Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─   作:山田風

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砂塵の幻鱗

 乾いた砂埃が吹き荒れる。

 アフリカ中部、C.Eの世にあろうと砂漠は浸食の一途をたどる。

 その中、いくつもの岩山と砂漠が混じりあう一帯。

 

 砂の丘に現れたトカゲが、僅かに影となった岩場のそばで止まった。身じろぎもせず、じっととどまっている。

 この種のトカゲは全身に太いトゲをもつ。このトゲにかすかな湿気を集めて水滴とし、水分として補給するのだ。その為に時折立ち止まる性質を持っている。

 だが、突然動きだした。脱兎のごとく、岩の隙間へと逃げていく。

 

 そして、トカゲのいた場所のすぐそばの砂が、僅かに盛り上がった。トカゲはこれに怯えて逃げたのだろう。

 かすかに見えた空間に、うごめく影。人だ。人間が砂の下に隠れている。

 

「悪気はないんでしょうけど、ジャマなのよ……」

 

 玉を転がすような声の少女は、その隙間から遠眼鏡を遠く、岩山が入り組む一帯に向けた。

 その遠眼鏡はけして布から外には出さないほどに徹底して、身を隠す。

 

「いまだ動きなし。兆候見えず」

 

 遠眼鏡を仕舞い込むと、自身の周囲も警戒する。遠くを観察しておきながら、自分自身が観察されていたのでは話にならない。

 周囲に怪しい人影もなし。いるのはトカゲや虫くらい。

 

「……今日も太陽が元気ね」

 

 太陽を見上げて、リリーは言葉を漏らした。

 忍者リリー・ザヴァリー、今日の戦場は砂漠だ。

 

 照りつける太陽に乾いた空気が、すべてを焼いていく。

 けして暑い、とは口にしない。忍者はその位耐え忍ぶものだ。

 

 砂漠に身を伏せ、布を羽織った上に砂を被せて砂漠に紛れる十全の態勢。そうまでして観察するのは、遠くの岩山。

 ”彼ら”が動くまで、まだ時間がある。それからが問題だ。

 

 布に被さった砂の上を、何かが走った。トカゲだろうか、小さな足で荒々しく逃げるように走っていく。遠くの岩山から離れるように。

 

「ん、始まるか」

 

 再び隙間を開けて遠眼鏡をのぞき込む。遅れて、わずかに爆音が聞こえた。

 遠眼鏡に写る砂漠に、砲音とともに砂柱が上がった。

 砂漠を動くのは、ザフトのMS『バクゥ』。岩場から撃つのは、連合の戦車隊。

 

「戦闘開始。さあ、くるか……?」

 

 正面に立ち上がった砂柱に、バクゥが突進する。かまわず突き進むのだ。

 戦車が次々と破壊される中、砂柱にバクゥが飛び込み───

 

───砂柱が崩れた。バクゥの姿はない。

 戦車部隊に一瞬の動揺が見えた。だがザフトたちはまだ気づいておらず、むしろ好機ととって動き出す。

 

「来たッ!」

 

 リリーは動き出した。砂の隠れ蓑をはねのけ指笛を吹く。

 常人には聞き取れぬほど、か細く甲高い音。だがそれを聞き届ける者がいた。

 背後の砂が山のごとく盛り上がり、忍ジンが現れる。リリーは流れ落ちる砂をかき分け、開け放たれたコクピットに飛び込んだ。

 

「話通り。ありがとね、トビー」

『───』

「わかってるっての」

『──!!──?』

「ええい珍しくなんか言うと思ったらそれかぁ!」

 

 コクピットに座り込みながらも、傍らのトランク相手に口論を続ける。それはコンピュータだ。中身はAI『トビー』

 素性はリリーにもあまり把握はできていない。来歴を聞き出そうにもはぐらかされるのだ。

 自意識はあるように見えるがかなり事務的であり、ときたま何かメッセージを発しても警告だったりと、戦闘支援AIの枠をでることはしない。ただ会話を面倒がっている、とは思いたくない。

 

(話も聞けないなんて、情けないわよねぇ……)

 

 ため息をはきながら、ジンに一歩踏み出させた。

 

「よし、いくわよ!」

 

 忍ジンは岩山へと駆けていく。砂にわずかな波紋を残るのみ。それすら、次の時には風に流され、消え去った。

 

 

ーーーー

 

「失踪、ですか」

「そう、失踪してるんだよね」

 

 オーバーリアクション気味に肩を落とし、額に手を当てながらアンドリュー・バルドフェルドはため息を付いた。

 

 今日の依頼は、ザフトからのものだ。ザフトがアフリカ侵攻を開始して二ヶ月、地上の侵略戦線は一進一退の小康状態に陥っていた。

 いくつか理由がある。

 連合も対MS戦略を確立し始めたこと。

 プラントからの拡大する戦線の補強が落ち着いてきたこと。

 

 ほかにも理由は多々あるが、このアフリカ戦線においてはある一つの事象がその一端を担っているという。

 それが、兵の失踪。

 

「MSまで消えたんですか」

「そうなんだよ。MSごと消えちゃったのさ」

 

 この兵の失踪、作戦行動中に起きるのだ。

 前触れも、残骸もなく、痕跡もなく消え去る。

 

「砲撃支援に高台に登ったザウートは途中で姿を消した。挟撃に向かったジンオーカー部隊から、一機消失。破壊工作に向かったあるバクゥ隊なんて、一番の若手以外みんないなくなっちゃったんだもん」

「よく部隊を保っていられるわね」

「だからぼくはここに座っていられるんだ」

 

 鼻高々に胸をたたいた。

 

「まず考えられたのは、内通者。だけどさすがに多すぎるし、タイミングもおかしい。それは無いと断言できる」

「神隠しでもあるまいし……」

「そう、神隠しだ」

 

 ビシリ、とリリーを指さし、バルトフェルトは言う。

 

「ほんと困っちゃうんだよねぇ、みんな怯えちゃうんだもん」

「ザフトの兵なんですよね……?」

 

 ザフトは義勇兵という形をとっている。それゆえ動機は多々あれど、士気はザフトの方がやや高い。

 その義勇兵たちが、怯えているという。

「そんなことで。戦争してるのに?」

「それとは違うだろう。みんな、ただただ怖いんだ。『わからないモノ』が」

「……どういうこと?」

「ようは部屋のベッドにこもって、お化け怖い、って怯えているのさ」

「……はぁ」

 

 どうにも、リリーにはよくわからない話だ。忍者の里で育った過去故、一般とは違うという自覚はある。だが一般の感覚がどのようなものか、実の所把握し切れていない。

 

「ザフトとは、プラント民だ。宇宙暮らしなんだよ。地球みたいな自然を、大いなる自然を知らない人も多い」

 

 バルトフェルトは語る。教師として授業するかのようでいて、友人に面白い話をするように、楽しそうに。

 

怪談話は自然が生み出す、と。

 

「東方には、幽霊の正体は枯れた草花だったという話があるだろう? 池の化け物話は単に底が深く、ぬかるみもあるから危ないよ、っていう警句にすぎなかったりする。風の音に恐怖を感じ、自然の驚異に対応するため警鐘を鳴らす。殆どがその程度なのさ」

 

 地球とプラント─コロニー─の環境において、大きく異なるのが自然だ。コロニーの自然は地球と比べて、安定するよう管理されている。

 コロニーには、身を乾かし焦がすような暑さはない。体を震わせ心まで凍らせる寒さもない。コロニーで暮らすうえで、極端な寒暖は必要がない。

 コロニーには地震も、火山も、嵐どころか雷もない。どれもコロニーに被害を与えてしまうもの。安全に運用していくために、コロニーに存在してはいけない。

 

「むろん地球の人々とて皆が、全てを知っている訳では無いだろう。だが、ある程度は知っている。”想像も付かない”ということを簡単に想像できる」

 

 コロニーで生まれ育った人々は、放置された”あるがままの自然”を知らないのだ。

 

「大変だったよ、ここにくる人みんな慌てるんだもん。コーディネーターは大抵体が強いものだから、熱中症に気づいたときには芯まで茹だって重症ギリギリだし、虫とかトカゲが紛れ込む度に基地をあげての大騒動になるし」

「あなたもコーディネーターでしょうに、ずいぶん他人事ですね」

「コーヒーを求めて全土を回ったからねぇ……昔は僕も似たような事やったから笑ってられるんだけど」

「そうなんですか」

 

 テーブルに目を落とすと、そこには始めに差し出されたコーヒー。リリーはまだ手を着けて無かったので、少しだけ、口に含んでみた。

 

「薄めが良い仕立てにしたんだが、どうだい…………?」

 

 バルトフェルドは少しばかり身を乗り出し、じっとリリーを見つめる。

 リリーの小さな手に握られたカップはそっと小さな口に持っていかれ───

 

───音もなく、ソーサーにカップが戻される。

 バルドフェルドは、そっとミルクとシュガーポッドを差し出した。

 

 

ーーーー

 

 

 岩山に陣取っていた連合戦車隊に、動揺が走っている。

 

『あのバクゥ、どこに行った!』

『一機見失いましたぁ!?』

 

 この岩山は、主戦場からは離れている。しかしここを通れば、戦場を横からたやすく突くことができる要の場所。なんとしても連合はザフト部隊を通す訳には行かないのだ。

 

 鍛え上げられた戦車隊の練度と戦術は驚異的なもの。一体となった隊は戦車でありながらMSを墜としていく。

 彼らは仲間の挙動を見れば、どの様な行動を欲しているのか手に取るようにわかるという。そして確実にMSを撃ち殺していくために、MSと戦車の位置を把握する必要がある。

 だが、一機が消えた。

 一瞬でも隙をさらせば”犬”に食いつかれ総崩れとなるからには、気が気でないだろう。

 

 現にバクゥの群は一気に岩山に迫っている。

 消えたバクゥのことを気にしている様子はない。

 気づいていないのか、そんな暇もないのか。

 バクゥたちが攻めていく今、一瞬の好機を逃す手はない。

 

 一帯の傍ら、朽ち果てた巨岩から忍ジンが飛び出した。

 一瞬で一帯を見渡し、当たりをつける。

 

『──、──!』

「やっぱり、そこか!」

 

 トビーの分析から推測を確信に変え、ジンの手を振るった。突き出した掌からはワイヤーが延びていく。その穂先が向かうのは、バクゥが消えた砂柱跡。

 穂先は空気を噴射しながら勢いよく進み、砂へ深く潜り込んでいく。

 

「いっ、たぁッ!」

 

 勢いよく、ジンの腕を引き戻す。

 砂柱跡が盛り上がり、中からバクゥが飛び出した。空を泳ぐその体は力なく振り回されている。腹に空いた大穴が、その命が尽きていることを示していた。

 

「囮なら、もうひとぉつ!」

 

 バクゥを捨て、もう一本、左手のワイヤーを引き戻していく。

 

 再び砂が盛り上がったかと思うと、破裂した。吹き上がる砂の中に、シグーの姿があった。

 

「見つけたぁ!」

『ちぃっ!』

 

 ワイヤーが力を失った。半ばから断たれている。シグーが苦無で切ったのだ。

 シグーはそのまま落下し、砂へ飛び込む姿勢をとる。

 

しかしその前に、リリーが回り込んでいた。ジンとシグー、二機の苦無が宙で斬り合い、互いをはじきとばす。

 

 次こそ、とシグーが砂へ潜ろうとして、代わりに刀を振るった。ジンの振るった刀をはじきながら、シグーはうめく。

 

『砂地で、オレよりも早いか!』

 

 驚きの声に、リリーはほくそ笑むだけだ。

 

(ええ、早いわ。よく動くわ!)

 

 内心、高揚しているのは確かだが。

 

 大破を経て修復された忍ジン。たいして見た目は変わらずとも、その中身はリリーに併せて調整が施された。忍ジンの動きは非常によくなっている。

 以前から非常に扱いやすかったが、もはやそれ以上。まさしくリリーのものとなったのだ。

 

 その動きは、砂漠を自在に駆け抜けるシグーに勝るとも劣らない。

 

 砂漠をかけ巡り、刀を交える。バクゥと戦車隊は見向きもしない、気づかない。

 センサーすら忍者には追い付けないのだ。

 

『だが、砂漠はオレのほうが上手いなッ!』

 

 シグーが砂を蹴りあげる。目つぶしにたたきつけられた砂が一瞬視界を覆い、シグーの姿を隠す。

 

 そして、大上段から振り下ろされた刀を、ジンはまともに受けることになった。

 忍でありながら非常に重い剣圧に刀が悲鳴をあげる。そして、刀よりも先に足場が音を上げた

 

(げっ、滑った……!)

 

 砂に足を取られ、ジンが姿勢を崩した。すぐに姿勢を立て直す一瞬のことながら、忍者には大きすぎる隙。

 

『砂の動きを知らないからぁッ!』

 

 シグーは素早く刀を返し切っ先を向け、突きを放った。刀の腹で受け止めながらも、リリーは吹き飛ばされしまう。

 

(いくらよくなっても、私が使えなければ……)

 

 砂に足を埋めながらも立ち上がったジンにいくつものワイヤーが襲いかかった。短いワイヤーの両端につけられた重石が自重で巻き付き、ジンを拘束していく。

 

「しまったぁッ!」

 

 ふりほどこうにも動く度にワイヤーが絡み付き、堅くしまっていく。そしてもがくほどに、砂に足が沈んでいく。二重の拘束にリリーはとらわれていた。

「あの忍者は───!」

 

 機体に衝撃が走る。背後のシグーが突いた刀が、ジンのわき腹が貫いていた。

 

「くっ……」

 

 なんども、突き刺していく。腹、腕、足。締まっていくワイヤーを避けながら、ジンに傷を刻んでいく。

 

 そのとき、リリーは見た。岩山の影が動いた。砂漠に映る影が、半ばが盛り上がっていく。

 

「な、に───」

 

 見上げれば、逆光に照らされつつもその姿がはっきり見える。丸みを帯びた形、突き出た細長い円筒。片方の岩肌が、明らかに一回り大きくなってた。

 

「砲台ですって!」

 

 固定砲台。連合が多く保持する仕様のものだ。

 砲弾のあまりの大きさは、いかなるMSどころか、艦船でも当たればただではすまないだろう。その巨大な砲口はリリーへと向いていた。

 

────なぜ見落とした?

 疑問をかみ砕く間もなく、砲口が火を吹いた。

 

 着弾。膨れ上がった炎と衝撃に、岩山が震える。周囲の砂漠はえぐれ、刻まれたクレーターがその威力を語る。

 

『こんなモノに倒されるとは、恥だな……』

 

 岩山頂上に避難していたシグーは、収まっていく爆煙を眺めながらどこか寂しそうにつぶやいた。

 忍びにとって任務半ばで果てるのは、忍びの本懐だ。果てれば所詮己の力がそこまでだったということ。だからこそ、いかにして果てたかで本望にも恥にもなる。

 流れ弾でもない大型砲に討たれたとなれば、それは己が姿をとらえられたということ。闇に生きる忍びにとって屈辱に等しい。

 

 岩山各部では砲台の衝撃にザフト部隊に動揺が広がり、劣勢の連合戦車隊が追い上げている。

 

『手伝ってやるか……?』

 

 去り際にちらりとクレーターを見つめ、シグーは目を見開いた。収まっていく煙の中に、何かの残骸が転がっている。小さな足、ケーブルの首、雄々しく立つ砲口。

 それは、バクゥだった。

 

『何だとぉ!』

 

 シグーは、そのバクゥに見覚えがあった。先ほど砂中に引きずり込みながら、ジンに奪われたバクゥだ。それをジンは、砲撃の身代わりにしたのだ。

 ジンの姿は、どこにも無い。

 

 そして二度目の轟音が岩山を震わせた。漠炎が岩肌を焼いていく。砲台が爆発したのだ。

 風が通り抜け、影がシグーを覆った。一瞬見上げて、違うと断じた。

 

『下かぁッ!』

 

 刀を構えた瞬間、衝撃が走った。下方からの切り上げに押され、姿勢を崩す。しかしそれでも、シグーは刀を受け流しきった。

 

 振り向けば、頂上にもう一機の影。忍ジンが刀を携え立っていた。全身すすけているがワイヤーも無く、悠然とシグーを見つめている。

 

『くっ!』

 

 シグーは逃げだそうとして、足が動かなかった。足下を見ればワイヤーが巻き付き、端の重石が地面に刺さりシグーを縫いつけていた。先ほど忍ジンを拘束した重石付きの紐だ。

 

「逃げようったって、そうはいかないわよ」

『ぐうっ……!』

 

 リリーの冷たい声に、シグーがうめきをあげる。リリーはジンに刀を構えた。

 

「何をしたいか知らないけどね、ジャマなものは」

『ええいぃっ!』

 

 シグーが逆手に刀を振りあげた。すわ切腹かとリリーが思うと、その切っ先は足下の地面に吸い込まれる。

 そして地面に現れた亀裂は頂上に広がり、リリーの周囲にも広がった。

「なに───!」

『ただ逃げるだけと思ったか!』

 

 驚いたときには手遅れだ。岩盤が崩れ穴があいた。崩落にリリーも巻き込まれ、穴に消える。

 

 落ちた先は大きな空洞だった。壁と床の区別もつかないほどに大きくうねる岩肌が、その大きさを優に語る。

 

「ここは、洞窟か」

 

 岩山の中に洞窟があったのだ。周囲の壁にいくつも穴が見える。どこかで外ともつながっているのだろう。舞い上がった土煙が、天井の吹き込む風に乗って穴へと流れていく。

 

 ───後ろ!

 突然、ジンは身を投げ出すように前方へ飛び出す。背後ではシグーが刀を振り切っていた。

 

『外したか!』

 

 リリーが投げた手裏剣もあっさりと弾き落として、シグーが走る。

 

「これは、誘い込まれたかな?」

 

 ひときわ大きなうねりの側面に忍ジンが立ち、刀を構える。こちらも駆けた。

 

 壁を蹴り、地を蹴り、宙を舞う。

 空洞のスタジアムで、剣閃と、時折こぼれる手裏剣がその姿を映す。

 

 天井の一角から突き出た岩が、剣撃にまき込まれ崩れ落ち、もうもうと砂煙を巻きあげた。

 空洞中を満たした煙をかき分け、ジンとシグーがすれ違う。リリーは宙で刀を振るった。しかしシグーも、わかっていたとでも言うように刀を振るう。

 斬り結び、擦れる刃が火花を散らす。

 火花に照らされて、ジンとシグーの視線が交わる。

 

 刀は弾かれて、二人は地面に降り立った。

 次へと飛び立とうとした二人を、互いに投げた手裏剣が抑え込んだ。

 

 おのずと二人は構え、向かい合う。緊張の間を緩やかに風が吹き抜ける。

 音も無く、瞬き無く、身動き無く。じっと隙を伺い狙い定める。

 

 時折、隙は見える。しかしそれは撒き餌だ。誘い込み、己が優位に立つためのもの。相手も知らぬ”本当の隙”をリリーはよりわけていく。

 

 しかしそれは相手も同じこと。リリーの作る”嘘の隙”を見抜き、狙うべき隙をさらけ出していく。

 時にあえて餌に引かれたように隙を見せ、食いつく瞬間こそを狙う。技をかけんと組み合う柔道か、互いに竿を引き合う釣り人か。そうして、身じろぎもせずに、幾度もの応酬を二人は繰り広げていた。

 

 それは一拍か、一分か、それとも。さりとて時間は過ぎる。

 どこかからガシャリ、と砂を踏む音がした。

 

『ぬぅっ、なんだ貴様等は!』

「なにっ」

『ん───』

 

 かけられた声に、思わず二人は振り向いた。入り組んでいる中、三機のバクゥが現れた。

 戦車隊を突破したバクゥ隊だ。

 

『ジンとシグーがなんで戦ってるんです?』

『それにしてはずいぶんカスタムされている……貴様等、傭兵だな。敵か?』

 先頭の一機が叫ぶと同時に、残りの二機も構えた。レールガンとミサイルポッドが向けられる中、リリーはシグーへの視線を動かさない。

 忍者は影に生きるもの。このような死合のさなかに姿を見られたのは、不覚に尽きた。

 

 どのような思いを抱いたのか、シグーはバクゥを見据えて問う。

 

『敵なら、どうする?』

『問答無用ォ!』

 

 はたして叫びと引き金、どちらが先だったか。

 紫電がほとばしり、レールガンが放たれた。しかしすでにシグーの姿はなく、地面を抉るだけに終わる。遅れてミサイルが叩き込まれ、一気に広がった爆煙が洞窟に満ちる。

 

「くぅっ、素人が!」

 

 はらはらと砂粒が降る。いくら頑丈といえど、洞窟の中でミサイルを放つのは危ないにもほどがある。崩落の危険性を考えられないのか。

 

『むぅ……』

 

 煙の切れ間に、シグーの姿があった。

 リリーとバクゥ部隊、ちょうど正三角形になる位置へと降りたったシグーが両手を組む。

 

『返答感謝する。ならば良し。それでは!』

 

 シグーが宙に右手を掲げる。そのとき、リリーは己の失策に気づいた。

 爆煙が、シグーから流れてきている。

 

「しまった、風下か!」

 

 風の流れが、変わっていた。地形などの自然によるものか、それとも仕組まれたものかはわからない。

 緩やかな風が吹き込み、洞窟を抜けていく。いつもなら砂混じりの乾いた風が、淀んでいるように思えた。

 

 いや、違う。

 一瞬、視界が揺らいだ。

 これは、淀んでいる。

 

『な、なんだこれは、レーダーがきかん!』

『め、目が回る……!』

『みんな何処だ!なんでオレは森なんかに!』

 

 バクゥ部隊も慌てている。お互いも見えず、代わりに何やらよからぬ物が見えている様子。

 

「幻覚か……!」

 

 ミラージュコロイドはレーダーの電波や光を拡散させることから、忍者も好んで用いる。これにトリカブトなどの毒粉末を混ぜ込み風に乗せて巻くのだ。これが古来より兵法にも記される ”ミラージュコロイド隠れの術” である。

「ぐっ……頭が……!」

 

 風下から飛びのいた忍ジンだが、その足は少々おぼつかない。

 少しばかり毒を吸ってしまったようだ。

 

 バクゥたちは互いもわからず、戸惑っている。見えていないのだ。

 ミラージュコロイドがまかれるということは、周囲も見えなくするということだ。地上の石、突き出た壁、敵、そして僚機。触れたものは一切合切見えなくなる。

 バクゥたちは気が気で無かったはず。隣の機体も見えず、頼みのレーダーもきかない。さらに肝心の己の五感は毒にさらされ使い物にならない始末。

 

 バクゥ部隊がいた方で、爆発が起きた。

 恐慌をきたしたであろう一機が発砲したレールガンの流れ弾だ。天井に当たり、岩肌が破裂して岩が降り注ぐ。

 衝撃と落石に荒れ狂う空間に、異なる動きをする影が見えた。

 壁を蹴り、何かをジンへと投げる。刀を振れば、金属を弾く感触がした。手裏剣だ。

 

(後ろ!)

 

 背後に気配を感じた。刀を振ると、なにかを撫でた。慌てて飛び去っていく気配がする。

 刃先にかすかに残されていたのは、装甲の欠片。

 

(外した!)

 

 逃したのは、痛恨の極みだ。

 次いで上から、手裏剣が迫る。振り向きながら弾き落とす。再び構えようとして、何かにつまづき、ジンがひざを突いた。

 地面を見れば、まだらに透明になった岩が砕けているのが見えた。コロイドをまとい、透明なって見えなくなっていたのだ。

 

『───!』

「左かぁ!」

 

 トビーの警告に併せて刀を振ると、シグーの刀と斬り結ぶ。そのままジンが蹴ると、シグーは身をかわし再び姿を消した。

 

 どこかから、かすかな笑い声が洞窟に響いてくる。

 

(マズいわね、いい状況じゃない。なら───)

 

 ジンを立ち上がらせたリリーは、目を閉じた。戦闘の最中に視界を封じるの自殺行為だろう。だが、いまはむしろ良いことだ。

 シグーが放ったコロイド隠れの毒がリリーを蝕んでいる。

 吸ってしまったのが僅かだったにも関わらず視界が揺らぎ、霞む。

 肝心の現実もコロイドが付着してまだらに透明になる有様。大きな岩が見えなくなり、不用意に動けば足を引っかけてしまうだろう。

 

 ならば視界を捨てる。

 感覚を研ぎ澄まし、心で観る。

 

そう、心眼を

 

(そこっ!)

 

 背後へ刀を振る。一瞬のかすかな手応え。装甲を撫でるだけに終わった。

 

(遅かった……!)

 

 また、バクゥの方で爆発があった。一つ、気配が消えた。一機破壊されたようだ。

 その衝撃に、洞窟が揺れる。

 

 動き回るシグーの気配は、どんどん早くなっていく。気配は感じる。だが追えない。一点に定まったときにはすでにその場を離れ、別の場所へと移っている。

 

(一機墜としたのは目くらましのつもり? そんなものは、関係ない)

 忍ジンは刀を納め、構えを解いた。

 リリーの心は静まり、深く沈み込んでいく。忍ジンと一体となり、感覚を洞窟に染み渡らせていく。

 

 それゆえ、気づかなかった。傍らのコンピュータ、トビーもまた反応していることに。

 ジンの姿に変化があった。胸元のカバーが開きセンサーが露出する。

 同時にリリーが手に取った世界は、大きく広がった。

 そして、シグーの姿が”心”で観えた。

 ──真正面から、飛びかかってくる!

 

「そ、こ、だ───ッ!」

 

 刀を振り抜いたときに残ったのは、あっけないとしか言いようのない、軽い感覚。

 真っ二つに裂かれたシグーの爆発を背に浴びながら、忍ジンは刀を収めた。

 

「これは、すごいわね」

 

 リリーが目を開くと同時に胸元のカバーも降り、センサーは収納された。これが、修理時に搭載された新装備『心眼センサー』いかなる原理か、一度起動させれば、心眼の光景が一層きれいに、確実に手に取れることができる。

 

「心眼センサー。だから、観れたのね」

 

 振り返って目にしたのは、まだらに透明になった黒い布。あのシグーはこの黒い布にミラージュコロイドを塗って、透明になることで身を隠していたのだ。

 

 ──『ミラージュコロイド』が忍者によく用いられていたことは、知っての通りである。透けて姿を隠すという性質から、隠れ蓑として布の表面に塗り付けて古来より使用されている。

 忍者が黒色、というのが市井に印象深いのも、ミラージュコロイドが付着しやすい黒色の布を忍者が好んで使用ことが由来であるという。

 

「───終わったのね」

 

 背後からの声に、リリーはうなづいた。

 振り向けば、突き出た岩に腰掛けて、若い女性がたたずんでいた。きれいな黒髪のロングストレートが風にたなびき、艶めかしく光っている。

 ”砂漠の虎”のパートナー、アイシャ。

 

「これで解決ね」

「ええ、お疲れさまです」

 

 内通者や妨害工作などはすべてはねのけているというのに、涼しい顔だ。

 

「安心して城攻めができるわ」

「いえ、気をつけてください」

「ミラージュコロイドね。……まさか、表の連中に使わせるなんて」

 

 アイシャの顔に嫌悪の表情が浮かぶ。シグーが使っていたミラージュコロイドは、身を隠すのに最適の物質である。

 おそらく隠れていた砲台も、ミラージュコロイドを使っていたのだ。そしてあの砲台は間違い無く、連合兵が使っていた。忍者の技術を一般人が使うとは、いったい誰がその技術をもたらしたのか。忍者の恥に違いない。

 

「なら、これから先は──」

「大丈夫。種が割れればワタシでもやれるわ」

 

 言葉を遮り、アイシャはかすかに微笑んだ。リリーも見ほれた一瞬、ほのかに砂埃が吹き込んだかと思うと、アイシャの姿はどこにもない。

 

「礼は送っておく。ありがとうね」

 

 どこからか声が聞こえてきた。艶めかしい、男を惑わす濡れた声。

 

「あれ、これは……」

 

 リリーも去ろうとして、忍ジンの手に何かが収まっていることに気づいた。小包だ。あけてみると、中にはいくつかの銀と白の袋。

 

「これ、コーヒーと、砂糖か」

 

 わざわざ、コーヒーのブレンド比率や豆の解説、オススメの入れ方まで記したメモまで入った力の入れよう。

 

「……ま、たまにはコーヒーもいいか」

 

 コクピットの片隅に丁寧に仕舞い混み、リリーは飛び立った。

 

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