Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─ 作:山田風
日があれば影があるように───
L5宙域。そこはプラントお膝元。その一角、何もない広大な宇宙を一機のジンが飛んでいた。
たった一機で飛んでいるのは奇妙だが、その動きも奇妙でった。
ゆらゆらと蛇行するように飛んだかと思えば、鋭くはっきりとした動きを見せる。荒々しく乱暴な飛行をしたかと思えば、手本となるほどに丁寧で美しい軌道を宇宙に刻む。
はたしてこれは本当に同じジンなのだろうか。そう疑問を抱くほどに異なる機動をこのジンは見せていた。
その姿も、普通のジンとは少しばかり異なっている。あちこちがパーツが張り付いてシルエットが膨れ上がっているが、特に違うのはその背中。バックパックがまた異なるモノに変わっていた。通常の羽のような姿のスラスタと比べて盛り上がりながら大きくなり、全体のシルエットを力強いものにしている。
全身に張り付いたのも、新たになった背中の羽もどれもがスラスターだ。
やがて名を抱くであろうカスタムジン。だが、まだその名を名乗ることは許されない。
「機動テストG-11終了。よってGは満了……接続部に支障無し。プログラム問題無し」
機動を止めたカスタムジン。
ジンの操縦席に座るのは、確かな知性を感じさせる男だ。先のちぐはぐな機動も何とも無いように涼しい顔で傍らのモニターを引き寄せ、記入をしていく。
さきほど男がつぶやいた通り、今は機動テストの最中。あの二面性すら感じさせる奇妙な動きはこの男が単独で行っていたのだ。
調整の具合に個人的すぎる内容を修正しながら所見を記していると、アラートが操縦席に響いた。いくつも張られたメモをかわしながらスイッチを入れると、通信が入る。
『こちらヴェルヌ設計局実験場支部。通信どうですか? コートニーさん』
「ああ、調子がいい。それといまは仕事中だ」
『あ……っと。失礼しました、ヒエロニムスさん』
若い女性オペレーターに訂正させたのは、コートニー・ヒエロニムス。それが男の名。
「そちらでもデータは取れているか。問題ないならテストGの評価も送る」
『こちらでもデータ取れています。機動、操縦どちらも問題無いようですね。機体負荷の方も許容範囲です。あとバイタルも異常なし』
「バイタルに異常がでているなら中止を申し出ている。そもそもテストも完遂できない」
『このテストパターン、結構強いGがかかってますから少しばかりは異常が起きるものと思ってたんですけど』
「それではまともにこの機体も扱えないな」
『それもそうですねぇ……あ、こちらでも評価の受信、確認しました。次、行っちゃってください』
その声に応じてコートニーが操作すると、カスタムジンが向きを変えた。そのさきにはデブリ群。
「では、次のテストに出る」
『はい。パターンG-G。デブリ密集地帯での限界機動ですね。またの吉報お待ちしてますよ』
ーーーー
デブリの中を、カスタムジンが飛んでいく。悠然と迂回し、ときに踏み台に。
片時も止まることなく飛んでいく。
「それっ!」
一気に加速。デブリを回避しながらも加速していると、正面にジンの姿が見えた。相手も加速しているのか、スラスタの光を全身に帯びている。
コートニーは微塵も速度を緩めるくことなく進んでいく。相手も緩めない。やがて二機が鼻先にまで迫ったかと思うと、カスタムジンが起きあがった。
二機はともに垂直に曲がり、腹を向けあって併走する。
それは、鏡に映ったカスタムジンだ。それは、廃棄されたコロニーミラー。
そってジンが飛んでいく。
ミラーは太陽光を効率よく反射するために非常に磨かれており、廃棄されていてもその輝きは失われること無くジンの姿を写している。
「───こうして見ると、良いな」
一枚羽織っただけのような、変化の少ないジンのシルエットにコートニーは満足していた。この機体の改造の目的は、ジンの強化だ。増加スラスタによる速力増強、各部関節強化によってそれを下支えする事によって通常のジンでは不可能ない機動を可能にする。
この機体のプランは、コートニーの提案によるものが大きい。設計局に入ってからテストパイロットとして引っ張りだこだったが、開発を直接行うのは初めての大役ながら、こうして形にする事ができた。
形にする、ともすればそれを皆に使ってもらえる。作る、ということになんとも言えない嬉しさを感じていた。局の皆からも、評判は良い。
「───ああ、良い」
そんな、柄にもないこともつぶやいてしまう。かすかにゆるんだ口元にも気づかない。
そんな様子で鏡写しのジンを眺めながら飛んでも、機動の手は狂うことはない。飛来したデブリを難なくよけてみせる。全身に目が付いているのではないか、というほどの動きだ。
「外部から見る噴射量はその程度。もう少し絞ってもいいか……?」
いくら動いても、気になる箇所はあふれてくる。気をつけなければ規定スロットルや燃料供給量などほぼ済んだ場所まで気になる始末。
初めての大役に神経質になっているのか、はしゃいでいるのか。そうして鏡写しのジンを、ずっと追っていた。
ミラーの切れ目が見えた。もうすぐ、この時間も終わる。
ならいっそ、とコートニーはスロットル全開。スラスタを一気に吹かした。体を背もたれに押しつけられながら、カスタムジンが一気に加速する。
カスタムジンがミラーを飛び出した。
ミラーが途切れても、鏡のジンの姿はそばに残り続けていた。
「──────何っ!」
一瞬、呆けていた。
その間に鏡のジンは突如として動きだし、左手のライフルを発砲する。
全開機動をしていたことが仇となり、小回りが効かずにまともに弾を食らってしまった。
「機体に異常無し……今回は仮想敵など用意はしていない!」
カウンターウェイトを兼ねた増加装甲が功をそうし、ダメージはない。
体勢を立て直したコートニーは銃弾を機体をロールで回避しながら、支部と通信を繋げようとする。だが、繋がらない。いくら操作しても入るのはノイズばかりだ。
「電波妨害か」
この宙域に電波を阻害するような物は無い。これは偶発的なものではない、と確信する。
襲撃だ。
「さて、どうするか。逃げるか、戦うか」
左手に重斬刀を構えたジンの斬撃をかわし、コートニーも重斬刀を構えた。
戦う事を選んだ事に応じるように、鏡のジンも構える。
「ほう───」
鏡を見ているのかと錯覚してしまう。それは、コートニーを鏡に映したような構えだった。
律儀にも鏡合わせのように構える鏡のジンの生真面目さに感服しながら、剣を振る。鏡のジンも同じような機動をなぞり、二機は切り合った。
「鏡だとはな、オレではないだろう」
あまりにも奇妙な感覚だった。一挙手一投足が似通っている。いや、そっくりだ。
テストパイロットに最適だという、クセのない丁寧な動き。
「まさか鏡の自分にとり殺されるというのか、メルヘンな……いや、ホラーか」
こうして面として見ると、全くもって自分で嫌になるほど何もない。
それでも自分とは違う、かすかなズレは感じていた。
───それなら、やりようはある。
鏡のジンの突きに剣を絡ませ、脇に引き入れる。小脇をしめれば重斬刀は動かなくなった。重斬刀は重さで斬る剣だ。まともな刃はひかれていないからこそ気にせず抱ける。柄を掴む左手を叩き、重斬刀を奪い取った。
鏡のジンは代わりにライフルを構える。剣を奪われたことを気にする仕草もない。
左手からの即座の発砲。コートニーはこれを、奪った重斬刀の腹で受けた。剣を盾としながら、一気に加速し鏡のジンに接近する。
「運動レベルでの初速は遅いが、十分足りる!」
剣の影から突きを出す。本来持っていたもう一本の重斬刀だ。真っ直ぐ進む切っ先を、鏡のジンはライフルで受け止める。
すると、鏡のジンは食い込む剣ごとライフルを下方に投げ捨てた。剣を手放すのが一瞬遅れ、カスタムジンは姿勢を崩してしまう。
鏡のジンの左手が走る。鋭く引き延ばされた手刀が、コクピットへ、コートニーへと突き進む。
「まだだっ!」
カスタムジンの全身のスラスタが光ると同時に、手刀が走った。
衝撃。
手刀が抉ったのは、カスタムジンのバックパックだ。羽の接続部を巻き込み、丸々はがれた右のエンジンの翼が彼方へ飛んでいく。
狙いがずれた鏡のジンから、少しの動揺が見えた。カスタムジンは
そのまま前転は止まらない。
そして正面に写ったのは、足を天高く振り上げたカスタムジン。スラスタの光をまとった渾身の踵落としが、鏡のジンの頭を叩き潰した。
ーーーー
踵落としを受けて吹き飛んだ鏡のジンも見ずに、コートニーはカスタムジンを離脱させる。片肺になってしまったものの、バックパックのエンジンは力強く体を押し進めていく。
「効いたはずだが……な」
逃げの一手を恥とは思わない。立派な手段の一つだ。なにせ武器は剣しかないのだ。
このカスタムジンはさすがに貴重な実験機。極論実働データだけでも残ればいいのだが、無駄な損傷は避けたいもの。
端末の確認を続ける。機体の全身が苦痛を訴えているが、とくに酷いのは下半身だ。
「膝も股もダメージが存外大きい。関節強度を高くし過ぎたか……?」
踵落としは無茶だったか、やはり脚や股関節にダメージを及ぼしている。脚にも搭載した追加スラスターに存分に耐えるために関節強度を引き上げたのだが、やりすぎて柔軟性を失っているようだ。格闘の衝撃を逃がすには、しなやかであることが重要だ。固いからといってぶつけても、適度に柔らかくなければ身を崩していくだけ。
想定外の運用、と言い訳はできない。MSは重機では無い、人型兵器だ。人にできることを出来ないのでは意味がない。格闘出来ないというのは笑い事ではない。
帰還次第、修正を施さなければ。テストもしなければならない。その為にも、生きて帰らなければならない。
「ん……生きて、帰る、か。そんなことを思うとは───」
かすかに笑い、言葉が止まる。
目の前には、ひしゃげた頭の鏡のジン。
「追い付いて───」
コートニーの反応は早かった。カスタムジンが重斬刀を振り上げると、その体を引き裂いた。
「───違う、軽すぎる!」
思わず叫んだ。手応えが軽すぎる。その証左に、鏡のジンは大きな斜めの切り傷を刻まれながら動いている。何事も無いように、右手を背後にまわした。
その拍子に、切り傷が開き、広がっていく。
鏡のジンの姿がほどけ、ほつれるように崩れていき、形を変えていく。
その中にコートニーが細身のジンの姿を見たときには、すでに振り抜かれていた刀に断たれていた。
「がっ……ッ!」
「───芯をはずした? 早いな、こいつ」
露わになった姿は、忍ジン。
感嘆の声を上げるは、リリー・ザヴァリー。
「皮を剥がすなんて、いい腕、いい機体。だけど───」
刀を片手で上段に構え、忍ジンが走る。
「その機体。破壊する!」