恋を紡ぐ指先 作:ぽんぺ
初バイトから一週間。
「いらっしゃいませ!」
あれからほぼ毎日働き続けて、常連さんの接客にもようやく慣れてきたところ。
未だに僕が働いていることに驚く人もいるけれど、そういった人もやがては慣れてくれるはず。
そういえば最近、営業スマイルを習得した。
これで僕も立派に接客の基本を履修したことになるだろう。
残念ながら……いや、なかなか嬉しいことに使う機会はないけれど。
「三点でお会計四二〇円になります」
生活に変化はない。
いつも通り学校に行き、教科書とにらめっこ。たまに来る小テストと気だるげな担任から漠然と伝えられる模試の予定。
入学したばかりの僕らは、どこかふわふわとした気持ちで高校生活を送っている。
「ありがとうございました! またお越しください!」
桜も既に散り、緑が顔を覗かせる。
ドアから吹き込んだ風も、少しずつ暖かくなっていた。
「
「あ、山吹さん。お疲れ様」
山吹さんが声をかけてくる。
ちょうど客足も少なくなったようだ。
「常連さん多くて助かるな……」
「お、仕事にはもう慣れたかな?」
そういってこちらを眺めてくる山吹さん。
「…………?」
「……ちょっと、どうしたの?」
「いや、その対応……」
……この既視感……あ。
「教育係の上司……?」
「……私はOLじゃないよ?」
「言い方と言葉選びがそれっぽくて……」
山吹さんはどうにも大人っぽいのだ。
自営業を手伝っているせいなのか、
英語でやったな。mature。
「……まあ、すっかり慣れたようでなにより。高校の方も充実してる?」
「ほどほどに。そろそろ勉強にも身を入れないと不味いかなとは思ってるよ」
「………? なにかあるの?」
「何って……そろそろ高校最初の定期テストでしょ? 割と勉強してるつもりだけど、高校のテストがどんなものかいまいち掴めなくてね……」
テストは辛い。
勉強してるつもりなのにとれなかったり、たまに意地悪して高度な引っかけしてきたり。
ある意味先生の性格テストとも言える。
「定期テスト……?」
「このあたりの高校は二週間後くらいにやるって聞いたよ。花女も近いんじゃない?」
ピシリと効果音がつきそうな勢いで山吹さんが固まる。うーん、この反応。
「…ゴメン
そういうわけで、勉強会開催が決定した。
──────
週末、やまぶきベーカリー前。
「~♪」
勉強会当日。
あれから山吹さんが声をかけたらしく、僕を含めて6人で勉強会をすることになった。
山吹さん宅では狭いので、山吹さんの友人の家に集まることになり、その家を知らない僕は山吹さんに案内してもらうべく待っているところ。
今日はやまぶきベーカリーも定休日だそうで、ちょうどいいからとこの日になった。
山吹さんとの集合時間まではまだ時間がある。
イヤホンから聴こえてくる音楽に鼻歌を合わせつつ、暇を潰す。
「…いい天気になったなー…」
春先の朝、暖か過ぎず寒すぎない気温は非常に過ごしやすい。
今日の服は青を基調に風通しのいいもので固めた。時々吹いてくる風が心地いい。薄手のブラウスは正解だったようだ。
遊び心でつけたペンダントも、多分浮いてないはず。
普段を制服で固めている僕にとっては、休日の予定にあわせて私服を選ぶのは一種の楽しみだったりする。
といっても、別にセンスがあるわけではない。 せいぜい自分に合った服装を考えるのが精一杯というところだ。
勉強会、柄にもなく楽しみにしていた。
そもそも一人で勉強することが多かった僕にとっては、勉強会という響きが新鮮で輝かしいもの。
しかも相手は皆女子。緊張もしているが、どんな人たちなのかとても気になる。僕もれっきとした男子なのだから意識するのは当然というものだろう。
耳からイヤホンを外して、鞄にしまう。
しばらく待っていると、ガチャリとドアを開く音が聞こえた。
「おはよう。山吹さん」
「わ、早いね。おはよう」
僕の早めの登場に驚きつつも笑顔で挨拶を返してくれる山吹さん。
そんな山吹さんも今日は私服。少しフリルのついた白ブラウスに、レモン色の長スカート。全体のシルエットが優美な曲線を描いている。
髪飾りもいつもと違う模様。
「……どうしたの? ジロジロと」
「そっちだって同じじゃないか、わかってるくせに」
お互い、ニヤリとしながら言う。
言うまでもなく私服の事だろう。
「やっぱり、お互い私服は珍しいね」
「そうだね。いつもエプロン姿しか見てないから、余計に新鮮に感じるよ」
やがて、山吹さんの案内のもと歩き始める。
商店街は今日も繁盛。最近出来たショッピングモールに負けず劣らず、客を集め続けているようだ。
「あら、沙綾ちゃんに友也くんじゃない。これからデートかしら?」
「おはようございます。残念ながらデートじゃありませんね。これから勉強会ですよ」
「おお、偉いねぇ……。よく励むんだよー。楽しんでやっておいで」
「はい」
商店街の人たちに話しかけられることも少なくない。
すっかり定番になったからかいをあしらいながら、足を進める。
「そういえば山吹さん、いつもと髪飾り違うんだね。それもよく似合ってる」
「
ファッションの話をしたり、勉強会の予定を話したりしながら進む。
山吹さんとの会話は時間が経つごとに弾んでいった。
「今日のことは突然でホントにごめんね。教えられる人は多い方が良くて……」
「構わないよ。僕もいいリフレッシュになる」
申し訳ないというように山吹さんが言う。
謝る必要なんてない。先も言ったように、僕は今日を結構楽しみにしてたのだから。
僕の心を表すように段々と陽は登って、コンクリートで舗装された道に日差しを注いでいる。
「しかし、女子の花園に男子である僕が入るのは、いささか躊躇されるけどね……」
「それは大丈夫だよ。皆フレンドリーだし、なんとキミの知ってる人もいるからね」
そうだといいのだが。
知ってる人もいるとはどういうことだろう。同年代で知り合いの女子など限られてくるはずだが、検討がつかない。
「…そんなにわからないかな? 結構身近な人だよ?」
「心当たりはあるんだけど、いまいち山吹さんと結び付かなくて……」
やまぶきベーカリーのお客さんだろうか。
いやあるいは山吹さんがうちのクラスメイトと知り合いだったりすることもあるな……。
「まあ、見ればわかるよ。……ほら、着いたよ」
「………おお、立派な家……」
造りは純和風。規模がかなり大きいから、随分前からここにあるのだろうか。
庭も広く、蔵もある。掃除もきちんと行き届いている辺り、ここに住む人の性格もなんとなく推測できる。
門に掛けられた表札には「市ヶ谷」と達筆な字で書かれている。市ヶ谷さん、いちがやさん。覚えた。
「高校に上がってからは集まるときはここに来ることが多いかな」
「……山吹さんのご友人凄い……」
「ふふ、かわいい人だから仲良くなれば
門を通って扉へと向かう。
かわいい人、ねぇ。
「まさか。女子高通いのJKにとって、男子なんて得体の知れない不審者でしょ」
「それは流石に言いすぎじゃないかな……?」
山吹さんは慣れたように、僕は少し身構えながら歩く。
やがて扉の前に着き、山吹さんがインターホンを押した。ぴんぽーん。
「はーい!」
扉越し、奥の方から声が聞こえた。声の質と高さ的に女子、おそらく山吹さんの友人だろう。
「おはようー! 私だよー!」
山吹さんがその声に応えるように挨拶する。
こちらに走ってくる音が聞こえる。
……なんかリズム踏んでません?楽しそう。
「ふふ、やっぱり楽しそう」
「山吹さんもそう聞こえるんだ」
「ホントにかわいい人だから。気も絶対合うと思うよ」
山吹さんが笑顔で言う。
やがて靴を履く音が聞こえ、それから間も無く扉が開かれた。
「早かったですね。沙綾……と、あなたが…?」
「うん。今回の助っ人。うちのバイトさんだよ」
山吹さんの言っていたことは間違っていなかった。というか正直予想をぶっちぎってきた。
扉から出てきたのは、男子校生徒がおおよそ思い浮かべる「美少女像」にベストマッチしているであろう少女。
サイドできちんと纏められた、清潔感のある綺麗な金髪。
顔が整っているのはもちろん、自分の生かし方をわかっているかのような薄い化粧。
きちんと食べ、きちんと寝る。規則正しい生活を送ってきたことが窺えるすらりとした身体。
あと大きい。どこがとか言わない。
あ、山吹さんに睨まれた気がする。ごめんなさい。
結論、美少女だった。
「まだ何も準備してないですよ……」
「それなら好都合かな。少しばかり手伝おうとは思ってたから」
「…いや、客人に手伝わせるのはまずいでしょう……」
落ち着いた声で話す市ヶ谷さん。なんとなく上品な感じがする。
ていうかこの子敬語で話すのか。礼儀正しい。
「……あ、そっか。
「ちょ」
「猫かぶり?」
今一度市ヶ谷さんの方に向き直る。
落ち着いた様子から打って変わって、酷く焦っているように見えた。
「あ、いや、そのですね………」
「市ヶ谷さん、他人に人見知りして近づけないようにするから……私たちにはかわいく接してくれるのに……」
「かっ、かわいくねぇ! ……はっ!」
息吐く間もないツッコミ。お見事です。
これが市ヶ谷さんの本性ですか。成程。
あとなんか山吹さんがイタズラが成功したような顔してこっち見てる。
……なるほど計画的。さっきの発言は釣り餌ってわけですか。
千紘さんを彷彿とさせる弄りですね。血には抗えないと。
いいだろう。ノッてやろうじゃないか。
「なるほどかわいい」
「かわっ……だから! かわいくねぇって!」
「っあははは! やっぱりキミ察しがいいよ!」
『かわいい』という言葉が地雷なのだろう。
なるほど。これが弄る方の楽しみか。千紘さんが毎度毎度弄ってくる理由がよく分かる。
……というか事実顔も性格もかわいいのに、かわいいという言葉に弱いのは致命的じゃないか。
いや違うか。かわいいという言葉にかわいくないとかわいく反応するその行動がかわいいのであって、この性格があるからこそ市ヶ谷さんのかわいいが加速するのかなるほど。
つまり市ヶ谷さんはかわいいのか。
「あーもう! さっさと案内するからついてこい!」
自分の中でかわいいがゲシュタルト崩壊したところで市ヶ谷さんが言った。
「あ、猫かぶらなくなった」
「もう関係ない!」
「……あ、あいさつが遅れました。私、
「自己紹介遅い! あと敬語やめろ!」
楽しい。
──────
「うん。僕、市ヶ谷さんとは仲良くなれそうだよ」
「あはは! ほら、私が言った通りフレンドリーでしょ?」
居間に通された僕と山吹さんは勉強会の準備をしていた。
市ヶ谷さんはお茶請けの準備をしてくるらしい。
なんだかんだ言って友達思いのいい子なのだろう。誉めたら照れるけど。
「今日来るのはあと三人だっけ?」
「そそ。皆いい人たちだから……というか、キミの知り合いもいるから、すぐ馴染めると思うよ」
「その知り合いがいまいちわからないんだな…」
約束の時間まではあと30分ほど。
3人ともちょうどその頃に来るらしいが、僕らは既に準備をほとんど終えていた。
ちょうど準備が終わったところで市ヶ谷さんが手にお茶請けを持って戻ってきた。
「ありがとな二人とも。助かった」
「いやいや。こっちがやりたかったからやりに来ただけだよ。助けになったなら良かった」
「……おう。ありがとう」
なんだか妙な態度で応対する市ヶ谷さん。その訝しげな目はなんですか。
「……なんでしょうか」
「……お前、意外と気が利くやつだったんだな」
「第一印象があれだからね……それは申し訳なかった」
「べつに謝らなくていいって」
他人の第一印象は、自分の中の「その人の像」を形成する最も大きな要因だ。
見た目、姿勢、態度、話し方。色々な要因でもって最初に形成されたイメージは自分の中に深く張り付いて、塗り替えるのが難しい。
心理学の用語で、確かハロー効果と言ったか。
「意外な一面」なんてのはそれの最たるものだろう。
「まあ、アレも僕の一面ってことで。まあ、市ヶ谷さんが弄られやすいってのもあると思うけどねー」
「そうそう、有咲はやっぱり弄られやすいんだよ」
「二人して言うな! お前らが弄るの大好きなだけだろ!」
「「ほら、そうやって反応しちゃうところとか」」
「うっ……!」
山吹さんとのハモり攻撃で怯む市ヶ谷さん。
やっぱり弄りやすいなこの人。
第一印象の「綺麗で礼儀正しい人」ってイメージが遠く離れていくよ。
「私たちが来たときも、廊下からウキウキしたような足音が聞こえてきたし」
「あー、確かに。こう、スキップ的な」
「ウキウキしてねぇから! スキップも踏んでねぇからぁ!」
市ヶ谷さんを二人で弄り倒して遊んでいる内に時間が経ったのか、気がつくともう約束の30分が経過していた。
ピンポーン
「有咲ぁー! 来たよー!」
インターホンが鳴る。
それと同時に、元気な女の子の声が響いた。十中八九、勉強会の参加者だろう。
「……来やがった」
呆れた感じの台詞に似合わず、嬉しそうなトーンと表情で市ヶ谷さんが言う。
友達が来て嬉しいのだろう。素直じゃない、とはこれのことか。
「来たねー。さ、迎えに行こっか。キミの紹介もあるからね」
「ああ、そっか。了解」
市ヶ谷さん、山吹さんに続いて立ち上がる。
玄関に向かうと、扉の向こうに3つの影が見えた。なんか猫耳っぽいものが見えるのは気のせいか。
「ほら、開けるから待ってろ」
市ヶ谷さんが扉をあける。頬、緩みっぱなしですよ。
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔します」
「お邪魔するね、有咲ちゃん」
開いた扉から3人とも入ってくる。
さっき声をあげていた子が元気に挨拶をし、それに他の2人も続いた。
「有咲おはよー!」
「ちょ、いきなり飛び込んでくるな香澄!」
否定しつつもめちゃくちゃ嬉しそうな市ヶ谷さん。素直じゃない。
市ヶ谷さんに飛び込んだ彼女に見覚えはない。
山吹さんが言っていたのは誰なのかと、他の2人に向き直る。
で、ちょっとばかり驚いた。
「あ、友也だ。おはよう」
「あ、ホントだ! 友也くん、おはよう!」
「わ、花園さんに牛込さん!」
やまぶきベーカリー常連客。花園たえさんに牛込りみさん。
僕と同年代でやまぶきベーカリーに通う数少ない常連客で、メロンパンの人&チョココロネの人。ちなみに僕は食パンの人です。
3人揃ってやまぶきベーカリー三銃士。
名前の考案は花園さん。
牛込さんに至っては中学時代からの付き合い。いつもチョココロネを買う姿が印象的で、山吹さんを通じて仲良くなった。
花園さんとは高校に入学してから。山吹さん、牛込さん繋がりで仲良くなったものだ。うさぎさんたち、元気ですか。
「牛込さんは花女なの知ってたけど、花園さんも花女だったんだ……どうりで見ない顔が山吹さんと仲良くしてたわけだ。やっと花園さんの謎が解けたよ」
「友也くんにはいつも助けてもらってるよ~。ホントにありがとう」
「沙綾が言ってた助っ人って、友也のことだったんだね」
2人とは、僕がやまぶきベーカリーでバイトを始めてからも会っている。
相変わらず二人ともメロンパンとチョココロネを沢山買っていくけど。
「ほらね? 知ってる人、居たでしょ?」
「牛込さんはまさかと思ってたけど、花園さんは完全に予想外さ。驚いた」
これならやりやすい。山吹さんの采配に感謝である。
「キミからパンの匂いがする!」
「うおう」
3人と談笑していると、突然後ろから声を掛けられた。
そういえばまだ自己紹介してなかったな、と後ろを向くと、猫耳が見えた。なにこれ。なんかピコピコ動いてる。
視線を落とすと、さっき市ヶ谷さんに飛び込んでいった人がいた。
「えっと、香澄さん……だっけ?」
「うん! 私は戸山香澄! 花女の一年だよ! やっぱりパンの匂いがする!」
元気な挨拶。
なるほど、戸山さん。覚えた。
「僕は
「そっか。だからさーやと同じ匂いがするんだね。…友也、ともや………うん! ともくんだね!」
ともくん。あだ名なんていつぶりだろう。
友人からは「親友」なんて呼ばれてるし。とてもあだ名とは言えないだろう。
「よろしく! ともくん!」
「うん。こちらこそよろしく、戸山さん」
握手。めっちゃブンブン振ってきた。この子凄い元気だな。
全員との面会を済ませ、皆で部屋に戻る。
部屋に戻った後、話しながら勉強の準備を始めた。
「ともくんは頭いいの?」
「友也くん頭いいんだよ~。教え方が上手でわかりやすいの」
「私も
「…照れくさいな…」
確かに、二人に勉強を教えたことはあったな。
二人とも教えれば理解してくれてたから、一緒にやってて楽しかった思い出がある。
「有咲も頭いいんだよねー。なんと学年首席」
なんと。
「え、すごい。じゃあ入学生代表だったりするのか」
「有咲ちゃん、努力家だもんね。凄いことだよ」
「……ま、まぁな。褒めてもなにもでねぇぞ」
「有咲照れてるー」
「て、照れてねぇ!」
やっぱり弄られる市ヶ谷さん。
市ヶ谷さん頭いいんだな。学年首席って凄い。
やがて皆の勉強の準備が出来たところで、山吹さんが一声あげる。
「よし!それじゃ、勉強会始めよっか!」
「「「「「おー!」」」」」
テストは2週間後。
「頼りにしてるよ、
「…まあ、上手くやれるよう頑張りますよっと」
僕らの勉強会が始まる。