恋を紡ぐ指先   作:T.
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メリークリスマス。



番外編 悴む指先、包む手のひら

 

 街中が鮮やかに彩られる。

 商店街を飾る数多の光の粒は、ゆっくりとした点滅を繰り返して小さく辺りを照らす。

 

 赤と緑に彩られた珈琲店の窓枠。

 通りを行く人が持つ揚げ物屋の袋には、今日限りの特別なシール。

 

 コンクリートを叩く隣の足音も、心なしか浮き足立つように弾んでいた。

 

 

 

 今日は12月25日。クリスマス。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 クリスマスに向けて、飾り付け等々普段の接客に追加される業務は、日に日に増えている。

 バイト終わり、僕のエプロンの裾を彼女がつまんだのは数日前のこと。

 

「どうかしたの?」

「……いや、ほら。そろそろクリスマスでしょう?」

 

 おずおずとしながらポツリと呟く彼女。

 その様子に、少しだけ眉をへの字に曲げて答える。

 

「……クリスマスライブのことはごめんって。流石に、この仕事量を千紘さんたちだけに任せるわけにはいかないよ」

 

 普段の業務だけでも、クリスマスムードなだけあって増えている。忙しいのはどのお店だってお互い様。

 そこにクリスマス当日の為の飾り付けなどがついてくるのだ。千紘さんと亘史さんだけに任せるわけにはいかない。

 そういうわけで、ポピパ企画のクリスマスライブには行けなくなってしまった。

 そのことを千紘さんや沙綾が快く受け入れてくれたのは、素直に嬉しかった。本当に。

 

「クリスマスライブはまあ、残念だけど……ってそのことじゃなくて」

 

 歯切れ悪く返す彼女。勿論、言いたいことはわかっている。もちろん、こういうときの対応も学んでいる。

 

「……24日は忙しいからね。沙綾がいないからこそ、働かなきゃいけないから」

「……うん……」

 

 一度目の頷きは落胆。

 

「でも、25日はバイト終わり次第帰れるんだ。忙しいのは、2日間の業務時間が終わるまで」

「……う……ん?!」

 

 二度目は驚愕。

 

「そういうわけだから、デートは………ね?」

「──うん!」

 

 三度目は喜び。

 

 良い印象、悪く印象あるだろうが、12月25日が何の日かは誰もが知っていることだろう。

 クリスマス。キリスト教の祝日で、イエス・キリストの誕生日。

 世間一般の12月25日の認識はそのくらいだろうし、僕もそれくらいしか知らない。

 恋人たちが交流を深め会う文化など、どこから飛んできたのか。そもそも文化と認めていいのかは甚だ疑問ではある。

 

「ふふっ、キミも女心がわかってきたのかな?」

 

 上機嫌に笑う彼女。頬がほんのり赤くなっているのは、暖房のせいか、あるいは。

 出会った頃と同じ服を来ているのに、僕の左手と彼女の右手の距離は、お互いの体温が伝わるくらいに、少しでも手を上げればぶつかってしまうほどに近くなっていた。

 

「クリスマスプレゼントは、何がいい?」

「……そうだねー……ふふ、考えておくよ」

 

  短く交わす軽口は、あの頃と変わらない。

 

 沙綾が彼女になってから、半年と3週間のことだった。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 やまぶきベーカリーを一歩出た、商店街の十字路。

 

 手袋をしていても悴む指先に息を吐きかけながら、明かりのついている玄関を見つめる。

 荷物は貴重品以外やまぶきベーカリーに預けてきた。身に付けているのは、その大半が防寒具。

 やがて扉から出てきた彼女は、新品のブーツの爪先を地面に打ち付けて、足に合わせた。

 

「それじゃあ、どこへ連れていってくれるのかな?」

 

 街灯が、褐色で組まれた地面の模様を照らす午後7時。空にはオリオン座が輝いている。

 白く息を吐きながらこちらへ尋ねる彼女。1分前にスマホで確認した気温は2度だった。

 

「特にこれといった予定はないよ。デパートでも見て、帰ってくるだけ。その途中で色々買ったりはするけどね」

 

 手袋を嵌め直しながら答える。首に巻いたマフラーの間から、冷たい風が吹き込んできて思わず身震いした。

 

「そうと決まったら急がなくちゃ。キミと歩くのは楽しいけど、キミが凍えちゃうのは嫌だから」

 

 寒そうな僕の様子を一目で察して、すぐに歩き始める彼女。その後を追うようにして、彼女の隣に並んだ。

 規則正しく、たまに乱れて、地面を叩く足音が鳴る。

 

 商店街とデパートはそれなりに距離があり、商店街の明かりの元を離れるとしばらくは道路脇にポツポツと点在する電灯が視界を確保する手段になる。

 

「キミと出会って過ごすクリスマスは、初めてだね」

「去年はまだ話してすらいなかったからね……」

 

 ブラウンのコートに赤いマフラーを着けた彼女が呟く。頭に揺れる髪止めは、いつの日か、初めて彼女と道を歩いた日と同じもの。

 あの時は少しフリルのついた白ブラウスに、レモン色の長スカートだったが、今の格好でもよく似合っている。惚気なのかもしれないけれど。

 

 星の瞬く空には、少しずつ雲が掛かり始めている。これは降るだろうか。降水確率はそこまで高くなかったはずなのだが。

 と、空を見上げていると、隣から肩をつつかれる。

 何かと思って横を振り向くと、僕の肩をつついた方とは別の手に折り畳み傘を持った彼女。

 

「女子に抜け目はないの。キミの考えてることもお見通しだよ」

「……少し前までは、僕の方が分かってたつもりだったんだけどな」

 

 ちょっと前なら、僕の方が彼女の考えを読み取る方が多かったはず。

 それでも、少しずつお互いの事を理解していけている気がして嬉しくなる。

 得意気に傘を見せる彼女に微笑みながら、ちょっとした仕返しをする。

 

「相合傘、だね」

「なっ………」

 

 赤く染まった頬は、ちょっとだけ熱を放つ。

 不意を突かれて固まった彼女は、少しの後ちょっとばかり不機嫌そうに唇を尖らせた。

 

「……むぅ……おくびもなくそういうこと言えるのはどうしてなのかな」

「言ってる方も恥ずかしいものだよ。沙綾がそれ以上に反応してくれるから平気でいられる訳で」

 

 つらつらと会話を交わしながら道を進む。いつの間にか向こう側にネオンサインのカラフルな光がちらつき始めていた。

 

「お、見えてきたね」

 

 彼女が、呟くと同時に駆け出す。

 前方から光を受けた彼女は、コートの端をキラキラと輝かせて前を行く。

 

 少し駆け足になった僕らは、そのままデパートへ到着。

 入り口からひっきりなしにお客さんが出入りしていて、その3割ほどは手を繋いでいる男女。

 皆、その手にクリスマスリースの描かれた袋を持って各々の道を歩いている。

 クリスマスの夜だけあって、夜の10時まで開店しているデパートには多くのお客さんが集まり、様々なものを購入しているようだ。

 

「買って貰いたいものは決めてるの。ほら、行こっか」

「了解。あまり急ぎすぎないでね。はぐれたらまずいからさ」

 

 僕が忠告を話している最中に既に歩き始めてしまう彼女。その後を追って、自動ドアに体を潜り込ませた。

 

 

 

 

 

 ───────

 

 

 

 

 

 入ってきたときと同じドアを通って、外に出る。

 冬の夜の冷たい風が顔を叩き、首に巻いたマフラーを口元まで上げた。

 

「………あ、雪」

 

 ふと空を見上げた彼女が呟く。

 

 デパートにいた時間は一時間程。

 その間に、彼女が欲しがっていたモノ、そして彼女に秘密でプレゼントを買った。

 総合的な出費は樋口一枚弱。プレゼントの方が意外と安かった。安かったからと言って、手を抜いて選んだ訳ではないが。

 

 しんしんと降る雪は水分をあまり含んでいないようで、ふわふわと空気中を漂っては落ちて、そして溶けていく。

 デパートの入り口で十数秒くらいその景色を見つめていた僕らは、声を掛け合うでもなく外へと歩き始めた。彼女から渡されたオレンジ色の折り畳み傘を開いて、空に掲げる。鮮やかな傘の大群の中に、またひとつ花びらが開く。

 

 デパートの明かりから離れて、さっきまで歩いていた道を再び歩きだす。

 会話は少なく、歩く早さは自然と早まる。

 降りゆく雪が音を立てることはなく、閑静な道に二人の足音だけが大きく響いて、消える。

 空は雲に覆い尽くされど、落ちゆく雪はスノードロップのように降り続ける。

 

 突然、コートの裾を掴まれた。

 

 隣を見れば、どこかを指差す彼女。その指先が示すのは公園。僕と彼女が二人で話すときの、いつもの場所。

 

 何と言われなくても、わかる。僕らなのだから。

 

「温かいココアでも買ってくる。ゆっくり話すなら、体を暖めないと」

「私も行くよ」

 

 数分ほどで戻ってきて、くっつき合うくらいに、それでもくっつき過ぎないようにベンチに座る。

 傘は閉じられ、持ち手を伸ばしたままベンチに立て掛ける。

 雪の降り方は変わらない。相変わらずゆっくりと漂うだけ。ふわり、ふわり。コートに白い染みが出来ては溶けてなくなっていく。

 

 先に口を開くのは、彼女。

 

「……クリスマスらしいこと、あまり出来なかったね」

 

 クリスマスらしいこと。

 

「別にいいんじゃないかな。クリスマスの過ごし方なんて皆一緒じゃなきゃいけないなんてことは言われてないんだし」

「……そうだね。私たちは、これでいいのかも。……ふふっ、案外恋人関係も慣れてきたのかもしれないね」

「慣れてきたっていうのなら、相合傘くらいで赤くならないでほしいかな」

「むっ………」

 

 不機嫌そうに頬を膨らませる彼女。それも一瞬のことで、すぐにいつものような可愛らしい微笑みを浮かべてくれる。

 

「私ね、こういうのが好きなの」

「はて、こういうの、とは」

「雪の降る夜に、一番大切な人となにも気にせずゆっくりと話す、みたいな。そんなこと」

 

 ああ、それは。

 

「それは、僕も好きだな。沙綾と過ごせる時間は好きだし、沙綾と話せる時間は幸せだし。沙綾と過ごす時間があるから、毎日が大切だって思えるんだ」

 

 毎日が大切な、かけがえのない一日だなんて、当たり前のこと。気がついたら忘れてしまいそうなこと。

 だから、大切な人の存在はそれを意識させてくれるんだ。

 

 僕の言葉を聞いた彼女が、恥ずかしそうに頬を染める。そんな仕草も愛しくて、どうしても彼女の顔から目が背けられない。

 

「だから、そんな日常に感謝していきたい。クリスマスっていうのは、生きることを頑張ったことへのご褒美なんじゃないかな」

 

 そういいながら、手袋を外す。

 冷たい12月の風が僕の指先に容赦なく吹き付けて、手袋をしていたというのにその熱を一気に奪ってゆく。

 それを気にせずに、手にしていた紙袋のシールを丁寧に剥がす。

 中から綺麗にラッピングされた、小さな箱を取り出して、丁寧に、破かないように。今は紙を破く音ですら、空気を壊してしまいそうだったから。

 

「だから、今日は節目だよ」

 

 小さな、小さな箱から顔を覗かせたのは、緩衝材に守られた。

 雪化粧をモチーフにしたそれは、全体にまぶすようにキラキラと石が輝いている。

 

「………それって」

「プレゼントだよ。沙綾。僕なりに選んでみたんだ」

 

 隣に差し出すと、おずおずと伸ばされる手。髪止めに一粒、雪が降った。

 僕からのサプライズプレゼント。それを受け取った沙綾は、とても、とても嬉しそうに笑顔を向けてくれた。

 

「……是非とも、つけてくれると嬉しいな」

 

 僕がそう呟くと、彼女はなにも言わずに縛っていた髪の毛をほどく。

 彼女が髪をほどく姿を見るのは、僕であろうと珍しいことだ。

 彼女は、随分とおしゃれさんだから。僕の前に現れるときはいつも綺麗に身なりを整えて来てくれる。

 

 重力にしたがって落ちたローズブラウンの髪。

 軽くウェーブが掛かったそれがあまりに綺麗で、手を伸ばしていたことに気がついたのは彼女が声をあげてからだった。

 

「……わわわっ、どうしたの? これじゃあ髪止めつけられないよ」

「……いや、いつ見ても綺麗な髪だなって」

「なにそれ」

 

 そんなことを言いながら、離れるような素振りも見せずにこちらに頭を傾けてくれる彼女。

 小さな雪の粒が手の甲に落ちる。

 

「……私もね、ちゃんとプレゼント買ってあるんだよ」

 

 喋り始めると同時に、頭に乗せていた手を退かす。

 彼女は器用に髪を纏めると、持っていたカバンから細長い紙袋を取り出した。こちらもご丁寧に、クリスマス仕様のシールで口が止められている。

 彼女はそのシールを丁寧に剥がすと、大切そうに中身を取り出した。

 

「………ペンダント」

 

 中身は、青く煌めく小さな石が嵌められたペンダント。こんな夜にあっても、外灯を反射して輝いている。

 

「勉強会の時、キミがつけてたのが印象的だったから。きっと、キミなら似合うかなって。……ほら少しかがんで」

 

 言われた通りに首を傾ける。

 ペンダントは首の後ろで金具を止めるタイプのもののようで彼女はそのまま、僕の後ろに手を回してくる。

 うなじで彼女の指が動く感覚は中々こそばゆいもので、身震いしそうになるのを堪える。

 

 おでこに当たる息遣いは、半年前から距離が近くなったとしても慣れないもので、心臓がうるさくなるのがわかる。

 僕の顔は今赤いだろう。彼女も同じなのかと何の根拠もなく目線を上げると、ふと彼女と目が合った。

 

 お互いの顔は赤く、お互いの距離は10センチもない。

 するり、と彼女の腕が首から抜ける。コートの上を下がる腕は腰回りで再び絞められ、僕らは体温が伝わるくらいに近くなる。

 それに応えるように、彼女の背中に腕を回した。

 

 

 お互い何も言わない。

 

 彼女が目を閉じた。

 

 

 ゼロに近づく距離は、近くなるほどにその速度を落として。

 

 

 そっと触れるように、僕らはキスをした。

 

 

 

 

 

 ───────

 

 

 

 

 

 立ち上がった彼女がコートを払う。

 手袋をしていなかったから、もう随分と指先は冷えてしまった。

 手袋を嵌める前に吐息で暖めようと息を吹き掛けていると、不意にその指先が手のひらに包まれた。

 いつも見ていて、暖かくて、一番大切な、手。

 

「きっと、暖かいからさ。手、繋いで帰ろうよ」

 

 目の前で微笑む彼女は、幸せそうに声を弾ませる。

 

「ああ、そうだね」

 

 短く答えて、ベンチから立ち上がった。

 降りゆく雪は、相変わらず穏やか。

 

 僕が右手を。

 

 彼女は左手を。

 

 指を絡ませて、お互いの体温がよく伝わるように。お互いの手を包むように繋いで。

 

「それじゃ、帰ろ?」

 

 彼女の合図で、二人一緒に歩き出す。

 

 外灯はひとつになった影を作り、風はゆっくりと帰らせたいかのように向かい風。

 

 

 髪に光るアクセサリーに、そっと触れて。

 

 

 首に煌めくペンダントを、優しく握る。

 

 

 聖夜の夜の大切な、大切な、二人の思い出。

 

 

 

 

「沙綾、好きだよ」

 

 

 

 

 二人で少しずつ想いを重ねて、甘い甘い、ケーキを作ろう。

 

 

 

 

 

「うん、私も。私も好きだよ、()()

 

 

 

 

 

 メリー、ホワイトクリスマス。

 






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