Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義 作:ヨツバ
一刀ではなくて立香だったらこんな感じになるという回です。
まあ、あまり変わらないかもしれませんが。
26
鍛錬場にて。
「うおらあああああああああ!!」
「ふん!!」
「アッーーーーーーー!?」
魏延が飛んだ。正確には殴り飛ばされたが正しい。
「おーおー焔耶のやつめ、また李書文殿に高く殴り飛ばされたな」
「彼女も懲りないな。これで何回目だ?」
「さてな。もうあの光景が日常になってしまいそうだ」
魏延はよく李書文に勝負を仕掛けていた。彼女は最初、鍛錬として付き合ってもらっていたが最近ではもう襲撃に近い形で勝負を仕掛けているのだ。
李書文としては三国志の英雄の1人と戦えるのなら是非もないが、何でもかんでも突っ込んで来るのは直してもらいたい。
彼女が突っかかって来る理由は最初に賊達を一緒に倒した時に在るのだろう。
彼女は強いし、伸びしろは有る。自分が強い者だと疑っていない。そして自分より強い人は居るってことくらい理解している。でもよく考えないのが傷である。
だけど、李書文との出会いは劇的で合ったのだ。自分より強い人が居るくらい理解していたけど、こうも圧倒的な武を持った人を見たのは初めてであった。
彼の戦いの気迫を見てしまい恐怖し、憧れた。その強さの領域に自分自身も到達したいと思ってよく勝負を仕掛けるのだ。
「まだまだああああああ!!」
「ふん、破っ!!」
「アッーーーーーーーー!?」
また殴り飛ばされる魏延であった。
「本当に懲りないのう…」
「ま、あれが彼女の悪い所でもあり良い所なのだろうな」
「良く分かってるな荊軻殿。儂もあやつのああいうところが好きだ」
馬鹿な子ほど可愛いというやつだ。それでも立派な将に成るのなら少しは猪突猛進は直してもらいたいものだ。魏延はどこか一直線な処がある。
こういう人は言葉で言っても聞かないし、理解しないだろう。だから満足するまで相手をしてもらうしかない。
李書文には悪いが彼女の気が済むまで相手をしてもらいたい。
「それにしてもお主らは優秀な人材ばかりだな」
「何だ藪から棒に?」
「いや、武や智、徳の秀でた者ばかり揃った集団だと思ったのだ」
彼女の言う通り彼等はそれぞれ武、智、徳、それに王としての資質を持っている。そんな集団を見れば不思議がるのは当然だ。
「そんなお主らが1人の主に仕える。藤丸と言ったか?」
はっきり言えば旅をしている彼より、何処かの洲にでも仕えた方がより良い待遇を手に入れる事ができるのではないだろうか。
李書文や燕青たちの武ならばすぐにでも将になれるだろうし、諸葛孔明の突き抜けた智ならば軍師でも文官でも上にいける。
武則天が成長し、大人になれば国の指導者になれる可能性だってある。だが才能溢れる彼等は1人の少年である藤丸立香に仕えているのだ。
「あやつは仕えるほど凄いのか。良い男ではあるが王としては…」
「なあに彼には好きで仕えて居るのさ。王の資質があるとか関係ない」
「ふむ、そうなのか?」
「ああ、我が主は私の力を貸して欲しいと言った。それに私が応えたまでの事」
暗殺を失敗したアサシンクラスの英霊だと言うのに真正面から「力を貸して欲しい。貴方が必要だ」と言われたら力を貸したくなるものだ。少なくとも荊軻はそう思った。
「うーん、あの小僧は実は貴族とかだったりするのか?」
「いや、普通の生まれだな。だが気骨のある男だ。これでも私は彼に仕える1人として最古参でな。我が主は未熟な頃から気骨がある方だったな」
「ほう、男らしいと?」
「男らしいな。どんな状況でも言いたい事は言う男だ」
決める時は決め、ネタとしては走る時は走る。
「それも相まって多くの英…武人や天才を仲間にしているよ」
「多くの…なんだ他にも仕えて居る奴等が居るのか?」
「ああ、今は私達だけだが…他にも100人は主に仕えている仲間が居るよ」
つい口に含んだ酒を吹き出しそうになった。
「お主ら本当にただの旅人か!?」
やっぱりどこかの国の貴族だったりするのではないだろうか。
賊では無いし、落ちぶれた貴族でも為さそうだ。嘘を言っているようには見えないが、酒が入っている荊軻だ。
「いや、貴族ではないぞ」
「ならば100人云々は冗談か?」
「そっちは本当だ」
「むう…」
まったくもって彼らが分からなくなってきた。詳しく説明しても構わないが混乱するし、信じてはくれないだろう。
何より荊軻は説明するのが面倒だ。
「ま、それだけ我が主は良い男ってことだ。実際に多くの女に好かれている」
「なんと、ならお主もか?」
混乱しそうな時にちょうどよさげな話が入り込んでくる。
100人云々の話よりも、今の話の方がよっぽど酒のつまみに成るってものだ。しかも荊軻ほどの女性となると厳顔でなくとも気になる。
「そうさな、確かに好きだな」
マスターである藤丸立香のことは好きだ。だがそれは男女の仲と言われれば少し違う気がする。
信頼しているし、背中を預けても良い存在だ。友以上で有ることは確かだ。
「最古参の1人として昔から見ていたから、どちらかと言うと姉の立場に近いかな?」
(うーむ、どちらかと言えば友以上恋人未満って処かのう…どうだろうな?)
厳顔の考えは意外にも当たりかもしれない。
「他の仲間の女子共は?」
「ふむ、今いる中で一番分かりやすいのはあの武則天だな」
「あの童女か?」
「ああ、もし国を統べることがあれば一緒に統治していきたいと言っていたらしいからな」
「なるほど、分かりやすい告白だな」
一緒に国を統治しようだなんて口説き文句も良いところだ。そもそも何故、そんな事を荊軻が知っているかは内緒だ。
「三蔵殿はどうだ?」
「三蔵は…そうだな。彼女は恋愛というのを意識しないようにしているな」
「そうなのか?」
そういえばいつも藤丸立香にベッタリな気がしなくもないがと疑問に首を傾ける。それに気が付いた荊軻が補足をする。
「彼女は仏教的に恋愛などを制約しているらしい」
今までにマスターである藤丸立香に何度もデレた対応をして、そのたび自分でブレーキをかけている様子を見た事がある。そのせいか惚れているかもしれないが、仏教的にブレーキがかかっているのだ。
だが、彼女にとってマスターが大切な人である事は変わりないだろう。
(じゃあ、制約がなければ三蔵殿はいっきに…)
恐らくものすごく甘えてくるだろう。今でも甘えてくるけど。
「哪吒殿は?」
「ふむ、彼女は私たちの中で一番の新参者だが…はっきりと主に好意の言葉を言っている」
最初はそっけない態度を取っていたが一緒にいて絆を深めていく事で、彼女は明確に好意を示してきたのだ。
恥ずかしながらも「大好き」と言っていた彼女はマスターを裏切る事はないだろう。
だけど男女の恋仲というよりかは友人として、仲間としての「大好き」かもしれないが。
(哪吒殿は恋仲に至るまであと一歩という事か?)
厳顔の考えが全て的を得ているか分からないが、確実に好意を持っているのは確かだ。
「モテモテだのう。お主らの主は」
「ああ、それはモテモテだ。他にも私達の仲間で好意を抱いているのが何人も居るからな」
「どれくらいだ?」
「そうさな…」
ここで荊軻は手を広げる。そしていっきに5本の指を折る。
「ちと待て」
「何だ?」
「何で今5本の指を折った。普通は一本一本数えるものだろう!?」
「いや、一本一本指を折って数えなくともすぐに主に惚れているのが5人思い浮かんだからな」
そしてもう片方の手の指も5本全て折っていっきに数えた。
「どれだけモテてるんだあの小僧は!?」
「おお、もう10人か。指が足らんな」
しょうがないので今度は折った5本の指を広げた。これで15人である。
「おい!」
「はっはっはっはっは、仕方あるまい。本当に多くの仲間から好意を持たれているのだからな」
ここで荊軻は数えるのを止めた。本当に彼は多くの絆を深めているのだから。
「正直なところ信じられぬな」
「なら今度一緒に過ごしてみると良い。少しは彼のことが分かるかもしれんぞ」
「ふむ…なら今度、飲みに誘ってみるか」
「あ、うちの主はまだ酒が飲めないぞ」
「え、飲めんのか?」
結局の処厳顔は藤丸立香がどんな男なのかは分からずじまいであった。
27
また別の日。
「ふわあぁ…おはよう」
「あら、おはよう立香さん」
朝起きて外に出ると黄忠と出会う。朝の挨拶は大事だ。
「立香さんたら寝癖が凄いわよ」
「そう?」
鏡を見てないから自分の今の髪型が分からない。いつもの髪型よりも爆発しているということだろうか。
さわさわと頭を触ってみると確かに髪型が爆発している気がしなくもない。
「ほら、見せてみて」
黄忠が頭の寝癖を直してくれる。正面から直してくれるので彼女の胸が物凄く近い。
朝からこんなドキドキするなんて健全な男子である藤丸立香にはキツイものが在る。と、言ってもカルデアの朝では高確率で女性サーヴァントが寝床に入り込んで居るのだが。
あの寝床に勝手に入り込んでくるトリオだけではないのだ。朝起きていつも驚く。もしかしたら気が付かないうちに貞操を奪われていたなんて事は否定しきれない。
「うーん、この寝癖がちょっと…」
(揺れてる…)
ガン見である。男なのであるからやっぱり見てしまうのは悲しいかな、男の性である。
そう言えばパッションリップや葛飾北斎の時もつい反応して見てしまったものである。
「おはようだな紫苑、藤丸!!」
今度は厳顔と挨拶。彼女は朝から元気と快活さを感じさせてくれる。
朝から挨拶が元気なのはさっぱりしていて相手側も気分が良くなるものだ。そういう人物が近くに居る、良いものだ。
「ん、どうしたのだ?」
「ちょっと立香さんの寝癖がなかなか直らなくてね」
「直らないのならばこうしてしまえば良かろう!」
すると厳顔が頭がワシャワシャとしてくる。
「どうだ。これなら野生味溢れて良いだろう!!」
「それじゃあ本末転倒じゃない…でも、これはこれで良いかも。でもでもやっぱり立香さんは綺麗に髪型を纏めた方が…」
「いやいや、こやつは此方の方が…」
「……」
気が付けば2人から髪型を物凄くイジられている。朝から黄忠と厳顔に遊ばれているのであった。
「ほう…朝からモテモテだな我が主は」
「ただ遊ばれているだけな気がするよ荊軻…」
助けが来てくれたかと思ったが荊軻は微笑しながら近づくだけだ。どうも助けてくれるような感じではない。
ただ見ているだけで、微笑して居るだけ。
「大丈夫だろう。髪型を決めるだけなんだからその内終わるさ」
さっきからワシャワシャクシャクシャされているが、荊軻曰くいずれ終わる。確かに髪型を直すというのはいずれ終わる。
だからそれまで我慢しろという事なのだろう。だけど運が良いのかここで小さな助けが入る。
「もう、お母さん。なにしてるの!!?」
黄忠の娘である璃々の登場だ。
「あら璃々」
「もう、早く朝ごはんを食べなきゃいけないよ!!」
娘の一言で紫苑はピタリと手の動きを止める。そういえばまだ朝飯を食べていない。
今日の朝ごはんは誰が作ってるのか気になってしまう。此所の料理人が作る料理も美味しいけど俵藤太が作る料理も美味しいのだ。
此所の料理人だと中華ばっかりだったから俵藤太の作る和食が時たま物凄く食べたくなる時がある。
(というか藤太はいつの間に厨房を任されたんだろ…)
料理上手な英霊はどこでも厨房を任されるのだろうか?カルデアでは高級レストランに負けない位の料理が出るほどだ。
「あらあら…じゃあ朝御飯を食べに行きましょうか。立香さんも一緒に。もちろん荊軻さんも」
娘の璃々には黄忠は勝てないようで髪型をイジるのをピタリと止める。
だけど頭のワシャワシャが止まらない。
「よしならばこのまま行くぞ」
厳顔が髪型をイジるのを止めないからだ。どうやら今日は野生味溢れる髪型に決定した。
「なかなか似合っているぞ主」
「そう荊軻?」
この後、俵藤太や燕青、武則天にからかわれたのは言うまでもない。
28
「立香さん」
「リツカお兄ちゃーん」
「此方だぞ」
声がした方を見てみると黄忠たちが真昼間から酒盛りをして居た。
厳顔なんて気持ちよく酒を飲んでいる。だがこれには理由が在る。
何でも彼女たちは昼前までに今日の仕事を全て終わらせたから空いた時間は酒盛りをしようという事になったらしい。
「へえ」
厳顔は初対面の時から酒好きというのが分かっていたが黄忠が昼間から酒を飲むのは意外だ。
「あら、意外ですか?」
「うん。黄忠はこういうのを止める側かと思ってた」
「買いかぶりすぎですよ。私とて、怠けて過ごしたいと思う心は人並みには持ち合わせているわ」
「そうそう、本性は儂と大差ない飲んだくれだ」
「飲んだくれだなんて心外よ桔梗」
厳顔の言葉に苦笑しつつ、黄忠は口に当てた杯を傾ける。その仕草はいちいち上品で色っぽい。
視線に気付いたのか、彼女は目を細めて微笑み、酒に濡れて艶やかに光る唇を舌でなぞった。からかっているのだろう。
耐性がなければ藤丸立香はこれだけで緊張して体が強張ってしまうだろう。
「もおー、お母さんってば、そんなにいっぱいお酒飲んでこの前みたいになっちゃっても知らないんだから」
「この前?」
「うんとね、この前お母さんお酒いっぱい飲んで帰ってきたの…べろべろで立てないし、おみずーって言ったまま床で寝ちゃうし…璃々、大変だったんだよ」
「ほお」
これまた意外な一面だ。
「まあ…たまにはそういう事もありますよ」
視線を明後日の方向に逸らした。
「なるほど。儂と荊軻とで飲み比べをした日のことか」
「荊軻ぁ…」
いつの間に。
「平気な顔して帰って行ったくせに、それほどまで酔っていたのなら引き分けにせず決着を付けるべきだったな」
「引き分けにしてあげたのは私の方でしょう。千鳥足だった貴女を誰が部屋まで送って行ってあげたと思ってるの?」
言い合いながらも彼女たちは笑顔で酒を飲んでいる。気兼ねなく会話をし、酒を飲む。
これもまた彼女達の楽しみの1つなのだろう。自分も酒を飲める時が来たら彼女達みたいに気兼ねなく友人と酒を飲みたいものだ。
「ところで荊軻は?」
「一番最初に脱落したわね。それでも起き上がっては飲んでを繰り返してたけど」
「うむ、だが酔った彼奴はまるで別人だったぞ」
傍若無人という四字熟語の元になった人物であるからだ。彼女のデキ上がり様を初めて見たのはクリスマスの時である。あれは驚いた。特に『へべれけぱわー』はマジで驚いた。
何でも荊軻がデキ上がった時から酒の飲むペースが物凄く早くなったとかなんとか。そのせいも有り2人がお酒で酷く潰れた要因だ。
「誰が回収しに来た?」
「李書文殿と燕青殿だな」
「やっぱり」
この3人は同郷として結構吊るんでいたりするのだ。
暴れる荊軻を担いで戻って行く2人はとても苦労していたと厳顔は語った。
「お疲れ李先生、燕青」
此所にはいない2人に礼を言っておく。
「お主は飲めんのか藤丸?」
「飲めないです」
「何だ飲めんのか、残念だ」
飲めないものはしょうがない。だけどいつかは飲んでみたいものだ。
「なら飲めるようになったら付き合ってくれよ」
「勿論」
この約束は契約した英霊たちにもしている。いずれ飲みたいものだ。
29
翌朝 旅立つ時。
何だかんだで結構滞在してしまったが、目的のためにそろそろ旅に戻らねばならないだろう。
盗賊退治と、諸葛孔明達が文官紛いの仕事を何故か行ったおかげで路銀は十分だ。そのせいか諸葛孔明は疲れた顔をしていた。
カルデアでも頑張ってもらって、此所でも頑張るとは彼には頭が上がらないものだ。でも種火回収には編成から抜くことはほとんど無い。イベントでも。
「もう、行ってしまうのですね。もう少しこの町でゆっくりしていっても良いのに」
「旅の目的が在るからね。逆に此所まで滞在させてくれて助かったよ」
彼等からしてみれば長く居すぎたのかもしれない。このまま町に居座って居たら自分たちの目的が遅れてしまう。
マシュたちとの通信は取れていない。向こうもこっちを気にしているだろうが、此方も気になる。だけど通信ができないのなら此方では此方でやる事をしないといけないのだ。
「では、またな荊軻殿。また再会したら酒を酌み交わそうではないか」
「ああ。勿論だとも」
荊軻は厳顔と飲み仲間となっていた。
そして李書文と魏延は。
「今度会ったら、必ずお前の武を超えてやるからな!!」
「呵々。何時でも主の挑戦を受けようではないか」
気が付けば武を追い求め、挑戦を受ける関係になっていた。なんだかんだで優しいのが李書文だ。
でも戦いになると容赦がないので注意。
「私としてはこのまま残って欲しい処ね」
文官や政事に関して言えば、諸葛孔明や武則天はとても惜しい。2人のおかげで何倍も仕事が捗っていた。
戦う将ならばやはり、李書文や燕青達だろう。彼等が居ればこの町の安全は確実だって言いたくなる程だ。
そして民草達を纏めるには玄奘三蔵が居てくれると助かる。気が付いたら彼女は皆に道徳を教えていた。
そのおかげなのか、町で悪事をする人が減った気がする。町の問題児や悪ガキ達が彼女のおかげで更生した報告を幾つも聞いたからだ。
「じゃあ、西に行くわよ!!」
「三蔵ちゃん。今度は西じゃないから。洛陽は西じゃないから」
「洛陽に行くのですね」
「うん。取りあえず一番の都に行く事にしたんだ」
多くの人が集まる所に多くの情報が集まる。これは鉄則だ。
「また縁があれば会いましょう紫苑さん」
「ええ、立香さん」
「ばいばーい、リツカお兄ちゃん」
目指すは洛陽。カルデア御一行はまた旅立つのであった。
「ん、おいおい紫苑。お主いつの間に真名を預けたんだ?」
「いつの間にかによ」
「まさか惚れたのか?」
「そ、そんなんじゃないわよ桔梗…」
「の割には顔が赤いぞ」
いつの間にか藤丸立香は紫苑と絆を深めてた。流石は英霊たらしの異名を持つ男である。本人は狙って絆を深めたわけでは無く、全て自然体であるが故に恐ろしい。
「実は立香さん、最初から私達に真名で呼ばせてたみたいなの」
藤丸立香というのが彼の名前。この大陸にある習慣で当てはめるとしたらそれが真名になる。
「な、あの小僧。初対面の儂らに真名を言ったのか!?」
「ええ。私も流石に驚いたわよ。何でも生まれた土地の風習や習慣が違うって言ってたけど」
「…本当に不思議な男だな」
不思議というか、常識外れというか、豪胆なのか。彼女達はきっと彼を忘れる事はないだろう。
30
藤丸立香が洛陽に向けて出発した頃、各州でこの時代の英雄たちが乱世に向けて動き出していた。
1つは大陸の平和の為に。1つは覇権を手中に治める為に。1つは宿願を果たす為に。
それぞれが我が胸に誇りと大望を抱く。
平和を願う者
「うう、まさかいきなり食い逃げと誤解されるなんて」
「そりゃ無一文でご飯食べたらそう為るのだ」
これから大陸を平和にする為に戦うと大望を話したくせに食事処で無一文と発覚した者達。
大陸を平和にすると言っておきながら本当に食い逃げをするわけにもいかず、店の皿洗いをするしかなかった。
「なんつーかゴメン」
「いいんだよご主人様。私達が勝手にお金を持ってると勘違いしただけだし」
彼女達はまだまだ弱小勢力だ。今の今までどうにかしてきたが、限界がある。
いくら立派な志が在っても、武力に自信が在ってもたった3人じゃどうにも出来ない。
だからこそ彼女達は今の自分達を変える何かが欲しかった。そして今日まさにその変化に出会えたのだ。
彼女たちはやっとスタートラインに立てたに過ぎない。
覇権を狙う者。
きっとこの陣営がこの時代で一番勢力が大きくなるだろう。
大望を抱く彼女には財が在る、人材が居り、カリスマが有り。今は小さな勢力だが覇権に歩むことでどんどんと勢力を拡大していく。
「春蘭、秋蘭」
「は、此所に!!」
「此所に居ます」
小柄な体格であるが覇気はとても大きい。彼女のような存在は生まれながらの王の才覚があるのだろう。
「また盗賊達が出没したそうね。私の治める街を汚すわけにはいかないわ」
「はっ、すぐに成敗してまいります!!」
「相変わらずだな姉者」
「そこが春蘭の可愛いところよ」
彼女ならばすぐに盗賊たちを討伐するだろう。
「秋蘭。街の様子は?」
「相変わらずです。何か在るとすればやはりあの占い師の占いですね」
「乱世を鎮めるとかいう天の御使いの事ね?」
「はい」
今の荒れた世で民達が縋る拠り所。
所詮はただの占いから出たものだ。だが弱き民からしてみれば救いを与える何かが欲しいのだ。
「それともう1つ噂が在ります」
「今度は何かしら。天の御使いが流星で落ちてくるのに対して、地の御使いが地より這い出てくるとか?」
「いえ、違います。何でもある村を守るために天から炎の使者が舞い降りてきたとか」
天の御使いくらいうさん臭い話だ。今度は炎の使者ときたものだ。これだと次は風だの水だのの使者だか御使いが出てきてもおかしくない。所詮噂だが火のないところに煙は立たない。何か元になった話があるはずだ。
「それも占い?」
「いえ、これはあの占い師とはまた別ですね」
この噂は天の御遣いから派生したものかもしれないし、元となった話が誇張されたのかもしれない。あるいは本物ということもあるかもしれない。
「まあ、頭の片隅に覚えておくわ」
宿願を果たすもの。
「雪蓮。また仕事をさぼったな」
「えー休憩よ休憩」
「まったく…」
孫家の次期党首のくせして仕事をさぼるのはいただけない。
真面目に仕事をしてくれると助かるのだが、理想と離れている。
彼女はよくも悪くも自由という事である。だけどここぞという所では決めるのだから男女関係なく惚れてしまうものだ。
「はあ、祭殿も一緒にさぼる時が有るから困る」
「ねーねー。なんか面白い話ない?」
「天の…」
「それはもう知ってるから」
天の御遣いという噂はもう大陸中に広まっている。聞けば天の御使いは何処かの誰かが祭り上げたなんて噂ももう出ている始末である。
そんなものは城下町を歩いていたらいくらでも耳に入るってものだ。よく仕事をサボって城下町に行く孫策はよく知っている。
「そうだな…眉唾ものだが、ある旅人の集団が貧しい村で食料を恵んでいるなんてのがある」
「えーそんなの…」
「その旅人の集団は何でも食料を湯水のように出すらしい」
「何それ、そんなのウチに欲しいんだけど!!」
食料を湯水のように出すなんて、そんなのどこの誰もが欲しいだろう。
「どうやってご飯を湯水のように出してるの!?」
「そこまでは分からん。ただの噂だぞ」
どの勢力もまだ動き出したばかり。これからが彼女たちの時代なのだ。
読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。
今回はオリジナルと恋姫のキャラたちの幕間を元にした話でした。
そして最後には各陣営の話をほんのちょっとです。
そしてそして本郷一刀がどの陣営にいるか分かりましたね。
それと荊軻たちがマスターのことをどう思っているかに関しては私の想像であり妄想なのであしからず。
「そうじゃない!!」と思う読者様たちはすいませんね。
そこは自分たちの想像と妄想で楽しんでください。
では、また次回で!!