Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─   作:山田風

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鏡合わせのハイマニューバ.下

「ぐうっ……!」

 

 コートニーはうめき声を上げながら、カスタムジンの姿勢を立て直す。

 

 試作機のテストの最中にコートニーに襲いかかったのは、鏡から抜け出したようにうり二つのカスタムジン。抵抗、逃走するもあっという間に追い付かれしまったが、破れかぶれのように振った剣が鏡のジンの()を引き裂いた。

 散っていく皮の中にあったのは、忍ジン。

 

 コートニーがその変化に気を取られた一瞬の隙に、忍ジンの切り上げた刀に左半身を切られてしまった。

 失ったのは左腕、そしてバックパック左エンジン。エンジンは切られたことに気づいていないのか、切り飛ばされた勢いに押されて飛んでいくのが確認できた。

 

 コートニーは残った右腕で重斬刀を構える。露わになった忍ジンは、刀を振り上げたまま、構えた。

 

「やはり、偽物か。しかし、どうやっているのやら……」

 

 忍ジンという名をコートニーは知らない。ジンとは思えぬほど引き絞られた姿とその変化にコートニーもいささか興味を覚えるが、そうも言ってられない。皮が鎧にでもなったのか、細身となった体には傷が何処にも見当たらない。

 

 忍ジンが動く。コートニーが重斬刀を盾にするよう構えたときには、胸部の追加アーマーごと断ち切られていた。

「早い!」

 

 裂かれたアーマーがはずれ、飛んでいく。

 わずかでも身を引くのが遅れていたら、コートニーは真っ二つになっていた。だが、安堵するのはまだ早い。

 背後に回り込んだ忍ジンが、刀を振る。

 

「ちぃっ!」

 

 むりやり振り向き、刀を振る腕の軌道に脚を差し込んだ。腕と脚がぶつかり、刀の軌道が狂う。カスタムジンは左足を切り飛ばされた。

 

 再び狙いを狂わされた忍ジンはすぐさま顔の横に刀を構え、突きの姿勢。一気に走る。

 

「立て直しがはやいなっ!」

 

 コートニーは、突きの先に右足を置いた。これも”盾”。素早い身動きができない状況に、受けることを選んだ。

 だが忍ジン─リリー─には分かっている。リリーがわずかにずらした切っ先は脚の縁を滑り、コートニーへと向かっていく。

 

(脚でははねのけられない!)

 

 脚で蹴り払おうにも、刃が立てられている。包丁に肉を押しつけているようなもの。それで脚を動かそうものなら、逆に脚が斬られてしまう。

 

「───ならッ!」

 

 カスタムジンが右手を動かした。その手には半ばから断たれた重斬刀。振りおろし、右足の追加スラスターに突き刺した。

 

 刀の切っ先が、コクピットカバーに触れた。

 先に悲鳴を上げたのは、スラスターだった。潜り込んでいく切っ先がコートニーを貫くよりも早く、断末魔のような爆発が二機のジンを吹き飛ばした。

 ミキサーのごとくかき混ぜられる感覚の中、無理にでも機体を安定させる。爆発を起こした右足は跡形もなく砕け散っていた。

 

 忍ジンはカスタムジンを見つめている。その右腕はちぎれ飛び、刀は消え去っていた。

 左手に苦無を構え、忍ジンが走る。眼前に迫ったかと思うと、その姿がかき消える。

 次の瞬間には背後に現れ、苦無を振りかざしていた。

 

 ただそれを、コートニーはじっと見つめていた。

 

「そう来た、か」

 

 動けないのでは、ない。

 苦無がわき腹に迫り───

───忍ジンが、弾き飛ばされた。

 

「ぐぅ、何が───ッ!」

 再びの衝撃に言葉が途切れる。

 センサーが相手を示した。揺れる視界に、航跡をたなびかせて飛ぶ物体が二つ。

 

「あれは、翼か!」

 

 リリーが切り飛ばした、カスタムジンのバックパックのエンジンだった。そのエンジンがそれぞれ単独で飛行し、リリーへ向かって体当たりをしかける。

 

「なんでこれが飛んでくる!」

 

 接続部が破壊されただけであったから、本体は無傷だったのをリリーは見ている。

 だが、なぜ飛んでくる。意志を持つように飛んでくる。

 

「あれはまるで、ガンバレル───」

 

 はっと振り向いたときには、カスタムジンはすでに逃げ出していた。

 追いかけんとするリリーの行く手をエンジンが阻む。

 

 これは、ただのエンジンにすぎない。カスタムジンが試作機ゆえ調整を確実に施し、時には外部からの介入も見据えて無線操作を行えるようにしていただけだ。その機能を()()することによって、それぞれ単独の飛行を可能にしたのだ。

 

 そしてガンバレルのような専用の機構もなく、それも体当たりしかできないものを端末として操ることができるのか。

 コートニーの高い空間認識能力だけではない、初めてとは思えない繊細かつ大胆な操作があった。

 

 しかしだからといって、十全に扱える訳ではない。

 リリーの投じた苦無がエンジンに突き刺さり、爆発させた。

 しかしすでにカスタムジンの姿は遠ざかっていた。

 

 

ーーーー

 

 

「逃げられた、か」

 

 エンジンを破壊し、リリーはそっと息を吐いた。

 カスタムジンの姿は無い。航跡は残っているものの、追う必要は無いと判断した。

 

「いやはや、ここまでやってくれるとはね。やっぱりただのテストパイロットじゃなかった」

 試作機を破壊に追い込む。たったそれだけの仕事だった。

 どう調べても、ただの試作機に過ぎない。そこらの柄の悪く見境の無い傭兵にでも頼めば安く済むというのに、わざわざ忍者に頼むのはあまり理解が及ばなかった。

 

 事を知られたくなかったのだろうか。そのような事情、あまり深く詮索してもしょうがない。

 

「似てるけど、まさかね」

 

 脳裏に浮かんだのは、郷里の光景。幾度も切り結んだ、兄のような男の姿。もう、ずいぶん会っていない。里も無くなった今、会えることも無いだろう。

 

「とにかく、これで終わり。さっさと帰りましょ」

 

 

ーーーー

 

 L5宙域、さきの戦闘のあったデブリ帯から離れた一角に、大きな資源衛星があった。『ヴェルヌ設計局支部・宇宙試験場基地』だ。

 

 今、衝撃と緊張が基地を包んでいた。

 赤色灯が照らす格納庫は緊張に包まれている。滑り込むように入ったカスタムジンは、そのまま広げられていたネットへと飛び込んだ。特殊合金ワイヤーの網がきしむ音をたてながら速度を殺し、その身を受け止める。

 

 停止を確認するなり、作業用の装甲宇宙服に身を包んだ整備員が、工具や消防材を携え集まってくる。だれもがカスタムジンの惨状に注目し、目を丸くしていた。

 四肢は右腕しか残らず、全身傷だらけ。さらにコクピットカバーに大きな歪みまである。

 整備員らに一層の焦りが浮かぶ。

 

 その胸部から金属を叩く音が響く。整備員が作業に取りかかるよりも速く、歪んだコクピットカバーが内からこじ開けらた。隙間からはいでて来るのはコートニーだ。その姿に傷は見えないが、狭い隙間に少々苦慮している。

 整備員の少年が近寄る。幼さすら感じさせるほどに若い少年だ。コートニーの脱出を手伝いながら、少年は叫ぶ。

 

「大丈夫です? ジンもぼろぼろじゃないですか。なにやったんですか、これ」

「攻撃されてな、こんなことになってしまった。すまない、傷物にしてしまった」

「いや、なに言ってるんですか。また直せばいいんですよ」

 

 整備員の少年は言った。さも当然と言うように、あっけらかんと。

 その眼差しに、コートニーも頷きで返した。

 

「さすがに報告しなきゃいけないからな、すまないが先にやっていてくれないか」

「課長は小言多いですからね、気を張ってくださいよ」

 コートニーも笑って答え、その場を離れた。

 

 人気がなくなると、かすかに目つきが変わる。冷静沈着ながらも優しい眼差しは、ひどく冷たい、鋭利なものへと変貌していた。

 

 

ーーーー

 

 

 薄暗い部屋の中に、モニターの光だけが寂しく照らしている。その前でいすにかけた男はどこかと通信しているのか、必死にモニターに話し続けていた。

 

「お、おい話が違うじゃないか、あの男が生きて帰ってきたぞ。 試作機も戻ってきたし!───え、”破壊”が任務、撃墜じゃな、い……何を屁理屈を!」

 

 男は唾もまき散らす勢いで血相を変えて叫ぶ。

 

「殺しは別料金だ!? なにを言っている! そんな事一度も言われたこと───あ、おい!」

 

 打ち切られる通信を必死につなぎ止めようとする。だが突然の足音に作業を止め、モニターを閉じた。

 振り向くと、扉の前に男がいた。

 

「お、お前は……」

 

 いつの間に部屋に入ったのか、分からなかった。扉が開いたのなら、廊下の光が差し込むはず。

 震えを懸命に押さえるが、むしろ余計に枯れた声になっている事に気づいていない。

 遅れて暗闇に慣れた眼が、男の顔を映した。

 それはコートニーだ。その冷たい眼差しが、男を差す。

 

「お、おまえコートニー、なのか。そんな目もできたのか……」

 はたしてこの男はこのような眼をしていただろうか? いつも表情が薄く、大きく変わることはないはずだ。

 いまも落ち着いた態度をしているように見える。だが、その瞳は明らかに違う感情を静かに燃やしている。

 

「襲撃の場所までも正確だった。機体の把握もしていた」

「な、何を」

「さすがにそこまでわかるほうがおかしい。漏洩でもしてなければな。……目がくらんだか」

「な、何の事だよ。いきなり……」

 

 す、とコートニーの目つきが緩んだ。それは、男が普段見ていた、柔らかい眼差し。

 

「オレはな、MSを、機械をいじって、良い機械を作り出せればそれでいいんだ」

「え───」

 

 コートニーの言葉に答えようとして、首筋に触れる冷たい感触に言葉が詰まる。

 

「ねたまれるのはよくあるが、あからさまに鯉口を切られてはさすがに黙ってはいられない。それにお前、何度もやっているようだな。局に仇なすスパイと疑われてもしょうがないぞ」

「そんなぁ!」

「ところでおまえ、どこでアレに渡りを付けた」

 

 男は言外に、端末と襲撃犯のことを指し示していることを察した。

 はぐらかそうかとも思ったが、首筋に押しつけられている冷たいものが頭をよぎる。

 これはおそらく、刃物───

 

「───傭兵サイト、だ。ちょと特殊らしくてな、少しばかり値が張るけどどんな薄暗いことでもやってくれるっていうんだよ」

 

 男は許しを得て端末を操作し、そのサイトを開いて見せた。

 

 たしかに、傭兵依頼の仲介サイトだ。仕事内容と傭兵の適性から、数種の候補を提示してくれるという。

 

 コートニーの心変わりを期待してか、男はアピールを続ける。かなりの言葉を垂れ流しているが、当のコートニーはそうは受け取っていなかった。

 

(やはり傭兵ではない。忍者だな)

 男に促されて操作をするが、コートニーは触れることもなく確信していた。

 

 これは、巧妙に偽装された忍者仲介サイトだ。わずかに伺える巧妙に偽装された情報からもそう判断できる。プロフィールはすべてでたらめ。その上で”適切な手順”を踏むことで依頼が出来る。

 万が一忍者を知らないものがサイトに接続し依頼をしてしまっても、ほとんどは空きが無いだの、適切な者がいないだのとてきとうな言い訳をしてはじくのだ。

 コートニーも同じようなものを使っていたから、知っている。

 

 だというのに───

 

(本来通用しない”表の手順”で依頼をしたというのか)

 

 だが、男のアピールを聞く限り、忍者のことは知る様子はない。”正規の手順”のことを知っている様子もない。

 だというのに、男は忍者に依頼をしていた。

 

「どこで知った」

「しょ、紹介されたんだ。ほかの研究者から!」

「誰だ」

「えっと、名前は、知らない……この前の新型エンジン同期プログラム開発の時にほかから応援に来たやつだ」

 

 設計局では、人でや技術の不足などから、他の設計局から応援を呼ぶことが多々ある。コートニーもまたその一人だ。腕のいいテストパイロットは貴重ということであまたの開発局に引っ張りだこになっている。

 

 その者が、男にこの”正規の手順”を渡したのだ。これでは、忍者に傭兵のように気軽に依頼できてしまう。

(おそらく、こいつ一人に渡したということは無い。では、何のためにこんな簡単な方法を───)

 

 男はひざまつき、コートニーにすがりついてもはや命乞いのように声を震わせて叫んでいる。

 

「お、おれなら連絡が取れる! おれの方からも紹介しておくよ! お前もそういうのあるんだろ? だから───」

 

 言葉が止まった。その目が見開いたかと思うと、二の句も告げずに男が倒れ伏す。

 

「いらないさ、オレでも十分できる」

 

 吐き捨て、コートニーはその手に握られた針を見つめていた。

 

「───リリー、お前は、まだあんな世界にいるんだな」

 針を握りしめ、天を見上げた。

 

 次の時には、その姿はかき消えていた。

 コートニーも、倒れていた男も、光々と部屋を照らしていた端末も、何処にも見あたらなかった。

 

 

 その日、ヴェルヌ設計局から男性研究スタッフが一人、失踪した。失踪が奇襲された試作機の帰投直後であること。その開発チーフ、コートニー・ヒエロニムスやその開発プランにそのスタッフが以前から不満を漏らしていたことから関連が疑われるが、決定的な証拠は見つかっていない。その足取りもようとしてつかめず、捜査は早々に打ち切られた。

 

 なお後日、その試作機は選考の末にはザフトに採用され、エースパイロットを中心に配備されて多大な信頼と戦果をあげることになる。

 その名は『ジン・ハイマニューバ』

 コートニーが勝ち取った名であった。

 

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