Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─ 作:山田風
コロニー『ヘリオポリス』。
太平洋の島国『オーブ』が所有する宇宙コロニーだ。オーブはこの度の戦争において中立を宣言しており、ヘリオポリスもまたそれに準ずる。
工業ブロックを兼ねた資源採掘用小惑星から生えた円筒の居住部が特徴の、シリンダー型コロニーにて、人々はひとまずの平穏を甘受していた。
その平穏が中立という、この情勢において危ういものの上にあることを、理解して居るものは少ない。
それを崩すものがすぐそばにあることも、人々は知らなかった。
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ヘリオポリスの工業カレッジ、その研究室で口論が繰り広げられていた。
「このヘリオポリスの住民を危険にさらしているのだぞ!」
「あなた様が事を憂慮なさることは分かります。ですがこの件に関しては心配なさる事はありません。我々の案件ですので」
スーツの壮年の男と、金の髪の少年。議論をかわす、というにはいささか一方的で、少年を壮年の男がなだめている。
少年は眼深に帽子をかぶり、時折周囲を気にするような仕草を見せている。教員と学生、と見るにはいささか奇妙。だが邪な関係とは言えない、激しい情動を少年は露わにしていた。
「なぜわざわざ奴らなど関わる! それは我々の理念と相反するぞ!」
「少々お声が大きいようで」
壮年の男が金の少年を制したときだ。
部屋の扉が開き、金の少年と同じ年頃の、茶髪の少年が顔を出した。透き通るような紫の瞳が特徴的だった。
「あれ、カトウ先生、お客さんでしたか。失礼しました」
「いや、断りを入れたりしなかった私が悪いさ。何か用かね?」
「こちらです」
そういって彼が懐から取り出したのは、ケースに納められた数枚の小さなディスク。
「課題のプログラムです。今回はディスクで、という話だったので持ってきました」
「ああ、わざわざすまないね」
「他の用のついでです。では、失礼します」
カトウ、と呼ばれた壮年の男の手にディスクが渡ると、少年はすぐに去っっていった。そのディスクを眼にするなり、金の少年も立ち上がり扉へと歩いていく。
「ジャマをしたな、カトウ教授」
「おや、もうよろしいので?」
「ああ。私と同じほどのあんな少年にまで手伝わせているとは、どうやら話にもならない段階のようだからな」
そう吐き捨てる少年の目は、高ぶる感情が奥でくすぶっているのがありありと映し出されている。
「彼はこの研究室では一、二を争うほどに優秀なんですがね。では、お一つだけ」
カトウの言葉に、金の少年は足を止めた。その背に語る。
「平和を愛する獅子の国。かの国はそう言われていますな」
「そう。それが我が国のあるべき姿!」
「牙と爪を持たない獅子など、子猫同然ですよ」
金の少年の叫びに、カトウは冷徹に答えを返した。
「ならば檻に繋がれていたほうがましだというのか」
金の少年は一瞥する事もなく、乱暴に扉を閉めた。直後にそろりと扉が開き、恐る恐る青年が顔を出した。金の少年の怒気に当てられたのか、情けないほどにおびえている。
「きょ、教授。お客さんはお帰りになる、ということで……」
「お帰りになられたよ。もしかして、そこまで怒っていたか?」
「ええ。あんなに苛立ちをまき散らしているのに、非常に行儀のいい歩き方でしたからもう訳が分からなくて」
「そんなに怒らせていたか。ちょっと遊びすぎたかな」
頭を叩いたカトウは、部屋に入り扉を閉めんとする青年を制して、おもむろに立ち上がった。
「ちょっと昼食とってくるよ。……食堂で良いかなぁ」
「今日はもう閉まってるはずですし、町にでた方がよろしいかと。だいたいもう間食も過ぎる頃です。生活リズムくらいは安定させてください。また入院してしまいますよ」
「それはいかん。短期でも入院したらまた研究が遅れてしまうな。気をつけよう」
カトウは笑って、トレンチコートを羽織った。
ーーーー
「さて、あそこは開いてるのかな……あ、今日定休日じゃないか……」
街の中を、携帯端末をいじりながらカトウが歩く。トレンチコートを翻し、人の波を何事もないようにすり抜けて進み、やがて人気の無い場所へと足を踏み入れた。
配管などの整備用の通路だ。
深く長くくり貫かれたような空間に、いくつもの配管がわたっている。その隙間を縫うように、鉄板を張り付けたような頼りない足場が渡されていた。
カトウが歩く度に鉄板がきしみ、小さな悲鳴のような音が通路に響く。
このようなところにカフェは無いだろう。ましてや、カトウは地下へと潜るように進んでいる。
いくつも階段を下り、ふとしたように立ち止まった。
「出てきておいで、お嬢さん」
突然、宙に向かって話しかけた。金の少年への厳とした態度とは異なる、優しい声。
「なあに、とって食ったりはしないよ。なにせ懐かしい顔がいるようだから」
そういうと、カトウは振り向いた。その視線の先、入り組み突き出た配管の束の上に、人影があった。金の少年たちよりも小さいであろう。
先ほどまでは居なかったはずの人影に、カトウは臆することなく声をかけた。
「───やあ、久しぶりだね」
「───まさか、こんなところにいるなんて」
答えたのは、少女。リリー・ザヴァリー。
「生きておられたのですね、カトウ先生」
リリーは平静を装うとしているが、声がどこか震えて隠せていない。
「勝手に殺すな。……ああ、そうか最後に会ったのは」
「その時も、先生の講義でした。こちらでも教師をなされておられるようで」
「ただの雇われ研究者ですよ」
そう言ってカトウは笑うが、リリーには謙遜しているようにしか思えなかった。
カトウもまた、リリーと同じく忍びである。仕事をきっちりこなし確実に生還するとあって、一目おかれる存在であった。
仕事に追われるなか、合間を縫ってはリリーのいた里にも教師として顔を出していた。特に電気機器に造詣が深く、彼が里に持ち込む様々な機器に、里の子供たちは眼を輝かせていた。もちろん、リリーもその一人。
いくつも懐かしい思い出があるのだ。
「ところでリリー、つもる話があるのにそんな配管に上っていなくてもいいだろう。降りてきて構わんよ。さすがに首が痛い」
諸手を広げたカトウの言葉に、リリーは応えない。まるで人見知りか、他人にでも接するかのように身を固めたまま、リリーは言った。
「おたずねしたいことがあります」
「せっかくの再会ですからね。お答えできることならば」
優しい微笑みのまま、カトウは受けた。
「
「ああ、関わっているとも」
その表情は崩れない。
ヘリオポリスの秘密ブロックで今、MSが作られている。連合の依頼によるものだ。オーブ国営企業が携わっており、これは中立を表明しているオーブが連合に組みしていることとなるだろう。
とても政治的にデリケートな問題であり、MSを主力にするザフトにとっても看過できない問題だ。
リリーは続けた。
「なぜあんなOSが組み込まれているのです」
「ご覧になりましたか。いかがです、ナチュラル用MSOSは」
「ふざけないでいただきたい」
怒気をにじませるリリーの言葉にも、カトウは眉をひそめて、困ったように笑うだけ。
連合MS開発に、カトウも協力している。オーブの機械工学第一人者として。
ザフトがMSに用いるOSは、大多数のナチュラルには煩雑すぎてMSでの戦闘をこなすことはできない。反射神経や処理能力を発達させられることの多いコーディネイターならば、操作できるのだ。
これはザフトなりの、一種のフェイルセーフである。
故にナチュラルでも簡単に扱えるOSの開発が急がれているのだが、難航しているのが現状である。
そのはずだった。
「機体はどれも良さそうでしたが、OSがあまりにつたなく、危ういものでした。いくらMSを改良してもOSがあの有様では、連合のMSはザフトのコーディネイターですら使いものにならないでしょう」
リリーも秘密ブロックに潜入し、そのMSの姿を見た。その際にナチュラルでも扱えるというOSも拝見したのだ。
唖然、と言うしかなかった。
ただギクシャクしているのならば、良い方だろう。しかしあのOSの惨状では赤ん坊の方がいい動きをするのかもしれない。それがリリーの感想であった。
よちよち歩き、脚がもつれて転び、最適な的になる姿が容易に想像できる。
「なぜあなたともあろう方が、あんなOSをつくるんですか」
主開発者がリリーの知るカトウと知り、にわかに信じられなかった。
カトウならば、忍びとして人体やその機能に精通していることもあり、たやすくナチュラル用OSを作れるはずだ。彼の仕事への誠実さを知っていれば、なおさらこのおざなりなOSがあることが考えられない。有り得なかった。
問いに、カトウはまた笑う。しかし今度は、その口元が細く鋭くつり上がり、不気味な三日月を描いている。どうにも、面白がっているようだった。
その陰険な表情に、リリーは、ふと思った。
───ここまで、顔に出る人だっただろうか
「まあ確かにひどいものでしょう。いまだ眼も当てられない惨状。連合の方々には多大なる迷惑をかけていることかと思います。それで答えですが───要らないからですよ」
「要らない?」
いらないとは、どういうことなのか。
ナチュラル用OSを開発する事が必要ない事態、ということ。
「彼らにはあんな
一人、カトウは頷く。
「難航しているのも事実なんですよ? 仕事ではありますが、機密だといってスペックが伏せられたりするんです。困り者ですよねぇ。その能力との調節が肝なのです。それに、ほら。そもそも───」
「───連合にあんなMSは要らないでしょう」
「え───」
今、なんと言った。
リリーが思わず問い返そうとした時だった。
足下が震えた。
「───何!?」
「ほう」
コロニーに振動が走った。地震のような振動がコロニーを包む。
点検構も揺れる。足場や配管がきしみ、いやな音を立てた。
しかし、振動は長く続かない。ともすれば一瞬というほどに短いもの。
この振動にリリーは覚えがあった。昔から、非常によく慣れ親しんだもの。
「爆発──────!」
再びの振動がコロニーを揺らした。はがれ落ちた外壁が点検構に落ちていく。
「始まりましたか」
傘を持とう、とでも言うような軽い反応に、リリーが叫ぶ。
「先生、なにを!」
「なにって───」
はがれた建材が降り注ぐ中、カトウは笑みを崩さない。
カトウの背後に、鎧の騎士のような細身のMSが飛び上がってきた。
人を模した双眸が、リリーを射抜く。
「──────ただの襲撃ですよ」
そこに居たのは、連合のMS。灰色の体が白と青に染まっていく中、MSの黄色い瞳がリリーを見下ろしていた。