Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─   作:山田風

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『世界樹』の妄執.四 ─鳥の舞─

 世界樹残骸の表面に、奇妙な現象が起きていた。

 かすかな振動が走ったかと思うと、表面に穴が空くのである。次々と空く穴はまるで蛇が這ったように連なり、道を描いていた。そのため目撃したジャンク屋は、何かが襲撃しているのか、と最初は考えた。

 しかしどうもそうは思えない。襲撃というにはあまりに穴が走る速度が速い。殴り書きのような速さだ。そのような速さで、コロニー表面をなぞるように飛べる機動兵器はジャンク屋は見たことも聞いたこともない。

 穴も奇妙だった。銃弾によるものだと思ったが、それにしては少しばかり大きいのだ。

 その『銃弾』を探して見ようにも、コロニー表面には小石ほどのデブリが引っ掛かって積もり、すぐに探し当てるのは困難だった。

 

「ま、敵なら警備がたがやってくれるだろう」

 

 いくらジャンク屋は自衛ができるとはいえ、こんなよくわからない相手に対処できるほどの実力や運など、全く持ち合わせてはいない。

 警備担当に連絡を済ませたジャンク屋は、ほかの原因が無いか、空気の流出が無いかと確認に出た。

 

 

ーーーー

 

 

 コロニーを走る者がいる。一本角だ。

 背後から鳥のような影が一本角を追い、銃撃を次々と放つ。

 MAのように見えるのだが、そのすがたは影に紛れて視認できない。

 

『ぬぉおう! さすがにしつこいなぁ!』

 

 外面から残骸の調査を行っていた一本角に、鳥のような影が強襲を仕掛けたのだ。

 鳥は一本角を執拗に追い回し、銃撃を続ける。素早く、されど一発ごとに狙いを定めた銃弾が一本角へと襲いかかる。

 

 物陰に隠れて目を眩まそうにも頭上から見つめる鳥には意味も無く狙われ続け、離脱のタイミングを逃してしまう。

 鳥は決して寄ってこない。近づかず、銃弾を打ち続けるのだ。

 一本角は鳥に向かい合い、銃弾を重斬刀で何度も切り払う。一振りごとに腕を襲う、響くような重い感覚。

 

『……ダメか!』

 

 打ち払う事を諦め、再び駆け出した。重斬刀はぼろぼろになり、ただの棒切れといわんばかりに短くなっている。

 

『それなら、これでも食らいなッ!』

 鉄屑になった重斬刀を粉々に砕き、鳥に向かって一気に投げつける。

 鳥は避けるどころか足で掴み取り、そのまま打ち出してきた。その威力は、先ほどまでの銃弾と全く遜色無い

 

『やはり弾はそこらのデブリ。指弾か!』

 

 指弾、指によって弾丸を弾くことで撃ち出す技術だ。弾は銃弾に限らず、そこらの小石でも弾丸として使用できる。

 

 指しか加速に使用しない指弾は銃に劣るのが当然であり、一本角でもこけおどし程度の威力しか出せない。だというのに、あの鳥の指弾は銃撃をもしのぐ威力だ。

 

『まったく、指弾じゃ弾切れも期待できないな』

 

 そこらの小石でも撃つことができる指弾は、事実上弾切れはない。

 

 一本角が目の前の崖を飛び降りると、そこはジャンク屋達の作業場だった。

 

「危ねぇな、バカヤロー!」

『すまんなぁ!』

 

 足下で機械にしがみついていたジャンク屋が叫ぶ。ジャンク屋が必死に守っていたのは機械が入り組んだ工業品。エンジンだ。

 周囲には、同じようにいくつもエンジンが据え付けられている。どれも噴射口を同じ方向に向けていた。

 

 一本角はジャンク屋の抗議をあしらいつつ、作業場の出口を目指して走る。その足取りは無重力を歩くとでもいうほどにゆっくりだ。

 だというのに、鳥からの攻撃は無い。

 

『やっぱり、ここは大事な場所なんだな』

 頭上を見れば、鳥は再び旋回を始め一本角に狙いをを定めている。弾が切れたという様子は無い。好機をうかがっているのだ。

 

『なら、悪いがな……』

 

 一本角はライフルを持ち出し、エンジンに銃口を定めて──ライフルを手放した。 

 ライフルは真上からの指弾を受けて折れ曲がり、地面に打ちつけられる。

 後方へ滑るように引いていく一本角を次々に真上からの指弾が襲い、かわされては地面をうがっていく。

 その弾丸は一本角をエンジンにけっして近づけさせずに、作業場の出口へと追い立てていく。

 

 驚いたことにその銃弾は、地面に刺さるも弾けさせず、眺弾も起こさない。

『エンジンがよほど大事らしいな!』

 

 エンジンを取り付けていることからして、この残骸をまた動かしたいのだろう。

 だが、そうやって残骸を飛ばして、一体何がしたいのか。

 

 鳥の無言の要求に乗り、出口へ向けて駆けだした。

 

 出口から飛び出しても、指弾は襲いかかる。天からだけでなく、地面と平行にも撃ちだしてきた。

 指弾のペースもだんだんとあがっていく。

 鳥は残骸表面の塵を吹き飛ばしながら、巻き上げられた石屑を拾い上げては撃ちだしてくる。

 その勢いはもはやマシンガンだ。

 

『よくも手が持つな────ッ!』

 

 一本角は指弾を避けながらも、思わず足下に視線を向けた。

 

 残骸が鳴動した。

 

 残骸に衝撃が走り、一気に表面の塵が巻きあがる。突き上げてきた衝撃に耐えられず、前のめりに転んでしまった。

 明らかな隙だ。

 ひっくり返った視界の中で、鳥が一本角を狙っているのが見えた。

 

『くそ──ッ!』

 

 鳥が指弾を放ち──

 

 ──残骸表面が弾け飛んだ。

 

『なんっ、だぁ!』

 

 指弾も鳥も、突如として弾けた壁面に巻き込まれて宙を舞う。

 大きく開いた穴からはゴウゴウと空気が吹き出し、瓦礫を巻き上げて穴を広げていく。

 首をもたげた機械の鳥が起きあがるのを見て、一本角は身を翻す。

 好機とばかりに残骸壁面を飛び出した。

 

 そのとき、弾けて飛んでいく残骸の中に、パイロットスーツ姿のリリーも混じっているのを見た。溢れ出た空気に吹かれ、残骸にもまれながら流されていく。

 

『なにやってんだ、あいつ……まぁ、ありがたいことだ!』

 

 もんどりうっていた鳥が睨みつけてくるのを遠くに見ながら、一本角は宇宙を駆けていく。

 

 

ーーーー

 

 時折起こる振動で塵が舞う中、宇宙服姿の人々が移動していく。

 様々な年頃の男と女、時折子供の姿も混じっていた。

『退避、退避ー!』

『サーバー班以外は離脱して良し!』

 

 あちらこちらから退去を訴える言葉が聞こえる。

 作業員たちはひときわ強く起こった振動にもうろたえず、至って冷静に壁を蹴り、無重力を滑っていく。

 

 世界樹残骸では、作業員たちの脱出が次々と開始されていた。

 着物の男が告げたプランF。さらには時折起こる異常振動による崩壊も相まって、一部担当部署以外での離脱が開始されたのだ。

 荷物の抱え、まばらに脱出口に向かう宇宙服姿の作業員たち。エアロックから宇宙へ飛び出し、待ちかまえていた作業ポッドや連れ添ったカーゴに次々と飛び移っていく。

 脱出ポッドなんてものはこの残骸にはすでにない。残骸になる前に使われたか、運悪く故障なり損壊して放置されたかのどちらかだ。

 脱出した作業員で満載になりしだい、作業ポッドが離れていく。

 

 まばらに脱出に向かう人々のなかに、子供の姿があった。リリーだ。周囲の作業員と同じく汎用の宇宙服に身を包んでいる。身軽に壁を飛びわたり、大人たちを追い越して飛んでいく。その足取りは非常に軽く、まるで非常事態に興奮する子供のよう。

 

 そうして作業員らに紛れていたリリーだったが、十字路に通りがかった時、リリーを呼ぶ声がした。

 

「おおい、そこのぉ」

「はい?」

 

 声のほうへ振り向いて、

 

「後ろだ」

「っ!」

 

 背後から衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 姿勢を崩し廊下を流れたリリーは、壁にぶつかるときに、さらに蹴った。体は跳ねて加速し、背後から襲いかかる刺客の一撃を回避する。

 その時、刺客の姿が見えた。サーバールームに現れた着物の男だ。

 パイロットスーツの上に着物を羽織っている。

 

「見慣れないやつがいると思ったが、やはり賊か」

「な、なんですかいきなり……!」

 

 普通の子供のように困惑する様子を見せるリリーに、着物の男は嘲るように言った。

 

「ごまかさんでもいいわ。誰が作業に入っているかぐらい、把握しとるわ」

「またまた、ご冗談を……」

「なら聞いていくかい?」

「それこそ冗談!」

 

 意地悪そうにほくそ笑む男に、リリーが叫ぶ。

 リリーが身を翻したかと思うと、男がいきなり踏み込んだ。いつの間にやら手にした刀をたたき込み、汎用宇宙服を真っ二つに切り裂く。

 

「──ほう、ウツセミ」

 

 軽すぎる手応えに、男が笑う。汎用宇宙服はすでに空だ。

 男の頭上に影が差す。パイロットスーツ姿のリリーが天井に足を着け、小刀を構えていた。その切っ先は男の首筋に向けられている。縮こませた体は飛び出す瞬間を待ちかまえていた。

 

 男が刀を構えようとしたが、その動きが止まった。体に何かが引っかかり、動きを制限している。

 非常に細い糸。鈍い光を放つそれはワイヤーだ。宇宙服のワイヤーアンカーにも用いられている綱線がいつのまにか男の体に幾重にも巻き付き、徐々に引き絞られていく。

 ワイヤーの先には、先ほど切り裂いた汎用宇宙服があった。宇宙服はワイヤーに引っ張られて男の体に身を寄せながら、装置でワイヤーを巻き取り、男の体をきつく縛っていく。

 リリーは飛び出した。

 男がワイヤーに体を引っかけ、動きを制限された時には既に天井を飛び出していた。一直線に迫り、小刀を振る。狙うは首筋。パイロットスーツに身を包んでいる中で、もっとも手軽で確実な場所。

 

「しッ────ッッ!」

 

 振って、リリーは弾き飛ばされた。廊下を真っ直ぐに飛んでいく体は壁も掴めず、無重力におぼれ四方へと回転する。

 重心を動かして身を起こした時には、目の前にいた男が、拳を振りかぶっていた。無重力の中、床にしっかり足を着けてリリーをみている。羽織っていた着物は無く、切れ端が体の縁に引っかかっているだけだ。バイザーの中から伺える口元は、かすかに笑っていた。

 テレフォンパンチのように振りかぶった腕は、見せつけるように手は開かれていた。その手の中に苦無があった。

 男は、隠し持っていた苦無でワイヤーを切り裂いて脱出し、反撃したのだ。

 男は苦無を、柄尻の輪を指にかけたまま握り込む。

『はあぁっ!』

 

 その拳ごと、リリーを壁に打ち込んだ。

 

 残骸に響き震わせる衝撃が、その威力をゆうに語る。

 威力は留まりきらず、壁を崩壊させ、宇宙へと突き破る大穴を作った。

 吹き出す空気とともに壁だったくずが流れ、宇宙へと飛び出していく。

 

『ははっ、久々でやりすぎてしまったか!』

 

 空気が氾濫する激流のなかにあって、男は揺るぎもせずに、突っ立って笑っていた。

 その後ろに、黒づくめの人影が降り立った。人であることしか伺えず、男女の区別もつかない。人影はひざまづき、男にかしづく。

 

「サーバールームの作業班、離脱完了しました」

『うむ。早かったな、あの男。君たちは忍機を出したまえ。もちろん盛大にな』

「はっ!」

 

 黒づくめは頷いたかと思うと、次の瞬間には姿を消した。

 

『では、私も出るかな』

 

 そして男は外へと飛び出し、残骸壁面をどこかへと走っていく。

 

『ふふふ、おもしろくなってきたわい』

 

 

ーーーー

 

 

「うっ……う……うわぁ!」

『おぅ、目覚ましたか、大丈夫かぁ』

 

 身を芯からかき回すような、奇妙な感覚とともにリリーは目を覚ました。

 みれば、作業ポッドの腕にリリーは掴み取られていた。すぐそばに世界樹残骸も見える。

 のど奥からこみ上げるモノを押し留めながら、リリーはなんとでも無いように、訪ねた

 

「えっと、いまは……」

『オイラが受け止めてすぐに目ぇ、覚ましたよ。ここは世界樹のデブリだ。心配するな、流されてなんか無いって』

 

 作業ポッドの男は、押さえ込んだせいで沈むリリーの声を不安によるものと思ったのか、なだめるように優しい声色で言った。

 

『いやぁ、表面がいきなり破裂したかと思ったら、嬢ちゃんが流れてくるんだもの、驚いた驚いた』

「ありがとう、お兄さん。それでねぇ、急ぐんだけど……」

『おうおう、わかっとるよ、しっかり掴まんな。飛ばすぞぉ!』

 

 気をよくした男はスロットルを一気に入れた。スラスタを目一杯吹かし、ポッドが飛んでいく。

 

 

ーーーー

 

 

『ふぃーっ、次の荷物はどこだぁ』

 

 青年が作業船に戻ってきた。荷物を探す中、片隅に寄せられていたジャンクに、目を見開いた。

「あれ、あのジャンクがある。拾ったんだな」

 

 そこにあったのは、先ほど取りのがしてしまったMSのジャンクだ。ひしゃげたメビウスと絡み合いあって、面影しか伺えない。さりとて貴重なMS。外装がダメでもいい部品が取れるだろう。

 ジャンクを見つめる青年に気づいたのか、男が近づき青年にふれた。接触通信で声をかけてくる。

 

「おお、お前も気づいたか。あれ、外見が悪くなってるだけで中はきれいだぞ。あんなMSを拾えるなんて、ラッキーだ」

「ホントですかぁ! 誰が拾ったんです? お礼言いたいくらいですよ」

 

 喜びの様子を隠さない青年に、男は目を見開いた。

 

「え、お前じゃないの?」

「え?」

 

 思わず身を乗り出し、見つめあう。互いに疑問の色が露わになっていた。

 

「おれ、こっちにいる間に来たやつみんなに聞いてるけど、みんな知らないぞ」

「またまたぁ! あ、親方でしょう、親方!」

「知らん、ってよ」

「えぇ?」

 

 親方でもないとなるとだれなのか。二人が首をかしげていると、デッキに赤のランプが灯った。ハッチが開けられるのだ。

 

「お、誰だ?」

 

 ハッチが開くに従って、ポッドの姿が見えてくる。すると、青年は頭に衝撃を受けた。

 

『ごめんねッ』

「あ、おい、誰だ!」

 

 少女の声が聞こえた。呼び止める男を無視して、少女は頭を踏み台に飛び出していく。その先には、ジャンク置き場があった。

 

「大丈夫か」

「ああ、すまない……一体なんだ」

 

 蹴られて溺れる青年の体を、男が引き戻す。

 ジャンク置き場に視線を向けて少女を探すが、その姿はすでに無い。

 

 どこに隠れたのかといぶかしんでいると、船が揺れた。合わせてジャンクが動いたかと思うと、その山が崩れてデッキ中にまき散らされる。

 

 あわてて身を守っていた二人は、もとのジャンク置き場に合ったモノに気づいた。

 そこには、カスタムされたジンが大きな傷も無い姿をして立っていた。

 屑になって巻き付いていたメビウスも剥がれ落ち、汚れて傷だらけだった姿はどこにもない。

 

 二人が唖然として見上げる中、カスタムジンは開ききったハッチから飛び出していった。

 

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