恋を紡ぐ指先   作:ぽんぺ

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#15

 

「いらっしゃいませー」

 

 店内に響く自分の声。

 始めの頃よりかは声量も上がっただろう声に、入ってきたお客さんも応えて挨拶を返してくれる。

 

 クライブから数日経つ。

 山吹さんの妙な表情はあれ以降見ることはなく、いつも通りに毎日を過ごしている。

 何かを抱え込んでいることに間違いはないのだろうが、いかんせん手がかりが少な過ぎるがゆえに予想も想像も出来ないでいる状況。

 

 直接聞いて嫌な気持ちにさせるのも如何なものかと思い、結局心に引っ掛かりを覚えたままこうして接客をしているのだが。

 

「時に友也くん」

「なんでしょうか」

 

 レジが空いた隙に、隣から山吹さんが声を掛けてくる。

 顔を見ると、何やら考えている様子。先日の件がどうこう、という表情ではないが、どうしたのだろうか。

 

「……あれから私、結局文化祭の実行委員をやることに決めたんだけど……」

「お、それなら安心して発表が見られそうだ」

「あはは! それ、香澄が聞いたら傷つくよ~」

「それはマズイ。是非とも黙っていて欲しいね」

 

 戸山さんが企画を立てるとなると、良し悪しはともかくきっと予想もつかないことをやらかしてのけるだろう。ブレーキ役として、山吹さんは適任なんじゃないだろうか。

 

「ところで、何をやるとかはもう決めたの?」

「そう、それなんだー」

「……ああ、さっき悩んだ風にしていたのはそういう……」

「そういうこと。それで、物は相談なんだけど……キミから何か案は無いかな?」

「僕に発案を求めますか。花女とか、クラス発表どころか文化祭に行ったことすらないんだけども」

「そこはほら、何も知らないからこそ、ってことで」

 

 いや、僕は文化祭の発表とか、そういう類いの発案者になるような人物じゃないんですけどね。

 しかし、特色があって、かつ中高生にウケのいい企画とな。都合よく思い浮かぶようなものじゃないと思うのだけれど。

 

 山吹さんも中々案が浮かばないようで──というか、僕に相談をもちかける時点で案は浮かんでいないのか──二人して似たように唸る。

 

 ずっと考え込んでいるわけにもいかず、接客もしなければと、そんな考えが浮かんだところで、ドアのベルがかわいらしい音を立てて鳴った。

 

「こんにちは~」

「あ、りみりん。いらっしゃい」

「お、いらっしゃい、牛込さん」

 

 ドアから姿を覗かせたのは牛込さん。

 学校帰りのようで、茶色い制服に身を包んでいる。

 

「こんにちは、沙綾ちゃん、友也くん。チョココロネ、あるかな?」

 

 ちょっとだけ頬を染めて、キラキラした目で訪ねる牛込さん。

 それもいつものことであるから、僕らは微笑んで返事をする。

 

「もちろん! ちゃんといつものところにあるよ」

「残りも多いはずだから、好きなだけ買っていってね」

 

 その言葉を聞くな否や、チョココロネのコーナーへとトレーを持って向かっていく牛込さん。

 角を曲がり、その目にチョココロネの像を映した途端「ふわぁ~!」と声を上げるものだからかわいらしい。

 普段の動きを動画編集で倍速にしたかの如くするすると沢山のチョココロネが置かれた前へ行くと、嬉々としてトレーにチョココロネを置き始める。

 

 やまぶきベーカリーのチョココロネがおいしいのは、いつも食べてくれる牛込さんのために亘史さんが研究を重ねているから、なんて噂もある。

 まだ僕が客であった時期、山吹さんにチョココロネの中身のチョコについて熱弁する牛込さんを何度か見かけた事がある。

 

 もちろん、チョココロネに限らずやまぶきベーカリーのパンは美味しい。そんなことは僕と青葉さんあたりが証明しているはずだ。

 商店街の周りに住む人で通っている人は多いが、いかんせん僕のような高校生の客足は少し離れたデパートに向かうことが多く、このお店のパンを食べたことがないなんて同級生も見かけたことがある。

 まったく、もったいない限り……………ん?

 

「……ねぇ、山吹さん」

「? どうしたの?」

「花女の文化祭って、毎回かなりのお客さんが来るよね?」

「そうだね。この辺りでは敷地も大きい学校だから、その分規模も大きいかな」

 

 ならば。

 

「ならさ、ここのパンを出すカフェ的なものをクラスでやったらいいんじゃない?」

「うちのパンを?」

 

 文化祭である以上、友人、旧友等の関係で、訪れる人々は必然的に中高生が多くなる。

 そこを狙って、普段やまぶきベーカリーを訪れない人達にもやまぶきベーカリーのパンを味わってもらい、あわよくばリピーターになってもらおうという算段。

 字面だけ見ると中々計算高い商売人のように見えるが、動機は「やまぶきベーカリーのパンを知ってもらいたい」という一心である。

 

 ……山吹さん目当てでリピーターになる人もいそうだな。この人、普通にかわいいし。

 

「いい案なんじゃないかな? 今度、クラスで言ってみよっか」

「私も賛成かな。チョココロネが減っちゃうのが少しだけ寂しいけど……」

 

 いつの間にかチョココロネを取り終えた牛込さんも、話を聞いていたらしい。今日はチョココロネ5つですね。

 

「……まあ、受けはいいとしても、やまぶきベーカリー側の負担が心配なんだけれど……」

 

 クラス単位、文化祭で販売する規模となると、必要数もかなり膨れ上がるはずだ。

 クラスで了承されたとしても、当のこちら側が無理となっては企画倒れもいいところだ。

 

「うちのパンを文化祭で販売……か。いいんじゃないか?」

 

 レジで聞くのは随分と珍しい声が、後ろから聞こえた。

 

「あ、父さん」

「わ、亘史さん。珍しいですね」

「こ、こんにちは」

 

 振り向いた先には亘史さん。どこから話を聞いていたのか、感心したような表情をして立っていた。

 

「数に関しては問題ないよ。増えるだけならいくらだって焼けるさ」

「え、そうなんですか」

 

 意外とあっさり解決してしまった数の問題。心配が杞憂に終わって、なんだか力が抜ける。

 

「そうだね。折角だから、その日は休みにして花女の方にお店を開こうか。もちろん、娘のクラスメイトの協力でね」

「それは………山吹さん、大丈夫?」

「大丈夫だと思うよ。皆、文化祭には積極的だし、なにより香澄が引っ張っていってくれるだろうから」

 

 トントン拍子で進む計画。頭の隅で問題がないか考えてみるも、十分に解決できそうなものばかりだ。

 

「ふふ、さしずめ『やまぶきベーカリー 花女支店』と言ったところかな?」

「唯一の問題は、りみりんが商品を食べちゃうかもしれないことかな?」

「さ、沙綾ちゃん!」

 

 僕がパッと思い付いた案にどんどん肉がついていく。

 せめて手持ち無沙汰にならないようにと、亘史さんに尋ねてみた。

 

「……接客とかは山吹さんがやってくれるし……あとは運搬とか………何か、僕に出来ることはありますかね?」

「……そうだなぁ……じゃあ、当日にパンを運び出すのを手伝ってもらいたいかな。そこは男の人手が欲しい力仕事だからね」

「わかりました……えーっと、あとは………」

 

 それからも接客をしながら少しずつ計画を練る。

 計画の骨格が出来上がった後は、提供する商品のラインナップ、内装の飾り付け等まで話していた。

 

 話し込むこと数十分。結局、話し合いがまとまる頃には外はちょうど暗くなり始めるところだった。

 

 

 

「それじゃあ、またね沙綾ちゃん、友也くん」

「うん、じゃあ、明日学校でね。りみりん」

「お疲れ様。牛込さん」

 

 星が瞬き始めた外、いや、雲がかかって見えない星も多い空へと、牛込さんの姿が消える。

「やまぶきベーカリー 花女支店」計画は、かなり細かいところまで練り上がった。あとは、学校でこれを提出、シフトなどの調整を行っていくのだそう。

 意外なことに発案者になってしまって少々困惑していたが、我ながらいい計画を思い付いたんじゃないかと思っている。きっかけになった牛込さんには今度チョココロネを奢ってあげよう。

 

 再び戻ったレジで、残り少ない勤務時間を過ごす。

 客足はだんだんと少なくなり、山吹さんと他愛ない話をする時間も増えてきた。

 

「……文化祭、いつだっけ?」

 

 唐突に、山吹さんから投げ掛けられる質問。

 空を見つめる両目は、どこか遠くを見ている気がした。

 

「……例年通りなら、あと三週間後、月末だね。詳しいことは山吹さんの方が知っているはずだけど」

「……そっか。あと三週間なんだ……早いね…… 」

「まあ、僕がここで働き始めてから一ヶ月経つし、それと同じ期間を過ごすと思えば。しかも、山吹さんは実行委員なんでしょ? 準備忙しさですぐに過ぎた様に感じると思うよ」

「…………うん、そうだね」

 

 いつものように投げ掛ける軽口。

 それに応える彼女の声は、少しばかり気の抜けたような、上の空のような雰囲気を纏っていた。

 まるで夜の曇り空を映したような、それでも光を反射してキラリと輝く彼女の瞳孔は、つい数日前に見たものによく似ていた。

 

「……文化祭の準備で忙しい期間は任せてよ。接客はこなせるようになってきたから、山吹さんは、クラスメイトの皆を引っ張っていってあげて」

 

 夜は、人の姿をありのままに映す。

 心のどこかにわだかまりを覚える彼女は、その姿を夜に映したまま、僕の言葉に応える。

 

「……そうだね。もしかしたら準備で遅くなるかもしれないから、その間は、お店のこと、母さんのこと、よろしくね」

 

 いつもより、息の吐く量が多く、空気に紛れて薄くなる彼女の声。

 

 お客さんの開けて行ったドアから、湿り気を帯びた風が入り込んで、僕らの横を吹き抜けていった。

 

 

 明後日から5日間、雨が降る。スマートフォンの通知が、それを伝えていた。

 

 

 

 ───────

 

 

 

 

 蝙蝠傘を回す。

 

 傘に溶けられない水滴が撒き散らされて、コンクリートに打ち付ける雨と混ざって、地面を暗色に染める。

 地面から反射した水滴が、黒い靴と、灰色のスラックスの裾を濡らしていた。

 暗く灰色に染まった乱層雲は、重く空にのし掛かって雨を降らせる。

 

 梅雨前線は近畿地方にもその勢力を伸ばし、その余波は僕らの住む地方にまで雨をもたらしていた。

 商店街中に色鮮やかな蝙蝠傘が浮かび、皆それぞれが雨から身を守っている。

 

 僕は今日もバイト。そろそろ働きすぎと言われてもおかしくないかもしれない。

 雨に降られたやまぶきベーカリーは、その看板から水滴を滴らせながらも暖かい光を店内から漏れ出させている。

 

 いつも通り、お店の入り口から入っていく。

 

「こんにちはー」

「あら、友也くん。お疲れ様」

 

 レジから僕を迎えてくれたのは千紘さん。

 

 店内に、お客さんの姿は少ない。やはり雨の日は積極的に外出しようとする人も少ないのか、パンの残りもいつもより多いようだ。

 

「ごめんね、こんな日まで。雨、結構降られたでしょう?」

「いえいえ、これくらいなんてことないですよ。どうせ学校の帰りで濡れるのはわかってましたから」

 

 千紘さんと会話しながら、いつもの空き部屋へ。

 少し濡れてしまった靴下と、裾が濃い灰色に染まったスラックスをそのままに、ブレザーを脱いでエプロンを装着。足元が少々気持ち悪いが、気にするほどではない。

 最早着替えと呼べるのかすら怪しいが、数分とかからずに着替えてすぐにレジへ。

 

「千紘さん、変わりますね」

「ありがとう、友也くん。それじゃあ、少し休ませてもらおうかしら」

 

 午前から店番をしていたであろう千紘さんと、接客を変わる。

 とは言ったものの、先に言った通り今日はお客さんが少ない。

 変わってから、中々レジにお客さんが来ないでいると、後ろで座っている千紘さんから声がかかってきた。

 

「……今日は、沙綾は遅いのかしら?」

「そうですね。文化祭の企画とかで遅くなるって、さっき」

 

 いつも隣にあった暖かさが無いのは、すぐに慣れられるものではない。

 僕が働くときには、ほぼ毎回、山吹さんも一緒に働いていた。

 レジに二人並んだときの感覚は、僕にとっては当たり前のことで、それがない、ということはどうしても落ち着かないものだった。

 雨のせいなのか、彼女がいないせいなのか。いつもより体に触れる空気が冷たい。左隣のスペースはいつもより広くて、少しだけ左側に移動した。

 

「友也くんと二人でいるのも、珍しいわね」

「まぁ、いつも山吹さんがいましたから」

 

 反対に、千紘さんと二人で一緒にいる時間はほとんどない。

 千紘さんと一緒にいるときは、山吹さんであれ、純くん、紗菜ちゃんであれ、そこに誰かしらがいたはずだ。

 バイト中も基本的に僕が来たり、山吹さんが帰ってきたら休んでもらっているから、一緒に働く機会も必然的に少なくなるというもの。

 

「……そうね。じゃあ、沙綾もいないことだし、少し話でもしましょうか」

 

 だからだろうか。

 

「……話、とは」

 

 いつもよりトーンが低くて、やけに真剣身を帯びた声。その声がとても珍しくて、僕の背筋も自然と伸びるのがわかった。

 店内にいた最後のお客さんの会計を済ませて、千紘さんの方を向かないまま話を聞く。

 

「……いずれ、貴方には話そうと思っていたこと。沙綾について、貴方に知っておいてもらいたいことがあるの」

「………それは」

 

 雨が強くなった。

 

 屋根に打ち付ける水滴は店内まで音を響かせ、ドアの向こうのコンクリートは勢いよく雨粒を反射する。

 外との明るさの違いで、窓に僕らの姿が映る。その窓にも水滴がついては、尾を引いて流れ落ちていった。

 

 その中でももちろん、千紘さんの声は聞こえる。

 

「……これから話すのは、沙綾の過去。一年前の、貴方が沙綾と知り合う前の出来事よ」

 

 空を染める灰色が、一層厚くなった気がした。

 

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