恋を紡ぐ指先   作:ぽんぺ

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#7

 

 勉強会から数日。

 

「いらっしゃいませ」

 

 今日もパンの売り上げは上々。

 いつもより食パンが売れていて、この分だと彼の買うものがないなぁと思いつつ、一つだけストックする。

 この前の勉強会のお礼とでも言って渡してしまおう。いやでも、お礼なら私が焼いたパンを渡した方がいいかな。

 父さんほどじゃないけど、私だってパンは焼けるし。

 

 今日の接客は私一人。

 彼はテストに向けて友達に勉強を教えるんだって。

 早めに終わらせて来るって言ってたけど、どうせ彼のことだから、お店に来たとたん「大変そうだし、手伝うよ」とでも言うのだろう。

 彼は私のことを優しいっていうけど、私は「キミだって十分お人好しですー」って言ってやりたい。

 

 お店の扉につけた鈴がチリリン、と音を立てる。お客さんが来た証だ。

 

「いらっしゃいませー……ってモカか」

「モカか、とはなんだモカか、とはー」

 

 相変わらず元気のいいこと。

 羽丘もテストが近いだろうに、パンを優先する辺り実にモカらしい。

 というか、そもそもモカって頭良かったんだっけ。案外、テストは問題じゃないのかも。

 

「パン、まだまだあるから買っていってね」

「おおー。今日は早めに来て良かったよー」

 

 大食いのモカは一度に買っていくパンの量が多い。

 常連となった今だからこそ来るタイミングが分かってきたけれど、最初こそ売り切れ多発で驚いたもの。

 一度、モカが来た後に来店した彼が「食パンも塩パンも消滅してる……」と悲壮な顔をしていた事があったっけ。あれももう中学校の頃の話か。懐かしいなぁ。

 

 それにしても「大食いのモカ」ってなにかの称号みたい。

 おたえ、りみりん、友也くんで「やまぶきベーカリー三銃士」なんて言ってたけど、モカも入れていいんじゃないだろうか。

 名付けて「やまぶきベーカリー四天王」なんて。

 

「ふふっ」

 

 自分で言っておいて笑う。今度からそうやって呼ぼうかな。

 彼辺りは察しそうだな。「間違いなく青葉さんが四天王最強じゃないか」って。

 

「なんかさーやご機嫌だねー。何かあったのー?」

「そう? 特になにもないけど……」

 

 彼のことを考えていたから? ……なんて、そんなわけない、ないってば。

 そんなことを考えているうちに、お店の扉がもう一度開く。

 

「おいモカ……今回は随分と走ったじゃないか……」

「ともちんおっそーい」

「あ、巴。いらっしゃい」

 

 扉から現れたのは汗だくで息を切らしている巴。

 常連で、よくモカの付き添いで来てくれるのだが、今回は……。

 

「モカ、やっぱり走ってきたんだね」

「授業が終わるのが遅かったんだよー」

「モカがパンに関わったときは普段の何倍も素早いよな……」

 

 トレーに次々とパンを乗せていくモカを見ながら巴が呟く。

 モカのパンへの執念にはよく驚かされる。売る側としては嬉しいんだけどね。

 この前父さんが新作を出したときにはいち早く来て食べてたなぁ。

 でも父さんは「それを食べるのは二人目になるね」って言ってたっけ。それを聞いたモカの悔しそうな顔は珍しかったな。

 

「今日はやまぶきベーカリーのパンが比較的早くに売り切れる日だからね。逃すわけにはいかないよー」

「……そうなのか?」

「私もわからない……」

「ふっふっふー。やはりモカちゃんの長年の研究には、さーやも敵わないようだねー」

 

 む。それは聞き捨てならないぞ。

 

「ふふ。そのパンの量を毎日調節して並べてるのはだーれだ」

「はっ! まさか、パンの量が調節されて売り切れ時間の誤差が少なくなっているというのか……モカちゃん、参りましたー」

「ふふーん」

 

 毎日お店に並ぶパンの量は私と父さんで調節して、閉店時間と同じくらいに売り切れるようにしているのだ。

 パン屋の娘として、そういうところは譲れない。…りみりんのチョココロネ観察眼には負けるけどね。

 

 モカとふざけ合っていると、はっとしたように巴が聞いてきた。

 

「あ、そういえば沙綾。今日はあいつ居ないのか?」

「あー。そういえばともくん居ないねー」

「彼は同級生と勉強だって。もともと今日はシフト入れてなかったみたいだし」

 

 初バイト前にシフトを決めたらしいのだが、当初の予定ではほぼ毎日手伝いが入っていたんだとか。母さんと父さんが止めたらしいけど。

 

「……で? 最近何か進展はあったのか?」

「皆そういうこと言うよね……」

 

 別に気にならない訳じゃないし、最近は何かと一緒だなー、とは思うけど、皆はそんなに気になるのかな。

 

「モカちゃんもさーやの恋路は気になりますねー」

「恋路って……私と彼は皆が言うような()()()()()()は無いよ」

「そうは言うけどなぁ……」

 

 納得がいかない、というように私の顔を見つめる巴。

 

 そのとき、私の背後から声がした。

 

「巴ちゃん、その見立て間違ってないわよー」

「あ、千紘さん。ご無沙汰してます」

「母さん!?」

「こんにちは、千紘さんー」

 

 まずい。母さんが出てくるのは予想外だった。今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られる。

 

「で、千紘さん。間違ってないっていうのは?」

「たしか、二人は知らないんだっけ?」

「ちょっと母さんそれ以上は」

 

 母さんが言おうとしていることなんて名前呼びのことに決まってる。

 あの後部屋に入って呟いていたのを聞かれていたらしい。

 あの時も恥ずかしかったが、今ここで言われるのはもっと恥ずかしい。

 

「どうせ知られるんだから変わりないじゃない」

「今この場で言うのは違うと思うよ!?」

「いやもうここまで来たら聞くしかない。お願いします千紘さん」

「巴!」

「私もそれ聞きたいです千紘さんー」

「モカまでー!」

 

 私の抵抗も虚しく、母さんが話し始める。

 

「沙綾、少し前に友也くんと勉強会をしたの」

「二人で?」

「みんなで!」

「まあ私はその場に居たわけじゃないからよく分からないのだけど、沙綾がその日帰ってきてからやけに上機嫌でね」

 

 この時点で食い入るようにこちらを見つめてくる二人。思わず目をそらす。

 

「何かあったのか、って聞いても答えてくれないから夕食の後で私が部屋に行ったのよ」

「ふむふむー」

「そしたら扉の向こうから『友也くん、友也くんかぁー』って嬉しそうに呟く沙綾の声が」

「も、もうやめてーっ!」

 

 もう耐えきれなくなって母さんの話を中断させる。

 しかし事の全容は二人に伝わってしまった。ニヤニヤと見てくる二人の視線が痛い。

 

「ほおほおー……さーやも立派に青春してますなぁ……」

「ここまで慌てる沙綾も珍しいよな……」

「違う、違うの……! あれは決してそういう意味じゃないの……!」

 

 あの夜の青春らしいやりとりに少し心が踊っていただけ。きっと。

 

「逆に今まで「(おおとり)くん」って読んでる方が珍しいんだよ」

「それそれー。ともくんと知り合いの人で、ともくんの事名字呼びしてたのさーやだけじゃない?」

「初めて名前聞いたときに難しい名字してるなーって思って、覚えようとしたら…」

「変えるタイミングを見失ったと」

「その通りです……」

 

 ここぞとばかりに私を弄ってくる二人。

 まさか、母さん以外にこの話題で弄られるとは思ってなかった。

 

「……全く、立派に進展あるじゃないか」

「ホントだよー。嘘はよくないよさーや」

「もぉー、二人とも……あと母さんは休んでて!」

「はいはーい。うふふ」

 

 母さんが店の奥に去っていく。

 

「さーや、遅れたけど会計よろしくー」

「はいはい……ってこれまた随分と買うね」

「いつもより多いんじゃないか?」

「久しぶりだから、この後時間をかけて堪能しようと思ってねー」

 

 雑談をしている間に会計を終えた。相変わらずモカのポイントカードの量は凄かった。

 

「はい、これ。落とさないように気を付けてね」

「ありがとうね、さーや」

「それじゃ、あたしらもそろそろ行こうかな。また今度たっぷり話を聞かせて……」

 

 巴がサラッと恐ろしいことを言おうとしたところで、突然言葉を切る。目線はドアの向こう。

 

「? どうしたの?」

「……予定変更だ沙綾。今からたっぷり聞かせてもらうぞ」

「え」

 

 こちらに向き直り、悪い笑いを浮かべた巴が言う。

 どういうことかと思案していると、お店の扉が開き、今一番来てはいけない人物が来店した。

 

「こんにちはー……って宇田川さんに青葉さん。いらっしゃい」

「友也くん!?」

「ホントに名前呼びになってるな。よお友也」

「おー、ともくんだー」

 

 母さんが来たときより悪い予感が頭をよぎる。

 今このタイミングで来るのはマズイ。母さんがいなかったのが不幸中の幸いだった。それでも差し引き不幸だけど。

 

「亘史さんが話があるってライン来たから早めに切り上げて来たんだけど……」

「友也、ちょっとこっち」

「なんだい宇田川さん。なんか悪い顔してるけど」

「気にすんな気にすんなー」

 

 彼が不思議そうにこっちを見る。「これは一体なんだ」って言いそうな顔。

 

「さあさあ、沢山お話ししましょー」

 

 ああ、彼も巻き込まれるんだなぁ……。

 もう逃げられないなと諦めて、彼に苦笑いを返す。

 

「いらっしゃい、友也くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い目に遭った」

「止められなくてごめんね……」

 

 亘史さんから「話がある」とラインが来たから、やまぶきベーカリーに来たわけだが。

 正直、嵌められたのかと思うほどタイミングが悪かった。

 

 着いた途端にたまたま来店していた青葉さんと宇田川さんにレジ前まで誘われ、訳のわからぬまま捕まり。

 山吹さんの苦笑いから「これはヤバイ」と思ったけど時既に遅しで、勉強会の事、特に帰り道での事について根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。

 千紘さんが居なかったのが不幸中の幸いだったのだが、それでも僕と山吹さんは二人まとめて弄られまくった。

 

 ちなみに、話している中で意外だったのが()()()()()()に疎いはずの青葉さんがぐいぐい来たこと。やっぱりあの人も青春に興味を持つ女子高生だった、ということだろうか。

 ってか、そういえば青葉さんにも「ともくん」って呼ばれてたな…。初対面からそうやって呼ばれてた気がする。

 

「どこからあの話漏れたのさ……」

「母さんに……」

「ごめん、もうわかった」

 

 その言葉が出た時点で、どういう経緯でどのように伝わったのか理解した。

 うーん千紘さん、若々しい。

 

「まあ、知られたものは仕方ないよね。どうせは知られてたと思うし」

「……そういうことにしておこうかな。うん」

 

 あ、宇田川さんと青葉さんは帰りました。

 青葉さん、相変わらず凄い量のパンを買っていったよ。食べきれるのかな。食べきれるんだろうな。

 

「じゃあ、僕は亘史さんに呼ばれるまでお手伝いするとしますかね」

「あ、それはダメ」

「なんでさ」

「キミは少し働きすぎ。いくら仲がいいって言っても、バイトにそこまでさせられないよ。少しは休みなさいっ」

 

 こちらにずいっと顔を近づけて忠告する山吹さん。近い、近い。

 謎の圧に気圧された僕は、素直に「了解しました」と応答した。

 

「よろしい。店の奥には入ってていいから、早く話聞きに行ったらどう?」

「んー……仕方ない、そうするよ」

「うむ。いってらっしゃい」

 

 山吹さんに手を振ってから厨房の方へ。

 店の奥を厨房の方へと進んで行くが、いざ着いてみると厨房の電気がついていない。

 僕がこっちまで来たときはいつも亘史さんは厨房にいたから、厨房にいないとなるとどこにいるのか分からない。

 どうしたものかと思案していると、後ろから山吹さんがすっと現れた。ビックリした。心臓に悪い。

 

「あー、父さん厨房に居ない? じゃあ家の方だね」

「……なるほど。ありがとう。それじゃ、ついでに紗南ちゃん達の相手もするかな」

「すっかり二人のお兄さんだねー……。お願いしようかな」

「ん、任せて」

 

 厨房から少し戻って、山吹さん宅へ。

 山吹さんの言った通り、亘史さんがリビングで紗南ちゃん達と遊んでいた。家族の暖かみを感じる。

 

「こんにちは、亘史さん」

「お、友也くん。急に呼び出して悪かったね」

「いえいえ、特に忙しくもなかったので大丈夫ですよ」

 

 友人との勉強会は別に大事な用事ではない。すまない。

 

「お兄ちゃん、こんにちは!」

「こんにちはー!」

「うん。紗南ちゃんも純くんもこんにちは」

 

 今日も今日とて慕ってくれる二人。

 ホントに妹と弟に欲しいくらい僕のことを慕ってくれているのだが、もし反抗期が来たらと思うとなかなか怖いものがある。

 

「いつも娘達の面倒を見てくれてありがとうね」

「いえいえ、むしろこっちが楽しませてもらってるのでお礼を言いたいくらいですよ」

 

 ひとしきり紗南ちゃん達をかわいがった後、亘史さんと向き直る。

 

「それで……今日呼び出したのは一体どういう……?」

「ああ、それはね……」

 

 随分と溜める亘史さん。

 クビとかだったら怖いなと身をすくめる。

 

「友也くん、テストはいつだったかな?」

「えっ……と、今日から数えて十日ですね。再来週の水曜から三日間です」

「なるほど……じゃあ、その週の日曜日空いているかい?」

「……そうですね、今のところなにも予定はありません」

 

「よし、それなら……」と何かを思案する亘史さん。週末にパンパーティーでもやるのだろうか。それはそれで楽しそうだが。

 変に考えを巡らせる僕に、亘史さんが話し始める。

 

「友也くん。その週末、朝早くから家にこれるかい?」

「ええ、早起きは得意ですけど……何をするんですか?」

 

 僕の問いに、亘史さんはニヤリとしながら答えた。

 

「そろそろ、友也くんにパン作りを覚えてもらおうかと思ってね」

 

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