Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義   作:ヨツバ

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今回で過去sideは終了です。
次回から現在sideに移ります。


孫呉の血脈

187

 

 

ガラリと崩れて砂となった兵馬妖。

 

「急に砂になった?」

 

息を整えながら雪蓮は砂散になった兵馬妖を剣でつつく。何も反応が無いのを確認して周囲を見渡す。

周囲も同じように兵馬妖は全て崩れて砂散になっていた。

 

「雪蓮!!」

「冥淋無事だったのね。良かった」

「雪蓮もな。正直、兵たちの損害は良くないぞ」

 

兵馬妖の力は孫呉の兵士たちを苦しめた。1体倒すのにも複数で相手をしないほどだ。

 

「何よこの土人形は。それに雷雨も降ってくるし!!」

 

苦戦中に雷雨が発生してより悪戦苦闘な状況になってしまっていたのだ。

 

「雪蓮様ー!!」

「祭!!」

「どうやら土人形は全て崩れたようじゃぞ。早く炎蓮様を助けに行かんと!!」

「分かってるわ!!」

 

何故いきなり兵馬妖が崩れさったか分からない。雷雨もいきなり発生して分からない。だが今の彼女たちは炎蓮を助けることで頭がいっぱいだ。

 

「動ける者は船を動かして!!」

 

何か嫌な予感がする。

兵馬妖との戦いでよく見ていなかったが炎蓮たちが乗っている船に雷が落ちた。爆発したり、船の一部がいきなり吹き飛んだりしたのだ。

早く炎蓮たちのいる船に向かわなければならない。

 

「母様……お願い立香、はやまらないで」

 

無事である事を願うが雪蓮たちだが理想と現実はかけ離れているものだ。

 

 

188

 

 

ポタポタと血が垂れた跡が船内の廊下に付着しており、その跡の先には李書文が炎蓮に肩を貸して歩いていた。

どちらも酷く負傷して、歩くのがやっとのようだ。

 

「……うぐ」

「む、生きていたか」

「まだな…」

 

特に酷いのは炎蓮である。顔は血で真っ赤になるくらい出血している。

 

「声が聞こえるのか?」

「ああ。目もまだ見える」

 

炎蓮は李書文の一撃を受けて目や耳から血を出すほどダメージを喰らっていた。七孔噴血。李書文の逸話の1つで彼の攻撃を受けた者は目、鼻、口、耳の7つの孔から血が噴いて死んだというものだ。

 

「普通なら目は見えない。耳も鼓膜が破れてるはずだが」

「そりゃ相手が人間ならだろ。今のオレは鬼神みてえだからな」

「そうだったな。儂も鬼神と戦ったのはこれが初めてだ」

 

炎蓮がまだ生きていられるのは鬼神のお蔭かもしれない。

 

「まあ、鬼神には感謝だ。まだ死ねん。死ぬ前に雪蓮たちに…ぐっ」

「今は口を開くな。開くなら雪蓮たちの前で開け」

「クク…そうしたいが黙ってると逝っちまいそうなんだ。話し相手になってくれよ」

 

炎蓮はもはや気合だけで生きている。

 

「まだ生きていられるなら最後にあいつらに言いたい事を言いたいからな…」

「なら、気をしっかり持て。話相手にもなってやる。船の外までもう少しだ」

 

 

189

 

 

両腕から激痛が脳に伝達する。自然と涙が目からボロボロと垂れるのを我慢する。ヨロヨロと立ち上がった于吉。

 

「うぐぐぐ…痛いですね。あの外史で劉備に宝剣を突き刺された時くらい痛い」

 

ダランと両腕が垂れる。折れた腕では呪符は投げられないし、手印を組む術も発動できない。

 

(この腕を治さねば…だが)

 

燕青が急接近し、拳を振るってくる。その拳をギリギリ回避した。

 

(この状況では治す暇は無い。一旦、孫堅をこちらに呼ぶか)

 

于吉が何か呟くと太平要術の書が出現する。

 

「太平要術の書!?」

「そうですよ」

「…やっぱり一冊じゃなかったんだな」

「ええ、一冊だけではありません。何冊あると思います?」

「…百余巻くらい」

「正解です」

 

于吉の逸話で曲陽の泉水のほとりで得た神書と言われているのが太平清領書だ。その太平清領書がこの外史では太平要術の書になっているならば同じく百余巻もある事になるのだ。

張譲の時や太平道の時に破壊したのはたった2冊だ。たった2冊である。百余巻もある太平要術の書の数に比べれば痛くも痒くも無い。今回のを含めれば3冊になるのだが、それでたった3冊である。

最悪なケースだと太平要術の書が魔神柱のように『太平要術の書は百余巻存在する』という一種の概念になっている事だ。もし、概念になっていれば一冊2冊破壊してもすぐに補填されてしまうのだ。

 

「だからこそ使用者のあんたを倒せば終わりなんだがな」

 

燕青がそう言いながら拳を構える。荊軻も燕青の横に来て、いつでも援護できるように構えていた。

 

「太平要術よ」

 

于吉が呟くと勝手にパラリと開かれた。

 

「まずは孫堅を……何!?」

 

于吉は炎蓮を此方に呼ぼうとしていたが出来なかった。

 

「孫堅に埋め込んだ太平要術の書の反応が無いだと…まさか!?」

「ははっ…于吉め腕を折られたか」

 

全員の視線が一ヶ所に集まる。視線の先には李書文の肩を貸してもらっている炎蓮がいたのだ。

 

「炎蓮さん!!」

「よお立香。生きてたな…生きてなきゃ困るがな」

 

2人の姿を見て于吉は全て理解した。

 

「ははは、まさか本当に……流石は自分の世界を救うために他の世界を殺した人たちですね」

「……っ」

「もうあなたは人々を10人100人殺すなんて思う事なんてないですか。だって国を、世界を殺してるんですから…孫堅を殺すなんてわけないですよね」

「うるさい」

 

于吉がいま言った言葉は藤丸立香にとって触れてはいけない部分だ。

自分の世界を救うために異聞帯を消すのは慣れたつもりは無い。異聞帯を消すたびに心は締め付けられる。

あの感情は慣れていいものではないのだ。

 

「あなたもそのような目をするのですね」

 

藤丸立香も怒る時は怒るし、複雑な思いをする時は複雑な顔をする。

 

「さて、孫堅の体内に埋め込んだ太平要術の書が破壊されるのは一応予想していましたが思いのほか開放されるのが早かったですね」

「お前の負けだ于吉」

「ええ、負けました。次で頑張りますよ」

「次はねえよ」

 

燕青と荊軻が持前の俊敏さで于吉に攻撃を繰り出すが空ぶった。空ぶったと言うよりも攻撃が于吉の身体をすり抜けたのだ。

 

「またか!!」

「おいおい何だよ今の!?」

「では、さようなら」

 

于吉は幽霊のように消えた。そして声だけが残る。

 

「今回も負けましたがここでの策はまだ続いています。その策を破っても既に次の策は用意していますので楽しみにしていてください」

「何だって!?」

「もし次に進めるのなら…次は群雄割拠が始まる前の大きな戦で策が発動します」

 

その言葉を残して于吉は完全に消え去った。

 

「ったく、やっと……終わったな」

「炎蓮さん!!」

 

急いで藤丸立香は炎蓮の元に走って近づく。

 

「早く治療しなきゃ!?」

 

急いで緊急治療をしようとする藤丸立香たちに異変が起きる。

 

「…おい、てめえら光ってるぞ。てか、消えかけているじゃねえか」

「え!?」

 

身体が光っている。この現象は覚えがある。

特異点を解決した後にカルデアに戻る前の現象だ。

今回の場合だと貂蝉の力によって過去の呉に跳んでいる。ならば現在の呉に戻るという事だ。

 

「ああ…役目を果たしたから帰るんだな」

 

彼等が光っている現象を『戻る』と理解した炎蓮。

 

「やっぱ、お前らはオレを止めるために呉に来たんだな…」

 

自分の考えが間違っていなかった事に軽く笑ってしまう。

 

「…ありがとな」

「待って、まだ炎蓮を治療しないといけないのに!?」

「もう、いいさ……オレを止めてくれただけで感謝してる」

 

いきなり現在に戻る状態になってしまって藤丸立香は慌てる。もしかしたら炎蓮を救えるかもしれない。

無駄だと分かっていてもやる事はやっておきたいのだ。

 

「どうやら時間が無いようだ…」

「荊軻っ」

 

先に戻ったのは荊軻だ。次に燕青に李書文と戻っていく。

 

「ったく、帰るのが早えーよ…」

「炎蓮さん…俺は」

「じゃあな立香」

 

藤丸立香も現在へと戻っていった。

 

「さて、オレは最後の力を振り絞って…雪蓮たちに言いたい事を言わねえとな」

 

 

190

 

 

雪蓮たちは急いで炎蓮たちが乗る船へと近づく。近づくと炎蓮たちが乗る船がボロボロで今にも沈みそうである。

落雷が落ち、操られた炎蓮が鬼神の力で暴れまわったのだ。船は沈む程まで破壊されたのは不思議ではない。

 

「母様!!」

 

雪蓮の目に炎蓮が映った。

 

「母様ぁあああああああ!!」

「お、おう雪蓮か……待ちくたびれたぜ。危うく、死ぬところだったぞ?」

 

彼女の目には今にも死にそうな炎蓮が仁王立ちしていた。

 

「無事なの母様!?」

「無事じゃねえな…それと立香たちは天に帰ったぞ」

「え、天に帰ったって…!?」

「役目を果たして帰ったんだよ。オレを止めてくれたんだ…助かったぜ」

 

炎蓮が死にそうで、藤丸立香たちが天に帰ったといきなりの情報が大きすぎて混乱しそうになる。

 

「立香たちを恨むんじゃねえぞ。てめえらがやらなかったから立香たちがやったんだ…逆に感謝しろ」

 

混乱しているし、冷静になっても複雑な気持ちになるだけだ。

炎蓮は雪蓮にとって大切な母親だ。藤丸立香は自分の夫になるかどうかは置いておいて仲間として絆を深めて来た仲だ。荊軻たちも同じく仲間としてこれまで一緒に戦ってきた仲である。

彼等が殺し合うなんて複雑な気持ち以上に複雑になってしまう。

 

「そこで船を止めろ雪蓮…」

「なに言ってるのよ。すぐにそっちに行くから待ってて!!」

「早く船を寄せろ。炎蓮様を助けるんだ」

「手当ては無駄だ冥琳。灰の中の残り火…あとは消えるまでよ」

「冗談でしょ母様。まだ治療すれば間に合うわ!!」

 

雪蓮の目から涙が溢れた。

 

「嫌よ、死んじゃイヤっ。まだ母様からもっと教えて欲しいことがあるのっ!!」

 

いつか母親を超える為に頑張って来た雪蓮。ここで尊敬する母親に死んでほしくない。

娘として母親が死ぬなんて認めたくない現実だ。

 

「この戦が終わったら、私に家督を譲って隠居するんでしょっ。屋敷でのんびり暮らして……狩りをして、釣りをして…野駆けをするんじゃなかったの!?」

「やかましい。取り乱すんじゃねえ!!」

「母様っ…!!」

「黙れっ。いつまで経っても甘っちょろい餓鬼だな…見て分からないのか。オレにはもう、時がないんだ」

「うっ……」

 

炎蓮の叱責に雪蓮は唇をくっと強く噛みしめた。

必死に涙を堪えて炎蓮の娘ではなく、孫家の次期当主として表情を引き締めたのだ。

 

「おう、そのツラよ。雪蓮、よく聞くのだ。オレが死ねば、必ずや孫呉は大きく乱れるだろう。それを乗り越えられるかは貴様の器次第だ。だが、オレも多少は下地を作っておいてやった」

 

炎蓮はまだ死ねないと気合で立ち続ける。言葉を放つ。

 

「冥琳や雷火の言葉によく耳を傾けよ。孫呉が持つ最も強い力は…人だ。それを忘れるな?」

「ええ、母様。ええ、はい、分かっています!!」

「ふふ…蓮華やシャオのことも甘やかすんじゃねえぞ。オレのことで泣きやがったら…ひっぱたいて気合を入れてやれ」

「はい……」

 

泣くのが我慢できなくなりそうな雪蓮。隣にいる冥琳だって我慢できなくなっている。

他にも粋怜や祭たちは血が出るくらい拳を握って炎蓮の声を一言一句逃さないように耳を傾ける。

 

「それと、これを……受け取れっ!!」

 

炎蓮は最後の力を振り絞って南海覇王を雪蓮に投げ渡した。

 

「か、母様。これは…!?」

「…オ、オレの剣をくれてやる。孫家代々の魂が込められた一振りよ」

「はい、はい……確かに受け取りました!!」

 

受け止めた雪蓮は南海覇王を胸にしっかり抱える。

 

「まあ…お前の好きに使え。金に困ったら売っちまっても構わねえ」

「もう……母様ったら…」

「それとオレの墓は無用だ」

「え、何で…!?」

「自分の死体は自分で片づける。このまま長江に身を任せるさ…運が良ければ呉の地に辿り着くだろう」

「そんな、それは…!!」

「いいんだ。オレが決めた事だ」

 

自分の身体には鬼神が植え込まれている。死んだあとにどうなるか分かったものではない。

もしもの事を考えて自分の死体を雪蓮に任せるわけにはいかないのだ。

 

「……っ」

「オレは十分に生きた。良い娘や臣、民、戦いにも恵まれた…それに面白いヤツらにも出会った」

 

炎蓮は藤丸立香たちの顔を思い出す。

 

「冥琳…雪蓮を頼んだぞ。穏もしっかり冥琳から教育を受けるんだ」

「はい!!」

「は、はい…」

 

炎蓮は冥琳と穏を見る。彼女たちも炎蓮をしっかりと見る。

 

「粋怜、祭……若い将どもの面倒は任せたからな」

「「はい……!!」」

 

今度は粋怜と祭を見る。彼女たちも同じく見る。

 

「明命、思春…蓮華やシャオの事を頼むぞ」

「はい!!」

「…はっ!!」

 

明命と思春を見る。彼女たちもしっかりと炎蓮を見る。

 

「ひとつだけ、心残りは…あの池の大鯉を釣り上げられなかったことか」

 

釣りたかったと本気で思っている。もしもがあれば、娘たちと一緒に釣りたかったものだと思っているのだ。

 

「おい、雪蓮……」

「は、はい…」

 

最後に雪蓮を見る炎蓮。

 

「天下を獲れよ………大陸に、覇を成せ」

「はい!!」

「ふっ…それじゃあな。悪くない、人生だったぜ」

 

炎蓮はニヤリと笑って沈むゆく船と共に長江へと飲み込まれていったのであった。

 

「……っ、母様ぁああああああああっ!!」

 

雪蓮は娘の顔に戻り、声を上げて号泣した。他の臣たちも同じように泣いたり、静かに泣いたりした。

炎蓮が死んだ事は彼女たちに大きな悲しみを与えたのであった。しかし、彼女たちは悲しんでいる時間は無い。

まだ彼女たちの危機は終わっていないのだから。この先は彼女たちは生き残るために戦う。

 

 

191

 

 

ある船軍が長江を渡っていた。その船に于吉は現れた。

 

「……黄祖。目を覚ましたのですね」

「于吉か…貴様には感謝しているぞ。まさか助かるとは思わなかったからな」

 

于吉の目の前には死んだはずの黄祖が部下たちと共に船に立っていたのだ。

 

「治療が成功したようで何よりですよ」

「今度は貴様に治療が必要のようだな。両腕とも折られたか」

「はい。自分で治せますので…部屋を借りますよ」

「両腕とも折られたのに治せるのか?」

 

普通に考えて両腕を折られたのに自分自身で治療は出来ない。両腕の折れた医者が自分自身で治療するようなものだ。

 

「出来ますので。そうだ…この先に孫策たちがいますよ」

「ああ、部下から聞いているぞ。兵馬妖を使って孫呉軍を潰しに行ったと……その様子では負けたようだな」

「邪魔さえ入らなければ孫策を殺せたんですがね」

「まあいい、後は私が始末をつける」

 

黄祖の目は鋭く、氷のように冷たい色をしていた。

 

「この身体に関して後でいろいろと聞かせてもらうからな。そして部下たちにした事も」

「善意でやった事なんですがねえ。あなたの部下も力が欲しいと言うから与えただけです」

「何が善意か…助けてもらった事は感謝している。だがこんな冷たい身体になるとは思わなかったぞ」

 

黄祖は助かった。しかし普通の治療で助かったわけでは無い。彼女の肉体もまた炎蓮のように肉体改造をされたのだ。

 

「ええ。後でいくらでも文句は聞きますよ」

 

そう言って于吉は船内へと消えた。

 

「黄祖様。今なら于吉を消せますがどうします?」

「待て大鵬。あいつにはまだ利用価値がある」

「はっ」

 

部下の進言を却下する黄祖。今の于吉は弱っており、殺す事も出来るかもしれない。

しかし于吉の力はまだ利用できるから殺しはしない。

 

「まずは孫家からだ。このまま孫呉軍のところまで向かう」

 

孫呉の危機はまだ過ぎていない。

 

「大鵬と修蛇は私と共にこのまま長江を渡る」

「「はっ!!」」

「禍斗は兵馬妖と共に建業を攻めよ」

「はっ!!」

「人虎は兵馬妖と共に豫章城へと向かえ」

「はっ!!」

 

これから魑魅魍魎と化した黄祖軍の侵攻が始まる。

 

 

192

 

 

最初に気付いたのは孫呉の兵士の1人だった。

 

「孫策様!!」

「…どうしたの?」

 

部下から声を掛けられれば、泣き顔を晒すわけにはいかない。涙を拭って孫家当主の顔に戻る。

 

「黄祖軍の援軍です!!」

「何ですって!?」

 

急いで確認すると黄祖水軍が長江を渡って来たのだ。

 

「まさか援軍なんて…こんな時に!!」

 

今の孫呉水軍は兵馬妖との戦いで疲労している。このまままともに戦えば壊滅は間違いない。

 

「って…あれは!?」

 

次の異変に気付いたのは明命だ。彼女は信じられない者を見たという顔をしている。

 

「どうしたの明命!?」

「粋怜様…あれを!!」

「……嘘でしょ!?」

「どうしたのよ!?」

 

明命と粋怜が指さす先の船には信じられない人物が立っていた。死んだと思っていた人物がいたのである。

 

「黄祖!?」

 

炎蓮との相打ちで黄祖は死んだ。その時の光景は明命と粋怜が確認していた。しかし、黄祖が船の上で確かに確認された。

 

「……于吉だろう」

「え」

「あの于吉とやらが炎蓮様を治療して存命させたのだ。ならば黄祖だって治療して助けてもおかしくはない」

 

信じられないが、これでも信じられない事は見てきた。つい先ほどまで額に矢を受けた炎蓮だって于吉の手によって存命させられていたのだ。

于吉が黄祖を生き返させたなんて事も否定できない。

 

「黄祖は何しに来たかしらね?」

「……我々を始末しに来たのだろう。今の我々は恰好の的だからな」

 

今の孫呉水軍を攻めれば簡単に敗北する。

 

「仲直りしに来たわけじゃないわよね」

「よく見ろ。船にあの土人形が乗っている」

 

黄祖の船には兵馬妖が陳列されていた。先ほどまで苦戦させられていた土人形たちだ。

 

「どうする雪蓮」

「……」

 

目を瞑り、考える雪蓮。

 

「迎え撃つか。なら儂は戦うぞ!!」

「私も戦うわ。炎蓮様の仇を討つ」

 

祭と粋怜は迎え撃つ気でいる。

 

「撤退するわ」

「撤退じゃと!?」

「ええ。戦っても勝てる見込みは無いわ」

 

雪蓮は孫家の当主として冷静な判断を下した。

 

「最初の命令を出すわ。それは生き残る事よ」

 

生き残る事。

炎蓮から天下を獲ると約束したばかりなのだ。彼女としてはここで黄祖を打ち倒して覇道への道のりの第一歩にしてみたくはある。

しかし現実を冷静に考えてみれば不可能に近い。ならば今は恥を承知で撤退するしかないのだ。今は撤退する。それだけだ。

そして後から勝って進んで行けばいいのだ。

 

「思春と明命は後方から来る蓮華たちと合流して建業に戻るのよ」

「「はっ!!」」

「粋怜と穏も部隊を率いて撤退して!!」

「「はっ!!」」

「冥琳、祭。悪いけどあなたたちは私に付き合って」

 

雪蓮は先ほどと違って当主として命令していく。

 

「殿は私たちがやるわ」

「待ってください雪蓮様、殿なら私がやります!!」

「いえ、粋怜。あなたは穏と撤退して。ここは私がやらなきゃいけないのよ」

「なら私も…!!」

「駄目よ。あなたは撤退して……その代わり絶対に生き残りなさい」

 

粋怜は雪蓮と共に戦いと思っている。炎蓮を守れず、雪蓮とも戦えないなんて彼女からしてみれば武人として、臣下として堪えられない。

 

「あなたには蓮華たちを守って欲しいの。あなただけではないわ。思春に明命に穏…蓮華たちをお願い」

「っ……分かりました!!」

 

雪蓮も守るべき存在だ。だが彼女は自分に何かあった時、最優先に守るべきは蓮華だと思っているのだ。

 

(蓮華にも王の器があるわ。いずれは……)

 

自分に何かあれば次は蓮華の番だ。だが雪蓮はここで死ぬ気は無い。

 

「祭……こんな私が言う資格なんて無いけど、雪蓮様のことを頼むわ」

「任せろ粋怜。儂が命を代えても守って見せる」

「いくらでも付き合うぞ雪蓮」

「ありがとう冥琳」

 

撤退戦が始まる。

 

「死ぬな。生き残れ!!」

 

孫家は滅びない。今は恥を耐えて撤退するのだ。

生きていればいくらでも巻き返す事が出来る。今は耐えるしかない。全ては孫呉のために。

 

「私は死なない!!」

 

未来は変わったのだ。実は于吉の手によって孫家はこの段階で滅んでいた。しかし間違った滅びの運命から藤丸立香たちの手で逃れることが出来たのだ。

藤丸立香たちは間違った流れを修正した。これから先は雪蓮たちだけで進まなければならない。

今の孫呉は耐える。 

 

「小蓮様…こちらです」

「うう…母様、姉さま」

 

何処かの森の中。命懸けで撤退してきた小蓮と明命。

 

「…まだ終わりではありません。孫家にはまだ貴女がいます」

「明命…」

 

撤退戦での損害は多い。だが生き残る事が出来たのだ。

ならば次は巻き返すだけである。

 

「む 誰?」

「どうしたのじゃ哪吒?」

 

2人は中性的な外見をした中華風の人物と人への態度は傲岸不遜そうで派手好きそうな童女と出会った。

ここからが孫家が巻き返す始まりである。

 

 

193

 

 

ある女性の瞼がゆっくりと開かれる。まだぼやけているが視力がだんだんと戻ってくる。

身体中に痛みが走るが我慢できない程ではない。寧ろこの程度の痛みは平気なレベルである。

 

「ここは………地獄か極楽か」

「どちらでもない。ここは現世だ」

 

視線をゆっくりと声のした方向へと向ける。そこには内側に熱い闘気を宿していそうな赤髪の男がいた。

 

「……生きているのかオレは?」

「ああ。俺は医者だ。目の前に病人や怪我人がいれば助ける。この薬を水と飲むんだ」

「そうか……」

 

赤髪の男が薬と水を用意してくれる。

 

「聞きたい事がある……知っていれば教えて欲しい」

「俺もあんたに聞きたい事があるが後でいい。何が聞きたいんだ?」

「孫呉を知っているか?」

「知っているぞ」

「今は……どうなっている?」

「黄祖軍に負けたと聞いている」

 

この言葉に女性は特に何か思うことは無かった。心の中で「負けたのか…」とくらいしか思えなかった。

 

「だが…彼女たちはまだ負けていないと言っていた」

「彼女たちだと?」

「ああ。確か…程普や孫尚香たちだったか」

「ふっ…そうか」

 

次の言葉を聞いて女性は微かに笑った。

 

「……それならいい。十分だ」

「なら今度は俺の質問に答えてくれ。あんた、何者ーー」

 

赤い髪の男が女性に質問しようとした時に新たな人物たちが現れる。

 

「華佗いるー!!」

「なんだ地和か。どうした?」

「治療をお願い。ボロボロになって帰って来たからちぃたちびっくりしたわよ」

 

地和と呼ばれる女性の後ろから出てくる4人。

 

「お前たちどうしたんだ。ボロボロじゃないか!?」

 

その4人は確かにボロボロであった。そしてその4人を女性は見て驚いた。

 

「てめえら…天に帰ったんじゃ?」

「あれ何でここに!?」

 

4人組も女性の姿を見て驚いていた。




読んでくれてありがとうございました。
次回は1週間後予定です。

今回でやっと過去sideが終了しました。
この物語の孫策達の撤退戦後が23話の『呉へ?』につながるのでした。

そして最初に出ていた瀕死の女性がやっと目を覚ましました。
正体については最後まで明かしません(もう正体が分かってると思いますが)。
何故助かったかも2章の最後に分かります。

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