Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─ 作:山田風
黒煙に包まれた『世界樹』残骸周辺に、いくつもの機影が現れては消えて動いている。時折閃光が瞬き、なにかが爆発したかと思うとそこに現れる残骸が、戦闘の痕跡を映す。
コクピットだけが貫かれていたり、真っ二つに切り裂かれていたりする。メビウスやジン、何かも区別が付かないほどに粉々になった残骸が漂う空間で戦うものが居る。
ひらりと身を翻してマシンガンの銃撃を回避したのは、雄々しい角を額に抱いたジン《一本角》だ。
光状を一つ、二つ、三つとと容易くかわし、射手を視界にとらえ続ける。一本角の射撃の腕ならば十分撃ち落とせる距離。だが撃たない、撃てない。武器が無いのだ。機械鳥の攻撃によって失ってしまった。
だが、武器が無いなら用意すればいい。
手ぶらだった一本角は回避がてら漂っていた鉄パイプの束を引っ付かんだ。工事でやぐらに使われていたものだろう。MSやMAに対抗するには頼りないが、こんなものでも使いようだ。
手始めに一本を手に取り、槍の要領で投げた。一直線に飛んでいった鉄パイプはメビウスの三角形の胴体を見事に貫く。制御も失いかなたへと飛んでいくメビウスに手応えを感じた。
もう一本投げる。次に串刺しにされたメビウスは当たりどころがよかったのか、炎を吹き出して爆発四散した。
その炎もまともに見ずに脇から背後へと鉄パイプを突く。虚空をつくが、そこには確かな手応え。そこにいつの間にか現れていた忍者ジンの胸元に鉄パイプが深々と突き刺さっていた。奇襲を狙っていたのか、その手には忍刀が握られている。
めくれあがったコクピットカバーから赤いものが流れ出るのを見ながら、忍者ジンを思い切り蹴り飛ばした。忍刀を奪い取るのも忘れてはいけない。忍者ジンの瞳の光が消えるや否や自爆して弾けと飛び、鉄片を周囲にバラマいた。
忍刀を振って鉄片を防ぎながらその感触を確かめた一本角は、気に入ったのか頷いた。ただの鉄パイプよりは十分頑丈。武器として振るうに、建材よりは使いやすい。
刀を携え爆煙に飛び込む。その中に煙を切り裂くように向かってくるメビウスが居た。至近距離で放たれたレールガンの弾丸が左肩の装甲を抉っていく。当てられた衝撃に体を回してしまうが、その回転する勢いのままメビウスの背中に乗った。刀を振りかざし、メビウスのコクピットに突き入れる。
その時、分厚いメビウスの胴体を貫いて手裏剣が襲いかかった。一本角に突き刺さる。
『なに!』
驚いたのは、投げた忍者ジンだった。そこに一本角の姿はなく、代わりに手裏剣が刺さった鉄パイプがあった。
ウツセミに一瞬気取られた忍者ジンの胸元から、刀の切っ先が現れた。コクピットを背後から刀が貫いたのだ。
『ぬうぅ!』
一本角が吠え、遺体となった忍者ジンを振り回す。盾となった忍者ジンの背に手裏剣がいくつも突き刺さった。その間も一本角は刀も絶えず振り続け、手裏剣をうち落としていく。
手裏剣の雨霰の中を一本角はかいくぐり進む。
囲むように現れたジンが、一斉にミサイルを放った。
当たる軌道のものを切り裂き、上へとミサイルをかわした先には、何機もの忍者ジンが待ちかまえていた。
『いかんッ!』
誘い込まれた。
四方から、刀を構えた忍者ジンが飛び込んでくる。
交錯。
盾で受け止め、刀で絡めとり、脚で蹴飛ばし、角が切り結ぶ。
(……足りないか!)
一瞬とてしのいだだが、完全に脚を止めてしまった。宇宙の乱戦で脚を止めるのは致命的だ。
拮抗する五機のジンに、飛び上がった五機目の忍者ジンが槍を構えて加速をかけた。切っ先は一本角の胸元。
しかし、直上からの銃撃が五機目のジンを槍もろとも撃ち落とした。
同時に放り込まれた煙幕弾が炸裂、ジンたちが白煙に包み込まれる。
周囲で待ちかまえていた忍者たちは伺うしかない。
白煙に時折銃撃の光が、雲の中の稲妻のように瞬く。サーモカメラを用いて熱を見ようにも、煙が熱を持っているのか画面が真っ赤に染まるだけだ。
爆発と思わしき大きな光とともに、白煙が一斉に晴れた。残滓が漂うなかに四機のジンがいた。どれもが胸元に穴を開けて力無く漂っている。一機忍者ジンが足りないのは、爆散してしまったのだろう。
一本角と乱入者の姿は、どこにもない。
ーーーー
忍者たちが、敵を探しに散っていく。宇宙と黒煙の闇に彼らの姿が消えたことを確認して、一本角は遠眼鏡をおろした。
MSサイズの望遠鏡をしまい込みながら、傍らのメビウスに声をかける。怪しい朱と白のメビウス。彩火だ。
『すまないな。あの人数を相手に武器も無しだと、手間がかかる』
『なら、次は問題無いんだろうねぇ?』
『ああ』
いつの間にやら手の中にある手裏剣を弄んでいた一本角は、彩火を見ていた。
『なんだい? あんまり見るなら取るもの取るよ?』
『いや、それはいい……イガリはどうした』
『……あれ、さっきあんたに突っ込むまで居たんだけどね、あの坊や』
残骸外縁の黒煙に居た彩火が来たというのに、イガリの姿が見えない。
周囲を探ると飛んでくる機影が見える。針だらけの姿のMA。イガリのメビウスだ。
その後ろに、さらに二機のメビウスがついてイガリを追いかけていた。三機の軌道がもつれ、絡み合いながら飛んでいく。一本角たちの姿を見たのか、先頭のイガリが軌道を変え一直線に向かってきた。
『なにやってんだ、あいつは。何でこっち向かってくる』
『いつの間に引っかけたのやら。……案外やるわね』
やれやれと、二人が武器を構えて、イガリから通信が入った。
『あ、すいません、この人たちお願いしますね!』
開口一番、そう言ってイガリが機体を一気に加速させて、傍らを通り過ぎようとする。
一本角はいたって冷静に、イガリのメビウスの尻を上から叩いた。
『ほいっ、と』
『ヴぉげぅッ』
うめき声が漏れながら、イガリの機体が後ろに百八十度回転する。無理矢理に機体ごと反対へと向けられてしまったスラスタによって急制動され、メビウスの速度が一気に落ちる。
急激にめまぐるしく動く視界の真正面に、敵のメビウスの姿が見えた。
敵は回避機動が間に合わず、もはや目の前。
『…………えい』
イガリは引き金を引いた。敵は炎を吹き出しながら、イガリを追い越していく。
『ほえー……』
そして爆発。イガリは何の感慨も無く、二つの爆発を眺めていた。
『で、あとはあの嬢ちゃんなんだけど』
『それなら、見つけたぞ』
『え、どこさ?』
再び一本角の構えた遠眼鏡のレンズは、ジャンク屋作業船から飛び出した光を捉えていた。
ーーーー
作業船から飛び出したのは、忍ジンとリリー。
宇宙を飛ぶリリーの行く手に、黒づくめの忍者ジンがいた。周囲を警戒しているのかあたりを振り向いているが、まだリリーには気づいていない。
避けてもいい。だが。
「邪魔だッ!」
忍者ジンをまっぷたつに斬り裂いた。
爆発もなく漂う遺体を置き去りに、世界樹残骸へと向かっていく。
当初は一本角らと外縁部に再集結するのが話であった。
しかし、それでも残骸へと向かう。
「先に行かせてもらうわよ」
そうこぼしたのは、申し訳ない気持ちがあったからなのか。
着物の男らが残骸で何の目論見があるのか、いまだ分からないのは確かだ。サーバーの作業からして何か情報を入手したいのだろう。それも難航していた様子だ。それでも作業を止めて、作業員を脱出させていた。
(つまり、もう用は無いということ)
作業員たちはみな、話が急だとは不満を漏らしていたが、驚いていた様子は無かった。
おそらく、もう時間が無い。この時を逃せば取り返しがつかなくなる。そのリリーの行く手を、何機もの黒づくめの忍者ジンが阻んだ。
『さっきからちょっかい出してくれているのは貴様か』
『知るかッ!』
一喝。忍者ジンの言うことにリリーは心当たりは無い。大方一本角が外壁部で何かしたのだろうが、気にすることではない。苦無を構え、忍者に向けて駆ける。
刀の忍者ジンと斬り結んだ時だった。リリーの後方から、いくつもの銃撃が走る。
『後ろからだとッ!』
驚いたのは忍者ジンたちだった。銃弾は忍者ジンたちに襲いかかり、包囲網に穴を開ける。リリーは好機とばかりに、穴へと突っ込んでいく。そこに併走して現れたのは一本角たちだった。
『おう、そんなに急いでどうした』
『何やってんの? そんなサンドイッチになって』
『おまえが前に出すぎなだけだ』
『追いつくの、大変なのよぉ?』
文句を言う三機は、寝そべった一本角がイガリのメビウスを抱え、さらに一本角が彩火のメビウスを背負う奇妙な形だった。スラスタの推力方向をそろえることで速度をあげているのだ。 三機は分かれてリリーに併走する。
『そんなに急いでどこに行く?』
「サーバールーム。たぶんモタモタしてたら手遅れになる」
『サーバー? ここってそんなモノあるの?』
『世界樹はもともと研究施設だ。当然あるだろ』
二人はリリーの焦る様にピンと来ていない。そこにイガリが割って入った。
『それって、この熱量と関係あります? なんかドンドン上がっているんですけど』
そう言ってイガリが送ったデータが示したのは、サーモカメラで映された世界樹残骸の図。ほとんどが宇宙に冷やされきった深い青に染まるなか、赤く染まっている場所が二つ、寄り添うようにあった。
「だいたいここよ、話のサーバールーム」
『エンジンのあったあたりだな。ジェネレーターじゃねぇか?』
思わず忍ジンが振り向けば、同じように振り向いた一本角のジンのモノアイと目があった。
「エンジン?」
『ここがサーバーだってのか?』
『たぶんお二方とも間違ってません。その二つでしょう』
『ずいぶん近いのねぇ、そこ』
彩火がぽつりとつぶやいた言葉に、リリーと一本角の視線がモノアイごしに交錯する。
「サーバーの持ち逃げね、目的は」
『データを抜けば楽だろうに、そんなヘッポコなのか犯人は。だいたい、そんなことしてなんになる?』
「専門家が抜けないとは言っていたけどねぇ、中身はなんなのか……」
問いにリリーは答えに窮する。彼らが欲するデータの中身は未だ見当がつかない。こんな大がかりなことをしてまで欲しいものなのか。
『心当たりはある───』
「あー、サーペントテールの目的はこれかな」
『ああ、いたな。そういえば』
『───え! 会ったんですか!?』
反応したのはイガリだ。声は跳ね上がり、興奮に目を輝かせている。
「あれ? 言ってなかった?」
『聞いてないです! 早く行きましょう、お話聞かせてもらいますからね!』
「まあやることは確認できたし、さっさと行きましょう。……ファンだったか」
イガリもはやし立てて道を急ぐが、あいにく熱源の場所は、ここからでは残骸のちょうど裏側になる。
先には忍者ジンが網を張っていた。武器を構え、意地でも通さない姿勢だ。
『来たぞぉ!』
さらに行く手を阻む忍者メビウスの群に、一本角が吠える。
四機が一気に加速するなか、さらに飛び出したのは朱のメビウス。彩火だ。
『時間が無いって話でしょう? ちょっとばかし、無茶するわよう』
彩火はくるり、と朱のメビウスをひねらせると、忍者メビウスの群に何かを打ち出した。
二つ、四つ、六つ。
次々に打ち出される弾だがメビウスたちは難なくかわし、狙いを突出した彩火に定める。
それにも動じずに、彩火はどこかから出した布をメビウスに纏わせつかせた
それは漆黒の宇宙によく映える、燃えるような赤。
何をしている? とリリーが疑問に思うと同時に忍者メビウスたちの弾が一斉に彩火へと襲いかかった。そして、彼らの姿は赤い煙の中に消える。血のように暗い赤の色。煙幕弾だ。
流れ弾をリリーたちは避けるが、彩火のメビウスは臆することなく前に進む。
忍者メビウスたちが飲み込まれた赤の煙に、彩火のメビウスも身をくねらせながら突っ込んでいく。はためく布が、風のごとく宇宙に写る。
『後をなぞれ!』
声の通りに、彩火の後をなぞっていく。向かってくるメビウスは、彩火の銃撃で次々押し退けられている。どれもがコクピットやエンジン、スラスタなど重要な場所を撃ち抜かれているのだ。
「へぇっ、よくやる」
『煙モノをつかうと滅法強いからな、あいつは』
向かって来た忍者ジンを切り捨てながら、リリーは感心したように言った。
赤い影が煙から抜け出す。同時にいくつもの銃撃がたたきつけられた。被っていた布が破けると、そこから現れたのは黒のメビウス。
忍機たちが間違いに気づいた時には、自身に銃弾が突き刺さっていた。
『ちゃんとよく観なさいな』
忍機たちが沈黙していくのを眺めながら、彩火はため息をついた。
彼らが撃ったのは、煙中で撃ち落とされたメビウスに、彩火が最初に着た布を被せたもの。デコイに気を取られた隙を、彼らは撃たれたのだ。
そして、リリー達も薄れ始めた煙を抜け、合図も無く熱源へと再び進んだ時だった。
『きゃあぁッ!』
『彩火ァッ!?』
彩火の悲鳴。
彩火のメビウスが攻撃を受けたかと思うと、一本角に大きな影がぶつかった。それは宇宙だというのに、鳥の影を持っていた。
まるでジャンクを組み合わせたような、珍妙な機械の鳥だ。
「何、鳥!」
巨大な鳥の影に引きずられ、一本角は引き離されてしまった。
『二人とも!?』
「───いけない!」
『うわぁ!?』
ガン、と思いきりよくイガリのメビウスを蹴り飛ばす。たまらすイガリが文句を漏らした時だ。
イガリのメビウスは、右のバインダを抉り取られていた。
『え、え?』
イガリは姿勢を立て直そうとするも手間取っている。突如崩れた機体のバランスに戸惑っているのだ。付け根から豪快にもがれているというのに未だ損傷に気づいてない。
それどころか、目前に現れたMSの影にもまだ気づいてなかった。
影はひざまづいて右手を降り下ろしたし姿勢のまま、立ち上がる様子がない。ただ右手を握っては伸ばすといった動作をゆっくりと繰り返す。まるでその手の感触を確かめているようだ。やがて納得したのか拳を握りしめて立ち上がり、その姿が露になる。
羽のバックパックや一部装甲が無いのはよくあることだ。だが、ほとんどの装甲を無くし、代わりにカバーで覆っているだけの駆体。通常のジンが羽を持った騎士、とでもいうのならこれは薄着の格闘家のようなもの。MS《ジン》の改造機とは思えない。
「だれだッ!」
飛び出し、薄着のジンに刀を振る。薄着のジンはゆらりと忍者ジンを見ると、背後からイガリのメビウスを盾に差し出した。
「邪魔!」とリリーが言うなり刀の軌道を変え、コクピットの周囲を斬った。
コクピットブロックがくり貫かれ流れていく。画面も暗転し急変する状況に揉まれて慌てるイガリを気にかけつつ薄着のジンに斬りつけるも、残された左のバインダを盾にして凌がれてしまった。
バインダを断ち切ったときには、薄着のジンの姿は無い。
「どこに行った」と思う間も無く、リリーは振り向いていた。振り向きさまに刀を振ると、それは振り切る半ばで止まった。薄着のジンが肘と膝で挟み、刀を止めている。
『今度はわかったか』
「また、あんたか」
面白がるように笑う声が聞こえる。声は、通路で会った着物の男のもの。
「何考えてんのか知らないけど、邪魔よ」
『まあそう言うな。ここは正直退屈していたんだ。ちょっとはしゃいだっていいじゃないか』
世間話でもするような様子で、リリーも意にかさない。
リリーがいくら動かそうと、止められた刀は微動だもしない。
「ならッ!」
リリーが刀を手放すのと薄着のジンが刀を折るのは同時だった。
一気にスラスタを吹かして、距離を取る。追うのが遅れた薄着のジンへ手裏剣を投じた。だが薄着のジンはたやすく打ち払い、虚空へ一歩踏み出した。
近くに、男の間合いに居てはいけない。それはリリーにもわかっている。
この男は格闘に秀でている。それは通路での戦闘から明白だ。
だがリリーが一歩距離を取るたびに、薄着のジンは二歩も三歩も寄ってくる。
一気に手裏剣を投げる。
薄着のジンは全身から溢れた光とともに、手裏剣をすり抜けた。
グレネードを束で投げる。
ジンは起爆するより早く、蹴り飛ばして背後へ流した。爆発を背に加速する。
一つ宙を蹴る度に全身のスラスタから光がほとばしり、薄着のジンが進む。
特に光るのが足裏のスラスタ。
その動きに、地上での格闘戦を幻視する。
おそらく薄着のジンは、地面を踏むときの反発をスラスタの噴射で代用しているのだろう。足裏だけではひっくり返ることになる『踏み出す挙動』を、他のスラスタで補正することで蹴る力へと変換し、あたかも地上を蹴り進むような挙動を可能にする。
そうして三次元の軌道を刻みながら、リリーへと迫っていく。
「だけど、そんなの、無駄じゃないの!」
思わず、リリーは叫ぶ。
近づき、進むなら、ただスラスタを反対方向に向ければいい。勝手に押し出してくれる。
避けたいなら、ほんの少しスラスタを吹かせばいい。ちょっとズレれば攻撃ははずれる。
愚直なまでに地上のような動きに拘りスラスタを過剰に吹かす動きが、無駄だとリリーは感じた。
だというのに。
風がそよぐように流れ、木の葉のごとく揺らめく挙動が、美しいとリリーは感じた。
気づけば、鼻先まで薄着のジンが迫った。
こつり、と何かが機体に当たる感触。首元に拳が乗せられていた。
光が視界を埋め尽くす。忍ジンを通じて、リリーの全身まで衝撃が響きわたる。
リリーの意識は、黒く染まった。
──世界樹は次回で締める