Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義 作:ヨツバ
ちょっとだけ早めの更新です。今回はタイトル通りですね。
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汜水関攻略のその後。
「孫策さん、ご助力ありがとうございました」
「いえいえ。玄徳ちゃんのお役に立てて何よりだわ」
汜水関が落ちた晩、主殿では今回の戦と今後についての話し合いの場が持たれた。
「役に立つどころか汜水関の主殿に一番乗りの手柄まで程普殿にまんまと奪われてしまいましたが」
「関羽殿は不満そうだな?」
愛紗が不満なのは汜水関の一番乗りを程普に、孫呉に取られてしまったからだ。
汜水関攻めは元々、幽州と徐州軍の戦いであった。ならばその手柄も幽州と徐州のものではならないと思っている。しかし、この戦いには助力という名目で孫呉軍も加わっているのだ。孫呉軍も無償で助力しにきているわけではない。
孫呉軍もあわよくばと手柄を取れるならば取りに来ることくらい予想はしていたがまんまと取られてしまった事に不機嫌になっているのだ。確かに取られる可能性は大いにあったが、分かっているからこそ取られた時の気持ちはより複雑である。
「でしゃばり過ぎって言いたいのかしら。私には私の戦よ」
「そうだよ雲長ちゃん。せっかく助けてくれたのに、そんなこと言ったら失礼だよ」
「玄徳様はあまりにも容易く人を信じすぎです」
桃香は手柄を取られた事は気にしていないようだが、それでは困ると言ったように愛紗は不機嫌になっていく。
「あら、まるで私は信用できない人間だって言っているみたいね」
「信用する、しないの問題ではありません。真の英雄はただ一人。それに言い寄る者は皆。利用しようとする輩のみです」
「もー、雲長ちゃんったら」
「ずいぶんな言われようね。私に手柄を奪われたのが、そんなに悔しいのかしら?」
「そういうわけではございません」
本当は悔しいに決まっている。
「ま、安心しなさい…私は別に玄徳ちゃんと友達になるつもりなんてないわ。実際、利用させてもらってるだけよ」
「え?」
「気に入らないかしら。お互いにとって利があるなら都合の良い関係だって悪くないでしょ?」
「信は、仁義はどうでもいいとおっしゃるのですか?」
「そういった綺麗ごとが信用できないと言ったのは、関羽殿ではなかったかな?」
「む……」
先ほどまで言っていた自分の言葉にバツが悪い顔をしてしまう。
「腹の内はともかくとして、今は手を握っておきましょうよ。お互い敵は多いんだし損にはならないわよ」
「敵…ですか」
桃香は雪蓮の「利用させてもらっている」、「都合のよい」といった言葉を聞いてつい考え込んでしまう。考えてしまうというよりかは思い出しているのだ。だが急な問いかけにより、それはすぐに打ち切られた。
「玄徳殿。今後、徐州にとって誰が一番の強敵になると考える?」
「え、えっと……袁紹さんかな?」
意外な答えが出てきた雪蓮は軽く笑う。
「えー、それは何で?」
「それはやっぱり、兵もたくさん持ってるし。領地も広いですから。それにお友達の伯珪ちゃんを困らせているから…いつかは敵になるのかなーって」
「伯珪ちゃん?」
「幽州牧の公孫賛殿のことです」
「あー……誰だっけ?」
つい最近も似たような事があったのに忘れている雪蓮。そこまで公孫賛は影が薄いのかもしれない。
「曹操はどう思う?」
「曹操さんは…うん、とっても良い人だよ」
「…そうでしょうか」
桃香は曹操を良い人だと思っているが愛紗はそうでもない。愛紗は曹操を悪い人間ではないかもしれないが油断が出来ない人間だと思っているのだ。
「ふふ…最大の敵は袁紹で、曹操は良い人か。玄徳ちゃんは本当に面白い人よねー」
「わたし、そんなにおかしなことを言っていますか。曹操さんには黄巾討伐の時も助けていただきましたし」
「へえ、偶然ね。実は私たちも危ないところを一度、曹操に救われたわ」
「ほら、良い人じゃないですか」
ニッコリと笑う桃香。そんな彼女を見て少し変わっているというのが冥琳の感想だ。
変わっているが仁義礼智信の五常を備えた人物にも見える。自分のことも他人のことも不思議なくらい信じているように見えるのだ。そして芯の強さも並大抵ではない。
彼女は恐らくこのまま自分の正しさを信じて王道を歩むかもしれない。逆に雪蓮が歩むのは覇道である。
彼女は家臣や民のことをまるで友人のように思っているのかもしれない。しかし人とは狡猾で欲深いものだ。甘い考えではいつか足をすくわれてしまう。
家臣と民を導くには、その上に力を持って君臨しなければならない。慣れ合いでは国は成り立たないのだ。それが冥琳が考える王としての形である。だが雪蓮や冥琳には理解が難しいかもしれないが桃香の道もまた1つの王の形なのかもしれない。
それは北郷一刀もそう思っている。この時代を生きる人にしてはかなり異質な価値観を持っているのだ。
「ふむ。では人の良し悪しはおいておいて…曹操が目指すものは何だと思う?」
「えーと、さあ。わたしは曹操さんじゃないし」
「ならさ、玄徳ちゃんは何で旗揚げしたのー。何のために戦うのかしら。戦の先にどんな未来を思い描いているの?」
「わたしは…弱い人たちが苦しんでいるのを見ていられなくて…だから、どうにかして助けたいって思ったんです。わたしが戦うのは、みんなが安心して、笑って暮らせる世界を作りたい。そう願っているからです」
「天下の民の安寧か。願いは皆、同じよね」
「孫策さんもそうなんですね」
目的は同じでもそのために通る道も、到達点の形も雪蓮と桃香では全く違う。
「ただ、それを成すためには袁紹はもちろん、曹操も敵として立ちはだかってくるでしょうね」
「え、どうしてですか?」
「曹操が目指す世は恐らく曹操のみによる天下の統一よ。つまり、玄徳が天下を目指す以上いつかは曹操とぶつかる。その時…戦うか、降るか、いずれかの選択を強いられることになるわ」
「曹操さんとも仲良くできないのでしょうか?」
「難しいでしょうね。両雄並び立たずの理よ。真の英雄は一人だもの…ねえ、関羽?」
「我が主と孫策殿も並び立たずということですか?」
「考え過ぎよ。それに私は袁術の一武将に過ぎないわ。英雄だなんてよして」
これからの時代は誰が敵で味方であるか分からなくなってくる。
同じ平和を望んでいても、平和に到達するまでの道は人それぞれ異なるのだ。
「なんにせよ、孫呉の軍師である私としては、この後も劉備殿とは良き関係を築きたいと望んでおります」
「はい、喜んで!!」
「ふふ、それは良かった。共闘する機会があったらその時はよろしくね?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
雪蓮たち孫呉との関係はいずれまた桃香の未来にとって大きな道となる。だがそれはまだ先の話だ。
269
「アッハッハ。私の部隊が主殿に一番乗り。やっぱ気分がいいわねー」
「勝利の美酒ほど美味いものは無いからな」
「そうよねー荊軻」
粋怜たちは勝利の美酒に酔いしれていた。その中に荊軻も気が付けば入り込んでいる。
「ふー、情けないったらありゃせんわ。張遼隊の突破を二度も許してしまうとはの」
「お主は戦場で寝ておったのか?」
雷火の言葉に言い返しもできないが祭は「やかましい」の一言しか言えなかった。
戦に油断も余所見もしていない。祭は霞に見事に一本取られたとうべきだ。
今回の戦で孫呉のMVPが粋怜ならば董卓軍でのMVPは霞である。霞は策に嵌った華雄を見事に救い出し、更には多くの兵を虎牢関まで撤退させたのだ。
戦いでも霞は祭の放つ矢を何本も撃ち落としてみせたのだ。あの強さは敵ながら認めるしかない。
「張遼の強さは本物じゃ」
「ごく……はーっ。今夜のお酒は全部、祭のおごりだからね?」
「おごるも何も、すべて敵が残していった酒ではないか」
そう言って祭も飲む。汜水関では活躍が出来なかったぶんヤケ酒感覚だ。
「むう、旨いではないか。あ奴らめ、良い酒を飲んでおるの」
「ちょっと祭。飲んでないで、私にも注ぎなさいよー。アンタは飲まなくていいの」
「ぐぬぬ」
「後で肩と腰も揉んでね。欲求不満だからってヘンなところを触っちゃ駄目よ?」
「誰が触るか。くー、つけ上がりおって!!」
「アハハハハハ」
笑う粋怜。逆に彼女は汜水関の一番乗りという活躍が出来て満足なのだ。武人としてここまで活躍すれば当たり前の感情である。
「んぐ、ごく、んぐ…はー。祭さんは良い方だよ。私なんか、ちっとも出番が無かったもん」
「シャオもだよー」
「パオもです!!」
この宴の中で祭よりも活躍出来なかった梨晏に小蓮、包の3人は不満げだ。
彼女たちは本当に活躍していない。活躍する気であったのに、その前に汜水関の戦いは終わってしまったのだから。
「立香、慰めてー」
小蓮は大胆にも藤丸立香に抱き着く。実は藤丸立香もこの先勝祝いに何故か参加していた。そして小蓮を膝に乗せて食事をしているのだ。
「よしよし」
「ふふー」
小蓮の頭を撫でると目を細くして嬉しそうな顔をする。
「しかし…本当に立香なのじゃな」
「はい、藤丸立香です」
雷火はジロジロと藤丸立香を見る。そして荊軻もジロジロと見る。
天に帰ってもう会えないと思っていた人物たち。もう会えないかと思っていたが奇跡なのかどうか分からないが反董卓連合で再会するに至ったのだ。
雪蓮から聞いた時は信じられなかったが実際に目にしてみれば信じるしかない。
汜水関攻めの前に許可を取って思春が藤丸立香を引き摺って来た時は驚いたものだ。そして再会した嬉しさや怒りがこみ上げたのを今でも雷火は覚えている。
まず第一に誰よりも雷火が藤丸立香に突っかかった。そして怒りをぶちまけたのである。
いつも怒っている雷火は粋怜たちも見ているが藤丸立香と再会した時の怒りは今まで見た時よりも怒っていたと祭は思っている。
怒りをぶつけられている藤丸立香は申し訳なさそうな顔をしていたが彼は雷火の怒りを受け入れていた。
「あの時の雷火はすごかったよねー。シャオも本気で怖いと思っちゃったよ」
「むう…」
小蓮にそこまで言われると顔を顰めてしまうが、あの時の怒りは本気であったのだ。藤丸立香も雷火の本気の怒りを目も逸らすことなく受けた。
「……もう終わった話じゃ」
とにかく雷火の藤丸立香に対しての怒りは一旦、終わりはしたのだ。
「まあ、怒りながら泣いてもいたがのう」
「泣いておらんわ!!」
「泣いてたわよー」
「黙れ酔っぱらい!!」
雷火が涙を流したというのは怒りながら炎蓮を思い出したからだ。更に藤丸立香から炎蓮の最後の言葉を聞き出せば目が熱くなる。
「ともあれ言いたい事はまだあるが…」
「え、まだあるの!?」
「当たり前じゃ。この戦いが終わったら覚悟しとくといい!!」
「何時間怒られるんだ…」
怒っているが雷火はいつもよりも顔が生き生きとしていた。その意味が分かる祭たちはニヤニヤしている。
「それと李書文と燕青を後で連れて参れ。あいつらにも言うことがあるんじゃからな!!」
「恐らく来ないんじゃないか?」
「そう言うお主もじゃ荊軻!!」
実は荊軻たちは雷火の怒りをヒョイヒョイと逃げていた。彼女たちにとって怒りをぶつけられるつもりはないからだ。
雷火たちの気持ちは荊軻としても分からないでもないが燕青と李書文は面倒だと思っているからだ。燕青と李書文は考え方が違うのだから。
「お主の怒りは最もだ。だが私たちにもやるべきことがあった。それだけだ」
「ふん。分かりたくないが…分かる」
「辛気臭い話は終わりだ。飲むといい」
荊軻は注いだ酒を渡すと雷火は受け取って喉に流し込んだ。
「わしの怒りから逃げたつもりか」
「………おかわりいるか?」
「そこで酒を注ごうとするな!!」
雷火と荊軻は酒を酌み交わしつつ怒ったり、笑ったりするのであった。
せっかくに先勝祝いだ。辛気臭いのも怒りがぶちまけられるのも今の状況に合わない。
「確かに今は勝利を祝おうではないか」
「そうねー。活躍してない祭の言うとおりねー」
「まだ言うか粋怜!!」
「活躍してないなら私もそうなんだけどなー…」
暗く怒りの話は終わりだ。既に藤丸立香は孫呉の皆にいろいろと言われたのだから。
今は未来に向けて歩むべきである。
「ところで君は誰?」
「ああ、パオの事ですね。パオは魯粛です」
「藤丸立香です」
そう言えばと思って藤丸立香は包を見る。彼女は知らない顔だ。それは当然であり、彼女は藤丸立香が去った後に孫呉に入った人物だからだ。
「ああ、魯粛はお主が去った後に孫呉に入ってきたんじゃ。今は雷火の下で働いておるから立香の弟弟子にあたるな」
「ええ、この人がパオの兄弟子ですかー!?」
「兄弟子です」
兄弟子とは初めてであるため何か嬉しい気持ちになる。嬉しいというよりも先輩風をふかしたい気分なのだ。
「じーーー」
「何ですか?」
魯粛が藤丸立香を穴が空くほどに見る。
「絶対にパオの方が才能があります!!」
「いきなりなに!?」
魯粛は藤丸立香を見て、自分の方が上だといきなり大声を放った。
「まあ確かに包の方が才能は上じゃな」
「うむ」
雷火や祭たちも藤丸立香よりも包の方が軍師としての才能は上だと認める。
兄弟子と言われて少しは自慢げな気持ちであったのにすぐに落とされた。元々、藤丸立香をあげていたわけではないのだが。
「そ、それにしても今日の戦功第一は粋怜さまですね!!」
空気を読んだのか明命が話題を変える。
「うふふ、もっと褒めてくれていいわよ。明命は良い子ねー。ほら、お団子を分けてあげる」
「ありがとうございます!!」
お団子をアーンとされて明命はパクっと食べる。何故か餌付けをしているように見えた人たちは錯覚か何かである。
「ほら、こっちのお饅頭も」
粋怜が伸ばした手はお皿に乗った饅頭ではなく、別の饅頭をムニュっと掴んだ。
「ひゃわー!?」
「あれ、饅頭じゃなかった」
「酷い、粋怜さま。何人たりとも触れた事のない清く美しいパオの胸を!?」
「アハハハハハッ、何よパオってまだ処女なの。超ウケるんですけどー」
「何がウケるんですか。無礼千万です!!」
粋怜の酔っ払いはますますヒートアップしていく。
「粋怜め、酔っ払い過ぎじゃ」
「粋怜さんってお酒が入ると結構、人が変わるんだねー」
初めて酔っぱらった粋怜を見た梨晏は予想外な顔をしてしまう。まさに意外な一面を見たという顔だ。
「まー…あの部屋の人だしねえ」
「立香、黙ってやれ」
「んん、どういうこと?」
「いずれ分かるよ」
「え?」
粋怜の部屋の惨状はいずれ分かる。その事について理解する梨晏はまた別の話である。
「普段はそうでもないがの…まあ今宵は許してやるか」
「ほう、珍しいの」
普段ならばここで雷火が一喝入れるところだが意外にも入れられなかった。
「粋怜の活躍は見事であった。連合における孫呉の緒戦としては上々の結果になったからの。さて、この大勝利を急ぎ喧伝せねばならん」
「けんでん?」
「孫呉勝利の噂を広く伝えるのじゃ。連合の内にも外にもの」
「放っておっても諸侯の口から広まるじゃろ?」
「いや、何か手を打たねば、すべて袁術の手柄となろう」
「むぅ、そうか」
今回の手柄はまさに孫呉のものだ。だが袁術の傘下になっている以上、何かしら手を打たないと全てかっさらって行かれる。
そんな事が当たり前だと思われるくらい袁術の手は理解している孫呉だからこそ雷火の言葉に皆が同意した。
藤丸立香と荊軻はまだ袁術と会った事が無いので分からないが皆が頷いているのだから、そうなのだろうと納得する。
「包。手の者に命じて、此度の勝利は何もかも、雪蓮のお手柄であると広めるようにせよ」
「えー、そんなお役目、穏さんか亜莎さんに命じてくださいよー。パオは軍師なのです!!」
「梨晏、このたわけを今から城門に吊るして参れ」
「あはは…」
流石の命令に梨晏は苦笑い。変わらずの厳しさに藤丸立香も一緒に苦笑いをしそうになったものだ。
「一晩吊るしたら、ちょっとは静かになるかなー」
小蓮もなかなか手厳しい。最も彼女は面白そうで同意したようである。流石の魯粛も本気と感じてしまったのか、すぐさま背筋をピシっとして良い返事をした。
「い、いえ。ただちにやります!!」
「何もかも雪蓮さまのお手柄ですか。公孫賛殿と劉備殿の協力は広めなくていいのですか?」
「左様なことは広めんで良い。戦において肝要なのは終わった後、如何に手柄を独占し、それを大きく見せるかじゃ」
「目の前に劉備さんの関係者がいるんだけど」
藤丸立香と荊軻はジーっと雷火を見るが彼女は気にもしない。
「お主らはこっち側じゃろうが」
それを言われると悩んでしまう。彼らが孫呉の陣営に元々居て、今は桃香たちの陣営にいるのだ。
どっちの味方と言われてしまえば悩みどころである。そもそも彼らは敵となっている月の陣営にすら居たこともある。悪い言い方をすればどの方向にも良い顔をしていると起きてしまう状況のようなものだ。
「ま、どーせ劉備さんも全部自分の手柄だって噂を広めるでしょうしね。よーし、負けませんよー!!」
確かに魯粛の言う通り桃香の陣営も同じような事をする可能性は高い。桃香自身はしないかもしれないが家臣たちはそうではないのだ。如何に自分の主の名声を挙げるのかも仕事の1つであるのだから。
桃香の真の目的が月の救出だとしても表向きには反董卓連合で活躍の1つでもしなければならない。
「はっは。その点では亡き大殿は淡泊なお人じゃったな」
「うん、いつも袁術なんかに手柄を譲ってあげてたもんねー。母さまはほんと太っ腹だった」
「それでも大殿の名は高まっておったがな」
「この連合においては、左様に悠長なことではいかん。包、心して務めを果たすのじゃ」
「ハッ、パオにお任せください!!」
汜水関での戦いは呉軍と幽州・徐州連合の勝利に終わったことは確かだ。その手柄をどちらがより多く勝ち取るかは分からない。
藤丸立香も荊軻もその手柄合戦に関しては関係が無いので気にしない事にした。
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「ただいまー」
「今、帰ったぞ。酒はあるか!!」
酔っ払い荊軻は藤丸立香を抱き抱えて帰って来た。彼はもう男性だろうが女性だろうが抱き抱えられて慣れているので気にしない。
もはや脇に抱えられるやら肩に担がれる、お姫様抱っこなんてお手の物である。抱っこされるのがお手の物とはよく分からないものではあるが。
「酒は無い!!」
「何故だ愛紗!!」
「何故も何もないぞ荊軻殿。それにこれから軍議だ。軍議に酔っぱらいは邪魔だから寝てろ!!」
ぶーぶーと呟きながら荊軻は寝所に向かうのであった。
「ちょ、荊軻殿、そのままマスターを連れて行かないでください!?」
「何だ今度は秦良玉か?」
「何だじゃありません。マスターを離しなさい」
「えー…このまま一緒に寝ようと思ったのに」
「ど、同衾は許しません!!」
顔が赤くなる秦良玉。何を考えているのか何となく分かってしまうものだ。
藤丸立香を荊軻から奪い取って秦良玉は桃香や諸葛孔明たちがいる天幕に向かう。これから大事な軍議があるのだ。
「帰ったかマスター。準備出来ているぞ」
今回の内容は汜水関攻めにて密かに達成させた燕青による潜入だ。
「燕青は潜入に成功したんだね」
「ああ、マスター。彼は見事に董卓軍に潜入した。今頃、張遼隊か華雄隊か分からんがどちらかに混じって虎牢関に向かっているだろう」
燕青のスキルにより変装による潜入はお手の物だ。これで董卓陣営の正確な情報が分かるのである。
董卓こと月が本当に暴政を働いているのか。大粛清の裏には何の目的があったのか。風鈴が懸念するように朝廷では何が起きているのか。
全ては燕青の潜入に掛かっているのだ。
「これで董卓さんの真意が分かればいいんだけど…」
「董卓が善人か悪人か…」
月が善人なのか悪人なのかまだ桃香たちには分からない。だがどちらにせよ、誰よりも早く見つけ出さなければならないのだ。
何度も言うが桃香たちにとって反董卓連合の真の目的は月を助け出すことだ。
「燕青には速やかに洛陽に向かうように指示した。それでいいんだな桃香よ」
「は、はい孔明さん。虎牢関で燕青さんが動いてもらうよりも先に洛陽の、董卓さんの状況を知りたいですから」
燕青を董卓軍に潜入させた後はどう動いてもらうかいくつかプランはあった。そのいくつかで2つの有力なプランがある。
1つが華雄隊や張遼隊に紛れ込ませて次の虎牢関の戦いで敵軍を引っ掻き回すプラン。もう1つが董卓軍に潜入したら、そのまま洛陽に向かって朝廷内を調べるプラン。
2つのプランのうち後者を桃香は選んで燕青に頼んだのである。
「燕青が帰ってくるまで待つしかないね」
「マスターの言う通りだな。ここは燕青の帰還を待つぞ。その間にこっちは虎牢関の攻め方を考えねばならないからな」
虎牢関。次に攻める堅牢な関だ。
汜水関の戦いでも苦戦させられたのだから虎牢関ではより苦戦させられる可能性は高い。
「張遼隊と華雄隊はそのまま虎牢関まで撤退したはずですから…さらにあの呂布も次は出てくるでしょう」
朱里は虎牢関での敵勢力を予想する。
汜水関では張遼と華雄は居たが、呂布は居なかったのだ。ならば次の関の虎牢関がいると予想できる。
汜水関で敗北した董卓軍は士気が下がっているのは間違いない。ならば士気を上げるために大陸でも名が知られている飛将軍・呂布を虎牢関で出撃させる可能性があるのだ。
呂布の強さは誰もが知っている。孫策や曹操もその名を知っており、今回の戦いの中でも一番警戒している人物だ。
「うむ。あの者の強さは本物だ」
「そうよねー。恋ちゃんってとっても強いのよね」
李書文と玄奘三蔵も恋の強さは知っている。彼ら2人だけでなく藤丸立香たちカルデア組の全員がこの世界の呂布こと恋の実力は知っているのだ。
彼女の強さは下手すると英霊に近いのだ。前に天和たち聞いたことがあるがたった1人で3万の黄巾党を屠ったという。
1人で3万の人間を屠ったなんて無双ゲームじゃあるまいし、普通に考えてあり得ない実力だ。
「呂布か」
呂布の名前が出ただけで愛紗や星、公孫賛はしかめっ面をしてしまう。それほどまで、その名は彼女たちを恐れさせる程までなのだ。
「彼女の強さは俺も本物だと認めてる」
「やっぱ呂布は強いよな。三国志の中でも有名すぎる名前だし」
「だよね」
三国志と言ったら出てくる武将の名前は呂布奉先だ。藤丸立香も北郷一刀も呂布奉先の名前は一番に出てくる。
「藤丸は呂布の強さを知っているんだよな。なら何か弱点とか知ってるか?」
「ハラペコだと弱くなる」
「あ、それ鈴々もなのだ!!」
「それは誰でもそうだろ」
腹が減っては戦が出来ぬというやつだ。確かにそれは誰でもそうであり、俵藤太は力強く頷いていた。
「他に何か情報は無いのか?」
「動物がとっても好き。家にいっぱい飼ってる」
「それも弱点にならねえ!?」
聞くと恋に弱点らしい弱点は無さそうである。正攻法で戦うのは構わないが勝つとなると徐州軍は壊滅する事になる。
恐らく恋を倒すには愛紗や鈴々、星たちの命も足らないかもしれない。そうなると桃香は恋との戦いを避けるはずだ。
「むう…私と鈴々だけでは勝つの難しいな」
「その時は秦良玉お姉ちゃんや李書文おじちゃんに手伝ってもらうのだ!!」
「おじちゃん…」
「何はともあれ、虎牢関でも私たちが戦うとは限らない。次はもしかしたら曹操か袁紹が出るかもしれんからな」
「だな。それは次の連合内の軍議で分かることだ」
汜水関を攻めたのは幽州・徐州連合と揚州の呉軍であったが、虎牢関もまた彼女たちが攻めるとは限らない。
虎牢関を攻めるのはどの軍になるかは連合内の軍議で決まることだ。だが、もしもまた一番手だという可能性は捨てきれないからいくつか策は考えておくべきである。
「最も袁紹の性格から今度の虎牢関は彼女が直々に攻めるとか言いそうだな」
「分かってるな孔明。私もそう思うぞ」
ため息を吐く公孫賛であった。
「そういえばこっちの呂布はどこ?」
本当にそういえばっと思い出したように玄奘三蔵はカルデアの呂布奉先が居ない事を指摘する。呂布奉先だけでなく、武則天と蘭陵王も居ないのだ。更に卑弥呼と華佗もいない。
「彼らは別に動いてもらっている。こういう時は策をいくつも用意し、巡らせておくべきだからな」
「別に動いてもらってる?」
「それって、汜水関に攻める前に孔明さんが袁紹さんに頼んだっていうやつですか?」
桃香は心辺りがある。実は最初の軍議の後に諸葛孔明がある策を実行するために袁紹のところに行ってくるということがあったのだ。
「よくあの袁紹を納得させたもんだよ。凄いなお前」
「公孫賛が言った通り頑固だったから納得させるのに少し苦戦したぞ…」
公孫賛は諸葛孔明が袁紹を策実行のために納得させた事に対して凄いと驚いているが、逆に諸葛孔明は袁紹との口論は疲れたと言う。
「袁紹についてはどんな人物か事前に聞いていたからな。褒めちぎって此方の提案を聞かせるというやり方で上手くいった」
「だけど、あいつは正々堂々正面なんて言ってたからな。本当によく孔明の策を納得させたもんだよ」
「そこだ。そこに妙に拘っていたから私が提案した策を渋っていたぞ」
「でも、納得させたんだろ」
「味方を付けたからだ。田豊と言ったか…彼女は私の策の有効性について理解してたからな」
袁紹の軍師である田豊は人の話を聞いてくれるので諸葛孔明が提案した策に関して理解が早かったのだ。
田豊も袁紹の掲げた正々堂々正面から戦うという部分だけでなく、他にもいろいろと根回しをしたかったようだ。
彼女も軍師として才能があるが袁紹の我儘で中々活躍できてないようである。それはそれで同情してしまう。
「あー、田豊か。確かに彼女なら諸葛孔明の提案を聞くだろうな」
「私が提案した策を理解した途端に頼んでも居ないのに一緒に袁紹を説得してくれたしな」
二人して袁紹を褒めちぎって何とか納得させた後に無言で握手をするくらいの絆は出来ただろう。
「だが私たちから割く兵士たちはいないが…」
「それならある軍が引き受けてくれたよ。縁は紡いでおくものだな」
呂布奉先たちはある軍と合流して今ごろ諸葛孔明が預けた策を実行しようと動いている頃だ。
「で、どういう策なの?」
玄奘三蔵が首を傾ける。
「袁紹が掲げる正々堂々正面から攻めるとはまったく逆の事をするのさ」
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連合軍の後続が到着するまでの数日間、幽州・徐州軍と呉軍は汜水関で兵を休めることが出来た。
全軍が終結後に連合軍は次の戦略目標である虎牢関を目指して西へ進軍するのであった。
「遅いですわよ。もう皆さん、とっくにお揃いですわ。さあ早く、お席についてください」
「はーい、遅くなってごめんなさい」
「まったく。曹操さん、劉備さんのお情けで、出席を許してあげましたのに…」
「孫策さん、ここどうぞ」
「え、玄徳ちゃんの横?」
「私の隣はどう?」
「えーっと……私ってば引っ張りだこね」
桃香と曹操から呼ばれる雪蓮。確かにある意味モテモテではある。
「勝手に決めないでください。孫策さんのお席は袁術さんの隣です!!」
「はいはい、そーよね」
雪蓮は汜水関攻略後の手柄が連合内で認められ、軍議に参加できるようになったのだ。
更に桃香と曹操の強い要望もあって是非参加してほしいということだ。
汜水関の攻略の事で桃香ならば言ってくれそうであるが、曹操までも推薦する理由はよく分からない。もしかしたら曹操なりの筋の通し方かもしれない。
汜水関を落とした雪蓮が軍議にいないのはおかしいと考えてくれているのかもしれない。
「孫策、何をしておったのじゃ。妾に恥をかかせるでない」
「ごめんごめん。だって私もついさっき張勲に聞いたばかりだから」
「早う座れ」
「はーい」
雪蓮は袁術の横に座る。今回の軍議は各軍の大将だけで集まっている。
軍議の内容は虎牢関攻めについてだ。しかし、その前に汜水関を落とした功績を反董卓連合の総大将として袁紹は諸侯たちの前で称賛しないといけない。
「さあ、これで全員ですわね。それでは軍議をはじめますわ。まずは…劉備さん、孫策さん。公孫賛さん。時間はかかったようですけど…ま、汜水関の奪取はお見事でしたわ。連合の盟主として、褒めて差し上げましょう」
「ありがとうございます」
汜水関を落とした功績は桃香や雪蓮たちの実力を各諸侯に認めさせたのだ。
侠上がりの桃香たちと炎蓮がいない孫家を侮る諸侯たちも今回の一件で減ったはずである。
「ふふん、劉備よ。礼を言う相手を間違っておらぬか。妾が加勢してやったゆえ、そちは勝利できたのじゃぞ?」
急に袁術が桃香に対してお礼を求めてくるが首を傾けてしまう。
「袁術さんが…え、でも…わたしを直接助けてくれたのは孫策さんですから」
「ぷっ…あははは」
彼女の言葉に雪蓮はつい笑ってしまう。
「なっ…孫策は妾の家臣なのじゃ。孫策の手柄は妾の手柄なのじゃ!!」
「あ、はい…」
「ま、何でもいいけどね」
袁術の言葉の真意がよく分かっていない桃香。ニヤニヤしながら雪蓮は桃香と袁術を見るのであった。
「袁術殿はああ言っているが、今回のことはほとんど、孫策殿の活躍だってもっぱらの噂なんだが」
「ふふっ、決まってるじゃないの。袁術殿が劉備や貴女を助けたりするものですか」
「確かにな」
曹操の言葉に公孫賛は納得する。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」
「騒がしいですわよ。私語はおやめなさい。我らは汜水関にて勝利を収めましたわ。とは言え、敵将の華雄、張遼は討ち取れず、また敵兵の多くも虎牢関へ逃れてしまいましたわ。次の戦こそ、まことの決戦となるでしょう。そこで…」
「そこで?」
「そこで、やはりここは連合の盟主たるこのわたくしは出るべきでしょう。ほっほっほ!!」
急に立ち上がって袁紹は高笑いをしながら、「虎牢関を落とすのはわたくしだ」と声を大きくして宣言した。
「無理をして前線に出ず、貴女は後ろでどっしり構えていなさいよ。いつもの如く、置物の如くね」
置物の如く、という部分を強調している曹操。この言葉から余計な事をするなという真意を誰もが分かってしまう。
「何ですって!?」
「袁紹、調子が良すぎるぞ。手柄を独占したいという下心が見え見えだ」
前に諸葛孔明が袁紹は今度の虎牢関攻めを自分から言い出すのではないか、と予想していたのを思い出して公孫賛は心の中でため息を吐いた。
まさか本当に予想が当たって逆に微妙な気持ちになる。ここまで袁紹の行動が予想できてしまうとは思いもしなかったのだ。
「きーーーーーっ、なんですか貴女まで調子に乗って、貴女の幽州なんて、この戦が終わったら真っ先に平らげてあげますわよ!!」
「なんだとぉっ、やってみろ!!」
「け、喧嘩は駄目だよ!?」
急に軍議がぐだぐだしてきた空気が漂う。
「孟徳ちゃん、軍議っていつもこんな調子?」
「も、孟徳ちゃん?」
「あ、嫌だった?」
「まあ、構わないけど……。ええ、こんな感じよ。袁紹は公孫賛と犬猿の仲だし、そもそも参加諸侯を全て見下しているから」
「ふーん…」
軍議に出て良かったのかどうか後悔してきた雪蓮であった。
「あれはよう分からんぞ孫策。人を侮辱するのが趣味かもしれん。心が病んでおるのじゃ」
(袁術ちゃんとそっくりだけどー)
「袁術さん、何か言いまして!?」
「ひっ、何も言っておりませんわ、姉様…」
「心が病んでいる?」
自分の悪口に対しては地獄耳のようだ。こういう人間はいるものである。
「ね、姉様の聞き間違いです…!!」
(あらら…袁術ちゃんが怖がっているわ。本当に袁紹のことが苦手みたいね)
意外なものを見た雪蓮であった。ふんぞりがえる袁術は嫌というほど見てきたがここまでビクビクしている袁術は珍しい。
「ふふっ。ねえ皆さん、此度の先陣は袁紹殿にお任せすればいいんじゃない?」
ここでピーンと来たのか雪蓮は袁紹の虎牢関攻めに対して賛成した。
「ええ!?」
「ほっほっほ。孫策さん、貴女だけは見る目がおありのようですわね」
「ええ。この大事な一戦は、やはり反董卓連合の盟主、袁本初殿が先陣を切ってこそ。連合軍将兵の士気も上がるというものですからね」
「おほっ、ほほほ。ほーっほっほっほ。そうでしょう、そうでしょう!!」
雪蓮が褒めるように虎牢関攻めを勧めるので気分は晴れやかになる袁紹。笑い声もいつもより高くなっている。
「孫策さん?」
「孫策、何を考えているの?」
「私はもう汜水関で十分、手柄を立てたもの。これ以上、無駄に兵を失いたくないわ」
雪蓮が何かを考えている。すぐに何かを感じ取った曹操と桃香は雪蓮に対して視線を移した。
その何かとは彼女が次に口にした言葉で大体察することが出来た。
「それに虎牢関には、あの呂布がいるしね…」
「…呂布か。ふふ、確かにね。まず最初に袁紹殿にぶつかっていただくのは良策かもしれないわ」
呂布という名前で桃香と曹操だけでなく、他の諸侯たちも察する。
「ほっほっほ。それでは孫策さんのおっしゃる通り、わたくしの冀州軍が先鋒ということで、皆さん、異論はございませんわね?」
「どうせ何を言っても、聞く気はないんだろ?」
「総大将の袁紹さんが決めたなら…」
雪蓮の言った真意は分かったが反董卓連合内でも立場の弱い幽州・徐州軍は反対はできない。
元々、公孫賛と桃香は特に意見することは無い。
「曹操さん、袁術さん?」
「結構よ」
「は、はい。本初姉様に従いますわ」
曹操も袁術も袁紹が虎牢関に一番に攻める事を反対しない。そして、まだビクビクしていた袁術。
「ふっ、それではお決まりですわね。皆さまは後方の陣にて、このわたくしの手並みをゆっくりとご覧あそばせ。おーっほっほっほ!!」
虎牢関攻めは袁紹軍が担当することに決定した。
272
汜水関を落とされ、虎牢関に撤退している張遼隊と華雄隊。
「すまぬ。私のせいで汜水関が…」
「それはもうええ、過ぎた事や。今は虎牢関に急いで戻って態勢を立て直すで」
汜水関が落とされた要因は華雄が敵の策に嵌ったからだ。戦いの最中は策に嵌った怒りで気にはしていなかったが冷静になれば、自分のせいという重圧が襲ってくる。
撤退中はずっと自分の不甲斐なさに対して怒り、後悔していたのだ。
「しかし…」
「しかしもなんもあらへん。今もぐだぐだ後悔しても汜水関が戻ってきいひんやろ」
「う……」
「なら、虎牢関で汜水関で犯した失態を取り戻すんや」
汜水関で犯した失態はもう戻せない。過去の失態を後悔し続けても元には戻らないし、失態も消えない。ならば次の虎牢関で汜水関で犯した失態を帳消しにするくらいの働きをすればいいのだ。
もしも反董卓連合に勝てば汜水関の失態なんて帳消しものだ。
「虎牢関では汜水関以上の働きをしいや!!」
「お、おう。任せろ!!」
「じゃあ話は終わりや。虎牢関に急いで戻んで!!」
霞と華雄たちは急いで虎牢関まで戻る。その隊の中に実は反董卓連合の手の者が紛れ込んでいると知らずに。
(よしよし。上手く入り込んだぜ)
紛れ込んでいる反董卓連合の手の者とは燕青である。汜水関が開いた瞬間に彼はスキルを上手く使用して董卓軍に紛れ込んだのだ。
霞たちが撤退時にこっそりと紛れ込んで今に至るのである。
「しかし…探していた藤丸たちが徐州軍にいたとはな」
「ん、ああ。そうやなぁ…あいつらは大陸中を旅してるっちゅうから旅の流れで今は徐州軍にいるんやろ」
(なーんか俺らを探してたっぽいな。何か違っていたら俺らは董卓ンところにいて反董卓連合と戦う未来もあったかもしれねえなぁ)
反董卓連合にいる燕青たちだが、何処かで何か違う選択や道を歩んでいたら逆の立場にいたのは可能性的にあっただろう。だがそんな未来はもう来ない。
もう彼らは反董卓連合という所属になっているのだから。今は反董卓連合として董卓軍と戦っているのだ。最も目的は反董卓連合と外れているのだが。
「立香のやつは見かけんかったけど…華雄は見た?」
「見たぞ」
「え、あの戦場にいたんか!?」
「ああ。白い服で槍を持った見慣れない女と一緒にいたぞ」
白い服で槍を持った女とは秦良玉の事だなっと燕青は思う。確かに汜水関での戦いは秦良玉が藤丸立香を護衛すると決めていたからである。
汜水関での戦いには後方に星と藤丸立香たちが率いる軍が控えていたのだ。結局のところ動くことは無く汜水関は落とせたから活躍はなかったのだが。
「ったく、あいつらが敵になったんはキツイで…」
「向こうの呂布や李書文の実力は嫌というほど知っているからな」
「更に反董卓連合には曹操軍や呉軍といった強者がおる。あいつらの下には李書文たちに負けんくらいの人材がおるしなあ」
今更ながら反董卓連合にいる猛者たちに冷や汗がタラリと垂れてしまう。だが、それでも勝たねばならないのだ。
反董卓連合は猛者たちばかりという強みはあるが、我の強い寄せ集め集団という弱みがある。
我が強いせいで連携に関して言うとお粗末だ。今の連合はまとまっているが時間が経てば経つほど勝手に瓦解していく可能性は高い。
「敵は強大すぎんが勝てる可能性はあるで」
「……月には藤丸たちのことを報告しとくか?」
「いや、せんでええ。今の月に立香たちの事を言うんは止めとき」
月は漢を綺麗にするため大粛清を開始した時から休んでいない。肉体と精神を削りながら漢を壊し、新しくしようと動いているのだ。そんな状況に反董卓連合に狙われている。更に共に戦い、真名を預けた藤丸立香たちが敵となっているなんて聞けば負担はより大きくなるはずである。
霞や華雄だって藤丸立香たちが敵となっていると分かった時は驚き、ショックを受けたほどだ。しかし彼女たちは漢の武将であり、裏切りなどは漢でいくらでも見てきた。
今の大陸の情勢ならば味方だった者が敵になるなんて珍しくもない。少しはショックを受けたが戦えないなんて事は無い。だが心の優しい月は違う。
(月にとってはキツイかもしれんからなぁ…)
「では、藤丸たちのことは置いといて汜水関が落ちた事は報告せねばならんな」
「そやな…おいお前」
そう言って霞は変装した燕青を呼んだ。
(お、ラッキー)
「汜水関は落ちた。ウチらは虎牢関に撤退する旨を急いで賈駆に報告するんや」
「はっ!!」
変装した燕青は洛陽にそのまま向かう。元々、指示では洛陽に向かう事は決まっていた。
そんな時に伝令役として洛陽に行けるというのならばコソコソとせずに済むというものだ。
(さて…今の洛陽はどうなってることやら)
273
朝廷にて。
「董卓よ。氾水関が突破されたと聞いたが…?」
「ご心配には及びません。多くの兵が難を逃れ、虎牢関へと退きました。今の虎牢関の兵力は十万を超えています。難攻不落のあの城塞に十万の将兵です。献帝陛下に弓退く逆賊、烏合の衆の連合軍など返り討ちにしてご覧にいれます」
「な、ならば良いが…うむ」
汜水関が突破された情報はすぐに献帝と董卓こと月の耳に入っていた。
「…白湯さま。大丈夫です。白湯さまは戦のことよりも、どうか漢の将来のみをお考え下さい。国を乱した貪官汚吏は残らず成敗し、もはやこの洛陽には主上さまを脅かす者はおりません」
今の朝廷は月が綺麗に魑魅魍魎たちを粛清した。前の時のように皇帝を傀儡にしようなどと考える輩は存在しないはずである。
「で、でも、そのせいで月は兵や民からも悪く言われ恐れられているって…」
「致し方ありません。誰かがこの粛清をしなければならなかったのです。叛乱が収まれば私は相国を辞します」
「え!?」
相国を辞めるという月の言葉に献帝は驚く。相国を辞めるなんて普通は考えられないからだ。
「皇甫嵩殿を大将軍とし、慮植殿も呼び戻すつもりです。お二人が洛陽に戻れば漢が再び乱れることもないでしょう」
月の頭の中には献帝が頂点に立った新たな漢のイメージは出来ている。その新たな漢に血塗られた自分がいることは許されない。そしてそんな自分が献帝の横にいることも許されないと思っているのだ。だがすぐに献帝の横から消えるわけにはいかない。
今の献帝はまだまだ未熟である。ならばもう少し成長するまでこんな自分でも支えていくべきなのだ。
「月はどうするの…?」
「私は裏方に徹し、白湯さまをお支えする覚悟です」
表にはもう出ない。裏から献帝を支えていく事を決意している。
献帝が誰もが認める皇帝になった時に月の役目はやっと終わるのだ。
「う、うん。それなら…だが、月だけに辛い役目は押し付けられない。経緯はどうあれ、朕は皇帝になったんだもん。朕も覚悟をもって、世直しに取り組む……朕が月を助ける。この乱の後も相国であってほしい!!」
献帝の嘘偽りのない言葉に月は心が温かくなるのを感じた。
「白湯さま…はい。如何に他人から誹謗されようと、後の世で照らす事が私に課せられた使命です。主上さまの仰せのままに…」
「うむ。朕と力を合わせよう」
献帝と月の絆。それは確かなものである。
そんな様子を邪悪なモノが見ているとは2人は気付かない。
読んでくれてありがとうございました。
次回は…今日中です。
次回は早速、虎牢関攻めですね。
まあ、軍議の内容からして原作を知っている人は分かってしまうかもしれません。
そして最後に気になる一文が…それは徐々に分かっていきますよ。
何か前にも同じことを書いた気がしなくもないですが。