々、己を鍛えて勉学に励んでおるのじゃろう?」

「確かに今ここでお世話になっているから自分が出来ることしているけど…」

「かったるいことを抜かしてるんじゃねえ!!」

 

ここでグワっと声を上げる炎蓮。

 

「貴様も男だろうが。天下に向かって突き進むことに胸の高鳴りを覚えんのか?」

「天下に向かう?」

「そうだ。雪蓮を支えながら都へ攻め上るのよ。これ以上に楽しい事が他にあるか?」

 

そんな言葉を言われるが藤丸立香はそれもピンと来ない。何故なら藤丸立香は天下なんて目指すつもりは毛頭ないからだ。

今ここに居る天の御遣いとなっている彼はあの『彼』とは違う。別の外史だったならば本来の天の御遣いがここに立つべきなのだが今この外史の孫呉に居るのはあの『彼』ではなく藤丸立香なのだから。

 

「炎蓮さんは?」

「あん?」

「そうじゃ。炎蓮様、もしや揚州統一を成し遂げた後、ご隠居なさるおつもりか?」

「それはこの戦での雪蓮の働き次第だろう」

 

炎蓮の隠居。思いもしなかったが、現役バリバリな彼女が隠居なんて想像できない。

 

「ここいらが潮時ということですか」

「ああ」

「…今、家督を譲られれば、炎蓮様はご隠居として雪蓮殿を後ろからお支えすることができる。雪蓮殿が党首となった後も炎蓮様がご健在なら国が乱れる心配はないのじゃ。雪蓮殿の器が炎蓮様に及ばぬと…そういう話をしているのではない。家督相続後の争いはこの世の常なのじゃ」

 

雷火の話は分かる。日本の戦国時代でも多くの大名が早い段階で嫡男に家督を譲っていた。逆に党首が突然、病死や討ち死にをしたら、大抵その大名家は家督を巡る争いで衰退するか滅んでしまうのだ。

 

「炎蓮さんはまだまだ元気なのにね」

「まあ、仮に隠居なさるとしても揚州統一という大仕事は成し遂げていただきますがな」

「わかっているわ。それがオレの役目よ。だが隠居したらオレはもう何もせんぞ。狩り、釣り、野駆け、酒。悠々自適の日々を過ごすわ!!」

「好きにしなされ。炎蓮様が呉におられるだけで雪蓮殿は心置きなく外へ討って出られるのです」

「ハッ、世話の焼けるこった」

「なんかもう、この戦が終わったら隠居する流れだな」

「ふん、まだ決めてはおらん」

 

隠居する気マンマンだが、揚州統一と雪蓮が一人前になるまで彼女は当主に居座るだろう。

 

「では、そろそろ出立いたします」

「うむ。行ってこい」

 

その後、雷火は劉表との不戦の盟約をしに出立した。

 

「さて…さっきはああ言ったがお前らはそろそろ天に帰ったりするのか?」

「何だ藪から棒に」

 

先ほどまで、「雪蓮たちを支えてくれ」なんて言っていたが今度は「天に帰るのか」と言われるのは確かに荊軻が言ったように藪から棒である。

そもそも何で彼女は藤丸立香たちに対して天に帰るなんて言い出したのか分からない。

 

「何となくそう思ったんだよ。何となくだが今回の戦はいろいろと起きそうだなってな」

「…さあ、分からないよ」

 

確かに分からない。

 

「……でも、いずれは帰るよ。俺にも帰るべき場所があるんだ」

 

藤丸立香には帰るべき場所がある。それにまだ彼の世界でもやるべき事もあるのだ。

彼の生きている世界は今、真っ白だ。彼の日常を取り戻すべく戦っている、彼しかいないから戦っている。

藤丸立香たちはこの外史に根を下ろす気は一切無いのだ。

 

「やはり天に帰るか」

「うん」

 

その言葉を聞いて炎蓮は目を閉じる。

藤丸立香たちには明確な目的がある。その目的を達成できれば孫呉に永住するなんて事は無い。そんな事は炎蓮も心の何処かで分かっていたのかもしれない。

 

「天の国ってどんな所だ?」

 

彼の元の世界はどんなところと言われても今は地上諸共白紙化されて未来が無い状態である。

これには荊軻たちも答えにくい顔をしてしまう。なんせ何も無い世界となっているのだ。

 

「……醜くも美しい所だよ。それを取り戻すために戦っている」

「立香、てめえ……いや、何でもない」

 

彼の目には悲しくも決意に満ちた炎を灯していた。

それを見て彼女はいろいろと納得したのだ。

 

「オレはもう寝る」

「寝るの!?」

「ああ、昼寝するつもりだったからな」

 

聞いたら聞いたで炎蓮は昼寝してしまうのであった。




読んでくれてありがとうございました。
次回は一時間後予定。

今回は豫章攻めの前の話でした。
物語はどんどんと進んでいきますよ。

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