恋を紡ぐ指先   作:ぽんぺ

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#3

 

 やまぶきベーカリー、閉店時刻。

 

「山吹さん、お疲れ様」

「お疲れ様」

 

 あれからも接客は滞りなく進み、閉店時刻まであっという間に終わってしまった。

 パンの売れ筋も良かったらしく、陳列棚には空白が多い。

 山吹さんの仕事の早さは流石と言うべきか、慣れ始めた僕の数倍は早かった。その早さに助けられたのか、あれから疲れを溜めずに仕事が出来た。

 

「いやはや、流石パン屋の娘と言うべきか」

「キミも初めてにしては慣れが早いよ。凄く助かっちゃった」

 

 お互いに褒め合いながら店内の掃除を進める。今日はカラッと晴れていたが、雨の日雪の日ともなると掃除も大変そうである。

 店内は薄い白熱灯に照らされてオレンジ色に染まり、外は繁華街のようなネオンライトもないので、道端に佇む街灯がポツポツと道を照らしていた。

 既にほぼ全ての店が閉まっており、商店街全体が静まり返っていた。

 

「いつもこんな時間まで手伝っているの?」

 

 夜も深くなる外を見ながら訊いてみる。

 

「そうだね……。母さんと父さんに任せきりにするわけにはいかないし、純と紗南はまだ小さくて、こんな時間まで手伝わせられないからね……」

 

 それを聞いて少し心配になる。

 それはつまり、今日僕がバイトを始めるまではこの閉店時間までかなりの忙しさで働き続けていたということだ。

 

 中学時代、僕が通っていた時間帯はちょうど山吹さんが帰宅して手伝い始めた頃だった。 彼女が接客のほとんどを担当していたのは僕が通い始めた頃から知っていたが、帰宅してからずっとだったとは知らなかった。

 

「……無理、してない?」

 

 彼女に課せられた仕事の量を鑑みれば、自然と発せられる言葉である。

 バイトをし始めてわかった。これは一人でやるような仕事の量ではない。それは山吹さんだけでなく、千紘さんにも当てはまることだった。

 

「……ううん、大丈夫。私がやりたくてやってることだから」

 

 山吹さんが笑顔で返してくれる。しかしその笑顔にもやはり疲れが見てとれる

 やはり、僕ではまだ助けになれないか。少しだけ、情けなく感じてしまう。

 

「それならいいんだけど……。僕に出来ることがあればなんでも言ってね」

 

 いいセリフなど出てくるはずもなく、月並みな言葉だけを紡いだ。もう少し何かなかったのか。

 

「ありがとう。でもキミに無理はさせられないよ」

 

 気を使わせてしまった。……少し心が痛い。

 

「それより、最近学校はどうなの?」

 

 空気を変えようとしたのか、山吹さんが話を振ってくる。最近学校どう? ってテンプレ過ぎません? 

 

「どうって……普通さ。いつもどおり友人と駄弁って人並みに勉強してるだけだよ」

「違う違う! そっちは共学校でしょ? なにか浮いた話のひとつとかないの?」

 

 山吹さんがニヤニヤしながら聞いてくる。なんだそりゃ。

 

「まだ入学して一ヶ月だよ? 誰だってないさそんなの。しかも僕はことなかれ主義だからね。三年間、安泰に過ごさせていただきますよ」

「えー、つまらないなぁ。折角の高校生活だよ? 青春しなきゃダメでしょ」

「そんなキラキラしたものは僕にはあいません。あー眩しい眩しい」

 

 いつもの雑談を交わしながら掃除を続ける。しばらくすると、店の奥から千紘さんが顔を出してきた。

 

「二人ともお疲れ様。友也くんも、始めてなのによくやってくれたわ」

「あ、千紘さん。ありがとうございます。正直、山吹さんに助けられてばかりでしたけど」

 

 不慣れとはいえお世話になりすぎた。まったく頭が上がらない。

 

「いやいや、さっきも言ったけど(おおとり)くんが居なかったらこうもスムーズにはいかなかったって」

「そう? 僕は山吹さんの足を引っ張ってないかずっと心配だったんだけど……」

「人手が増えるだけで凄く助かるのよ。私も早く休ませてもらっちゃった」

「……まあ、なんにしてもお役にたてたなら嬉しい限りです」

 

 あまり謙遜するのも失礼だろう。自分がいることで助かっているなら、それはとても嬉しいことだ。

 

「あ、(おおとり)くん照れてる」

「照れてません」

「友也くんちょっと顔見せてみなさい」

「照れてないからやめてください」

 

 別に照れてません。顔が熱いだけです。だからやめて。お願い。

 そうこうしているうちに掃除も終わり、僕の初バイトも終了しようとしていた。

 

「おっ、お疲れ様でしたー!」

「うん。お疲れ様ー」

「ふふ。お疲れ様」

 

 弄りから逃げるように挨拶をして店内を去る。ニヤニヤしながらこっちを見ないでください。

 

 二人から逃げ出し、着替えようと荷物を置いていた場所に戻り始める。

 初めてとはいえやはり疲れた。学校帰りだと尚更か。やはり体力をつけたほうがいいかもしれない。

 

「……あ、亘史さんのところに寄っておこうかな」

 

 亘史さんにも挨拶をしようと厨房へ向かう。着いてから覗いてみると亘史さんもちょうど作業が一段落ついたようだったので、中に入っていった。

 

「亘史さん、お疲れ様です。今日はありがとうございました」

「ああ、友也君か。お疲れ様。初バイトはどうだった?」

「流石に疲れました……早く慣れなきゃいけませんね」

 

 もちろん弄られたのを含めて。

 

「大丈夫、そういうものさ。これからちょっとずつ慣れていってくれ」

「ありがとうございます。またパン作りの方もよろしくお願いします」

 

 亘史さんには余裕があるときにパン作りを教えてもらっている。元々料理が好きで、やまぶきベーカリーに通っているうちにパン作りにも挑戦したくなったのがきっかけ。いつか自分で一から作って誰かにプレゼントしてみたいと思っている。

 

「ああそうだ。ちょうどいい。友也くん、これを持っていきなさい」

 

 そう言ってビニール袋を持ち出してくる亘史さん。中に入っているのはパン……だろうか。

 

「労いみたいなものさ。持っていってくれ」

「わ。ありがとうございます」

 

 ありがたい厚意に感謝して、中身を確認する。

 コッペパン、塩パンとほとんどが僕がいつも買っているパンだった。流石に亘史さんにも僕の好みは伝わっていたらしい。

 中身を眺めていると、ふと嗅ぎ慣れない匂いがあることに気がつく。匂いを辿って袋を漁ると、少なくとも僕が見たことのないパンが出てきた。

 

「……これは……?」

「ああ、それかい? 新作でね。こういう類いなら、シンプルな味が好きな君も食べられるんじゃないかなと思って作ってみたのさ」

 

 なんと。新作。まだ棚にすら並んでいないものを入手できてしまうとは、少々抜け駆けした感があるが嬉しいことだ。

 食べるのはまた家に帰ってからだが、今触っているだけでも柔らかい触感が伝わってくる。

 

「おお……ありがとうございます……」

「こちらとしても励みになるから、食べてみたらぜひ感想がほしいね」

「わかりました。次の時までに考えておきます。……おそらく第一声は「おいしかった」になるでしょうけど」

「嬉しいこと言ってくれるね。……あと、少しだけお願いがあるんだけど……いいかい?」

「何でしょう?」

 

 首をかしげる。新作を貰ってしまったのだから、何であっても応えたいとこだが。

 亘史さんは周りを見渡して確認したのち、こちらに顔を近づけて小声で言った。

 

「……沙綾と仲良くしてくれると、私としても嬉しい。あの娘は無自覚のうちに無理をする癖があるからね。君がストッパーになってあげておくれ」

「……ああ、やっぱり……」

 

 やはり山吹さんは無理をするタイプの人だったか。僕の見立ても馬鹿に出来ないものである。

 

「……任せられるかな?」

「ええ。任せてください」

 

 即答。快く承諾する。

 今日一日見ているだけでも、山吹さんの仕事の大変さは多少なりとも理解できる。両親から見ても、心配されているのだろう。

 

「……ありがとう。……さぁ、そろそろ帰ったほうがいいだろう。疲れているだろうから、しっかり休みなさい」

「……はい。お疲れ様でした。またパン作り教えて下さい」

 

 僕の言葉に亘史さんが笑顔で応えてくれたのを見て、厨房を出る。

 任された以上はやらねばなるまい。山吹さんのキツそうな顔は僕も見たくないから。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 着替えを終えて、再び学校の制服に戻る。

 最後に挨拶をしようと、山吹さん宅の居間の方を覗く。

 居間には、山吹さんの他に純くんと紗南ちゃんがいた。

 

「あ、兄ちゃん!」

「友也お兄ちゃん、こんばんは!」

 

 僕の姿を認めた純くんと紗南ちゃんがこちらに駆け寄ってくる。うーむ、今日もかわいい。

 

「純くん、紗南ちゃん。こんばんは……っていってもこれから帰っちゃうんだけどね」

「「えー、残念……」」

「ごめんね。これで許してくれる?」

 

 そう言って二人の頭を撫でる。いつだったか、なんとなく二人の頭を撫でてしまって以降、遊べない時がある度に撫でていた。やっぱり二人ともかわいい。本物の妹や弟みたいに懐いてくれるから、ついついお兄ちゃん面したくなる。

 

「いつも面倒見てくれてありがとね」

「とんでもない。こっちも楽しいからwin-winってやつだよ」

 

 一人っ子の自分にとっては、他人の兄弟姉妹は結構羨ましかったりするのだ。

 

「よし、じゃあ僕はそろそろ行くね」

 

 あまり長居をしても夕食の邪魔になってしまうだろう。今日は亘史さんからパンも貰ったし、帰って食べたいという気持ちもあった。

 

「兄ちゃん、帰っちゃうの?」

「うん。二人とも、今日はあまり遊んであげられなくてごめんね」

「ううん。大丈夫! ありがとうお兄ちゃん!」

 

 純くんと紗南ちゃんに挨拶していると、台所から千紘さんも出てきた。

 

「あら、友也くん帰る? 今日は本当にお疲れ様。いつか夕飯も食べに来てちょうだい」

「ええ、いつか。僕も千紘さんの料理食べてみたいです」

 

 千紘さんの料理。パン屋のイメージが強いけど、家庭ではどんな料理が並ぶのか気になるところ。

 

「お兄ちゃん、またね」「またねー!」

「うん、純くんも紗南ちゃんも元気でね」

 

 純くんと紗南ちゃんにも別れを告げる。

 

「今日はホントに助かっちゃった。ありがとうね」

「役に立てたなら嬉しい限り。これからも山吹さんについていけるように頑張るよ」

 

 皆にひとしきり挨拶をして、裏の玄関から山吹さん宅を出る。

 ドアの外に出た直後、山吹さんに呼ばれた。

 

(おおとり)くん」

 何、と返事をする間もなく、山吹さんの端正な顔が迫ってくる。息遣いが感じられる距離で、小さな声が耳元に響いた。

 

「……また、よろしくね」

「……了解」

 

 少しドキリとしたのは秘密。

 また今度、母さんに沢山教えてもらわなきゃな。

 

「……それじゃっ! また今度ね!」

 

 離れた山吹さんの顔はほんのり赤く染まっていた。彼女は急ぐようにドアの向こう側へ隠れてしまう。

 

「……ああ、また今度」

 

 少しだけ扇情的な行動のせいで、僕が挨拶を返せたのは目の前のドアが閉まってからだった。

 

「…………うん、帰ろ」

 

 暫く固まった後に、さっきのことは気にしないと決めて歩き始める。

 ……嘘です。さっきのは流石に反則。心臓が少しばかりうるさい。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 歩き始めた外はもう夜の帳が落ちており、地上に届くのは月の明かりくらい。

 

「こんな時間に帰るのも始めて、かな」

 

 中学時代はこんな時間に商店街を歩くことはなかった。高校生になってから活動時間も延びたのだろう。

 変化が起きているのは学校生活だけではないようで、少しだけ新しいものを発見したような少年らしい気持ちに包まれた。

 夜の商店街は静かではあれど、多くのお店から暖かい光が漏れでていた。

 時折聞こえる柔らかい笑い声を聞きながら足を進める。

「笑う角に福来る」なんて、よく言ったもの。笑顔はまた、違う人を笑顔に出来る。笑顔であることが福であるし、そんな人だからこそ福を招くことが出来るのだろう。

 自分はどうなるのか。やまぶきベーカリーで働いた今日だけでも、僕が笑顔を与えるよりお客さんから笑顔を分けてもらった事が多かったと感じる。

 

 商店街を抜けて、さらに人通りが少なくなる。

 時々通る自動車の赤いランプに照らされながらコンクリートを踏みしめた。

 

『沙綾と仲良くしてくれると、私としても嬉しい。あの娘は無自覚のうちに無理をする癖があるからね。君がストッパーになってあげておくれ』

 

 亘史さんの言葉が反芻する。

 

 即答してしまったけれど、正直どうすればいいのかわからない。

 山吹さんが無理をするのは恐らく、体の弱い千紘さんを思ってのことだろう。それはよく分かる。

 僕も山吹さんや千紘さんの助けになればとあそこでバイトを始めたのもある。

 だが、僕が山吹さんのところも負担するとなると彼女は拒むだろう。

 山吹さんはかなりお人好しな性格だ。見ている限り、特に家族については。

 だから、自分が家族の助けになろうと頑張っている節があると思う。

 

「他人に頼ることを知らないってことかな」

 

 なんでも一人でやろうとする性格の人には、他人に頼ることを拒否することが多いように思う。

 このままいくと、山吹さんは倒れてしまうだろう。僕が入ったとはいえ、彼女が倒れるまでの時間を長くしただけのことだ。

 だから山吹さんのやる仕事を少なくする必要がある。

 

 もちろん、山吹さんだけではない。

 

 亘史さんはパン作りをほとんど一人でやっているし、千紘さんは言わずもがな体が弱い。

 これから働く人数が増えれば一人一人の仕事は楽になるだろうが、しばらくは僕がどこまで出来るかで状況が変わるだろう。

 

「やっぱり、早く慣れるしかないな……」

 

 働きすぎは良くない。僕が倒れてしまえば、山吹さんは僕を働かせないようにするだろう。当たり前の判断だ。そうなれば僕が働く前に逆戻り。山吹さんが接客のほとんどを担当することになり、僕は山吹さんに無理をさせないという亘史さんとの約束を破ることになる。

 

「……通学、走ったりとかしてみようかな」

 

 大人であれば上手いやり方が思い付いて、それを実行できるのだろうが、生憎と僕はまだ子供。自分にできることから選りすぐってやるしか方法がない。

 

 ごちゃごちゃと考えてみたが、とどのつまりはそういうことだろう。

 僕は決して、天才とかそういった人間じゃなく、ごく普通の高校生。

 でも、そんな平凡な僕も僕自身の未来を変えることは出来るはずだ。

 今はまだ始まったばかり。

「これから」は「今から」変えていけばいい。

 

「疲れたし、帰って早めに休むとしよう」

 

 少しだけ前向きになった頭を上げ、残り少なくなった家への帰路を歩く。

 まだまだ未熟で、まだまだ子供な僕だけれど。

 

「いつか、誰か一人だけでも僕の力で……」

 

 ……笑顔に出来たらいいな、なんて。

 

 少し恥ずかしくて、誰も聞いちゃいないのに最後の方は口に出来なかった。

 

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