Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義 作:ヨツバ
ということは原作でもあの衝撃の場面へ近づいていきます。
あれはびっくりでした。
172
建業にて。
「急げ。出陣の準備はまだ整わないのか!?」
「そうよ。もっと急いで!!」
建業にいる蓮華たちの元にも黄祖軍が豫章に向かったという凶報は届いていた。
その知らせを聞いた蓮華の動きは早かった。しかし急いだところでもすぐに準備が出来るわけではない。
「お二人とも、もう少し落ち着かれよ。急いでもことは前に進まん」
「雷火…分かっているわ」
「でも、どうしてこんなに時間がかかっているの?」
兵は集まっても兵糧の確保が間に合っていないのが原因だ。そもそも此度の遠征では膨大の兵糧が使われている。
それをまた準備するというのが大変なのだ。
「申し上げます!!」
「どうした?」
「袁術軍は汝南からすでに盧江へ入ったようです。甘寧様の軍と合流し、豫章へ向かうとの事です!!」
「そうか、ご苦労!!」
「うー、母様と雪蓮姉様を助けるのにあの袁術に先を越されちゃうなんて!!」
「本当ね。でも、まさか袁術が素直に援軍を出してくれるなんて思いもしなかったわ」
実は炎蓮が袁術に援軍要請を頼んでいたのだ。
もしも江夏の黄祖が妙な動きをしたら兵を出してほしいという要請である。最も本当に頼みを受けてくれるかは半信半疑であった。
だが、炎蓮の予想とは裏腹に袁術は援軍を出してくれたのだ。この援軍には蓮華も小蓮も素直に驚いていた。
「炎蓮様が長年の間、よしみを通じられたおかげじゃ」
「姉様、急がないと」
「そうね。雷火、兵糧の確保を出来るだけ早くお願い。もちろん民にとっては負担になるでしょうけど…」
「うむ、なるべく急ごう」
炎蓮たちの危機に袁術と建業にいる蓮華は援軍を送り出した。
173
豫章の地では戦が既に始まっていた。
「ゆけぇええええ!!」
大声で士気を上げようと鼓舞したのは魏延であった。
「孫堅を討ち取って我が魏延隊の強さを黄祖様にお見せするのだ。褒美は思いのままぞ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
魏延隊の士気も高い。魏延が先頭を切って自分の隊を率いているからだ。
「我こそは荊州の龍。魏文長。命が惜しくないヤツはどいつだ!!」
自分の武器である鈍砕骨という大金棒で孫呉の兵士たちはなぎ倒していく。
先頭を切って戦うだけの実力を見せつけていた。
「はっは、これが揚州最強とうたわれる孫呉の軍勢か。口ほどにもない!!」
「魏延様。孫堅の軍勢二万は全軍でこちらに向かってくるようです!!」
「ふふっ、馬鹿な奴らめ。これはきっと黄祖様の策。まんまと乗せられているな!!」
魏延は黄祖の考えた策を実行するために動いているのだ。その作戦とは襄陽軍と黄祖軍による挟撃である。
襄陽軍が西から攻め、それを囮として黄祖軍は孫呉軍を迂回して東から攻めるという挟み撃ちだ。
だがこの策には間違いがある。実は挟撃なんて策は黄祖は考えてない。黄祖は魏延に先陣を切って戦うようにそそのかしただけなのだ。
黄祖は挟撃するなんて一言も言っていないが魏延が勝手に黄祖が挟撃をすると考えてしまっただけ。挟撃の策は彼女の勝手な妄想である。
そのように黄祖が妄想させるように仕掛けたというのも原因の1つである。
黄忠はずっとこの戦いに不安を抱いている。そして黄祖に対しての猜疑心も募るばかりだ。
「全軍突撃!!」
魏延隊はそのまま全軍突撃していく。
「あれが魏延か?」
「最近、劉表様の下で目覚ましい活躍を見せている将です。しかし、あの采配を見る限り、あまり手強い敵とは戦ってこなかったようですね」
「ああ、前しか見えん様だ。丘を駆け上がり、既に隊列が伸びきっておる。ケツの青い餓鬼だな」
「炎蓮様。やはり黄祖の本隊は速度を上げて我が軍の東に回り込んでいます!!」
「そうか。明命はそのまま警戒を続けよ」
炎蓮は既に黄祖の考えを読めてきている。そのためにどう打ち破るか思考を重ねた。
「……まさか斯様な地で再会するとはな」
荊軻の視線の先には黄忠と魏延が映っていた。そもそも魏延の馬鹿でかい大声ですぐに気付いたものだが。
「此度は敵となってしまうか。いや、それこそこの時代の常というもの」
一緒に戦い、酒を飲み合った知り合いが今度は敵となっている。普通は嫌なものだが荊軻は、「こんな時もあるだろう」とすぐに状況を飲み込んだ。
相手が知り合いだからといって情に流されたら自分自身が危険に陥るのだ。
「それでもやりにくい事に変わりないがな。彼女たちが悪人だったらマシだった」
荊軻は戦場を駆ける。
「そらあああああ!!」
魏延はまたも孫呉の兵士たちを薙ぎ払う。
「ははは、弱い、弱いぞ。こんなものか孫呉の兵とは。もっと押せ押せえええ!!」
「魏延様!!」
「なんだ?」
「それが…黄祖様の本隊が敵を迂回して東に進軍しているようです!!」
部下の報告を聞いて魏延は予想通りと自分の考えが合っていることに自信を持つ。
「分かった。このまま我らは敵を引き付けるぞ。いや、ワタシたちだけで孫堅を討ち取るのだ!!」
「待って魏延、少し様子を見るべきだわ」
「おお、黄忠将軍!!」
「敵の動きが妙よ。孫堅は黄祖殿へ何の備えもしないで全力でこちらに向かってきているわ」
「はっは、それこそ罠にはまった証でしょう。やはり黄祖様は挟撃する構えのようですね。ワタシの言った通りではないですか!!」
「孫堅がそれに気づかないはずがないでしょう!!」
「え?」
残念だが魏延の考えは外れているのだ。
「かかれーーー!!」
炎蓮の本隊が動き始める。
「粋怜、兵を二手に分けろ。お前は北から回り込み、あれに見える丘の向こう側を攻めよ。恐らく黄忠義の伏兵があそこに潜んでおる。副官は左翼に展開し、魏延隊の側面を突かせろ!!」
「ハッ、承知しました。それと荊軻は?」
「あいつは戦場をかき乱すように既に指示を出した。さあ、ゆけい!!」
炎蓮は戦場を理解し、悉く魏延隊を倒すための采配を下す。
「敵が分かれた…伏兵が見抜かれてる!?」
「黄忠将軍はさような用心をしていたのですか?」
炎蓮の采配は終わらない。
「騎馬武者五百を迂回させ、敵の兵糧を叩け。場所は周泰の配下の兵が案内する!!」
「ハッ!!」
「弓体、右翼に展開して程普隊の援護をしろ。槍隊二千、南からの攻撃に備えよ。敵の別動隊が林から抜けてくるぞ!!」
「ハーッ!!」
炎蓮の采配に魏延は驚いた。まるで兵たちを自分の手足のように動かしているのだ。黄忠の打った手を悉く読んで潰していく。
「残りの者はオレに続けぇええ!!」
炎蓮が采配しただけで戦場の戦況は一変したのだ。
「クッ、負けるな。押せ、押せええ!!」
「魏延、危険だわ。こちらは数でも劣勢よ。一旦、本陣を後ろに下げましょう!!」
「何の、じきに東から黄祖様が仕掛けます。そうなれば孫堅は袋のネズミ!!」
「魏延…!!」
魏延は黄忠の忠告も聞かずに突撃してしまうのであった。
「もう、魏延隊を援護する。私に続けーー!!」
負けじと魏延隊は突撃し、黄忠隊は援護するために動く。しかし炎蓮の強さにより劣勢になっていく。
炎蓮はたった1人で魏延隊の兵士たちを何人も斬っていく。その姿、強さにより魏延隊の兵士たちは恐怖を抱いてしまう。
その力はまさしく狂虎、悪鬼羅刹。
「炎蓮様!!」
「おう、粋怜。戻ったか」
「黄忠隊の伏兵を殲滅いたしました。また、敵の兵糧への焼き討ちも成功です。荊軻もかき乱すのに成功したのか相手側の陣形が崩れています」
「よくやった。襄陽軍が二度と立ち上がれんぐらいに徹底的にぶっ潰すぞ」
「ハッ!!」
既に優勢は炎蓮軍にある。
「炎蓮様、黄祖軍が!?」
「応、分かった!!」
「まだ、わたし何も言ってないんですけど!?」
「あれの考えは読めた。それよりも貴様には大事な役目を与える!!」
炎蓮隊と粋怜隊が勢いを増して魏延隊と黄忠隊を攻めていく。
「ク、退くなーーー!!」
「皆の者、狼狽えるな。矢を射かけ、敵を止めよ。守りを固めつつ、少しずつ後退する!!」
「黄忠将軍なぜ退くのですか!?」
「このままでは正面を突破され、両翼からも囲まれるわ。既に陣形も崩れているから危険よ!!」
その陣形を崩した人物に何処か見覚えがあったが今の状況では悠長に思い出している暇は無かった。
「しかし、敵の後ろには黄祖様が!!」
魏延は黄祖を信じていたが裏切られる事となる。
黄祖に本体は孫呉軍の後ろを素通りし、さらに速度を上げて南に進軍しているのだ。その報告を聞いた魏延は青ざめ、黄忠は顔を歪ませる。
「謀られた!!」
「そ、そんな…どういうことですか!?」
「あの方は、私たちと孫堅が戦っている隙に、ご自分は豫章城を囲んでいる孫策を攻めに向かわれたのよ!!」
魏延は何故そんなことを黄祖がしたか分からなかった。もしも魏延たちが敗れたら黄祖は炎蓮に背後から攻められてしまう。
そのような可能性は黄祖も分かっていたはずだ。しかし、黄祖軍は速度上げて南に向かっているのだ。
「後退するわよ。このままでは全滅してしまうわ!!」
「ぐ……ワタシは負けません!!」
「魏延!?」
魏延は黄祖が裏切るとは思ってもいなかった。それが信じられない。自分の考えが間違っているはずがない。
そう思いながら魏延隊は炎蓮隊に突撃する。その考えが間違いでありながら。
「どけどけどけえ!!」
劣勢であろうとも今の魏延は周りが見えていない。炎蓮を倒すために前へ前へと出る。
それが愚策である事に気付きもしない。
「荊州の魏文長が待ったぞ。姿を見せろ孫堅!!」
その様子を粋怜は呆れていた。
「引き際も分からないなんて…でも此方にとってが好都合ですね?」
「応、しかも大将でありながら一騎打ちをするとはな…あの愚直な武はオレは嫌いではないぞ?」
粋怜は呆れていたが炎蓮は案外、嫌いではないと評価していた。
「おーい、魏延よ。孫文台はここにいるぞ!!」
未熟だが愚直な武を気に入った彼女は一騎打ちを受け取った。粋怜は止めたが意味は無い。
楽しむように炎蓮は魏延の前に出ていく。
「孫堅、覚悟しろ。我こそは荊州一の……!?」
「おるぁああああああ!!」
「うああああああああ!?」
炎蓮の一撃で魏延は吹き飛ばされた。
「あ、何だもうお終いかよ?」
魏延隊の者たちにとって魏延がたった一合で決着がつくなんて予想外であった。無論、魏延自身もあり得ないと思っていた。
「チッ、餓鬼め。暇つぶしにもなりゃしねえ」
「そ、そんな…!?」
「おい、青瓢箪。荊州一のなんだって?」
「ああ…あぅぅ、あわ、あぅぅ…あっ」
人は恐怖の対象が迫ると言葉を発せなくなる。身体の自由が利かなくなる。蛇に睨まれた蛙というやつだ。
そして恐怖は人を極限状態にもしてしまう。今の魏延はそれだ。彼女の目の前には命を刈り取る存在がいるのだから。
そんな状態だと起こってしまう現象がある。
「あん?」
それは失禁である。
ある考察から人体のメカニズムは戦闘状態となれば身体にある不要な尿や便を排出するようになっている。
多大なストレスがかかったり、生きるか死ぬかの状況に直面した時に下腹部に不要なものが入っていれば放り出されるようになっているのだ。
「あああぁ、あああああ!?」
魏延は今の状態の自分を恥じた。
「ククッ…ハッハッハ。テメーみたいな小便臭い餓鬼を切ったらオレの名に傷がつくぜ。とっとと家に帰って褌を洗うんだな」
「うぐぐ…」
失禁をしてしまった者は聞いてはくれないだろうが、大だろうが小だろうが失禁は身体から見れば自然な現象である。
ただ、失禁してしまう人もいれば、しない人もいる。彼女はしてしまっただけだ。
「っ、文台様!!」
粋怜は急いで炎蓮の元に向かう。その理由は黄忠がいつの間にか弓を引いていたからだ。
「孫堅殿」
「黄忠か」
確認し合った瞬間に黄忠は矢を放つが炎蓮は切り落としてみせた。
「よう黄忠。相変わらす、べっぴんじゃねえか?」
「孫堅殿…ご無沙汰しております」
「しかし分からんな…オレと劉表とは不戦の盟約を結んだはずだ。何ゆえ、それを破って黄祖に加担した?」
その言葉を聞いて黄忠は察した。悪い予感が当たってしまったのだ。
「ヤツに担がれたか。左様な事では劉表も先は長くあるまい。黄忠、孫呉に来る気はねえか。貴様になら豫章の一群ぐらい、くれてやっても構わんぞ?」
「過分の御言葉ですが、お断りいたします」
「そりゃそうだろうな」
「ですが…どうやら我々もこれ以上、黄祖殿にご加勢する義理はないようですね」
この戦いは本来、必要無かった。お互いに無駄な犠牲を払うだけであったのだ。
ならばこれ以上戦う必要は無い。だがここまで戦って優位にある炎蓮が見逃すかどうか分からない。そこが黄忠にとって気がかりである。
そんな時に音も無く荊軻が炎蓮と黄忠の間に現れた。
「あ、貴女は荊軻殿!?」
「あん、知り合いか荊軻?」
「昔、世話になったことがある……久しいな黄忠殿」
黄忠はここにきて戦場をかき乱していた人物が誰だったのかやっと思い出せた。
こんな状況でなければすぐに気付いていたのだが、今の今まで気づくことが出来なかった。
「お互いに戦う必要は無くなったな。ならばもうお終いだ。孫堅、これ以上の戦いは無駄だと思わんか?」
「そうだな。これ以上戦っても意味はねえ。さっさと黄祖の野郎と追いかけないといけないからな」
荊軻は孫呉軍と襄陽軍の戦いを終わらせようとしていた。せめてこれ以上、被害が無いように。
炎蓮と黄忠を交互に見る荊軻。どちらも、もう戦う気は無くなっている。
「見逃してくださるということですか?」
「劉表と争う気は無い」
「…かしこまりました」
「応、さっさと襄陽に帰れ。裏切り者の黄祖の首は、後でオレが劉表にきっちり届けてやる…おい、魏延とやら」
「っ…」
声をかけられてビクリと震える魏延。
「ふん、クソ餓鬼め。小便ぐらいでいつまでも、びーびー泣いてるんじゃねえ。オレなんぞ、敵に追われて何度も垂らしたぞ。ンなもんは恥じゃねえんだ!!」
そう言われても、そこまで考える状態ではない魏延。
「オレと一騎打ちをした己の勇気を誇れ。腕を上げたら、またいつでも勝負してやる」
そんな事を言う自分の主に粋怜は戦だと言うのに笑ってしまう。優しいのか厳しいのかと軽く笑ってしまったのだ。
「徳謀、荊軻、ただちに軍を返すぞ。あの性悪女のケツに一発、ブチ込んでやる!!」
「もう少し上品にお願いしますね」
「ゆくぞ!!」
これにて炎蓮たちと魏延たちの戦いは終わった。
「損害は…よくないか。私がかき乱しておいて何だがな」
「いいえ、必要ない戦いが止められて良かったです。それよりも荊軻殿は孫堅殿のところにいたのですね」
「ああ、今はな。少し厄介になっている」
黄忠たちとは面識がある。そもそも彼女のところでは短い期間とはいえ、お世話になったのだ。
つい前まで知り合った仲だと言うのに今度は敵となって再会する。それもこの時代では当たり前のようにあるものだ。
今回に関しては黄祖によって戦う必要ないのに戦うはめになってしまったのだが。
「今は事情が変わって仲間たちと分かれて動いている」
「もしかして立香さんも?」
「ああ、彼も孫堅の下で世話になっている。彼は今、豫章城の方にいるがな」
「そう…こんな状況ですがお会いしたかったわ」
まさか黄忠と魏延が黄祖の援軍に来ていたと報告を聞けば藤丸立香も驚いたはずだ。
「ではな。私もまだまだやる事がある」
「ええ、こんな再会になってしまったけれど、次はもっとまともな再会がしたいわね」
「そうだな」
荊軻は黄忠たちに別れを言って走り去っていった。
「魏延…」
「ワタシは……うう。黄忠将軍…ひぐ、何もかも、申し訳ありませんでした…私が勝手に動いて…もっと冷静になって考えていれば…ううっ」
「…襄陽に帰りましょう」
黄忠はお母さんのように魏延を慰めながら襄陽に帰るのであった。
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襄陽軍を退けた孫呉軍は勢いで黄祖軍に夜襲をかけたがそれは黄祖の冷静な判断によって最小限に被害を収められてしまった。
「黄祖め、流石だな。我らの夜襲に動じることなく、素早く陣を立て直しおった」
「はい。豫章城へ向かうのは諦めたようですね。しかし、加勢に北襄陽軍を捨て石に使うとは、思いもしませんでした。よく見抜かれましたね?」
まさか誰だって援軍を使い捨てに駒にするなんて思わない。そのような事が出来るとは黄祖は冷静で冷徹な考えを持っているということだ。
「あの顔を一目見ればな。あれは相当、心は病んでおるようだ」
「まあ、追い打ちされる危険を冒してまで雪蓮殿のお命を先に狙おうだなんて普通ではありませんね」
「クック、孫家も厄介なヤツから恨まれたものよ」
その頃、黄祖軍の本陣では夜襲の損害について調べていた。
「夜討ちの損害はどうか?」
「ハッ、大したことはございません」
「ふむ…孫堅の動きは?」
「敵は我らの北に構え、鋒矢の陣を敷いておりまする」
「ふふ、強きよの…ここで我が首を取るつもりか。孫堅の兵は如何ほどだ?」
「およそ一万と六千です」
「そうか、少し減ったの。襄陽軍も役に立ったか。あれらはどうなった?」
「昨日の戦いで、さんざん討ち破られ、長沙へ向かって撤退しているようです」
「読み違えたの。たった一日も持たんとはな。魏延め、口ほどにもない」
襄陽軍は一日さえ持ちこたえてくれればよかったのだ。炎蓮も流石に襄陽軍に背を向けて黄祖を追うことは出来ない。
その隙に黄祖軍は豫章城に向かうはずだったのだ。しかし、読み間違えたのは孫呉軍の強さだ。まさか1日も経たずして襄陽軍を瓦解させるとは予想外すぎたのである。
(魏延は阿呆だが黄忠は名将…まさかこうも簡単に負けるとはな。いや、孫堅が強すぎるだけか)
黄祖も孫堅の強さは知っている。その強さを読み間違えたのだ。
「あの魏延めは無謀にも孫堅に一騎打ちに挑んだ挙句、わずか一合にて敗れ去ったそうですな」
「阿呆は死なねば治らんからの。されど、孫堅に敗れて尚、命を拾うとはな……悪運の強き阿呆よ。まあ、左様なたわけ者でも生きておれば如何様にも使い道はあろうて…」
「しかし、黄祖様。襄陽軍をあのように扱っては劉表様とのご関係が少々、危ぶまれます」
「ふん、手は打つ」
今回の戦は自分の独断で動いている。劉表に今回の事が独断行動だと気づかされたら確かに危険だ。
今まさにしているのは劉表に対しての裏切り行為。この戦が終わった後は劉表に根回しをしなければならない。
「おおおーーーい黄祖!!」
「む?」
いきなり馬鹿でかい声で黄祖を呼ぶ者が現れた。
「おらぁっ黄祖、ツラを出せ。テメーの首を刎ねる前に言っとくことがあるんだよ!!」
その声の正体は誰もが予想した炎蓮である。
「クソババア出てこい!!」
「ふふっ…やかましい虎め」
しょうがなく黄祖は炎蓮の前に出ていく。
「クック、貴様の狙いはオレの首じゃなかったのか。慌てて、どこへ行こうとしてたんだよ?」
「知れたこと。孫策の首を切り落とし、豫章の城門にさらしてやろうと思っての」
「ククク、残念だったな。たった今、報せが参った。豫章城はすでに呉軍が落としたぞ」
「っ…」
黄祖にとっては凶報。もうすぐで豫章城に到着して雪蓮たちの首を刎ねるところだったのにだ。
「劉耀は逃亡し、太史慈は我らに降った!!」
「なに……太史慈までも」
今の報告が黄祖に一番衝撃を与えた。その様子を炎蓮が気付かないわけがない。
「ほう…なんだ貴様。甘寧だけでなく、太史慈にも気があったのか。ハッハッハッハ、そりゃあ済まなかったな。貴様の惚れた女を次々と奪っちまって!!」
拳を硬く握りしめ、歯を強く噛んで太史慈を奪われた気持ちを堪える。
「まあ、貴様の気持ちは分かるぜ。その歳で独り身じゃあな。肌のぬくもりが恋しくて夜も寝るに寝れんのだろう?」
「なっ……」
初めて黄祖が狼狽えた。それを見た炎蓮は更に追い打ちをかけた。
「フハハ、おいおい図星かよ。歳を食って色狂いした女ほど見るに耐えんものはないな黄祖よ。ハッハッハッハ!!」
「口汚く罵りおって…豫章城が落ちたとて、我らの優位は変わらんぞ。もはや呉軍は遠征で疲弊しきっておる。我が江夏軍、精兵五万の敵ではないわ」
「うるせえ、この色欲ババア!!」
「し、色欲ばばあ…!?」
まさかの言葉に黄祖だけでなく、粋怜も「ええー」っと肩透かしをされた。
「ったく、江夏の兵が気の毒だぜ。女を寝取られた腹いせに嫉妬狂った淫乱ババアがおっぱじめた戦に付き合わされるなんてなあっ!?」
「ッッ、ッ、ッ……ふーーーーーー」
怒りに血管が浮き出そうになる。冷静になるために落ち着こうとするが炎蓮を見れば見るほど怒りが大きくなってしまう。
「先ほどから下品過ぎますよ?」
「下品なのはあのババアのツラだろ。おい黄祖、もういいぞ。テメーの顔は十分拝んだ。その小汚ねえツラをさっさと後ろに引っ込めな。性欲を持て余した年増女のニオイでもう反吐が出そうだぜ。失せろババアッ!!」
「ハハ、言うではないか炎蓮殿。雷火殿が聞いたら五月蠅そうだ」
「婆には言うなよ荊軻。ククッ」
黄祖の頭に血が静かに昇った。人それぞれには怒りの上限がある。
その上限が超えた時、自分でも抑えられない衝動が爆発する。
「あ、あの黄祖様……そろそろ本陣へ」
「ふ、ふふふ。ふふふふふふふふッ」
急に笑い出す黄祖に不敬と感じつつも不気味に思ってしまった部下たち。
炎蓮の下品な挑発に気でも狂ってしまわれたかと心配してしまう。
「え、あの…黄祖様?」
「殺す…殺してやるぞ孫堅。殺すだけでは到底足りぬ。八つ裂きにし、貴様の腸をこの手で抉り出し、喰らい尽くしてやるわ!!」
このように怒り狂った黄祖を見るのは部下たちも初めてであった。
「かかれーーー!!」
「わ、分かりました。銅鑼を鳴らせー!!」
銅鑼が力強く鳴らされた。
「こ、黄祖様は一旦、本陣へお戻りを…!!」
「孫堅の首を刎ねよ。あの者の五体を切り刻め!!」
「黄祖様、どうか落ち着きを!!」
黄祖軍の精兵五万が動き出す。その強さは劉耀の兵士たちとは比べ物にはならない。
「もう…五万の大軍を激怒させて、何のおつもりですか?」
「撤退でもするか?」
「撤退はしない。まあ見ていろ」
黄祖軍五万が動いたと同時に炎蓮の策も動き出す。
「かかれー!!」
明命隊が伏兵として準備していたのだ。
「黄祖様、敵の伏兵です。一旦、本陣へどうかお戻りを!?」
「殺せ、孫堅を殺せえええ!!」
今の黄祖は炎蓮の首を刎ねることしか考えていない。その隙に黄祖の本隊を後続と切り離すため明命隊が突撃するのであった。
「おのれえええええ!!」
「だ、誰か黄祖様を本陣へお連れ戻せ!!」
「放せ、放さんと斬る。ぬぁあああおのれえええ。孫堅め誰が淫乱ババアかぁあああああ!!」
「敵の挑発です。落ち着いてください黄祖様ーー!?」
今の黄祖は冷静さを失っている。
その様子を見て荊軻はポツリと「ある意味凄いな」と呟いた。
「怒り狂っておるぞ」
「ハハハ、どうだ粋怜、荊軻。オレの口の悪さもたまには役に立つだろう?」
「炎蓮様には敵いませんね…」
凄いのか呆れてよいのか、どっちを思えばよいか分からなくなる荊軻と粋怜であった。
「よし、全軍、かかれーーー!!」
黄祖を討ち取るために炎蓮隊と粋怜隊も動き始めるのであった。
175
黄祖軍が孫呉軍に突撃している中、于吉は黄祖軍の後方で静かに見守っていた。
「いやあ、まさか黄祖があそこまでキレるとは思ませんでした。そもそも孫堅のあの口の悪さはいただけませんねえ」
優雅に胡麻団子を口に含みながらお茶を啜る。戦場でありながらこのような真似が出来る者はそうそういない。
そもそも于吉はこの戦自体に興味は無い。興味があるのはこれから起きるであろう場面だけだ。
「そろそろあの場面が来る頃ですね」
于吉が過去にまで遡って黄祖の下に入り込んだ目的がこの戦にあるのだ。
「しかし、カルデアの英霊が一騎紛れ込んでる…アレは孫堅から離しておかないと、あの場面が防がれる場合がありますね」
複雑な文字で書かれた符を地面に投げると白装束で傀儡と呼ばれる存在が複数体出現した。
「お前たち、カルデアの者である荊軻という英霊を孫堅から出来るだけ離しなさい」
コクリと傀儡たちが頷いた瞬間に煙のように消えた。
「それにしても孫堅は黄祖を甘く見過ぎです。愛する者を求めて戦う事は悪いことではない」
何処から出したか分からない写真帳を開くとそこには于吉の愛する男が映っていた。
「ええ、愛する者を手に入れるためなら人は何でも出来るんですよ」
愛する者のためなら人間は善人にも冷徹な悪人にもなれる。愛する者のためならどんな命令も喜びに感じる。愛する者を手に入れるならばどんな良い事でも悪い事でも実行できる。
黄祖が太史慈を手に入れるためだけに独断で動いたのも全て好いていたからだ。彼女は好きな人を手に入れるためなら軍する動かす精神の持ち主である。
「それが悪いとは思えませんね私は」
好きな人のために戦う。それが悪いかどうか分からない。そのためにどのような方法を取るのも分からない。
「フフ、黄祖とは話が合いそうです」
写真を一枚取り出して恍惚な表情で見る。
「はあ、そろそろ会いたいですよ左慈」
余談だが何処かにいる左慈は背筋がゾワリとしたそうな。
読んでくれてありがとうございました。
次回は5時間後予定。
今回も順調に物語が進んでいきました。そろそろ物語もオリジナルに入っていくかな。
それにしても魏延(焔耶)・・・いずれ良いことがあるって!!(彼女もいずれ活躍させたいです。)
次回はついに孫堅(炎蓮)が・・・!!